「……ふむ、佐渡の情報でございますか」
俺の前に座る初老の男性は、顎の髭をこするように指でもみながら、うろんげな視線をこちらに向けてくる。
だが、返答は案外すんなりとしたものだった。
「もとより、景虎様の御依頼とあらば否やはございませぬ。ただちに人数を派遣いたしますが、期間はいかほどいただけるのか?」
「出来る限り早く、ということでお願いしたい。佐渡の心底次第で、とりえる策が異なってきてしまうので」
俺の言葉に、男性はもともと細い目をさらに細めた。糸のような目から、針のような眼光が俺の顔に突き刺さる。
その鋭すぎる眼光を、しかし俺は真っ向から見返した。
しばしの間、沈黙がその場に満ちる。
やがて、男性は再び口を開いた。
「忍も万能ではござらん。無理を通すのであれば、相応の代償を頂くが、用意はおありか?」
「はい、もっとも相場を知らないので、これでよいものかわかりませんが」
そう言って、俺は懐から持ってきた金を取り出す。
ずしりと重い手ごたえも当然のこと。何せこれまでの俺の俸禄の残りをほぼ全てかき集めてきたのだから。
男性はその袋を受け取り、中を確認すると、なんともいえない渋面をつくった。
足りなかったか、と冷や汗をかくが、どうもそうではないらしい。
「天城殿、貴殿、我らに佐渡の本間を暗殺しろとでも仰せか。そうでなければ、これはさすがに多すぎまするぞ」
「い、いや、もちろん情報を得るだけで十分です。このようなことを聞くのはお恥ずかしいのですが、いくらぐらい用意すればよかったのでしょう?」
「この半分の半分の、そのまた半分の半分、というところでしょうかな。それも長尾家に限ってのことで、他家はもっと安く我ら忍を使っていることでしょう」
この時代、忍といっても、後年の誇張されたイメージのそれではない。
炎を巻き起こしたり、身体を幾つにも分けたり、あるいは見上げるような高さの壁を手掛かりなしで飛び上がったりといった芸当は出来ないのである。
無論、常日頃鍛えた心身はそこらの人間に比するべくもない域に達しているが、あくまでそれは人として可能な範囲の強さである。漫画やテレビのような忍は、それこそ空想の中にしかいないらしい。少し残念かも。
それはともかく、情報を収集する場合にも、商人や虚無僧として各地を歩き、民との会話や物品の売れ行きからその地の情勢を推し量るのが主であるらしい。時には城内に忍び込む場合もあるらしいが、敵に見つかればまず間違いなく命がなくなってしまう危険な賭けであるため、よほどのことがない限り、そこまで踏み込むことはないそうだ。
城に忍びこむとなれば、当然、里の中でも優れた者が行うため、これを失うことは里にとって大きな損失になってしまうのである。
「ことに我ら軒猿(のきざる)は数があまり多くはござらんでな。無理は慎まねばならんのです」
男性――忍集団・軒猿の首領であるその人物は、そういって小さく笑った。
すると、先刻までの尖った雰囲気が一変し、好々爺と形容できそうな人の好い顔になる。
忍者の棟梁というくらいだから、強面で、常に殺気を撒き散らしているような人物を想像していたのだが、えらく想像とかけはなれた人だった。
もっとも、笑いながらも、その視線の鋭さはいささかも変わらないあたり、その気になれば笑顔で人の首を切ることも出来るのかもしれない。
軒猿は長尾家の忍びではあるが、正式な家臣というわけではない。
普段は土地を耕し、作物を育てる生活をしており、農民と大差はないのである。
そして、忍としての力が必要になった時、必要に応じて雇われる。つまり、軒猿は俺のように禄を食んでいるわけではない。その党首には、多くの忍を養っていく経営者としての才覚も求められるのである。
忍者は、その特殊性ゆえに敵が多く、味方から猜疑の目を向けられることも少なくない。身分としても武士より劣るものとして扱われ、日陰者として蔑まれる、そんな忍の集団を統率することがいかに困難であるかは言をまたないだろう。
笑顔で人を斬れるかもしれない、と俺はいったが、冷静に考えれば、そのくらいの人物でなければ軒猿はとうの昔に滅ぼされていたのかもしれない。
その後、いくつかのやり取りをした後、俺は差し出した金はそのままに軒猿の里を辞去した。
今後、彼らの協力は不可欠であったから、その挨拶もかねてということで、向こうにも納得してもらっている。
それに、弥太郎たちの俸禄分以外、ろくに使い道もない金だから、手放したところで痛くもないしな。
「ひとまずこれで佐渡は良し、と。越中は親不知(おやしらず)の道を塞げば大丈夫だろうって話だったが、やはり一度は見ておくべきか」
軒猿の里から春日山城に戻る道すがら、俺はひとりごちる。弥太郎たちは武芸の修練に勤しんでいるため、声をかけてこなかったのである。
まだ馬に乗れない俺は、当然徒歩で城に戻ることになるのだが、本格的な夏を間近に控え、頸木平野は鮮やかな緑で彩られつつある。ぽかぽかとした陽気に、ついつい俺の足取りも軽くなっていた。
と、その時だった。
「――春日山の重臣が供も従えず、腰に大小も差さずに一人歩きとは。無用心に過ぎます」
そんな声が背後から聞こえてきた。
気配など微塵も感じていなかった俺は、大慌てで後ろを振り返る。
すると、そこには見たことのない女性――というより、少女がいた。
黒髪を耳の後ろあたりでばっさりと切り揃えた小柄な少女は、目線を上げて俺の顔に視線を注いでいる。その漆黒の眼差しの鋭さは、とても子供のものとは思えなかった。
どこか怒りの空気さえまとわせながら、睨むようにこちらを見据える少女を前に、俺はわけもわからず立ち尽くすことしか出来なかった。
◆◆
時をわずかに遡る。
天城が退出してからしばらく、軒猿の長は無言で何やら考え込んでいたが、しばらくすると室内の影になっている空間に向けて、声を発する。
「段蔵」
――すると、それに応えるように、今の今まで誰もいなかったと思われていた空間から、宙からにじみ出るように一人の少女の姿が浮かび上がってきた。
「こちらに」
跪く少女に、長は短い問いを向けた。
「どう見た?」
「所詮、噂は噂に過ぎぬ、と。景虎様と並び称されるには、明らかに役者不足でありましょう」
「そうだな、それはその通りだが……」
少女の言葉に、長は頷いてみせたが、その肯定にはどこか戸惑いが含まれていることを、敏感に少女は察した。
「あの男、何か気になることでもございましたか」
警戒心のかけらもない、取るに足らない男。実際、もし少女がその気になっていれば、簡単に命を奪うことが出来たであろう。そもそも、武士が大小も差さずに出歩くなど論外ではないか。
「うむ、確かに命を奪うは容易かったであろう。しかし、そうすればこの里は越後中を敵にまわし、遠からず滅びるであろうな。あの者の内実がどうであれ、越後に知れ渡った名声は真のものだ」
長の言葉に、少女は小さく頷いた。
「はい、それは否定いたしませぬ。あくまで私が申し上げたのは、あの者個人に関する見解でございます。わずかに付け加えるならば、少なくとも他の武士と違い、吝嗇という欠点はないようですね」
天城が置いていった金銭の袋を見て、少女はすこしだけ鋭さを緩めてそう言った。
忍び働きでの収入があるとはいえ、軒猿の里は貧しい。山がちな里の土地では食物もあまり育たず、食料庫はほとんど常に空の状態であった。
これは軒猿の里に限った話ではない。頸木平野や越後平野のように豊かな土地を持っている者たちはともかく、越後の民の多くは懸命に今日を生きているのが現状である。
また、それだからこそ、かつて柿崎戦に先立ち、天城がおしげもなく城の庫を開いた際、ほとんど勝ち目がないにも関わらず、数百人もの兵士が海のものとも山のものとも知れなかった天城の下にとどまったのである。彼らにとって、その金は、自分のみならず、家族を救える額だったのだ。
軒猿は、そんな兵士たちほど純朴ではなかったが、それでも天城の気前の良さと無欲さを認めるだけの度量は持っている。忍者がおしなべて狷介であるわけではなかった。
「こちらを城に呼び出さず、自らの足で里まで来たことも評価できる。忍を見下さぬという一点では、景虎様と同じ御仁のようだ」
もっとも、忍の恐ろしさを知った上でそう接する景虎と、それを知らない天城を同列に並べることに意味があるかは疑問だが、少なくともこちらが敵愾心を抱く理由は今のところ見当たらない。
「落日の守護代を盛り立て、柿崎景家を討ち取り、長尾景虎と対等に戦った、春日山の今正成、か。一度会いたいとは思うていたが、まさかこのように早く会うことが出来るとはな」
正成とは、言うまでもなく南北朝の動乱の際、南朝側に与して最後まで戦い抜いた智勇兼備の名将、楠木正成を指している。
この時代、正成はいまだ朝敵とされており、公的には大逆の罪人のままだったが、当の敵手であった足利尊氏が正成に敬意を抱いていたように、その忠誠と報われぬ最後は、尊崇の念と共に人々の心に深く根ざしていた。
そして、その正成の再来が天城である、との評がこの時期出始めていたのである。
天城が聞いたら驚きのあまりひっくり返ったに相違ないが、しかし、長尾晴景という暗愚な主君に忠誠を尽くし、決して屈しようとしなかった天城の行動は、それほどに越後の人々に賞賛されていたのである。
――だが、物事には常に裏の面がある。
「晴景殿の悪政を助長したとて、天城殿を狙う者も少なくない」
「はい。あの警戒心の無さでは、いずれ命を落とすやもしれませぬ」
長の言葉に頷きを返しながら、少女の表情に小さく理解の灯がともる。長の言わんとしていることが、ようやくわかったのである。
「里のためにも、気前の好い客を逃さぬことは必要であろう」
「……そうかもしれませぬ」
「くわえて、このまま時を経れば、景虎様やあの者の周囲には多くの人と物があつまっていくじゃろう。我ら以外の、より大きな忍の集団が配下に加わることもあるやもしれぬ。そうなっては我らは金も糧も得られず、この貧しい土地を耕し、汲々として生きていくしかなくなろう」
「はい」
長は大きく息を吸ってから、結論を口にした。
「それを避けるために、今、行動する。景虎様はともかく、今の天城殿はまだ新参。評判こそ高いが、頼りになる味方は数えるほどしかおるまい。ここでしっかと手を結んでおけば、後々まで我らに益するであろうよ」
「……逆に天城がつまずけば、里に被害が及んでしまいますが」
「そうならぬための我らよ。かりに我らの言葉が届かぬならば、その時は見限れば良い」
長の言葉に、少女は小さく頷いた。
もとより、それはこれまでの里のやり方となんらかわらない。
どれだけ優れた忍の技をふるったところで、米も野菜も出来はしない。技を金にするためには、買い手が不可欠であり、そして忍の技を買えるだけの金を持つ人物が忍の里を訪ねてくることなど滅多にない。
であれば、こちらから技量を提供して、買い手を見つける必要があるのである。景虎との縁も、そのようにして結ばれたのだ。
ならば、天城にわずかでも見所があるのなら、こちらの価値を教えてやるというのも一つの手段であろうか。少女はそう考えた。
そして、少女の予測どおり、長の命が下される。
「加藤段蔵」
「はッ」
「汝に命じる。天城颯馬の配下となりて、彼の者を助け、軒猿の価値を知らしめよ。忍を下賎と考える武士どもに、我らの力を知らしめるのだ」
「承知仕りました」
少女――加藤段蔵は深く頭を下げる。
と、次の瞬間、段蔵の姿が掻き消えるように見えなくなる。部屋の中のどこをさがしても、その姿を見つけることは出来なかった。
自分の目すら欺きかねない早業に、長は小さく唸った。
「さすがは我が孫、『飛び加藤』の名は伊達ではないな――さて、今正成殿は我が孫を使いこなすことが出来るかな。まあ、出来るとしてもさぞてこずるであろう」
そう言ってくつくつと笑う長の顔は、忍の棟梁としてのそれではなく、どこか温かみを感じさせる祖父のそれである。
人前では決して見せない、長のもう一つの顔であった。
◆◆
「弱い! もっと両脚で強く馬体をはさみなさい。脚の力が弱いから、そうも簡単に振り落とされるのですッ」
「あ、はい、わかりました!」
景虎様の許可を得て、越中との国境へ向かう道すがら。
俺は何故だか段蔵の叱咤を浴びながら、全身傷だらけになっていた。
どうしてこうなった?
「何をぼうっとしているのですか、のんびりしている時間などないでしょうッ」
「す、すみません?!」
少しでも気を抜くと、小柄な少女から火のような叱咤が迸るため、考え事一つゆっくりと出来はしない。
いや、本当にどうしてこうなったんだろう?
軒猿の里から派遣された加藤段蔵という名の少女が、俺の配下となったのはつい先日のこと。
俺が承知したというより、少女の舌鋒の鋭さに承知させられてしまったと言った方が良いかもしれん。
初めて会った瞬間から、武士としての心得不足をこれでもかとばかりに責め立てられ、俺は反論も出来ずに佇むしかなかった。
濁流のように押し寄せる言葉におぼれそうになりながら、俺はなんとか説明した。
刀術にも心得がなく、かえって刀が邪魔になるということを。
そうしたら、段蔵は口を閉ざし、しみじみと一言仰いました。
「……これは、一から鍛えなおさないと」
――この時、俺と段蔵の関係が決まってしまったような気がしなくもない今日この頃である。
ぼろぼろになっている俺を見かねたのか、弥太郎が口を開いた。
「あ、あの段蔵、そろそろ一休みしたらどうかな。ほら、天城様も疲れているだろうし……」
おそるおそる、という感じで助け船を出す弥太郎。しかし。
「弥太郎」
「は、はひッ?!」
段蔵の視線に、弥太郎は背筋を伸ばして返事をする。
小柄な段蔵が大柄な弥太郎を見ると、文字通り「見上げる」格好になるのだが、この場合、背の高さは立場の違いにいささかの影響も及ぼさなかった。
「まもなく戦が始まるというこの時期、将たる者が馬のひとつも御せずに、どうして軍を御すことが出来るのですか。これが平時であれば、あなたの背に乗って移動するのも良いでしょう。しかし、戦場にあってそのように悠長な真似は出来ません。武士とは戦場にあって敵の首を討つ者です。あなたとて背に主を負って戦場にあれば、本気を出すことは出来ないでしょう?」
「う、は、はい、出せないです……」
「であれば、なんとしても天城様には此度の偵察任務に要する十日の往来で、馬を御せるようになっていただきます。それに、仮にも私の主たる人が、戦場で馬に乗れぬ醜態をさらすなどと、そんなことを許すわけにはいきません。それは仕える我らの恥でもあるでしょう」
「そそ、そうかもしれない、けど、そのやっぱり限度ってあるんじゃないかな、と」
「ええ、ですから限界を越さないように気をつけていますよ。かりそめにも主人なのですから、当然のことです」
「そ、そうなんだ……」
それ以上の抗弁は無理だったのか、それとも段蔵の言葉に理を認めたのか、弥太郎は口を閉ざし、俺は助け船があえなく撃沈されたことを悟らざるをえなかった。
とはいえ、段蔵の言葉に理を認めたのは俺も同じである。まあ、これまでの教練というか特訓というか、とにかく問答無用な馬術の修練に気遣いをもって臨んでいたというのは、ちょっと信じられなかったりするのだが。
「――何か異論がおありですか、天城様」
「いえッ、何一つありません」
「よろしい。では続きです」
「サー、イエッサー!」
「? 今、なんといったのですか?」
「はい、わかりました、と」
「とてもそうは聞こえなかったのですが……まあ良いです。では行きますよ。次はあちらに見える木の根元まで、馬を駆けさせてください。鐙と手綱に頼りすぎないように気をつけて」
――かくして、加藤先生の馬術教室は、日が落ちるまで続いたのである。
で、その夜。
とある寺の一つに宿を求めた俺たち(俺、弥太郎、段蔵他、俺の直属の九名)は、翌日の道中に備えて鋭気を養っていた。
あらかじめ使者を出しておいた為、寺の方では夕餉のほかに酒の準備もしてくれていたので、ほとんどはそちらに参加している。
しかし、全身の傷がうずく俺はとてもではないが酒なんぞ飲めないので、早々に退散することにした。
ろくな娯楽がないこの世界では、夜は早く寝るしかないのだが、それでもさすがにまだ床に入るのは早い時間である。ついでに言えば、馬から落ちたり、蹴飛ばされた身体の傷や、段蔵に叱責されたり、軽蔑の眼差しで見られた心の傷が痛んで、床に入っても眠れそうになかった――まあ、後半は冗談だが。
そんなわけで、ただぼうっと縁側で空を見つめていた俺だったが。
「こんなところにいましたか。酒は武士の嗜みでしょうに、酒席から逃げるとは」
そちらを見て、俺は思わず、げ、と言いそうになってしまった。段蔵と、その後ろには弥太郎もいる。
俺の顔をみた段蔵はかすかに目を細め、腰に両手を当てて胸を張ってみせる。
「何か言いたいことがおありのようですね。どうぞ遠慮なさらずに。謹んでお聞きいたしますよ、主様」
「イエ、ナンニモ」
「……天城様、なんか目が虚ろですけど」
「気のせいですよ、ハハハ」
元気一杯であることをアピールしたつもりなのだが、二人から何か痛ましいものを見るような目で見られてしまいました。
しばらく後、俺はあてがわれた寝室で、二人に服をはぎとられていた――こう書くと誤解を招きそうだが、お子様にも優しい内容である。
俺の傷を気遣って、二人して傷薬を持って来てくれたのだ。
段蔵にいきなり「服を脱いでください」とか言われた時にはどうしようかと思ったもんである。
「天城様、ここ、痛くありませんか?」
「ん、だいじょうゥッ、ぐ!」
「あ、わわ、すみません、もうちょっと優しく塗りますね」
「弥太郎、この薬はしっかりと塗り込まないと効果が十全に発揮されません。もっとこう力を込めて塗るのです」
「あいたたッ?! ちょ、まてまて、もう少し手加減を」
「聞く耳もちません」
「待っ……ぬわーーッ?!」
「あ、天城様、あまぎさまーッ?!」
と、まあそんな感じの治療であった。軒猿御用達の傷薬は確かに効き目があったようで、傷口から発する熱と痛みが、短時間でおどろくほど薄れていた。
当然ながら、完治には時間がかかるだろうが、少なくとも夜中に傷でうなされることはないだろう。
「でも、段蔵、もうすこし優しく出来ないの?」
「十分優しくしています、弥太郎。里の者が今の私を見たら、驚くに違いないほどに」
「……そうなんだ」
「そうなんです」
痛みはおさまったものの、つい先刻までの治療の疲労(?)で声も出せずに寝具に身体を横たえている俺の耳に、弥太郎と段蔵の会話が聞こえてくる。
互いに性格が違う二人のこと、同僚としてうまくやれるだろうか、と心配していたのだが、どうやらそれは杞憂であったらしい。
体格も性格も正反対な二人だが、それゆえにこそ互いに惹かれるものがあったのかもしれない。
弥太郎の力量は言うまでもないが、段蔵にしてもかなりの力の持ち主である。共に行動するようになってまだ数日だが、馬術の腕はもとより、刀の腕もかなりのものだった。目立たぬことを命題としながら、いざ発見された時は多対一の状況を覆さなければならない忍として、あらゆる技量を学び続けているのだろう。
二人は、短い間に互いの力量を認め合ったのだろう。段蔵が弥太郎に向ける言葉は、時に無愛想ではあったが、俺に向けられるそれとは比べ物にならないほど穏やかなものであった。
小島弥太郎貞興と加藤段蔵。
この凸凹コンビを配下にした俺は、多分、恐ろしく運が良い。それも、諸国の大名が涎をたらすレベルで。
だが、その運の良さにあぐらをかいている暇はない。二人に暇乞いをされることがないよう、俺自身も精進を重ねなければなるまい。それは結果として、景虎様の助けにもなっていくだろう。
対武田家の戦略を練り、一方で部下たちに教練でしごかれるという、色々な意味で大変な俺の四ヶ月がこうして幕を開けたのである。