季衣に抱きつかれながらウツラウツラしている一刀に、獲物を狙うハンターのような眼差しを向ける者がいた。
普段は眠たげな眼をかっと見開き、抜き足差し足で忍んでくる人影。
「はふぅ、緊張したのです。『宝譿』、風が助けに来たのですよー」
「むむむ、お兄さんの寝息が変化したのです。少し様子を見るのですよー」
「……ぐぅ」
ウトウトしていた一刀は、股間の衝撃に驚いて目を覚ました。
そして自分の股間に顔を埋めて熟睡している風を見て2度びっくり。
一粒で2度美味しいアレを思い出しながら、一刀は風を揺さぶり起こした。
「……おおぉ、うっかりうっかり。風は『宝譿』を……いえ、伝説のきん○まくらを試してみたのですよー」
これまでも風は散々一刀の人形を狙って行動を起こしてきた。
そのため、一刀がそんな言葉で誤魔化されるわけがない。
「……なんでそんなに人形に執着するんだよ」
「それでは聞くも涙、語るも涙の物語の始まり始まりー。それは風がいと幼き頃……」
「いやいや、長い話なら今度ちゃんと聞くから。今は休憩しないと」
「むー、せっかちなお兄さんなのです。要訳すると『宝譿』は風の昔のお友達なのですよ。奴隷商人に捨てられてしまいましたが」
「……そっか、悪いことを聞いたな。うーん、人形を譲って貰えるように璃々に頼んでみるか。ところで、そんなに『珍宝』は風の友達に似てるのか?」
チャイナタウンで売られているような、笑顔のおっさんの人形。
細い目と鰌ヒゲが、その胡散臭さを醸し出している。
こいつが幼い頃の風の友達とか、どんな犯罪者だよと思う一刀。
「さらさらさら~、と。『宝譿』はこんな感じだったのですよー」
風が懐から取り出した地図の裏にスケッチして、一刀に差し出した。
今まで寝ている季衣を気遣って小声で話していた一刀だったが、思わずツッコミを入れてしまった。
「全然違うしっ! ていうか、『宝譿』も人形なのかよっ! 後、地図に落書きすんなっ!」
「うー、兄ちゃんうるさいよぉ」
「お兄さん大興奮なのですよー。季衣ちゃんに抱きつかれているせいなのですか?」
「風のせいだよっ! っと、ごめんな季衣。風も、もう寝よう。俺が起しちゃったのに悪いけどさ。ちゃんと寝ないとMPが回復しないし」
「えむぴー? それはなんですか?」
「マジックポイントだよ。もういいだ、ろ? あっ……」
精神力とでも言い替えておけば、なんの問題もなかった発言。
だが、ポイントとはつまり定量的な値である。
風はこれまで、魔力とは精神力であり好調な時と不調な時では当然魔術施行回数も異なってくると考えていたし、その考え方は稟も同じであった。
それなのに魔力を持たない一刀が、なぜ魔力が数値的なものだという認識を持っているのか。
風に追及されてしどろもどろになる一刀。
とにかく今は迷宮内だし休憩が最重要事項なのだから、この件は帰ってから話し合おうと風を説得し、とりあえず時間を稼ぐことに成功した一刀なのであった。
それから4時間が経ち、休憩組とLV上げ組の交替の時間になった。
といっても、星達のチームはBF13までの道中からこれまで本格的な休憩をとっていないため、今回はLV上げを積極的に行っていたわけではない。
拠点に近づいて来た敵のみを倒していたのだが、それでも稟のLVは13に上がっていた。
LV12に上がったのは桂花が加入して来た時だから、約2週間前である。
もともとEXPが貯まっていたのであろう。
ということは、季衣や流琉、風のLVアップも近いということである。
そう、彼女達が『贈物』を貰ったのは星や桂花と同じく何日か前なのだが、LV自体はとっくに上がっていたのだ。
通常探索者が神殿に向かうのは、多くて週に一度であるし、月に一度だけという者もざらにいる。
適正なフロアで戦っていない探索者が多いため、それだけ『贈物』は貰い難いという常識があるためだ。
稟の時はたまたまLVアップ直後に『贈物』を受け取っただけであり、季衣達はタイミングが悪かったのである。
NAME:稟
LV:13
HP:102/149
MP:57/143
そのMPが示す通り、稟の疲労は見た目にも激しそうであった。
一刀の傍まで来ると、そのまま倒れるようにして眠ってしまった稟。
体も拭かずに寝てしまっては、体調を崩してしまいそうである。
NAME:星
LV:13
HP:183/205
MP:0/0
逆にMPが元から0の星は、まだまだ余裕がありそうだったため、星に稟や桂花の世話を頼んで一刀達はLV上げに向かったのであった。
釣りをしない以上、初撃がボウガンである必要性はないが、遠距離で初撃が与えられる有用性や、待ち構えられる利点が消えたわけではない。
『バトルボウガン+1』から撃ち放たれた矢はその胴体に命中し、怒り狂ったマッドリザードが待ち構える一刀達に襲いかかって来た。
ズルズルと地を這って突進してくるマッドリザードに狙いを定め、季衣が『反魔』を叩きつけた。
その巨体からは考えられないほどに俊敏な動きを見せるマッドリザード。
季衣の攻撃は地面を抉ることになり、それがマッドリザードの注意を引きつけてしまった。
季衣に狙いを定めたマッドリザードの体当たりが、彼女に大きなダメージを与える。
「そらっ!」
ことにはならなかった。
タイミングを見計らっていた一刀が、横合いからダガーを突き出したのだ。
地を這うマッドリザードに合わせて腰を低く構え、下からアンダースローで突きだしたダガーは見事に突き刺さった。
その痛みで季衣への攻撃を逸らしてしまったマッドリザードに、改めて振るわれた『反魔』が今度こそヒットした。
だが仮にも相手はBF13のモンスターである。
マッドリザードはその攻撃をものともせず、そのまま強烈なテイルアタックを季衣目掛けて繰り出した。
その間、風はぼんやりとしていたわけではない。
眠たげな眼を更に細め、精神を集中していたのである。
≪-拘束の風-≫
満を持して解き放たれた魔術は、もともと得意な風系統だったこともあり、風にとって格上であるBF13のマッドリザードの動きを鈍くすることに成功した。
それは、強力無比なテイルアタックの威力が弱まることと同意義である。
そして、その効果があってもなくても、むざむざと季衣を敵の攻撃に晒す一刀ではない。
マッドリザードの尾と季衣の間に割り込み、そのダガーで攻撃を受け流そうとする一刀。
鋼鉄のような敵の尾に刃を立て、火花を散らしながら滑らせた。
足はしっかりと踏ん張り、敵の力は出来るだけ逸らしながら全身で受け止める。
仮に力任せに腕だけで受け止めようとしていたら、ダガーが折れるか腕が折れるかの二者択一であっただろう。
このような熟練の技術を修練もなく会得している一刀、自分自身でも反則だなぁと思いつつ、心のBボタンを押した。
無論それは比喩的な表現であるが、季衣に当たらない所まで攻撃を逸らせれば後は避ければ済む話である。
途中まで受け流し、後は回避しようとする一刀の意思に従って手足が適切な動作を自動的に取り、敵の攻撃を潜り抜けたのだった。
風の詠唱の効果が現れていたおかげもあり、ノーダメージで敵の攻撃をしのいだ一刀と交代するように季衣が前に出て、動作の大きい強攻撃が失敗して隙が出来たマッドリザードに『反魔』を振り下ろす。
攻撃・防御・補助と、3人は自分自身の役割をしっかりと果たしていた。
特に、最初の詠唱の後はなにもしていない風を称賛したい。
必死に戦っている2人を更なる呪文で援護したいであろうに、自分の最もすべきことは精神力の温存であるということを正確に理解しているからだ。
かといって油断することもなく、ピンチの時にはすぐさま魔術が使えるように精神の集中は決して切らさない。
言うだけなら簡単であるが、これは前線で戦っている2人と同等かそれ以上に大変であり、且つ我慢のいる役割であった。
1+1+1が3以上になるような、そんな3人の戦い振りに完全にペースを奪われてしまったマッドリザード。
徐々にHPを削られて見せ場を作ることも出来ず、そのまま季衣の一撃で止めを刺されてしまったのであった。
BF13に変わっても、戦闘自体は順調だった。
これまでよりも多少強くなっているため時間こそかかっているものの、季衣達のLVが上がれば更にやりやすくなるであろう。
また、拠点の選択も良かった。
枝道が組み合わさっているような場所なので、完全ではないが敵を選ぶことが出来るのだ。
従って、今まで通りハイオークはデスシザーで処分することも多かった。
星達のチームであっても、WGを貯めてのハイオーク瞬殺は可能だろう。
しかし、物事というのは決して良いこと尽くめにはならない。
第一そんな優れた狩り方法であれば、今まで採用されていない方がおかしいのである。
この狩り方法の欠点は、効率の悪さにあった。
これまでは一刀が敵を釣ってくるため、季衣達はただ待ち構えていればよかったのだが、この方法だと季衣達自身が移動しなければならない。
そのため前者よりも体力を消耗する分だけ休憩を取らなければならないし、移動時間があるために効率が落ちるのだ。
釣りスタイル
一刀:戦闘→釣り→戦闘→釣り→戦闘→釣り→戦闘
1班:戦闘→戦闘→休憩→休憩→戦闘→戦闘→休憩
2班:休憩→休憩→戦闘→戦闘→休憩→休憩→戦闘
移動狩り
全員:戦闘→戦闘→休憩→休憩→休憩→移動→戦闘
こうして比較すれば一目瞭然である。
ちなみに、戦闘や休憩が2コマ続いているのは時間の尺を合わせるためであり、連続戦闘という意味ではない。
もちろん上の比較は例えであり、時間の尺などが完全に一致しているとは言えない。
だが、この例えを用いるとすれば季衣達でこれまでの2/3、一刀に至っては1/3にまで効率がダウンしてしまうのだ。
EXP自体は階層を下げたことにより倍になったことを加味すると、季衣達にとってはプラスであり、一刀にとってはマイナスになる。
このことから、パーティ全体の戦力アップを考えれば、階層の移動は正解であったと言える。
それから4時間ごとの交替が4回あり、一刀チームの3度目の休憩が終わった。
今回は積極的にLV上げをする訳にはいかない。
星チームの休憩が終わったら、帰路につく予定だからである。
星チームでも順調にLV上げが行われたのであろう。
この時点で、一刀と星以外のすべての人間がLVアップしていた。
LVアップ間近だと思われていた季衣、流琉、風だけではなく、桂花もである。
だが、これも別に不思議なことではない。
LV14の一刀は、この時点で400程度のEXPを得ている。
行き道や拠点の掃除も含めての数値であるが、そこに目を瞑るとすれば、おおざっぱな計算でLVが1低い星や稟は800、LVが2低い季衣達で1600、LVが3低い桂花で3200のEXPを得ているということである。
もちろん人数割りの差や効率の差もあるが、乗算で計算されるLVや階層の差はそれ以上に大きい。
LV11の時点で、稟と風のEXPの差が1000あったとしよう。
仮に同じだけEXPを得ていたとすると、LV12の稟が500稼いだ時に、風はLVアップすることになる。
そしてLV13の稟が250稼いだ時に、風がLVアップする計算になるのだ。
実際には桂花が加入するまで稟は3人チームだったので人数割りの分だけ計算値が異なるが、分母が1増えるより分子が倍になる方がより影響することは自明の理である。
どれだけLVを上げれば、安全に『祭壇の間』に辿り着けるのか。
後5週間で、どこまでチームの戦力アップが計れるのか。
涎を垂らして眠りこけている桂花の顔を眺めながら、一刀は考えていた。
(期限の縛りがキツ過ぎるな。こんな小さい子に無理をさせるくらいなら、いっそギルド職員に……)
ネコ耳フードを被った桂花の頭を撫でようとする一刀。
そして、その手をバシッと叩き落とす桂花。
「むにゃ……、触らないで……」
この子なら、多少の無理は大丈夫だと確信する一刀なのであった。
雪蓮の話によれば、トラップ系の仕掛けはBF16以降に設置されているという。
そして、罠さえなければ一刀の索敵技術は特級クラスである。
少し淋しいくらいに何事もなく帰還した一刀達は、それでも満天の星空を見て安堵の溜め息をついた。
出発時間が前日の13時で帰着時刻は23時。
一刀達は、34時間という長丁場の迷宮探索を無事にクリアしたのであった。
時間も遅いため、全ては明日のことである。
神殿で皆が『贈物』を貰うことも。
3度目の収入金分配も。
MPに関する説明も。
だがどんなに疲れていても、一刀には本日中に済ませておかなければならないことがあった。
今日は週に1度のボウガン・メンテナンスin祭の部屋の日なのである。
つまり、パーティ登録機能の確認のチャンスであった。
(未知を知ること、それは人生で最もエキサイティングなこと……)
今日は祭の乳首をどうしてくれようかと、未知への好奇心が抑えきれない一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:14
HP:154/192
MP:0/0
WG:75/100
EXP:702/3750
称号:巨乳ホイホイ
STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15
武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:100銭