【第18章 守護者と予期せぬ“手” The Guardian and An Unexpected Hand その2】
「いい手!?」
三人が一斉にハリーのほうを振り返った。
「ウン。……あ、いや、いい考えかはわからないけど、これしかないかなって思う」
「どうやって、ゴーレムを出し抜いててっぺんまで上るんだ?」
「いや、てっぺんまで上る必要はないんだ」
「どういうこと?」
ジニーが困惑と期待が入り混じった表情でハリーに訊ねた。
「それを説明する前に―――ハーマイオニー、行動範囲を制限する魔法陣の中に入れられてるってことは、あのゴーレムは歩けるんだよね?」
「えぇ、基本的にゴーレムは歩けるようにできているわ。でも、それがどうしたの?」
「さっきのロンが腰まで上がってきたときは、ゴーレムは手で払い落としたよね。じゃあ、もし僕がゴーレムの足元でちょっかいを出したら、あいつはどうすると思う?」
「屈んでデコピンとかか?」
「ロン、わざわざ屈むくらいだったら、蹴飛ばしたり踏んづけたりするんじゃない?」
「あっ!!」
ハーマイオニーが手を叩いた。
「ハリー、でも何を!? そんな丈夫なもの……」
「ハーマイオニー、一人で話を進めるなよ。ハリー、どういうことだ?」
「逆転の発想だよ。エンブレムのほうから床まで来てもらうんだ」
「そんなことできるの?」
「たぶんね。ゴーレムが足を下ろそうとする場所に何かを滑りこませて、バランスを崩したゴーレムがひっくり返るようにするんだ。これならわざわざあんなに高いところまで上っていかなくても、エンブレムを手に入れられるよ」
「でもハリー、何を滑り込ませるの? 丈夫なものじゃないと、簡単にゴーレムに押しつぶされてしまうわ」
ハーマイオニーが大広間中を見渡した。
「そんな丈夫で運べるものなんて―――まさか、寮テーブルなんて言わないわよね?」
「ハーマイオニー。そのまさかだよ」
「ハリー。ちょっと待ってよ」
今度はジニーが口をはさんだ。
「あんなに重いもの、動かせないわ。さっきの私の浮遊呪文を見たでしょ? 浮遊呪文も移動呪文も、対象が重ければ重いほど効果が出にくいのよ?」
「でも、四人で力を合わせればいけそうじゃないか? ほら、さっきハリーはセドリックと同時に呪文を唱えて、呪い避けワックスを貫いたんだよな」
「ウン。たぶん単なる二倍、三倍とかよりも効果が出ると思うんだ」
「でも……ハリー、仮に寮テーブルが動いたとしてもよ? ゴーレムが足を下ろすところにうまく寮テーブルを動かせるのかしら?」
「僕がその場所から呼び寄せ呪文をかけるよ。三人は移動呪文で寮テーブルを動かしてくれ」
「ハリー! そんな危険な役は僕がやるよ!」
「大丈夫。僕は蹴りをかわすのは得意なんだ。あと、一応木登りもね。まぁ、ダドリーのどっちもおかげなんだけど」
「でも―――」
「ロンに二回も危険な役目は任せられないよ。そのかわり、エンブレムを取るのは早い者勝ちだからな。さぁ、準備しよう。もちろん、踏み潰されるのはスリザリンの寮テーブルで異論はないよな?」
スリザリンのテーブルは四人で呪文をかけると、かろうじてゆっくり動いた。あとはゴーレムが足を下ろすまでに間に合うかどうかが問題だ。ハリーたち四人は寮テーブルを魔法陣のすぐ外まで運ぶと、目の前のゴーレムを見上げた。虚ろに窪んだ目は、寮テーブルにも、そしてハリーたちにも、まったく気づいていないようだった。
「ゴーレムは近くの気配を察知するの。この距離なら寮テーブルには気づかないわ」
「じゃあ、始めるよ?」
ハリーが合図し、四人はそれぞれの持ち場についた。ハリーは魔法陣の中に足を踏み入れた。ゴーレムがハリーの存在を認識して、ゆっくりとハリーのほうに顔を向けた。しかしまだ攻撃してくる様子はない。ハリーはどの呪文でゴーレムにちょっかいをかけるか考えていなかった。どの呪文を唱えても、どうせ吸収されるのだから。ゴツゴツと堅そうなゴーレムの足が、ハリーの眼前に巨木のように生えている。ハリーは三人に目配せすると、叫んだ。
「レダクト! 粉々!」
ゴーレムの顔に向かって放たれたハリーの呪文は、ゴーレムの頬の辺りで吸収された。
ゴーレムの無表情な顔からは、驚きや怒りといった感情は読み取れない。ゴーレムはハリーが呪文を唱える前となんら変わらずにそびえ立っていた。作戦は失敗だったか? 足元にいる相手は、ゴーレムの攻撃対象にはならないのか? そんな考えがハリーの頭をよぎった。ハリーは三人を振り返った。
「別の作戦を―――」
そのときだ。
ザッと床を擦る音がし、緩慢な動きではあるが確かに、ゴーレムが右足を上げ始めた。どうやらハリーを踏み潰すつもりらしい。
かかった!
「いまだ!」
「モビリ―――」
ロン、ハーマイオニー、ジニーが移動呪文を唱えていた。寮テーブルがズルズルと動いている。ハリーはゴーレムの足を見上げた。このスピードなら十分間に合いそうだ。
しかし一旦頭上で停止したゴーレムの足は、突然その速度を上げてハリーに向かってきた。
「アクシオ! 寮テーブルよ来い!」
ハリーは力いっぱい叫んだ。四人の呪文が合わさって、寮テーブルも速度を上げてハリーの元に滑って来る。しかし、重力に任せて振り下ろされるゴーレムの足が、ハリーに迫っていた。
ゴーレムの足が先か、寮テーブルが先か―――
「ハリー! 避けて!」
ハーマイオニーが叫んだ。しかしハリーは一歩も動かなかった。テーブルをここまで呼び寄せなければ―――
「ハリー!!」
ゴーレムの足がハリーの目の前まで迫ってきていた。ハリーはとっさに目を閉じて屈んだ。
ギシッ、バキッと、何かが軋み、割れ、砕ける音がした。しかし、痛みはない。ハリーはゆっくりと目を開けた。
ゴーレムの足がハリーの目の前で止まっていた。ハリーは寮テーブルが作った、ゴーレムの足と床とのわずかな隙間に挟まっていた。
寮テーブルが軋む音は大きくなっていた。早くここから抜け出さなければ。ここからでは、ゴーレムがバランスを崩しているのかさえわからない。
「ハリー! 早くそこから出なきゃ!!」
駆けつけてきた三人が、ハリーを引っ張りだそうとした。しかしテーブルに足を取られているようだ。どんなに引っ張ってもビクともしない。
「どこかで引っ掛かってるみたいだ。ゴーレムはどう?」
「今は自分の心配をしろよ。早くそこから出ないと―――」
ミシミシッと、テーブルがゴーレムの重さに耐えかねて悲鳴をあげた。しかし同時にゴーレムの足裏が傾き、隙間が広がった。ハリーの足が自由になった。
「ワッ!!」
ハリーの体が隙間から抜け、引っ張っていた三人は尻もちをついた。ハリーは三人を抱き起こした。
「ありがとう。危なかったよ」
「ホント、無茶するんだから」
ジニーがモリーおばさんそっくりのしかめっ面をしたが、すぐに笑顔になった。
「でも、よかった」
「―――ゴーレムは?」
ハリーは後ろを振り返った。テーブルは悲鳴を上げながらも、まだ頑張っていた。テーブルの端を踏みつけたゴーレムは、バランスを崩して右に傾いていた。あと少しで倒れるはずだ。
しかしゴーレムが倒れるよりも、テーブルの限界のほうが早かった。バキバキッと激しい音を立て、寮テーブルは粉々になった。ゴーレムは倒れこみながらも、右足を床について少しバランスを持ち直した。その間に、ゴーレムは右手を床に伸ばした。
轟音とともに、ゴーレムが右手から床に倒れた。途端にその衝撃は、床だけでなく大広間全体の空気をも震わせた。その空気の震えは、ろうそくの火を消すには十分すぎるほどだった。ほとんどのろうそくが消え、大広間は再び闇に包まれた。
ゴーレムが完全に倒れない可能性も考慮していたハリーだったが、ろうそくの火が消えたのは完全に想定外だった。
それでもゴーレムが倒れているいまがチャンスだ。ハリーはゴーレムの右足から上り始めた。
「ハリー! ダメ!」
ハーマイオニーが叫んだが、ハリーは構わず上り続けた。しかし突然ハリーの背後からゴーレムの腕が伸びてきて、ハリーはゴーレムに捕らえられた。見せかけの目しか持たないゴーレムにとっては、この薄暗闇は関係ないらしい。痛みこそ感じなかったが、ハリーはゴーレムの左手にがっちりと掴まれていた。
「レラシオ! 放せ!」
ロンが下から叫んだが、呪文はゴーレムの左手にむなしく吸収されてしまった。
「クソッ!!」
ロンは杖をしまってゴーレムの体を上り始めた。そのロンの腕を、ハーマイオニーが掴んだ。
「ロン! あなたが上ったところでどうするの!? あなたにまで何かあったら―――」
「だからって、ここで手をこまねいて見てろっていうのか!?」
「それは―――」
「ハーマイオニー。あなたがロンを止めるのなら、私が上るわ。二人とも止めるなんて無理よ!」
「ジニー、あなたまで―――」
大広間の扉が軋みながら開く音が聞こえ、四人は入り口を振り返った。何か聞こえる―――
「ま……待って……」
それは、四人の聞き覚えのある声だった。
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「ココロ×ココロ・キセキ【ハリポタ替え歌PV・セブリリ】」
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