【第2章 ハーマイオニーの動機 Hermione's Inducement】
図書室での勉強はあまりはかどらなかった。ハリーもロンも、争奪戦のことが気になって仕方なかったのだ。二人にあきれたハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』を調べてくれたが、過去にそのような大会が開かれたという記述はなかった。
ハグリットなら何か知っているかもしれないということで、昼食はハグリットの小屋で食べることにした。突然の訪問であっても、ハグリットはいつも三人を歓迎してくれる。荷物を寮に置いて、三人は小屋へと向かった。
玄関ホールを抜け、石段を下りて外に出ると、明るく、風がそよそよと心地よい朝だった。長い冬に耐えてきたホグワーツの学生たちの多くは、まだ足踏みしている春の気配を少しでも感じようと湖のほとりや中庭を囲む回廊のベンチに腰をおろしていたが、まだまだマントを手放せるほど暖かくはなかった。
三人は野菜畑を横切り、温室の側を通りすぎて、ハグリッドの丸太小屋に着いた。裏手には禁じられた森が広がり、ハロウィーンで使ったおばけかぼちゃを育てていた野菜畑もある。
ハグリッドはホグワーツの鍵と領地を守る森番で、去年から魔法生物飼育学の先生も兼任している。巨人のフリドウルファの母親と魔法使いの父親をもつ半巨人で、普通の人より縦も横も数倍大きい。母親はハグリッドが子供の頃に家を出たきり行方知らずで、父親もホグワーツ二年生のときに亡くしている。三年生のときに無実の罪で退学になってからは、ダンブルドアの配慮で森番として生活してきたのだ。
ハリーは扉を叩いた。
返事がない。
もう一度叩いてみた。
やはり返事がない。飼い犬のファングの鳴き声も聞こえない。ハリーは戸口のほうに回ってみた。普段立てかけてあるピンクの花模様の傘も見当たらない。
ハリーはこの傘の中に、退学のときに折られた杖をハグリッドが仕込んでいると踏んでいた。
「留守みたいね。尻尾爆発スクリュートの餌でも探しに行ってるのかしら」
ハーマイオニーは、小屋の側でガタガタいっている木箱に目をやった。木箱は時折、バンッという音とともにはね上がっている。
尻尾爆発スクリュートは、ハグリッドが火蟹とマンティコアをかけ合わせて創り出した新種の生物だ。ハグリッドは他にも、赤ちゃんドラゴンのノーバートや大グモのアラゴクを育てるなど怪物のような生物が大好きで、ハリー達には半鳥半馬のヒッポグリフがかわいすぎると思えるほど趣味が悪かった。それでも、心優しいハグリッドのことが三人は大好きだった。
「仕方ないな。昼食は湖のほとりで食べようか。僕もうペコペコ」
ロンの提案にハリーとハーマイオニーも賛同した。
昼食を食べおわると、三人はダームストラング校の海賊船のような船の側で大イカが昼寝をしているのを眺めながら、シリウスのこと、争奪戦のこと、イースター休暇のこと、第三の課題のことをあれこれ話し合った。しばらくすると、マントを羽織っていても少し肌寒くなってきたので、三人は城内に戻ることにした。
中庭の回廊の曲がり角で、急に人影が現れてぶつかりそうになった。 柱のかげから現れた人影は一瞬何ビクッと驚いたが、相手がハリー達だとわかるとすぐに高慢な態度になった。
「悲劇の英雄ポッターに、知ったかぶりのグレンジャーじゃないか」
ドラコ・マルフォイの背後には、いつもひき連れている腰巾着のクラッブ、ゴイルではなくて、パグ犬みたいな顔をした女性徒、パンジー・パーキンソンとクィディッチチームのチェイサー、上級生のワリントンの姿があった。
「クラッブとゴイルは一緒じゃないのか? 二人に守ってもらわないと心細いだろうに」
無視されたロンが、マルフォイに食ってかかった。
「なんだ、いたのか、ウィーズリー。貧乏な家に仕送りするために、バタービールのコルクでも売り歩いているんだと思ったよ」
ロンはちょうど、ルーナからもらったコルクを取り出して眺めていたのだ。パンジーとワリントンが品のない笑い声をあげた。
「クラッブとゴイルを連れずに何をしてるのか訊いてるんだ!!」
ロンが怒鳴った。
「あの二人はちょっと目立ちすぎるのよ…」
そう言いかけたパンジーを手で制止して、マルフォイが言った。
「君たちには関係ない。ところでグレンジャー、マグルは輸血というものをするそうじゃないか。君もしたほうがいいんじゃないか? “穢れた血”が薄まるだろうに」
「ダメよ、マルフォイ。輸血する血も“穢れた血”じゃ意味ないわ」
パンジーの言葉にマルフォイもワリントンも大笑いした。
「ハリー、ロン、ダメ!!」
ハーマイオニーが叫んだ。ハリーもロンも、杖に伸ばしていた手をピタリと止めた。二人を制止したハーマイオニーも、握り拳がわなわなと震えていた。
“穢れた血”とは、先祖代々魔法使いの家系の者が、ハーマイオニーのようなマグル生まれを侮辱する言葉の中でも最低のものだ。もちろんロンのように、純系の魔法使いでもハーマイオニーや母親がマグルのハリーを差別せずに受け入れている者も多い。マグル生まれだからと言って純系の魔法使いに劣るとは限らないことは、ハーマイオニーが十二分に証明していた。
「ポッター、急がなくても一週間後に思う存分勝負できるさ。ウィーズリーは勝負する度胸があったらだけどな。学年一の優等生のグレンジャーは、もちろん出るんだろうね。授業中のように、先生方にアピールしたくてたまらないんだろう」
マルフォイたちは、やけにニヤニヤしている。ハーマイオニーは平静を装って言った。
「私はハリーとロンがあなたたちに勝つのを見るだけで十分だわ」
「テストができても実際には何もできない頭でっかちじゃあ、恥をかくに決まってるものね」
パンジーのキャッキャッという笑い声に、ついにハーマイオニーは、ずっと溜め込んでいた怒りを爆発させた。
ハーマイオニーは素早く杖を引き抜くと、パンジーに向けた。
「ステューピ…」
今度はハリーとロンが止める番だった。ハリーが杖先をそらし、ロンがハーマイオニーをマルフォイたちから引き離した。赤い光線がパンジーから少し離れた地面に当たった。優等生ぶったハーマイオニーが手を出すはずがないとたかをくくっていたパンジーは、少し青ざめていた。
「止めないで!! あなたたちも手を出そうとしたじゃない!! これは私とあの三人との問題のはずよ!!」
「僕たちは別にいいけど、ハーマイオニー、君までやっちゃダメだ」
ロンが言った。ハリーはロンの言葉でハーマイオニーが納得するとは思えなかったが、それでもハーマイオニーの二人に抵抗する力はだんだん弱まっていった。どうやら落ち着いてきたようだ。
「ごめんなさい、ハリー、ロン。さぁ、戻りましょ」
ハリーとロンが手をはなすと、ハーマイオニーは入り口に向かって歩き出した。ハリーとロンは顔を見合わせると、マルフォイをひと睨みしてからハーマイオニーを追いかけた。
「優等生の名に傷がつかなくて良かったな、グレンジャー」
後ろからマルフォイの憎たらしい声が聞こえてきたが、ハーマイオニーは歩調を緩めることはなかった。 ハリーとロンが小走りにならないと、ハーマイオニーに追いつけないほどだった。ハリーはハーマイオニーに恐る恐る声をかけた。
「大丈夫かい? あんなやつらの言うことなんか気にすることはないよ。ハーマイオニーの立派さは僕たちが一番知って…」
「出るわ!!」
「えっ!?」
ハーマイオニーは決然とした表情で前を見据えている。
「争奪戦よ。正々堂々とスリザリンを打ち負かしてやらないと気が済まないわ」
ハーマイオニーはクィディッチでも、応援するのは大好きだったが自分でプレーしようとすることは全くなかった。クィディッチを寮同士の仲が悪くなる原因の一つだとも思っていた。そんなハーマイオニーが寮対抗争奪戦に出ると言ったのだ。普段のハーマイオニーなら、マルフォイたちの挑発も軽く受け流していたはずだ。やはりリータの記事や連日のふくろう便の抗議で、我慢の限界がきていたのだろう。
「よし、あんなやつら、コテンパンだ」
ロンは無理に明るい声で言った。ハリーも頷いた。しかしハーマイオニーを慰める一方でハリーは、マルフォイの言動がまだ気になっていた。
マルフォイは、クラッブやゴイルではなく、パンジーやワリントンと外で何をしていたのだろう。なにやら人目を気にしていたようだし、クラッブやゴイルは目立ちすぎるとパンジーが口を滑らせてもいた。それにもうひとつ、マルフォイの言葉にどこか違和感を感じていたのだが、ハリーはそれが何だか思い出せなかった。
太った婦人の肖像画をくぐり抜けるころには、ハリーは違和感を感じていたことも忘れてしまっていた。
【あとがき&解説】
ハーマイオニーの章と言っても、過言ではない章。
原作ではこの時期の彼女は、根も葉もない記事によってストレスが溜まっており、リータの不正を暴くのに必死でした。
さらに、ハーマイオニーはもともと、クィディッチを寮同士の仲が悪くなる原因だと言って、それほどスポーツやゲームに積極的に参加しようとはしませんでした。
そんな彼女が、何のきっかけもなく自ら進んで争奪戦に出るとは、到底思えません。
そこで、ハーマイオニーのキャラを壊さないようにきっかけを与えるための章が、この第2章でした。
ハーマイオニーは普段はハリーとロンを諌める側ですが、いざという時には行動力を示す人柄も、原作同様表現したかったというのもあります。
また、マルフォイも登場しました。
ファンの方は、マルフォイの今後の活躍にも、どうぞご期待ください。
ハーマイオニーの決断がメインとなった第2章ですが、動き自体は少ないので、(多少不本意ながら)あからさまに伏線を仕込んでいます。
もう少し自然に仕込んでいる伏線もあるので、がっかりしないでください(汗