【第24章 再会 The Reunion -2】
「びっくりしたよ。ホグワーツに魔法省の役人が集まっているときに、まさか天文台塔に降り立つなんて」
「捕まったらどうするの?」
ハーマイオニーはバックビークを撫でていた手を止めて、シリウスとルーピンを見つめた。二人を咎めているわけではなく、心から心配している様子だ。
「ヒッポグリフがホグワーツ城の周辺を飛んでいるのが目撃されていたら、訝しく思った魔法省の役人がここに来てもおかしくないのよ!?」
「その心配はない」
そう言って、シリウスが親指で手摺壁の向こうを指した。手摺壁の上から暗い校庭を見下ろしたハリーとハーマイオニーは、見たことのない光景に驚いた。去年のハグリッドの授業で見たよりもはるかに数の多いヒッポグリフが、校庭を自由気ままに飛び回っている。
「『ふくろうを隠すならふくろう小屋に隠せ。ふくろう小屋がなければ作ればいい』というわけだよ」
ルーピンが朗らかに言った。
「ダンブルドアとハグリッドの二人が、私たち二人がここへ来る手引きをしてくれた。ヒッポグリフの群れは、表向きは争奪戦の障害として放していることになっているが、実際は私たちのためにハグリッドが放してくれたんだよ。禁じられた森にいるものだけでは数が足りないということで、わざわざ他のところからも連れてきたらしい」
ハリーの頭の中で、パズルのピースが噛み合った。
「それで、ハグリッドは一週間留守にしていたんだ!」
シリウスが頷いた。
「他にも、ルーピンを私たちの洞窟まで案内してくれたり、ダンブルドアが手配した食料を運んでくれたり、いろいろと良くしてくれたよ。バックビークとの再会の際には、感慨もひとしおだったようだ」
先学期末に処刑されそうになったバックビークは、ハグリッドにとって一番思い入れの強いヒッポグリフだ。バックビークに再会するためなら、当然ハグリッドは協力を惜しまなかっただろう。
「それに」
ハリーはハーマイオニーを振り返った。
「窓の外に見えた巨大な影は、ヒッポグリフだったんだ!」
「あぁ、もしかしたらバックビークだったかもしれないな」
シリウスがバックビークを優しく撫でた。
「私との逃亡生活続きだったからな。久々にかつての仲間と飛び回れる良い機会だったんで、昼間は自由にさせてやってたんだ」
シリウスにくすぐられて、バックビークは心地良さそうに鳴いた。シリウスもバックビークも、ホグズミードの外れにある洞窟から開放的な場所に出ることができて、機嫌が良い様子だった。
「さて、ダンブルドアとハグリッドの手引きがあるとはいえ、いつまでもゆっくりはしていられない」
ルーピンがはきはきと言った。
「いつ、決闘立会人が見回りでやってくるかわからない。いや、大丈夫だよ、ハーマイオニー」
口を両手で覆ったハーマイオニーを、ルーピンが安心させた。
「合図があるまでは安全だ。さて、私たちがここに来たわけだが――」
「その前に一つだけ確認させて! ロンは無事なんだよね? ロンがいないことに触れないということは、二人とも何か知ってるんでしょ?」
ハリーの言葉にルーピンは虚を衝かれた様子だったが、すぐに笑顔で返した。
「さすがだね、ハリー。そのとおり、私たちはロンの事情を知っているし、保証しよう。ロンは命の危険に晒されてはいない」
しかし、シリウスが声を荒げた。
「くそっ、あのスニ―――」
「シリウス!!」
ルーピンが警告するように呼びかけた。
「あの―――あー……スニッチを逃がしたのは誰だ? まさか、ハリー、君ではないよな?」
シリウスが慌てて取り繕ったが、ハリーは、名付け親が絶対に別のことを言うつもりだったと思った。しかし、今度はハリーが虚を衝かれる番だった。
「僕が? スニッチを? 一体、何の話?」
シリウスは、暗い校庭を振り返った。
「ここに来る途中、スニッチが飛んでいるのが目に入ったんだ」
「でも、それがなんで僕に繋がったの?」
シリウスとルーピンが顔を見合わせ、思い出に耽るようににっこりと笑った。
「ジェームズは、君のお父さんは優秀なチェイサーだったが、スニッチをもてあそぶのが癖だった。とくにリリーのそばに行くと、ジェームズはどうしても見せびらかさずにはいられなかった」
そこで一旦言葉を切ると、シリウスはクックッと笑って、いたずらっぽくハリーを見た。
「ハリー、君も父親と同じ癖があるのではないかと思ってね。なにせ、『密やかな胸の痛み』をもつ少年だからね」
シリウスは、「日刊預言者新聞」だけでなく、「週刊魔女」までも拾っていたらしい。
「まさか、リータの記事なんか信じてないわよね?」
ハーマイオニーの顔が真っ赤になっていた。
「ハーマイオニー、まさか!? ちょっとした冗談だよ。二人とも、気を悪くしたのならすまなかった」
「僕は全然気にしてないよ。それより、父さんの話をもっと聞かせて」
ハリーがせがんだが、シリウスは首を振った。
「話したいのはやまやまだが、その話はまた今度だ。もう時間がない。要件を手短に話そう。さぁ、ルーピン」
シリウスに促されたルーピンが、口を開いた。
「炎のゴブレットに君の名前を入れた何者かについての警告は、シリウスが十分してくれていると聞いている。私もシリウスと同じ気持ちだが、くどくどと繰り返すのは、いまはよそう」
「今晩ここに来たのは、君を激励するためだ。争奪戦の様子は、ダンブルドアから預かった両面鏡でずっと観ていた。君の守護霊にはあらためて感心されられたよ、ハリー」
「それもこれも、ルーピン先生のおかげです」
ハリーは思わず先学期の口調になってしまい、ルーピンと一緒になって笑った。シリウスは、ハーマイオニーに微笑んだ。
「クルックシャンクスも元気そうで何よりだった。聡明な君に似て、本当に賢い猫だ。よろしく伝えておいてくれ」
ハーマイオニーが少し照れて頷いた。シリウスはハリーに向き直ると、ルーピンに替わって話を続けた。
「さて、ハリー。三校対抗トーナメントに直接関係ないお祭りだからといって、争奪戦の勝利を諦めないでほしい。今日の勝利が、その何者かに打ち勝つための力になるからだ」
ルーピンは、ハリーとハーマイオニーを交互に見つめ、しっかりとした声で言った。
「多くは語れないが、争奪戦の勝利のための、私たちからのアドバイスだ。ルールをよく読みなさい。そうだ、ハリー。ルールだ」
曖昧すぎるアドバイスに唖然としたハリーに、ルーピンが念押しした。ハリーは、もう少しわかりやすいアドバイスを求めようとしたが、その瞬間、何か大きくて銀色のものが、天文台塔の手摺壁を飛び越えてきた。神経質に首を振り立てたバックビークと四人の真ん中に、オオヤマネコがひらりと着地した。すると守護霊の口がくゎっと開き、大きな深い声がゆっくりと話し出した。つい最近、どこかで聞いたことのある声だ。
「巡回の闇払いが、そっちに向かっている」
シリウスは、興奮しているバックビークを慣れた手つきでなだめ、すぐさま飛び立つ準備を始めた。事情を飲み込めずに、銀色のオオヤマネコが消えたあたりを見つめていたハリーに、ルーピンが説明した。
「魔法省の中にも、ダンブルドアに忠誠を誓う者がいるということさ。今回の大冒険は、キングズリーやニンファドーラによる魔法省内部からの手引きも不可欠だった。二人には、もう会ったらしいね。君たちのことを絶賛していたよ」
ルーピンが言っているのは、決闘立会人だった男女のことだろうか。
「ルーピン、乗れ!」
すでにバックビークに跨っていたシリウスが手を差し出した。シリウスの手を掴んだルーピンは、片足をバックビークの背中にかけ、シリウスの後ろに跨った。
「ロンにもよろしく伝えてほしい。頑張るんだよ、ハリー、ハーマイオニー」
「挫けそうになったときは、私たちも応援していることを思い出すんだぞ。また連絡する」
ルーピンとシリウスが言った。シリウスはバックビークのわき腹を踵で締めた。巨大な両翼が振り上げられ、ハリーとハーマイオニーは飛び退いた。バックビークが飛翔した。乗り手とともにヒッポグリフの姿がだんだん小さくなっていくのを、ハリーは手を振って見送った。銀白色の月が、ホグワーツを見守るように輝いていた。遠くに、ヒッポグリフの雄々しい鳴き声が聴こえた気がした。
【あとがき&解説】
まず始めに告知です。
mixiアプリ携帯小説にて、この聖者の卵の番外編であるセブルス・スネイプ主役の短編を、書き下ろし始めました。
本編である聖者の卵のエピローグに繋がるお話です。
いまのところ携帯小説でしか読めない物語ですので、教授ファンの方は是非。
(追記→「ハリポタ」や「聖者の卵」でタグ検索したら、私の作品にたどり着くはずです。)
さて、この章はシリウスとルーピン先生の登場する章でした。
親世代好きの方なら、シリウスが言いかけた「スニ―――」の続きもわかるかと思います。
そして、ルーピン先生からのお言葉。
「ルールを読め」
ということで、ルールを抜粋したおまけページも投稿しておきました。
物語もいよいよクライマックスということで、25-27章で一気に伏線が回収されていきます。
更新ペースは不定期になるとは思いますが、最後までよろしくお願いします。