太郎と別れてからどれほど経っただろうか、もうそろそろ俺も家に帰るかなと考え出した。そもそも、亀を助けたのは太郎で俺はおまけみたいなものだ。そんな俺が何時までも図々しく此処で暮らすのは虫が良すぎるだろう。思い立ったが吉日か、乙姫に早速、自分もそろそろ変える旨を伝えた。すると乙姫はやや残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に切り替え口を開いた。「分かりました。残念ですがお帰りになられるのでしたらしかたがありません。お土産に此方の玉手箱をお持ちください。ただし、決して開けてはいけませんよ」「お土産はうれしいんですが開けるなって・・・それホントにお土産になるんですか?」「・・・そうですね~、一応竜宮へ来た方に渡すことになってるんですが・・・言われて見るとそうですよね~」「「う~ん」」俺と乙姫は二人揃って頭を抱えてしまったが、何時までもそうしてるわけには行かないのでお土産は受け取らずにそのまま陸へ帰ることにした。俺の見送りには、やってきたときと同様に女官達が一列に並び頭を下げていた。その中で乙姫だけがこちらを見ながら告げてきた。「では、アスカ様。またお会いできる日を楽しみにしていますね」「おう、乙姫さんもそれまで元気でな」「はい」そうして俺は竜宮城の面々に見送られて陸の世界へ帰っていった。ちなみに帰りも亀の背中だった。田吾作の甲羅・・・帰ったら調べる必要がありそうだ・・・・・・青年帰還中・・・・・・「それじゃ、乙姫さんにもよろしくな」そうして帰ってきたのはあの海岸、俺は亀の背から降りると海へ潜っていく亀に一声掛けた。そのまま亀が完全に海中へと姿を消すのを確認した俺は一度、太郎の家によることにした。何より本人から一度寄ってくれと頼まれていたんだし、問題は無いだろう。そう考えながら太郎の家へと足を進めた。ただ・・・、不思議なことに道中での漁村の風景がどうにも記憶と一致しない。まるで・・・、そう、まるで少し豊かになっているような感じだった。そして辿り着いた太郎の家は・・・ぼろぼろに崩れた廃墟となっていた。不思議に思った俺はもう一度海岸まで戻り、太郎の家までの道のりを思い出しながら再び進んだ。結果は変わらず・・・辿り着いたのはさっき見た廃墟だ。廃墟の様子を見る限りでは10年、いや、20年は放置されているようだった。おかしい・・・おかしすぎる・・・確かに竜宮でそれなりの時を過ごしたものの、何十年も過ごしていた訳ではない。何より太郎と分かれてからは数日しか経ってなかったはずだ。俺は探した。俺の覚えている太郎の家を。ただ探した。俺が覚えている太郎の顔を。もちろん村の人間にも聞いて廻った。しかし、『太郎』なんてありふれた名前は珍しくなく、顔や背格好で聞いてみたものの、結局全てがはずれで終わった。村にある家も調べた。一軒、一軒、また一軒、村中を調べた。・・・・・・見つからない・・・見つからない・・・・・・違う・・・この家も違う・・・ど こ に も な いだ れ も し ら な い頭がおかしくなりそうだった。気付いてみれば、陸へ辿り着いた時には東の空にあった太陽も、もう西の空に沈もうとしている。なぜ見つからない?なぜ誰も知らない?太郎はいたはずだ。あのお人よしは確かにこの村にいたはずなんだ。俺は更に探し続けた。日が暮れた。空には星と月が輝いている。村の家々からは暖かな団欒の明かりが漏れ出していた。今日はこれ以上探すことは無理そうだ・・・何よりおれ自身が冷静になれていない。やっと冷えてきた頭でそう考えた俺は太郎の家と同じ場所にあった廃墟で一晩過ごすことにした。きっと、明日こそはあのお人よしの笑顔を見れると信じて。夜が明け、日の出と共に俺は動き始めた。朝早くから漁に出かける直前の漁師を捕まえては太郎の特徴を伝えその所在を聞いて廻った。収穫は無くともあきらめなかった、漁師がダメなら昨日聞けなかった村人から再び聞いて廻った。これも結局は収穫が無かった。誰に尋ねても一言目は「知らない」二言目には「だれだ?そいつは」これだけしか返事は返ってこなかった。ありえない話だ。村人全員が太郎を知らない・・・いや、存在していないかのように反応してきた。太郎は間違いなく存在し、この村で生き、あの日俺と共に竜宮へ行ったというのに。そうやって俺が思い悩んでいると広場から子供数人と老婆の声が聞こえてきた。「お婆ちゃん、それで浦島太郎はどうなったの?」「竜宮城から帰った浦島太郎は幸せになったんでしょ」「じゃあ、続きを話そうかねぇ・・・」浦島太郎・・・昔話であったような気がするが今一思い出せない・・・俺はこのまま探し続けてもすぐには成果が出ないと考え、気分転換のために老婆の話を聞くことにした。老婆は切り株に座り首をまわして子供達を見渡すと再び語り始めた。「亀を助けたお礼に、竜宮城へ招かれた浦島太郎。楽しい宴の毎日であったが家に残した一人の母が心配になった。浦島太郎は竜宮城の乙姫様に母のことを伝えると家に送ってもらったそうな。此処までが、昨日の話しだったよね」「「「うん!!」」」・・・今の話は・・・太郎の話か?俺のことが出ていない事と、名前が違う事以外がほとんど太郎の境遇と同じ内容だった。一人俺が不思議に思っている中、老婆の語る物語は進んでいく。「じゃあ続きさね。亀の背に乗り、陸へ帰ってきた浦島太郎。乙姫様から貰った玉手箱を片手に懐かしい家へと帰ってきた。しかし、帰ってみると中からでてきたのは、母ではなく見知らぬ男だった。浦島太郎は不思議に思い母の行方を尋ねた。見知らぬ男は語った。その女性なら釣りに出かけて帰らなくなった息子を思うあまり、病に倒れてなくなってしまったと。浦島太郎は知った。そして泣いた。竜宮城へ行っている間に、何十年という時を過ごしてしまっていたことを知り。自分が遊んでいる間に、自分を心配しながら死んでしまった母を思い。ただただ、ひたすらに泣いた。泣き続けて一晩が経った頃、浦島太郎は玉手箱のことを思い出した。もしかしたら、この玉手箱で何とかなるかもしれないと考えて。浦島太郎は母とよく来た岬で箱を開けることにした。岬に到着し玉手箱を開けてみると中からは白い煙のようなものがあふれ出してきた。その煙を浴びた浦島太郎は見る見るうちに白髪と皺を増やして行き、お爺さんとなってしまった。お爺さんとなってしまった浦島太郎が不思議に思っていると海の中から乙姫様が現れた。乙姫様は語った。玉手箱の中身は竜宮城にて過ごした時、浦島太郎の年齢が入っていたのだと。それをあけた今、竜宮城で過ごした年月が全て浦島太郎に帰ってきたのだと。浦島太郎は泣いた。なぜそれ程になるまでと。泣きながら、今にも死に逝かんと倒れた。乙姫様はそんな浦島太郎を哀れに思い、その肉体を鶴へと変えられた。浦島太郎は鶴となり、悲しげに一声鳴くとそのまま空へと去っていった。これが浦島太郎の話じゃ。浦島太郎は本当におった若者でな、その墓がこの先の岬に今でも残っておる。皆も一度は行ってみるといいぞ」「「「は~い、お婆ちゃん」」」子供達の元気な返事を聞き流し、俺は老婆の話にあった岬へと走っていた。老婆の昔話を信じるなら浦島太郎とは、あの太郎のことで間違いないはずだ。10分ほど走った場所に岬はあった。少々分かりにくい場所だったため時間がかかってしまったが此処で間違いないはずだ。岬には一つの墓が建っており、こう書かれていた。『釣り人 浦島の太郎 此処に眠る いつの日か我が家を訪ねる友が無事に帰り着かん事を祈って』あぁ・・・・・・、太郎・・・おまえはやっぱりお人よしなんだな・・・死んだ後にまで・・・人のことを心配してるんだから・・・とんだ、お人よしだよ・・・玉手箱の事を乙姫は知らなかった。と言うよりもあの様子なら知らされていなかったのだろう。竜宮城そのものが、人間の立ち入るべきでない聖域だったのだ。その日俺は、母と別れて以来流したことの無い、悲しみの涙を流した。昔話にあった、太郎と同じように、ただ、一晩中泣き続けた。<おまけ>「っむ?!羅豪殿・・・、やはり行ってしまわれるのか?」「仕方あるまいよ、地上の人間共は鬼との闘いを忘れてしまった。そのような地上には何の楽しみも無い」「しかし・・・、お弟子、アスカ殿が、我らの友がいるではないか」「確かに・・・、あいつのことは心残りではあるが・・・、なに、今生の別れでもあるまいし生きているならまた会いにも来れよう。いや、地獄を住み易くしてあいつを招くほうが面白いか」「ふむ・・・、羅豪殿はそれで良いのか?アスカ殿も共に連れて行けば・・・」「それが出来んのは天魔殿も分かっているだろう。俺様たちは鬼だがアスカは人間だ。どれほど強くなろうとも地獄の環境で長く暮らせるわけも無いだろう」「なら、やはり・・・」「応、アスカが旅立ってる間に俺様は行かせてもらうぜ。他の鬼たちもそれぞれ遣り残したことを終わらせ次第、地獄へ降りてくるだろう」「そうか・・・、友が去ると寂しくなるな」「ふん、アスカがすぐに帰ってくる。何が寂しいものか、天魔ともあろう者が」「じゃったな・・・、確かに、儂らしくなかった」「ふん、ならば一時の別れをこの盃に込めるとしよう。そうさな・・・この場にはおらぬ我が子の分も含めてな」「我が子?羅豪殿にお子がおられたか?」「アスカのことよ。あいつは小さき頃より弟子として俺様が育てた・・・、まさに我が子のような存在よ」「なるほどな・・・。では、一時の別れに!」「一時の別れに!」鬼が幻想からも消え去りだしたある日の話----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------後書+次回予告どうも、お手玉の中身です。浦島太郎編、いかがでしたでしょうか?悲しいシリアスは嫌いなはずなのに書いてしまったこの結末・・・ちなみに、本来の浦島太郎は竜宮で700年の時を過ごすんですがこの作品ではそこまで時を飛ばすと一気に原作入り、下手すると原作飛び越えてしまうので百余年程度に収めておきました。流石にその間にあるイベントすべて素通りは書き手としてもつらすぎる・・・。でわ、次回予告に参りましょう----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------竜宮の話なのに出なかった私は空気が読めていないんでしょうか?太郎との別れは望郷の念をアスカに抱かせる懐かしい道のりは同じようでどこかが違う珍しくも迷子にならず辿り着いた幻想郷帰り着いた郷で待っていた歓迎とは?!次 回 「帰るたびに何かが起こる、それが主人公の宿命」 衣玖~!私にも出番をよこしなさいよ~!!