鈴仙・優曇華院・イナバという玉兎をご存知だろうか。元来は月のお偉いさんである綿月姉妹に飼われていたペットである。ペットと言っても地球の現代社会で見られるような日がな一日ニート生活を満喫する愛玩動物達とは違い、人間の様に考え行動することができるスーパーラビットである。
変化しているのか元来そうなのかは定かではないが、現実ではありえない髪や瞳の色は兎も角、その容姿も然してヒトと変わらないものである。ウサミミにブレザーの制服とどこぞのキャバクラで客引きホイホイをしているお姉さんの格好を想像してみてほしい。
「べ、別に好きでホイホイしてるわけじゃないんだからね」
多少思うところもあるが、奇奇怪怪な輩が跋扈する幻想郷では大した格好ではない。博麗の巫女の脇巫女姿と比較すれば、少々インパクトが足りないかもしれないほどだ。
さて、件の優曇華院であるが、幻想郷の住人且つ妖怪ということもあり、人とは多少違うところもあるが、基本的には善良な性格である。
別にどこぞの花妖怪のように戦闘狂でもないし、どこぞの魔女のように「これはちょっと借りただけだぜ」と何でもかんでも持って行ってしまう様なこともなく、どこぞの【覚】の様に土足で心の中に踏み込み込んでは心的外傷を抉るような真似もしない 人外にしてはまともな奴なのだ。その善良さ故に、
パターン1 : 「せ、拙者の肩を揉んでは……もみもみして下さらなぬか、鈴仙タンっ!? 後生で御座る後生で御座る!!」
パターン2 : 「僕の人生設計では今から3024時間後に無双乱舞することで、鈴仙タンとケコーンして、更にその4524時間後に真・無双乱舞を発揮することで難攻不落の虎牢関を抉じ開ける。 馬鹿野郎? 現実を見ろ? アウト・オブ・眼中? うるさいですよ。 私の計算に間違いはありません」
パターン3 : 「クライム&ペナルティ…………さぁ、や っ て く れ」
特に以上のような一部男性の熱狂的な支持を受けていた。面倒見のいい性格、男受けする容姿、そしてその特徴的な座薬の様な形をした弾幕が受け入れられる要因の一部として挙げられる。一部の人間からは、新参ホイホイだの、変態兎娘だの、少しアレな扱いをされているが本当に善良な妖怪である。
その優曇華院であるが、その日は、師匠である八意・永琳と共に人里を訪れていた。
というのも、先日、無謀にも魔法の森にキノコ狩りに行った人間達の治療の為だった。どうして危険だ危険だと言われている【魔法の森】なぞに行ったのかは理由は不明であるが、普段は一応世話になっている人達の危機に、鈴仙はいてもたってもおられずに永琳に頼み込み、わざわざ出張ってもらっていた。
最初に訪れたのは一番重症だと思われる老人のもとだった。名を伊蔵と言い、今現在の枯れ木のような痩躯からはまったくも想像は出来ないが昔は少々ヤンチャだったらしい人間だ。彼の嫁に話を聞く限りは凄腕の退治屋で、数十年前に風見・幽香と殺し合いをして引き分けたと聞く。
…………人は見かけによらないものね。
見る限りはただのどこにでもいる呆け老人なのだが、と思ってしまうのは仕方ない。なにせ、口癖が『飯はまだか!?』なのだ。そんな呆け老人が幽香と引き分けたなぞ信じられるはずもなかった。おそらく噂が誇張されたのだろうと鈴仙は思っていた。尤もそれは近い将来、思いもよらない形で覆されるとは現状 夢にも思わなかった。
「ウドンゲ、そこの緑のを取ってちょうだい」
「わかりました……これは確か……前に師匠が作った【胡蝶夢丸ナイトメア】の材料の一部ですよね? そんな薬で大丈夫なんですか……?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
不安が絶えない。胡蝶夢丸ナイトメア、簡単に言えば読んで字のごとく悪夢を見せる薬のことだ。連続的日常に辟易している妖怪の退屈な日常を味付けるスパイス。優曇華院のような心の脆い者が使えば間違いなく発狂ものであるものの、強靭な精神力を宿すレミリア当たりの妖怪には良い暇つぶしになることだろう。
…………ま、まぁ、天才薬師が大丈夫と言うからにはおそらく大丈夫でしょうけど。
一抹の不安を拭えない優曇華院であった。
「少し苦いけど我慢して頂戴」
「おお……八意先生。 いつもすいやせん。 手前ェのような老い先短い老害に貴重なお時間を頂戴しちまいやして……」
「まったく、【魔法の森】に生身の人間が入ったら、どうなるかぐらいは予測できて然るべき年齢でしょうに」
「先生ェ……確かに先生ェが仰ることは至極まともで御座ェますし、こうして先生ェの貴重なお時間を頂いている事も悪ィと思ってやす。 しかしながら、あっしにも妥協出来ないものってのがありやして」
「悪いと思っているなら、少しは自重なさい」
「へへへ、すいやせん」
YESともNOと言えず、伊蔵は困った様に頭を掻くのだった。その様は、まるで寺子屋の先生である慧音に怒られる生徒のようだった。歳を食っても、精神の根本的なものが変化していないのかもしれない。
伊蔵は思い出した様に、口を開く。
「先生ェ。 ちっとした相談があるんですが……」
「先に残りの人を治療するわ。 後で時間を作るから、その時にしてちょうだい」
そう言って永琳は逞しい筋肉禿頭の元へ行ってしまった。向こうの方はどうも相当混乱しているようで、頻繁に奇声が聞こえてくる。
「先生! 大変なんだ先生ッ! 妹が触手になったんだ……ッ!」
…………ねぇよ。
思わず心の内で呟く優曇華院に、声をかけるものがいた。伊蔵である。彼は横になっていた上半身を起こし、神妙な顔で口を開く。
「あんた確かァ……月見うどんだっけか?」
「そうそう月見うどん……って違う! 鈴仙・優曇華院・イナバよ。 ほら、覚えてない? 前に御爺さんの所に置き薬を売りに行ったでしょう?」
「優曇華院……? 」 数瞬考える仕草を見せた後、「ああ、助兵衛ぇホイホイか」
「す、助兵衛ぇホイホイ!?」
伊蔵の口からとんでもない言葉が漏れた。それは助兵衛ホイホイ。外の世界で言う現代社会に生きる女に向かって、「このクソビッチが!」と言ってるも同義であった。当然ながら、そんなことを言われて噛みつかない女はいない。たぶん。
どういうことですか、と詰め寄る彼女に、伊蔵はまぁまぁと腕を突き出し、
「家の婆さんが言ってたよ。 御前ェさんに。 『あの兎っ子、なしてあないな阿婆擦れみたいな格好しとっとよ。 いけねぇいけねぇまるで発情した助兵衛を誘っとるっみたいやよ。 まるで助兵衛ホイホイさんサね』とな。 …………お前ェさんも年頃の娘なんだから、格好には気をつけるべきだべ」
「な……! な……っ! これはれっきとした軍服なのよ!! 何がおかしいって言うの!?」
月では正式配布された由緒あるなんたらかんたらと語り始めた優曇華院を、伊蔵は面倒なので無視した。
「実はお前ェさん、ホイホイに前々から言おうと思っていたことがあるん――――」
「ホイホイ言うな!」
「五月蠅ェバーロー! 老い先短ェ老いぼれの戯言くらい静かに聞きやがれ。 てゐさんなんて呼んでもないのに訪ねてきてくれては数時間ほど、あっしらの戯言に付き合ってくれるってェのに!」
意外な知り合いの名前を聞くことになり、先ほどの怒りはどこへやら優曇華院は興味津津といった感じで、
「おじいさん、てゐと知り合いなの?」
問うてみることにした。すると反射的に、
「てゐじゃねェだろ! さん、を付けろデコ助野郎!」
叱咤の声が飛んできた。額に青筋が浮かぶものの、相手は癇癪老人だから、と自分でもよくわからない言い訳をし、再度質問を放ってみることにした。
「そ、それで? て、て、て、てゐさんとはどんな話をしたのよ」
「五月蠅ェ、飯はまだか!?」
他の妖怪とは異なり温厚な彼女は、額の血管がぶち切れそうになるのを堪え、先ほどとは別の質問を放ってみることにした。つまるところ、何故、危険極まりない魔法の森になぞ足を運んだのか、と。
伊蔵は笑顔で答えた。とても爽やかな顔で、
「おっぱいの形をした茸が欲しかったから。 この前、森田んとこの倅がおっぱい茸を持って帰ってきてよォ、それを見たらどうも……いやぁはっはは!」
優曇華院の限界ケージが余裕で振りきれてしまったのは言うまでもない。修羅と化した彼女は、伊蔵を正坐させると【魔法の森】の危険性について説明したり、嫁を心配させるとは何事かと詰問し、そんな理由のせいで師匠の手を煩わせたことについてや、あれやこれやと説教し始めることになった。
「いいですか!? 【魔法の森】というのは――――――」
∫ ∫ ∫
【魔法の森】の最大の特徴は、はやはり茸だろう。そこは薄暗くじめじめした森だけあって様々な茸が自生している。当然危険な茸も存在している。致死性を持つものや幻覚症状を引き起こすものまで多種多様、より取り見取りのバーゲンセールだ。
幻覚症状に関しては、直接口にしなくても中空に漂う胞子を吸うだけでも発症することが知られている。先日も里の数人が、魔法の森に自生する珍味を採集しに行った結果 何人か胞子にやられることになった。
また、その幻覚に注目すべきはその威力である。経験者に訊ねたところ、まるで現実と寸分も違わない光景が展開されるのだと言う。特に、己の願望欲望といったものが幻覚として投影されやすいという報告がある。それは先日、脳内を胞子に侵された人間の反応からも強ち間違いではないかもしれない。
以下は茸に頭をやられて幻覚を見た男達の言葉である。
パターン1 : 「フヒヒヒヒヒヒ……ゆ、ゆっくりは俺の嫁。 ゆっくりが俺の頭を撫でてくれる……ひははは!」
パターン2 : 「ゆ、ゆゆゆ幽香様がごごご褒美にオイラの頭を踏んでくれたんだな! み、皆は幻覚症状だって言うけど……関係ないんだな。 もっと、もっと踏んでくれよぉおおおお……っ」
パターン3 : 「し、下着が空を舞っている!? おおおお、落ちてくるぞ! 空から下着が落ちてくるぞ……ッ!! って、くっせぇええええええええええええええええ!?」
パターン4 : 「や、やめてくれ……ワキギロチンは! ワキギロチンだけはやめてくれぇええええええ!」
パターン5 : 「妹が触手になった」
パターン6 : 「天子ちゃんマジ天使ぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」
パターン7 : 「お嬢様ペロペロするお!」
あまりに酷い有様だった。その治療に携わった玉兎がまるでゴミでも見るかのような冷たい目で彼等を見てしまうのも無理はない。(だがそれがいい)
その幻覚症状だが、実は人間だけでなく妖怪にも効果があるせいか、人外のものでも極力近寄らないようにしていることは阿求の書物に書かれている。
だが、そんな危険な森で好き好んで生活するものがいる。彼等は所謂 魔法使いと呼ばれる者達だ。原理は兎も角 茸の幻覚が魔法使いの魔力を高めるということで一種の地力向上の修行を兼ねて森での生活をしているのだ。例えば、アリス・マーガトロイドや霧雨魔理沙などがその良い例だろう。
『あんな危険なところに住んでるなんて正気の沙汰じゃねぇよ。 頭、おかしいんじゃねぇの? これだから魔法使いって人種は変態ばっかで――――』
そのような言葉を口にした人間がいたが、直後に背後から襲われ簀巻きにされることになった。その彼を簀巻きにした下手人はというと、
「……朝から叩き起こされたと思ったら、どうして私はこんな事を手伝わされているのかしら?」
某所でマンドラゴラの収穫の手伝いをしていた。
「いいじゃないか。 どうせ暇なんだろ? それにお前も言ってたじゃねぇーか。 近々、マンドラゴラを使って色々したいって」
「それはそうだけど、良いように使われているようで嫌なのよ。 もう、面倒ね」
渋々といった感じで下手人、アリス・マーガトロイドはマンドラゴラを引き抜く。
引き抜いたそれはまるでオーガズム時のヒトの表情を浮かべると、奇声を発する。魂を震わせ常人なら発狂死しかねないような叫びを。
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
何度目になるかわからない反復作業。刺身の上に小さな花を添えるアルバイトにも似たルーチンワークには、流石の彼女も辟易とする。
「魔理沙。 最近のマンドラゴラって……こんなものばかりなの? 常識人の私としては頭の痛い限りなんだけど」
それでも律儀に引っこ抜き続ける辺り、彼女の性格が窺え知れる。
『アッ――――!』
友人、魔理沙もアリス同様にマンドラゴラを引き抜きながら、
「後半無視するけど、前にも言っただろ? どうも最近突然変異か、妙な茸やら動植物が発生しているって。 この前なんて、突然変異で発生したっぽい紫の顔した人面犬がさぁ、橙にイジメられているの見たぜ? ああいうのを下剋上って言うのかな」
「私も後半無視するけど、こんな変なマンドラゴラばっかりって言うのは絶対変だわ。 もしかすると、幻想郷に何かが起こる前の予兆なのかもね」
「お、異変か。 それは楽しみだ。 今度の相手はビオランテみたいなやつなのかね」
「ビオランテって何よ」
「ビオランテはビオランテだぜ。 お前もそう思うだろう?」
マンドラゴラを引き抜く。
『アッ――――!』
その声に満足しながら、魔理沙はほほ笑みを浮かべた。
「こいつも同意だとよ」
アリスは少し考える素振りを見せ、
「意味わかんないんだけど? この子もそう言っているわ。 ねぇ?」
マンドラゴラを引っこ抜く。
『アッ――――!』
「そんなことないよな?」
『アッ――――!』
「意味不明なのよ、ね?」
『アッ――――!』
「おいおい、ビオランテはビオランテだっていうのは常識だろ」
『アッ――――!』
「ビオランテっていうのがそもそもわからないって言ってるの」
『アッ――――!』
それから少女達の会話と比例して引き抜かれるマンドラゴラ。狂気の合唱コンクールだった。
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
『アッ――――!』
周囲の生き物がピクピクい始めた頃に、不毛さに気付いた魔理沙は暇つぶしを兼ねて、なぁ、と作業を継続しながら問いかける。
「何よ」
「今日は旦那のところには行かないのか?」
アリスは思わず引き抜いたマンドラゴラを握り潰す。『UGYAAA!!』と壮絶な悲鳴が木霊したが、額に青筋を浮かべさせる人形師にとっては些細なことだった。
「…………色々と言いたいことはあるけど旦那って誰のことよ」
そりゃ、と前置きし、
「あの変態店主に決まってる。 お前ら随分仲良いし? 実際そこら辺どうよ?」
「まさかッ。 何か勘違いしてるようだけど、私は別にあの変態のことなんて何とも思ってないわ。 魔理沙はそんな風に思っていたのね心外だわ ええ それはもう盛大に心外だわ。 そもそもどうしてそんなことを言われないといけないのかしら。 だいたい、恋だの愛だのいうのは錯覚よ。 所詮は物欲の延長線上でしかないわ。 何故だか対象がヒトであるというだけで美化されている点なんて理解不能ね。 あーやだやだ」
『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』『HA☆NA☆SE!』『UGYAAA!!』『UGYAAA!!』
マンドラゴラを親の仇のようにブチブチ引き抜いては握り潰しブツブツ言うその様を、何とも言えない生温かい瞳で見てしまう魔理沙を誰が責められようか。仮にこの場にいるのが魔理沙ではなくパチュリー・ノーレッジだったとしたら、皮肉と弾幕を放っていたことだろう。
「この前 恋愛はするものではなくて気が付いたら落ちているものよ、とか言っていた人間の言葉とは思えないぜ。 これが俗にいう“それはそれ これはこれ”という超絶俺様理論か……ッ!」
アリス 恐ろし子……っ! と言わんばかりに戦慄顔になる魔理沙だった。どうでもいい話である。
∫ ∫ ∫
場面は人里に戻る。
「で、相談と言うのは?」
全ての人の治療を終え疲れ顔の八意・永琳の前には、伊蔵が土下座スタイルで、
「先生ェ! 先生を天才薬師と見込んで相談がありやす! 服用した人間の姿を10歳当時ほどに戻す薬を譲って下せぇ!」
実に阿呆なことを頼み込んでいた。永琳が伊蔵をツマラナイものを見るような眼で見てしまうのは致し方ない。
「……………………一応、用途と理由を聞いてあげるわ」
「家の婆さんも昔は可憐な一輪の花でやした。 それこそ幻想郷一の高嶺の花と持て囃され、人間だけでなく、あの鬼の四天王番外位【山田・太郎】や現在河童組織の幹部である【田中・寛】といった妖怪までもを虜にしたァもんですよ。 ですが、それが……それが……今では直視するのも無残なヒヒに」
尚も土下座しながら語る。
「あっしはそんな現実を捻じ曲げてェんです。 そこで先生のお力をお借りして、我が家の婆さんを10歳当時の姿にして逆浦島太郎ライフを味わいたいと考えた次第で御座ェます。 あんなヒヒ化した婆さんにはもうこりごりなんだよ、先生ェ!」
「そんな……幾ら容姿が変わろうと、その人は御爺さんが愛した人なんでしょ? なら……」
「御前ェさんにはわからんよ、助兵衛ホイホイ。 ン十年前は美人だった嫁がまるで羞恥心を無くしたヒヒになってしまった悲しみは。 想像してみろ。 初恋の人がヒヒ 寝ころんで尻をボリボリと掻いたと思ったらァ恥ずかしげもなく屁をする様を。 何年の恋も冷めるってェやつだ。 流石のあっしも頭がどうにかなりそうだった。 老いだとか羞恥心だとかそんなもんじゃねェ。 もっと恐ろしものの片鱗を味わいやした」
永琳は眉間をもみながら、下らない頼みを一刀両断しようとした。
「わるいけど……」
しかし、諦めが悪いのか尚も土下座を重ねる伊蔵。
「一日だけでも良いんです。 あっしにトロピカルフィーバーなストロベリークライシスなナイトメアタイムを何卒!!」
下らない頼みごとではあるが情熱だけは本物であった。そして、その男の姿に感動を覚えたのか共鳴した男どもが、伊蔵同様に頭を下げ始めた。
「拙者からもお願い申し上げます。 何卒、伊蔵殿に夢を」
「何故脱ぐ?」
「オイラからもお願いするんだな。 ついでに踏んで欲しいんだな」
「五月蠅い黙れ」
「先生、妹が八雲・紫になったんだが……」
「幻覚よ」
「八意先生、天子ちゃんが天使過ぎて生きるのが辛いです。 ケコーンしたいです」
「抗いがたい身体的な苦痛を味わえば、生きてることの素晴らしさを実感できるわ。 試してみる?」
「伊蔵殿のことは兎も角、先生の顔が【ゆっくり】に見えてきました」
「チョン切るわよ」
やがて当然と言うべきか、温厚妖怪の優曇華院といえども、その怒りの限界臨界点は振りきれ、
「……これだけ元気なら医者なんて要らないじゃない! 心配して損したわっ! 次、行きましょう師匠!!」
男達の声を無視すると、師匠の手を引きその場を去って行ってしまった。その小さくなっていく兎娘の背中を眺めながら、
「お前ェさんもまだまだ若いんだ。 あまり過去に縛られなさんな」
そう呟く声があった。
∫ ∫ ∫
八意・永琳の頭痛の種は完全に消滅してはいなかった。里の通りを優曇華院と歩いている時にそれは起きた。2人の正面から、2人組の老女が歩いてきた、どちらも上品な女性で、先ほどの男たちとは違いいたって常識的な印象だった。表面上。
優曇華院も老女等の様子に特に思うところはなかったのだが、永琳は思わず眉をしかめた。以前の、苦い思い出が脳内から沸き起こる。思わず逃げ出したくなるがそうはいかない。もうすでに老女達にはロックオンストラトスされているからだ。
永琳は視界に収めた老女達は満面の笑みを浮かべ、
「あら……」
「お舟さん。 あちらにいらっしゃるのは八意先生よ」
「まぁ! あの霊験あらたかな八意先生っ!」
「霊験あらたかな八意先生にお目にかかれるなんて今日は良い日ね。 お軽さん、私、先生の霊験にあやかるわ」
「私もご一緒しますわ!」
「なむなむなむ!」
とその場に膝をつくと両方の手を合わせて祈り始めたのだ。
永琳は無言で眉を顰めながら会釈し、一方、優曇華院は目を万まるにしながら驚きを露わにした。
「し、師匠……」
何と言ったらいいのかわからない心境に戸惑いながらも、声を発した。どういうことですか、と。しかし、その解答がくる前に、
「あー! 八意センセー」
「あ、あの子……」
元気よく響く声があった。元気な少年の声だ。優曇華院は、通りの反対いるその声の持ち主に見覚えがあった。先日、少年が病気で喘いでいるのを、彼女の師匠が治療した記憶はまだ新しい。
「先生ー! この前も、それにいつもありがとー!」
遠くから向けられるその声に、永琳も思わずといった風に口元を笑みの形にし、応えるように小さく手を振った。
しかし、直後にその笑みが氷りついた。なんと少年は、先ほどの女性達のように、その場に膝をつくと両方の手を合わせ、
「なむなむなむ!」
と祈り始めたのだ。
「あの、師匠……?」
永琳はその問いを無視した。歩く速度も通常の二倍程になってしまう。余程、言及されるのが嫌なのだろう。
優曇華院もこの話題は止めておこうかしら、と思ったが、そうは問屋がおろさなかった。
今度は、突然近くの茶屋で談笑する男達が、此方をキラキラした眼でロックオンしてきたのだ。
「ソーリン様。 あそこを歩いていらっしゃるのは我らが神、ゴッド八意では?」
「チャッピー芝衛門、よくやりました大義ですよ。 お前が神のお姿を見つけていなかったら、我々は大きな損失を抱え込むところでした。 さて、では本日の祈りを神に捧げるとしましょう」
「(やだなぁ……この里)」
「何をしているのですか、宗重。 お前も祈りなさい。 ゴッド八意の霊験にあやかるのですよ」
「ぐぬぬ……!」
「なむなむなむ!」
そして同様に拝まれる始末。一体これはどういうことなのだろうか、と頭を悩ませる優曇華院であったが、
「師匠……私も祈った方がよろしいのでしょうか? こう……なむなむなむ、でしたっけ? これいいであ、痛っ!?」
「…………」
冗談混じりにそんなことを口にすると師匠に殴られるハメになってしまった。優曇華院は知らなかったが、実は八意・永琳とは人里において、霊験あらたかな存在として、老若男女を問わずに風見・幽香や博麗・霊夢以上に信仰されていた。
永琳としては非常に気に入らないことであるが。そのせいか今も段々と機嫌が悪くなっている。
「ご、ごめんなさい師匠。 あの師匠――――
「ウドンゲ。 最近、話題になっている【とある変態の喫茶店】を知ってるかしら?」
「あ、はい。 てゐが言っていたあの店ですよね? それがどうかしましたか?」
「……私、今凄く頭が痛いの。 精神的な理由でね。 だから、甘味が欲しい。 けどね、その喫茶店は味は兎も角、主人もお客も変態揃いの人外魔境ともっぱらの噂なの。 私はそんな人外魔境に行きたくないの。 代わりに逝ってきてちょうだい」
「…………私がですか?」
「安心なさい」
「貴女なら何だかんだ言って適応できそうな気がするから。 常識人な私とは違って」
「どういう意味ですかッ!?」
なにはともあれ、兎娘の受難はこうして始まったのである。
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【没ネタ】
「八雲、頼みがある」
珍しい事もある。自分を嫌いだ嫌いだと豪語する店主が頭を下げてまでお願いをしてきたのに、紫は僅かに眼を見開いた。
「なにかしら?」
「バイオ5の協力プレイ…………や ら な い か ?」
「恐怖の原点、頂点と謳っておきながら、そんなものすっ飛ばして格闘ゲーム化したバイオ5ですって?」
「いいかね? 特別、貴様でないといけないなんて理由はないんだが……ただ、此処には貴様以外に協力を要請できるヒトがいないだけであって……勘違いしないでくれたまえよ」
「ふーん、そんなに私とやりたいのかしら?」
「なっ……馬鹿もの! 勘違いするなと言っただろ。 オレは別に、八雲のことなど……」
「嘘はいけませんわ」
「な、なななな!」
∫ ∫ ∫
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missingの魔王様が大好きです。彼の持論にあこがれる痺れるぅ。愛なんて、恋なんて…………猫耳装備があればそれでいいじゃないの。