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No.10186の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~  【第一部 完結】 【その他 戦極姫短編集】[月桂](2010/10/31 20:50)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(一)[月桂](2009/07/14 21:27)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(二)[月桂](2009/07/19 23:19)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(三)[月桂](2010/10/21 21:13)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(四)[月桂](2009/07/19 12:10)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(五)[月桂](2009/07/19 23:19)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(六)[月桂](2009/07/20 10:58)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(一)[月桂](2009/07/25 00:53)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(二)[月桂](2009/07/25 00:53)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(三)[月桂](2009/08/07 18:36)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(四)[月桂](2009/08/07 18:30)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(一)[月桂](2009/08/26 01:11)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(二)[月桂](2009/08/26 01:10)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(三)[月桂](2009/08/30 13:48)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(四)[月桂](2010/05/05 19:03)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/09/04 01:04)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(一)[月桂](2009/09/07 01:02)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(二)[月桂](2009/09/07 01:01)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(三)[月桂](2009/09/11 01:35)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(四)[月桂](2009/09/11 01:33)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(一)[月桂](2009/09/13 21:45)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(二)[月桂](2009/09/15 23:23)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(三)[月桂](2009/09/19 08:03)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(四)[月桂](2009/09/20 11:45)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(五)[月桂](2009/09/21 16:09)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(六)[月桂](2009/09/21 16:08)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(一)[月桂](2009/09/22 00:44)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(二)[月桂](2009/09/22 20:38)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(三)[月桂](2009/09/23 19:22)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(四)[月桂](2009/09/24 14:36)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(一)[月桂](2009/09/25 20:18)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(二)[月桂](2009/09/26 13:45)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(三)[月桂](2009/09/26 23:35)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(四)[月桂](2009/09/30 20:54)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(五) (残酷表現あり、注意してください) [月桂](2009/09/27 21:13)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(一)[月桂](2009/09/30 21:30)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(二)[月桂](2009/10/04 16:59)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(三)[月桂](2009/10/04 18:31)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/10/05 00:20)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(四)[月桂](2010/05/05 19:07)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(五)[月桂](2010/05/05 19:13)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(六)[月桂](2009/10/11 15:39)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(七)[月桂](2009/10/12 15:12)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(八)[月桂](2009/10/15 01:16)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(一)[月桂](2010/05/05 19:21)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(二)[月桂](2009/11/30 22:02)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(三)[月桂](2009/12/01 22:01)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(四)[月桂](2009/12/12 12:36)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(五)[月桂](2009/12/06 22:32)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(六)[月桂](2009/12/13 18:41)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(七)[月桂](2009/12/19 21:25)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(八)[月桂](2009/12/27 16:48)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(九)[月桂](2009/12/30 01:41)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十)[月桂](2009/12/30 15:57)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/01/02 23:44)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十一)[月桂](2010/01/03 14:31)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十二)[月桂](2010/01/11 14:43)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十三)[月桂](2010/01/13 22:36)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十四)[月桂](2010/01/17 21:41)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 筑前(第二部予告)[月桂](2010/05/09 16:53)
[60] 聖将記 ~Fate/stay night~ [月桂](2010/01/19 21:57)
[61] 影将記【戦極姫2発売記念】[月桂](2010/02/25 23:29)
[62] 影将記(二)[月桂](2010/02/27 20:18)
[63] 影将記(三)[月桂](2010/02/27 20:16)
[64] 影将記(四)[月桂](2010/03/03 00:09)
[65] 影将記(五) 【完結】[月桂](2010/05/02 21:11)
[66] 鮭将記[月桂](2010/10/31 20:47)
[67] 鮭将記(二)[月桂](2010/10/26 14:17)
[68] 鮭将記(三)[月桂](2010/10/31 20:43)
[69] 鮭将記(四) [月桂](2011/04/10 23:45)
[70] 鮭将記(五) 4/10投稿分[月桂](2011/04/10 23:40)
[71] 姫将記 & 【お知らせ 2018 6/24】[月桂](2018/06/24 00:17)
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[10186] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(一)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/07 01:02

 俺は硯から筆を取ると、目の前の紙に向かって頭に思い描いたことを書き連ねていく。
 俺の知る未来の知識が活かせないものかと考えてのことである。先の蘆名との一戦で気づいた、現在の上杉軍の問題点を改善する意味でも、これは必要なことである筈だった。


 一つ、兵農分離。
 農民兵を廃し、上杉軍を職業兵のみで構成する案である。
 農繁期を気にする必要がなくなり、また農民たちにとっても、いつ戦で徴兵されるかと戦々恐々する必要がなくなるため、農政面から見ても良い効果が期待できるだろう。
 だが、同時に農民たちの武装解除を進めねばならず、これがどれだけ困難なことかは後年の豊臣秀吉の刀狩りを見ても明らかであった。
 武士階級以外の武装解除とは、すなわち彼らが武士に反抗するための手段を取り上げて、武士による支配を強化することでもある。唯々諾々とそれに従うほどに、この時代の農民たちは弱くはないのである。


 また、軍隊とは何一つ生み出さず、消費するだけの存在である。
 軍を職業兵のみで構成すれば、錬度の面では大いに効果をあげられるだろうが、肥大した軍を支える財力も膨大なものとなるだろう。それを避けようとすれば兵力を減らすしかないが、その程度の兵力では四方の国境を守り抜くことはきわめて難しい。
 少数精鋭といえば聞こえは良いが、どれだけ良く訓練された精兵でも、数に優る農民兵に撃破された例は枚挙に暇がないのである。
 兵農分離を進めるためには、まずこれらの問題をクリアしなければならない。
 そして、それは現段階においてはほぼ不可能と言って良い。というわけで、いきなり兵農分離は無理という結論に達する。



 俺は書いたばかりの四文字に、大きくバツの印をつけた。
 しばし考え込んだ末、次の四文字を書き込んでみる。
 すなわち、攻守分離。
 これは外征のための兵と、国防のための兵を分かつ案である。他国に攻め込まれた場合、その地の国人衆がこれに当たる。その下には近在から徴兵された農民兵が従う。これは従来どおりであるが、外征に出る場合、彼らを使役することを止めるのである。
 では、誰が出るのかといえば、当然、それは上杉家直属の常備軍を組織して、これを受け持つのだ。
 ただし、これもまた少数精鋭とならざるを得ないだろう。現在の上杉家の直轄領は晴景様の旧領がほとんどであるが、これは越後全土の石高が五十万石だとすれば、十万石を越える程度しかない。
 晴景様は守護代などといっても、あくまで国人衆の中で相対的に優位な立場であったに過ぎず、後年の大名たちのように明確に主君と臣下が分けられていたわけではなかったのである。


 当然、これは現在の上杉家にも適用される。
 もっとも、景虎様の栃尾、政景様の上田などを含めれば軽く二十万石は越えるから、晴景様の時代よりはよほど立場が強い。しかし、それでも越後全体の半分にも満たないのが実情である。
 さらにうがった見方をすれば、その有利を確保するために、定実様は景虎様と政景様に遠慮しなければならない。もし守護の座にいるのが我の強い人物であれば、政景様や景虎様との間で、何らかの悶着を起こしてもおかしくはないのである。
 現守護の定実様は無理を忌み、越後の平和を重んじる立派な人物だから、そのような愚行に走ることはないだろうが、人とは変わるものだ。それに、定実様は変わらなかったとしても、配下の者が騒ぎ立てる可能性もあるだろう。
 そういった不安定な状況を打破するためにも、上杉家自体の力を強める必要がある。越後に散在する国人衆を否応なく従えられるほどの勢力があれば、無用な騒ぎを起こす者もいなくなるだろう。


 上杉家の力を強めること、すなわち。 
 中央集権。
 攻守分離の下に、新たにその文字を書き加える。
 武将たちへの褒賞は、基本的に土地である。だが、今後もそれを続けていくと、いつまでも上杉家は国人衆の旗頭的な立場から抜け出すことが出来ないことになる。これまで、ずっとそうであったように、だ。
 それを避けるためには、まず外征に極力余計な国人衆を連れて行かず、さらに戦で手柄をたてた上杉家の直属軍に与える褒賞を土地ではなく、金銭と地位にするのである。
 軍兵は上杉家が抱え、いざ戦という時に、地位に応じて配下に兵を指揮させるという形であれば、土地と人民は上杉家が押さえることになるため、配下が主家を上回る力をつけるという事態は起こりにくくなるだろう。
 また、部下に土地を与えるにしても、子飼の臣下に与えるのであれば、他の国人衆に土地を与えるよりも自家の戦力として計算できるに違いない。


 しかし、このやり方も兵力の動員数が大幅に減じるという問題はそのまま残る。それを補うために、直轄領内の農民兵を徴募するという手もあるが、それでも増やせる数は知れたものだ。
 くわえて、少数の軍は精鋭であるからこそ意味があるのであり、それに農民兵を加えて質を落とすくらいならば、余計な小細工などせず、はじめから他の国人衆を動員した方がよほどましであろう。


 これを解決するための案として俺が考え付いたのは傭兵――すなわち金で兵を雇うことである。
 別にこれは浪人でも、あるいは農家の次男三男でもかまわない。金銭を報酬として兵を集めれば、たとえ勝利して領土を得たとしても、土地を配下に与える必要はなくなる。
 兵などは必要な時に、必要なだけいれば良い。あらかじめ契約期間を切っておけば、上杉家の負担も最小限で済むだろう。見所がある者がいれば召抱えれば良い。


 この案であれば、戦を厭う農民たちは喜び、同時に戦いを望む者たちにも反感は抱かれないだろう。国人衆にしても、戦で兵力と財力を食いつぶすことがなくなれば万々歳である筈だ。
 ただ、やはり問題というものは存在する。すなわち――
「金がいくらあっても足りないな、これじゃあ」
 常備軍を養う金。傭兵を集める金。武器や糧食、また戦に勝利したときの褒賞など、俺の構想を実現するためには、春日山城の金蔵が幾つあっても十分とは言えないだけの富が必要となる。
 地獄の沙汰もなんとやら。金銭が物事を決める上で重要な役割を果たすのは、戦国も平成の世も変わらぬ真理であるらしい。当然といえば当然なんだが、数奇な体験をしている最中にしては世知辛いことである。


 
 そして最後に、俺は紙の上に一番大きな文字を書き記した。
 富国強兵。
 国を富ませ、兵を強くする。使い古された言葉は、しかし同時に真理を示す言葉でもあるらしい。
 いや、真理を示すからこそ、陳腐と思えるくらいに古来から用いられてきたのだろう。
 だが、これとてもバランスをとる必要がある。
 国を富ませるといっても、堺のように金儲けに狂奔した挙句、武力で押しつぶされては元も子もない。
 兵を強くするいっても、軍隊を肥大化させ、軍事大国となった末に内側から崩壊するようでは本末転倒である。 


 いずれにも偏らず、いずれも軽視せず、越後という国を育て上げていく。
 言葉にすれば簡単だが、これがどれだけ難しいことかは語るまでもない。それでも、この戦国の世を生き抜くためには、それが必要にして不可欠なのである。
 前途の遼遠さを思い、俺は深くため息を吐く。
 改めて眼前の紙を見やると、そこには「兵農分離」「攻守分離」「中央集権」「富国強兵」なる四字熟語が散乱している。我がことながら、実にとりとめがない。今のままでは愚者の妄想と何ら変わらないだろう。
 景虎様に上申するためには、もっと考えを煮詰めなければならない。そう考えた俺は、おもいきり伸びをした後、凝った両肩を自分の手でもみほぐす。近頃はこうして筆を取ることが多いため、肩のあたりから、ごりごりとした異音が聞こえてくる。
 この年で肩凝りとか嫌すぎる。どのみち、この軍制案は次の戦には間に合わないのだから、今の時期に根をつめすぎる必要はないだろう。


 そう考えた俺は、視線を城の中庭に向けた。
 先ごろまでは若々しい緑で彩られていた中庭の木々は、秋の足音が近づくにつれ、その身を紅く染めつつある。間もなく、春日山全体が燃えるような緋色に包まれ、城下の田は黄金色の稲穂によって満たされることになるだろう。
 紅く染まる木々の色は、越後中の人々が待ち望む収穫の季節の訪れを告げるものだった。


 そして、同時に、新たな戦いの始まりを告げる烽火の色でもあった。


 越後軍の先鋒となる義清は、すでに信濃に潜入した頃であろう。
 俺は最近ようやく手に馴染んできた鉄扇を取り出すと、音を立ててそれを開いた。
 すると、そこに刻まれた九曜巴の家紋が視界に入ってくる。
 定満の助言を受けながら俺が考案し、定実様、景虎様、政景様、兼続らと討議の末に採用された、対武田の戦略。それが、いよいよ現実のものとなる日が近づいているのだ。
 いくつかの修正を経た上で皆の承認を得たとはいえ、その根本はまぎれもなく俺の案である。


「武田信玄と戦略を競う、か。これも得がたい経験、と言うべきなのかな?」
 景虎様――上杉謙信と矛を交え、今また武田信玄に戦いを挑む。
 どちらも、一介の大学生にとっては大それたことに違いない。それを自覚する俺は、しかし、かつて景虎様と対峙した時と違い、不思議なほどに落ち着いていた。
 それは敵が信玄といえど、味方に景虎様がいれば何とかなるという楽観ゆえか。
 あるいは、手に持つ鉄扇が示す景虎様の信頼を感じているゆえか。
 それとも――歴史に名を刻む英傑たちと、同じ舞台にたつ。俺はそんな奇跡を受け入れ、そして喜んでいるのかもしれない。この戦乱の世にあって、人の死と不幸は、平成の世よりもずっと身近にある。それはつまり、俺程度の力でも、救うことが出来る人がたくさんいるということではないのか、と。
(……なんとも手前勝手な戦う理由だ)
 脳裏を横切る、今際の際の両親の顔。
 砕けるほどに強く、奥歯をかみ締めながら、俺はその光景を追い払う。
 今はまだ、早い。そう自分に言い聞かせながら。




「――天城様、景虎様がお呼びです」
「……わかった、ありがとう、弥太郎」
 部下の知らせを聞き、俺は開いていた鉄扇を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
 甲冑をまとわず、刀も差さないままに、俺が襖を開けると、そこには弥太郎と、そして無言で佇む段蔵の姿があった。
 いくぞ、と声をかけることもしない。俺が歩き出すと、二人はすぐその後についてきてくれた。
 間もなく訪れる収穫に先立ち、俺たちは春日山城を離れることが決まっていた。
 向かう先は、日本海に浮かぶ孤島・佐渡島。
 ここ数月、幾度も練り直した戦略を、ようやく机上から現実へ移す刻が来たのである。



◆◆



 佐渡本間氏の惣領である雑太城主本間有泰は、長年の心労でほとんど白一色となった頭を、力なく抱えていた。
 その前に座するのは一族の有力者である本間貞兼。河原田城城主にして、今や惣領である有泰を凌ぐ権勢を手中にした野心家である。有泰とは異なり、未だ黒々とした色艶を発する髪に手をあてながら、貞兼はこともなげに口を開く。
「何も悩む必要はござるまい。元々、我らは春日山の同盟者。臣下の誓いをしたわけではない。同盟は結び、そして破るもの。為景とていくつもの盟約を破棄していたではござらんか。別にわれらが躊躇する理由はござるまい」
 その貞兼の言葉を聞き「左様、左様」と頷くのは羽茂城主である本間左馬助である。
 河原田城の貞兼と提携し、佐渡における権勢を河原田本間氏と二分する人物でもある。


 貞兼と左馬助が手を組み、有泰を傀儡としている。
 今の佐渡の情勢は、要するにこの一行が全てであった。
 だが、農民たちの重税に対する抗議や反抗こそあれ、貞兼と左馬助らの権勢が確立されてから小康状態を保ってきた佐渡の平穏は、今大きく揺らごうとしていた。
 佐渡本間氏にとっての宿願、越後進出が現実味を帯びてきたと確信させる情報が、海を越えてきたからである。


 有泰は重い口を開き、血気に逸る一族を何とかおしとどめようとする。
「かつての内乱で、我らは為景殿と定実様をお助けし、お二人が越後に返り咲く一助となった。それゆえにこの佐渡の地を任され、今日までその地位は揺らいでおらぬ。そして定実様が守護職に復権なさったからには、今後も揺らぐことはないであろう。何故、今、危険を冒してまで越後に兵を向けねばならんのだ」
 だが、その有泰の言葉に、貞兼は鼻をならして答えた。
「そもそもそれが気に入らぬのでござるよ。守護職に返り咲いた定実殿は、かつての我らの功に何も報いてくださらぬ。佐渡の安堵、などと言ったところで、我らは鎌倉の昔よりこの地を守護してきた者でござる。それは褒美などといえたものではござるまい」
 貞兼の言葉に追随するように、左馬助も口を開く。
「左様、左様。此度の戦で名をあげた小娘どもとて、かつて我らが彼奴らの父親を助けておらねば、そもそもこの世に生をうけることさえ出来なんだではありませぬか。であれば、越後の地の半分も差出し、我らに礼を申すべきところ。しかるに、春日山への不参を理由に譴責の使者を向けてくるとは増長も極まるというものでござる」


 貞兼は慎重論を唱える有泰に向けて冷笑を向ける。
「なに、惣領殿は雑太城で佐渡の地に睨みをきかせていただければよろしい。戦は我らがやりましょうぞ」
「本間家の力では、集められる兵は二千にも満たぬ。その程度で越後側に勝てると思っておるのか? まして敵は軍神と名高い景虎殿じゃぞ。先の蘆名殿との一戦で、苦もなく陸奥の強兵をやぶってのけたことを知らぬわけではあるまい」
「無論、存じておりますよ。確かに惣領殿の仰るとおり、我らが集められる兵力は、農民どもをかき集めても二千が精々でござろう。しかし、金鉱脈の開発のおかげで、我らの金蔵には唸るほどの金が貯えてござる。これをばらまけば、越後の国人衆を味方につけることも難しくはござるまい。武器も兵糧もしっかとたくわえてありもうす」
「左様、左様。それに我らが動いたところで、景虎は出て来れませぬでな。惣領殿の心配は無用ですぞ」


 左馬助の言葉に、有泰は困惑の表情を浮かべた。
 その顔を見て、左馬助は揶揄するように口を開いた。
「おや、惣領殿は上杉家が収穫を前に信濃を急襲したことをご存じない? すでに一族郎党を率いた村上義清は、北信濃の飯山城を攻め落とし、そこに篭ったそうでござる」
「なんと?!」
 有泰の驚きに、左馬助のみならず貞兼の顔にも嘲弄が浮かんだ。
「この程度の情報も掴めず、軽挙を慎めとは笑止ではありませんかな、惣領殿。武田と上杉の激突がついに、と今や町民たちの間でさえ話題になっておるというのに」
 貞兼の皮肉に、有泰は苦渋の表情を浮かべて押し黙るしかない。
 雑太城主とはいえ、周囲はすべて貞兼らの息のかかった者たちで固められている。そのような情報が有泰の耳に届く筈もなかった。当然、貞兼も左馬助も、それを承知の上で言っているのである。



 その有泰に向けて、貞兼は一枚の書状を、懐から取り出してみせた。
「申し忘れておりましたが、実はこのような書状が先日、私のもとに届きまして」
「……誰からのものだ?」
「甲斐守護職、武田晴信殿」
 その名を聞いて、有泰は息をのむ。
 そして、眼前の二人による佐渡本間氏の命運を賭した博打じみた戦が、最早とめられないことを悟った。
 顔色を失った惣領を見て、貞兼は心地よさげに笑う。
「内容は語るまでもありますまい。武田との戦の最中、上杉の背後を衝けば、晴信殿が越後を制した暁には、越後国内より十万石を賜るとの墨付きでござる」
「無論、我らが切り取った領土はそれに含まれぬとの気前の良いお言葉。清貧を旨とする辛気臭い軍神どのではこうはいきますまいよ」
「いかさま。その軍神も信濃に遠出中とあらば、春日山から援軍が来るとしても、おそらくは上田の小娘。我らの力をもってすれば容易く打ち破れよう」
「左様、左様。佐渡は長年、越後の者らに搾り取られてきましたからなあ。恨みは骨髄に徹しております。此度の戦で、先達の無念、見事晴らしてご覧にいれましょうぞ」


 互いに笑いあいながら、野心と驕慢を露にする貞兼と左馬助。
 彼ら二人の主筋にあたる有泰は、ただ黙然とその笑いを見ていることしか出来ない。
 有泰には、二人の作戦を否定するだけの情報も、識見もない。あるいは二人の言うとおり、これは本間家にとって稀有の好機なのかもしれないとも思う。
 だが、その可能性に思いを致しつつも、しかし、有泰の胸奥には黒雲が湧き上がっていた。
 鎌倉より数百年、佐渡の地を支配し続けてきた本間家の栄光の光を閉ざす、厚く重い黒雲が。
 



◆◆



  
「ふんふんふ~ん♪」
 鼻歌なんぞ歌いながら、上機嫌な政景様の横で、俺は正直倒れる寸前であった。
 情けない話だが、今も弥太郎に支えられて何とか立っているくらいである。
 そんな俺の様子にようやく気づいたのか、政景様は長く伸びた紅茶色の髪をかきあげながら口を開く。
「まったく情けないわね、ほんの数刻、舟に乗ってただけじゃないの」
「……そ、そうなんですが……うえっぷ」
「返事もできないほど弱ってるのはわかったから、とっとと横になって休んでなさい。戦はこれからなんでしょう、軍師殿?」
「は、はい、すみません……げふ」
「……というか、ほんとに大丈夫?」
 からかい甲斐のない俺に不満そうな顔をしながら、それでもこちらを案じてくれる政景様に対し、俺は目線を合わせることさえ出来なかった。というより、あわせたくなかった。多分、今の俺、死んだ魚のような目になってるだろうからなあ……


 
 なんということはない。
 単に越後から佐渡に渡ってきただけなんだが――だけなのだが。
 まさか、この時代の舟がこれほど揺れるとは。船酔いには強い方だと思っていたのだが、科学満載の高速船と、人力オンリーの軍船がこれほど違う乗り物だとは思わなかったデス。
 越後と佐渡の間に広がる日本海が、佐渡の独立にとってどれだけ貴重な防壁であるかが良くわかる。
 もっとも、政景様率いる佐渡征討軍二百は、数月間に渡って潜伏していた軒猿らの先導と、佐渡国内の協力者によって、敵の迎撃を受けることなく、赤泊の海岸に上陸することが出来ていた。


 この協力者、赤泊城主の本間氏(ややこしいが、佐渡には本間を名乗る家が十以上もある)の家臣で藍原正弦(あいはら せいげん)という。この地の領主の一人に藍原家があるが、遠祖は知らず、現代の領主とは関わりのない身の上であるらしい。
 佐渡でも力の強い羽茂本間家に従う赤泊本間家は、他家に比べて耕作できる土地が少なく、石高は千石にも及ばない。そのため、領主の贅沢に費やすための金銭は、民への重税という形でまかなわれていた。
 ただでさえ豊かとはいえない土地柄で、領主の贅沢のために重税を課され、農民たちの負担は言語に絶するものであったようだ。
 正弦はこの現状を憂えていたのだが、自分ひとりでは如何ともしがたいと唇をかみ締める日々を送っていたのである。


 その彼に目をつけたのが、佐渡に潜入し、この地の情報を集めていた軒猿であった。
 正弦は実直な人物で、かりそめにも主と呼んだ人物を裏切ることにはためらわざるを得なかった。が、このままの状況が続けば、遠からず赤泊領内に餓死者が出るであろうことは間違いなく、それ以前に農民たちの怒りが爆発してしまうことは明らかだった。
 一揆が起これば、正弦は先頭に立って、食うにも困る貧しい農民たちと戦わねばならなくなる。
 たとえ正弦がいなくても、農民たちに勝算がある筈もない。一揆に失敗した農民やその家族がどのような目にあわされるか――それを考えたとき、正弦は心のうちで覚悟を決めたのである。




 かくて、軒猿と正弦、そして近辺の農民たちの協力により、俺たちは赤泊海岸に上陸した。
 上陸後、しばらくは陸にあがった河童同然であった俺も、夜になる頃には何とか体調は回復していたので、天幕に寝転がりながら、これからの行動をざっと追うことにする。


 佐渡討伐。
 俺が武田と対峙する前に、それに踏み切ったのは、軒猿から送られてきた一通の報告書を読んだ時である。そこには、佐渡の現在の勢力状況や人物関係の他に、蘆名勢侵入の際、有力領主の幾人かが、それに乗じる気配を示したことが記されていたのである。
 蘆名の侵入で妄動するような連中ならば、武田からの示唆があれば、まず間違いなく動くだろう。いずれ折を見て、などと言ってはいられなくなってしまった。


 秘すべき信濃の戦況が、人の口の端にのぼるようになったのは、無論、俺が軒猿に命じたためである。噂を広めるに、忍以上のものはいない。
 その為にこそ、収穫より以前に、義清に蜂起してもらったのである。
 偽りの情報は、いつそれが見破られるかわからないという危険が伴うが、真実の情報であれば、こちらが細工をするまでもなく勝手に広がっていく。その噂が広まれば、間違いなく佐渡の野心家たちは動き出すだろう。それは蘆名侵入の折の反応を見ても明らかであった。
 ――そこを叩く。
 武田との戦いに備え、後顧の憂いをなくす。そして、佐渡の鉱脈を上杉家のものとする一石二鳥の作戦である。富国強兵をなすためにも財力の充実は必要不可欠である。佐渡の鉱脈は、上杉家の府庫をおおいに潤してくれるだろう。



 問題は佐渡よりもむしろ信濃にあった。
 佐渡の動きを促すために蜂起を早めてもらった信濃の戦況は、予断を許さないものになるだろう。
 だが、この点、俺はあまり心配してはいなかった。
 現在、北信濃を統べる武田軍は、旭山城の春日虎綱と、葛尾城の内藤昌秀の二人が統べている。いずれも軍を指揮する能力はもとより、内治の手腕にも長けた者たちである。だからこそ、収穫前のこの時期、占領間もない信濃の地で、大兵を催すことはないだろう。
 甲斐の晴信とて、まだ動員を完了している筈もない。つまり、早々に武田の大軍が飯山城を取り囲む、という戦況は、高い確率で起こらないと判断できるのである。
 仮に二将が直属の兵のみを率いて飯山城の義清を討とうとすれば、その時は国境に待機している景虎様の軍で一気に旭山城を襲ってもらう。城を陥とすことは出来なくても、飯山城の武田軍を動揺させることは出来るだろうし、彼らが旭山城に退こうとすれば、その退き際を義清に追い討ってもらえば、勝利をつかむことは難しくない。
 また、武田軍が動かなければ、それはそれでかまわない。その間に佐渡の征討を終わらせ、収穫が完了した後、改めて兵を徴募し、信濃の地に赴けば良いのである。
 
 


「さて、机上の計算は、現実でどうなるのかな」
 俺は一人、床の上でしずかに呟く。
 決して政景様の強さを疑うわけではないが、こちらは上杉軍二百に、軒猿が三十人ほど。農民たちを兵に加えれば、もうすこし数を増やせるが、政景様はあっさりとその案を蹴飛ばした。自分たちだけで十分ということであろう。
 だが、質で優る軍が、数で押しつぶされることはめずらしくない。
 佐渡討伐のための試金石ともいうべき、赤泊城攻略戦。これにてこずると、折角つくった優位がふいになり、佐渡を従わせるために必要な時間は膨大なものとなる。


 間もなく始まる戦は、絶対に負けることが許されない戦となるだろう。
 そう思った俺は、その言葉のあまりの無意味さに思わず苦笑してしまった。
「負けても良い戦なんて、それこそ許されないよな」
 頬を強く叩くと、胸にわだかまった不快感を無理やりに押し込め、俺は立ちあがる。
 これ以上のんびりとしていることは、さすがに出来なかった。




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