祭壇到達クエストを受けてから一週間が経ち、そろそろ溜まったアイテム類を換金して各自に分配しようと、安めの居酒屋を訪れていた一刀達。
お荷物じゃなくなるまでは分け前なしの桂花も、今後の方針を決めるためにその場に呼ばれていた。
ハイオークからドロップした『スチールインゴッド:売値3貫』が4個。
ワーウルフからドロップした『狼の毛皮:売値2貫』が6枚。
リザードマンからドロップした『トカゲの硬皮:売値2.5貫』が5枚。
この3匹からドロップした『青い剣の飾り:売値0.5貫』が13個。
『蜂蜜』は一刀がギルドに収めれば1貫になり、『アイアンインゴッド:売値1貫』や『トカゲの皮:売値0.5貫』も合わせると、1週間の総収入は大体60貫であった。
ちなみに華琳からの依頼料前金500貫は、この中に含まれていない。
つまりこれら後者のアイテムは、『青い剣の飾り』を除く前者のアイテムの1.5倍以上ドロップしたということだ。
総収入の半分を6等分して端数を調整した結果、今週は5貫が各自の配当金となった。
これは、一刀が予想していたよりも低い金額であった。
このことで、今までドロップ率の振れ幅は10%~20%くらいだと大雑把に把握していた一刀にも、ようやく法則性が掴めてきた。
基本的に誤差の範囲内だと思えたため、今までは気が付かなかった。
だが、法則性があると考えて過去のアイテムドロップを振り返ってみると、なんとなく傾向が理解出来てきた。
BF1~5ではジャイアントバットの『コウモリの羽』とコボルトの『ブロンズインゴッド』に比べて、ゴブリンの『ブラスインゴッド』やポイズンビートルの『毒薬』はドロップ率が悪かったように思われる。
そしてBF6~10ではゴブリンやポイズンビートルのドロップ率がわずかにアップしていたようであり、それと比較するとBF6から登場するモンスターのドロップ率は悪かったような気がしなくもない。
そして、今回の結果である。
つまり、モンスターの初登場フロアでは10%前後であり、そこから階を重ねる毎にドロップ率が20%に近づいていくという法則性が見えてきたのだ。
確率の問題なのでリアルラックが絡んでくるが、そう大幅には違わないだろう。
というような自論を、一刀は得意げに皆に打ち明けた。
「……一刀殿、それがなにか?」
「もしこの法則が正しければ、BF6で『蜂蜜』を集めるのとBF15でやるのでは、ドロップ率が2倍も違うんだぞ! 凄い発見じゃないか!」
「迷宮に深く潜ればそれだけ利益が大きくなるってことだよね? 兄ちゃん、それって最初から分かってることじゃないの?」
「そ、そうだけどさ……」
ゲーオタの自分とは異なり、普通の人はドロップアイテムを見ても確率がどうとか乱数がこうとか考えないのか、とショックを受ける一刀。
季衣の言葉通りのことさえ分かっていれば、確かにそれ以上深く考える必要もない。
自分は異端分子なのかと落ち込む一刀に同じ匂いを嗅いだのか、そんな一刀の肩を風が叩いた。
「風……」
捨てられた子犬の様な眼差しで風を見上げる一刀。
風は、そんな一刀からふっと目を逸らし、
「乾杯なのですよー!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
「無視かよっ!」
こうして初収入祝いの宴会は、序盤から盛り上がりを見せていたのであった。
上記で算出した総収入は、現段階ではあくまでも計算値である。
実際に換金済みではないため、現物支給で貰っても構わない。
売値は評価額の半分なので、材料を装備にしてくれるコネがあるのならば現物支給の方がお得である。
キングサイズのベッドを購入した時には借金をアイアンインゴッドで返し終わっていたらしい流琉は、今度はスチールインゴッドに目を付けたようで現物支給のインゴッド1個と2貫を手に入れた。
季衣は、今度は一刀のためにハードレザージャケットを作るんだと張り切っており、トカゲの硬皮を1枚と2.5貫の収入である。
正直に言えば、一刀は出来る限りの金額を青い剣の飾りに投資したかった。
近い将来の値上がりが確実なのだから、それも当たり前である。
だが、そんなことをすれば当然星達の注目を引くであろう。
そうなれば、理由を打ち明けざるを得ない。
この1週間で星達が信頼出来る人達であることは一刀も理解していたし、桂花だって口は悪いが根は悪い人間ではない。
自分だけのことであれば、普通にバラしていただろう。
だがこれは雪蓮達との約束なのである。
内緒にしておくと誓った以上、星達を信頼しようがしまいが打ち明ける訳にはいかない。それが約束というものだと一刀は固く信じていた。
そんなわけで、500銭で売り払うのは勿体ないと思いつつ、泣く泣く青い剣の飾りを諦めた一刀。
最終的に一刀が選んだのは、狼の毛皮を1枚と3貫の金であった。
これは、季衣が一刀のためにトカゲの硬皮を入手したためである。
一刀には、現在身に着けているレザージャケットの補修を巡って、季衣と金を払う払わないでやり合った経験がある。
その時の頑固さから考えて、一刀が季衣自身のために金を使えと説得しても聞き入れて貰えない可能性が高い。
なのでその分、季衣の装備は自分が揃えようと一刀は考えたのである。
これも一刀の対人スキル上昇の賜物であろう。
この世界に来た時とは比べものにならない程、人付き合いの機微がわかるようになってきた一刀。
一刀自身に裁縫スキルがないため、他の誰かを頼らざるを得ないという状況が更に人との交わりを深め、プラスのスパイラルとなっていくことを期待したい。
華琳からの依頼料前金500貫は、宝石で支払われていた。
深紅のスタールビーである。
換金して分けてもいいが手数料で1割以上取られてしまうため、前金は星達が貰って後金は一刀達が受け取るという形にした。
桂花育成の負担を序盤は一刀が全て受け持っていたことや、華琳の依頼が一刀に対するものであったことを考えれば、受け取る順番は逆であるべきだ。
当然星達も、自分達が後で良いからと一刀達にスタールビーを渡そうとしたのだが、一刀が頼んでこの順番にして貰ったのである。
なぜなら一刀達には、報酬を受け取る前に解決しなければならない問題があるからだ。
つまり、このルビーをどうやって管理しておくか、ということである。
外出に2ヶ月のタイムリミットがある一刀達では町に財産を預けておくわけにもいかないし、部屋に置いておくのも不用心である。
探索に持っていくのは問題外だ。
ギルドに預ければいいように思うが、一刀はこの臨時収入を七乃に知られたくなかった。
どうも七乃に目をつけられているらしい自分が、自分自身を買い戻せるような大金を入手したと知れたら、その後の金策でギルドの妨害が入らないとも限らないからである。
(収入は今回だけって訳じゃないし、管理方法もちゃんと考えなきゃな……)
手に取ったスタールビーの吸い込まれるような深紅の輝きに目を奪われながらも、現実的な思考をする一刀。
今の自分にとって時間がなによりも大切なものであることを、一刀は十分に理解していたのだ。
綺麗だと感嘆するのも、ゆっくり休息するのも、全てはこの2ヶ月が終わってからでいい。
宝石を星に返し、一刀は明日からのプランを皆と打ち合わせるべく口を開いたのであった。
「さて、今日は話し合いたいことが2つある。1つ目は、そろそろBF12に狩場を移そうと思っていること。2つ目は、桂花を合流させることだ」
「ふむ、1つ目は異存ないですが、2つ目は少々早過ぎはしませんかな? 一刀殿が桂花を鍛え始めて、まだ2日しか経っておりませんぞ?」
「うーん、一応新しい魔術を覚えるくらいには成長したんだけど、やっぱりまだ早いかな? 俺も微妙なところだとは思うんだけどさ……」
「なんと! たった2日で?!」
驚いた星だったが、それでも反応出来るだけ他の2人よりはマシであった。
稟と風は、自身が魔術師であるだけに、新しい魔術を覚えるということの苦労が実感としてわかっている。
驚愕の余り言葉も出ない2人は、やがてそれを僅か2日で成し遂げたという桂花と、そこまで教え導いた一刀に、強い尊敬の念を抱き始めていた。
一刀は3人から向けられたその視線に、すぐに気がついた。
LV制を理解している一刀からすれば、それは誤解以外の何物でもない。
これ以上『幼女ブリーダー』的な誤解が広まっては堪らないと、一刀は慌ててフォローを入れようとした。
「い、いや、これは俺の力じゃなくって、桂花の努力? や、優秀さが? うーん……なぁ、桂花。そういえばずっと聞きたかったんだが……」
「なによ?」
「お前、何回かソロで迷宮探索に行かされたんじゃなかったのか? 華琳がそう言ってたんだけど」
「それがどうかしたの?」
「れべ……じゃなくて、実力の向上はともかく、なんであんなにモンスターを見て取り乱したんだよ。初めて見たわけでもないんだろ?」
「ふっ、愚問ね。この優秀な私が、対等以上の敵に正面からぶつかるなんてありえないわ」
「じゃあどうしたんだ?」
「この私が持つ36の計略の内で、最も優れた策を用いたのよ」
「……つまり、さっさと逃げたのか。でも、華琳に連れられて深い階層に行ったことだってあるんだろ?」
「馬鹿ねぇ。華琳様のご尊顔を拝し奉っているうちに、迷宮探索なんてあっという間に終わっちゃったわよ」
そんな桂花の言葉に、思わずツッコミを入れようとした一刀。
だがその前に、稟達が口を挟んできた。
「深い階層でのことはともかく、迷宮探索でさっさと逃げたのは正解だったわね。旅をして経験を積んできた私達でも、迷宮のモンスターを初めて見た時には足が震えたものよ」
「うむ。奴らを相手に一般人も同然の桂花が、無事に逃げ帰ってきたことだけでも評価出来る」
「風もそう思うのですよー。それにしても素人の魔術師を1人で迷宮に放り込むなんて、華琳ちゃんも無謀なのです。自分がなんでも出来るせいで、他人の限界に疎いのですかね。実に華琳ちゃんらしいのですよー」
「それに桂花が逃げちゃった気持ち、凄くわかるよ。ボクだって流琉や兄ちゃんがいなかったら、怖くて一歩も進めなかったと思うもん」
「私は、今でも最初のモンスターと戦った時の恐怖が忘れられないです」
2日間、桂花のことをヘタれだなぁと思いながら面倒を見ていた一刀は、皆の言葉にびっくりした。
そして、それが普通の感性だということに気づいて愕然としたのである。
口が達者なせいで実際の年齢よりも上に見える桂花だが、風や季衣達と変わらないような年頃なのである。
ましてや桂花は奴隷として売られていた身であり、風のように何年も旅をしていたわけでもなく、季衣達ような膂力に恵まれているわけでもない。
戦えなくて当然、びびって当然なのだ。
自分の体を操縦している感覚の一刀には、そのことが今まで理解出来ていなかった。
ゴブリンやコボルトに剣を突き刺すことすら、他の人とでは感じ方が異なる一刀。
比喩ではなくゲームでAボタンを押す感覚で敵を倒している一刀には、これから先も桂花達の感じている恐怖心はわからないだろう。
そんな自分が、こんなことを言うのは間違っていると思う一刀。
だがそれでも一刀は、言わねばならなかった。
「星の不安も分かる。俺もこのまま桂花を合流させるわけにはいかないと思ってるんだ。パーティのお荷物になるのはともかく、もし足を引っ張られたらこっちが致命傷になりかねないからな」
「ふむ、それではどうしようと?」
「明日は星達とは完全に別行動をとりたいんだ。だから明日の迷宮探索はなしにしてくれ」
「それで、一刀殿と桂花は?」
「一日かけて、桂花の試験をしようと思う。もしそれで桂花が失格だったなら、華琳の依頼を放棄するのもやむを得ないと考えてる」
純粋にLVが足りないだけであれば、もう少し時間をかけてでも桂花のLVを上げればいい。
だが、問題は桂花のびびり癖なのである。
爬虫類が苦手だからリザードマンとは戦えません、では困るのだ。
こればかりは、LVアップだけではどうにもならない。
そして一刀達には、桂花の心の成長を待つ時間などないのである。
「それに我等が同行するのは、まずいのですかな?」
「ああ、それじゃ試験にならないんだよ」
「ふむ……。しかし、一刀殿が迷宮に潜るのに我等だけ休むのも申し訳ない。BF12へ狩場を移すのであれば、新たな拠点を探さねばならないでしょうし、明日は我等5人でBF12を探索することにしましょう」
そんなの、危ないだろう!
そう言いかけた一刀は、自分の思い上がりに気づいて赤面した。
星達だけでは不安で、自分がいれば安心だなんて、どの口が言えるのか。
自分を戒める一刀だったが、それでも自分のいないところで皆に危険を冒して欲しくないという思いも本物である。
そんな一刀の逡巡を見破ったのであろう、星が言葉を重ねた。
「僅か2日でここまで桂花を鍛えた一刀殿の言葉です。その一刀殿が桂花を試験して無理だと判断するのなら、是非もありませぬ。ここは一刀殿にお任せ致そう。だから一刀殿も、拠点探しくらい我等にお任せあれ。なぁに、無茶はしませぬよ」
「……ああ、頼むよ。今と同じくらいの広さで、出来るだけBF11への階段に近い場所がいい」
「解り申した。それに試験のことだって心配いりませぬぞ。桂花が一刀殿の試験に合格すればいいだけの話ではないですか。なぁ、桂花」
「ふんっ。こんな奴の試験なんか、ぺぺぺのぺーよ!」
微笑む星と強がる桂花を見て、それ以上何も言えなくなる一刀なのであった。
基本的に夜は季衣達と過ごす一刀だったが、週に1度だけ祭の部屋でボウガンの手入れのやり方を教わっていた。
といっても、実際に手入れを教わっていたのは最初の1,2回だけであり、それからは雑談をしたり祭の愚痴を聞いたりしながらスナイパーボウガン+1のメンテナンスをするようになっていたのである。
「ふむ、これを使い始めて1ヶ月ちょっとか。多少痛み始めておるが、まだまだ使用には十分耐えられるのぉ。これも儂の教え方が優れているおかげじゃな」
「……ああ、祭さんには感謝してるよ」
「なんじゃなんじゃ、元気のない。若者がそんなことでどうするのじゃ」
「ちょっとな……」
「まったく、仕方のない。どれ、たまには儂がお主の悩み相談に乗ってやるとしよう。ほれ、遠慮なく打ち明けてみい」
一刀の抱えている問題は、特に秘密なわけでもない。
解決しない悩みではあったが、人に話すだけでも気が紛れるかと思い、一刀は祭の申し出に甘えることにした。
祭壇到達クエストのこと。
明日の別行動のこと。
桂花の試験のこと。
一刀の話を黙って聞いていた祭は、難しい顔をして一刀に答えた。
「うーむ、なんというか……。儂が思うに、お主は近い将来ハゲそうじゃの」
「なんでだよっ!」
「それはの、お主は自分が自分がと、全てを己のみで背負おうとしているように見えるからじゃよ」
「そ、それは……」
「仲間を信頼し、任せることも覚えねばならん。互いに支え合ってこその仲間なのじゃから」
「……ああ、俺もそう思うよ。だけど、俺が桂花の試験って言い出さなきゃ別行動する必要もなかったんだ。それに桂花の試験だって狩場の選択だって、これでいいのか、これが本当に正解なのかって、考え出すと止まらないんだよ」
「うむ、どうやらお主、精神的に疲れているようじゃのぉ。……まぁ、お主ならよいか。乗りかかった船じゃ、この儂がその悩みの解決方法を教えてやろう」
そう言うと、祭は服を脱ぎ出した。
小麦色の肌が、こぼれんばかりの胸が、どんどんと露わになっていく。
「な、な、な、なにしてんの?」
「なにって、ナニじゃ。ナニをするには、服を脱がねばならんじゃろ?」
「ナニってなんだよ!」
「ナニはナニじゃ。精神的に疲れている時は、気持ちのよいことをして体を疲れさせ、ぐっすり眠るのが一番なのじゃよ。ほれ、お主もさっさと服を脱いで、こちらに来るがよい」
「え、えー?!」
「なんじゃお主、おなごは初めてか? 仕方がない、儂が手ほどきをしてやるから、大人しく身を委ねるがよい。なぁに、天井の染みを数えているうちに終わってしまうから、心配するでない」
(……それは男のセリフじゃないのか?)
頭の片隅でそんなことを思いながらも、その脳味噌のリソースの大部分を祭のヌードを焼きつける作業でフル稼働させている一刀。
初めて見る成熟した女性の裸体に、思わず生唾を飲み込んだ一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:85/100
EXP:124/3500
称号:幼女ソムリエ
STR:14
DEX:18
VIT:14
AGI:16
INT:15
MND:11
CHR:15
武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:67
近接命中率:51
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:49(+3)
物理防御力:50
物理回避力:68(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:7貫600銭