「ささ、食べて食べて! こうして美味しい食事が出来るのも、生きて帰って来れたから。それもこれも、白蓮の堅実な働きのおかげだよ!」
「……」
「うむ、まったくその通りですな。1人だけ『贈物』が貰えなかったからと言って別に……」
「あー! こ、これなんか美味しいぞ! いっぱい食べてくれよ、白蓮」
「……」
「それにしても、太祖神様も見る目がない。白蓮殿にだけ『贈物』を……」
「おおっと! に、肉ばっかりじゃバランスが悪いな! 野菜もきちんと食べないと!」
「……」
「お兄さん、白蓮ちゃんばっかり贔屓なのです。『贈物』が玩具みたいなキャンディ型の杖だった風も、慰めるべきなのですよー」
「貰えただけいいだろ! お前ら、頼むから空気を読んでくれ!」
午前中に神殿で集まり、それぞれが『贈物』を貰ってから昼食会を兼ねて4回目のパーティ収入分配が行われていた。
いつもの居酒屋で夜に行わなかったのは、武器の破損があったからである。
特に一刀は分配金を貰わねば新しい武器が購入出来ないため、ならば昼に分け前を配って午後から武器屋に行こうという話になったのだ。
ちなみに一刀が貰った『贈物』は、武器ではなくベルトだった。
本当は新しいダガーが欲しかった一刀だったが、今使っているレザーベルトも3ヶ月半使用し続けていたため、かなり限界であった。
しかもそのことに一刀は気づいていなかったため、もし今回ベルトが『贈物』ではなかったら、いずれ戦闘時に千切れて致命的なミスに繋がったかもしれない。
そう考えると、むしろ武器よりも気の利いた『贈物』だと言えよう。
万能ベルト:防3、DEX+1、AGI+1、VIT+1、INT+1、MND+1、CHR+1
その性能も、今まで使っていたレザーベルトとは比較にならない。
『試練の部屋』での戦闘が間近に迫った一刀にとっては、なによりの品であった。
もちろん高性能のベルトを装備したから強敵に勝てるというわけではない。
やはり対強敵戦で最も大事なのは武器であろう。
その武器を購入するためにも、今回の分配金には期待していた一刀。
なにしろ一週間も迷宮に潜っていたのであるし、桃香に持って帰って貰ったドロップアイテムもかなりの数に上る。
だが一刀の期待に反して、分配金は10貫であった。
別に桃香にマージンを取られたわけではない。
純粋にそういう計算になるのだ。
いつもの狩りよりもペースを大幅に下げていたことを考えると、それまでの倍の収入があれば恩の字であろうことに、単に一刀が気づいていなかっただけである。
(手持ちと合わせても15貫弱か。厳しいな……)
加護を受けるまでは、アイアンダガーのままでもなんとかなる。
別に必ずBF16以降へ進まなくてはならないわけではないのだから。
『試練の部屋』のモンスターが魔法生物でないという保証はないのだが、一度きりの戦闘であればドーピングで対処出来るとのことだ。
消耗品としては非常にお高い、大神官謹製の油を購入して武器に塗りつけることで、一時的に魔法武器と同じ効果が得られるらしい。
同時に武器の攻撃力アップも見込めるので、伝説クラスの武具を持っていた雪蓮でも、『試練の部屋』に挑む時にはこの油を購入して使用したそうである。
だがそれも、冥琳の提案を受け入れるならばの話である。
それを拒否するのであれば、桃香のクランのみを頼っての狩りとなる。
そうなれば、BF15だけではLVアップの時間が足りない。
期限に縛られているのは一刀達だけのように思われるが、星達だって1パーティではBF15での狩りは続けられないのだ。
一刀に付き合うのであれば、必然的にBF16でLV上げせざるを得ない。
つまり冥琳の提案を断るならば、全員ミスリル以上の武器を揃える必要がある。
「ただ、雪蓮のとこはギルドに目を付けられてるから、合同っていうと色々差し障りがあるかもしれないんだよな。どうする?」
「ふむ、応諾すればギルドを敵に回す可能性があり、拒絶すれば狩りに制限がつく、ですか」
「あぁ、もうひとつ選択肢があるのを忘れてたな。後一ヶ月以内で『試練の部屋』に挑むという条件を放棄してもいい。俺達はギルドに拘束されることになるから、その後星達と行動を共に出来なくなるかもしれないが、それでも時間を掛ければ合同で探索してくれる新しいパーティくらい見つかるだろう。その時は白蓮と桂花のことも頼む」
「ふっ、一刀殿は我等がその選択肢を取るかもしれないと、そう思われるのですかな?」
「いや、まったく思ってないよ。でも一応な」
一刀も、実際にそうなる可能性はゼロに近いと思っていた。
そして仮に星達がそれを選んでも、それはそれで構わない。
そうなれば、季衣達と3人で蓮華達と合流すれば済むからだ。
「現実問題として、前衛5人の武具をミスリルに揃えるのは不可能でしょう。ならばその提案に乗るしかありません」
「いや、待ってくれ。私の武具は一応魔力を持っているぞ。伝説級とまではいかないが、ミスリル製にはひけを取らない」
稟の言葉を遮って、自らの剣を抜く白蓮。
確かに魔法生物戦でも、一刀や星が武器を失った後に戦線を支えていたのは、主に白蓮であった。
そういう目でじっくりと眺めてみれば、そこはかとなく祭達の持つ武具と似たオーラがしなくもない気がする。
「ちょっと持たせてもらってもいいか?」
「ああ、ほら」
片手剣なので、一刀が装備すると攻撃力はかなり落ちる。
しかし持ってみた感じは、確かに今までの武具とは全く異なる。
強いて言えば風格と表現するべきであろうか。
口では説明しにくいのだが、祭の「装備してみればわかる」という言葉に嘘はなかった。
だが今の一刀にとって、そんなのは些細なことであった。
(武器名称が『普通の剣』って……)
「麗羽に貰ったんだ。貴方にお似合いですわよって」
「ほぉ、よくよく見るとその良さがわかる、まさに燻し銀のような剣ですな。確かに白蓮殿に相応しい。銘は何というのですか?」
「いやそれが、麗羽もよく知らないらしいんだよな。自分で名付けようかとも思ったんだけど、なかなか思いつかなくて」
「自然に心に浮かび上がるもの。それがその剣の真の銘なのです。その日が来るまで、無理に名付けようとはなさらぬ方がいい」
「ああ、わかってるさ」
思わず涙が出そうになるのを堪え、白蓮に剣を返す一刀。
そのやり取りを一瞥して、稟が先程の言葉を続けた。
「白蓮殿の武器はこのままでよいとしても、まだ4人分あるのです。それに、季衣と流琉の武器は特注となるでしょう。それを発注する時間もお金も我々にはありません」
「それはスタールビーを換金したらどうだ? もちろん報酬の後金でその分は返すからさ」
「あんたって、ほんとに常識知らずね。ミスリル製の武器を特注なんていったら、華琳様から頂いたスタールビーなんて消し飛ぶわよ。それにいくらお金を掛けても、時間は買えないわ」
「桂花の言う通りですな。このパーティを維持する限り、他に選択肢はないのです。なぁに、ギルドを敵に回すのも面白いではないですか」
「一刀殿がいて、私達もいる。大抵のことは、一刀殿の実行力と我等の智謀で切り抜けて見せましょう」
「どうにもならなかったら、実力のあるクランに身を寄せればいいのですよー」
「私もいいわよ。どうせ華琳様は元からギルドと仲が悪いし」
「う、私は正直微妙なんだが。美羽は麗羽の妹だから……」
こうして皆の賛同を得た一刀「え? 私は?!」……空気の読める子である白蓮も最終的には皆の意見に同意し、一刀は冥琳の提案を受諾することに決めたのであった。
金の分配が終われば、向かう先は武器屋である。
ポイズンダガーで20貫もしたのだから、15貫足らずでミスリルダガーが買えるとは一刀だって思っていなかった。
だからと言って、ミスリル製武器の値段にショックを受けなかった訳ではない。
(うわっ、ダガー50貫ってなんだよ。ていうか、ロングソードなんて150貫?! 俺なんて80貫だったのに……)
ミスリル製の武具が置いてある一角は、値札が異世界であった。
星がさっきまで手にとっていたミスリルの槍で250貫、今夢中になって見ている槍など値札には応相談としか書かれていない。
思わず目眩がする一刀だったが、金をケチったせいで『試練の部屋』で全滅しちゃいました、というわけにもいかない。
幸いなことに、1ヶ月後にはギルドから100貫、桂花が加護を受ければ500貫の収入があることは確定している。
パーティのプール金は、大神官から武器に塗る油を購入したり矢弾や薬代に充てたりと、用途が決定済みなので手を出せないが、スタールビーを持っている星達に借金を申し込むことは出来る。
借金は生理的に受け付けない一刀だったが、そんなことを言っている場合ではないのだ。
金の切れ目は縁の切れ目。
金銭の貸し借りは人間関係を壊す。
貸した金はあげたものだと思え。
一刀はそういう金銭感覚の持ち主だったが、背に腹は代えられない。
だが生まれて初めての借金の申し込みは、一刀を極度に緊張させた。
「なぁ、星。あー、その……」
「おおっ、これは! 店主、この槍の値段はいくらだ?」
「なんとお目が高い。これは直刀槍と申しまして、素材はミスリルをベースに火龍の鱗と呼ばれる硬化材を爆着させておりましてな。この刀身の赤さが、その硬化材の……」
「説明は不要。いくらなのだ!」
「へい、500貫になります。ですが、それだけの価値は十分に……」
「稟、風?」
「……仕方がないでしょう。武器には相性というものがありますし、気に入ったものを使うのが一番ですからね」
「星ちゃんが強くなれば、風達の身の安全にも繋がるのです。遠慮なく使っちゃっていいのですよー」
「すまん! よし、店主、買った。このルビーで間に合うな?」
「はい、確かに。毎度ありー!」
とりあえずアイアンダガーでいいや。
だって俺、アイアンダガー大好きだもん!
というのは一刀の強がりであったが、如何せん35貫もの不足である。
生活費も考えると、パーティメンバー1人につき5貫ずつ借金を申し入れても足りないくらいなのだ。
狩り場がBF15なのであれば、どうしてもミスリルダガーが必要なわけではない。
(なんとか『試練の部屋』の前までに、お金を貯めないと……)
パーティメンバーや季衣達にも、結局お金を貸してくれと言い出せなかった一刀。
安易に借金を申し込めるようになるのはあまりいい変化とは言えないが、それでも時と場合による。
命が掛かっているのだし、返すあてもあるのだから、皆に頼めばきっと貸してくれただろう。
桃香や雪蓮、祭や冥琳に借金の申し込みをすることだって出来たはずだ。
エロス関係以外では、まだまだ気弱さが出てしまう一刀の今後に期待したい。
報酬を山分けしたばかりで、パーティのプール金には余裕がある。
そこで、『試練の部屋』への備えを前もってしておくことにした一刀達は、大神官に油の作成を依頼するために救護院に向かった。
いつものパフォーマンスを終えた大神官のMPは空に近かったが、彼は毎日一定量の薬を作っているので、個人の依頼を引き受ける時にはMP回復するための『秘薬』が必須となる。
逆にその代金さえ支払えば、彼は自らの疲労には頓着せずにいつでも依頼を引き受けてくれるのだ。
一方的にぼったくりだと思っている一刀は、少し反省すべきである。
≪-絵粉-≫
大神官の呪文で、『ハツガンオイル』が1個ポップした。
名称の由来はよくわからないが、この油を武器に塗れば一時的に武器が強化されるとのことである。
(それにしても、消耗品に1個5貫はないよな……)
呪文を唱えるだけでポップする物体に、全部で25貫も支払わなければならないことに、やはり釈然としない一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
STR:14
DEX:23(+4)
VIT:15(+1)
AGI:21(+4)
INT:17(+1)
MND:12(+1)
CHR:17(+1)
武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:63
物理回避力:76(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:14貫300銭