『試練の部屋』は、ジャングルであった。
部屋がジャングルとか、まったく意味がわからないであろうが、そうとしか言いようがない。
なにしろ地面は土だし、日差しもあるのだ。
入ってきた扉を含め、周りがぐるりと壁で囲われている所だけが、部屋と呼べる部分であった。
いや、壁の高さや天井がないあたり、闘技場と表現した方がイメージに合うだろう。
木々の生い茂った闘技場、それが一刀達の『試練の部屋』だった。
理不尽な部屋の作りに疑問を覚える一刀だったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
『ハツガンオイル』は既に武器に塗布済みだったが、エリアチェンジしたことでパーティが解除されてしまっているのだ。
即座にパーティを組み直した一刀達。
それと同時に、天地を揺るがすような雄叫び声を上げて敵が襲い掛かって来た。
「兄様っ!」
「兄ちゃん!」
パーティ登録のために不意をつかれた一刀は、敵の突進をモロに喰らってしまった。
もの凄い勢いで壁に弾き飛ばされた一刀と、素早く一刀を庇う位置につく流琉と季衣。
そして、守られやすいように一刀の傍に寄る桂花。
とっさにこのような動きが出来たのも、連携力を高める練習の成果であろう。
一気にHPが30も削られた一刀は、それでも素早く起き上がって敵の確認を行った。
NAME:キングエイプ
馬鹿でかい派手なゴリラ。
そうとしか言い表しようがない、極彩色のモンスターであった。
一刀はフランチェスカにいた頃、世界的に有名なプロレスラーの自伝で、オランウータンと戦ったという話を読んだことがある。
結果は完敗だったよ。
なにせオランウータンの握力は2ton以上あるんだ。
奴が俺の頭を掴んだ時には、このまま握り潰されることを覚悟したね。
ん? なぜ俺がまだ生きてるかって?
それは俺の頭がカツラだったからさ、HAHAHA!
その話が真実なのかアメリカンジョークなのかはわからないが、キングエイプのぶっとい腕は見るからに力がありそうだ。
正面から戦っても、全く勝てる気がしない。
(ヒット&アウェイで、ちょっとづつ削るしかないな……)
一刀ですら見上げてしまうような、巨大なキングエイプ。
その体格を活かしたフックが、流琉に向かって振るわれた。
「流琉! 避けろ!」
流琉とキングエイプの体格差は、子供と大人なんて比喩では全然足りない。
一刀の目には、キングエイプの鼻息だけで吹き飛ばされてしまうのではないかというくらいに、流琉が小さく見えていた。
ところがなんと、そんなキングエイプの強烈な1撃を、流琉はがっちりと受け止めたのである。
「ううぅぅぅううう、おりゃー!」
それどころか、流琉はキングエイプの攻撃を押し返してしまった。
尋常な力ではない。
「流琉って、もしかして前世はクマ?」
「……兄様、後でじっくりとお話をする必要がありますね」
「兄ちゃん、流琉、そんな場合じゃないよ! 桂花さん、ボクにも流琉と同じ呪文を掛けて!」
「わかったわ!」
≪-大地の力-≫
土色の粒子が、季衣の腕に纏わりつく。
その季衣が振るった『反魔』が、流琉に力負けしてよろめいてたキングエイプを軽々と弾き飛ばした。
これが桂花の得意とする土系統3段階目の魔術、『大地の力』の効果であった。
「ひょっとして、あんまり強くないのか? よし、一気に押すぞ!」
「はーい!」
「わかりました!」
季衣と流琉が敵を挟むように位置取り、季衣の傍に一刀が、流琉から少し離れて桂花が、それぞれ配置につく。
流琉の『葉々』を正面から受け止めるキングエイプ。
隙が出来たキングエイプの背中に、季衣が『反魔』を投げ付けようと振りかぶった。
その瞬間のことである。
ぶぅ!
キングエイプの尻から後方に向けて、茶色いガスがまき散らされたのだ。
季衣はもちろん感覚の鈍い一刀ですら、その予想外の攻撃に膝をついてしまった。
意識を逸らそうにも、あまりの刺激臭に思考が集中出来ない。
振り向いたキングエイプが、にたりと笑って攻撃を仕掛けて来た。
あわやという所に流琉が割って入る。
先程とは違い、体勢を崩しながらの防御であったため、今度はキングエイプの方が押し勝った。
それでも時間稼ぎとしては十分である。
≪-解毒の清水-≫
今まであまり使われる機会のなかった、水系統2段階目の魔術。
解毒という名前ながら、状態異常全般を直す効果があるということを知識として知っていた桂花のお陰で、一刀も季衣も即座に戦闘態勢に戻ることが出来た。
「背後はまずいな。動きながら側面を狙うぞ!」
桂花の補助魔術や弱体魔術の効果であろうか、それとも一刀達のLV17が効いているのであろうか。
ゲーム開発者の考えている『祭壇の間』適正到達LVはわからないが、一刀達はキングエイプに対して、少なからぬダメージをコンスタントに与え続けることが出来ていたのである。
特に一刀のインフィニティペインが、与ダメに大きく貢献していた。
というのも、その必殺技を喰らった直後のキングエイプは、そのダメージ量のせいか苦悶の叫びを上げて動きを止めるのである。
動作の大きい季衣達の必殺技も、その隙に撃ち込めば避けられることはなかった。
もちろんキングエイプも反撃をしてくるし、その攻撃力は侮れない。
それに、一刀達が優勢なのも桂花の魔術あってのものだ。
普段より遥かに削られるHP、消耗されるMP。
だが一刀達には、短剣飾りがある。
自身に突き刺すだけで容易にHPやMPが回復出来るこのアイテムは、今までの回復薬よりも遥かに便利であった。
(このまま行けば、あっさり勝てそうだな……)
そう一刀が思うくらいに、順調に戦いは進んでいったのであった。
だが残念ながら、戦いはワンサイドゲームのままでは終わらなかった。
キングエイプのNAMEが黄色になってHPが半分を切った時から、敵の動きに大幅なプラス補正がかかったのだ。
今まで各フロアに出現した敵は、NAMEが黄色になると動きが鈍くなる方向であった。
そのため、キングエイプの能力アップに完全に虚をつかれた一刀達。
その隙をついて、キングエイプはジャングルの中に姿を消した。
ここからが、森の王者の本領発揮である。
今までは向こうから襲い掛かって来てくれていたため、木々の生えていない壁際で戦えていた一刀達。
だがキングエイプを倒さなければいけない以上、敵を追ってジャングルに入り込むしかない。
しかし、どう考えてもジャングルは死地である。
季衣や流琉の鈍器は、木々が邪魔で振り回せないだろう。
その木々を利用して、あの巨体が頭上から襲い掛かってくることを考えると、ぞっとする。
(というか、あいつを必ず倒さないとダメなのかな?)
一刀達の目的は、あくまで『祭壇の間』への到達である。
仮にキングエイプをスルー出来る仕様であれば、わざわざ危険を冒す必要もない。
「まずは壁際に沿って移動して、『祭壇の間』に繋がる扉を見つけよう。ジャングルの警戒は俺がするから、前は流琉、後ろは季衣で頼む」
「移動中に敵が襲ってきたら?」
「その時は、例のガスに気をつけながら囲い込むように追い詰めて倒そう。但し、深追いは厳禁だ」
元はゲームなのだから、中ボスを倒さずに『祭壇の間』への扉が開いているとは思えないが、念のために確認することは悪くない。
それにもし移動中に敵が襲い掛かってくれば、ジャングルに入らなくても済む。
一刀達は慎重に移動を開始した。
『祭壇の間』へ続く扉が閉まっていることを確認した一刀達は、しかしジャングルへは足を踏み出さなかった。
どうしてもその不利さを甘受出来なかったのである。
普通のゲームとは違って、特に時間制限もないように思われたため、一刀達は待ちの態勢に入った。
類人猿は人類に近い知能を持つとはいえ、所詮は猿である。
キングエイプが我慢して待ってさえいれば、やがては一刀達の方から、自身に有利なフィールドであるジャングルに足を運んだであろう。
ゲームのモンスターにそれが当てはまるのかは微妙であるが、少なくともキングエイプには人間並の忍耐力は備わっていなかったようだった。
「来たぞ!」
痺れを切らしたキングエイプが、一刀に突進してくる。
そのキングエイプの巨体が、突如として沈み込んだ。
そう、一刀達はただ敵が来るのを待ってたのではない。
桂花主導による落とし穴を作成していたのだ。
「おりゃー!」
「てやー!」
NAMEが黄色くなり、俊敏になったキングエイプといえども、落とし穴に嵌まっていては季衣達の攻撃を避けることは不可能である。
身じろぎをするキングエイプの頭を、季衣達が鈍器でゴスンゴスンと殴りつける。
「初めてお前のスコップが役に立ったな。あんなに深く掘れるなんて、凄い性能じゃないか」
「これは杖! 土も掘れる杖なの!」
のんびりと桂花に話し掛ける一刀だったが、別にサボりたくてサボっていた訳ではない。
短剣が武器である一刀では、落とし穴に嵌まったキングエイプを攻撃するのに不向きなのである。
それにしても、この油断は如何なものかと思われる。
いつキングエイプが落とし穴から抜け出してもいいように、警戒しておくのが定石であろう。
体をばたつかせ、今にも落とし穴から抜け出しそうなキングエイプ。
だが一刀は全く対処しようとしない。
そして隣の桂花は、悪巧み顔でニヤニヤしている。
遂にキングエイプが落とし穴から脱出し、後方へと飛び跳ね、そしてまた落ちた。
「ふっ、計算通り。季衣と流琉の攻撃する場所を限定すれば、自ずと敵が逃げ出す方向も割り出せるのよ」
「……確かに凄いが、その顔は止めた方がいいぞ。悪者にしか見えん」
「うるさいわね! あんたのスケベ面よりもマシよ!」
キングエイプのNAMEが赤色に変わり、鈍器で頭を殴られ過ぎたせいで、もはや脱出しようともがくことも出来ていない。
落とし穴の中でフラフラとよろめいている状態のキングエイプに、季衣の鈍器が止めを刺した。
「やったー! 勝ったー!」
「なんか、ちょっとずるかったような……」
「知略の限りを尽くして戦った、と言って欲しいわ」
(EXPは入らないのか。期待してたのにな……)
こうして激戦?に勝利した一刀達は、『祭壇の間』へと歩を進めたのであった。
「一刀殿、よくぞご無事でしたな」
『祭壇の間』には、既に星達も到着していた。
彼女たちにも苦戦した様子が見られない。
スペックに個人差があるとはいえ、LV17まで上げれば『試練の部屋』は安パイだという認識で良さそうである。
もちろん、PLによって育成された者はその限りではないが。
彼女達は既に加護を受けた状態であった。
NAME:星【加護神:趙雲】
LV:17
HP:306/306
MP:0/0
NAME:稟【加護神:郭嘉】
LV:17
HP:201/201
MP:194/194
NAME:風【加護神:程昱】
LV:17
HP:171/171
MP:226/226
NAME:白蓮【加護神:公孫賛】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
一刀の知る三国志の中でも、主役級の加護神ばかりであった。
さぞかし凄い加護スキルが貰えたのだろうと、目を輝かせる一刀。
最近エロス方面にばかり突出していてすっかり忘れていたが、ゲーマーである彼はこういうものが大好きなのだ。
目を輝かせる一刀の好奇心に気づいたのか、星が自身の加護スキルを見せてくれた。
星が精神を集中させると、なんと胸の谷間から可愛らしい小竜が顔を出したのだ。
「この小竜は私の成長と共に育つようでしてな。いずれはヒールブレスやファイヤーブレスで、探索の手助けをしてくれる存在になるらしいのですよ」
「星! 自分の加護スキルを容易に明かしてはいけないと、先ほど忠告したばかりでしょう!」
「ふっ、一刀殿であれば問題あるまいよ。稟こそ、さんざん世話になった一刀殿に加護スキルを教えないつもりなのか?」
「……一刀殿、私の加護スキルは、アイテムの鑑定能力です。気になるアイテムがあれば、いつでも鑑定しましょう」
「風の加護スキルは内緒なのです。魅力的な女性には秘密がつきものなのですよー」
「ああ、ずるいぞ風! 私だって、本当はまず華琳様に打ち明けようと思っていたのに!」
「華琳様? もしかして稟は、華琳のクランに入るのか?」
「あれ? 言っておりませんでしたか?」
何度か華琳と会話を交わしていくうちに、その思想に意気投合した稟は、自身の望みを託す存在は華琳しかいないと思ったのだそうだ。
風も華琳からクランへの勧誘を受け、稟が入るならばと加入を決めたらしい。
そして華琳が勧誘したのは、稟や風だけではなかった。
「ボク達も、華琳様のクランに誘われたんだ」
「兄様も誘われているのですよね? だから私達も、兄様と一緒ならって華琳様に答えたんですけど……」
そう申し出た季衣と流琉に対して、華琳は一喝したそうだ。
季衣達のそれは、一刀への依存であると。
一刀に寄り掛かって、彼の重荷になりたいのかと。
逆に彼を支えられるような存在になりたくないのかと。
「重荷だなんて! 俺はそんなこと思ってないぞ!」
「兄ちゃんがそう言ってくれるのはわかってたよ。だけど、やっぱりボク達は兄ちゃんに依存してたと思う。華琳様に怒られて、気づいたんだ」
「兄様がするから、私達もする。それじゃいけないって、このままじゃいけないって……。だから私達は、華琳様のクランに入ることに決めたんです。兄様が華琳様のクランを選んでも、選ばなくても」
「もし兄ちゃんが別のクランに入っても、ボク達は兄ちゃんのことが大好きだから! だから、だから……」
一刀自身は、季衣達の存在が重荷だと思ったことはない。
それは本心からのことである。
そのことをきちんと伝えれば、季衣達はまた違う選択をしたかもしれない。
だが、一刀は敢えてそれを伝えなかった。
考えてみれば、季衣達が自分達の決定を一刀に主張したのはこれが初めてなのである。
重荷というのは的外れだが、依存という意味では的確な指摘だったのかもしれないと考えたのだ。
そんな季衣達が今、彼女達なりに成長を遂げようとしているように一刀には感じられた。
自分の意思を伝えることは、その成長を妨げることに繋がるのではないか。
今自分がすべきことは、その背中を押してやることなのではないか。
一刀はそう思ったのである。
涙ぐむ季衣達を抱きしめながら、彼女達の成長が嬉しいような淋しいような、複雑な気持ちの一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:17
HP:196/234
MP:0/0
WG:25/100
EXP:786/4500
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
STR:16
DEX:27(+6)
VIT:18(+2)
AGI:25(+6)
INT:19(+1)
MND:14(+1)
CHR:20(+1)
武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(52)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:105(+5)
近接命中率:67
遠隔攻撃力:99(+5)
遠隔命中率:64(+3)
物理防御力:75
物理回避力:84(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:43貫500銭