「一刀さんは、璃々ちゃんを加護が受けられるようになるまで育てられなかった、という残念な結果に終わった訳ですが……。まぁ、これは不可抗力ですね。一応依頼達成ということにしておきます」
そう言って、七乃は気前良く報酬の100貫を一刀に渡した。
安い奴隷であれば購入出来るくらいの金額であっても、七乃にとっては大した額ではない。
こんな端金を値切って一刀の心証を悪くするよりも、素直に払ってこれからもギルドの利益のために頑張ってもらった方が、よっぽど得であるという計算が働いたのだ。
だが、七乃にとっては端金でも一刀にとっては大金である。
100枚の金貨の重みに、思わずにんまりとしてしまう一刀なのであった。
地道に『蜂蜜』クエをやってれば、100貫くらいすぐであろうと思うかもしれない。
だが、実際にそれを行うのは極めて難しい。
まずドロップ率の問題がある。
一刀の今までの経験則からいくと、アイテムのドロップ率は10%~20%程度である。
つまり、最低でも500匹のキラービーを倒さなければ、100貫に届かないのだ。
一日2時間で20匹倒したとしても、大体1ヶ月程かかる計算になる。
次に狩場の問題である。
テレポーターが設置してある場所は、どこもそれなりの広さがあるため、そこを拠点にすればキラービーのみを選んで倒すことは可能である。
実力を隠していた頃は、あえてBF6以降のテレポーター前を避けていた一刀だったが、今はそんなことを気にする必要はないため、そこを拠点にすること自体は出来る。
だが、いくら新しいボウガンになったとはいえ、今までの一刀にはキラービーを1撃で倒すのは不可能であった。
そうなると、他の剣奴や探索者による横殴りの問題が出てくるのである。
ドロップアイテムの権利争いは、剣奴同士であればともかく、探索者が相手では剣奴である一刀達には分が悪い。
時には横殴りされていないにも関わらず、ドロップアイテムを持っていかれることすらあったのだ。
狩り効率の問題もあって、あえてテレポーター前以外の拠点を選んでいた一刀。
だが、自分達しかいないのに広い場所を拠点に選ぶのは、自殺行為である。
そうなると必然的に、後ろから襲われる心配がなく敵の数自体も少なそうな、狭い場所を拠点とせざるを得ないのであるが、そうすると今度は敵を選ぶことが出来なくなるのだ。
つまり、一刀が低LV剣奴であるうちは、『蜂蜜』クエで一攫千金というのは絵空事に近いことなのであった。
季衣達と相談して、10貫をパーティの財布に、30貫を各自にと報酬を分けた一刀。
暖かい懐は心が豊かにする効果があるのだろうか。
一刀も季衣達も、溢れんばかりの笑顔であった。
とはいえ、金はあっても外に出られない一刀達、貯蓄するかギルドショップで散財するかの2択である。
そして、高LVになれば今とは比べものにならないほど収入が増えるため、低LVのうちの貯蓄はあまり意味がないことを祭から聞いていた一刀達は、迷うことなく後者を選択したのであった。
一刀は、この30貫で季衣に贈り物をするつもりだった。
なぜなら、季衣にレザーベストを貰ったまま、何も返せずにいたからである。
それどころか普段から、破れたレザーベストやレザーズボンを繕うことまでして貰っているのだ。
時にはドロップアイテムである『とかげの皮』まで使って一刀のレザーベストを手入れしてくれている季衣。
せめて『とかげの皮』の代金だけでも、と一刀が支払おうとするお金も季衣は断固として受け付けない。
今までのお礼と感謝の気持ちを表す絶好の機会だと張り切った一刀。
女の子へのプレゼントなんだしアクセサリー系が無難であろうと、一刀は季衣に似合いそうで性能の優れているアイテムを探し始めたのであった。
ギルドショップは、剣奴用と一般探索者用とで場所が別々ではあるものの、品揃え自体は同じである。
従って、剣奴が見向きもしないようなアクセサリー類も、そこそこには置いてある。
ネックレスを手に取り、腕輪を装備しては、ああでもないこうでもないと品物を漁る一刀。
アクセサリー類は、迷宮から持ち帰られたアイテムがほとんどである。
深い階層のモンスターからのドロップアイテムや、時折ランダムにポップする宝箱の中身なのだ。
そのため、サイズが全て揃っているわけではない。
それでもサイズ違いの同じアクセサリーが結構あり、一刀は装備して性能を確認することが出来たのである。
『パワーリスト』:近接攻撃+2
『ウイングペンダント』:近接命中率+1、物理回避率+1
『テクニカルイヤリング』:近接命中率+2
3つとも、5貫均一の品物の中から一刀が見つけ出したものである。
5貫といえば、先日ようやく手に入れたアイアンダガーと同額であったが、それより安いアイテムで良さそうなものが確認出来なかったのだ。
銀細工の髪飾りを5貫均一の中から見つけた時には、一瞬だけ大喜びしてその後で憤慨した。
『耐魔の髪飾り』:魔法防御率+1%
この髪飾りを周囲の目を気にしながら装備した時、一刀のステータスに魔法防御率のパラメーターが増えたのである。
これから魔術を使用してくる敵も増えてくるだろう今、このアイテムは理想的なように思えた。
だが、よくよく見てみると“1%”なのである。
(100ダメージを喰らったのが、99ダメージになるだけかよっ!)
一刀は、『耐魔の髪飾り』を投げ捨てるようにして5貫均一の中に戻した。
そしてギルドショップの店員に睨みつけられて、へこへこと平謝りしたのであった。
「季衣、レザーベストのお礼に、アクセサリーをプレゼントしたいんだ。ちょっとこっちに来てくれ」
「え、本当?! 兄ちゃん、ありがとー!」
「んじゃ、これを順番につけてってくれ」
「んっと、リストバンドと、ペンダントと、イヤリング。……兄ちゃん、指輪は?」
「いいのがなかった!」
嘘であった。
実際には、ステータス補正のある指輪を見つけていたのだ。
『タクティカルリング』:DEX+1、AGI+1
だが、一刀の考察ではステータス補正よりも攻撃力や命中率補正のアイテムの方が、効果は高いはずであった。
なによりも一刀は、女の子に軽々しく指輪をプレゼントすることの危険性を、既に身を持って学んでいたのだ。
「こ、このペンダントなんか、季衣に似合ってて可愛いぞ。うん、これがいい、そうしよう、店員さーん、これ下さーい!」
「あ、ちょっと、兄ちゃん、なんか誤魔化してないー?」
なんだかんだと言いつつも、季衣は一刀からプレゼントを貰えるのがよほど嬉しかったらしい。
「兄ちゃん、ボク、これ大切にするね。ずっとずっと大事に使うよ」
「あ、ああ。気に入ってくれたようで、俺も嬉しいよ」
大仰な季衣の反応に、少しだけ戸惑う一刀。
自分が懐かれているのは知っていたが、この反応はなにか違う。
(もしかして、季衣は俺のことが……)
特別に鈍感と言うわけではない一刀は、ようやく季衣の気持ちに気が付き始めたのであった。
季衣へのプレゼントを購入しても、まだ35貫の金を持っていた一刀。
だが、もちろんそれを全て使うわけにはいかない。
痛んだ武器や防具の整備や買い替えや日常生活品の購入資金など、今までは自転車操業だった遣り繰りも、お金に余裕の出来た今だからこそ別資金として積み立てておく必要がある。
最低でも10貫は残さねばならないと考えた一刀。
だが、逆に言えば残りの25貫は自由に使えるのである。
ブロンズボルト:20銭
アイアンボルト:100銭
1週間で大体200本前後の矢を使用する一刀にとって、100本10貫の消耗品は痛すぎるし、今の収入では永続的に使用出来ないこともわかっていた。
それでも一刀は、ブロンズシリーズを卒業したかったのだ。
(火力は浪漫じゃけぇ……)
一刀は、遂に自分の念願を果たしたのであった。
部屋に戻った一刀と季衣が見たもの。
それは部屋の半分を塞ぐ巨大なベッドと、その上でふかふか感を楽しんでいる流琉の姿であった。
どうやって運び入れたのか。
ギルドショップのどこにそんなものが売っていたのか。
今までの備え付けベッドはどこにやったのか。
頭の中が疑問符で一杯の一刀と季衣に向かって、流琉が胸を張って自慢した。
「あ、お帰りなさい、兄様、季衣。30貫もあったから、つい衝動買いしちゃったよ。でもこれ、凄いでしょ!」
「……ああ、凄いな」
「……うん、凄いね」
3人で寝る気マンマンなのかとか、借金はちゃんと返したのかとか、そういう疑問が些細なことのように思えた一刀。
季衣から向けられている恋心らしきもの。
自分自身の流琉に向けた淡い思い。
ゲーム世界で恋愛することへの不安。
そんな一刀の葛藤も、一瞬で吹っ飛んだ。
どうでも良くなったわけではない。
なんだか非常に楽しくなってきたのである。
最高にハイってやつであった。
「そら、季衣。しっかり捕まってろよ」
「え? え?」
「そりゃっ!」
季衣を抱き抱え、豪快にベッドへダイブする一刀。
ボスンっとキングサイズのベッドが一刀達を受け止め、反動で流琉が跳ね上がり、一刀の腹の上に転がってきた。
「ひゃう! 兄ちゃん、なにすんだよー!」
「もう、やりましたね、兄様! お返しです!」
一刀の上に乗っかったまま、脇腹を擽り始める流琉。
季衣も楽しくなってきたのだろう、流琉を真似て一刀を擽ってきた。
一刀も季衣と流琉に反撃し、大笑いしながらふざけ合う3人。
こんな平和な日が、ずっと続けばいいのにと思う一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:9
HP:124/124
MP:0/0
WG:65/100
EXP:32/2500
称号:幼女ブリーダー
STR:10
DEX:14
VIT:10
AGI:12
INT:12
MND:8
CHR:11
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト
近接攻撃力:50
近接命中率:37
遠隔攻撃力:64
遠隔命中率:36(+3)
物理防御力:39
物理回避力:36
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
所持金:26貫300銭