【第21章 鷲の高巣 Eagles' Aerie その2】
「そわそわするのはやめて、ロン」
何度も立ち止まっては、廊下の先の闇に目を凝らす神経質なロンを見かねて、ハーマイオニーが言った。
「あなたは“決して”闇に呑み込まれたりしません!!」
「別に、トレローニーの予言を気にしてるわけじゃないよ」
「えぇ、そうでしょうとも」
ハーマイオニーはにべもなく答えた。
「ハリー、あなたは大丈夫よね」
「まぁね。もう馴れっこだよ」
そう答えながらも、ハリーは先ほどの予言のことを考えていた。予言をするときのトレローニー先生の雰囲気が、なぜか、いつもと違うように感じたからだ。
「着いたわ。必要の部屋よ」
「カドガン卿」の絵の中では、愛馬のポニーや招待された僧侶、歴代のホグワーツ校長とともに、カドガン卿が杯を交わしていた。
「見張り番が聞いてあきれるよな。エッグヘッド 知ったか」
ロンが合言葉を唱えると、一見何の変哲もない石壁に必要の部屋の扉が現れて、中からリー・ジョーダンが顔を出した。
「おかえり。何か収穫はあっ―――」
ロンと目が合った途端、リーの表情が硬くなった。
「ロン、君のふくろうが大変なことになってるんだ」
「ピッグが!?」
ロンのペットのふくろう「ピッグウィジョン」は、去年度の末にシリウスからプレゼントされた豆ふくろうだ。部屋の奥に駆け出そうとしたロンを、リーが引き留めた。
「ピッグじゃない。エロールだよ。君の家のふくろうだろ?」
それを聞いて、ロンはホッとしたようだ。
「エロールの調子が悪いのは、いつものことだよ。そりゃあ、もうかなりの年だから心配だけどさ」
「それが、ピクリとも動かないんだよ。かすかに息はしてるみたいなんだけど……。フレッドとジョージも本気で心配してるし、ジニーなんて泣き出しそうなんだ」
ロンの顔色が変わった。ハリーとハーマイオニーは目を見合わせた。二人とも、ロンの家の老いぼれふくろうエロールのことは知っている。確かにいつも具合が悪そうにしているが、どうやら今回は只事ではないらしい。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人とリーは、急いで部屋の奥に向かった。
「エロール!!」
ロンが叫んだが、エロールの姿は見当たらなかった。フレッドがロンに近づいてきた。そのむこうではジョージが、目を真っ赤にしたジニーを落ち着かせている。
「エロールならついさっき、マクゴナガル先生がグラブリー-プランク先生のもとにポートキーで運んでくれたよ。いまはマクゴナガル先生の報告待ちだ」
「ウィーズリー!!」
部屋の入り口のほうから、マクゴナガル先生が駆け寄ってきた。
「マクゴナガル先生!! グラブリー-プランク先生はなんて?」
「あぁ、ロナルド・ウィーズリーも帰ってきていたのですね。四人とも安心しなさい。あなたたちのふくろうは、命に別状はありません」
それを聞いて緊張の糸が切れたのか、それまでなんとか涙をこらえていたジニーが嗚咽を漏らした。ジニーの背中をさすりながら、ジョージがマクゴナガル先生に訊ねた。
「やっぱり、寿命ですか?」
「いいえ、ストレスからくる過労だそうです」
ハリーはハッとした。
今朝の朝食の大広間で不機嫌だったヘドウィグ。
さっき相談を受けた、普段はおとなしいのに今日に限って興奮していたというペットのふくろう。
そして、ストレスからくる過労で倒れたエロール。
「ふくろう小屋だ!!」
「えっ!?」
ウィーズリー兄弟とハーマイオニー、そしてリーが、ハリーを振り返った。
「エロールのストレスの原因だよ。いや、エロールだけじゃない。僕のヘドウィグも、他のふくろうも、今日は普段と様子が違った。争奪戦でふくろう小屋が使われているんだ。ふくろう小屋にエンブレムがあるに違いない」
何事かと集まってきたグリフィンドール生に、ハリーは自分の考えを説明した。ハリーが話し終えると、アンジェリーナが口を開いた。
「ハリー、君の言うことは筋が通っているし、十分にその可能性があると思う。ただ―――」
「俺は行くぜ」
フレッドがアンジェリーナの肩をポンと叩いた。
「確証がないから、まずは偵察を、だろ?」
「ハリーたち四年生と俺たちで行ってくるさ」
ジョージとリーも立ち上がった。 アリシアと、ハリーが名前の知らないもう一人の六年生は、双子たちと入れ替わりでいまはエリアの外へ出かけていた。
「私も行く!」
涙をぬぐって立ち上がろうとするジニーを、ジョージが手で制止した。
「ジニー、おまえはエロールを看に行ってやれ。まだ心配なんだろ?」
「そんなこと―――」
言いかけてジニーは俯き、コクンと頷いてジョージに素直に従った。
「俺たちの分までよろしくな」
ジョージがジニーの頭をクシャクシャッと撫でた。
「僕たちも、ここでシェーマスが帰ってくるのを待つよ」
ハッフルパフのエリアで呪文に倒れて医務室で治療を受けているシェーマスを、ネビルとディーンはエリアで迎えてあげることにした。二人までハリーたちと偵察に行ってしまったら、帰ってきたシェーマスが一人ぼっちになってしまう。ハリーは、医務室から帰ってきたときにロンとハーマイオニーが出迎えてくれたことを、心の中で改めて感謝した。
「そしたら、俺、ジョージ、リー、ロン、ハーマイオニー、ハリーの六人だな。ふくろう小屋が、スリザリンかレイブンクローのエリアって可能性もある。多くも少なくもない、ちょうどいい人数ってとこか」
さっそく先頭を切って出口に向かう双子に、アンジェリーナが声をかけた。
「無茶はするなよ。もしも、ふくろう小屋が他の寮のエリアだったら、応援を呼んでくれればいい」
「大丈夫。スリザリンもレイブンクローも、攻撃に人数をかけてるのがわかってるからな」
「もしもエリアだったとしても、きっと手薄だって」
アンジェリーナの言葉に楽観的に応えながら、フレッドとジョージが廊下に出て行き、ハリーたちもそれに続いた。
ふくろう小屋は、西塔のてっぺんにある。去年、シリウスを助けるために、ハリーとハーマイオニーがバックビークに乗って向かったフリットウィック先生の事務所があるのも西塔だ。ふくろう小屋へ行くには、一度円形の広い吹き抜けへと出て、さらに塔の外周をぐるりと囲む形で備え付けられた螺旋階段を上っていかなければならない。
ハリーたちが吹き抜けに出ると、太陽は湖へと沈みかけており、黄金色に染まった水面がキラキラと眩しく輝いていた。
そのときだ。
ハリーの足元から数センチも離れていない床に、赤い光線が直撃した。六人がハッと見上げると、ふくろう小屋のガラスが嵌められていない小窓から、杖先が覗いていた。吹き抜け部分は螺旋階段の死角となっておらず、身を隠す屋根の類もないので、ハリーたちはふくろう小屋にいる生徒から丸見えになっていたのだ。他の小窓からも何本も杖が現れ、ハリーたちはいまにも集中攻撃されようとしていた。
「こっちだ!!」
リーが叫び、六人は階段を駆け上がって、ふくろう小屋からの死角に滑り込んだ。さっきまでハリーたちがいた場所に、無数の赤い光線の雨が降り注いだ。
「どうやら、アタリみたいだな」
ロンが目を輝かせた。
「いままでの他の寮生の目撃情報からして、レイブンクローのエリアか?」
ロンの言葉を聞いて、ハリーはルーナが自分との別れ際に階段を上って行ったことを思い出した。それにレイブンクロー塔はホグワーツ城の西側にあるらしいということも、噂で聞いたことがあった。ふくろう小屋はレイブンクローのエリアである可能性が高い。
「それなら、スリザリンに追いつくチャンス―――」
「まずいわね」
螺旋階段と西塔内部とを繋ぐ吹き抜けに目を遣ったまま、ハーマイオニーがハリーの言葉を遮った。ロンが困惑してハーマイオニーに問いかけた。
「なにがまずいんだよ? このままふくろう小屋まで上り詰めてヤツらのエリアエンブレムを―――」
「俺もハーマイオニーと同感だ」
今度はフレッドがロンの言葉を遮った。
「兄貴まで何言ってるんだよ。状況がわかって―――」
「状況が把握できてないのは、おまえのほうだよ、ロン」
螺旋階段の上のほうに注意を向けていたジョージが、背後の吹き抜けを親指で指し示した。ハリーたちが死角に隠れたにも関わらず、赤い雨が弱まることなく降り注いでいた。
「私たちは、退路を断たれているの」
「関係ないよ。階段を上って、エリアエンブレムを奪えばいいだけじゃないか?」
ハリーがそう言い終わるか終らないうちに、階段の上からドドーという音が轟いてきた。
「来たわ!」
その音は急速に大きく、近くなっていた。その音の正体にいち早く気づいたフレッドとジョージが叫んだ。
「プロテゴ! 防げ!」
「インパービアス! 防水せよ!」
その直後、ハリーたちの眼前に津波のような奔流が現れた。双子の呪文のおかげで、大量の水は螺旋階段の低い外壁を越え、地上へと落下していった。しかし、水の勢いは依然衰える気配はない。ハーマイオニーは、雪の積もった校庭をハグリッドの小屋に向かうときにいつも使っている、十八番の呪文の一つ、熱風の呪文で双子を援護した。
「なるほど。前は水、後ろは呪文の雨、さらにはこの地の利―――」
フレッドに代わって盾の呪文をかけなおしたリーが頭をかいた。
「難攻不落の砦ってわけだ」
「でもさ」
ロンは落ち着こうとして、一息ついてから続けた。
「退路を断たれたっていっても、盾の呪文を使えば切り抜けられるんじゃないのかな? そしたら、応援だって呼んで来れるし」
ハリーもロンと同じことを考えていた。呪文の雨を切り抜けること自体は、それほど大したことはない。しかし熱風の呪文を前方の水の塊にかけていたハーマイオニーは、賛同しかねるという表情で振り向いた。水の塊はジュッという音を立てて水蒸気となり、茜色の空へと消えた。
「応援を呼ぶのは賛成しないわね。こんなに狭い螺旋階段にこれ以上人を増やしてどうするの?」
なるほど。確かにハーマイオニーの言う通りだ。活路を見いだせないこの状況で、闇雲に応援を呼ぶのは得策とはいえない。螺旋階段の狭さを考えればなおさらだ。
「それに、呪文の雨の本当の怖さは退路が絶たれることじゃないわ。私たちの判断を鈍らせることよ。応援を呼んでも仕方がなく、相手のエリアかもしれない場所を目前にしたこの状況で、ロン、あなたならどうする?」
「そりゃあ、水を魔法でかきわけて階段を上って、正面突破かな?」
「こんな狭い螺旋階段じゃ、私たち、ふくろう小屋の入口で袋叩きにあうわ」
ハリーたちが螺旋階段から上がって来ることがわかっていれば、相手も対策はしやすい。それならば、
「箒で飛んでいくのは?」
「それでも、ふくろう小屋の入口から入らないといけないのは変わらないわ、ハリー。この噴水呪文の量からして、ただでさえも狭いふくろう小屋の入り口に、何人も相手選手が待ち構えているのは明らかだから、強行突破は難しいわ。いくつもある窓もダメね。ガラスこそ嵌められていないものの、元々ふくろうが出入りするためのものだから、それこそかさばらない荷物を持ったふくろうが通るので精一杯の大きさよ? そして、一番怖いのは―――」
ハーマイオニーの不安そうな目が、吹き抜けのさらにむこう、西塔内部を覗いた。
「無意識のうちに、退却という選択肢を捨ててしまっていること。いまのロンやハリーのようにね」
「だって、ありえないだろ?」
ロンが反論した。
「目の前にスリザリンかレイブンクローのエリアエンブレムがあるのはほぼ間違いないのに、みすみす見逃すわけにはいかないじゃないか!?」
「それに、呪文の雨を切り抜けて態勢を整えるより、ここにいて対策を練るほうが、いまは楽で安全だしね」
ハリーもロンに賛同した。
「その考えが危険なのよ、ハリー」
ハーマイオニーはまたしてもチラリと塔の内部に目を遣った。
「たしかに、“いまは”安全かもしれない。でも上のエリアの寮生が、城内からここに戻ってきたらどうするの? 身動きが取れない私たちが圧倒的に不利よ?」
ハリーとロンは、そこまで考えていなかった。それならば、やはり一度態勢を整えるべきなのだろうか?
「俺はイヤだぞ」
三人の会話を聞いていたフレッドが振り返った。
「そんな無様なマネはしたくないな」
ハーマイオニーは、ふぅと短くため息をついた。
「のんびりできないわね。突破口を開かなくちゃ」
「それにしても、ほんとに堅いエリアだな」
リーが上を見上げた。
「グリフィンドールのエリアも、ハッフルパフのエリアも、密閉性が高い分、事前に相手の接近に気付くのが難しいだろ? 入口が狭いといっても、気付かないうちにエリア内に入られてしまえば、エリアが落とされるのは時間の問題だ」
「その点、このエリアは吹き抜け部分に相手が足を踏み入れた時点で、エリア内から視認できる。耐久性に関して言えば、これ以上のエリアはないんじゃないか?」
ジョージも感心してリーに続いた。
「中は居心地がいいとは思えないけど」
ロンは、ジョージに代わって防水呪文を唱えていた。
「だってそうだろ? ふくろう小屋の上部の止まり木には、小屋がエリアとして使われているせいでストレスが溜まっているふくろうが、無数にいるんだぜ? まぁ、ピッグなら人がたくさんいて喜んでいそうだけど……」
ロンはそう言っているが、ピッグのことを心配しているのだとハリーにはわかった。ヘドウィグは大丈夫だろうか? 餌でも捜しに外へ出かけているといいのだけれど。
「それに、上から小動物の骨やふくろうの糞が降ってくるんだし」
「それなら大丈夫だもン」
突然背後から声が聞こえ、ハリーたち六人は驚いて振り返った。
「こんにちわ。あんたは、また会ったね、だね」
ルーナ・ラブグッドが、ハリーに向かって微笑んでいた。
「またエンブレムを奪われちゃって、エリアに戻ろうとしてたんだ。でも、エリアはあんたたちに見つかっちゃったんだね」
ノーマルエンブレムを持っていないルーナは、ハリーたちを攻撃することができない。また攻撃される心配もないため、ルーナは和んだ様子で階段に座り込んだ。ルーナがそんな様子なので、ハリーたちはルーナが近づいていたことに気付かなかったのだ。
「じゃあ、ここがレイブンクローのエリアなのね?」
ハーマイオニーが落ち着きを取り戻そうとしながらルーナに訊ねたが、もう返ってくる答えはわかりきっている質問だった。
「ウン。だって、あたしはレイブンクローだもン。忘れたの?」
「あぁ、もちろんそうよね」
ハーマイオニーが慌ててそう言い、話題を変えた。
「ところで、さっきの、その……ふくろう小屋の中は大丈夫、っていうのはどういうこと?」
「上からふくろうの糞が降ってくることだよね?」
ルーナは直球に訊きなおした。
「フリットウィック先生が、ふくろうたちとあたしたちの間を魔法で仕切ってくれてるんだ。見えない天井か屋根みたいなものが、エリアの中にあるんだよ。ふくろう小屋の窓は上のほうまであるから、ふくろうたちも外に出られるよ」
ちょうどそのとき、ハリーたちの傍の外壁に二つの影が舞い降りた。
【アンケートのお知らせ】
現在、感想掲示板のほうで、登場人物の説明の過不足についてのアンケートを取っています。
原作をどの程度知っているか(映画のみ、一度読んだくらい、何度も読み返している等)と、説明が足りない登場人物の有無(可能であれば人物名を挙げて)を教えていただけると嬉しいです。
気が向いた方はよろしくお願いします。