「ふふっ、今のは冗談だ。……冗談だぞ? 落ち着け、おい!」
「なっ?! こらっ、聞いてるのか? きゃんっ」
「祭殿も、何故そこで服を脱ぐのですかっ! や、あ、ああんっ」
「ふっ、くっ、もっと優しくして……。い、痛っ、ああああっ!」
一週間も薄暗い迷宮で、ひたすらモンスターを相手に命のやり取りを行っていた一刀。
もちろんその間、一刀に性的なものを発散する機会などはなかった。
そして極めつけは今日のVS魔法生物である。
強敵との戦いは、彼の生存本能と海綿体を強烈に刺激した。
そんな時に冥琳のような完璧な美女に誘われてホイホイついて行かない男など、精通を迎えていない子供と宦官以外にはありえない。
これは運命であり、仕方のないことであり、必然である。
冥琳にも未必の故意で責任があり、自分は正当防衛で推定無罪であり、最悪でも執行猶予である。
もちろんこれらはすべて、加害者側の勝手な言い分であった。
「……犯罪者」
「まぁ、連続通り魔痴漢犯罪者の名は、伊達ではなかったということじゃの」
「何を他人事のように! 祭殿さえ悪乗りしなければ、どうにでも出来たのですよ!」
「まぁ、お主は石頭が過ぎるからのぉ。たまには男に抱かれるのもいいじゃろう」
「初めてだったのです! たまになどという問題ではありません! 初めての逢瀬が3人プレイ、しかも祭殿と……はぁ」
冥琳と祭のやり取りに、口を挟めない一刀。
というか、上記の言い分だって心の中で思っただけである。
ビーストモードの時はともかく、普段の一刀ならばそれを口に出していいものかどうかくらいの判断はつく。
しかも今は賢者タイムなのだから、尚更である。
ひたすらに土下座をして身動きひとつしない一刀に向かって、冥琳が溜め息をつきながら口を開いた。
「……確かに、私の冗談のタイミングもまずかったのだろう」
「いや、全面的に俺が悪かったよ」
「それは当たり前だ。それともなにか? お前は例えわずかでも私が悪かったと言うつもりなのか?」
「滅相もありません!」
「……まぁ、こうなった以上、お前には私が抱かれるに相応しい男に育って貰わないとな」
額を地に擦りつける一刀に、ふっと笑う冥琳。
不本意に処女を失ったにしては冥琳の余裕のある態度を不思議に思った一刀だったが、当然そんなことを尋ねることなど出来ない。
一刀が不思議に思っていたことは、まだあった。
最初は戸惑っていたものの、少なくともイタしている最中の冥琳は、嫌がっているようなそぶりがあまりなかったのだ。
考えてみて欲しい。
そもそも一刀が、いくら性欲を持て余す状態だったとしても、本気で嫌がる相手に対して無理やり犯すような真似をするだろうか。
それどころか、場面場面では冥琳が積極的だったことすらあったのだ。
だからこそ彼女が処女であったことに、一刀は内心で驚いていたくらいである。
てっきり合意の上かと思ったら、犯罪者呼ばわりされて頭が混乱していた一刀。
それでも土下座したのは、入れた側であり破った側であることだけは間違いなかったからだ。
(『ハミ通』の付録にあった『たまには外に出よう! HOW TO 3次元の女の子(3Dキャラじゃないよ♪)』は、全然当てにならないな)
付録に書いてあった『貴方だけにそっと教える、女の子のOKサイン』や『親友キャラがいらない?! 好感度を自分で測る100の方法』に冥琳のそぶりを当てはめてみても、アレの最中と後では態度が変わり過ぎていて、一刀には訳が分からない。
冥琳がなにを考えているか分からず、怒っているかどうかすらも分からない今の一刀に出来ることは、ひたすら土下座を続けることだけだったのであった。
そういう時は、相手の気持ちになって考えることが重要である。
自分が冥琳だったら、例え冗談でも相手を誘うような発言を、なんの好意も持っていない者に向かってするだろうか。
自分が祭だったら、娘のように可愛がっている冥琳が本気で嫌がっているのに、レイプに協力するような真似をするだろうか。
一刀がこれ以上のことまで察せるようになるには、対人スキルの更なる上昇はもちろんのこと、壊れかけている脳内ロマンチック回路の修復も必須であろう。
和解や後始末を済ませ、部屋の空気を入れ替えたところで、ようやく冥琳が本題に入った。
「さて、肝心の要件なんだが、まず初めに断っておく。これは私や祭殿との体の関係は抜きにして考えて欲しいんだ。……やはり今晩お前と契ったのは間違いだったな」
「ま、間違いとか言わないでくれよ。冥琳が後悔しないくらい立派な男になるからさ」
「お主の魅力は少々ヌケている所だと、儂は思うのじゃがなぁ」
「一刀、そういう意味ではない。祭殿も話をまぜっかえさないで頂きたい」
おほんっ、と咳払いをして冥琳は言葉を続けた。
「一刀、お前達のBF15での動向を聞いたぞ。まさかあの桃香殿を荷運びなんかに利用するなんてな……。相変わらずお前には驚かされる。だがアイデア自体は悪くない。相談というのはな、次回のお前達の探索を蓮華様のパーティと合同でやらないかということなんだ。テレポーターを利用した荷運びは私達が行おう」
その提案自体は、一刀達にとってもメリットがある。
BF16でのLV上げが難しくなった以上は、数で稼ぐしかないのだ。
そして数で稼ぐ以上は、少しでもBF15での狩りの機会は多い方がいい。
だが、一刀は即答しなかった。
まだ冥琳の話は終わっていないからだ。
「これを実行に移した場合、唯でさえギルドの注目を集めているお前は、更に警戒されることになる。というか、蓮華様にギルドの注意を向けるのが目的なんだ。詳細は明かせないが、例のことに必要なのでな」
はっきり言えば、冥琳の提案に乗った場合はギルドを敵に回すことになる公算が大きい。
例の作戦の一環となる行動になってしまうのだから、当然である。
だからこそ冥琳も、頼みではなく相談という形で話を持ち掛けたのであろう。
「詳細は、聞けないんだな?」
「ああ。信用してくれとしか言えない。上手く行けば、決してお前達にとっても悪いようにはならないはずだが、それも確実とは言えないな。最悪の場合でも、季衣と流琉は呉の地に逃がして暮らせるように手配するが、おそらくお前は無理だろう」
一刀は雪蓮達に恩がある。
季衣達のことや璃々のこともそうだし、一刀自身が命を救われたことだってあった。
彼女達がいなければ、今頃自分は死んでいただろう。
それは、自分が飾りの機能を教えたり小蓮の能力を教えたりしたこととは相殺にならないし、するつもりもない。
なぜなら、借りは返して清算するものだが、恩は報いるものだからだ。
季衣達の安全が確保されるのであれば、個人的には冥琳の話に乗りたい一刀だったが、しかし首を縦に振ることは出来なかった。
「すまないが、星達と相談しないと答えは返せない」
「うむ、それも当然だろう。ひとつ言っておくが、お前が断ったところで策自体は実行に移すことが出来る。つまり、お前はお前達の都合だけを考えて判断してくれればいいんだ。まぁ、蓮華様のことを考えると、お前に傍にいてもらいたいと思うのは事実だがな」
「なんで俺に? BF15での人数合わせなんだろ? 俺だったのはギルドの注目を集めるためなんだよな? もしかしてそれ以外の目的が何かあるのか?」
「はぁ? 何を言ってるんだ、お前は。このことを色々と厄介事を抱えているお前にわざわざ提案したのは、お前なら安心して任せられるからに決まっているからじゃないか。他の要素は、余禄に過ぎない」
「そっちこそ、何を言ってるんだ。俺なんて、ここのところ失敗続きでいいところなしだし、蓮華達の足を引っ張る確率の方が全然高いぞ?」
「……お前はどうも、自分を客観的な視点で見ることが出来ない男のようだな。わずか3ヶ月で剣奴から身を立て、小蓮様の能力を看破し、例の作戦の根幹となる物を見つけ出し、迷宮探索に新たなセオリーを次々と打ちたてていく奴の、どこが失敗続きなんだ。これ以上望むことがあるか?」
「で、でも、今日だってBF16に向かう決定をした俺の油断のせいで、パーティが全滅するところだったし……」
「はぁ、どれだけ失敗したくないんだ、お前は。私達だって全滅の危機に陥ったことなんか、一度や二度じゃないぞ? 大方BF16の下調べが足りなかったとかいうオチがつくんだろうが、未知の階層などこれから先いくらでもある。むしろ今のうちにそういう失敗をした方が、確実に今後の糧になるはずだ。案外雪蓮だって、そう思って詳しい話をお前にしなかったんじゃ……あいつの性格から考えて、それはないか」
とにかく明日中に返事をくれ、と話を締めた冥琳。
それと入れ替わる様に、今まで空気だった祭が一刀のBF16探索の話に喰いついた。
「なんじゃお主、BF16に向かったのか。無謀じゃのう」
「だって祭さん達が、加護なしでBF17まで行ったって聞いてたからさ。まさかこっちの攻撃が効かない敵だとは、思わなかったんだよ」
祭壇をスルーしてBF16に行けるのは、ゲームとしてどうなんだと思っていた一刀だったが、今ではその理由も朧げながら理解している。
要するにあれは、縛りプレイ用のルートなのであろう。
ゲームとしてはありかもしれないが、それを知らずに挑んでしまった一刀は、もし現代に戻れたら『DrumSon』の社屋に火をつけようと決意していた。
「ああ、スライムとガーゴイルか。あれには儂も泣かされたものよ。あれらに対処する方法はな……」
そんな一刀の様子に気づかず、喜々として自分の知識を話す祭。
彼女の話を纏めると、どうやら対処方法は3つあるようだ。
まずは武器。
今は加護を受けた時に武器が与えられる者も多いため、祭の『多幻双弓』クラスでも2000貫の評価額だが、それ以前は万貫を積んで買うような貴重な武具を用いることで対処していたそうだ。
ちなみにそれらは、古の神々の争いの時代に使用されていた伝説の武具だとされており、一般人にはとても手が出せる代物ではない。
次に魔術。
これは稟達の魔術攻撃が実際に効果を与えたことから、一刀も既に知っている。
最後に氣。
使い手は限られるが、達人ともなれば武器に氣を纏わりつかせて攻撃することも出来るそうだ。
加護を受けた時に使えるようになった者も存在すると言う。
「そう言えば俺、ポイズンダガーを使ってたんだけど、あれって魔法武器的なものじゃないのか?」
「それを買った時、店の者がそう言っておったのか?」
言われてみれば、魔法なんて言葉はなかった。
焼き入れがどうだこうだと説明していただけである。
「あ、じゃあ石で武器性能を上げたのはどうなんだ? 魔法武器的なものになるんじゃないのか?」
「儂はお主にそんな説明をした覚えはないぞ?」
「……確かに威力が増すとしか言ってなかったけど、石で強化したボウガンに対して不思議な力を感じるって言ってたろ?」
「ああ、それが誤解のもとじゃったか。まぁ、魔法武器的なものは、持てばすぐにそれとわかる。値は張るが、ギルドショップにも売られているミスリル製の武器を触ったことはないか?」
そう聞かれて、一刀は首を傾げた。
「そんなのあったっけ?」
「あー、もしかしたら剣奴側のショップには置いてなかったかもしれん。品揃えは基本的に表のギルドショップと変わらんのじゃが、あんな高額なものを買うような剣奴はさすがにおらんからのぉ」
「……ちなみにいくらすんの?」
「まぁ、見てのお楽しみじゃ。まぁお主の獲物はダガーであろう、それならミスリル武器の中では最安値じゃ。運が良いな」
ミスリル製の武器は、迷宮が出現してから出始めた品である。
正確には、探索者達がBF16に歩を進めてから、であるが。
一刀達がオーガを倒した時は運悪くポップしなかったが、オーガのドロップアイテムがミスリルインゴッドなのだ。
尤も、ミスリル製の武器性能は、祭達の持つクラスの武器には及ぶべくもないが、それでも相手に効果のある武器だということは大きい。
ではそれがなかった時の祭達は、一体どうやってBF17まで探索出来たのであろうか。
「雪蓮殿の『南海覇王』は、加護を受ける前から伝説クラスだったからの。魔法生物を相手にしても、通用したのじゃ」
「加護を受ける前からって、どういうことだ? 加護を受けた時に出た『贈物』がそれだったんじゃないのか?」
「祭壇の時だけは特殊なのじゃよ。通常のように『贈物』が出現することもあり、持っているものが強化される場合もある。雪蓮殿は後者、儂は前者であった」
「じゃ、祭さんはBF16以降ではどうしてたんだ?」
「うむ、雪蓮殿に任せて酒を飲んでおった。……冗談じゃ、そのような眼で見るでない。オーガやヘルハウンドには普通の矢でも通用したからの。主にそちらを相手にしておったわい。一緒に行動していた華琳の所の小娘が、惜しげもなくミスリルの矢を使っていたのを歯痒く思ったものじゃ」
弓が伝説クラスであれば矢が普通のものでも構わないし、逆に弓自体が普通のものでも矢がミスリル製であれば通用するらしい。
祭の話に一刀は新たな疑問を覚え、それもついでに尋ねてみた。
「ところで、オーガやヘルハウンドって名前は、なんで解ったんだ?」
「それも華琳じゃよ。あやつの加護スキルには、敵の詳細情報が解るものがあってのぉ。本当に覇神・曹操の加護というのは凄まじい」
自分以外にも敵のNAMEが視認出来る者がいたのかと思った一刀だったが、祭の言葉に納得した。
それと同時に、一刀はその話には矛盾があることにも気がついた。
一刀がEXP関連の説明をした時、華琳はこの世界のシステマチックな法則に驚きを示していた。
だが、敵の詳細情報がわかるというスキルがあるのなら、少なくとも敵の能力は生命力なども含めてシステマチックなものであることを理解していたはずである。
(相手はモンスターで、こっちは人間だから、という区別だったのかなぁ)
どうにも腑に落ちないものを感じた一刀だったが、いずれ機会があったら直接聞いてみようと、その疑問を保留にしたのであった。
次の日の朝、久しぶりに一刀は小蓮の強襲を受けた。
だが喜々として一刀に抱きついた小蓮は、やがてその顔を顰めてクンクンと鼻を鳴らし始めた。
「……この匂いは、祭……だけじゃない、まさか冥琳も?! ずっるーい! ずるいずるいずるいよぉ! 一刀はシャオが最初につばをつけたのにぃ!」
「違うよ、最初はボク達だよ!」
「兄様、そろそろはっきりさせる時ですね……。巨乳を抱いて溺死して下さいっ!」
「落ち着け、とりあえず落ち着いてくれ!」
特に背中が赤くなった流琉を宥めながら、一刀は彼なりに誠意を込めて彼女達を説得した。
曰く、自分は3人共大好きだ。
曰く、自分も出来れば3人とイタしたい。
曰く、自分の欲棒で小さい3人を傷つけるのが心配なのだ。
せめてもう少し成長を待ってから、それからであれば喜んでお相手します、と幼女を相手に必死の一刀。
朝っぱらから一体自分は何をやっているんだ、と思わなくもなかったが、一刀とて彼女達を好きなのは間違いないのだ。
彼女達が機嫌を直してくれるのであれば、寝起きの修羅場など苦労のうちに入らない。
しかしそんな一刀の説得も、季衣達相手には効果がなかった。
「それって何時まで待てばいいのさ! もうボク大人だもん!」
「私は戦闘で痛いのに慣れてますから、問題ないです!」
ところが、意外なことに話は解決の方向に向かっていった。
最も文句を言うであろうと思われた小蓮が、一刀の言葉に納得してくれたのだ。
「そっかぁ、一刀はシャオのことを本気で愛してるから、だからシャオを心配して抱かなかったんだね。じゃあ加護を受けるまで、シャオも我慢する。どうせ後1,2週間だしね!」
「はぁ? 加護とそれと、なんの関係が?」
「加護を受けると、身体能力も上がるんだよ。つまり完成された体になるってことだから、それなら一刀も安心だもんね」
「そうなのか?!」
「じゃあボク達も、もうすぐだね!」
「うん。長くも後1ヶ月だし、それなら私達も我慢します、兄様!」
(……加護って、素晴らしい!)
『祭壇到達クエスト』達成に向けて、ますます意欲を燃やす一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
STR:14
DEX:22(+3)
VIT:14
AGI:20(+3)
INT:16
MND:11
CHR:16
武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:61
物理回避力:76(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:4貫500銭