加護を受けて自由の身となった今の一刀は、洛陽の一等地にある宿屋へと移り住んでいた。
一等地とは旧宮殿周辺の貴族達が住んでいた場所(つまり現在は迷宮やギルドなどに近い)を指す。
その宿屋も、元貴族館を改装したとても贅沢な作りの建屋であった。
一泊5貫と宿屋の相場を大きく上回る価格設定であったが、剣奴脱却の解放感から気が大きくなっていた一刀。
最下層の身分であった分、ここでお貴族様気分に浸るのも楽しいだろうと思ったし、ギルドに近くて立派なベッドがあることは、一刀にとっては重要な要素であったのだ。
なぜなら祭の部屋に通ったり、小蓮や季衣達の訪問を受けたりする予定だったからである。
残念ながら季衣達は華琳のクラン員として迷宮探索が忙しいらしく、あまり遊びに来ることはなかった。
逆に小蓮は、雪蓮達がギルド改革で忙しく迷宮探索はしばらくお休みになったことで、毎日のように遊びに来ていた。
もっともここ1ヶ月は一刀が双子の件で忙しく、留守である日も多かったのだが。
頻繁に遊びに来ては、ベッドのシーツを汚して帰っていく小蓮。
そんな小蓮の外見が、宿の亭主に一刀に対する誤解を与えてしまった。
たまに遊びに来る季衣と流琉の姿も、その誤解に拍車をかけた。
そしてその誤解は、1ヶ月前に一目で奴隷だとわかる双子を自室へと連れ帰ってきたことにより、確定的になってしまったのだ。
「実はウチの宿では、一刀様と同じ性癖の旦那様方に楽しんで貰うために、定期的なイベントを開いておりましてね。会費は少々お高いですが内容は保証致しますよ」
雪蓮の誕生パーティから数日後。
宿の亭主が一刀にこんな話を持ちかけてきたのである。
愛でるもよし、虐めるもよし。
万が一使い潰してしまっても、何の問題もありません。
ニヤついた顔でそう一刀に耳打ちする宿の亭主。
奴隷市でよく見られるようなその表情に激昂しかける一刀だったが、なんとかそれを抑え込んだ。
そのイベントに関する情報を得たかったからである。
もちろん邪魔をする気満々であった。
その話にさも興味があるような素振りをしてイベントの日時と場所を聞き出した一刀。
イベントは3日後の晩にこの宿で行われることを知り、さっそく一刀は妨害作戦を練った。
一刀はどちらかといえば知恵が働く方だと言える。
それは運もあるにせよ短期間で剣奴から脱却出来たことからも明らかであろう。
だが反面、計画性がないというか行き当たりばったりな所がある。
自分では先を読んで考えているつもりでも、どうしても主観的な思惑が入ってしまうために精度を欠き、結果的に色々な問題が発生してしまうのだ。
例えば先の『祭壇到達クエスト』にしても、パーティメンバーの能力がそれぞれ高かったから上手くいったようなものである。
仮に一般レベルの冒険者とパーティを組んでのクエストであったならば、どこかの時点で死傷者が出ていたであろうことは間違いない。
どこか楽観的・希望的な観測をしがちな一刀の欠点が、この時も顕著に出てしまったのであった。
それでも作戦自体がポンと出てくるのは、頭の回転が早い証拠であろう。
計画に必要な大量の魚を入手すべく、一刀は洛陽の中心を流れる川へと釣りに向かった。
迷宮内の海水魚は今人気があるため人が多いが、淡水魚は以前からあったのでさほど混雑していない。
もっともBF15の釣り場は一刀専用といってもいいくらいにガラ空きなのだが、往復の道中に神経を使うあそこでは、量を仕入れるのは難しい。
よって、一刀は久しぶりの川釣りに挑戦することにしたのである。
一刀は極力目立たないよう、橋の下の如何にも魚が釣れなさそうな場所を拠点とした。
そんな場所でも【魚群探知】のスキルでリストアップされた魚達を【魚釣り】のスキルで次々とロックオンし、ガンガン釣っていく一刀。
「よっ」「ニャ」
「それっ」「ウニャ」
「もういっちょ!」「フニャー!」
そして、一刀が釣りあげた魚を生のまま手当たり次第に食べていく幼女。
「って、幼女?!」
「よーじょってなんにゃ? みぃは、みぃなのにゃ! はぐはぐっ」
「待て、食うな! 川魚は生で食べると病気になるって」
「みぃはじょーぶだから大丈夫だじょ! しょれより早く次の獲物を釣るのにゃ!」
丈夫だからとかそういう話ではなく、寄生虫の問題なのである。
しかし一刀はその幼女の言うがまま、彼女が満腹になるまで魚を釣り続けた。
なぜなら、その幼女には明らかに猫耳が生えていたからである。
更に一見して服に見えた毛皮は、どうやら自前のものであるらしい。
それを見て、ここがファンタジーな世界であることを思い出した一刀。
魚を生で食べたら寄生虫のせいでキャラクターの皮膚に瘤が出来るゲームなんて、一刀は聞いたことがない。
仮にリアルとの整合性の問題で魚に寄生虫がいたとしても、人間ならともかく獣娘のキャラ設定がされている彼女であれば、本人の言う通り大丈夫なのであろう。
そして極め付けは、彼女のNAME表示である。
NAME:美以【加護神:孟獲】
LVやHP、MP表示がないのである。
これはモンスターの特徴と一致しているのだが、モンスターにしては加護持ちであることがおかしい。
モンスターでも祭壇に到達すれば加護持ちになれるのか、はたまたステータス表示に条件があるのか。
腹が一杯になって満足げな表情を浮かべた美以と名乗った獣娘を見て、己の考えに没頭する一刀。
美以はそんな一刀をフンフンと嗅ぎまわし、やがて獣耳の裏を摺りつけ始めた。
「……なにやってんだ?」
「匂いを覚えて、マーキングをしてるんだじょ。これでみぃは、いつでもお魚が食べられるのにゃ」
「いやいや、今日は特別だったんだからな。さすがに毎日はダメだぞ」
それを聞いた美以はご機嫌だった表情を一変させ、涙目を浮かべて一刀を見つめた。
見れば毛皮も薄汚れて所々に傷まであり、彼女が生活に苦労しているだろうことは簡単に察することが出来る。
こうなると一刀も放っておけず、彼女の事情を詳しく問い質すのであった。
美以の話を整理すると、以前BF16で見かけた白猫こそが、どうやら本当の彼女だったそうなのだ。
それはそれで、一刀には納得出来ないことがあった。
美以が猫であった時、自分以外は誰も彼女を視認出来なかったことである。
しかもその時の猫の頭上にはNAME表記などなかった。
皆に猫が幻覚だと言われた時にはむきになって否定したが、正直自分でも見間違いだったのかもと思ったくらいだ。
考え込む一刀をよそに、話を続ける美以。
以前の彼女は迷宮内を住処としていて、その時はまったくお腹が減らなかったらしい。
また当時は、モンスターも含めて誰も彼女に気がつかなかったのだそうだ。
だから一刀が自分に気付いた時はびっくりして逃げてしまったが、後になって興味を抱き一刀を探し回った。
結果BF15で一刀を発見したものの、それよりも以前から開いたことのない扉が開いていたことに好奇心を刺激されて、美以は扉の中へと入った。
その中で行われた蓮華達とモンスターの戦闘を見物し、『祭壇の間』までついて行った美以にとって、加護を受けてテレポーターを使用した蓮華達が突然消えてしまったように見えたそうだ。
慌てて祭壇に駆け寄った美以は、突然体が今の状態に変化して言葉が話せるようになった。
寝たり食べたりなど今まで美以に必要のなかったものを、自身の加護スキルと一緒に感覚的に覚えた彼女の周囲の景色はいつの間にか変わっており、今までに見たことのないくらいに辺り一面が明るい。
気づかぬうちに美以もテレポーターを使用していたのである。
嬉しくなって辺りを駆け回ると、周囲の人間達に自分の姿が見えていることを知った。
美以はますます嬉しくなって、街中へと一直線に走り出した。
「んでお腹が減ったから、店から食材を盗んだと」
「違うにゃ。みぃは狩りをしただけだじょ。しょれなのに、人間達はみぃを追いかけ回して叩くのにゃ」
なぜか自分に理不尽なことをしてくる人間達。
そんな中で、好物の魚を好きなだけ食べさせてくれた一刀のことを、美以は本能的に飼い主として認識したのである。
一刀は、いうなれば美以を餌付けしたようなものだ。
捨て猫に軽い気持ちで餌をあげたら懐かれてしまった小学生のような気分になった一刀。
その時に感じた「僕が飼ってあげないと!」的な使命感が、一刀の心に宿る。
今でも双子を養うつもりなのだし、2人も3人も変わらないかと考えた一刀だったが、商店街で盗みを働きブラックリスト入りしている美以を桃香の所に連れていくわけにもいかない。
かといって、作戦中に一刀の宿にいられても困る。
とりあえず1週間くらい預かって貰えればよいかと、美以の手を引いて現在迷宮から帰ってきている季衣達の所へ向かう一刀なのであった。
一刀はイベント当日の夜まで、ひたすら自室に魚を貯めこんだ。
釣っては運び、釣っては運び、もう自分でも何匹の魚を部屋に運び込んだのか把握しきれない。
部屋には立ち入らないよう宿の従業員に言付けていたし、魚もある程度小分けにして袋詰めしていた。
それでもなんの処置もしていない魚をしばらく放置していれば、バレるのも時間の問題であっただろう。
だが一刀にとっては、3日間だけ隠し通すことが出来ればそれで良かったのである。
むしろ3日で限界くらいが丁度良かったのだ。
全ての準備を整えて後は作戦を決行するだけである。
一刀は、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
そして懐からある物を取りだし、装着して一言。
「でゅわっ!」
星と二人でショッピングをしていた時に見つけた、両手ほどの大きさの仮面。
趣きのある精巧な作りのそれを、星は一目見て気に入り即座に購入した。
それを今回のミッションで正体を隠すために使おうと一刀は思いつき、また星も正義のためであるならばと快く貸し出してくれた。
今まさに一刀、いや、正義の使者・華蝶仮面による悪党成敗が始まるのだ!
男はち○こ華蝶だった。宿中に腐りかけの魚をバラまいた。「ギャーやめろ!」顔にも投げた。
「べっちゃ!びとっ!」みんな逃げていった。スメル(笑)
こうして、とある不幸な事件により宿泊先を失った一刀。
代わりの宿を探すまでの数日間をギルドに泊めて貰うことにしたのだった。
正直なところ一刀に出来ることは、これが限界であった。
僅か3日という準備期間で、暴力を使わない作戦を考えついただけでも評価すべきだろう。
だが一刀は、一時の感情のみで行動したことを反省していた。
今の彼には、双子や美以に対して保護者としての責任がある。
もし有罪となって逮捕されてしまったら、その責任を放り出したも同然だ。
それにこう言ってはなんだが、今回の件は完全に一刀の自己満足である。
なぜなら、確かに今回の薄汚い宴の被害から子供達を守ることは出来たが、その彼女達も所詮近いうちに別の客に売られるだけであるからだ。
やらない善よりやる偽善とは言うものの、それをやったがために自分の周囲が不幸になるのであれば、よっぽどやらない方がマシである。
もっとも、例え3日前に戻れたとしても、きっと一刀は同じような行動をしてしまうであろうが。
知ってしまった以上スルー出来るような性格ではないし、彼はこの件に関しても反省はしたが後悔はしていない。
それに一刀は、恐らく逮捕とかそういう事態にはならないであろうと考えていた。
なぜならこのゲームの舞台は中華風異世界であり、指紋などの科学的調査など行われないであろうからだ。
要はその場さえ逃げ切って、自分に繋がる証拠さえ残さなければ後はなんとでもなると思っていたのである。
仮面を装着していたので、正体はバレていない。
数匹ずつ小魚を釣っては運んでいたので、部屋に魚を貯めこんでいたのもバレていない。
美以の隠れ住んでいた橋の下を拠点としていたため、釣りをしている姿も目撃されていない。
だからまず大丈夫だろう。
そう思っていた一刀は、事態を甘く見過ぎていた。
一刀がそのことを思い知ったのは、都市長からの召喚状を持った白蓮が、一刀を連行しに来た時なのであった。
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:75/100
EXP:2218/4500
称号:小五ロリの導き手
STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)
武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
所持金:631貫