感想でふるぼっこだったでござる。の巻
―――(始祖ジェラを倒すまでは同じ流れ)―――
現在の一刀には、明確な目標がない。
強いて挙げれば、自分の宿を繁盛させて身売りする子供達を減らしたいということだが、それもまだ漠然としている。
迷宮でのLV上げは『転ばぬ先の杖』といったところであり、彼にとってそれ以上の意味を持たない。
従って、華琳クランに所属することにさして問題があるわけではなかった。
こんな重要なことを、流されるように決定してしまって本当によいのか。
一刀自身、そう思わなかったわけではない。
しかし、主体性に乏しい彼には丁度よい切っ掛けだったとも言える。
剣奴時代といい宿屋の時といい、身に降りかかる火の粉を払う術は身に付けた一刀。
だが受動的な性格自体は、リアルの時とさほど変わっていなかったのである。
というか、そんな簡単にアクティブな性格になれるのであれば、一刀の両親は子育てに苦労していない。
与えられた条件内での作業こそ人並みに出来るが、自分で目標設定をすることが不得意な一刀。
彼にとって、華琳クランは意外と向いているかもしれない。
だが逆に、華琳にとってはどうなのか。
確かに華琳は、一刀に高評価を与えている。
彼を自クランへ迎えたいと思う程度には、その能力を認めていた。
だからこそ彼が凪達を連れて彼女の屋敷を訪ねて来た時、人に任せず自らが出迎えた。
そして上機嫌で、自クランへの加入を望む一刀達の申し出を聞いていたのである。
しかし、それもつかの間のことであった。
「ふぅん。BF20の安全地帯と海岸の場所を公開したいっていう訳ね」
「ああ。生死に関わる情報は、他クランと共有した方がいいだろ? 後、凪達のアイテム交換も全クランに解放して欲しいんだ」
「言いたいことは、それだけかしら?」
「あっと、出来れば……いや、なんでもない」
出来ればギルドの仕事は継続させて欲しかった一刀だったが、既にそんな雰囲気ではない。
打ち合わせ前は微笑を浮かべていた華琳が、今は無表情に近いのだ。
それもそのはず、一刀の志望動機は彼女を馬鹿にしていると言われても仕方のないものなのだから。
華琳には一刀の心配が、優しさではなく惰弱の証拠であるように見えていた。
100歩譲って、そのことには目を瞑ったとしよう。
だが彼は、言うに事欠いて生死に関わる情報の共有などと提案したのである。
なんたる脆弱。
なんたる怯惰。
なんたる無様。
迷宮探索とは、誇り、生き様、運など己の全てを賭けて挑むもの。
そうでなくて、どうして神の代理戦争など出来ようものか。
死に怯える者は、端から挑まねばよいのだ。
もちろん一刀にも言い分はあった。
迷宮探索の大前提として、迷宮制覇がその目的である。
つまりこれは、敵味方の話ではないのだ。
お互い有益な情報を教え合っていきましょうね、という考えが悪いはずもない。
現に華琳にしても、一刀からレベリングに関するシステムの説明を受けている。
卑怯だというなら、その情報だって買わなければよい。
だが華琳の考えていることは、そういうことではないのだ。
困難に立ち向かうため、他者と一時的に同盟を組む。
これはいい。
迷宮制覇のため、お互い有益な情報を交換する。
これも問題ない。
一刀の言っていることは、一見上記と同じことに思える。
だが、その本質は全く違う。
彼の提案の先にあるものは、みんなで仲良くゴールしようという思想なのだ。
順位をつけたがらない、現代っ子らしい考えであろう。
そこまでではないにしろ、慣れ合いであるのには間違いない。
それは好敵手達と切磋琢磨することとは全く違う。
前者はカンニングしあうこと、後者は一緒に勉強すること、と言い換えた方が分かりやすいであろうか。
一刀のまるで攻略本を見てRPGするかのようなやり方は、美意識の強い華琳にとって酷く汚れたものに思えたのである。
「私の見込み違いだったわ、一刀。貴方は私のクランには必要ない。この話は無かったことにして貰えるかしら」
「……俺はいいから、凪達だけでも頼めないか?」
「待って下さい、隊長!」
「私達は隊長と一緒なのー!」
「まぁ向こうがうちらをいらんっちゅーなら、無理に頼まんでもええんやないか?」
場の空気は、明らかに決裂に向かっていた。
それどころか、一刀のクラン加入に期待していた季衣や流琉までが、華琳に対してあからさまに不満げな表情を見せている。
折角の戦力を無為に捨てる華琳の判断に、稟や風も疑問を抱いている様子であった。
一刀が良かれと思って起こした行動が、想像しうる最悪な状況を作り上げてしまった。
しかし華琳クラン崩壊の危機を感じていたのは、一刀だけではなかったのである。
「華琳様、どうかご再考をお願いします!」
「なによ桂花、貴方も一刀がいいの? クランからの脱退は認めてあげるから、好きになさい」
「いいえ、いいえ! 決してそういうことではありません!」
「それじゃ、なにかしら? 私は既に決断を下したのよ? これ以上、貴方は一体何を言うつもりなの?」
「ご、ご再考を……」
「くどい! 桂花、私には私の往く道があるの。他者が如何にしようと、私は覇道を進むのみよ!」
考え方だけを切り取れば、そこに正しさなどないのかもしれない。
だがその言葉を口にしたのが華琳である、その一点だけで凡百の言葉が輝きを持つのだ。
華琳に向かい、跪く春蘭と秋蘭。
稟や風も、そのカリスマ性に心中で改めて忠誠を誓う。
季衣達ですら、その威風に打たれて俯いている。
静まり返る室内で、ただ桂花の声が小さく響いた。
「所詮、そこまでの器ですか」
「……なんですって?」
「そこまでの器か、と申し上げたのです」
「桂花! 我が寵に奢ったか!」
華琳は桂花の才と忠誠を、非常に高く評価していた。
それだけに、桂花の増上慢とも思える言葉は、華琳の心を大きく揺さぶった。
怒りのあまり、愛用の大鎌『絶』を桂花の首に突き付ける華琳。
顔を青ざめさせ、手足を震わせ。
それでも瞳だけは華琳から逸らさずに、桂花は言葉を続ける。
「唯才是挙」
役に立つのであれば、元盗賊ですらも用いる。
伝説に残る、曹操の有名な布告である。
桂花がそれ以上言葉を重ねずとも、華琳は彼女の言いたいことが十二分に理解出来た。
加護神である曹操との比較に用いるべく、桂花は敢えて挑発的に発言したのだ。
だが、理性と感情とは別物である。
ましてや情緒豊かな華琳は、それゆえにしばしば自己の抑えが利かなくなる悪癖があった。
「……桂花。それが貴方の遺言でいいのね?」
「元よりこの身は全て華琳様のもの。華琳様に誅されるのであれば、本望でございます」
覚悟を決めて、瞼を閉じる桂花。
だがいつまで待っても、その鎌が桂花の首を切り落とすことはなかった。
潔い桂花の態度が、彼女の言葉に重みを持たせたのだ。
そして桂花の死を賭しての忠言に、高ぶった華琳の感情も落ち着きを取り戻したのである。
「ふん。桂花の忠心に免じて、一刀達のクラン加入を認めるわ。桂花、全て貴方に任せるから、条件を詰めなさい」
「畏まりました」
「決まったら、私の閨に報告に来るのよ。そこで貴方の主人が誰なのか、一から教育し直してあげるわ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
命こそ助かったものの、華琳からの寵愛は失わってしまうだろうと思っていた桂花。
そんな桂花にとって、華琳の言葉は褒賞以外の何物でもなかった。
春蘭、秋蘭を引き連れて部屋から出て行く華琳の背中を見つめる桂花。
やがて華琳の姿が見えなくなると、気力が限界に達したのであろう、へにゃへにゃとその場に崩れ落ちそうになる。
そんな桂花を、一刀はとっさに支えた。
「おっと。大丈夫か。桂花、本当にありがとうな、口添えしてくれて」
「別にアンタのためじゃないわ。華琳様のためよ」
「それでも、礼くらいは言わせてくれよ。ところで、その調子じゃこの後の話し合いなんて、出来そうにないな。また今度にするか」
「ダメよ。華琳様から任されたことですもの。それに後回しにしたら、それだけ閨にお呼ばれするのが遅くなっちゃうし」
とは言うものの、桂花の足腰は未だに立たないし、口調もボソボソとしていて疲れ切っている様子である。
一刀は桂花を背負うと、季衣と流琉の先導で彼女を自室に運ぼうとした。
1, 2時間でも睡眠を取らせるべきだと思ったのだ。
普段なら「触んないでよ、妊娠させるつもり?!」くらい言われるはずだが、抗う様子も見せない辺りに桂花の疲労が窺える。
「それにしても、さっきの華琳様は怖かったね」
「ホントだよ。ボク、もう少しでアレが出ちゃうとこだった……」
流琉と季衣の会話を聞きながら、背中に感じる桂花を意識する一刀。
彼ですら、桂花を庇うどころか身動きひとつ出来ない程の覇気であった。
それを桂花は、この重みもほとんど感じないような小さな体で、一身に受け止めたのである。
さすがは荀彧を加護神にもつ少ジョワ……ジョワ?
「って、おい! 背中と手に感じる、この湿り気を帯びた暖かいものはなんだ?!」
「き、季衣達が、おおお思い出させるからよ!」
「ぎゃー! マジか、マジでか?」
「怖かったんだもの! ちょっとくらい仕方ないでしょ! どうせアンタ達の業界じゃご褒美なんだからいいじゃない!」
「なんの業界だよっ!」
こうして一刀と凪達は、華琳クランへと加入したのであった。