1回、2回、3回。
ゴーレムの岩の腕が、その質量からは想像出来ないような速度で、蓮華の盾を打ち鳴らす。
質量×速度二乗のエネルギーは、盾を経由して蓮華に一方的な負荷を与える。
ビリビリと痺れる腕。
ミシミシと軋む骨。
ジワジワと削られる命。
愚直に攻撃を受け止めていた蓮華が、限界に達したのか不意に体勢を崩した。
それを見た一刀は慌てて『打神鞭』を繰り、振りかぶったゴーレムの腕に巻きつける。
LV23の一刀にとって、BF22の敵は格下である。
しかも雪蓮クランはギルドの元締めであり、短剣飾りに困る立場にない。
そのため、ありったけのお香によりブーストまでされている。
にも関わらず、一刀が攻撃を止められたのは僅か一瞬。
そのまま一刀を引き摺るようにして、ゴーレムは蓮華へと追い打ちを掛けた。
だが一刀の行為は、まったくの無駄にはならなかった。
蓮華が一歩分だけ攻撃を避ける時間を生み出したからだ。
よろめくように踏み出した蓮華の体を、無機質な腕が掠っていった。
その衝撃に弾き飛ばされる蓮華、奇しくも雪蓮や明命が倒れている辺りに転がった。
そちらでは亞莎が救護に当たっていたが、雪蓮達のこれまでに蓄積されたダメージは大きい。
彼女達の方へは向かわせまいと、思春がゴーレムの前に立ちはだかる。
「守るな、攻めろ!」
「承知」
もちろん雪蓮達にここまでのダメージを与える間、ゴーレム自身が無傷でいられるはずもない。
ゴーレムのNAMEが赤く輝くこの状況であれば、無理やりにでも決着をつけてしまった方が、結果的に受けるダメージ量が減るはずだ。
そんな考えから出した一刀の指示に、思春が言葉少なげに応じる。
りぃん、と思春の刀『鈴音』が音を放つ。
柄に仕込んだ鈴状のダイスが振るわれ、次の攻撃に対する加算値を決めているのだ。
言うなれば『博打攻撃』とでも称するべきか、思春の加護スキル【博徒】による今回の出目はシゴロ、攻撃力2倍のボーナスである。
「せいっ!」
倍付けの効果により雪蓮クラスにまで引き上げられた思春の攻撃がゴーレムの胴を薙ぐと同時に、ゴーレムの反撃が思春の腹部に突き刺さる。
カウンター攻撃によりHPを半分近くまで減らされ、壁際に吹き飛ばされた思春。
ふらふらと上半身を起こした思春が見たものは、自分の攻撃によって上半身と下半身が切り離されたゴーレムの姿が霞んで消えていく姿であった。
「ふぅ。さすがに強いわね」
血と汗に塗れたタオルを投げて、雪蓮が呟く。
先程の戦闘で左腕が千切れる寸前だったにも関わらず、彼女の表情はどことなく楽しげである。
雪蓮クランがここまで苦戦したのは、当然の結果であろう。
『赤壁』によって敵が分断されるからと言って、連戦であることには変わりない。
LV19~21までの混合パーティである彼女達には、BF22での戦闘は少々荷が重かった。
特に問題だったのは、高LVの前衛がLV23の一刀とLV21の雪蓮のみであることだ。
しかも攻撃力に特化した雪蓮は、反面で防御力に劣る。
雪蓮のLVが一刀程度あれば結果は全然違ったのであろうが、今の彼女では連戦の最中に戦闘不能状態まで追い込まれてしまうことも少なくなかった。
短剣飾りや回復魔術は、確かにある。
だが、HPを全快させればすぐさま戦えるようになるわけではないのだ。
ゲームで例えるなら『衰弱』状態であり、リアルな見解だとそれまでに流れた血や失った体力までが回復するわけではないといったところであろう。
そして雪蓮が倒れれば、残るはLV19の年少組と一刀だけである。
もちろんそこで一刀が前線を支える選択肢もあるが、その行動は取らないようにと冥琳に釘を刺されている。
仮に一刀までやられてしまったら、パーティが全滅の危険に晒されるからである。
全員のフォローをしつつ最後まで踏ん張り、雪蓮が回復する時間を稼ぐ。
それがこの場面で一刀に期待されている役割なのだ。
一刀は、雪蓮の呟きに言葉を返した。
「敵の強さより、問題は雪蓮の攻撃力が突出し過ぎてることだと思うんだ」
「ん? どういうことよ?」
「雪蓮に敵のターゲットが固定されちゃうんだよ。んで、集中攻撃を受けて雪蓮が沈むと、さっきみたいにパーティ崩壊の危機ってわけだ」
「なるほどな。前半戦は雪蓮に手加減させて敵の標的を回す。そして敵が弱ったら全力攻撃すればいい。こう提言したいのだろう、一刀?」
一刀の説明に対して真っ先に理解を示したのは、2人の会話を横で聞いていた冥琳である。
冷静沈着なこと氷の如しとでも評するべきか、激戦を終えたばかりだというのに冥琳だけは汗ひとつかいていない。
そんな彼女の明晰な頭脳であれば、一刀の言いたいことなどすぐに分かるのであろう。
「問題は、敵の殲滅速度が落ちることだな。だが今よりも遥かにマシか」
「もしくはBF21に戻るかだけど……」
「それは却下。折角こんなに楽しい戦闘なんだもの、今更BF21なんかに戻れないわ」
「まったく、雪蓮の戦闘狂いには呆れるな。だが虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。一刀の提案は試す価値があるだろう」
「雪蓮、ちゃんと手加減してくれよ? まさかそれも却下なんて言わないよな?」
「当たり前じゃない。勝つための作戦には従うわよ。私は猪武者じゃないんだから」
冥琳の言う虎児には、様々な意味が込められている。
BF22の地図もそうだし、効率的なEXP取得でもある。
そして最も大きな利益は、強敵相手の死闘経験であろう。
現に今も、強敵に対抗するための新たなノウハウを仕入れたかもしれないのだ。
これが上手く機能すれば、雪蓮クランにとっては戦術の幅が広がることになる。
急速な成長を続ける仲間達に、安心したような、それでいてどこか寂しげな目を向ける冥琳なのであった。
BF22入口辺りの地図を充実させた一刀達は、その場で夜営せずにBF20まで戻って来た。
さすがにBF22で夜を明かすには実力不足であることを、誰もが実感していたからだ。
だが今の一刀達に、海岸まで向かう元気はない。
近場の安全地帯である、凪達のいた小部屋でのキャンプとなった。
「はぅぅ! お猫様です!」
「なんにゃ? 美以は美以だじょ」
「美以様ですか! 可愛いお名前です!」
訂正しよう。
明命だけは元気が有り余っている様子であった。
食糧や着替えを届けに来てくれた美以の姿に、目を輝かせる明命。
昨日も美以は来訪していたのだが、明命はたまたまタイミング悪く海岸の隅でお花を摘んでいたのである。
いや、海岸なのに花摘みという表現は些か不自然であろう。
意味合い的には砂掘り、もしくは水遊びと称するべきかもしれない。
そのため、明命が美以と会ったのは今が初めてだった。
「はわぁ、毛皮がふさふさです! 美以様、宜しければモフモフさせて頂けないでしょうか」
「モフモフってなんにゃ?」
そう言って煮干しを差し出す明命と、それにつられてよく理解しないままモフる許可を与える美以。
明命は幸せそうに美以の腹部に顔を埋め、心ゆくまでモフモフする。
だが、ちょっと待って欲しい。
美以の毛皮は自前のものであり、当然その下には敏感なお肌が隠れているのだ。
「にゃにゃ、くすぐったいにゃ、はぅ、にゃぁぁん」
「もふぅ、気持ちいいですぅ」
「にゃ、にゃ、にゃんか、変な、感じにゃ……」
「美以様も、気持ちよくなってきちゃったんですね!」
頬を上気させる美以を、明命は更に快楽へと導く。
腹部に頬を擦り寄せて自らの欲望も満足させつつ、空いている手で耳裏や喉など美以の弱点を的確に責める明命。
そのテクニックは、さすが普段から猫を弄り慣れているだけのことはあった。
「こ、これは……」
疲れにくい体質を利用しているだけの強引な力技、あげくに真珠などの裏技による邪道に落ちかけていた一刀。
彼にとって、明命の正統派テクニックは目から鱗が落ちるようだった。
一刀と明命の関係は、この時から変わった。
ただの師と弟子ではなく、お互いに足りない所を補い合える戦友へと昇華したのだ。
一刀は股間を膨らませながら、明命の技を盗もうと彼女達の痴態を凝視し続けたのであった。
迷宮探索3日目。
BF21を通り抜けるルートは確立した雪蓮クランにとって、問題は如何にBF22で戦い抜くかということだけだ。
そしてその課題も、年少組のLVアップによって順当に解決しつつあった。
LV19の彼女達がBF22で戦っていたのだから、たった1日でLVが上がったのも当然である。
『増EXP香』を使用していれば敵1体につき約80P貰えることを考えれば、危険を冒すだけの価値はあったと言えるだろう。
もちろんLVアップだけが全てではない。
強敵戦に適応した作戦が身に付きつつあるというのも、BF22攻略における大きな要素であろう。
ケルベロスの1つ目の頭は、祭の矢に刺され。
ケルベロスの2つ目の頭は、雪蓮の剣に切られ。
ケルベロスの3つ目の頭は、一刀の鞭に打たれ。
(明命、今だ!)
(はいっ!)
一刀のアイコンタクトで、明命がケルベロスの背後から忍び寄る。
加護スキル【隠形】により気配を消した彼女の攻撃は、見事ケルベロスの不意を突くことに成功した。
もちろんそれはダメージ増に繋がるのだが、真の恩恵は他にある。
会心の一撃を貰ったケルベロスの標的が、明命ではなくその傍にいた蓮華へと移ったことだ。
攻撃力に乏しい蓮華は、例え雪蓮が手加減をしていてもタゲを取ることが難しい。
そこで明命が攻撃者を誤認させることで、敵のヘイトを蓮華になすりつけたのだ。
誰かを庇うのと自身への攻撃を防ぐのでは、安定度が全然違う。
昨日よりLVが上がっていることもあり、反転したケルベロスの攻撃を難なく受け止める蓮華。
安易に雪蓮達に背を向けたまま、その突進を蓮華によって止められてしまったケルベロスの末路は、言わずとも知れようことであった。
だがその際、一刀のステータスに変化が起こったことは特筆せねばなるまい。
【武器スキル】
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
「性能だけだ! この世には性能だけ残る!」
「ど、どうしたの一刀、突然叫び出して……」
「いや、なんでもない。ごめん、蓮華」
スキル名の痛さは相変わらず一刀の羞恥心を刺激してやまないが、性能はかなりの期待が持てる。
一定時間がどれくらいかにもよるが、効果範囲が敵全体というのは破格であろう。
自分のステータス欄を確認している一刀の横で、冥琳が雪蓮に告げた。
「雪蓮、そろそろ『赤壁』を解除するぞ。向こう側には3体いるが、再詠唱して分断する暇はなさそうだな」
「一刀、穏、祭はキメラ! 他はみんなでゴーレム! シャオ、バジリスクは貴方に任せるわ」
と、明らかに不自然な采配の雪蓮。
LV20の小蓮1人でバジリスクの相手など、無謀どころの騒ぎではない。
しかし、雪蓮の言葉に冥琳は何の異議を唱えることもなく、『赤壁』を解き放つ。
それと同時に小蓮は呪文を唱えた。
≪-周々召喚-≫
小蓮の求めに応じて幻影のホワイトタイガーが現れ、バジリスクへと飛び掛かった。
もちろんLV20の小蓮が呼び出した召喚獣であるのだから、相応の力しか持たない。
その背後から小蓮がチャクラム『月華美人』でサポートしていても、バジリスクとの力量差は明らかだった。
だが、それでも全然困らないのが小蓮の加護スキル【召喚】の恐ろしい所である。
≪-善々召喚-≫
新しい幻影の僕、ジャイアントパンダをバジリスクに突撃させ、小蓮はその隙にホワイトタイガーを呼び戻して送還する。
召喚獣はあくまでも幻影であり、一度送還すれば再召喚時には完全回復状態となる。
つまりこの2匹を交互に戦わせることで、小蓮はMPが続く限りノーダメージでの戦闘が継続して行えるのだ。
ちなみに召喚獣がやられてしまうとペナルティが発生するのだが、そんなことは運用次第でいくらでも解決出来る。
召喚獣は自働戦闘を行うため、他の仲間と協力して戦わせるのも難しいのだが、それこそ小蓮の腕の見せ所であろう。
最初に【召喚】した時なぜか人間が出て来たので即送還したとか、コモンスペルを唱えると全て爆発するようになったとか、そんなことは些細な問題である。
【孫呉の剣】【孫呉の盾】を有する2人の姉とはかなり方向性の異なる、それでいて彼女達のチートな血統を彷彿とさせる強力な加護スキルを得ていた小蓮なのであった。
一方、穏の『沈黙の風』によって接近戦を強いられたキメラとの攻防を繰り広げている一刀。
グレイズの効果もあり、WGが早々に100まで達した一刀は、周囲の敵に目を配った。
赤いポインターはキメラにのみ、青いポインターは全ての敵に点滅していることから、青い方が『カラミティバインド』であるのは間違いなさそうだ。
「今から一定時間だけ敵全体を行動不能にさせるから、注意してくれ!」
そう叫んだ一刀は、青いポインターに向けて『打神鞭』を振るった。
すると自動的に伸びた鞭の残像が分裂し、各モンスターの体に巻き付いたのである。
僅か10秒に満たない時間であったが、攻撃や防御どころか身動きすら取れない棒立ちの敵など、屠殺場のブタとなんら変わりない。
手数の足りない一刀達や小蓮は敵を倒すまでに至らなかったが、雪蓮のチームはその10秒足らずでゴーレムを殲滅することに成功した。
(パーティ戦でなら、今までで一番使える技かも……)
そのままキメラへと立ち向かう雪蓮達とポジションを入れ替わりつつ、新たな武器スキルの性能に満足する一刀なのであった。
「一刀! 今の、なんなの?!」
「何って、新しい武器スキルだけど……」
戦闘が終わるなり、出血の手当もせずに一刀へと詰め寄る雪蓮。
戦いの興奮そのままに上気した頬が、やけに色っぽい。
フェロモンと綯い交ぜになった、噎せ返るような雪蓮自身の血臭にクラクラとする一刀。
流血エロという新ジャンルに思いを馳せる一刀の元に、雪蓮だけでなく他の皆も集まって来た。
「ちょっと! もう少し詳しく説明してよ!」
「そうですよ、一刀様! 先程の技は、一体どうやったのですか?」
「秘密なら秘密と言ってくれれば、それ以上の追及はさせないぞ?」
一刀を気遣ってくれる冥琳だったが、それは少々見当違いである。
別に彼は、武器スキルを秘密にするつもりなどない。
だが、どう説明したものか検討がつかないのだ。
一刀が自分以外の武器スキルで知っているのは、季衣達の『スイングアタック』と星の『覇求雲』くらいである。
ただ彼はその理由について、誰も必殺技名を叫んでないから気づかないだけだと思っていた。
例えば『スコーピオンニードル』にしても、なんの説明もされなければテクニックの一種だと勘違いしてしまうであろう。
ところが雪蓮達の言動から察すると、どうもそうではないらしい。
そういえば、季衣達も星も修行がどうこう言っていたような気がする。
それはつまり、彼女達が武器スキルを使うためには、自己鍛錬と独自の発想が必要だということだ。
もちろんシステム的な違いがあるのではなく、単に彼女達がどんな必殺技を使用出来るのか、誰も分からないからである。
季衣と流琉が同じ技を使っていることから、同系統の武器なら伝授することが出来るのかもしれない。
仮にそれが可能であれば、一刀が剣スキルや刀スキルを上げて武器スキルを習得し、皆に伝えるという手段も取れなくはない。
もっとも、そうするためには莫大な労力が必要であり、もしかしたら存在するかもしれないスキルキャップのリスク等があるため、現実的な考えではないが。
「うーん。もしかしたら、冥琳なら出来るかも。同じような武器だしさ」
「ほう、教えて貰えるのか?……コホッ」
「当たり前だろ。あ、でも冥琳って、あんまり戦闘で鞭を使ってないだろ? それだと、熟練度が足りてないかも」
「ふむ。まぁ、物は試し……コホッコホッ」
「お、おい、大丈夫か?」
「ゴホッゴホッ……ぐっ……」
ゴポリッと嫌な音を立てて、冥琳の口元から血が溢れ、滴り落ちた。
そのまま意識を失い、一刀に向かって倒れ掛かる冥琳。
血で汚れた彼女の口元を拭う一刀の手にはべっとりと化粧が付着し、冥琳が普段からその顔色の悪さを誤魔化していたことが窺える。
(服もそうだけど、やっぱり冥琳には深紅が一番よく似合うな……)
愛する冥琳の唐突な異変に、場違いな感想を抱いてしまう一刀。
雪蓮達の悲鳴が耳に入って来るも、どこか遠い世界の出来事のように聞こえる。
冥琳が病魔に侵されていたという現実を、直視することが出来なかった一刀なのであった。
**********
NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:2994/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、冥琳、祭
パーティ名称:( ゚∀゚)o彡゜
パーティ効果:近接攻撃力+10、遠隔攻撃力+10、魔法攻撃力+10
STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)
武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス
近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:239貫