それはテレポーター設置クエストが始まって一昼夜が過ぎた頃、丁度一刀達3班が2度目の順番を終えようとした時だった。
突如として美羽が呻き出したのである。
「くぅ、うぅ、な、七乃、来たのじゃ、七乃ぉ……」
「あぁん美羽様、苦しんでる姿も素敵ですぅ! がんばれ、美羽様ぁ!」
(ああ、蜂蜜の食べ過ぎか……)
一刀がそう思ったのも、無理はない。
なにせ美羽は、この場所に着いてからひたすら蜂蜜を摂取していたのだから。
蜂蜜たっぷりの白パン。
蜂蜜たっぷりの果物。
蜂蜜たっぷりの蜜水。
それらを一日中食べ続け、飲み続けた美羽。
服の上からもわかるくらいに、下腹がぽっこりと膨らんでいた。
(トイレ、どうすんだろ……)
まさか美羽の用足しの後始末も自分達の仕事なのか、と不安に思う一刀。
だが美羽達の次の行動は、一刀の予測を超えていた。
なんと、七乃が美羽の服を脱がせ始めたのだ。
(まさか彼女は、全裸でないと排泄出来ないタイプなのか?!)
都市伝説だとばかり思っていた排便スタイルを目の当たりにした一刀。
すっかり目を逸らすことも忘れて、全裸で踏ん張る美羽を凝視していた。
だがすぐに一刀は、それらが全て自分の勘違いだったことに気がついた。
力み過ぎて汗ばんでいるのかと思った美羽だったが、その汗が奇妙だったのである。
汗にしてはポタポタと垂れないし、なにやら黄金色に輝いているのだ。
どちらかといえばネバネバという擬音が相応しい美羽の汗は、いつしか美羽の毛穴という毛穴から吹き出し、美羽の足元にネチャネチャと溜まっていった。
そして、その汗自体が自らの意思を持っているかのように、ネトネトと動き出した。
やがてその汗は、一刀もよく見慣れたテレポーターへと変化していったのである。
「ふぅ、見よ七乃、この完成度! 妾を一杯褒めるのじゃ!」
「さすが美羽様、グッドジョブですっ! よ、この蜂蜜姫! ネバネバ姫! 可愛いぞっ!」
「わはは、そうじゃろそうじゃろ。……むぅ、それよりも妾は、早く消費した分の蜂蜜を補給したいのじゃ! 七乃、さっさと帰るのじゃ」
「はいはーい! それじゃ雪蓮さん。このテレポーターから人と資材を順次送りますので、後はいつも通りでお願いしますねー」
「わかったわ。お疲れ様」
作りたてのテレポーターから帰還する七乃と美羽を見送った雪蓮は、一刀に話しかけた。
「後は小屋が完成するまで、ここを守り切るだけだわ。さて、それじゃ班編成を変更するわよ」
「打ち合わせ通り、4班制にすれば問題ないよな?」
「どの口がそんなことを言ってるんだか……」
呆れたように一刀に言葉を返す雪蓮。
初回で穏や小蓮に怒られたにも拘らず、今回の順番でも一刀はかなりの無茶をしてしまったのだ。
最初は自制しようとした一刀だったが、LV10に上がってもEXPが30前後貰え、しかも命の危険がほとんどないという条件は、どちらかと言えば効率厨ゲーマーな一刀にとって、どうしても見逃すことの出来ない美味しさだったのである。
打ち合わせでは雪蓮、冥琳、祭、穏がそれぞれ班を率いて、6時間交代にするつもりだったため、穏の率いる3班の編成は変更しない予定であった。
だが、今までフォローしてくれていた雪蓮達もいなくなる上に、2時間の延長となる。
下手に無茶をされると、いくら穏でも1人では対処し切れない可能性があると雪蓮は考えていたのだ。
一刀の人柄も実力もそれなりに買っていた雪蓮であったが、可愛い妹である小蓮の命を無条件に預けられる程にはまだ信頼していなかった。
「貴方達のパーティと私で1班にするわよ。貴方は自分が面倒を見なきゃいけない存在がいないと、すぐに無茶をして早死にしそうなタイプに見えるしね。あの子達に貴方のストッパーになって貰わないと不安だわ」
「……いや、本当にスマン」
「まぁ、私なら穏より体力もあるし、多少の無茶は平気よ。1班だけ2人編成になるけど、冥琳と蓮華にすれば問題ないでしょ」
「よろしく頼むよ、雪蓮」
「ふふ、貴方の戦いぶりを間近で見せて貰うわ、一刀」
オークの上位種族・ハイオークは、一刀が射た矢を杖で弾いた。
そして逃げる一刀の背中に向け、お返しとばかりに魔術の矢を放った。
ハイオークが杖を装備していた時点で、魔術を使ってくるとわかっていた一刀。
頃合いを見計らい、全身を投げ出すようにして地に伏せた。
そのタイミングは、早すぎてもダメだし遅すぎてもダメである。
さんざん連戦してこの階層の敵の習性を大体把握していた一刀であればこそ見抜けた絶妙のタイミングがあってこその回避方法であり、その狙い通りに背中すれすれに魔術の矢が通り過ぎた。
素早く起き上がり、更に逃げる一刀。
それを追いかけながら、更なる詠唱を紡ごうとするハイオークの口に、2種類の鈍器が叩きつけられた。
飛び出してきた季衣と流琉の攻撃である。
一刀から2人にターゲットを移したハイオークだったが、その生涯最後の戦いを、彼はずっと3対1だと思っていたはずである。
なぜなら、ハイオークがいつの間にか背後に回り込んでいた雪蓮と目が合った時、その首から下は切り離され、既に地に倒れ伏していたからであった。
「ふぅ、魔術系モンスターが、やっぱり一番辛いなぁ」
「でも作戦は上手くいきましたね。兄様が引き付け、私達が囮をして雪蓮様が不意打ち。前の戦いで、いつも通りに兄様が拠点に引っ張って来るのを待っていたら、敵が離れた所からずっと魔術で攻撃してきた時にはどうしようかと思いました」
「近づいて来ないなんて、ずるっこだよねー」
「それよりも3人共、さっさとテレポーター前に戻るわよ。守るべきテレポーターからいつまでも離れているわけにはいなかいんだから」
「ああ、このドロップアイテムを拾ったら、すぐに行くよ」
「あら、聞いてなかったの? この依頼中は消耗品が支給される代わりに、ドロップ品は全てギルドの物なのよ。拾ったって無意味だわ」
「なんだって?! ……どおりで七乃の気前が良過ぎると思ったんだ」
「たぶん私達のクランに対するギルドの嫌がらせよ。巻き込んじゃって悪かったわね」
雪蓮の意味深な言葉。
だがその言葉は、アイテム品没収のショックを受けている一刀の耳には入らなかった。
「……それでも俺は拾うんだ! 世界に輝けMOTTAINAI!」
「そ、そう。まぁ、頑張って……」
一刀の傍からそそくさと離れる雪蓮。
今の会話をなかったことにしたかったようで、今度は流琉へと話し掛けた。
「ところで流琉、私のことは雪蓮でいいわよ」
「いえ、そんな」
「様付けなんて、私悲しいわ」
「え、え、えーと、それじゃ、雪蓮さんで」
などと微笑ましい会話をしている彼女達の声を聞きながら、ハイオークの落としたドロップアイテムを拾う一刀。
それは、桃香と出会うきっかけになった、短剣を模した青銅の飾りであった。
この階から出現する敵のドロップ品は、雪蓮によると大体2、3貫で売却出来るアイテムだそうなのだがこれだけは500銭でしか売れず、他と比べてかなり見劣りがする。
しかも、他のアイテムは出す敵が決まっているのに対して、この飾りだけはこの階から出現するどのモンスターからでもドロップするのだ。
時には他のアイテムと同時に出現することもあり、必然的に飾りの取得率は高いものになる。
そんなに飾りが大量にあっても仕方ないだろうに、なぜギルドショップは買い取りをしてくれるのか。
雪蓮曰く、ギルドショップで買い取られたそれらは町の廃材屋で溶かされ、良質のブロンズインゴッドへと姿を変えていくのだそうだ。
そしてそのインゴッドで作られたブロンズシリーズは、一刀が以前使っていた本当にブロンズかどうかも怪しげな凡百の品物ではなく、ハイクオリティな商品として一般品の数倍で売られているのである。
それにしても、妙に不思議な感じのするアイテムであった。
(絶対になんかあると思うんだけどなぁ……)
手に持った飾りをいじりながら、雪蓮達に合流する一刀なのであった。
LVの低い季衣達がいるため、多少ゆっくり目のペースで狩りを続けていた一刀達。
それでもBF11という階層であるため、一刀はLV11になり、そして季衣達はLV9を通り越してLV10まで上がっていた。
改めてパワーレベリングの凄さを実感する一刀。
だが、敵の攻撃をほとんど雪蓮に押し付けていたとはいえ、一刀達のLVが低いために、たまに貰う1撃のダメージは大きい。
魔術師のいないこのパーティではHP回復手段はアイテムに頼るしかなく、甘ったるい『回復薬2』を飲む量が増えていたのであった。
『回復薬』ではHPが30しか回復せず、一刀達はLV8位の頃から1個200銭の『回復薬2』を使用していた。
自分のHP回復をギリギリまで我慢して回復量を確認した結果、10倍の値段の割にはHPが70しか回復しないことが判明して、ぼったくりだと思った一刀。
だが、特にダメージを受けやすい一刀と流琉にとって、時として連続で飲まなければHPが全快しない『回復薬』は辛かった。
泣く泣く高い金を払って、薬を『回復薬2』に切り替えたのであった。
その『回復薬2』を使用しているにも関わらず、飲む量が多過ぎてお腹がタプタプになっていた一刀と流琉。
自分はともかく、また流琉に脱水症状で倒れられては堪らないと考えた一刀は、ふと手に持っていた短剣の飾りの使い方に思い当たった。
(そういえば、今まで『回復薬』がドロップしたのなんか、見たことがない……。もしかして、こいつが回復アイテムなんじゃないか?)
テレポーターがなくなるこの階層からドロップし出すこと。
そして、その取得率が高いこと。
探索者の中で魔術師の数が圧倒的に少ないこと。
ゲームバランス的に考えて、敵のドロップに回復系のアイテムが混ざっていても不思議ではない。
一刀は、物は試しと自分の腕に短剣の飾りを突き立てたのであった。
「あぐぅ!」
斧を振るうワーウルフの膂力に押し負け、受け止めた『葉々』ごと弾き飛ばされた流琉。
そんな流琉を受け止めて、追撃しようとするワーウルフの鼻面にダガーを突き出す一刀だったが、その攻撃はなんと、その鋭い牙によって止められてしまった。
武器の自由を奪われた一刀に、ワーウルフの斧が襲い掛かる。
とっさにダガーを手放してしゃがみ込み、その攻撃を回避した一刀であったが、一度崩れた態勢は簡単には戻せない。
2度、3度と振るわれる斧に対し、そのまま這いずり転がって避ける一刀。
無手の一刀は無力であり、もう数瞬もすればその身に斧の刃が喰い込むことは間違いなかったであろう。
しかし、一刀は1人で戦っているわけではない。
「このぉ! 兄ちゃんに何するんだー!」
季衣が『反魔』を投げつけ、ワーウルフがそれに気を取られた隙に立ち上がる一刀。
相変わらず無手なのは変わりないが、それでも一刀は迷うことなく今度はワーウルフに足払いを仕掛けた。
仮に格闘スキルというものがあるならば、一刀は熟練度が0に近い値なのだろう。
筋肉の塊のようなワーウルフの足をよろめかせることも出来ず、一刀は逆に跳ね飛ばされてしまった。
だが、一刀の狙いはダメージを与えることではなく、注意を引くことであった。
ワンパターンとは、確立された手段であるからこその定石なのである。
完全に一刀達に気を取られていたワーウルフは、背後からの雪蓮の1撃に為す術もなく、唐竹割りに頭から両断されたのであった。
「あん、兄様! なにするんですか!」
流琉の反応は、当然のことであった。
なにしろ、もう何十本目になるかわからない『回復薬2』を嫌そうに手に持っていた流琉に、一刀が突然アイテムの短剣飾りを突き立ててきたのだから。
いくら短剣を模した飾りだとはいえ、突き立てれば怪我をするくらいにはその切っ先は鋭かった。
「ちょっと兄ちゃん! 冗談でもやっていいことと、いけないことがあるんだよ!」
「うぅ、兄様、酷いです。痛ぁ……く、ない?!」
「それどころか、受けたダメージが回復しただろ? さっきこのことに気づいたんだよ。それで、ちょっと驚かそうと思ってな。ゴメンゴメン」
一刀が確認したところ、どうやら『回復薬2』と同じ効果があるようだった。
そして特筆すべきは、消耗品アイテムではあるのだが、複数回使用出来ることである。
2つほど試してみたところ、5回目と8回目でそれぞれ消失してしまったことから、ランダムで壊れるタイプのアイテムであるらしい。
「これで『回復薬2』をガブ飲みしなくても済むな。尤も、こいつはギルドショップで販売してないらしいから、ドロップ品を集める必要があるけど」
「う、嬉しいです! 最近体臭が乳酸菌っぽくなってきてて、乙女としてこれってどうなのって悩んでたんですよ」
「うん? どれどれ?」
「きゃ、兄様、今はダメですよ。汗を一杯かいちゃってて、汚いし……」
「流琉ばっかりずるいよ、兄ちゃん! ボクもボクもー!」
などと戯れている一刀達と、なにやら真剣に考え込んでいる雪蓮。
やがて自分の中で整理がついたのであろう、突然雪蓮は一刀に向かって頭を下げた。
「一刀、頼みがあるの。このアイテムのことは誰にも言わないで欲しいのよ。そして出来れば、しばらくは使用も控えて欲しいわ」
「他ならぬ雪蓮の頼みだし、OKしてもいいんだけど……。理由は教えてくれるのか?」
「もちろんよ。長い話になるけど、貴方には私達の事情も含めて全てを知って貰いたいし」
「それじゃ、後ちょっとで交替の時間だし、話はその時にするか」
漢帝国が大軍を率いて迷宮制覇に乗り出した時、その軍の将の1人が雪蓮の母であった。
パーティにとっては十分なスペースのある迷宮も、数万を超す大軍にとっては狭くて身動きの取れない死地となる。
迷宮探索は序盤から困難の連続であった。
序盤戦の反省から、部隊を何千かに小分けして順次迷宮に送り込むことにより、行動の自由をようやく確保した漢帝国軍。
だがそれでも地下に行くほどに敵は強くなり、途中からはトラップが出現したこともあり、1部隊、また1部隊と漢帝国軍はその数を減らしていった。
「特にBF16以降は、驚くほど敵が強くなるの。ずっと疑問視されてきたのだけど、華琳ちゃんのお陰でその謎が解けたのよ、約1年前に」
「1年前……。ああ、祭壇はBF15にあったってことか。BF16以降は加護を受けていることが前提の敵の強さだったんだな」
「その通りよ。BF15にあった祭壇へ続く扉自体は、華琳ちゃんが発見する以前からその存在を認識されていたわ。『帰らずの扉』としてね」
一度入ったら二度と出られない、という意味である。
太祖神の宣託に『扉を開けよ』という言葉があったことから、漢帝国軍はもちろん、探索者達も次々に扉の中に入っていったのだが、帰ってきた者は誰もいなかった。
そして、いつしかその扉の存在は無視され、BF16以降へと迷宮探索が進められるようになっていたのである。
華琳達が初めての帰還者となるまでは。
「あれ? ちょっと待ってくれ。ということは、BF15の祭壇を無視してもBF16にはいけるのか?」
「そうよ」
それはゲームとしてどうなんだと思う一刀。
そんな一刀に構わず、雪蓮は話を続けた。
「これは話の本筋から外れるけど、いい機会だから教えておくわ。『帰らずの扉』は『試練の部屋』に繋がっていて、奥に『祭壇の間』へと続く扉があるの。そしてその扉を、あるモンスターが守っているわ。一度祭壇に立った者は二度と『試練の部屋』には入れない。どういう仕組みなのか、『帰らずの扉』から直接『祭壇の間』に繋がってしまうのよ。そして『試練の部屋』に一度入ってしまうと、そこのモンスターを倒さない限り『帰らずの扉』は開かない」
「つまりそのモンスターとは加護を受けていない探索者だけしか戦えないし、戦い始めたら逃げられないってことか」
「そう、しかも戦うメンバーは一度で入らないといけないのよ。一度閉まった扉をすぐに開けて入っても前に入ったメンバーとは合流出来ないし、それぞれが別のモンスターと戦うことになってしまうの。つまり同じ扉から入っているはずなのに、『試練の部屋』はその時々によって変わるし、倒すべきモンスターすら違うのよ」
「うわ、それじゃ敵の傾向もわからないし対策も練ることが出来ないのか。それは厳しいな。ちなみに雪蓮の時は、どんなモンスターだったんだ?」
「火を吐く巨大な鳥だったわ。私、冥琳、祭、穏と、全然戦いもしなかった七乃と美羽の6人で入ったんだけど、お陰で大苦戦よ」
「それは……お気の毒に……」
仮に華琳より前に大神官が扉に入っていたとしたら、祭壇の発見という栄光は彼が受け取っていたであろう。
だが彼は『帰らずの扉』とBF16へ続く階段を見比べ、俺のゴッドウェイドーで迷宮に潜むモンスター達の心の闇を治療してやる、と迷わずBF16への階段を選択したのであった。
ところで、ソロで地下深くまで潜っていた彼は、休息や睡眠を必要としなかったのであろうか。
「ゴッドウェイドーなのよ……」
「ゴッドウェイドーなのか……」
BF16以降で大苦戦を強いられた漢帝国軍。
だが、それでも数の利は軍にあった。
兵の大半を犠牲にしながらも、遂に漢帝国軍はBF30まで辿り着いた。
そして、その後に彼等を見た者はいなかったのであった。
「唯一、BF30の扉で引き返すことを主張した母の率いた部隊を除いてね」
「それで、お母さんは?」
「……隊の幹部達と一緒に敵前逃亡の罪で処刑されたわ。でも、数万の大軍を失った責任は、母や幹部達の命だけでは購えなかった。母の子である私達にも罪が及んだわ。母の汚名を晴らせと、強制的に探索者にさせられたのよ。処刑の代わりにと、探索者ギルド預かりの身分になってね。将軍の娘ということで一応身分は奴隷じゃないけど、同じようなものだわ」
迷宮を制覇するまで、ギルドで飼い殺しの立場となった雪蓮達。
それどころか、例え迷宮を制覇しても今のままでは用済みとして処分されかねない。
雪蓮の母に恩のある祭達も、一蓮托生の思いで雪蓮とクランを組んでいた。
そんな雪蓮にとって唯一の救いは、欲深い漢帝国の皇帝が決めた律法である。
金儲けという、皇帝にあるまじき趣味の持ち主である皇帝は、官職を金銭で買えるシステムを作り出したのだ。
洛陽の自治権を買い取った麗羽の例も、その延長上にある。
「そして、罪すらも金銭で購えるのよ。お金さえ払えば、飼い殺しの身分から脱却出来るの」
「聞くのが怖いけど……いくらなんだ?」
「クランごとギルドから抜けるのに、10万貫」
一刀が800貫、季衣と流琉もそれぞれ3000貫で己の身を買い戻せる自分達とは、3ケタも違うその金額。
その絶望的な金額を目の前にしても諦めない雪蓮に、一刀は尊敬の念を覚えた。
「つまり、私達は出来る限りお金を稼ぎたいの。ここでようやく、話がさっきの短剣に繋がるのよ」
「ここまでの話で理解したよ。今のうちに町で販売されている分やギルドショップに持ち込まれようとしている分を買い占めておいて、効果を公表して値上がりと共に捌くってことだろ?」
「そうよ。青銅のものなら、評価額は多分5貫前後は行くわね。今は1個1貫だから、大体投資額の5倍になって戻ってくるわ。そして重要なのが、同じような飾りで黄銅の物があるということよ。これはもっと下の階でドロップするんだけど、おそらく上位の体力回復か、もしくは精神力の回復、つまり『秘薬』と同じ効果だと思われるわ。それも今の評価額は1貫なんだけど、そっちはうまくいけば10貫になるか20貫になるか……」
「……俺の知らなかった黄銅の物の存在を教えてくれたのが、雪蓮の誠意ってことか?」
「そうよ。正直に言えば、純利益の何割かを一刀に渡すべきだと思ってる。でも私達が数年を掛けて、1万貫を貯めるのがやっとだったの。ギルドの邪魔も、だんだんと酷くなってきているわ。このチャンスをモノにしないと、私達に浮かび上がる芽はないと思う。ギリギリの勝負になるかもしれない。だから、申し訳ないけど利益配分の約束は出来ない。もちろん10万貫を超えた分は、全て渡すと約束するわ。我ながら勝手な言い草だと思うけど、それで手を打って欲しいのよ」
「否も応もないよ。俺はただ、短剣の効果を発見しただけだ。それで転売を思いついたのは雪蓮だし、買い占める資金があるのも雪蓮なんだ。俺になにひとつ遠慮することなんてない。それに俺達じゃ、外に出られないから買いにすらいけないしな。雪蓮は、こうやって全てを話すことで誠意を見せてくれたし、俺達の恩人でもある。俺達にはこのことを内緒にしておくこと位しか出来ないけど、雪蓮達の作戦がうまくいくように祈ってるよ」
LVを上げていれば、そのうち自分達の身を買い戻せるだろうと漠然と考えていた一刀。
自分も雪蓮を見習って、ちゃんとした方針を立てなければと思った一刀なのであった。
「かーっずと! ドーン!」
雪蓮の部屋から出ようとした一刀に、交通事故のような衝撃が襲い掛かってきた。
一刀が出会った時とは、似ても似つかないほど明るくなった小蓮の仕業であった。
「ぐあっ! 痛ててて、またずいぶんとご機嫌だな。どうしたんだ?」
「お姉ちゃんに言いに来たの! シャオ、魔術が使えるんだよ! 一刀の言う通りだったの!」
興奮し過ぎて文脈のおかしい小蓮の言葉を、一緒に入ってきた冥琳がフォローした。
「一刀が、小蓮には魔力があると言い出してな。ダメで元々だと思って華琳に『吸魔』を掛けて貰いに行ったんだが、一刀の見抜いた通り『吸魔』が小蓮に反応したんだ」
「え?! 凄いじゃないシャオ! 一刀、なんで分かったのよ?」
「当然だよお姉ちゃん、一刀は『幼女ブリーダー』なんだもん!」
「いや、その呼び方は正しくない。幼女の全てを解析出来る一刀は、『幼女アナライザー』と呼ぶのが相応しいだろう」
「……凄い異名ね、それ。一刀は巨乳に弱いと思ってたんだけど、勘違いだったのかしら」
「恐らくは、自分の弱点を克服しようと思って、我々の胸を凝視していたのだろう。一種の修行だったんだ。きっと幼女のことであれば修行なんて必要なしに、なんでもわかるのだろう」
「いやーん、一刀ってばもしかして、シャオのスリーサイズとかも一目でわかっちゃうの?」
「うむ、『幼女アナライザー』一刀であれば、そんなことは朝飯前だ」
その余りの展開に、まったくついていけなかった一刀。
特に好き勝手なことを言っている冥琳が、最も性質が悪かった。
(スリーサイズは、誰が見てもペタンストンツルンだろう……)
一刀は、姦しい3人の様子を呆然と眺めることしか出来なかったのであった。
**********
NAME:一刀
LV:11
HP:150/150
MP:0/0
WG:100/100
EXP:1562/3000
称号:幼女アナライザー
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:10
CHR:13
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト
近接攻撃力:57
近接命中率:44
遠隔攻撃力:71
遠隔命中率:43(+3)
物理防御力:42
物理回避力:43
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
所持金:26貫300銭