【第5章 作戦会議 The Strategy Meeting その1】
それからの一週間は、出場選手以外の生徒にとっては待ち遠しくて長く感じられたものだったが、出場選手にとってはあっという間に過ぎてしまった。
呪文の練習に関しては順調に進み、基本的な武装解除呪文をはじめ、失神呪文、妨害の呪い、粉々呪文、盾の呪文など、様々な応用呪文をグリフィンドール生はなんとか習得したし、ハリーも楽しかったが、問題はエリアだった。土曜の夜になってもまだ決まっていなかった。
その日は朝食のときに、シリウスからの手紙が届いていた。シリウスの足跡付きだ。
「ハリー、食べ物を送ってくれてありがとう。バックビークも元気だ」
「争奪戦の話はダンブルドアから聞いている。楽しそうじゃないか。だが、くれぐれも気をつけるように。それでエリアの件だが、私にはいい場所が思い付かない。学生時代にジェームズと私は、当時の管理人から逃れたりホグズミードでバタービールを調達するのによく隠し通路を用いたものだが、隠れ家的なものは叫びの屋敷があれば十分だった。しかし叫びの屋敷は敷地外だから使えないんだろ? 力になれなくてすまない」
「もうひとつ。争奪戦当日の七時ぐらいに天文台の塔の屋上に来れるかどうか、すぐに返事がほしい。
シリウスより」
ハリーは七時に天文台の塔に行くとふくろう便で約束した。魔法省が学校に来ているのに、シリウスが学校へ来るなんて危険だとハーマイオニーは言ったし、ハリーも、シリウスが自分に会いに来ようとして捕まるなんて絶対嫌だと思った。ハリーはハーマイオニーと自分に、シリウスはなにかふくろう便では送りにくい物をなんらかの手段でハリーに送ろうとしているだけだと言いきかせた。第一、シリウスがどうやって天文台の塔に現れるというのだ。きっとなにかを送ってくるだけに違いない。いくらシリウスでも、魔法省の役人がたくさんいるホグワーツに現れるほど愚かではないはずだ。 けれどもその一方で、次のホグズミード行きの日まで名付け親に会えないのはごめんだったハリーは、シリウスが天文台塔に現れるのではないかという期待を抱かずにはいられなかった。
それよりも今の問題はエリアだった。シリウスでもいい場所が見つからないとなると、事態は非常に深刻だ。
ハリーはその晩、ベッドの中で忍の地図を隅から隅まで調べたが、やはり適当な場所はみつからなかった。
翌朝、ハリーは胸の上に重さを感じて目が覚めた。だんだん視界がはっきりしてくると、突然巨大な緑の丸い目がハリーを覗きこんだ。思わずハリーは跳び起きた。鉛筆のような鼻、大きなとんがった耳。ドビーだ。ハリーはすっかり目が覚めて言った。
「ドビー、いい加減その起こし方は勘弁してくれないかな?」
「ドビーめが、あなたさまの手紙を持っています」
ドビーはハリーの上から降りてキーキー声で言った。
「手紙?」
ハリーは手紙を受けとった。ハグリッドからだ。ハグリッドはこの一週間どこかに出かけていたようで、魔法生物飼育学の時間はグラブリー・プランク先生が代行していた。
「ドビーめはハリー・ポッターの手紙を渡す役目を、進んでお引き受けいたしました」
ドビーは、うっとりと憧れの人を見るような目でハリーを見ながらで続けた。
「ルビウス・ハグリッドは、ふくろう便を送る時間の余裕がないから、この手紙をハリー・ポッターに届けてくれとおっしゃっいましたでございます」
ドビーが深々とお辞儀をしたので、鉛筆のような鼻先がハリーのパジャマをかすった。
「ありがとう、ドビー」
ハリーは手紙を開いた。手紙は急いで書かれたようだ。大きく汚い文字がのたくっていた。
「ハリー。ゲームが始まる三十分前に小屋で待っちょる。
ハグリッド」
「何の用だろう?」
ハリーはまだエリアが決まってないことを思い出した。ハグリッドの小屋に行く余裕があるだろうか? ハリーの思考をドビーのキーキー声が遮った。
「もうひとつ、ハリー・ポッターにお伝えすることがあります」
「何だい?」
「ドビーめは職員室を掃除中に、グリフィンドールが、ハリー・ポッターさまの寮がまだエリアを見つけていないとの話を耳にされました」
ハリーは、屋敷しもべ妖精も争奪戦を手伝うのだとニックが話していたのを思い出した。
「ドビーめは、ぴったりな場所を知っております。はい!」
ドビーは嬉しそうに言った。ハリーは胸が躍った。
「ほんとに!?」
「ええ。ドビーめはホグワーツに来たとき、他の屋敷しもべ妖精が話しているのを聞きました。仲間内では『あったりなかったり部屋』とか『必要の部屋』として知られております!」
「どうして?」
ハリーは好奇心に駆られた。
「なぜなら、その部屋に入れるのは本当に必要なときだけなのです。ときにはありますが、ときにはない部屋でございます。それが現れるときには、いつでも求める人のほしいものが備わっています」
「そこを知っている人はどのくらいいるの?」
ハリーはベッドから乗り出した。
「ほとんどおりません。だいたいは、必要なときにたまたまその部屋に出くわします。でも、二度と見つからないことが多いのです。なぜなら、その部屋がいつもそこにあって、お呼びがかかるのを待っているのを知らないからでございます」
「すごいな! ドビー、ぴったりだよ!!」
ロンが寝返りをうった。同室のみんなは、昨日の夜に緊張でなかなか眠れなかった反動で今朝はまだよく寝ているようだったが、このままだとドビーのキーキー声で起こしかねない。もうちょっと寝かせてあげたほうがいいだろう。ハリーは小声で言った。
「ドビー、他の寮生に見つかるとまずいから、あとでこっそり行くよ。『必要の部屋』の正確な場所と、どうやって入るのかだけ教えてくれないかな?」
生徒は七時に大広間に集まることになっていた。大広間に向かいながら、ハリーは今朝のことをロンとハーマイオニーに話した。ロンはご機嫌だった。
「そりゃいいや! エリアのことが心配で一睡もできなかったんだ」
ハリーはあえてつっこまないことにした。ハーマイオニーは考え込んでいる。
「けど、それってドビーから聞いたのよね。大丈夫なの? あなた、ドビーのせいで腕の骨を全部無くしたことがあるのよ?」
あのときは、腕を再生させるのに一晩中痛い思いをした。もっとも、半分はロックハートのせいだったのだが。
「部屋は確認したの?」
「まだだよ。朝食が終わったらすぐ行く」
ハリーはそこで立ち止まった。チョウがセドリックと話している。
ハリーは、レイブンクローでクィディッチチームのシーカーをしている一学年上のチョウ・チャンに憧れていた。しなやかな黒髪のとても可愛い女の子だ。
しかし、チョウはセドリックと付き合い始めたようだった。 セドリックは鼻筋がすっと通り、黒髪にグレーの瞳のずば抜けたハンサムだ。ハッフルパフの七年生で、三校対抗トーナメントでは現在ハリーと首位で並んでいる。ハリーはセドリックを嫉妬していたが、第二の課題で助言をもらったこともあり、セドリックの純粋さを認めるようにはなっていた。しかし、今日またチョウと一緒にいるところを見せつけられたことで、ハリーの中で嫉妬心が蛇が鎌首をもたげるように再び沸き上がった。
セドリックはハリーに気付いたらしく、チョウを待たせて笑顔で声をかけに来た。
「やぁ、ハリー! いよいよ今日だな。チョウからレイブンクローのエリアを聞き出そうとしたんだが、やはり口を割ってくれないようだ。彼女も出るようだしね。今日は正々堂々戦おう。楽しみにしてるよ」
「あぁ」
ハリーはつっけんどんに答えた。セドリックはもう一度笑顔を向け、チョウのところへ戻っていった。ロンとハーマイオニーが心配そうにしていたが、ハリーはそれを無視して大広間に入った。
ハリーはセドリックだけには負けたくないと思っていた。ハリーたちが優勝して、チョウが祝福してくれたらどんなにいいだろう。
ハリーはアンジェリーナを見つけた。目が充血している。エリアを一晩中考えていたのだろうか。
「アンジェリーナ!」
ハリーが声をかけると、アンジェリーナは沈んだ声で答えた。
「やぁ、ハリー。実はまだエリアが決まって…」
「いい場所が見つかったよ!」
アンジェリーナの顔色が急によくなった。
「ほんとかい!? どこなんだ!?」
「シーッ! 他の寮生に聞かれるよ。詳しいことはここに書いておいたから、朝食が終わったら談話室でみんなに伝えといて。僕たちは先に下見に行ってるから」
ハリーはアンジェリーナに羊皮紙を渡した。
「わかった。ハリー、ありがとう。これでなんとかなりそうだよ」
三人はネビル、ジニーと一緒に席についた。ネビルが口を開いた。
「四人とも頑張ってね。僕、応援してる」
どうやらジニーも出るようだ。ネビルはゆっくり試合を見たいと言ったので、補欠に回ることになった。だが長丁場の戦いとなるので、ネビルにも出番がやってくるだろう。
炒り卵を食べていると、手紙を配達するふくろうたちと一緒にヘドウィグが入ってきた。
ヘドウィグはスイーッとテーブルに下りてきた。手紙は持っていない。朝食を少しもらいに来たのだろうか。突然ヘドウィグがハリーの手の甲をつついた。
「イタッ!! どうしたんだ? ヘドウィグ」
ハリーはベーコンをヘドウィグにやった。ヘドウィグはベーコンをついばんでいたが、まだ機嫌は悪かった。
無理はないとハリーは思った。シリウスに手紙を送るときは目立たないように毎回別な学校のふくろうを使っていたので、ヘドウィグはすねていたのだ。それにしても今日は機嫌が悪い。きっと、ハグリッドからの手紙までドビーに取られたからだろう。ヘドウィグは炒り卵もついばむと羽ばたいていった。
向かい側ではハーマイオニーが予言者新聞を開いていた。さすがに今日はイースターなので、抗議メールは届いてないようだ。もっともホグワーツではイースターのプレゼントは、イースター休暇の最終日に届くのだが。
「ハーマイオニー、何か載ってるかい?」
ロンが恐る恐る尋ねた。
「今日も何もないわ。あのババァ、もうネタがつきちゃったのよ」
職員テーブルでダンブルドアが立ち上がった。コーネリウス・ファッジ魔法大臣や魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマン、ロンの兄のパーシーの姿もある。
「食べている者は食べながら聞いておくれ。さて、数時間後にはゲームが始まる。開始十五分前には障害物やボーナスエンブレムが配置されるので、それまでに各自所定の位置についておくように。それから魔法省の方々にもジャッジを頼んでおる。非常事態には助けを求めることじゃ」
非常事態がどの程度のものなのか、ハリーは少しだけ不安になった。