「兄ちゃん……」
「兄様……」
体を洗ってあげると提案をした季衣と流琉は、目を輝かせて一刀の返事を待っていた。
だが、一刀にはそれを了承することは出来なかった。
少女というより幼女と呼ぶのが相応しい彼女達との裸の付き合いは、一刀の倫理的にはアウトであったのだ。
なによりまずいのは、一刀自身が2人に対して性的な欲求を感じつつあることだ。
2人をただの保護対象とだけしか見ていなければ、体を洗われるくらい許容範囲であっただろう。
しかし一刀は、彼女達に恋愛感情を抱いてしまっている。
彼女達に魅力を感じてしまっているのである。
そして、だからこと大切にしたいと一刀は考えていたのだ。
もっと成長して彼女達の体に無理が掛からなくなるまで、そして自分達が自由を得て、きちんと責任がとれるようになるまで。
一刀は自分の欲望を、その時が来るまで押し殺すつもりだったのである。
そんな一刀の決意を、あっさりと崩壊させかねない季衣達の提案。
一刀にそれを了承出来るはずがない。
だが、季衣達が折角好意で言ってくれたことなのだ。
無碍に断っては彼女達を傷つけてしまうだろう。
進退の極まった一刀がとった行動は、かなりの力技であった。
「……ぐぅ」
「あれ、兄ちゃん寝ちゃったの? ……話の途中で寝ちゃうなんて、兄ちゃんよっぽど疲れてたんだね」
「最近のやり方だと、兄様は私達の倍くらい動いてるんだし、無理ないよ。このまま寝かせてあげよう。私、毛布持ってくる」
風のお株を奪うような、堂に入った寝た振りでピンチを凌いだ一刀だったのであった。
毒。
一口に毒と言っても、色々な種類がある。
ポイズンビートルのようにHPを徐々に削っていく効果の毒もあれば、キラービーのように体を麻痺させる効果の毒もあるのだ。
違う毒なのに全て『毒消し』で治るあたりが、非常にゲームチックであると一刀は感じていたが、それは余談である。
本題は、一刀の買ったポイズンダガーはどんな種類の毒効果があるのかということであった。
一刀が期待していたのはHPを削っていく効果の毒であったが、戦術的にはむしろ体を麻痺させる効果の毒の方が有効であろう。
それはそれでありだなぁと思う一刀は、果たしてどんな効果があるのかとワクワクしながら、
オークに向かってポイズンダガーを振るった。
ワーウルフに向かってポイズンダガーを振るった。
リザードマンに向かってポイズンダガーを振るった。
(………………………………)
「きゃー! 兄様、やめて下さい!」
「なにやってるのさ兄ちゃん! 悩みがあるなら、自殺する前にボク達に相談してよ!」
自傷行為をしようとした一刀を、季衣達は必死になって止めた。
もちろん一刀は自殺しようとしたわけではない。
ただ、己の身を持ってポイズンダガーの効果を確認したかっただけである。
それほどに、毒の効果は分かり難かったのだ。
(毒状態になったらNAMEが点滅するとか、なればいいのに……)
20貫の大枚を叩いて買ったポイズンダガーを恨めしく見つめる一刀なのであった。
一刀はポイズンダガーを使用することによって、気づいたことがあった。
大抵のRPGでは、毒などの状態異常は一目で分かる仕様になっている。
ところがこの世界では、敵の状態異常どころか味方のバッドステータスすらも見た目で判断しなくてはならないようなのだ。
その時は状態異常がパラメータに表示されないことを意識してなかったが、季衣が麻痺毒を喰らった時も、流琉が脱水症状だった時も、もっと言えば出会った当時の季衣達の体調不良だって、HPの減り具合や当人達の様子で状態異常を当て推量するしかなかった。
(敵はともかく味方にも状態異常の表示がないなんて、そんなRPGあるか?)
と考えた一刀だったが、自分が全ての出来事をデータ的に確認出来ているわけではないことに気がついた。
自分自身の与ダメ被ダメですら分からないのだ。
恐らく本当のゲームであれば、ログ表示によってそういうものが把握出来たのであろう。
更にパーティを組んだ時点でパーティ枠のようなものが表示され、季衣達のコンディション情報の詳細も分かったはずである。
だが、現状システム的に季衣達とパーティを組めているわけではない。
単に一緒に行動しているだけだと認識されているようなのだ。
(俺にとって季衣達は味方でも、システム的にはソロ同士がただ傍にいるだけって訳か……)
一緒に迷宮を降りても各自が敵に対してアクションを起こさないとEXPが得られないということに対し、パーティ認識がファジーなのだと理解していた一刀だったが、それが自分の勘違いである可能性に気がついたのであった。
もしシステム的にパーティ認証させることが出来れば、味方情報の詳細を知ることが出来るかも知れない。
それに、敵に対するアクションを起こさなければEXPを得られないという現状だって、変化するかも知れない。
(システム的にパーティ認証される方法か。システム的にパーティ機能がある以上、絶対にやり方があるはずなんだけどなぁ)
毒の効果がわからないポイズンダガーに20貫の価値があったかというと、現時点では否と言えるだろう。
だがこの思考に辿り着けたことが、ポイズンダガーで20貫失った分を補って余りある価値であったかどうか。
それは、現段階では誰にもわからないのであった。
その日の迷宮探索を終えて疲れきっていた一刀は、季衣達に散財を注意されたこともあり、湯屋には行かずに部屋に戻った一刀。
今日は水浴びで済まそうと考えていた一刀だったが、その目論見は崩れ去ったのである。
季衣達が、盥に湯を張って部屋で待ち構えていたのだ。
(……よく考えたら、寝たふりじゃ問題解決になってなかったんだよなぁ)
「さ、兄様、服を脱いで下さい」
「兄ちゃん早く! 折角のお湯が冷めちゃうよー」
この状況下で寝た振りは、さすがに通用しないであろう。
だからといって、はい分かりましたと服を脱ぎ出す訳にもいかない。
どうしたらよいのか分からず躊躇する一刀に焦れたのか、季衣達は実力行使に出た。
「わ、ちょっと待て!」
「いいから、早く脱いで下さい。はい、ばんざーい」
「ほらほら、右足上げてー」
「は、恥ずかしいんだって! 俺は1人で洗えるから、しばらく部屋から出てってくれ!」
その場の勢いで季衣達の好意を拒否してしまった一刀。
言った瞬間そのことに気づき、彼女達が傷つかなかったかと恐る恐る季衣達を窺った一刀だったが、彼女達の反応は一刀の予想を超えていた。
季衣達は、顔を赤らめて照れつつ自分達の服を脱ぎ出したのだ。
「こ、こうすれば、兄様だけ恥ずかしい思いをしなくても済みます」
「ボク達だけ服を着てたんじゃ、ずるいしね。それに、洗ってる時に服が濡れちゃうかもしれないし……」
なんという計画犯。
小蓮を始めとする雪蓮のクラン員、さらに星達までが一刀と知り合い以上の関係を構築しつつある現状で、季衣達は彼女達なりに思うところがあったのだ。
「あ、兄様、少ししゃがんで下さい」
「わぁ、兄ちゃんの背中、こうして見るとおっきいねー」
とはいっても、全部が全部計算づくなわけでは、もちろんない。
蓮華の下乳に鼻を伸ばしていた一刀を見て、きっと一刀は女の子の裸が大好きなのだろう、自分達のことももっと大好きになってくれるに違いない、とその程度の考えであった。
その証拠に、一刀のことを洗い始めた2人は、すぐそれに集中してしまった。
「流琉、見てよー。兄ちゃんのここの傷、まだ治ってないよ」
「あ……これ、私を庇ってくれた時の……」
「傷薬を塗っても治らない時は、舐めるといいって小蓮が言ってたよ!」
「そう……なのかな……れろ、ちゅぷっ」
流琉の舌が傷を這う感触に、しかし一刀はなにも反応を示さなかった。
それは感覚が鈍いとかの問題ではなく、一刀がこの状況に対して完全に硬直していたためであった。
右を見れば、染みひとつない季衣のプニプニとした肌。
左を見れば、ささやかな自己主張をしている流琉の胸の膨らみ。
(もう俺は、ダメかもしれない……)
それでも限界まで耐えようと頑張る自分自身を褒めてあげたい一刀なのであった。
一刀にとって苦行の時間が終わりを告げた。
「兄ちゃん、ボク達の体は拭いてくれないの?」
「無理だからっ! これ以上は理性が焼き切れるからっ!」
体を拭いてあげるどころか、このまま自分達の体も洗おうとする2人と一緒にいるだけでも危ういと感じた一刀は、そそくさと服を着て部屋の外に出ようとした。
ところで、一刀自身は苦行の時間だと思っていたバスタイムであったが、傍目には一体どう見えていたのであろうか。
部屋の扉を開けた一刀の目の前に、その答えがあった。
血溜まりの中で横たわる少女。
顔は青を通り越して土色となっており、その出血量からも生きてはいまいと言い切れる。
「り、稟?!」
一体何が起こったのかと、慌てて稟を抱き起そうとする一刀。
だが、そんな一刀の行動を制止する者が現れた。
「ちょっと待つのですよ、お兄さん。事件現場の保存は捜査の鉄則なのです」
名探偵・風の登場であった。
こう見えても一刀は、推理ゲームの金字塔『ユートピア連続殺人事件』を攻略本も見ないでクリア出来るくらいのゲーオタである。
探偵役は風に譲り、自らは助手として謎の殺人事件に挑むことを決意した一刀。
そんな一刀に対する風の最初の命令は、信じられないものであった。
「お兄さん、服を脱ぐのですよー」
「はぁ?!」
「いいから、服を脱ぐのですよー」
「な、なんでだよ!」
「さっさと、服を脱ぐのですよー」
「嫌に決まってるだろ!」
「往生際の悪い犯人なのです。星ちゃん、仕方がないから実力行使でお願いするのですよー」
「承った!」
「俺の肩には、蝶のアザなんかないぞ!」
「なにを訳の分からないこと! いい加減に大人しくなされ、一刀殿!」
星に服を剥ぎ取られた一刀が見たもの。
それは、稟の死体が一刀の裸に反応して、更に鼻血を吹く姿であった。
「ふふふのふ。やはり稟ちゃんを出血死に追い込んだ犯人は、お兄さんだったのですよー。たまたま部屋を訪れてきた稟ちゃんに気づいたお兄さんは、季衣ちゃん達を全裸にして侍らせ、いちゃいちゃを見せつけることによって稟ちゃんを……」
「アホかー! っていうか、稟は生きてるのかよ! って、それよりもお前ら全員覗いてたのかよ!」
「覗いていたとは人聞きの悪い。我等は一刀殿に用事があっただけのこと。ところがまさかの3人プレイ。まだ夕方の時間帯なのに、部屋の中でくんずほぐれつしていたなどとは予想出来ず、稟はそれを直視して倒れてしまったのですよ」
「3人プレイとか言うなっ!」
賑やかになってきた部屋の前。
その騒ぎを聞きつけて、迷宮探索を終えたばかりの蓮華達も集まってきた。
「季衣達、ずるーい! 一刀はシャオのお婿さんなのにー!」
「へへーんだ。兄ちゃんとボク達は、もう裸を見せ合いっこしちゃったんだもんねー!」
「ふんだ、一刀はそんなツルペタじゃ嬉しくないよ! シャオなんか、一刀と蓮華お姉ちゃんと3人で一緒にお風呂に入っちゃうもん!」
「ちょ、ちょっと、小蓮?!」
「ふむ、一刀殿は幼女趣味だとばかり思っていたが、膨らんだ胸も嫌いではないと? ならばこの星、一肌でも二肌でも脱いでみせましょう」
もう、収拾がつかない。
女の子は何も身に着けていない状態が一番美しいっていうのは本当だったんだなぁ。
と、先程の季衣達の裸身を思い浮かべて現実逃避をする一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2453/3250
称号:○○○○○○
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13
武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:3貫600銭