越後守護職上杉定実はお飾りだと言う者がいる。それも少なからず。
実際、武田との戦や、今回の上洛のように、兵を率いるのは景虎様でなければ政景様であるし、定実様は後方である春日山城から動いていない。それをもって、定実様が形だけの守護だという者がいることは理解できる。
なぜなら、俺も似たようなことを考えていたからだ。かつて、景虎様と晴景様の内乱が終結した後、はっきりいって、全然意図していなかった現在の越後の三頭体制が出来上がった時、俺は定実様は形式的な首座であり、実際の権力は景虎様と政景様が握ることを予想したものである。
いや、この予測はある意味で外れてはいない。実戦力は当然のように景虎様と政景様が抱えている。
しかし、お二人は例えるならば越後という名の車の両輪。しっかりとした車体がなければ、同じ方向に駆けることは難しい。車輪一つでも走ることは出来るだろうが、それでは運べる物も安定感も大違いだ。
定実様が春日山城にあってこそ、景虎様も、政景様も存分に働くことが出来る。しかも定実様の場合、単なる神輿ではなく、内政でも堅実な手腕を有している。それは、春日山のみならず、越後各地の静穏さを見れば誰の目にも明らかであろう。
成立したばかりの権力体制だ。今は、民心を安定させ、国人衆から不安を取り除き、国内を安定させるべき時であった。
そして、定実様はそれを堅実にやってのけた。元々守護という立場があり、景虎様、政景様の武威が背後にあったとはいえ、定実様の内政手腕を否定する要素はどこにもない。
多分、誰よりもそれを知るのは、景虎さまたちである。だからこそ、お二人は定実様に対して礼を欠くことなく、常に敬意をもって接していたのだろうから。
たとえば甲斐の武田家などのように、絶対的な主君がいる家からすれば、越後のそれはずいぶん脆いと思われるであろう。
実際、この奇跡のような権力体制が成立しているのは、定実様、景虎様、政景様の個人的資質に支えられている面が大きく、お三方以外の人間をこの関係にあてはめれば、あっさり瓦解してもおかしくはないのだ。
だが、現実を見れば、越後上杉家は北陸の地で毅然と存立している。国内を見るかぎり、将来は知らず、当分の間は越後は安泰であろうと俺は勝手に考えていた。
ゆえに、問題は外の勢力であり、そこさえ何とかすれば、越後の民は平穏に過ごすことが出来る――その筈だった。
定実様は四十半ば。景虎様や政景様よりはるかに年を召している計算だが、世間的な基準から見れば、まだ老人と呼ぶ年齢ではない。それゆえ、定実様の後継者に関しては、まだ話しあったことさえなかった。
定実様に実子がいない以上、本来ならば真っ先に決めておくべき事柄ではあったのだが、何分、内外の情勢が慌しくてそれどころではなかったということもある。
それに、後継者を定めるとなると、景虎様と政景様……というより、その下にいる者たちが不穏な動きをする可能性が高かった。一応つつがなく越後の新体制は始まっていたが、配下の者たちの胸には不満はたゆたっているだろうからである。
数年経って、越後の国内が内乱の影響から脱したら、その時あらためて次代の守護職について考える、というのが俺たちの暗黙の了解であった。
だが、その定実様が倒れた。しかも容態はきわめて重く、ほとんど危篤状態であるという。
それは京の上杉軍を震撼させるに足る凶報であった。
守護職が倒れたというだけではない。景虎様が京の地にいる以上、越後の諸事はすべて政景様がつかさどることになる。これは守護代だから当然としても、俺が案じたのは後継者に関してであった。
定実様のことだから、後継者に関して何かしら指示を残すとは思うが、一度、それが政景様の手に握られてから公示されると、必ずそれに疑義をはさむ連中が出てくるだろう。国人衆からも、そして景虎様の配下からも。
これまでは定実様という緩衝役がいたればこそ、長尾景虎、長尾政景という卓越した二人の将は無理なく共存することが出来たのだが、今、不可欠の筈のその役割が空位になり、天秤は支えを失って地におちる。
つまりは――再現だ。かつて晴景様と景虎様が争ったように。今度は景虎様と政景様が争うことになる。
たとえ二人がそれを望まなかったとしても、配下のおさまりがつかぬ。下手をすれば、国人衆たちの離反すら招きかねない。
南に武田、東に蘆名、そして西には越中の豪族たちが虎視眈々と越後を狙う中、国内の分裂を招けばどうなるか。それは火を見るより明らかであった。
上杉、武田両軍帰国す。
その報は京のみならず畿内を瞬く間に席巻した。
そして朝廷の公家から、畿内の国人、大名にいたるまで、それはもう山のような引止め要請があった。
いずれ去ることは理解していても、それが現実となれば受け入れがたい、というところだろうか。
まあ、中には引きとめを口にしながら、内心にこにこと笑っている茶器集めが趣味の女の子もいたりしたのだが。
景虎様とて、今少しの間は京にいたかったに違いない。
だが、主君であり、そして幼少の頃から世話になった恩人ともいうべき定実様が病の床についたと聞いて、京にとどまり続けることは出来なかった。
ならば景虎様のみ越後へ戻れば良い、とかぬかすあほうな公家もいたらしいが、これは高野山の時とは意味がまったく違う。今回、越後に戻れば、再び京に戻るまで何ヶ月かかるかわからない。下手をすれば年単位になる。その間、上洛軍をずっと京に縛り付けておくなど論外である。
兵といっても、彼らは親も子もいる人間なのだ。ましてこの時代、自分の国を離れることへの抵抗は、俺には想像も出来ないほど深いだろう。そんな彼らを、すでに半年近く京にとどめ続けている。当然、里心は肥大の一途を辿っており、先の見えない遠征に不満の声も高くなりはじめていた。
定実様の知らせがなくとも、そろそろ限界だったのである。
それでも、おそらく将軍である義輝が強く望めば、景虎様はそれに従ったかもしれない。
だが、ちんまい将軍は実に物の道理をわきまえた人だった。
「むう、そうか。ならば仕方ないのう。もう少し時間があれば、良い土産を渡すことが出来たのじゃが、まあそれは越後に戻ってからでも届けることができるじゃろう」
そういった後、室町幕府第十三代将軍、足利義輝は威厳を湛えた声で、かしこまる景虎様に告げた。
「長尾景虎。長きに渡る京での奉公、真に大儀であった。誠が翳る戦乱の世にあって、そなたの忠義は、都を、否、日ノ本すべてをあまねく照らしわたしたことであろう。そなたのような臣下を持てたことは、将軍たる身の栄誉というものじゃ。心より礼を言う」
「身に過ぎた賛辞、ま、まことにかたじけなく存じます。この身は京を離れますが、我が忠義は常に殿下のもとにございます。東国の戦を終わらせました後、必ずや殿下の力となるべく、この京の地に戻って参りますゆえ、どうかそれまで、お健やかにあられますよう、この景虎、伏してお願い申し上げまする」
「うむ、よう言うてくれた。じゃが――」
「は?」
「じゃが、それだと余がいかにも無能な将軍のようでおもしろうないのう。景虎が戻ってくる折には、畿内ことごとく斬り従えた上で、近江路まで出迎えてやらずばなるまい」
義輝は楽しげに笑うと、なんでもないことのように付け加えた。
「――ゆえに、そちも上洛を焦る必要はないぞ。じっくりと越後に腰をすえ、周辺を斬り従え、万全の準備を整えてからやってきてくれい。東を従えたそなたと、中央を治める余が力を合わせれば、この日ノ本の戦乱、半ばは終わったようなものであろう」
「――御意。お言葉、肝に銘じて忘れませぬ」
「うむ。では景虎、達者でな。いずれまた会おうぞ」
「ははッ!」
深々と平伏する景虎様と、それにならう俺。
これで謁見は終了、と思われた時。
「おお、そうじゃ、颯馬」
「……………………は?」
突然の義輝の呼びかけに、俺はしばし固まってしまった。
いきなり名をよばれたこともそうだし、どうして俺の名を知っているのかという疑問もあった。そして何の用件があったのかも気になる。そういったもの全てふくめての「は?」であった。
無論、すぐに無礼に気付いて謝罪したが。
「――ッ、し、失礼しました。何でございましょうか?!」
「うむ、やっと話せたのう。幽斎や藤孝から上洛路における活躍は聞いておるぞ。その話を聞くのを楽しみにしておったのじゃが、そちはほとんど御所に来ぬので、機会がなくてなあ」
「お、恐れ入ります。儀礼などとんと心得ぬ無学者でありまして」
「にしては、それなりに様になっておるではないか。誰ぞに習ったのか?」
「………………はい」
間が空いたのは、高野山から帰った後の、兼続の虐め――もとい特訓を思い出したからである。
ちょうど良い機会だから、と口では言っていたが、俺がしくじる度に痛烈な一撃や一言が飛んでくるあたり、絶対に何か別の意図があったにちがいない。なんか既視感を感じたのはきっと気のせいだ、うん。
ともあれ、主役としてはともかく、景虎様の添え物としてならば、かろうじて格好がつく程度にはなった。まあそれだって見る者が見れば、ぎこちなさ丸出しなのだが。
「以前、一度機会はあったのだが、あの時は義秋がおったからのう。あれであやつ、儀礼だの身分の上下などにはうるさいのでな。そちと話すことができなんだ。此度はもう無理じゃが、次に上洛してきた時には色々と話を聞かせてくれい。そなた、なかなかの策士だと聞いておる。楽しみにしておるぞ」
「は、ははッ! かしこまりましてございます」
そう言って深々と頭を下げる俺。
からりとした笑いを浮かべる義輝が、なぜだかつい先刻よりも近くに見えた気がした。
……もっとも、この約束はついに果たされることなく終わるのだが。
◆◆
上杉軍が去るからといって、武田軍が去る必要はない。
だが、武田軍は三千。あえて京に留まったところで、これまでのような抑止力は期待できない。
そう判断した春日虎綱は、自軍も退却の命令を下し、かくて、上洛軍八千は慌しく京を離れることになる。
それに伴う影響は様々な方面に及び、少なからず混乱を起こしたが、これはどうしようもなかった。
ただ、それにも関わらず、京を離れるとき、どこから現れたのか、何千という民衆が道の両端に並び、涙ながらに惜別の声を送ってくれたのは、将と兵とを問わず、上洛軍全員にとって何よりの栄誉というべきであったろう。
問題は帰路にあった。
来た道を辿ることが出来ればよかったのだが、この時期、大聖寺の戦いの余波は加賀全土に及んでおり、その真っ只中を通り抜けることは危険を通り越して無謀というべきであった。戦に巻き込まれるかもしれないということと、もう一つ、晴貞のことがある。
すでに両軍は加賀の地で幾度も激突を繰り返しており、そのほとんどは朝倉軍の勝利に終わっていた。実のところ、晴貞の居城である小松城も宗滴によってとっくの昔に陥とされている。すでに加賀の南半は朝倉家の領土となっているため、元の家臣たちが晴貞の帰還を要請してくることはないだろう。
だが、一向宗側が、名分欲しさに晴貞の身柄を要求しないという保証はない。そして、それは朝倉家にしても同様であった。
名のみの存在であるとはいえ、加賀守護である晴貞の存在は、加賀支配を目論む者たちにとっては無視できない要素となるのである。
とはいえ、それはある程度わかっていたこと。
帰国が近づいたら、晴貞の意思を確認した上で偽りの病死の報告でも届けようと思っていた。戦死ならともかく、病死ならば文句のつけようもないだろうし、つけられたところでしらを切れば良い。それに向こうにしたところで、晴貞が亡くなれば、新たな守護を立てることも出来るのだから、さほど深く追求はするまい。
が、前述したように小松城はすでに陥落し、帰国もかなり慌しく決まったため、そこらへんが全く手付かずのままなのである。
一応、虎綱に確認したところ、京にいる間、加賀からの使者は一切やってこなかったそうだから、まず問題はないと思うが、それでも出来れば加賀は通りたくないというのが本音である。件の連中が、私怨で襲い掛かってこないものでもないしな。
北陸路を通らないとなると、後は美濃から信濃ないしは飛騨を通って越中に出る、くらいしかないのだが、実は美濃も現在、かなり雲行きが怪しくなっている。美濃も、というよりは東海地方全体が、というべきであろうか。
今川家の動きが、かつてないほどに活発になりつつある、というのが久秀が教えてくれた情報である。義元が動くということは、後顧の憂いがなくなったということ。あるいはその目処が立ったということ。それはつまり三国同盟の締結が現実となりつつあるのであり、それは必然的に武田の北進が本格化することを意味する。そのあたりの警告の意味で、わざわざ俺に教えてくれたのだろう。まあ、いつもの「さっさとかえれ」が品をかえたにすぎない。
ともあれ、その情報は色々な意味で見過ごせない。いよいよ今川義元の上洛が近づいているのだとすれば、その進路にあたる尾張、美濃の勢力は、神経を尖らせているだろう。そこに今川の同盟国である武田家と、その共同軍である上杉家が、道を貸してくれなどと言ったところで、美濃の蝮は頷くまい。
であれば、後はもう海路しかない。
若狭から越中までは航路があるため、加賀を通らずに済むのである。ならなんで行きはこれにしなかったのかといえば、上洛があまりに急に決まった為、船の準備が間に合わなかったのである。冬の日本海を大軍で渡ることへの危惧もあった。
将軍家の協力もあって、若狭の一色家、越前の朝倉家の協力は得られることになっている。あとは周辺の漁村から舟をかき集めて必要数を確保し、越中まで、可能であれば越後まで戻る。舟の数が足りなければ、軍を分ければ良いだろう。俺はそう考えていた。正直、軍を分けるのはしたくないが、今の状況ではやむをえない。
だが、これは杞憂に終わった。朝倉家、というよりも多分これは宗滴の計らいなのだろうが、帰途についた俺たちが港まで来たとき、そこにはえらい数の軍船が浮かんでいたのである。
聞けば、将軍家からの使者が一乗谷を訪れ、上洛軍への協力を命じた際、面倒がった義景と景鏡が、また宗滴に押し付けたらしい。加賀の戦場を任せている相手にさらなる重荷を押し付ける。実にあほうな、しかし今回に限って言えば良い仕事だ、その二人。下手にお前らにやる気を出された日には、この眼前の光景はなかっただろう。
というのも、加賀から離れることが出来なかった宗滴は、一計を案じ、丹後水軍に協力を要請してくれたのである。
越中までの航路があることからもわかるとおり、若狭は、西は山陰から東は東北に到る日本海交易の一大拠点であった。莫大な利益を生むこの海運を支える一つの力が水軍――露骨に言えば海賊である。
一口に海賊といっても、他船舶を攻撃し、略奪をことにする者ばかりではない。武装した舟をもって航路を守り、通行料を徴収する海の大名ともいうべき者たちがおり、丹後水軍はそういった勢力の一つであった。まあ、従わない船や、通行料を払わない船には相応の報いを与えるので、やっぱり海賊には違いないのだが。
ともあれ、宗滴は彼らを動かし、必要量の船を確保してくれたのである。当然、相応の金銭を要求されたが、偉大なるは佐渡の金、かろうじて足りた。というか、これで底を尽きた。後はもう、何も厄介事が起きないよう祈るばかりである。
大地を照らす陽光はすでに春のぬくもりを満々と湛え、遠く飛騨の高山から心地良い涼風が吹きつけてくる。出立したときは秋深い季節であった筈なのに、と俺はどこか懐かしい気分であたりの景色を見渡し、そして、この景色を懐かしいと思っている自分にわずかに驚いた。
だが、あるいはそれも当然のことかもしれない。まもなく季節は春から夏へと変わりゆく。それはすなわち、俺がこの地にきて、もうじき一年が経とうとしていることを意味する。
越後から京へ向かって、おおよそ半年。
俺たちは、越後の地に帰って来たのである。
◆◆
越後への帰国。
それは同時に一つの別れを意味した。それはただの別れではない。次に会うときは敵同士、殺し合いを演じることになるであろう哀しい別れであった――のだが。
「まあ、元々わかりきっていたことなわけだし、ここはからっと別れるべきではないかと」
「……ふふ、何となく、そう仰るのでは、と思っていました」
俺の言葉に、虎綱は寂しげに、しかしどこか吹っ切ったように微笑む。
予想外に良好な関係を築けたとはいえ、虎綱は武田家が誇る六将の一。上杉と武田が敵対する限り、遠からず戦場でぶつかり合わねばならない間柄である。
無論、虎綱とてそれは承知しているだろう。昨日の敵は今日の友、しかしてその友も明日になれば敵に変ずるのが乱世の理、今さらそれを虎綱に説くほど俺は厚顔ではなかった。
ただし、だからといってその敵を憎まねばならない道理はない。この上洛での縁が、いずれ上杉と武田を結ぶ絆となる可能性とてないわけではない。
というより、この時点で、俺はそれを利用するつもり満々であった。誰にも口にはしなかったが。
「私が言うまでもないと思いますが、どうか御身体にお気をつけて。そして、晴貞様のこと、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます。天城殿こそ、御身体に気をつけてくださいね。今の天城殿なら、もう京でのようなことはしないとは思いますが、今度晴貞様を泣かせたら、多分私の部下、越後まで行っちゃいますからね?」
「微笑みながら怖いこと言わないでください……」
春日冨樫ファンクラブの皆さんが、少し離れたところから、物凄い良い笑顔で俺と虎綱を見守っている。なんか今にも親指向けてきそうな感じだ。その表情は一言でいうと「あばよ!」という感じだろうか。
無論、俺と彼らの間でいつのまにか友情が育まれていたわけではない。単に俺が、虎綱と晴貞の二人と会えなくなるのが嬉しくて仕方ないのだと思われた。
今、こうして話しているのを見守っているのは、彼ら的には武士の情けなのだろう。末期の酒みたいな感じで、最後だから許してやろうという感情がありありだった。
ふん、いずれその勝ち誇った笑みを打ち砕いてやろう。三国同盟の先にある出来事を知る俺だからこそ紡げる未来があるのだふんざまあみろやーいやーい――と、目線だけで伝えてやった。
結局、晴貞様は武田家に身を寄せることになった。
景虎様は、晴貞様が望むなら上杉家で匿えるように計らってくれるといってくれたのだが、虎綱と晴貞自身が武田家を選んだのならば、あえてこちらがそれに反対することは出来ないし、またその必要もない。
越後と甲斐、どちらが加賀に近いのか。それを考えれば、晴貞がどちらにいた方が良いか、答えはすぐに出るのである。
「天城様、本当に、本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げる晴貞。もう礼は言ってもらったから、と何度も言っているのだが、なかなか聞き入れてくれない。これだけ率直に感謝の感情を向けられると照れくさくて仕方ないのだ。
結果、やや無愛想な返事になってしまった。
「ん、晴貞様もお元気で」
「はい、天城様も、どうかご壮健で。またお会いできる日を楽しみにしておりますッ」
すでに上杉家と武田家の敵対関係を、晴貞は知っている。その上で笑顔でそう言うのは、多分、晴貞なりの気遣いであり、希望の表明なのだと思われた。
言霊、という言葉がある。口から発された言葉には霊力が宿る。ならば、再会を約束すれば、それは現実となる――少なくとも、それを導く一助にはなってくれる筈、そう考えたのかもしれない。
ならば、答えなど考えるまでもない。
「はい、私も楽しみにしております」
俺の答えに、晴貞は花開くような笑みを浮かべたのであった。
かくて、武田軍は、一部の上杉軍に先導されて南へと去っていった。上杉軍がついていったのは、北信濃で村上家ともめないようにである。ここまできて、最後の最後でしくじっては意味がない。
そうして、俺は最後の仕事にとりかかる。
はじめて越後にやってきた者たちに住居をあてがうという仕事を。
一に一を足せば二になる。当然である。
二に二を足せば四になる。これも当然である。
四に四を――って、さすがにしつこいか。ともあれ、数字を足せば解が出る。
しかし、である。
子供であると、そうはいかない。四に四を足すと、何故か騒がしさが二十くらいになった。
はじめこそ互いに遠慮というか、警戒というか、ともかく様子を見ていた子供たちであったが、打ち解けてみれば、最初のぎこちなさは嘘のように綺麗さっぱり消え去っていた。
ここは越後春日山城郊外の村の一角にある弥太郎の家である。
そこに、京から連れてきた岩鶴たちを連れて行ったのは、岩鶴の弟妹たちの面倒を見てもらうためであった。
はじめは城で面倒を見るつもりだった。「よかったら来ないか」と誘ったのは俺だから当然である。と思ったら、なんでも景虎様が先に誘っていたそうだが、いずれにせよ幼子たちを越後まで連れてきた以上、相応の義務が発生するのは当然である。
だが、彼らと仲良くなった弥太郎が家に連れて行きたいと言い出したのだ。
曰く、子供には親がいた方が良い、と。
それは反論の余地のない意見であった。城で面倒を見れば、衣食住には不自由しないが、常に面倒を見てくれる人がいるわけではない。もちろん、下働きの人や、侍女の人たちはいるが、彼女らとて働いている身であり、いつも面倒をみてくれるわけではない。
岩鶴は、当然自分で面倒を見るつもりではあるのだが、岩鶴とてまだまだ子供である。それに、岩鶴本人は景虎様にとても憧れているようで、多分、その下で働きたいと願うだろうと俺は考えていた。
なにせ景虎様の前に出ると、顔を真っ赤にして、普段の乱暴な口調が嘘のように、必死に丁寧に話し始めるのだから、わかりやすいことこの上ない。
景虎様も岩鶴の利発さや優しさは気に入っているようだから、岩鶴が望めば否とは言わないだろう。
だが、当然そうなれば、時間のほとんどはそちらにとられる。弟妹たちの面倒を見ている暇はなくなってしまうに違いない。
というわけで、弥太郎の提案は渡りに舟だったのだが、いきなり四人の子供を連れて行けば、弥太郎の家に迷惑がかかる。俺も、そして岩鶴もその点を気にしたのだが――
「なーにをいってるんです。こんな可愛い子らが家族にふえて、迷惑に思う筈ないですよっ」
弥太郎の母上は、呵呵大笑するとばんばんと俺の背を叩いた。日ごろの農作業と子育てで鍛えたであろうふとい(失礼)二の腕に叩かれ、危うく俺は前につんのめりそうになった。きっと、弥太郎はこの母上の剛力を受け継いだのだろう。間違いない。
「か、母ちゃん、し、失礼だよ、天城様だよ颯馬様だよ叩いちゃ駄目だよ!」
俺が家までついていくと聞いて、弥太郎は必死に拒否していたのだが、さすがにこれは人任せには出来ない。俺の口から頼むのが筋というものだ。そう言って半ば無理やりついてきたのである。
弥太郎は、それまで一言も口を聞かずに顔を真っ赤にして俯いていた。聞けば、粗末な我が家を俺に見られたくなかったのだとか。んなもん気にする必要は欠片もないのだが。
見ているだけで暖かい笑みが浮かぶ最高の家ではないか。
弥太郎の父上も快諾してくれた。陽気な母上とは対照的に物静かな方だったが、子供たちを見る目はとても優しく、一目で信頼に足る方だと確信できた。まあ弥太郎を育てたご両親なのだ、そんなことは今さら言うまでもないことではあった。
で、子供たちがくんずほぐれつ、壮絶な寝相で静かになった後。
俺はそのご両親に深々と頭を下げられてしまった。明らかに立場が逆だった。
「あ、いや、頭を下げるのはこちらの方ですから、どうか顔をあげてください」
「何をおっしゃいますか。うちの娘がこれまで生き伸びてこられたのも、おそれおおくもお侍の下の下の方に席をいただけたのも、皆、天城様のお陰。戦の度にあの子が持ってくるお金のおかげで、どれだけ私たちが救われたか、とてもとても言葉にはできません」
「……そのとおりです。うちだけではない。皆、そう申しております」
母上に続き、父上までそんなことを仰った。
皆、というのは、このあたりに俺の直属の家臣がいるからである。柿崎戦の際、顔見知りの方がやりやすいだろうと知り合い同士で隊を組ませたので、結構、皆、家が近いらしい。
「それは弥太郎たちが命がけで戦ったからこそ。別に私のお陰というわけでは……」
「いいえ、この前、隣村の知り合いに聞きましたよ。普通の兵隊さんは、そんな大金もらってないって。士分にとりたててもらったにしても、法外だってえらく羨ましがられてしまいました」
「弥太郎はそれだけの働きをしてくれています。こちらの方こそ、その、娘さんに……」
人殺しをさせて、と口にしかけて、慌てて止める。そのあたりのことに関して、俺とこの人たちとの認識はかなりずれているだろう。それに、俺はそれを承知した上で弥太郎を戦わせているのだ。ここでそれを口に出して得をするのは『謝罪はした』という免罪符を得て、罪悪感が和らぐ俺だけである。さすがにそんなみっともない真似はしたくなかった。
私が、いえいえ私が、みたいなやりとりを何度か繰り返した挙句、根負けしたのは俺の方だった。素直に感謝を受け取り、頭を下げる。駄目だ、この母上、いろんな意味で勝てる気がしない。
などと思っていたら。
「――ところで、一つお聞きしたいのですが」
「なんでしょう?」
「あの、奥様はいらっしゃるのでしょうか?」
ぶふ、と隣で弥太郎が飲んでた水を吹いた。
そちらを気にしつつ、一応、母上にこたえる。
「いえ、いませんが」
その瞬間、目の前の母上の目に、なんか星みたいなのが煌いた気がした。
「あの、それでしたら、うちの――」
「わあわあわあッ!!! 母ちゃん、何いいだす気ッ?!」
「これ、子供らが起きてしまうでしょう、もうちょっと声を低めなさい――なにって、天城様におまえをもらって――」
「やっぱり言わないでいいッ! ていうか言うな!」
「まあ!」
と、驚いたように口に手をあてる母上。多分、娘が「言うな!」なんて言ったことに驚いたのだろう。というより、俺が驚いた。普段の弥太郎なら、母親に向かって口にするような言葉ではないのだが、どうしたのだろう。
一方、母上はそんなこちらの困惑に気付かず、なにやら嬉しそうに夫に向かって話しかける。
「言うな、ということはとうとう覚悟を決めたのね。あんた、とうとうあの子、自分の口から言う気になったみたいですよ。まったく、いつも家では頬を染めて褒めちぎっているのに、お慕いしているの一言さえ言っていないなんて歯がゆい子ね、なんて思ってましたが、やっぱり子供は成長していくものなんですね」
「……父親としては少々複雑だが。めでたい」
「わーーーー、何さらりと言ってるだ、母ちゃんッ?!! あと父ちゃんも嫁入り前の娘見るみたいな寂しげな目はやめてッ?!」
「安心おし。うちは知ってのとおり裕福じゃないけど、親戚縁者はたんといる。あんたの嫁入りに恥をかかせたりはしないから」
「……む。ただ、武家の作法がわからん」
「あ、そういえばそうだね。やっぱりあんたとあたしの時みたいなわけにはいかないんだろうねえ……ああ、そうそう、たしか柏崎の平六が手柄たてて足軽頭になった後、武士の娘さん娶ったって言ってたね。どんなもんだったか聞いてみよう」
「……だが、天城様は越後に知らぬ者とてない御方。足軽頭の婚儀で参考になるかどうか。そもそも今は士分とはいえ、農民の娘を正室に迎えてくれというのは、虫が良すぎるだろう」
「んー、そうだねえ。まあ弥太郎は正室でも側室でも気にしないだろうけど、やっぱり景虎様の許可とかもいるんだろうねえ。そのへんどうなんだい、弥太郎?」
母親に問いを向けられた弥太郎だったが、多分答えるのは無理だろう。なにせ顔から首から耳から真っ赤なのだから。穴があったら入りたい、ないなら自分で作っちゃる、と言わんばかりである。
さすがに弥太郎が気の毒になり、俺は頬をかきながら口を開く。
「あー、その。お話はありがたいんですが……」
「あ、ありがッ?!」
弥太郎の頭から湯気が立ち上った、ような気がした。
あ、まず。もしやとどめさしてしまったか? とはいえ、言うべきことは言っておこう。このままだと、一ヶ月後くらいに祝言あげてる未来が確定してしまう。
「近く、越後は大きな戦に巻き込まれます」
「なるほど、だから早めにお世継ぎがほしいと。そこに目をつけるとはさすがは私の子」
いえ違います、母上。
「あ、いえ、そうではなく、それゆえしばらくは婚儀とかそういったことに割く時間がないのです」
「はいはい、大丈夫です。うちの子はみてのとおり身体だけは立派なもんです。すこしの時間ですぐに子を宿してくれるでしょうよ」
だから違いますって、母上。あとさっきから黙ってる岩鶴の顔が、弥太郎におとらず真っ赤になってますから、表現にきをつけて。
「ですから、このお話はもう少し時間が経ってから――」
「わかりました」
「えッ?!」
思わず驚いてしまった。今までの流れでわかってくれたのか。
「確かにもう夜も遅いですし……婚儀の詳細はまた明日、あらためてということで」
がくっと崩れ落ちる俺。その俺の耳に、ぶち、と何かが切れた音がした。多分これは、堪忍袋とかそういった類だ。無論、俺のではない。それは――
「……い」
「い? どうしたんだい、弥太郎?」
「いいかげんにして、ばかあちゃんッ!!!」
「まあ、親に向かってばかとはなんですか」
「ばかはばかだもんッ! ばかああッ!!」
そう言って、すばらしい勢いで外に飛び出していく弥太郎。
「これ弥太郎、こんな時間に外に出ると風邪を引きますよ、もどってらっしゃい」
そしてあくまで平静を崩さないまま、草鞋をはいてそれを追う母上。
そして残される俺たち。
どうしたものか、と考えるが、やはり弥太郎を追うべきだろう。春日山周辺に盗賊が出るとも思えないし、かりに出たとしても弥太郎なら滅多なことはないだろうが、それでも万一ということもある。
そう思って俺が立ち上がろうとする寸前、弥太郎の父上が手をあげて俺を制した。
「どうされました?」
「……四半刻ばかり、近くの野山をかけまわれば戻ってくるでしょう。天城様が追われるまでもありません」
「は、はあ……あの、こんなことがしょっちゅう?」
「……娘があなたさまにお仕えする前は、日常茶飯事でした」
……なんだか、色々と弥太郎の少女離れした力の源がわかった一日だった。
「な、なあ、颯馬」
この時、はじめて岩鶴が口を開いた。まだ少々顔が赤かったが。
「どうした?」
「あのさ、俺たち、もしかしてみんな弥太郎みたいに強くなれるのか、ここにいると」
「……無理だ、と断言できないところがおそろしい」
もしそうだとしたら、稀有な人材である。景虎様にお願いして、なんとしても召抱えてもらわねばなるまい。半ば本気でそんなことを考えながら、俺はやっぱり弥太郎を迎えに出るために立ち上がるのだった。