「よし、それじゃ今日の反省会を始めるぞ」
「はーい!」
「はいぃぃあうぅ、兄様、そこ、いいですぅぅううふぅ」
流琉が倒れてから2日の休みを挟んで、一刀達は戦い方の試行錯誤を繰り返しながらBF6でのLV上げに励んでいた。
そして探索後には、2人の部屋で流琉にマッサージを施しながら、その日の戦闘について話し合うのもいつの間にか習慣となっていたのである。
ゲームで攻略に詰った時は、人に聞いたり攻略サイトを見れば全てが解決した。
だが、ゲームでありリアルでもあるこの世界には、正解などない。
辛い奴隷生活の日々の中で、一刀は無意識の内にそのことを理解していたのであろう。
祭などに「自分達はどうすればいいのか?」と聞く前に、まずは自分達で色々試してみようと挑戦していたのであった。
「今日の敵に対する位置取りは、この3日間で一番良かったと俺は思うんだけど、どうだ?」
「はふぃー、私も、そうぅぅぅ、あ、そこぉ、そう思いまひゅぅ」
「ボクも、今日は凄く戦いやすかったよ」
「じゃあ決まりだな。流琉と俺で敵を挟むようにして、季衣は俺の後ろ、と」
ベッドにうつ伏せになった流琉の腰から手を放し、一刀は彼女の足裏に手を伸ばした。
「まとめるぞ。敵が流琉の方を向いてる時は、流琉は防御に専念して季衣が攻撃、敵が季衣に襲いかかったら俺が守りに入って、流琉が攻撃。季衣は俺の後ろでチャンスを待つ。これでいいな?」
「いいいいいですぅ、ナップ!」
「でも、兄ちゃんが守ってくれてる時に、ボクが側面に回り込んで攻撃した方がいいんじゃない?」
「それだと季衣に敵の攻撃が移った時がまずいんだよ。季衣は装備も薄手だし、武器も敵の攻撃を受けるのには不向きな形状だから、自力で身を守るのはきついだろ? それに力のある季衣にはアタッカー役に専念してもらいたいし。そうなると、季衣に攻撃が移った時には俺か流琉が側面に移動して季衣を守らなきゃならないんだが、流琉が初回にあれだけダメージを受けたのも、側面の俺や季衣まで無理に守ろうと移動しながら防御してたせいもあるんだよ。俺もそこまでの技術はないし、守り側の負担を考えるとなぁ……流琉はどう思う?」
「ナップ! ナあああぁぁップ!」
「……痛いのか気持ちいいのか、全然わかんないよ、流琉」
「い、痛気持ちいいの……ナップ!」
全身鎧を着用して挑んだ初日はどうなることかと思った流琉であったが、よくよく話し合ってみると、完全に装備が向いていなかったことがわかった。
身長の低い流琉では、兜を被ると敵からの攻撃がほとんど死角に入ってしまうのである。
また、盾も重量的には問題なかったものの、その大きさが体格に合っておらず、非常に扱い難かったらしい。
そこで、兜を外して盾と剣も売り払い、以前使用していた鈍器の柄の部分を外して鎖を取り付け、攻撃の時は鎖を持って遠心力を利用して敵を痛打し、守りの時は鈍器を両手で持って敵の攻撃を防ぐ、という方法に変更した。
流琉にとって鈍器は扱い易かったらしく、器用に鎖を操って鈍器に巻きつけるようにして引き寄せ、己の身を守っていた。
「なんか、ヨーヨーみたいだな」
「よーよー? なんだかわからないけど、可愛い響きですね。祭さんの『多幻双弓』みたいに、私も名前を付けてあげようと思ってたんですけど、それ貰いますね。この武器は『葉々』って呼ぶことにします」
「ほら、流琉。マッサージ終わりだ。次は季衣、おいで。それにしても流琉、装備を変えて動きがよくなったのはいいけど、全身鎧を新調したばかりで武器の改造だなんて、よくそんな金があったな」
「ふひぃ。あ、はい、もちろんないですよ。全身鎧だってお金がなくて、アイアンインゴッド20個と交換でって話をつけたんですが、それもまだ5個しか納めてないですし。今回のは盾と剣と兜と引き換えに改造して貰ったんです。本当は他の防具も涼しいのを新調したかったんですが、さすがに前の分が未払いなのでダメでした。だから他の防具は『贈物』で頂けないかと、毎晩お祈りしてるんです。って、あれ? 兄様?」
あっけらかんと自分の借金事情を話す流琉に、一刀は愕然とした。
ローンや友人間の金の貸し借りどころか、オンラインゲームでの貸し借りですら抵抗がある一刀にとって、流琉の言葉はカルチャーショックであった。
「……それ、つまりは借金で買ったってことだよな?」
「え? そうですよ? それがなにか……あ、兄様も何か欲しいものがあるんですか? 私、ギルドショップの職人さんと交渉しましょうか?」
この子がもし現代に来たら、絶対にカード破産する。
そう確信した一刀なのであった。
「ひゃん、ひ、ひぁん!」
腰を揉まれて奇声を上げる季衣の声をBGMに、一刀は己の戦い方について考えていた。
流琉が敵の攻撃を受けている間、攻撃を仕掛けるのは季衣中心である。
従って、一刀は側面に出るか、後ろに下がるかする必要がある。
祭に憧れを抱き、弓使いの道を進もうと考えていた一刀は、試しに後ろに下がってボウガンを打ち込もうとしてみた。
季衣と流琉が必ず対角にいるため、今までと違って矢を打ち込むこと自体は出来るようになっていたのだ。
ところが、ボウガンを構えている最中に敵が振り向いて季衣を攻撃し始めると、それに対応出来ないことがわかった。
ボウガンを下ろしてダガーを抜き、敵の攻撃から季衣を守るというアクションが間に合わないのである。
ダガーで側面から攻撃している分には、季衣に攻撃が移った時には、そのままダガーで敵の攻撃を受けることが出来ていた。
自分が攻撃を受けている最中にターゲットが季衣に変わると、それまで受けていた衝撃やダメージ、がっちりと踏ん張っていた足腰や、攻撃をかわすために集中していた神経が体を強張らせるため、季衣を守るためには体で敵の攻撃を止めないと間に合わない。
だが、攻撃をしている最中にターゲットが変わるのであれば、守るのは容易いとまでは言わないが、防御している時よりもマシであり、少なくともダガーで攻撃を受けようとすることくらいは可能なのだ。
そもそも生粋の弓手である祭と一刀は、戦うスタイルが似ているようで違う。
弓を使って攻撃する祭と、ボウガンも使って攻撃をしたい一刀。
その差は大きく、立ち回り方も全く異なるのである。
(この戦い方をする限り、ダガーは手放せない。折角のボウガンだけど、当分の間は釣り専用だな……)
BF6で連戦出来るようになり、ドロップ品の『蜂蜜』も集められるようになっていた一刀。
その収入で、ボウガンの矢を強力なものにするか、もっと質の良いダガーを購入するか、どちらをメイン武器として考えるかによって変わるその選択肢について、悩んでいたのであった。
季衣へのマッサージも終わり、そろそろ寝るかという時間になったが、一刀は自分のベッドがあるタコ部屋には戻らなかった。
「じゃあ、季衣。悪いけど、今日もベッド借りるな」
「兄ちゃん、いちいち断らなくてもいいよ。ボクは流琉と一緒に寝るから、そっちは好きに使ってー」
そう、一刀は最近ずっと季衣達の部屋で睡眠を取っていたのだ。
流琉が倒れた日にうっかり季衣達の部屋で寝てしまった一刀だったが、それ以来一刀と同じ部屋で眠れることを季衣がすっかり気に入ってしまったのである。
話し合いを終えて帰ろうとする一刀をあの手この手で引き止め、ずるずると時間を稼いでそのまま眠らせてしまう。
流琉も、回復してからは季衣に非常に協力的であり、帰っても部屋の雰囲気が悪いこともあって、一刀もつい流されてしまっていた。
よって今では季衣のベッドで一刀が眠り、流琉のベッドで季衣と流琉が眠るのも日常である。
そして一刀が朝起きると、なぜか季衣が一刀と同じベッドの中で寝ているのも日常なのである。
(夜中トイレに起きて、そのままベッドを間違っちゃうのかな)
本来そこまで鈍くはないのだが、季衣はまだ子供だという先入観が邪魔をして、真実に気づけない一刀なのであった。
探索者ギルドは、ギルドの利益を損なう行為以外については、極めて無頓着である。
従って、一刀が自分の部屋に帰らず季衣達の部屋に入り浸っていても、仕事の時間さえきっちと守っているのであれば、特に関与しない。
だが、少女達とパーティを組むどころか、少女達の部屋で寝泊まりまでしている一刀に対する、他の剣奴達からの風当たりは日に日に強くなっていたのである。
自分のことだけなら我慢すれば済むが、嫌がらせもどんどんとエスカレートしていた。
このままでは少女達までが被害を受けるのは目に見えている。
一刀は、このことに対して起死回生の策を思いついた。
後はそれを実行するだけである。
一刀は気合を入れ、威圧感を与えるために無表情を装って職場に向かった。
数日前からBF3に配置換えになった一刀。
テレポーター小屋を守るため、コボルトに向けてブロンズダガーを構える一刀に、いつも通り周囲の剣奴達から揶揄の声が飛んだ。
「おら、腰が入ってねぇぞ、腰巾着!」
「しょうがねーさ、あいつは毎晩2人の幼女を相手にしてんだ、腰だってフラフラだろうよ!」
「ロリコン野郎、お前がくだばるのは構わねぇが、こっちにめいわ……」
「……おい、嘘だろう?」
後ろでヤジっていた剣奴達を黙らせたもの。
それは、ダガーの一閃で跳ね飛ばされたコボルトの首であった。
剣奴達は目を疑った。
なぜなら、不格好なレザーベストとボウガンは自分達よりも良いもの装備していた一刀であったが、今攻撃に使った武器は、自分達のブロンズソードよりも質の悪いブロンズダガーであったためだ。
ギルドショップで販売されている武器の中でも、もっとも値段の安いブロンズダガー。
当然その値段に比例して、威力も最弱なのである。
そのダガーで、コボルトとはいえ敵を1撃で屠る一刀に、剣奴達はあっけにとられていた。
「ま、まぐれだろ……」という剣奴達の呟きを打ち消すように、ゴブリンの頭を2つに割り、ポイズンビートルの硬い殻を切り裂く一刀。
一刀が放つ矢は、ジャイアントバットを壁に縫い付け、そのまま塵へと変えた。
そう、一刀の策とは、このことである。
いつもは休憩を兼ねていたため、手を抜いて仕事をしていた一刀だったが、今日からは仕事中も本気で敵を倒すようにしたのである。
剣奴達を実力で黙らせた一刀だったが、彼の本当の目的はそれではなかった。
最初はただ唖然と見ていた剣奴達も、やがて一刀の意図に気が付き始めた。
「……こいつが1人で仕事をやるってんなら、俺達は楽が出来ていいやな」
「ああ、こんだけの強さがありゃ、こいつと一緒にいれば俺達は安全だろうし……」
毎日強制的に命を掛けてテレポーター小屋を警備させられる剣奴達にとって、僻みや嫉妬などの感情よりも、今日1日が確実に生き残れることの方が重要なのは当然のことである。
彼等は、一刀を許容した。
そして一刀が排斥されることはあっても害されることのないよう、他の剣奴達に働きかけることだけで、自分達の安全をタダ同然で買えた幸運を喜んだのであった。
だが、このことは本当に彼等にとって幸運だったのであろうか。
一刀がこれからも無双し続ける限り、彼等のLVが上がることはない。
そして彼等も時が経てば、どんどん下の階に配置されていくのだ。
それでもBF5までは一刀と同じ配置であり、一刀がいる限り彼らの命は安全であろう。
だがBF6以降になれば、配置換えがエレベーター方式ではなくなるのである。
それがどういう結果に繋がるのか……。
そのことに、一刀も彼等も気づいていなかったのであった。
仕事が終われば、季衣達とのパーティの時間である。
実力的にはそろそろBF7でも大丈夫な一刀達であったが、連携の熟練度を上げるため、未だBF6に留まって狩りを続けていた。
「おりゃー!」
季衣が勇ましい雄叫びと共に、愛用の鈍器で攻撃する。
いや、もうただの鈍器と呼ぶことは出来ない。
流琉の遠心力を利用した攻撃方法、その威力に感銘を受けた季衣は、自らの鈍器も柄の部分を取り払い、持ち手と鈍器の先端を鎖で繋いだのである。
流琉の『葉々』は先端が丸く平べったいため、ヨーヨーみたいな形状になったが、季衣の鈍器の先端は球状であったため、けん玉の様であった。
モンスターを打ち砕く、という意味で『反魔』と名付けられたそれを、勢いをつけてゴブリンに投げつける季衣。
だが、慣れない攻撃方法であったためか、季衣の攻撃はゴブリンに掠っただけであった。
季衣の攻撃の邪魔にならないように側面に回り込んだ一刀は、ゴブリンの首筋に赤いポインターが点滅していることに気づいた。
実はBF3でコボルトの首を跳ね飛ばした時にも、一刀は同じ物を見つけていたのである。
その時と同じようにポインターに向かって攻撃を仕掛けた一刀の腕は、自身の能力を超えた速度で水平に振るわれた。
バチンッ! と、いう擬音が聞こえたような気がした一刀。
決して1撃で倒せる程に弱くないはずのゴブリンの首は、コボルトと同じようにあっけなく宙に舞ったのであった。
いくらLV7でコボルトが相手とはいえ、一番弱いブロンズダガーで首を跳ね飛ばすのは難しい。
ましてやBF6のゴブリンが敵であったのだ。
そんな攻撃力、一刀にはない。
実際に仕事中の無双状態でも、首を跳ね飛ばしたのは最初の1回きりであった。
周りの剣奴達に隙を見せぬように気を張っていた一刀は、その時は後でステータスを確認しようと思い、そのままスルーしていた。
そのことを思い出した一刀は自分のステータス画面を確認し、そして呻くような声で呟いた。
「デスシザー……いくらゲームとはいえ、必殺技……高校生にもなって、必殺技……」
「兄ちゃん、必殺技だね、格好いいや! 腕がびゅーんってなって!」
「ですしざー? それが兄様の必殺技なんですか?」
落ち込む一刀の気持ちも知らず、季衣と流琉が追い打ちをかける。
穴があったら入りたい程に恥ずかしかった一刀であったが、遊びではないのだ。
使えるものは、全て使って生き残る必要がある。
(デスシザー! とか叫びながら攻撃することが発動条件じゃないだけ、マシだ……)
そう、一刀は自分を慰めたのであった。
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NAME:一刀
LV:7
HP:82/100
MP:0/0
WG:0/100
EXP:1860/2000
称号:幼女の腰巾着
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9
武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(52)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
所持金:4貫800銭