住み込みが基本のメイド業ではあるが、桃香達の希望はあくまでアルバイトである。
労働時間が一定でない彼女達を、日常作業に組み込むのは難しい。
そこで一刀は、彼女達をメイド達への教育を行う臨時講師的な立場で雇い入れた。
メイド業務はもちろんのこと、一刀や七乃には疎い洛陽市民視線での常識などを教えてくれればいいなぁと思ってのことだ。
「それじゃ、よろしく頼むな」
「はーい。こっちは朱里ちゃんも雛里ちゃんもいるから大丈夫だよ。いってらっしゃい、ご主人様」
「はわわ、どうしよう雛里ちゃん。夜の教育用の本、おうちに忘れてきちゃった!」
「大丈夫だよ、朱里ちゃん。私、内容は全て暗記してるから……」
朱里達の会話の意味が、一刀にはいまいち理解出来なかった。
だがなんといっても彼女達には、双子をメイドへと育てた実績がある。
(彼女達に任せておけば、まず大丈夫だよな)
桃香達による英才教育で、子供達が一流のメイドへ成長することを期待する一刀。
雇い入れたばかりの講師なのだから、本来であればしばらくは様子を見てその教育内容を確認する必要があるだろう。
だが、一刀の彼女達に対する信頼は厚い。
今も所用で出掛けなければならない一刀だったが、その心に不安はまったくなかった。
子供達への教育を桃香達に任せ、まず彼が向かったのはギルドにいる穏の元である。
加護を受けたばかりの天和達が迷宮探索をしばらく休憩するということで、ようやく『太平要術の書』を借りられたのだ。
「ふはっ! ふっ、はっ、ああぁん!」
「落ち着け、ひとまず落ち着けっ!」
穏の本好きを知っていた一刀は、全く下心がなかったわけではない。
もしかしたら、ちょっと美味しい思いが出来るかなぁとは期待していた。
だがなんというか、表紙を見ただけでここまで反応されると、正直どん引きである。
先ほどまで同じ執務室にいた冥琳に助けを求めようにも、彼女はとっくに避難済みであった。
一刀の膝に座り、本を捲りながら頬を上気させて身悶える穏。
既に彼のズボンは、穏から溢れ出す幸福感によってベチャベチャだ。
(これ、まさか嬉ションじゃないよな……)
艶めかしく溜め息をつき、感極まって一刀の耳を甘噛してくる穏。
彼女を両手で抱き抱えながら、今日の予定が丸々潰されたことを確信する一刀なのであった。
途中から祭も加わっての乱痴気騒ぎ。
更に皆がダウンした頃を見計らって、こっそりと執務室を訪れて来た冥琳とまで甘い一夜を過ごした一刀は、昨日消化出来なかった予定を実行すべく華琳の館を訪れた。
前回受注した『アイテム交換クエスト』の報酬が用意出来たということで、呼び出されていたのだ。
一刀的には大幅なLVアップもさせて貰ったし、差し引きで言えば既にプラスだと思っていたので、それ以上のものを要求するつもりはなかった。
だが相手は、あの華琳なのである。
変に遠慮する方が失礼であろうことは、一刀も今までの経験から理解していた。
「おー! なんかこれ、凄いな!」
「それ、特注品なのよ。私の分と貴方の分しかないんだから」
華琳が用意したもの、それはマントであった。
クエスト当初、1日100貫の報酬を提示した華琳にしては、マントだけとは随分としょっぱいのではないか。
そう思うのは、早計である。
このマントは、現在の洛陽では文句なしに貴重品であるBF21でのドロップアイテムが使用されているのだ。
基本的に魔法生物は、短剣飾りや素材系のアイテムをドロップしない。
スライムの『スライムオイル』やガーゴイルの『銀のカギ』と同様、魔法生物であるゴーレムやキメラのドロップアイテムもポップしにくいのだ。
よって一刀のマントは、残りのモンスターから出たアイテムによって制作されている。
バジリスクに飲み込まれた鉱石類が、体内の猛毒によって精製され混じり合った未知の金属、『超合金』。
地獄の炎にも焼かれることがないケルベロスの、強度と靭性を兼ね備えた最高の皮膚、『強靭な皮』。
BF21以降で戦闘可能なのは、今のところ華琳クランと漢帝国クランのみである。
従って現時点でこれらが市場に流れることはないし、いくら金を積んでも華琳が売却することもないだろう。
その貴重なアイテムを使用した報酬は、華琳の一刀に対する好意以外の何物でもない。
覇者のマント:防8、耐100、STR+2、近攻+15、遠攻+15
『贈物』に勝るとも劣らぬ、そのマントの高い性能を教えてくれる稟。
早速それを装備した一刀を見て、華琳と稟は顔を見合わせた。
「あら、意外と様になってるわね」
「ええ。こう言ってはなんですが、予想外でした」
「なんだよ、それ」
「だって貴方って、威厳がないじゃない。マントに着せられた感じになるかと思ってたのに……」
「ふふ、でも良くお似合いですよ」
「まったく、褒めてんだか貶してんだか……。まぁでも、ありがとうな、気に入ったよ」
マントの着心地を確かめる一刀と、顔を綻ばせながらその様子を眺めている華琳達。
動きが阻害されないか一通り確認した一刀は、折角来たのだからと加護の時に貰った『贈物』の鑑定を稟に頼んだ。
『太公望の竿』の時のように後付けの変化がある場合、稟に誤認される恐れもある。
だがここでの結果がどうであれ、いずれ真桜達にも確認して貰うつもりだったし、ここで鑑定されて損をすることはない。
「ふーむ。あの時と同様、私には唯の瓢箪にしか見えませんね。あ、これにも銘が入っていますよ。『伊吹瓢』というアイテムらしいです」
「へぇ。なんなんだろうな、それ」
「ところで一刀殿、折角の『贈物』を酒器に使うのは、さすがにまずいと思いますよ?」
「へ? 酒なんて入れてないぞ? 革袋の代わりになるかと思って水は入れたけどさ」
「でもほら、お酒ではないですか」
『伊吹瓢』を受け取り、中身を確認する一刀。
驚いたことに、そこには稟の言う通り酒が入っていた。
確かに今朝は水を入れたはずなのに、それがなぜか赤ワインに変わっていたのである。
「……うーん、アイテム効果か? 迷宮探索の役には立たないけど、これはこれで凄いな」
「肝心なのは、味よ。一刀、確かめさせなさい」
別にそんな所は肝心ではない。
華琳に対してそんなツッコミを入れられる訳もなく、一刀は素直に瓢箪を手渡した。
「へぇ、中々の香りじゃない。いえ、それどころか、これって……」
そのまま瓢箪に口を付けた華琳は、瞼をそっと閉じる。
穏やかな日差し、豊かな大地。
そこにしっかりと根を張った木々は、葡萄達へ自然の恵みを分け与えている。
緻密な酸味に支えられた芳醇な味わいに、そんな葡萄畑を思い描く華琳。
「一刀、この瓢箪、私に譲りなさい!」
「いやいや、さすがに祭壇での『贈物』なんだし、それはまずいだろ。それよりもさ、水を入れて赤ワインなら、他のを入れたらどうなるんだろ?」
「貴方……なんて素晴らしい思いつきなの?! 稟、すぐに容器と飲み物を用意して頂戴!」
「畏まりました、華琳様」
紅茶とジンでイギリス人。
コーラとジンでアメリカ人。
この世界に残念ながらコーラはないが、烏龍茶や緑茶など飲料の種類はそれなりにある。
騒ぎを聞きつけて集まった華琳クランのメンバー達が見守る中、早速実験が開始された。
「私はこの緑茶を入れて出来た、清酒とやらが一番好きだ。秋蘭はどうだ?」
「ふむ、それも捨てがたいが、こちらの焼酎という酒の方が私の好みに合っているな」
春蘭と秋蘭が。
「うえっ、このテキーラってやつ、飲めたもんじゃないわね」
「それはオレンジ果汁で割れば、飲みやすくなるのですよー」
桂花と風が。
「やっぱり私は、ワインが一番好きだわ」
「華琳様、こちらの酒はブランデーという名前らしいのですが、これもなかなか味わい深いですよ?」
華琳と稟が。
稟のスキルによって名称が判明した、今まで見たこともない酒類。
どれをとっても一級品であるそれらの味わいを、皆が楽しんでいた。
そしてそれは、季衣と流琉も例外ではない。
「かぁっ! に、兄ちゃん。このウォッカってやつ、毒じゃないんだよね?」
「あ……。でもなんだか、お腹がポカポカして来ました」
「うぅん、ボクなんだか、気持ち良くなってきちゃったよ」
「兄様、あの、今晩は私達の部屋に泊まっていきませんか?」
無邪気に一刀へと頬を擦り寄せる季衣。
恥じらいを見せつつも、一刀の袖を離さない流琉。
一刀はそっと二人を抱きかかえ、さりげなく風と稟に触れてPTを組んだ。
そして季衣達の部屋で彼女達とパーティ登録をした一刀は、とても充実した夜を過ごしたのだった。
2晩連続で外泊した一刀を待っていたのは、涙目になった月と、勝気ながらもどこか寂しげな詠であった。
明日から迷宮探索に向かう予定の一刀は、今日こそ真桜達に連絡を取って瓢箪を見て貰おうと思っていた。
だが、そんな彼女達を放っておくわけにもいかない。
(まぁ、瓢箪の件は夜でもいいか)
と、昼間っから情事に耽ろうとした一刀は、右手に月、左手に詠を抱き寄せた。
真珠で得た精力をフル活用している彼を、誰か止められるものはいないのか。
「ここにいるぞー!」
「……ん、誰?」
「蒲公英、そんなエロエロ魔神と話したらダメだ!」
「えー、お姉様。そんなこと言うと、桃香様に怒られちゃうよー?」
顔立ちの良く似た2人の女の子。
蒲公英という名の少女が口にした言葉から察するに、どうやら桃香のクラン員であるようだ。
その推測は当たっており、2人の来訪に気付いた桃香が出て来て一刀に紹介した。
「ご主人様、翠ちゃんと蒲公英ちゃんだよ。2人とも私の仲間なの!」
「仲間っていうか、命の恩人なんだよ、桃香様は」
「もう、翠ちゃんったら。様はやめてって言ってるのに……」
「えー、でもみんな桃香様って呼んでるよ?」
「そうなんだよね。私って、そんなに親しみ難いのかなぁ……」
口を挟んだ蒲公英の言葉に、落ち込む様子を見せる桃香。
そんな桃香に、即座に解決策を提示する一刀。
「桃香だけが様付けだから、気になるんだよ。だからここはひとつ、彼女達にも俺をご主人様と呼ばせたらどうだろう?」
どうだろう、ではない。
頭が湧いているとしか思えない一刀の提案は、しかし桃香の琴線に触れてしまったようである。
「ご主人様、自分を犠牲にしてまで私のために……」
「ちょっと待ってくれ、なんでそんな話になるんだよ!」
「そうだよ、おかしいよ!」
翠達のツッコミも、自分の世界に入ってしまった桃香には聞こえない。
彼女は虚空に向かって「来た」「メインヒロイン来た」「これで勝つる」などと、意味不明な単語を呟いていた。
こうして桃香クランにおける唯一のルール、一刀に対する呼称に関する条約が制定されてしまったのだった。
「それはともかく2人共、桃香になんの用だったんだ? 迷宮探索は明日だろ?」
「ああ、それが今日の炊き出し当番、私達の都合が悪くなっちゃってさ」
「バイト先の馬達が、急に具合が悪くなっちゃったんだ」
「そりゃ大変だな。早いとこバイト先に戻った方がいいんじゃないか?桃香が正気に戻ったら俺からちゃんと伝えておくからさ」
明後日の方を見つめて、えへらえへらと笑っている桃香。
そんな彼女にに心配そうな眼を向けたものの、翠と蒲公英は一刀の好意に甘えることにした。
「ありがと、頼んだよ」
「よろしくねー、ご主人様」
「ちょっと蒲公英、馴染むの早過ぎだろっ?!」
「だって桃香様って、ああ見えて頑固だし。お姉様も早く諦めちゃった方が楽になるよ?」
「わ、私は絶対に呼ばないからなっ!」
「ああ、お姉様! 待ってよぉ!」
走り去る2人を見送った一刀は、とりあえず抱きっぱなしだった月達を自室へと持って帰ったのであった。
数時間後、月達を部屋に残して階下に降りた一刀は、そこで未だにボンヤリしている桃香を発見した。
間もなく夕暮れに変わろうとする時間帯、炊き出しをするならさすがにそろそろ準備をせねばまずいであろう。
しかし彼女は相変わらず「ラヴ2000、いやマシーンかも」「みんなもシャチョさんも……」などと、理解不能な言葉を発していた。
「桃香、おい、桃香?」
「ふぇ? え、えへへ……」
主役格でありながら、今まで影が薄かった分の鬱屈が溜まっていたのであろう。
きっと想像力の豊かな子なのであろう。
一刀が困り果てていたその時、長い黒髪をポニーテールに結んだ女の子が宿を訪れた。
NAME:愛紗【加護神:関羽】
LV:20
HP:459/429(+30)
MP:0/0
LV20でありながら、LV23の霞や華雄に劣らないHP表示に見惚れる一刀。
さすがは現実の世界で、最も多く祭られている三国時代の武将を加護に持つだけのことはある。
これまで色々と優れた冒険者を見て来た一刀だったが、その優れたステータスは、鴉の濡羽のような漆黒の髪と相まって、彼に強烈な印象を与えた。
「ごめん下さい。こちらで働いている桃香様に用事があるのですが」
「あ、ああ。いるにはいるんだけど、今は……」
「もしかして、またですか。ちょっと失礼します」
そう言って宿に上がり込んだ愛紗。
慣れているのだろう、ボーっとしていた桃香を容赦なく揺さぶって正気に戻し、その場で説教を始めた。
「桃香様、貴方は今、お仕事中のはずですよ。一体何をしているのですか」
「うう。でもね、ご主人様が……」
「言い訳無用。そう、貴方は少し妄想に耽り過ぎる。桃香様、今日の炊き出しで善行を積んでもらいますよ!」
「はーい。ごめんね、愛紗ちゃん」
見事なもんだ、とその様子を眺めていた一刀。
だが愛紗の説教の矛先は、彼にも向いたのである。
「一刀さん、でしたよね。お噂は聞いています」
「愛紗ちゃん。ご主人様って呼ばなきゃダメだよ」
「そのことです! いたいけな少女達を金銭で買い集め、皆に無理やりご主人様などと呼ばせているそうですね」
「なんだよ、その悪意に満ち溢れた噂は……」
「あまつさえ、桃香様にまで! そう、貴方は少しエロ過ぎる。貴方も一緒にボランティア活動をして、贖罪するがいい!」
今まで一刀の評判は、彼にとってプラスにしか働いたことがなかった。
だがここに来て、噂という魔物が負の側面を見せ始めていた。
特に数日前、奴隷市で有力者の奴隷購入を邪魔したのがまずかった。
元々知名度のある一刀に悪い噂を流すことなど、彼等にとって朝飯前であるのだ。
しかしそれを鑑みても、愛紗の態度は頂けない。
初対面の翠に『エロエロ魔神』呼ばわりされたことは、月達を抱いていた状況だったので、まだしも理解出来る。
だが噂だけでこうまで決めつける愛紗は、一体何様なのか。
さすがにむっとする一刀だったが、そこで『ちっ、うるせぇな。反省してまーす』などと言えるような男ではない。
類は友を呼ぶと評するべきか、朱里や雛里にしろ、桃香の仲間達はどこか正義感が強い。
そしてこういうタイプは、熟慮をせず勘違いで突っ走る傾向にある。
しかし、一刀はそれが決して悪いことだとは思わない。
なぜなら弱者が求めているのは、巧緻より拙速であるからだ。
リアルで不良に絡まれた一刀をたびたび救ってくれたのは、いじめ撲滅を目指して活動していた教師達ではなく、フランチェスカの学生会長で正義感の強い不動先輩だった。
そんな不動先輩と、愛紗はどことなく同じ匂いがするのだ。
一刀が愛紗に対して申し開きをすることはなかった。
そして言われた通り、彼女達の炊き出しの手伝いまで行ったのである。
(誤解は口で解くもんじゃない。行動で認めさせるんだ。……そうですよね、不動先輩)
久しぶりにリアルのことを思い出し、しんみりとした一刀なのであった。
筆者注記:
言うまでもなく、これはフィクションです。
未成年の飲酒や性行為を推奨する意図は一切ありません。
**********
NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:22
HP:410/353(+57)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:76/6500
称号:○○○○○
STR:31(+6)
DEX:46(+17)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:45(+13)
武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス
近接攻撃力:229(+37)
近接命中率:112(+20)
物理防御力:158
物理回避力:106(+20)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:19貫