結論から言うと、BF6の探索は散々であった。
一刀達は、地図を見ていくつか候補地として選んでいた拠点にすら辿り着けなかったのである。
LV7ではあるものの初期装備の一刀と、ギルドの優遇措置のおかげで装備こそ整っているがLV5の季衣と流琉。
さすがにソロの時よりは楽であったが、それでも10戦もすると戦闘継続能力を失うくらい疲弊してしまったのである。
なんとか1個ドロップした『蜂蜜』を献上することにより、しばらく時間が稼げることだけが救いであった。
死ぬ程苦労したんですよ、だからそんなに頻繁には持って来れないですよ、というアピールのためにも、ボロボロで血に汚れた布の服のまま七乃に『蜂蜜』を持って行く一刀。
だが、彼のそんな涙ぐましい気遣いも、七乃には効果がなかった。
「一刀さん、遅いです。お嬢様に1日10回も催促される私の身にもなって下さいよ。大変なんですから!」
「……こんなボロボロになってる、俺の身にもなってくれよ。大体、ギルドショップにドロップした『蜂蜜』の大半が売られるんだから、そこからギルド長に差し出せばいいじゃないか」
「その分はもう既に、朝昼晩の食事や蜂蜜水に使ってるんです。美羽様は、一刀さんの持ってくる『蜂蜜』を3時のおやつとして楽しみにしているんですよ」
「……ソウデスカ」
「そうなんです。まぁ、いくら優秀でも新人の一刀さんには荷が重かったかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。最悪でも一週間以内に次の『蜂蜜』を持ってきて下さいね」
美羽の3時のおやつのために命懸けで戦ったのかと思うと、非常に遣る瀬無くなる一刀。
一刀は七乃に返事もせず、無言でその場を去ったのであった。
(BF5でのことは偶然かとも思いましたが、ギルドに買われてわずか1ヶ月足らずで、自力でBF6の敵を倒すなんて……。一刀さんには注意を払う必要がありますね)
自分の背中をじっと見つめる七乃の視線に気づかないままで。
出現したドロップアイテムは、『蜂蜜』の他にもあった。
マッドリザードが落とした『トカゲの皮』。
オークが落とした『アイアンインゴッド』。
約10回戦って、3個のドロップアイテムである。
揺れ幅もあるが、ドロップ率はBF1からBF5の敵とそんなに変わらない。
七乃に貰った1貫を山分けしようとする一刀に対し、季衣と流琉はそれぞれの理由で断った。
「兄ちゃん、ボクは『トカゲの皮』が欲しいんだ」
「兄様、私は『アイアンインゴッド』を貰えると、ありがたいです」
「だから、『蜂蜜』は兄ちゃんの物ってことでどうかな?」
『トカゲの皮』は売値で500銭、『アイアンインゴッド』は売値で1貫であるので、一刀に異存はなかった。
季衣のアイテムが安い分は、意識してマッドリザードを多く釣るようにすればバランスが取れるだろうと、一刀はその提案を了承した。
「その他のアイテムや獣人の出したお金は、共同資金として薬代にしましょう。兄様は隠していたようですが、私達に薬代を出費させるのに抵抗があったんですよね?」
「バレバレだったよ、兄ちゃん。それよりホラ、その服さっさと脱いでよ。血が染みになっちゃう。ボクが洗って、破れた所を繕っといてあげる」
流琉の言葉に赤面する一刀の服を、季衣が脱がせていく。
意外にも季衣は裁縫を得意としていて、今までも戦闘で破けた一刀の服を何度か繕ってくれていたのだ。
(流琉もそうだけど、季衣も将来いいお嫁さんになれそうだな)
そのためにも、2人を無事に剣奴から抜け出せるようにしてやらないと。
一刀は、嬉々として自分の世話を焼く季衣と、それを微笑ましげに眺める流琉を見て、そう決意を新たにしたのであった。
一刀達が探索者ギルドに買われてから、4回目の漢女達の訪問があった。
だが、またしても『贈物』をスルーした一刀。
今度こそと満を持して待ち構えていた太祖神が、またしても肩透かしを喰らって怒りに震えていたかどうかは定かではない。
季衣達はLV3からLV5になっていたため、それぞれ2個ずつの『贈物』がポップした。
短期間でLVが2つ上がることは稀であるが、複数の『贈物』が出ることはそれほど珍しくない。
例えば外から来た武芸者が初めて神殿に行った時などは、ほぼ必ずと言えるほど『贈物』が複数ポップする。
それは今まで貯めて来たLV分が出ているのであり、彼女達の場合とは意味が異なるのだが、そんなことは誰にも分からない。
従って彼女達は羨ましがられはしたものの、一刀の時のように首を傾げられることはなかった。
季衣は道着のような服とカンフーシューズのような靴を、流琉はリストバンドとレッグウォーマーをそれぞれ貰っていた。
特筆すべきは、それぞれのアイテムにステータス補正がかかっていることである。
それらは小さすぎて一刀には身に付けることが出来ず、詳しい補正値を調べることが出来なかったのが悔やまれる。
「なんかボク、早く動けるようになった気がする。気のせいかな……」
「私は、かなり力が強くなった気がします」
ということから、季衣はAGI、流琉はSTRの補正であろう。
流琉の方が効果は高いようだ。
自分の貰った石ころに対して、随分と少女贔屓な神様なんじゃなかろうかと一刀は思ったのであった。
一刀の経験から予測した理論値上、季衣達はBF5でもおそらくEXP20~15貰えるはずだと、矢弾が20を切るまではBF5で戦い、金が無くなったらBF6の階段付近で10戦して戻るという戦闘サイクルにした一刀達。
季衣や流琉がLV6になってBF6での戦闘にゆとりが出るまでの応急対策であった。
そして5回目の漢女達をスルーして、10日ほどそのサイクルで戦闘を繰り返した結果、遂に季衣と流琉のLVが上がったのであった。
NAME:季衣
LV:6
HP:89/89
MP:0/0
NAME:流琉
LV:6
HP:82/82
MP:0/0
今まで色々な探索者のパラメータを見ていた一刀は、同じLVでもパラメータに個人差があることを知っていた。
その結果、子供の探索者よりも女性が、そしてそれよりも男性の方がHP的には高い傾向にあった。
だが、2人のHPは一刀がLV6だった頃とほとんど変わらないのである。
ステータスまで見られないのでなんとも言えないが、一刀が子供並のステータスなのか、それとも季衣達が大人並のステータスなのかと、つまらないことで悩んでしまう一刀であった。
そんな平和的な悩みだけであれば、どれだけ良かったか。
だが一刀には、深刻でいて嫌な気持ちにさせられるような、不快な悩みも出来ていた。
それは、遂に一刀に対する蔭口が叩かれ始めたことである。
ついた渾名は『幼女の腰巾着』であった。
一刀が季衣達とつるんでいるのは、注目さえしていれば誰にでもわかることであろう。
彼等がパーティを組んで約3週間、その間ずっと一緒にテレポーターを使用していたのだから。
一刀は気づいていなかったのだ。
季衣達『優遇組』が、一般の剣奴達に疎まれていたことを。
そもそも一刀は周りの剣奴から、非常に付き合いの悪い奴だと思われている。
なにせ、仕事時間が終わっても周りとつるむことなく、迷宮に潜っているような変わり者であると認識されているからだ。
剣奴達が賭けトランプなどで遊んでいる時、一人血臭を漂わせて部屋に帰って来る一刀。
寝る時以外はほとんど迷宮にいるような奴と、親しくなりたいと思う剣奴などいない。
一刀も、もう少し周りとのコミュニケーションを図るべきであったのだ。
だが一刀は、LV上げに夢中になり過ぎて、あまりそれを重要視していなかった。
少しでも早く自分の身を買い戻したいという気持ちが大部分であったが、それだけでは毎日こんなことを続けられない。
EXPを稼いだ分だけ強くなれること、それはRPGにおける大きな魅力のひとつであろう。
そして、そういうのが好きだからこそ、彼はゲーオタをやっていたのである。
現実世界に戻れるものならば、即座に戻りたい一刀であったが、だからといってLV上げの魅力がスポイルされるわけではない。
一刀は、努力した分だけその結果がパラメータとして示されるという、現実にはわかりにくい、ゲーム特有の魅力に夢中になっていたのであった。
そんなわけで、剣奴達との接点が余りなかった一刀は、かなり浮いた存在であった。
もちろん積極的に動けば接点などいくらでも作れたであろうが、残念なことに彼の対人スキルは低い。
しかも根が真面目なので、唯一周りと話す機会のある仕事中には、無駄口を叩かないのである。
もっとも、仕事中は一刀の休憩タイムであり、ボーっとしたかったというのもあるが。
それでもずっと初期装備であり、特に金周りがいいわけでもなさそうな様子から、一刀は特に注目を集めることもなく、基本的には空気のように扱われていた。
それは一刀の『目立ちたくない』という考えと一致していたので、今まではそれなりにうまくいっていたのだ。
ところが、そんな一刀が目障りな『優遇組』の、しかも可愛らしい少女達なんかとつるんでいるという噂が流れ、それが事実だとわかったのである。
俺達を無視するような態度なのに、とムカつく剣奴。
『優遇組』のお零れが貰えそうだ、と羨み妬む剣奴。
俺達のロリプニ達を独占しやがって、と息を荒くする剣奴。
「ちっ、あの野郎、ガツガツ迷宮に降りて金を稼いでるかと思えば、『優遇組』なんかに取り入りやがって」
「いや、案外あの淫売ロリどもが奴を自分達の盾にするために、股を開いて誘惑したんじゃねぇのか?」
「がはは、そんなことしたら、アソコが裂けちまうぜ」
「うははは、違いねぇ」
蔭口が叩かれていたのは知っていた一刀であったが、人の噂も75日と、知らんぷりを続けていた。
だが部屋の中から漏れ出してくる、初めて生で聞いた自分達に対する悪意に充ち溢れた声に、扉の前で一刀は立ち尽くしていた。
一刀は怒りに任せて部屋に突入することも出来なかった。
もうすぐ職場もBF3に変わり、環境はより厳しくなる。
そんな中でこの空気は、いかにもまずい。
今ならばまだ、戦闘中協力して貰えないなどの不利益だけで済むであろう。
だがこのまま悪化すれば、戦闘中後ろから刺されることになりかねない。
いや、寝ている最中に濡れた布を被せられ、永遠の眠りについてしまいかねない。
これは、すぐに対処しなければならない事態であった。
恒久対策は季衣達とのパーティ解消であったし、それが嫌なら応急対策である剣奴達との関係改善をマメに続ける必要がある。
というような保身を、一刀は考えていたわけではない。
いや、人間である以上保身を考えるのは当たり前であり、なにもそれが悪いといっているわけではない。
ただ、一刀が考えていたのは、そういうことではなかったのだ。
一刀の考えていたこと、それは保身よりももっと性質が悪い。
人買いに無抵抗に捕まった一刀や、罪を憎んで人を憎まずなんて言っている一刀を見ればわかる通り、彼は基本的に従順であり、人との争いを嫌うタイプである。
唯一反抗的だった奴隷市は激怒のためであったし、BF5で監督員の指示をスルーしたのは、いくら従順でも死ねと言われて死ぬ程には平和主義ではなかったからだ。
好きな言葉は『平穏無事』、座右の銘は『事なかれ主義』の一刀。
彼が怒りに任せて部屋に突入しなかった理由、それは剣奴達との間に波風を立てたくなかったからなのである。
こうして一刀は、嫌なことは先送りにして季衣達の部屋に逃げ込んだのであった。
「兄ちゃん、いらっしゃい。これ、ボクからのプレゼントだよ」
流琉は部屋に不在であり、季衣が一刀を部屋に迎え入れた。
季衣が一刀に差し出たもの、それは『トカゲの皮』で作られたレザーベストであった。
裁縫が得意な季衣といえども、皮を縫うのは大変だったのであろう。
『傷薬』で血こそ止まっているものの、その指は絆創膏だらけであった。
一刀が自分の指を見ていると気づいた季衣は、その指を背中に隠しながら言った。
「初めて作ったからちょっと見た目が悪いけど、これなら兄ちゃんが怪我することも少なくなると思うんだ。良かったら着てみてよ」
純真な笑顔を向けてくる季衣の顔が見られず、俯く一刀。
自分のためを思って苦労していた季衣に比べ、自分は季衣達が悪く言われても、なにも反論出来ずに逃げ出しただけである。
季衣に渡されたレザーベストを握りしめ、立ち尽くす一刀。
「……へへっ、やっぱりダメだったかな? ボク、一生懸命作ったんだけど。兄ちゃん、気に入らなかったら、無理して着な……兄ちゃん?! どうしたの?!」
動かない一刀を見て、不格好なレザーベストが気に入らなかったのかと思った季衣は、一刀が泣いているのを見て驚いてしまった。
季衣にとって、一刀は強く賢い兄であり、自分を守ってくれる存在である。
檻で弱っていた自分に、己の分の食べ物までくれた一刀。
一刀は自分に、迷宮都市についても色々と教えてくれた。
ギルドに買われて数日で表彰された一刀を見た時は、公開処刑を見た後で気持ちの沈んだ自分には、頑張ればなんとかなるという希望のように思えた。
パーティを組んでからも、一刀は自分達を常に守ってくれた。
一番大変で疲れる役目は全て一刀が背負ってくれた。
一刀が指示を出してくれれば、いつ命を落とすとも知れぬ迷宮の中でも安心出来た。
流琉と2人きりで探索していた時とは比較にならない程に自分達が強くなれたのも、全て一刀のおかげだと思っていた。
そんな一刀が、泣いているのである。
どうしよう、どうしようとそればかりを考える季衣。
だが、パニックに陥った頭とは違い、こんな時にどうしたら良いのかを季衣の体は理解していた。
声も漏らさず泣いている一刀を、季衣は優しく抱きしめたのであった。
「兄ちゃん、大丈夫。ボクがついてるよ……」
完璧だと思っていた兄が初めて見せた涙。
それは季衣が心の中で作り上げた理想の一刀像を打ち砕き、季衣の中に眠っていた女の子としてのなにかを目覚めさせたのであった。
甘酸っぱいような桃色のような、そんな空気を打ち破ったのは1人の少女であった。
「あ、兄様、来てたんですか? 季衣、見てよ、かっこいい?」
「「……誰?」」
≪さまよう鎧(ミニ)が現れた≫
おそらくゲームでは、彼女の登場はこう表記されたであろう。
まるでギャクのような全身鎧を着た流琉であったが、彼女は彼女なりに本気であった。
「私は力もあるし、普段着のままで盾も持てない兄様よりも、モンスターの攻撃に耐えられると思うんです」
「……それ着て、ちゃんと動けるのか?」
「ばっちりです! 『贈物』のリストバンドとレッグウォーマーも、太祖神様がきっと私の気持ちを汲んで下さったのに違いありません!」
「いやいや、ちょっと待て、なにかおかしい。あ、そういえば流琉だって盾は持てないだろ? 流琉の武器は両手持ちの鈍器だったじゃないか」
「大丈夫、そう思って盾とショートソードも買ってきました、ほら!」
「ど、鈍器は売っちゃったのか?!」
「いいえ、まだですけど、そのうち……」
「頼む、絶対売るな! 悪いことは言わないから、とっとけ! な?」
「兄様がそこまで言うなら、そうしますけど……。でも、私もう使わないですよ。これからは私が兄様や季衣を守るんですから!」
「き、気持は嬉しいんだが……。ま、まぁ、試してみよう。何事も試してみないとわからないし」
(なるほど、だから流琉はアイアンインゴッドを集めていたのか。なるほどなるほど……)
泣いて精神が不安定だった所に強烈なインパクトを受けた一刀。
もっと色々突っ込みたい所があるはずなのに、一刀は流琉の姿に妙に納得してしまったのであった。
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NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1055/2000
称号:幼女の腰巾着
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9
武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:39
遠隔命中率:26
物理防御力:32
物理回避力:29
所持金:300銭