【第21章 鷲の高巣 Eagles' Aerie その2】
「ピッグ!!」
ロンが降り立った影の一つ、ピッグウィジョンに駆け寄ったので、ジョージが慌てて防水呪文をかけなおした。ピッグウィジョンは興奮していたが、それはストレスからではなく、ふくろう小屋が賑やかで嬉しいからのようだ。ピーピーと甲高い声で鳴きながら、ロンの周りをブンブン飛び回っている。
「そのふくろう、あんたのだったんだ。エリアでも人懐っこくて、かわいがられてたよ。でも、あたしはそっちの雪みたいに真っ白なふくろうも好きだな」
興奮しているピッグウィジョンを、もう一つの影、ハリーの白ふくろうのヘドウィグが、冷ややかな目で見ていた。ヘドウィグにとっては、ふくろう小屋がレイブンクローのエリアになっているのは、迷惑でしかないらしい。ハリーは朝食の席でヘドウィグの異変に気付いてやれなかったことを思い、いつも以上に愛情を込めてヘドウィグを撫でてやった。ヘドウィグは少し落ち着いたようで、ハリーの肩に飛び乗ると、ハリーの耳を甘噛みした。
その光景を見て何か閃いたのか、フレッドは“面白い”悪戯を思いついたときのような危ない笑みを浮かべて、ルーナに向き直った。
「それじゃあ、その魔法の天井だか屋根だかがなくなったら、レイブンクローのエリアは大混乱だな」
「だと思うよ。あんた、どうするつもり?」
ルーナは自分のエリアの心配をする様子など微塵も見せず、純粋にフレッドの考えに興味を持ったようだ。
「まぁ、見てなって。みんな、渡してたアレを出せ」
「アレって何だ?」
何のことだがわからないハリーたち三人を代表して、ロンが訊ねた。ジョージとリーは見当がついたらしく、すでにローブの中をゴソゴソと探っていた。
「エリアで渡しただろ? 糞爆弾さ」
フレッドの意図にすぐに気づいたジョージが、ローブから糞爆弾を取り出しながら答えた。
「そんなの、放り投げたってエリアの中に届かないわよ?」
ハーマイオニーが訝しげな表情で双子を見た。
「放り投げるんじゃない。送り届けるのさ」
フレッドの言葉にハリーはハッとした。ロンとハーマイオニーが同時に同じ顔になったのが少し面白かったが、おそらく自分も二人と同じことになっているのだろう。
「ふくろう便でな。ヘドウィグたちなら、特に警戒されずに窓から入れるだろ」
「ヘドウィグ、ピッグウィジョン。お願いできるかい? 魔法の仕切りがあるから、他のふくろうへの影響も最小限に抑えられるだろ」
ジョージが二羽の頭を撫でると、ピッグウィジョンはピーピーと鳴きながら羽をばたつかせてやる気を示し、対照的にヘドウィグは、凛とした姿勢でいつでも飛びたてることをアピールした。この荷物を届けることでふくろう小屋に静けさが戻るのならば、ヘドウィグにとっても悪い話ではない。
ハリーたちも糞爆弾を取り出すと、ヘドウィグとピッグウィジョンが運びやすいように、リーが杖からロープを出して簡単にまとめた。フレッドが悪戯っぽく笑って二羽に言った。
「フリットウィック先生宛てだ」
「まぁ、そんな!」
先生に糞爆弾を送るなんて、ハーマイオニーには許しがたいことだった。
「仕方ないだろ、ハーマイオニー」
仕方ない、という表情ではなかったが、フレッドが弁解した。
「エリアに他に誰がいるかわからないんだからさ」
「ロジャー・デイビースがいるってわかってるんだったら、ヤツ宛てにするにだけどな」
ジョージが本当に残念がった。ハーマイオニーはまだ納得していないようだったが、「先生もレイブンクロー生の手助けをしていたんだし……」と一言呟いたあとに、気をつけてねとヘドウィグとピッグウィジョンを撫でた。マクゴナガル先生がグリフィンドール生に元気の出る呪文を使っていたことは、ハーマイオニーには教えないほうがいいだろうとハリーは思った。
「頼むよ、ヘドウィグ」
ハリーの手のひらを優しくつつくと、ヘドウィグはピッグウィジョンと一緒に荷物を掴んで飛びたった。二羽は一度上空まで飛び上がると、スーッと旋回してふくろう小屋に向きなおり、すぐにハリーたちから見えなくなった。
その直後、ドーンという爆音が鳴り、ハリーたちのところまで振動が伝わってきた。間もなく、ヘドウィグがハリーの肩に舞い戻り、誇らしげにホーと鳴いた。爆発に巻き込まれずにうまくエリア内を通過できたようで、雪のように白い羽が夕陽の中で煌めいていた。
「ヘドウィグ、ありがとう」
「ピッグはどこだ!?」
隣でロンが叫んだ。ヘドウィグが戻ってきているのに、ピッグウィジョンの姿が見当たらない。
「逃げ遅れたんだ!!」
「ロン、落ち着け! 噴水呪文が止んだ。行くぞ」
しかし、ジョージがそう言い終わらないうちに、ロンはもう階段を駆け上がっていた。そのロンとは対照的に、ルーナはのんびりと立ち上がると、マイペースに自分のローブから埃を払った。エリアに急いで戻ってハリーたちの前に立ちふさがろうなどというつもりは、考えもしないようだった。
「しばらく、安全なところにいて」
ハリーがそう伝えると、ヘドウィグはスーッと飛び立っていった。
ルーナ以外の五人は急いでロンの後を追った。上に行くにしたがって鼻をつく臭いが強くなっていったが、ロンの後ろ姿がカーブの先に見えることはなく、ハリーたちはふくろう小屋の入口までたどり着いた。
「ステキな贈り物をありがとう、ウィーズリー」
入口のすぐ脇で、ゴシゴシ呪文を唱えて自分のローブをきれいにしていたフリットウィック先生が、いつも以上のキーキー声で皮肉たっぷりに双子に言った。
「もっとセンスの良いものがエリアにあったのですが、生憎取りに行く時間がなくて」
「せめてもうあと少し時間があれば、豪華なプレゼント包装にしていたのですが」
双子がジョークを言っている間に、ハリーはふくろう小屋の中を見渡した。魔法の仕切りがなくなったため、糞爆弾でさらに興奮したふくろうたちがバサバサと羽音を立てながら飛び交い、茶色や黄褐色の羽が無数に舞っている。ふくろうにつつきまわされている者もいた。パドマ・パチルは茶ふくろうにローブを引っ張られていたし、フラーの妹のガブリエルは、コノハズクから仲間のボーバトン生を守っていた。
糞爆弾そのものの被害も甚大だった。テリー・ブートは気絶していたし、果敢にも顔中泥だらけの状態でゴシゴシ呪文を唱えたアンソニー・ゴールドスタインは、呪文が効きすぎたのか、全身ピンクの泡だらけになっていた。レイブンクロー生とボーバトン生は混乱して、反撃できる様子ではない。そのような状況の中、ふくろう小屋の中心で立ちつくしているロンを見つけるのは簡単だった。
「ロン!」
ハーマイオニーが叫んだが、ロンは振り向かない。ハリーとハーマイオニーはロンに駆け寄った。
「ピッグウィジョンは無事?」
「心配して損したよ」
ロンはやはり振り向かずにぼそっと呟いた。ハリーたちがロンの足元を覗き込むと、ピッグウィジョンが泥まみれになりながら転げまわっていた。どうやら、泥んこ遊びに夢中になっているらしい。ピーピーと甲高い声を上げて興奮しているが、楽しんでいることが一目でハリーにもわかった。
「ピッグウィジョンが無事で良かったわね、ロン」
その言葉でやっとロンはハーマイオニーを振り返り、安堵の表情を見せた。もう心配してやるもんかとロンはそっぽを向いたが、それがロンの照れ隠しであることは、ハリーとハーマイオニーにはお見通しだった。
「グリフィンドールチームに百五十点!!」
魔法で拡大されたリーの声で、ハリー、ロン、ハーマイオニーは振り返った。ふくろう小屋の奥で、フレッドとジョージが青銅色のエリアエンブレムを掲げている。
「ジョーダン! 私の仕事を奪わないでいただきたい!」
「すみません、先生。解説者の血が騒いで、つい」
双子の手に収まっていた卵型のエリアエンブレムは、まるで雛が孵るかのように真ん中からひび割れ始めた。そして完全に真っ二つになった瞬間、エンブレムはブロンズに輝く粒子になり、ひな鳥を形作った。光でできたひな鳥が重力に任せて落下し始めたかと思うと、青銅色の羽根が次々と抜けて舞い上がり、その下から見事な青い羽根が現れた。見る間に成長して飛ぶ力を手にしたそれは、床にぶつかる直前で翼を大きく広げ、急浮上した。その青い光を放つ鳥はふくろう小屋の中をぐるっと優雅に一周すると、小屋から出て夕陽に向かって飛んで行き、山吹色の光の中へと溶けていった。
バチンッ、バチンッ!!
もう聞きなれた音とともに、ゲームオーバーとなったエリア外のレイブンクロー生・ボーバトン生たちがふくろう小屋へと現れた。ハリーはすぐにチョウの姿を見つけた。五メートルほど離れた位置で、ちょうどハリーのほうを振り向こうとしている。
「あー、悔しいでーす。アリー、あなたでしたか」
突然ハリーたちの目の前に、フラー・デラクールの青い瞳が現れた。チョウの顔が見れなくてハリーはがっかりしたが、その一方、どんな顔をしてチョウに会えば良いのかも、ハリーにはわからなかった。
「エンブレムを獲ったのは、あそこにいる双子のフレッドとジョージだよ。ロンのお兄さんなんだ」
フレッドとジョージは、現れた場所が悪く糞爆弾の山に突っ込んでしまったロジャー・デイビースを指さして、お腹を抱えて涙を流しながら笑い転げていた。フラーはロンに微笑んだ。
「うたごのお兄さんがいたのでーすねー」
「えぇ、そうなんです。イタッ!」
泥遊びに満足したピッグウィジョンにゴシゴシ呪文をかけてあげていたハーマイオニーが、ロンの足を踏んづけた。
「それにしても、いどい臭いでーす」
フラーが鼻をつまみながらふくろう小屋を見回した。
「大丈夫。きっとフリットウィック先生が、すぐにきれいに掃除してくれるよ」
ハリーが言っているそばから、フリットウィック先生がふくろう小屋全体にゴシゴシ呪文を唱え始めた。何人かのレイブンクロー生・ボーバトン生も、それに続いてゴシゴシ呪文をかけたり、ふくろうを落ち着かせたりしていた。チョウもすでに先生を手伝い始めており、森ふくろうを優しくなだめているところだった。残念ながら、チョウと話す機会は作れそうにない。
「頑張ってくださーいねー」
「あっ、ウン、ありがとう」
そう答えながらも、これがチョウの言葉だったらどれだけ嬉しいだろうとハリーは考えていた。ロンは、ハーマイオニーの呪文できれいになったピッグウィジョンを止まり木に帰していた。遊び疲れたのか、止まり木に留まった途端にピッグウィジョンは頭を羽根の中に埋め、眠り始めた。ヘドウィグはまだ帰ってきていない。きっと、ねずみでも狩りにいったのだろう。ジョージが螺旋階段からハリーたちを呼んでいた。
「あとはスリザリンをぶっ倒すだけだな。ほら、行くぞ」
「じゃあ、僕たちは行かなくちゃ」
ジョージたちはすでに階段を下りはじめていた。ハリーたち三人はフラーに別れを告げると、螺旋階段へと向かった。ハリーがロンとハーマイオニーに続いて階段に足をかけたとき、急に後ろからローブをくいっくいっと引っ張られた。振り返ると、ルーナが手招きをしていた。
「どうしたんだ?」
ハリーは、自分をふくろう小屋の入口に連れ戻すルーナに訊ねた。
「気付かなかった? チョウはさっきから、何度もあんたのことを見てたよ?」
「えっ?」
ハリーが顔をあげると、ふくろう小屋の奥にいるチョウも、ちょうど顔をあげたところだった。チョウはハリーに近づいてくるわけでもなく、何か言おうと口を開くわけではなかったが、ハリーに笑顔を向けると頬を赤く染めながらサッと作業に戻った。しかし、チョウがゴシゴシ呪文をかけている壁は、すでにピカピカになっていた。ハリーはしばらく我を忘れてチョウの姿を眺めていたが、ふと、ルーナにお礼を言わなくてはならないなと気づいた。
「ありがとう、ルーナ」
「どういたしまして。それじゃ、バイバイ」
ルーナはハリーに手を振ると、ガブリエルを手伝いに戻って行った。
「おーい、ハリー! どうしたんだ?」
階段の下のほうから、ロンが呼ぶ声がした。
「なんでもない。すぐ行くよ」
そう答えると、ハリーは三段飛ばしで階段を下りはじめた。
言葉はいらない。ハリーは思った。
その笑顔だけで十分だと。
【あとがき&裏話】
エリア攻略第二弾でした。
この章とハッフルパフのエリアの章は、章タイトルも対応させています。
さらに、章タイトルとエリアの場所も対応していたり!
ということは、スリザリンも蛇っぽい場所にエリアがあるのでしょうか!?
……蛇って、どんな場所で眠るんでしょう?(^^;
そしてこの章は、ゴーレムの章に続いて使い魔大活躍の章でした。
魔法界でのハリーの最初の友達、ダーズリー家での辛い夏休みも一緒に過ごしたヘドウィグに、活躍の機会を与えたかったんです!!
この章のための朝食の席でのヘドウィグの伏線も、ドビーの登場でうまくカモフラージュできたかなぁと思います。
私のお気に入りの伏線の一つです。
堅固な砦と魔法アイテムを利用しペットの助けを借りたその攻略法がメインの章でしたが、ピッグへのロンの愛情や、ハリーとチョウとの恋模様も見どころの一つだったでしょうか?
次章あたりから、クライマックスに向けての一連の流れに入っていくと思います。
※以下宣伝です。
ハリポタ・作品には関係ないので、興味のない方はスルーしてください。
以前に紹介したキラゲームの第十回大会が、本日夕刻より開催されています。
大会期間中はコミュニティを公開設定にしていますので、興味のある方は覗いてみてください。
動画化した流れで、もしかしたら小説化もあるかもしれません。