【第19章 穴熊の巣窟 Badgers' Den その1】
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニーの五人は周囲の警戒を怠らないようにしながら廊下を進み、大理石の階段にたどり着いた。
「僕はノーマルエンブレムを取ってくるよ」
ネビルが階段に足をかけた。
「一人で大丈夫? 罠もたくさんあるし……」
「ありがとう、ハーマイオニー。でも、大丈夫だよ。他の寮生に襲われる心配もないし。みんなは頑張ってエンブレムを探して」
「わかった。気をつけろよ、ネビル」
ロンがハーマイオニーの肩をポンと叩きながら言った。
「ありがとう。みんなもね」
ネビルは階段を駆け上がっていった。
「ネビルならきっと大丈夫だよ」
ハリーはハーマイオニーに微笑んだ。
「ねぇ、これからどこに行く?」
ジニーが口を開いた。
「そうだな、セドリックのやつの言ってたマグル学教室に行くか―――」
「それとも、俺たちと厨房に行くか、だな」
四人は驚いて振り返った。
「バーン」
フレッドがハリーたちに杖を向けて立っていた。
「オイオイ、おまえたち。俺たちが敵だったら、とっくにやられてるぞ」
隣にはジョージとリー、さらにその後ろにはシェーマスとディーンまでいた。
「さっきそこで、フレッドとジョージに捕まったんだ」
ディーンが苦笑いした。
「こんなに大勢で、ゾロゾロ厨房に行くのか? エンブレムが見つかったのか?」
「ロン、エンブレムなんかより、もっと大事なことだ」
ジョージが真剣な顔で答えた。
「何だよそれ?」
「厨房は何するところだ?」
「そりゃあ料理を―――」
ロンのお腹がグゥ~と鳴った。
「そういえば、昼食がまだだったね」
ロンのお腹が鳴る音を聞いて、ハリーも急におなかが空いてきた。
「だろ? エリアにも何か持ち帰ってやらなきゃ。それより、ジニー。おまえ、なんでノーマルエンブレムをつけてるんだ? 三年生はエンブレムをつけずに、城内を探索するはずだろ?」
「アンジェリーナに許可をもらってきたんだって」
ジョージの問いに、ジニーに代わってハリーが答えた。
「そいつはおかしな話だなぁ」
フレッドがジニーの顔を覗き込んだ。
「さっきエリアに立ち寄ったとき、アンジェリーナが勝手な行動を取ったおまえのことを怒っていたぞ?」
「えっ!? どういうこと?」
ハリーとロンは困惑してジニーを振り返った。だが、ハーマイオニーだけはまったく驚いていなかった。
「どうしても攻撃役をしたかったの」
ジニーがしっかりとフレッドを見据えて言った。
「攻撃は人任せだなんて、絶対イヤ!! でも……さすがに一人で動くのは心細いから、急いでロンたちの後を追ったの。もちろん、アンジェリーナに声をかける暇なんてなかったわ」
「じゃあ、なんであんな嘘を―――」
ロンが当惑して言った。
「ああでも言わないと連れていってくれないでしょ? もっとも、ハーマイオニーは私の嘘に気づいてたけどね」
「知ってたの?」
ハリーは驚いてハーマイオニーを振り返った。
「まぁね。なんとなくよ。別にジニーが一緒でもいいでしょ、フレッド?」
「俺は反対しないさ。むしろおとなしくエリアで待ってたら、俺たちの妹として情けないな。まぁ、よくやった」
「それはどうも。何年あなたたちの妹をやってると思ってるの?」
ジニーが皮肉っぽく返した。
「どうして一度エリアに戻ったの? 何かあったの?」
ハリーが訊ねた。
「いや、俺たちはエリアに戻ってないよ」
リーがニヤっと笑った。
「でも、さっきフレッドが……」
ロンが混乱してフレッドを見遣った。
「あぁ、俺は鎌をかけただけさ。ジニーの見え透いた嘘を暴くためにな。何年コイツの子守りをやってると思ってるんだ?」
フレッドに頭をクシャクシャっと撫でられ、ジニーはその鬱陶しい手を払いのけた。
「子守りなんてされてないわ!」
「ジョージにいじめられて、俺に泣きついてきたのはどこのどいつだ?」
「おい、フレッド! ジニーをいじめてたのはおまえだろ!?」
「両方よ!」
ジニーが双子を睨んだ。
「まぁ、そう怒るな。愛情の裏返しさ」
フレッドが上手に言い逃れをした。これ以上喧嘩が続かないように、すかさずハーマイオニーが話題を変えた。
「とにかく、厨房に向かいましょう。ここで無防備に立ち話してるのは危険だわ」
「ハーマイオニーの言うとおりだ」
落ち着かない様子で何度も背後を振り返っていたシェーマスが同調した。
「確か、右側の扉からだったよな」
ロンが階段横の扉を指差した。
「行くぞ」
ジョージが声をかけた。
一行は扉を抜けて階段を下り、明々と松明に照らされた広い石の廊下に出た。しばらく歩くと、壁に飾られた「巨大な果物皿の絵」にたどり着いた。
リーが絵の中の緑色の梨をくすぐった。途端に梨はくすくすと笑いながら身をよじり、大きな緑色のドアの取っ手に変わった。
フレッドがシェーマス、ディーン、ジニーを振り返った。
「あんまり言いふらすんじゃねぇぞ。しもべ妖精を煩わせることになるからな」
「自分たちのことを棚に上げて、よく言えたものね」
ハーマイオニーが呆れ返った。
「しもべ妖精は喜んでるんだからいいじゃないか」
ロンは、これから出てくるであろう豪華なお土産を思って、胸を躍らせながら言った。
「あなたもあなたよ、ロン!!」
ハーマイオニーがピシャリと言った。
「ハーマイオニーだって空腹でたまらないから、何も言わずについて来たんだぜ」
ロンは肩をすくめながら、ハーマイオニーに聞こえないようにハリーに囁いた。
リーが取っ手を掴んでドアを開け、フレッドとジョージが先陣を切ったリーに続いて厨房に入った。ロンが期待顔で双子に続いた。
「クリームケーキにパイに、チョコレート・エクレ―――イタッ!?」
これから出てくるであろうお菓子の山を想像して舌鼓を打っていたロンは、厨房の入り口のところで急に立ち止まったジョージにぶつかった。
「おい、兄貴。後ろがつかえてるんだからさっさと―――」
「伏せろっ!!」
ジョージがロンの頭をグイと押し下げながら叫んだ。
「プロテゴ! 防げ!」
リーとフレッドが唱えた盾の呪文を赤い光線の濁流が襲い、リーの盾を突き破った光線がハリーの左の耳元をかすめた。
「敵襲~!!」
厨房の中から、屋敷しもべ妖精のキーキー声とは違う叫び声が聞こえた。ハリーは左耳を手で隠しながら、恐る恐る厨房を覗きこんだ。
大広間ほどの広さがある石造りの部屋でハリーたちを出迎えたのは、屋敷しもべ妖精ではなく大勢のハッフルパフ生だった。歓迎という雰囲気にはほど遠かった。ざっと十五人はいるだろうか。その多くが、ハリーたちと同様、突然の相手チームとの遭遇に動揺しており、数人の上級生だけがすでに臨戦態勢を取っていた。ジャスティン・フィンチ-フレッチリーに至っては、慌てて掴んだのだろう、杖を逆さまに握っている。その向こう、厨房の奥にある大きなレンガの暖炉には、漆黒に輝くハッフルパフのエリアエンブレムが掲げられていた。
「ロン!! おまえたちも手伝え!!」
ハッフルパフ生の呪文を反らしながら、フレッドが叫んだ。
「それから、一人、エリアから応援を呼んできてくれ。このままじゃ多勢に無勢だ」
確かにフレッドの言う通りだ。ハッフルパフは七年生とセドリック、そして囮かつ城内探索要員を務める数人の下級生以外の全員が、一丸となってエリアを死守しているようだった。
「僕が行ってくる!」
一番出口側にいたディーンが、エリアに駆け出して行った。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、シェーマスの五人が、双子とリーに加勢した。ハリーが唱えた失神呪文が、派手に杖を振り回していたアーニー・マクラミンに命中した。しかしハッフルパフの六年生が、すぐにアーニーを呪文で蘇生させた。
「リー、むこうは何人だ?」
ジョージが反撃しながら、厨房中に響く戦闘音に負けずに叫んだ。
「……十五……十六……十七。うん、十七だな」
「恐らく四・五年生全員とセドリック以外の六年生でしょうね」
ハーマイオニーが呪文を避けながら叫んだ。
「それに対して、こっちは八人か。百五十点さえ入れば、多少の犠牲が出てもゴリ押しでいく価値はあるが……」
「レイブンクローのときみたいに、煙幕でどうにかならないのか?」
スーザン・ボーンズの呪文に危うく当たりそうになったロンが、フレッドに叫んだ。
「さっきエリアに戻ったときに補充するのを忘れた。それに、煙幕ばっかじゃ芸がないしな」
それを聞いてシェーマスが不安げに言った。
「だからってこのままじゃ埒が開かないよ。こっちの倍の攻撃が飛んでくるわけだし、一人ずつしか倒せないのに相手はすぐに蘇生するし―――」
「あら、ハッフルパフ生をまとめて倒す方法ならあるわよ」
さらっとそう言ったジニーは、ハッフルパフの集団に杖を向けた。
「タラントアレグラ! 踊れ!」
呪文を受けたハンナ・アボットがたちまち熱狂的なタップダンスを始め、隣の生徒を蹴り飛ばしたあげく、石畳につまづいて周りの生徒を巻き込みながら床に倒れた。ハッフルパフの攻撃の手が弱まった。
「いまだ! あそこの物陰に隠れよう!」
大広間でレイブンクローの寮テーブルがある場所の真下に位置するテーブルを、リーが指さした。
「走れ!」
フレッドとジョージが、呪文でハッフルパフ生を牽制しながらハリーたちに叫んだ。テーブルの陰に駆け込んだハーマイオニーは、振り返ってジニーを褒め称えた。
「さっきの呪文、巧いわ!」
「普通の呪文じゃ一人にしか攻撃できないからね。少しは役に立ててるかしら?」
ジニーは頬を赤らめながら答えた。
「あぁ、上出来さ」
ジョージがハリーの横に飛び込んできた。フレッドとリーも一緒に物陰に飛び込んできた。
「俺たちは典型的な攻撃呪文にこだわりすぎてた。発想の転換が必要だな」
「例えばどんな―――」
ザクザクッという音がロンの質問を遮って、物陰の傍の石壁に何本もの包丁が突き刺さった。まだビーンと震えている。ロンの顔から血の気が引いた。フレッドが何事もなかったかのように答えた。
「まぁ例えば、アレだな。厨房には凶器になるような物がたくさんある」
「包丁を飛ばすなんて、危険すぎるわ!!」
ハーマイオニーが憤慨した。
「我が家じゃ口喧嘩に勝てないロンのおかげで、しょっちゅう包丁が飛んでるけどな」
ジョージが笑ったが、ハーマイオニーに睨まれて口をつぐんだ。
「それにほら、マダムポンフリーがいるし……」
リーがフォローしようとしたが、すでにハーマイオニーは毅然とした態度で立ち上がっていた。物陰から現れたハーマイオニーの顔に向かって、包丁が飛んできていた。
「危ない!!」
隣にいたハリーとロンがテーブルの陰に引っぱり込もうとしたが、ハーマイオニーはその手をすり抜け、杖をひと振りした。途端に包丁はキツツキに変わり、ハーマイオニーの頭の周りを飛び始めた。包丁を飛ばした六年生を睨みつけると、ハーマイオニーは叫んだ。
「女の子に向かって包丁を飛ばしてくるなんて!! 傷が残ったらどうしてくれるの!? オパグノ! 襲え!」
十数羽のキツツキがハッフルパフ生を襲い、相手の攻撃の手が緩んだ。ハーマイオニーがフンと鼻をならした。
「チャンスだ!」
ハリーたちの後方でシェーマスが立ち上がった。
「いまのうちにエンブレムを手に入れ―――」
シェーマスが不自然に言葉を切ったかと思うと、突然ハリーに倒れ込んできた。
「シェーマス!!」
驚いてシェーマスを受けとめたハリーの隣で、ロンが叫んだ。
「どうしたの!? あっ―――」
驚いて振り返ったハーマイオニーは、ハッと口に手を当てた。その視線は厨房の入り口に釘づけになっている。ハリーは杖をしっかり構えて、厨房の入り口を振り返った。ロンが絶望的に呻いた。
「案内ありがとよ、グリフィンドール」
スリザリンの集団が杖を構えて立っていた。先頭はあまり乗り気ではない表情のビクトール・クラムだったが、ハリーとハーマイオニーが一緒にいるのを見て、元々ひん曲がった鼻がさらに歪んだ。声の主はクラムの隣にいた七年生のデリックで、横にいる同じく七年生のボールとともにクィディッチ・チームの選抜選手だ。その二人の顔の間から杖を構えたマルフォイの嘲笑が覗き、ハリーは拳を握り締めた。
「また会ったな、ポッター。安全な医務室のベッドが恋しくないかい?」
「おい、ドラコ! そいつらには構うな。まずはエリアエンブレムだ」
「まぁ、ちょっと待て、デリック。ポッター、忠実なる“下僕”がいなくて心細くないかい? おっと、失礼。金魚のフンのように、役立たずだが従順な下僕がいたな、ウィーズリー」
「インペディメンタ! 妨害せよ!」
ハリーとロンがマルフォイに呪いをかけるより早く、シェーマスを介抱していたリーが叫んだ。スリザリンの集団の動きがスローモーションになった。ロンが立ち上がった。
「いまのうちにマルフォイをやっつ―――アイタッ!!」
頭上から落下してきた金盥が直撃し、ロンは頭を押さえて再びしゃがみこんだ。ハリーが見上げると、フレッドとジョージが金盥とフライパンを担いでテーブルの上に立っていた。
「このバカちん! デリックじゃないが、そいつらは後回し。まずはエリアエンブレムだ。ハーマイオニーの呪文もそろそろ切れるころだからな」
ハリーが振り返ると、キツツキの一羽がテーブルに降り立ち、包丁に戻った。
「で、この金盥は何だ?」
ロンが目に涙を浮かべながら苦々しげに尋ねた。
「こいつで突破口を開く。まぁ、見てな」
フレッドは金盥を掲げ、同じく別の金盥を掲げたジョージとともに、何やら複雑な呪文を唱えた。
二人が呪文を唱え終えると二つの金盥は双子の手を借りずに滞空し、ブルブルと震えだした。
「なんだ!?」
ロンが言い終わらないうちに、震えがピタリと止まった金盥が双子を急襲した。
「危ない!!」
ハリーが叫んだ瞬間、フレッドとジョージは拾い上げたフライパンで金盥を強打した。吹き飛ばされた二つの金盥は、今度はハッフルパフの集団の中で暴れだした。ハーマイオニーが呆気にとられて呟いた。
「―――ブ……ラッジャー??」
「ご名答!」
フレッドが朗らかに答えた。
「夏休みにクィディッチの特訓するときは、チャーリーがよく物置の中のガラクタにこの呪文をかけてくれたものさ」
「もっともビーターの天才である俺たちに、泥臭い特訓なんて必要ないがな」
双子の影の努力に感心したハリーの眼差しに気づいたジョージが、照れくさそうにつけ加えた。
「だからって、なんで金盥なの?」
ジニーが、その金盥に無様にノックアウトされたアーニーを尻目に言った。
「包丁でも良かったんだけどな」
そこで一旦言葉を切ったジョージは、チラリとハーマイオニーを見て言い足した。
「あるレディの提言を、真摯に受け止めたってわけだ」
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そんなハリポタのボイスドラマが作れたらよいなぁ
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