テレポーター設置クエストが始まってから、5日目の朝を迎えた一刀。
一刀が目覚めた原因は、もちろん口内を這いまわる小蓮の舌の感触である。
「んむぅ、っぷは。……おはようシャオ」
「うふっ、一刀おはよー」
昨日の今日で、一刀は早くもこの起こされ方に慣れてしまった。
順応性が高いのは、一刀の長所であった。
「うー、おはよー、兄ちゃん」
「おはようございます、兄様」
「おはよう、季衣、流琉」
2人のプニっとした頬に唇を触れさせる一刀。
だが、そんな朝の挨拶にも季衣と流琉は不満げな顔だった。
「ずるいよ兄ちゃん、シャオばっかりー!」
「兄様、贔屓は良くないと思います!」
そんな2人の頭を撫でて宥めながら、一刀は今日の迷宮探索に思いを馳せるのであった。
(そんな展開を期待していた時期が、俺にもありました)
目前で繰り広げられている争いを見ながら、一刀は自分の鼻から出ている血を袖で拭った。
別にエロスな妄想をして出したものではない。
季衣と小蓮のダブルヘッドバットを喰らった、物理的なダメージによる鼻血である。
「もう、シャオは兄ちゃんとキスしちゃダメだよ!」
「季衣こそダメなのー! 一刀は私のお婿さんなんだから。そういうのって、不倫って言うんだよー!」
鼻の奥にジンジンと響く刺激を受けて目覚めた一刀が見たもの。
それは、季衣のオデコと小蓮のオデコのドアップであった。
例によって朝駆けをしてきた小蓮と季衣が一刀の唇を掛けて争い、彼女達のオデコと一刀の鼻がディープな挨拶を交わしたという訳である。
「に、兄様、大丈夫ですか?」
「……ああ。それよりも、もしかして今日から毎朝こうなるのかな」
「ど、どうなんでしょう?」
(18禁ハーレム系ゲームだと、主人公はどうやってコレを回避してたんだっけ……)
なんとかそれを思い出そうとする北郷一刀17歳。
だがエロゲー的なハーレム展開が、果たしてこの幼女ハーレムの参考になるのであろうか。
迷宮探索では失敗することも少なくなったが、残念ながら人間関係ではまだまだ熟練度が足りていない一刀なのであった。
BF11の小屋も完成まで後僅か。
雪蓮の見通しでは、明日中には終わるだろうとのことであった。
今日の戦いの最初の方で一刀はLV12に、季衣達もLV11に上がった。
仮に雪蓮がいなくても、一刀達はBF11でそれなりに連戦出来る程度の実力を身に付けたのである。
そう、あくまでも『それなり』であった。
今までは一刀のLVより1つ低く、季衣達と同じLVの階層であれば、体力さえ持てばさくさくと狩りが出来ていた。
だがBF11では、今も雪蓮のフォローがなければ苦戦に陥ることが少なくなかったのである。
それほどにBF10とBF11との実力差は大きかった、というわけではない。
一刀達にとって、魔術を使うモンスターの出現が痛かったのである。
正確にはBF9辺りからゴブリンも魔術を使ってくるのであるが、一刀達はBF9、10での連戦をしていなかったため、魔術を使う敵と戦った経験が少なかった。
なので、魔術師系モンスターがこんなにやり難いとは思ってもみなかったのである。
その原因は主に、一刀達の狩りのスタイルだと魔術師系の敵とは相性が悪いことに問題があった。
一刀が敵を釣って拠点まで誘き寄せることが、一刀達の戦闘の始まりである。
だが、既にこの時点で上手くいかないのだ。
なぜなら敵が一刀を追いかけて来ず、その場で魔術を連打し始めることが多かったからであった。
そうなると当然、季衣達が敵の元に向かわざるを得ない。
そのためフォーメーションが崩れてしまい、立て直すのに時間が掛かってしまうのである。
それに、拠点と定めた場所から一時的にでも移動しなければならないことは、時として致命的な結果に繋がる。
この広場での戦いでも似たようなことが何度か起こっていたが、背後から別の敵に襲われる危険が生じるのである。
それでは、折角背後から襲われない場所に拠点を定めた意味が全く無くなってしまう。
一刀達にはまだこの階層では複数を同時に相手どるのは難しく、雪蓮のフォローがなければ危うい状況に陥っていたであろう。
一刀達は、狩りのやり方を見直す時期に差し掛かっていたのであった。
仕事が終わった後、雪蓮達の戦闘方法を聞いてみた一刀。
だがそれは、一刀にとってはあまり参考にならなかった。
LV上げという概念がない雪蓮達のやり方は、戦闘方法というよりも迷宮探索術であったからだ。
行ける階まで行き、死なない程度に迷宮内を探って地図を作り、余裕のあるうちに退却する。
雪蓮達にとって敵と戦うということは主目的ではなく、LVアップも副産物に過ぎないのである。
それはトップクラスの迷宮探索者としては正攻法なのであろう。
まずはLV上げをと考える一刀の方が、探索者としては邪道なのである。
邪道とはつまり、近道である。
確かに一刀のやり方であれば、効率的にLV上げが出来る。
なんの制約もない状態でなら、雪蓮に追いつくのも時間の問題であろう。
だが、近道を選ぶものは往々にして経験不足による失態をしでかす。
EXPという意味ではなく、純粋な経験値が足りないのである。
例えばトラップの存在だ。
罠はどういう場所に仕掛けられているのか、罠を回避するにはどうしたらいいのか、罠にかかってしまった時はどう対応すればいいのか。
そういったことは口では説明が出来ないし、説明したとしても実体験をしなければ本当の意味で理解したとは言えないであろう。
(今はまだ地図の存在するフロアだからいいけど……)
この辺も将来的な課題であると、雪蓮の話を心の中にメモする一刀なのであった。
テレポーター設置クエスト最終日を迎えた一刀は、焦りを感じていた。
昨日のLVアップ直後から気づいていたことであったが、LV12に上がった一刀はBF11ではEXPが5,6程度しか貰えなくなっていたのである。
もちろんBF12に行けばまた貰える量も増えるであろうし、LVが上がる毎に下の階に行けるのであればなんの問題ない。
だが問題は、一刀が事実上BF13以降に行けないことであった。
なぜなら一刀には日々の仕事があるからだ。
BF10前後では、テレポーター無しでフロア間を移動するには、道がわかっていても大体2時間程度かかる。
雪蓮のような高LV者のフォローがあれば別だが、本格的な休憩なしでの探索継続可能時間は、個人差もあるが4時間が限界であろう。
ここでいう本格的な休憩とは、敵に襲われない状況で心身共に数時間リラックス出来る状態、という意味である。
もちろん疲労に鈍い一刀だけであれば話は別だが、さすがの一刀でもソロで迷宮内をウロウロしたいとは思わない。
序盤に一刀がソロで活動出来たのは、テレポーター前だったからだ。
他の探索者達で混雑していたおかげで、複数のモンスターを相手にしなくて良かったのである。
一度だけテレポーター前から離れてウロウロしたこともあったが、その時も祭達と出会っていなければ一刀は死んでいただろう。
そもそも序盤戦ではこちらのHPも低いが、敵のHPだって低いのである。
そのため戦闘時間自体も短くて済むが、階層が深くなるにつれて戦闘時間が延びてしまうのは自明の理であろう。
戦闘時間が長いということは、それだけ複数の敵に襲われる可能性が高くなるということである。
(なるほどな、歴戦の剣奴達でもやる気を失うわけだ。さて、どうしたもんか……)
季衣達『優遇組』とは違い、時間的な拘束を受けているのは一刀だけである。
だから最悪の場合、季衣達だけでもLV上げが可能なように一刀とのパーティを解消させれば、少なくとも季衣達には問題がなくなるのかといえば、それも違う。
これも雪蓮に教えて貰った情報であるが、華琳達や雪蓮達が加護を受けた時は、BF17をウロウロ出来る程度の実力があったそうだ。
階層が一緒なのは、祭壇が発見されるまでは華琳達と雪蓮達は共同で迷宮探索に挑んでいたからである。
そうやって交替要員を確保しなければ、テレポーターのない階層を攻略するのは不可能なのだ。
つまり、BF17辺りまで一緒に迷宮探索してくれる仲間が必要なのである。
季衣と流琉を雪蓮達のクランに混ぜてもらうことは、七乃の監視があるために慎重になっている雪蓮に却下される可能性が高い。
そうなれば、雪蓮達のクラン員以外で仲間を探さなければならない。
余りの無理ゲーさに、頭を抱える一刀なのであった。
鬱屈と悩みながらも最終日のテレポーター警備を終え、雪蓮に世話になった礼を言って部屋に戻って熟睡した一刀。
一晩寝てすっきりした頭の中には、既に昨日の悩みに対する結論が出ていた。
(地道にBF11のドロップアイテムを売って、数年間かけて6800貫貯めよう)
取らぬ狸の皮算用であるが、一日20匹のモンスターを倒してドロップアイテム4個前後と考えると、一日平均で10貫稼げる。
一ヶ月にそれを20回行えば200貫、一年で2400貫である。
もちろんその間にも消耗品を使うであろうから、純利益が半分として1200貫。
大雑把な計算なので、警備時の収入やLVアップやテレポーター増設によって期間が短くなるだろうし、七乃の策謀や予期せぬトラブル次第では長くもなるだろうが、この計算方法によれば約6年頑張らなければ目標額に達しないのである。
その間、一刀達が誰一人欠けることなく五体満足で過ごせるかどうか。
これもある意味では賭けに近い。
だが今の一刀にとっては、その選択肢しか存在しないように思われたのである。
それに一刀には大きな希望があった。
(もしかしたらその間に雪蓮の作戦がうまくいって10万貫の余剰金を貰えるかもしれないし、余剰金が出なくても冥琳が必ず借りは返すって言ってたし……)
作戦が成功するかどうかは一刀にはわからない。
だが雪蓮達がギルドの枷から逃れられる可能性は、100%に近いと一刀は考えていた。
雪蓮や冥琳を始めとする彼女達のクラン員の優秀さを知っていたからであろうか。
彼女達の作戦の成功率が高いと思っていたからであろうか。
それらの要素も確かにあったが、一刀が雪蓮達の飛躍に確信を抱いているのには、別の理由があった。
なぜなら雪蓮は、ゲーム雑誌で読んだ主要人物の1人だからである。
発売前情報で紹介されていた程の重要人物が、このままギルドの枷から逃れられないとは思えない。
そして彼女達がギルドの枷から逃れて余裕が出来た時、一刀達が剣奴からの自力脱却が困難な状況であったならば、義理堅そうな彼女達は必ず助けてくれるだろう。
だが仮にそんな未来が一刀達に訪れるとしても、その恩恵を受けるまで一刀達は無事でいなければならない。
具体的にいつまでと示されない以上、一刀に出来ることは慎重に行動することだけである。
(その間に出来るだけイベントを起こさないよう、トラブルに巻き込まれないよう、クエストを発生させないように過ごさないと……)
お金を貯めるよりも、むしろそっちの方が重要だ。
これからは安全第一をモットーに迷宮探索をしよう。
などと考えながら、一刀は食堂に作られた臨時聖堂に向かった。
今日は一刀達にとって10回目の漢女来訪日である。
つまり一刀達が買われてから、2ヶ月半が経ったということだ。
一刀も今回ばかりはドキドキを隠せなかった。
なにしろLV10、11、12と3回分の『贈物』が貰えるはずなのだ。
LVが2ケタになっていたことも、その期待感を膨らませる材料となっていた。
序盤より中盤、中盤より終盤の方が、登場アイテムは高性能になっていくのがRPGの鉄則であるからだ。
(石以外っ! 石以外っ!)
一刀の魂の叫びであった。
そんな一刀の切実な祈りが太祖神に届いたのであろうか。
遂に太祖神は、『幼女贔屓』の汚名を返上するようなアイテムを一刀に授けたのであった。
蝙蝠のマント:防1、回避+3
避弾の額当て:防4、回避+5
回避の腕輪:回避+10
それぞれを装備して性能を確認した一刀は、思わずガッツポーズをした。
回避+18がどのくらいの効果なのかは試してみなければわからないが、数値的には今の回避力が4割増しになるのだから、一刀が期待してしまうのも無理はない。
早く迷宮でその効果を試してみたかった一刀であったが、その前にやることがあった。
七乃にクエスト達成の報告をしに行くことである。
昨日一刀達の後を引き継いだ蓮華達の仕事中に、やっと小屋が完成したのだ。
季衣達を伴って七乃の部屋に向かった一刀。
だが、そこで一刀達を待っていた者は、七乃だけではなかった。
NAME:星
LV:12
HP:189/189
MP:0/0
NAME:稟
LV:11
HP:127/127
MP:125/125
NAME:風
LV:11
HP:102/102
MP:151/151
新たなる美女・少女・幼女の登場に、一刀は波乱の予感を覚えたのであった。
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NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:70/100
EXP:621/3250
称号:幼女アナライザー
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:60
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:26貫300銭