剣奴同士の争いは、探索者ギルドではご法度である。
それは剣奴がギルドの財産であり、財産同士が勝手に傷つけ合ったりしたらギルドにとっては損失になるからだ。
だが、殺傷沙汰こそないものの、一刀の荷物が盗まれたように、細かい所までギルドは関知しなし出来ない。
だから、必要以上に目立つことは危険であり、目立つ行動をとるのであれば、他を圧倒出来るだけの強さを早く身につける必要がある。
今は見た目がブロンズダガーや布の服などの初期装備であり、BF3,4辺りでジャイアントバットを1撃で倒していたのも、そんなには目立っていない。
なぜなら、飛ぶことや回避補正のため戦い難い相手ではあるものの、攻撃が当たりさえすればすぐに死ぬジャイアントバットは迷宮内でも最弱の相手とされているためである。
しかも、拠点防衛のために盾を手放したがらない剣奴達が使用することはあまりないが、飛ぶ敵に遠距離攻撃が有効であるというのは、今までの経験則から割とよく知られている。
一刀に限らず弓使いの探索者であれば、ジャイアントバットを1撃で倒すことはよくあることなのだ。
更に、階層によって貰えるEXPの違いから強さの違いをはっきり認識出来る一刀とは違い、他の者にとっては階層が下がることでの敵の変化は曖昧にしかわからない。
明らかに武器が異なる獣人系とは異なり、見た目が変わらないジャイアントバットならば尚更である。
つまり一刀は、自由時間にも迷宮に降りる物好きな奴とは思われていても、周りにその異常なLVアップ速度も認識されていないし、今の所は特別に強いとも認識されていなかった。
あくまで、今の所はである。
ただでさえ一日外出権や2回連続の『贈物』、それに先日の監督員との諍いで、一刀は悪目立ちしつつあった。
敵の種類が変わらないBF5までなら誤魔化せた自身の強さも、BF6以降に降りるようになれば即座にバレてしまうだろう。
そうなれば完全に目立ってしまい、職場配属のルールを逸脱した階層に配置されてしまうこともありうる。
BF1からBF5までの階層では、1ヶ月毎という職場チェンジの基準(剣奴自体は月に2度補充のため、BF1の配属は運が悪ければ2週間になる)が決められていた。
BF6以降では、下に行くほど死傷者が出て人数が足りなくなってしまうため、人数基準で下の階層への移動となる。
つまり、BF5を卒業してBF6に配属された新人と、それまでBF6に配属されていた剣奴を足して、基準人数を上回った分だけが古株の順にBF7へと移動になるのである。
現時点でギルドによって設置されているテレポーターはBF10までであるので、現状の所はそのやり方でギリギリバランスが保てていた。
つまり、BF10をソロで生き残れる実力を身につけるまでは、一刀はおおっぴらにLV稼ぎも出来なくなったのである。
前回よりも更に2つアップしてLV7となった一刀は、しかし漢女に祈ってもらう列には並ばなかった。
3連続で『贈物』を受け取って、目立ちたくなかったからである。
以前迷子になった際、季衣や流琉が座学で教わったという迷宮の地図を書き写させて貰っていた一刀。
BF5からBF6に徒歩で移動し、階段付近を拠点に狩りをしようとした。
LVが上がってジャイアントバットからEXPがあまり貰えなくなくなった以上、乱獲の妙味が薄れていたからである。
だが、いくらLVが上がっていても、さすがに初期装備でこの階層はきつかった。
「くそっ、何発当てれば死ぬんだ、コイツ!」
大きなトカゲの姿をしたモンスター・マッドリザードを相手に、苦戦をする一刀。
その動きは丸々とした見かけに反して俊敏であり、猪のように突進しては一刀にダメージを与えていった。
ダガーという獲物だけあって、一刀の攻撃力はそれほど高くない。
それでも手数で無理押しして、マッドリザードに止めを刺した時には、戦闘前には全快だった一刀のHPが、残り3割にまで落ち込んでいた。
それだけ苦労したにも関わらず、EXPは30しか貰えなかったのであった。
早々に迷宮から脱出した一刀は、自らの育成計画を見直しせざるを得なかった。
初期装備でBF6にソロで挑むのは無理。
ジャイアントバットを相手の乱獲は効率的に考えると下策だし、そろそろ矢弾代が持たない。
BF5の広場で、ジャイアントバット以外をターゲットに乱獲をするのは、他者の恨みを買うので却下。
それに、ドロップアイテムの問題もあった。
獲物を横取りされた際にアイテムがドロップして、どちらが取得するかの言い争いになった時、広場ではギルド監督員の目もあるため、剣奴である一刀の立場はどうしても弱い。
そのため思うようにアイテムも拾えず、ますます矢弾代に困ることになるという悪循環に陥っていたのである。
(BF5の広場以外を探索しつつ、地道に敵を倒してEXPを稼ぐしかないかなぁ)
そこまで考えた一刀は、自分にもうひとつ縛りがあるのを思い出した。
『蜂蜜』の献上である。
期限も納期も特に指定されていないが、ずっと放置しておくことは出来ない。
なぜなら、定期的に蜂蜜を納めなければ、美羽の機嫌を損ねてしまうことになりかねないからだ。
ギルドショップの利益を損なう恐れがあるため、剣奴同士の直接売買はギルドから禁じられている。
だから、他の剣奴から譲って貰って転売することも出来ない。
『贈物』を祭に売却した時のように、相手が剣奴でなければよいのであるが、彼女達はLV的にもっと上の階層で戦うであろうから、『蜂蜜』には余り期待できない。
八方塞がりの一刀なのであった。
「季衣、流琉、いるか?」
「あ、兄ちゃん。いらっしゃい」
「兄様、お洗濯ですか?」
「いや、実はちょっと相談があってな」
ソロでは現状を打開出来ない一刀は、季衣達とパーティを組むことを考えたのである。
迷宮探索を初めて2週間経った彼女達は、2人パーティであることが足を引っ張ったのか、LV3のままであった。
ちなみに『パーティを組む』といっても、なにか特別なことをするわけではない。
それでどうやってパーティと認識され、EXPが分配されるんだろうと以前考えていた一刀だったが、見知らぬ探索者に横殴りされただけでEXPが頭割りされることから、一刀はシステム的にファジーなんだろうと見当を付けていた。
一刀の申し出は、2人にとっても願ってもないことであった。
2人だけで迷宮を探索するというのは、彼女達にとっても心細かったのである。
だが、自分達と違って仕事のある一刀に、仕事の後で自分達の探索に付き合ってくれとはとても言えなかった彼女達。
「兄様、お仕事もあるのに、私達と迷宮探索までして、体は大丈夫なのですか?」
「ああ、今だって仕事時間以外もソロで迷宮に降りてるし、季衣と流琉がいてくれた方がかえって楽になるよ」
との一刀の言葉に、喜んでパーティの申し出を受諾したのであった。
RPGの種類によっては、LV差がある者同士のPTはEXP取得にマイナス補正が入るものがある。
特にMMORPGでは、PL(パワーレベリング)防止策として、それを採用することが多い。
逆にオフゲーでそれをすると、新たなキャラが育てられないため、それを採用していない場合がほとんどである。
『三国迷宮』はオフゲーであるため、EXPのマイナス補正は入らないだろうと予測した一刀。
LV1でコボルトを相手に50貰えていたEXPが、LV2で25、LV3で10になっていたことを考えると、恐らく乗算に近い経験値テーブルであると考えられる。
LV6だった時のキラービーがEXP50、LV7で戦った先ほどのマッドリザードがEXP30であることから、恐らく序盤はLV=適正フロアであり、一刀にとってはBF7の敵が同格なのであろう。
だから、例え自分が増えて頭割りでEXPが減っても、季衣達にとって格上であるBF5のモンスターを倒すことにより、大量のEXPを得られるだろうと思っていた。
そして、パーティを組んでBF5で行った戦闘で、季衣と流琉がすぐにLV4にアップしたことがそれを証明したのであった。
「兄ちゃん、ボクもう平気だよ」
「私も大丈夫です、次をお願いします」
「わかった、じゃ、行って来る」
パーティを組んで最初のうちは、3人で迷宮内をうろうろして敵を探しては戦っていたのであるが、敵がいつ出るかわからないことが季衣達の気力体力を消耗させる大きな要因となっていたため、一刀は早々にLV上げのやり方を変えた。
比較的安全そうな袋小路に季衣達を待たせ、一刀が敵をそこまで釣ってくる方法にしたのだ。
敵を探して誘導する手間はかかるが、それ以上に季衣達の消耗を抑えられることの方が重要であった。
なぜならこれはパーティでの探索であり、一刀1人が元気であっても他のメンバーが疲れてしまっては、今までのように長時間のLV上げが出来ないからである。
「ポイズンビートルを連れて来たぞ! 毒に気をつけろよ!」
「わかってるって、そりゃー!」
「たー!」
体に似合わない巨大な鈍器を両手で握り、ポイズンビートルに殴りかかる季衣と流琉。
洛陽に連れてこられる前からLV3であった2人は、座学の頃に『贈物』を受け取ることが出来ていた。
この鈍器は、そんな2人の初めての『贈物』であった。
季衣の先端が丸く膨らんだ形状の鈍器。
流琉の先端が平べったい形状の鈍器。
さすがに祭の持つ弓のような威風を感じさせることはないものの、さすがに『贈物』だけのことはあり、それらは彼女達にとってかなり使いやすそうであった。
LV4に上がった2人でも、BF5のポイズンビートルはまだ格上の相手であったが、甲殻類などの硬い相手に対して鈍器はプラス補正が入るらしい。
そこそこ苦戦を強いられるゴブリンとは違って、わずか数発で倒すことが出来た。
まだ余裕のありそうな季衣達を確認して、次の獲物を探してくる一刀。
「今度はゴブリンだぞー!」
「任せてー!」
「はーい!」
LVの足りない季衣達は、なかなかゴブリンに攻撃を当てることが出来ない。
だが、それでも2人は慌てず騒がず、きちんと狙いを定めて落ち着いて攻撃を続けた。
そのようなことが出来るのも、一刀がゴブリンの攻撃を一手に引き受けているためである。
前衛に守って貰いつつ、後ろからボウガンで攻撃しよう。
そう思っていた時期が、一刀にもあった。
だが、季衣達に頼んで試しにやってみると、季衣達に当てないように敵を狙うのが酷く難しかったのである。
狙い自体は正確につけられるのだが、季衣達の動きが予測出来ないのだ。
しかし、戦闘中は役に立たずとも、敵を釣ってくるのには非常に便利であったため、一刀は自分の装備から外すことは考えなかった。
(自分達がよほど息のあったパーティになるか、自分が優れた弓手になるかしないな)
一刀は戦闘中のボウガンの使用を、一時的に諦めたのであった。
盾のない一刀が攻撃を引き受けているのだから、いくら自分にとって格下の敵であっても、全ての攻撃を避けたりダガーで受けたり出来るわけではなかった。
それなりに手傷を負った一刀に、流琉が傷薬を塗りたくり、季衣が回復薬を飲ませる。
そう、一刀は彼女達に薬を奢って貰っていたのだ。
「兄様は私達の代わりに傷を負ったのですから、このくらいさせて下さい」
「そうだよ、それに兄ちゃんは矢弾代だってかかるだろ?」
少女達に金銭面で気を遣わせていることに、忸怩たるものを覚える一刀であったが、季衣の言う通り、確かに矢弾代がそろそろ厳しくなりつつあった。
一度使用したブロンズボルトを拾って再使用出来るのであれば、ここまで困窮することはなかったであろう。
だが、さすがはゲーム世界である。
消耗品として存在しているアイテムであるブロンズボルトは、当たり判定の後、モンスターと同様に塵となってしまうのだ。
そうやって消えていく金属類は大陸全体で見ればわずかであるし、ゴブリンなどの獣人系モンスターが、たまにブロンズインゴットなどの金属類をドロップするから、ある意味バランスがとれている。
そこら辺のことをこの世界の住人はどう考えているのかと思い、季衣達にそのことを聞いてみたことがあるが、彼女達はりんごが下に落ちるのと同じくらい当然のことだと認識していた。
(魔法や神の存在する世界で、質量保存の法則なんて関係ないか)
一刀は無理やり自分を納得させたのであった。
一週間が過ぎ、季衣達のLVも更に上がって5となった。
と同時に一刀の矢弾代も遂に限界が来て、今持っている分で最後である。
一刀達は『蜂蜜』を入手するため、背水の陣の覚悟でBF6へと降りて行ったのであった。
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NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:620/2000
称号:なし
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9
武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:39
遠隔命中率:26
物理防御力:27
物理回避力:29
所持金:0銭