越後新発田城、城外。
陸奥の蘆名軍侵入の報告を受け、春日山城から急行してきた景虎様率いる上杉軍は、春日山から引き連れてきた軍勢と、新発田城と周辺の領主たちの軍勢をあわせ、三千に達しようとしていた。
侵入してきた蘆名軍はおおよそ二千との情報がすでに届いている。率いる将は、蘆名盛氏本人ではなく、重臣の一人であるらしい。
数の上でも、率いる将の力でも、上杉軍が優位に立ったと見て良いだろう。
蘆名軍の侵入はおそらく様子見であろう。武田の示唆を受けたにしては、時期が早すぎる。
おそらく、村上義清が越後に逃れ、上杉と武田が信濃で対峙したこと等の情報を掴み、あわよくば越後の一部を占領せんとしたのではないか。
しかし、仮にそのとおりだとしても、二千の軍勢を甘く見ることは出来ない。それに蘆名家はこちらの対応が遅れれば、本格的に越後の地を侵して来る心算であろう。
この戦いは、定実様が春日山城主になられてから、はじめて越後国に踏み込まれての戦いとなる。ここで手間取ってしまうと、上杉家おそるるに足らずと、周辺諸国のみならず越後の国人衆の間にも不穏な空気が漂うことになりかねない。
速やかに一戦し、速やかに追い返すべし。
春日山城での軍議は衆議一決し、再び景虎様が軍を率いることになったのである。
……また留守番となった政景様は、半ば本気で守護代になったことを後悔している様子だった。
政景様の嘆きは、武を誇りとする将としては最もなことなのだろうが、蘆名の侵入に呼応する勢力がいないとは限らず、最悪の場合、武田の侵攻を誘発する危険さえある。その時に備えるため、守護代には春日山城をしっかりと固めてもらわねばならなかったのだ。
だが、この時期、蘆名が侵入してきたことは、かえって上杉家にとって有利に働くかもしれない。俺はそうも考えていた。政景様の活躍の場が出来るかもしれないとも。
もっとも、それは軒猿の報告次第なので、誰にも言わなかったのだが。
「オンベイシラマンダヤソワカ、オンベイシラマンダヤソワカ……」
毘沙門天の真言を紡ぐ景虎様の言葉が、出陣を控えた上杉軍の将兵を包み込むように広がっていく。
出陣前、士気を高めるために主将が将兵を鼓舞するのは戦時の習いである。
神仏に祈りを捧げたり、あるいは自軍の正義を謳いあげたりと、その方法は様々であろうが、命をかけて戦にのぞむ将兵から怖気を取り払い、勇気を奮い立たせるのは、将として当然のことであった。
「……天道は我にあり、地の大略も我にあり、人成す和も我にあり……」
そして、景虎様は出陣前に勧請を行うことを常としていた。
軍神、毘沙門天の化身と自他ともに任ずる景虎様のそれは、将兵が高らかに鬨の声をあげるような景気の良いものではない。
数千の軍勢が集結しているとは信じがたいほどの静謐な空間。将兵は粛然と佇み、頭を垂れる。
その将兵の真摯な姿勢に応えるように、景虎様の声が一際高くなった。
「毘沙門天よ……我に来たれッ!」
その瞬間。
神仏と縁の薄い俺でさえ、背筋を震わせるほどの『何か』がこの場に満ちた。
神気、霊気、覇気、闘気、なんでもよい。ともかく何かの気が景虎様を中心として、あたり一面を奔流となって駆け巡ったのである。
神降ろし。
真に景虎様の身体に毘沙門天が降りたのだと、この場にいるほとんどの者が信じたであろう。
心身に心地よい緊張が走り、同時に不退転の戦意が身の奥より滾々とわきあがってくる。
「毘沙門天は我と共にあり、我を阻む者なし――我の進むところ、すなわち天道であるッ!」
信越国境に向かう時とあわせて、俺が景虎様の出陣の儀に立ち会ったのはこれが二度目である。
だが、何度目であろうが関係ない。景虎様の下に集った将兵は、二度が二十度であろうとも、この方の下で戦えることを喜び、また誇りとして、全精力をもって戦に臨むであろう。
自らが正義であると、景虎様が駆けるその先にこそ天意はあるのだと、そう信じて。
「――全軍、進撃ッ!」
景虎様が小豆長光を振り下ろすや、上杉軍はそれまでの森厳とした様相を一変させ、天地を震わす喊声をあげながら、進軍を開始する。彼らは戦意を抑え切れない様子で、各々の得物を高々と掲げ、喊声が尽きることはなかった。
思わず俺はこれからぶつかる蘆名軍が気の毒に思えてしまった。それほどに、上杉軍の勇壮な士気は圧倒的だったのである。
◆◆
この時、越後領に進軍してきた蘆名方の将は、金上盛備(かながみ もりはる)である。
金上は若いながらに政治、軍事ともにそつのない能力を有し、蘆名盛氏の信頼も厚く、蘆名家有数の武将として他国にも知られた人物であった。
その金上が陸奥の強兵を率いてきたのだから、この軍を破ることは容易ではないと蘆名家では考えていたであろう。
また、それは事実そのとおりだった――相手が、景虎様でさえなかったならば。
蘆名家と金上にとっては、手痛い教訓となったであろう。
景虎様率いる上杉軍は、新発田城を発するや、一路、国境付近で布陣していた蘆名の陣に向かい、これを捕捉するとまっすぐに襲い掛かっていった。
景虎様自らが先陣に立って蘆名の軍に斬りいるや、上杉家の精鋭は喊声をあげてそれに続き、たちまち蘆名軍に大穴を開けていく。
そこに後続の上杉軍が刀と槍をもって突撃してくると、驚き慌てた蘆名軍は成す術もなく、それに蹴散らされるしかなかった。
こんな、怒竜が火を吐きながら暴れまわるにも似た猛攻を受けるのは、蘆名軍にとってはじめての経験だったに違いない。
結局、半刻も経たずに陣容を突き崩された蘆名軍はほうほうの態で陸奥へと退きあげを開始する。
これを追い討てば、敵を全滅させることも出来たであろうが、景虎様は蘆名軍を追わず、敵が去るにまかせた。
これにより、上杉軍は蘆名軍の侵攻を退け、新発田城一帯の領土を守りぬくことに成功したのである。
景虎様は強い。
それはわかりきっていたことだった。なにしろ、俺はその景虎様と戦った身である。正面きって野戦で戦ったことはないにせよ、その武威は身に染みている。
それゆえ、景虎様の配下となって、その下で戦うことが出来る今の境遇には、思わず安堵で胸をなでおろしてしまう。
景虎様の軍と戦うなんて、一生に一度で十分すぎる。今更だが、良く生き残れたもんである。
しかし、同時に味方だからこそ気づく問題点もあった。
すなわち。
「――主将が強い、というのも考えものか」
今回の戦、俺は三百ほどの兵を率いて後詰を務めていた。上杉軍全体の流れがもっとも良く見える位置なのだが、その俺の目から見ると、今日の上杉軍は強さは比類が無いものだったが、問題がないわけではなかった。
その一つは、景虎様の強さが突出しているため、上杉軍全体が景虎様に依存してしまう傾向にあることである。
景虎様の武勇を間近で見ていれば、血の滾りが抑えきれないことはわかるのだが、皆が皆、景虎様に追随しようとするものだから、軍としての連携を欠いてしまったのである。
今回のような力と力のぶつかり合いの戦であれば、さほど問題にはなるまい。だが、戦の規模が大きくなっていけば、無視できない問題に発展してしまうかもしれない。
たとえば武田が相手であれば、おそらく伏兵や別働隊を用いて景虎様の部隊と後陣を分断しようと計るに違いなく、今日のような戦を繰り返せば、敵の思う壺にはまる可能性が高い。
それを防ぐためには、景虎様の突進に呼応して、それぞれの部隊が連動して動き、軍としての虚をつくらないようにする必要がある。つまり全軍が一斉に突撃するのではなく、景虎様の左右後方で陣形を保ち、敵に乗じる隙を与えないようにしなければならない。
今日の戦でそれが出来ていたのは、兼続と定満くらいのものだった。他の部隊――つまり、新発田城や周辺の国人衆の部隊は、景虎様の突撃の尻馬に乗って暴れただけで、あれでは軍として機能したとは言いがたい。
今日に関しては、一応俺が部隊を動かして後方を支え、敵に分断されるような隙は見せなかった。それに、敵は景虎様に追いまくられていたので、こちらを痛撃するような真似は不可能であったろう。
結果論でいえば、俺が動く必要はなかったし、新発田らの行動も勢いに乗じた好判断という見方も出来る。しかし、いつもいつも、こううまく行くとは思えない。
今のうちから、何かしら対策を考えておくべきではないだろうか。
「たしかにお前の言うことは一理あるが……」
本陣で兼続と話をした際、そのことを口にすると、兼続は腕組みしつつ答えてくれた。
「景虎様の神速の用兵に呼応するには、一朝一夕では無理だ。とくに今日の戦、新発田たちの兵は臨時に集めた農民たちが主力だったから尚更な。むしろ、私はお前が追随してこれたことの方が驚き――って、どうしてそこで目を丸くする?」
「……い、いえ、なんか今、直江殿の口からありえない言葉を聞いたような気がしたんですが」
もしかして褒めてますか、とおそるおそる聞いたら、なんかため息をつかれました。
「いかに嫌いと公言した相手とはいえ、才を示せば認めるし、功をたてれば褒めもする。あまり見くびってくれるな」
そう言った兼続は、何事かに気づいたように俺をじっと見つめてきた。
ちょうど良い機会だから言っておこう。
兼続はそう言うと、手近にあった石の上に座り、俺にもならうように促した。
俺がわけもわからず、兼続の指示に従って腰を下ろすと、兼続はゆっくりと口を開く。
そして、思いがけない言葉を発した。
「まず、お前に詫びなければならない。いつぞや、春日山城で言った、お前が嫌いだとの言葉、その何割かは撤回しよう。不快な思いをさせてすまなかったな」
「は、はあ……いや、不快などではなかったので、それは構わないのですが、どうしてまた急に?」
不思議に思って、俺は問いを返す。
実際、俺は兼続の言葉に不快さは感じていなかった。もちろん、嫌いだといわれて喜びはしなかったが、そもそも晴景様の直臣であり、兼続が絶対の忠誠を捧げる景虎様をあわや焼き殺す寸前までいった俺を、兼続が嫌い警戒するのは当然のことだった。
むしろ、あっさり俺を配下にした景虎様が稀有なだけであって、兼続の反応は至極まっとうなものであろう。陰口を叩かれるより、面と向かってそう言ってくれた方が、逆にすっきりするというものである。
今日の戦で、俺は確かに兼続の言うとおり、上杉軍が、軍としてのまとまりを欠くことがないように行動したが、それは後陣で兵を小器用に動かしただけで、戦闘で活躍したというわけではない。今日の戦で俺の評価を下げた者も少なくあるまい。
兼続が目立たない俺の行動を評価してくれたのは素直に嬉しいが、しかしただそれだけでこれまでの疑念を払う兼続ではないだろう。
不思議がる俺に、兼続はどこか気まずそうな表情で言葉を続けた。
「景虎様の下についてからこれまで、お前の行動は景虎様への誠心に満ちていた。今の話でもそれは明らかだからな、それを認めたというのが一つ。それと、もう一つ、先の景虎様と晴景様の戦いの時のことなのだが……」
兼続の話が、思わぬところに触れてきたので、俺は少し緊張しながら耳を澄ませた。
俺の耳朶に、兼続の憂いを残した声が響いてくる。
「戦いの契機となった、柿崎城のことだ。景家がお前に討ち取られて後、弟の弥三郎が景虎様の名代であった私を放逐し、春日山の軍に攻撃を仕掛けた」
「――はい、もちろんおぼえています」
「結果として、弥三郎は両軍共に追い返したわけだが、晴景様はこれを栃尾の謀略と断定し、開戦の理由とした」
「……はい」
俺は頷くことしか出来ぬ。それ以外の言葉は、ここにいない方を誹謗することになりかねないからである。
「率直に言えば、私はあれをお前の策略だと考えていた。あの時、景家は景虎様に従うことを宣言した後だった。その景家が討ち取られた後なれば、それが勢力を挽回しようとした景虎様の謀略であるとの決め付けも、それなりの説得力を持つ。無論、景虎様をじかに知る者であれば欺かれよう筈もないが、景虎様を噂でしか知らぬ者たちはその限りではないからな」
兼続の言葉に、俺は否定も肯定もしない。
しかし、晴景様の宣戦布告が一定の理解を得られたことは事実である。つまり、あれが景虎様の謀略であるという晴景様の主張を、是とした者が少なからずいたのである。本心からそれを信じたかどうかは別としても。
「私自身がしてやられたことはともかく、天道を歩む景虎様に汚泥をなすりつけるがごとき真似をした者を認められる筈がない。そのことで、お前を見る目が曇っていたのは遺憾ながら事実だ。かりにお前がそんな輩であれば、人の深奥を見抜く目を持っておられる景虎様が、お前を受け容れる筈などないというのに、そんな簡単なことにさえ、私は気づくことが出来なかったのだ」
情けない話だ、と兼続は自嘲するように小さく口元を歪めた。
別に情けない話ではない。主君の足りないところを補佐するのが臣下の役割なのだから、兼続の懸念は当然のことだ。柿崎城の件にしたところで、たしかに俺が裏で糸を引いていると思われても仕方ない面はある。
俺とても証拠があるわけではないが、弥三郎の行動を裏で操っていた者はいたのだろう。無論、俺はそれに一切関わっていないが、しかし兼続にそう告げることも出来ない。俺が関わっていないと言ってしまえば、必然的にその謀略が誰によって為されたものであるかがわかってしまうからである。
黙して語らぬ俺の顔を、兼続はじっと見つめてくる。
その眼差しは、彼女の主君のそれを思わせる真っ直ぐなものだった。
(似ているんだな、この二人は)
自然、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
主君とその側近だから、というのではない。いや、無論それもあるのだろうが、それ以前に景虎様と兼続は、人としてとてもよく似た心を持っているのだろうと思う。
天道とか、正義とか、言葉は色々あるが、多くの人が尊いと思い、しかしそれを掲げて生きるには難しい――そんなものを、この二人は掲げて歩こうとする人たちなのだ。
仮にこの二人がまったく違う場所で生をうけたとしても、二人は今と同じように、その道を駆けているのではないか。俺はそんな風に思った。
「――やはり、お前を登用した景虎様の目は、確かだったのだな」
俺の目に何を見たのか、兼続は改めてそう口にすると、小さく微笑んだ。
他意のない、素直な笑み。多分それは、俺がはじめてみる兼続の本当の笑顔だったのだろう。不覚にも見惚れそうになり、慌てて視線をそらす。
ついでに話も逸らそうと思い、俺はどうして急に疑いが解けたのかを聞いてみることにした。
兼続は答えて曰く。
「別に特別な何かがあったわけじゃない。これまでのお前の行動を見ていれば、私が疑っていたような策を弄する人間ではないことくらいはわかる。それに――」
兼続はやや呆れたような視線を俺の身体に――正確に言えば、顔や衣服の隙間からのぞく血止めの布に視線を向けた。
今の俺は、ほぼ全身傷だらけである。理由は、まあ、不恰好ながらかろうじて馬を御している俺の姿が物語っているだろう。
「ふ、随分としごかれたようだな?」
「……………………ええ、まあ」
「……すまん、聞くまでもなかったな」
段蔵の特訓を思い起こし、どんよりとした視線を返した俺を見て、兼続は軽く頭を下げて詫びをいれてくるが、その顔は明らかに笑いをこらえていた。口元がひくひくしてるし。こんにゃろう。
ともあれ、兼続と虚心で向き合えるようになれたことは、俺にとっても喜ばしいことである。
俺はそう思い、ほっと安堵の息を吐こうとした。
したのだが。
兼続はにこりと笑ってこう付け足して来たのである。
「その努力と此度の戦ぶりを見て、いつまでも疑いを抱くような狭量な人間にはなりたくないのでな。ゆえに詫びをいれさせてもらった次第だ、済まなかったな――『颯馬』」
お気になさらず、と応えようとした俺は、最後の兼続の言葉にびしりと身体を硬直させた。
見れば、兼続は満面の笑みを浮かべていたが、しかし目だけは笑っていなかったりする。
「随分と景虎様と親しくなったようだな。いつのまに景虎様に名を呼ばれるようになったのやら。それに、その帯に差している鉄扇、つい先日まで景虎様の懐にあった物と同じに見えるのだが」
ずい、と一歩近づいてくる直江兼続。
ずざ、と一歩あとずさる天城颯馬(俺)。
景虎様に全身全霊で仕える兼続のことだ。どうやら疑いを解いてくれたとはいえ、新参の俺が無用に主君に近づくことを快くは思うまい。くわえて、どうも兼続は俺に限らず、男性が景虎様に近づくことに強い警戒心を抱いている節がある。こう、世間知らずな妹を、世間の男どもの毒牙から頑張って守ろうとしているお姉さんみたいな感じである。
「さ、さて、私はこの辺で失礼しま――」
そのことを思い出した俺は、今の俺の立場が、兼続の警戒網のど真ん中に位置することに気づき、素早く身を翻してこの場から逃れようとする――が。
「なに、そう急く必要もあるまい」
がしり、と右肩に置かれる兼続の手。
女性らしい細腕の筈なのに、つかまれた俺の肩はみしみしと嫌な音できしんでいる。
「い、いたたたッ、な、直江殿、何やら私と直江殿の間には誤解があると思うのですよ?!」
「そうか、ではその誤解を解こうではないか。なに、時間はたっぷりとある。とっくりと語りあうとしようぞ。それに、私のことは兼続で良いぞ。私もお前のことを『颯馬』と呼ばせてもらうからな。景虎様と同じように『颯馬』と。無論かまうまい、『颯馬』?」
「は、はい、かまわないんですが、名を呼ぶ時に、なにか異様な迫力を感じるのは私の気のせいなのでしょうかッ? あと、肩を掴む腕の力が、名前呼ぶ毎に強くなってる気がするいたたたッ?!」
「さて、ではいこうか。なに、景虎様とのやりとりを一言一句、片言隻語ももらさず語れば良いだけだ。そうそう、私でさえ下賜されたことのない扇を譲りうけた一部始終も語ってもらおうか。簡単なことであろう」
私でさえ、という語句に俺はついいらぬことを問うてしまう。
「羨ましいんですか――って、いだだだッ、か、兼続殿、耳はやめッ?!」
無言で肩を掴んでいた手を放した兼続は、無造作に俺の耳を掴むと、思いっきり引っ張ってきた。
「口は災いの元というぞ。気をつけろ、颯馬」
「骨身に刻んで忘れませんので、手を放してくださいッ」
「髪をつかまれた方が良いならそうするが」
「……ぜひ耳でお願いいたします」
「うん、では行こうか」
俺の悲鳴も抗議もどこ吹く風か。
結局、兼続に引きずられるようにして連行された俺は、ほぼ一刻に渡る説教の末に、俺たちの姿が見えず、様子を見に来た景虎様の仲裁でようやく解放されたのだった……