冥琳達の好き勝手な言葉に、若干理不尽なものを感じつつ雪蓮の部屋から出た一刀。
季衣達の部屋に帰る途中、一刀は青銅の飾りのことを考えていた。
(あの時、流琉を驚かすために使わなければ、俺もそのうち転売とか思いついたかもなぁ)
青銅の飾りをあの場で流琉に使用しなければ、雪蓮がその性能に気づくこともなかった。
そうすれば加護を得た後にでも、青銅の飾りにエンチャントする能力を得た、などと言って専売出来る可能性もあったかもしれない。
付与材料にするからと言えば、ギルドと提携して青銅や黄銅の飾りを集めることも出来ただろう。
尤も、誰か1人でもドロップした飾りをそのまま使用すればバレてしまう、という砂上の楼閣のような脆さが欠点ではあったが。
では、雪蓮に利益配分の権利を強硬に主張するべきだったのかと言えば、それもなにか違うんじゃないかと一刀は感じていた。
そもそも雪蓮は、一刀に正直に転売のことを話さなくても良かったのである。
剣奴である一刀には大した伝手もないのだし、一刀が意識して言い触らしでもしない限り、急速に飾りの効果が広まることはないであろう。
仮に一刀がその情報を七乃に売ることを思いついたとしても、そこにはタイムラグが必ず発生する。
渡してしまえば終わりである情報である以上、渡し方も考えなければならないし、渡された方だって効能を確認する作業が必要だからである。
そのタイムラグが、買占めを行う時にどれほど有利になるかは言うまでもないであろう。
つまり雪蓮は、一刀になにも告げずに飾りを集めることも出来たのだ。
そうすることによって不利益が発生するかもしれない可能性よりも、一刀に全てを打ち明けて協力を求めることによって不利益が発生する可能性の方が、どう考えても高い。
現にお人よしの一刀ですら、ちょっと損したかも、などと考えてしまうくらいなのである。
それにも関わらず一刀に誠意を見せた雪蓮に対し、どの面を下げて儲かった分の利益をこちらにも寄こせなどと言えるのか。
しかもギルドに拘束されている一刀は、その作戦に対して金も労力も出せないのである。
確かに一刀が発見に対する見返りをしつこく求めたならば、雪蓮も金を支払ってくれたかもしれない。
だが一刀は、自分や季衣達を何度も助けてくれた雪蓮達に、恩を仇で返すような真似だけは絶対にしたくなかったし、まるでタカリのような情けない真似も出来ればしたくなかった。
美人の前では恰好をつけたいお年頃であったのだ。
(うん、あれで良かったんだよな。雪蓮も嬉しそうだったし……)
このことを知らないまま500銭でギルドショップに売り払っていた可能性もあったのだから、結果としては悪くない。
とりあえず値上がりに備えて、今後取得するであろう青銅の飾りは売らずにキープしておこう、と一刀は飾りの売値が上がるのを楽しみに待つことにしたのであった。
決して計算ずくではなかったが、損して得取れという格言の通り、雪蓮との関係が非常に良好となったことは、一刀にとって計り知れない利益があった。
元々悪くなかった祭や穏、冥琳はもちろん、蓮華以下の面々ともかなり親しくなれたのである。
恐らく雪蓮がクラン員達に一刀をべた褒めした効果なのであろう。
特に蓮華などは、妹の才能を開花させてくれた恩を感じていたせいもあり、一刀とすれ違うたびに微笑を浮かべてくれるようになった。
(連華ってキツそうなイメージだったけど、微笑むと柔らかい雰囲気になるんだなぁ)
一刀も釣られて微笑を浮かべるのだが、傍目には連華の露わになっている下乳に見惚れてにやけているようにしか見えなかった。
そのことがきっかけで季衣や流琉がバストアップ体操を始めるようになるのだが、その成果が出る日は果たして訪れるのであろうか。
当たりの柔らかくなった連華だけではなく、小蓮も更に一刀に懐くようになった。
元気で可愛い妹みたいな存在が出来て、一刀は嬉しかった。
(お金で買えない価値がある……)
どこぞのCMの様なことを考えてしまった一刀なのであった。
BF11での仕事は、テレポーターの警備だけではない。
小屋を建てている人達の警護もそうだし、小屋が完成した後にその警備につく剣奴達がBF11に慣れるまで、フォローをするのも仕事のうちであった。
だがさすがにこの階層に配属される剣奴達は、それこそテレポーターが設置される以前からギルドに所有されていたような歴戦の兵が多く、一刀と同じくらいLVが高かった。
やる気こそない彼等であったが、BF10でゴブリンの放つ魔法にも慣れていた彼等には、一刀のフォローなどまったく必要なかったのであった。
(これだけの実力があって、なんで未だに剣奴に甘んじてるんだろ?)
後ちょっと頑張ってLV上げすれば加護だって得られるだろうし、BF11をソロで戦えるようになれば、ドロップアイテムだってそこそこ美味しい。
1日5匹で1個のアイテムだとしても、1ヶ月で30個集めれば90貫なのである。
1, 2年も頑張れば、その身を買い戻すことも出来るであろう。
(LVの概念がないからか? いや、でもLVが2,3上がれば強くった実感くらい沸くだろうし……)
不思議に思う一刀だったが、その謎はもうすぐ解けることになる。
一刀自身に降りかかってきた、とある問題によって。
剣奴達に気を配りながら、狩りをする一刀達。
頭上から襲い掛かってくるため、剣奴達が気づきにくいキラービーにターゲットを合わせた一刀の視界に、黄色いポインターが現れた。
(おぉ、やっと射撃のスキルが!)
戦闘中に多用するダガーと違って、最初の釣りの時にしか使用しないボウガン。
そのため、ダガーよりもだいぶ熟練度が低かったボウガンであったが、遂に初スキルを獲得したのである。
ドキドキしながらポインター目掛けて矢を放つ一刀。
だがその攻撃を、キラービーはあっさりと回避してしまった。
その時、外れたように見えた矢の軌道が急激に変化した。
そして見事キラービーに命中したのである。
(必中スキル、なのか? って、確認は後だ!)
BF6からお馴染みの敵だったキラービーも、BF11では手強い相手となる。
四方を囲む一刀達に対して、キラービーはその体を大きく震わせた。
するとキラービーの体から鱗粉のようなものが飛び散り、一刀達の体に降りかかったのだ。
「毒よ! 下がって!」
雪蓮の指示に従えたのは、流琉のみであった。
季衣は攻撃を仕掛けている途中であったし、キラービーのヘイトは一刀に向いていたからである。
「ふにゃああぁぁ……」
『反魔』を振りかぶって大きく息を吸いこんでいた季衣が、そのまま崩れ落ちて膝をついた。
以前の一刀であれば、璃々の時のように敵を放って一目散に季衣の元に駆けつけたであろう。
だが、自分の行動如何でパーティ全体が危機に陥ることを既に学んでいた一刀。
季衣のHPの減りを横目で確認した一刀は、毒を喰らった状態のままキラービーに向かって突進した。
仮に一刀が、感情の赴くままに季衣の元に向かってしまった場合、ただでさえ弱っている季衣の元にキラービーを連れて行ってしまうことになったであろう。
ピンチの時こそ冷静な判断を。
今までの数々の失敗は、確実に一刀の血肉となっていたのであった。
一刀がキラービーに向かって突進したため、戦いの場が移った。
その隙に流琉が季衣の元に走り、雪蓮は一刀に追従したのである。
体ごとダガーを突き立てにいった一刀の体当たりで動きを止められたキラービーは、側面に回り込んだ雪蓮によって体を刃で貫かれた。
そして3回ほど痙攣した後、その特徴的な羽音を鳴らすのを永遠に止めたのであった。
「兄様、ごめんなさい! 私も季衣も、毒消しを切らしてました! 兄様は持ってますか?」
「ひぃひゃん、ひゃひゅへへー(兄ちゃん、助けてー)」
「ああ、俺はしばらく使ってなかったからな。ほら、季衣、飲めるか?」
「ひゅりー、ひょひゃひへー(無理ー、飲ませてー)」
探索者をやっている以上、こういったことはよくある。
例えば流琉が脱水症状になった時だって、季衣が口移しで水分を補給させたのだ。
汚い話になるが、迷宮にはトイレすらない。
美幼女はトイレになんて行かない、というのは漫画の世界だけであり、当然催した際には持参した袋に色んなものを出したりもする。
それも、一刀のすぐ傍でだ。
マナーとして背中を向けてはいるが、音や匂いはどうにもならない。
迷宮内でお花を摘みに単独行動なんてありえない以上、それは仕方のないことなのである。
だからと言って、仮に部屋にいる時に自分達が使用中のトイレを一刀に覗かれたとしたら、どんなに一刀を慕っている季衣達でも、一刀のことを軽蔑の眼差しで見てしまうであろう。
要はTPOの問題なのである。
この場合、一刀の持っている毒消しを流琉や雪蓮に渡して彼女達に季衣に飲ませるように頼む、といったようなことは逆に季衣を意識し過ぎな様に見られてしまう。
その方がかえって恥ずかしい思いをしてしまうし、季衣にも恥ずかしい思いをさせてしまうのだ。
ということを、これまでの経験から学んでいた一刀。
出来るだけ意識していないような自然な動作で毒消しを口に含み、季衣に飲ませた。
ちなみに一刀は年齢=彼女いない歴であり、当然ファーストキスもまだであった。
(ノーカン、ノーカン。初めてのキスは伝説の木の下とか、もっとロマンチックな感じで……)
ギャルゲーの名作『ドキドキメモリアル』をやり込んでいた一刀は、かなり夢見がちな17歳なのであった。
「ちょっと一刀。貴方だって鱗粉を浴びてたでしょう。平気なの?」
そう言われて、一刀は自分もバッドステータスであることを思い出した。
状態異常はステータス画面でしか表示されないため、特に余り効果が感じられない麻痺系の毒は、注意していないと気づきにくいのだ。
「あ、自分のことをすっかり忘れてた。毒消し飲まなきゃ……」
「……なんでそれで済むのよ。キラービーの燐粉を吸ったら、普通は季衣みたいに動けなくなるはずだわ。それに貴方って、どれだけ傷を負っても動きが余り変わらないわよね」
「なんか俺、そういうのに鈍いみたいでさ」
「……痛みは体の危険信号なんだから、それが鈍いのなら自分の状態には人一倍気を付けないとダメよ」
「ああ、心配してくれてありがとう、雪蓮」
一刀が雪蓮や季衣達に、こうした自分の特徴や他人のパラメーターが確認出来る特技の詳細を明かさないのは、最初のうちは保身のためであった。
だが、今はその理由も大きく変化していた。
この話を打ち明けた時、なぜ一刀にそんな能力があるのか、と疑問視されるのを恐れているためである。
この世界がゲームであること。
そして彼女達がゲームの登場人物であること。
これだけは彼女達に知られてはならないし、一刀にとっても断じて認められないことなのである。
一刀にとって最早彼女達は、キャラクターなんかではない。
一人一人が個性豊かな人間であり、魅力的な女性であるのだ。
堤防が小さな穴から崩れ出すように、大きな秘密と言うのは些細なことが切っ掛けでバレてしまうものである。
一刀は、この自分の能力を生涯の秘密にしようと決めていたのであった。
それにも関わらず、うっかり小蓮の魔力を指摘してしまい、小蓮の才能を全肯定までした一刀。
『幼女アナライザー』なんて言われているうちは、まだいい。
だが、もし冥琳があの時に茶化したりせず、真剣に自分の能力について探りを入れてきていたら……。
頭脳明晰な彼女のことである。
もしかしたら、一刀の能力に薄々は勘付いていながら、それを話したがらない一刀のために、場を誤魔化してくれたのかもしれない。
そんな冥琳に感謝しつつ、でもまた小蓮の時のような状況になったら後先考えずにやっちゃうかも、と思う自分が嫌いではない一刀なのであった。
【武器スキル】
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
(うーん、デスシザーよりはマシだけど……やっぱ人には言えない名前だよなぁ)
ステータスに増えたスキル名を見て、そう心の中で呟く一刀。
だがデスシザーと違って必殺技を出している感が少なく、また周囲にも必殺技を使っていることが分かり難いため、一刀の心の負担的には良スキルであった。
逆に言うと、今の所はそれしか取り柄がない。
確かに必中は美味しいが、そんなのがなくても2回に1回は命中するし、攻撃力自体は変わらないからである。
そもそも一刀はボウガンを釣りに使用しているため、当たらなくても敵がこちらに気づいてさえくれれば、特に問題はないのだ。
尤も、攻撃力自体は遠隔攻撃の方が近接攻撃より高いため、当たるに越したことはないし、折角高価なアイアンボルトを飛ばしているのだから、それが外れた時にはとても悲しい気持ちになるのだが。
(まぁ、BF11だとデスシザーもまだ使えないんだし、しばらくはホーミングブラストを使っていくか)
己の新たな必殺技を前向きに考える一刀だったが、あることに気がついた。
デスシザーは首筋にポインターが現れるため、発動を避けたければ別の場所を狙えば良い。
だが遠隔攻撃では、ポインターを避けて撃つのは極めて難しい。
ポインターを避けようとするあまり、肝心の命中率が下がってしまう可能性が高いからである。
だからといって、WGが溜まり次第ホーミングブラストを撃ってしまっていては、必要な時にデスシザーが使えなくなり、必殺技の意味が全くなくなってしまう。
その不安は、一刀達が狩りを続けているうちに解消された。
『ポインターを狙う』という意識さえしなければ、必殺技が発動しないことに気づいたのである。
考えてみれば、デスシザーだって首筋のポインターを外した時にもきちんと発動していた。
このことに気づいた一刀は、ほっと溜め息をついた。
(良かった。一瞬地雷スキルかと思った……)
下手をすればボウガンを攻撃の選択肢から外さなくてはならないかとすら考えた一刀は、必殺技の仕様にとても安堵したのであった。
6時間もの間、ずっと他の剣奴達に気を配りながら狩りをすることは、感覚の鈍い一刀でも相当な負担となる。
一刀ですら疲れきってしまうのだから、季衣達には相当辛い状況であろう。
いつも迷宮探索後に行っている反省会など、する気力もない。
季衣達は一刀のマッサージを受けている最中に眠ってしまうほどであり、一刀も2人と自分に毛布を掛けると、すぐに熟睡してしまった。
そのまま明け方までぐっすりと眠りこけていた一刀達。
その部屋に、侵入者が現れたのである。
「おはようございまーす。一刀はよく眠っているようでーす」
小声で呟きながら、こっそりと部屋に侵入する人影。
やがてその人影は、一刀達の眠るキングサイズのベッドに近づいてきた。
「寝たふり、とかじゃないですよねー。ちゅー、んうー……ン、ぴちゃ、ちゅっ。ん、起きてないみたい。舌がお返ししてこなかったもん」
その侵入者は、大胆にも一刀の唇を奪ってしまった。
一体何が目的なのであろうか。
「キスって気持ちいいー、ちろっ、もっとしーちゃおっと」
「んぐっ?! くちゅ、ぷぁうっ、ぷはっ! なんだ?!」
「かーっずと、おっはよー!」
「え? シャオ? キス? え?」
「いやん、一刀ったら照れちゃって、可愛い」
混乱する一刀の唇に、更に小蓮が舌を這わせてくる。
この騒ぎで目が覚めたのであろう、季衣達もベッドから起き上がり、さらに混乱は加速していった。
「むぐっ?! ぷあっ、な、なんで?!」
「んちゅー、ちゅぱっ。それは一刀がシャオのお婿さんになるからでーす。これからは毎日モーニングキッスで一刀を起こしてあげるね!」
「ダメー! 兄ちゃんはボクと流琉のなの!」
「そうです、いくら雪蓮さんの妹さんでも、兄様だけは譲れません!」
「いくら2人がそんなことを言ったって、肝心の一刀はシャオとのキスに夢中なんだもんねー! ほら、ここだってこんなになっちゃってるし」
「うおっ、そんなとこ触るんじゃない! ていうか、男は朝はみんなこうなるの!」
「え、なんでソコがそんなに腫れてるの?! 昨日蜂に刺されちゃったの?! 大変だ、ちゃんと『傷薬』塗らなきゃ! 兄ちゃん早くソレを出してよ!」
「季衣、待って。兄様のソレは、違うの……」
「じゃあ、どうしてそんなに腫れちゃってるの? 流琉はなんでなのか知ってるの?」
「それは、その、おしべとめしべが、ね……」
「一刀、もっとシャオとキスしよっ! ちゅー、ぺろっ、ぴちゃっ、んちゅー」
(の、ノーカン、ノーカン……ノーカン?)
寝起きから元気な子供達とは違って、未だに頭が働いていない一刀なのであった。
**********
NAME:一刀
LV:11
HP:150/150
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2134/3000
称号:幼女アナライザー
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:10
CHR:13
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト
近接攻撃力:57
近接命中率:44
遠隔攻撃力:71
遠隔命中率:43(+3)
物理防御力:42
物理回避力:43
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:26貫300銭