【第17章 セドリックのススメ On Cedric's Recommendation】
「セドリックのやつ、間違って混乱薬でも飲んだのか!?」
ロンはあまりに不可解なセドリックの言葉に首を傾げた。
ハリーはセドリックと別れてから無事にエリアへと戻り、ロンとハーマイオニーにいままでの経緯を話し終えたところだった。マルフォイにやられたことを話すときには一瞬躊躇ったが、二人ともハリーの無事を喜び、一緒にスリザリンへの反撃を誓ってくれたので、ハリーは心が和んだ。
「でも、セドリックは最後の言葉以外は普通にしゃべっていたんでしょう?」
ハーマイオニーが腕組みをして考え込みながら言った。
「あぁ、エンブレムも譲ってくれたし」
「それも何か裏がありそうじゃないか?」
「ロン、やめなさいよ。セドリックは紳士的なのよ」
「中途半端にね」
第一の課題で自分が課題の内容そのものをセドリックに教えたのに対して、第二の課題でセドリックが『風呂に入れ』としか自分に教えてくれなかったことを、ハリーは忘れてはいなかった。
「もう! ハリーまで! きっと何か深い訳があるのよ。アンジェリーナにも伝えておいたほうがいいわ」
「そういや、ハーマイオニー」
ハリーは、ハーマイオニーが先に寮に戻った理由を思い出した。
「マクゴナガルから何か聞き出せたかい?」
「えぇ、訊いたわよ。ロンの家の柱時計を例に出して、人の位置を特定する魔法があるのかどうかをね」
「それで?」
「ハリー、やっぱりあり得ないと思うわ……少なくとも、この争奪戦のためだけに準備するのは」
ハリーが不満げに口を開きかけたのを見て、ハーマイオニーが急いで言葉をつけ加えた。
「どういう意味?」
「マクゴナガル先生がおっしゃるには、そのように人の位置を特定するには、呪文ではなくて魔法薬が必要なの。ロンの家の柱時計や忍の地図は、その魔法薬を染み込ませて魔法処理をほどこしたものらしいわ」
「で、その魔法薬を作るのが大変なわけだ」
「そうなのよ。材料はセイヨウキョウチクトウの樹液にタイムの葉の粉末、そしてここからがビックリなんだけど、ドラゴンの血液にマンティコアの毒針、それにアクロマンチュラの毒」
「ヒッ!!」
ロンが息を呑んだ。
「もう、しっかりしてよ、ロン。さっきも聞いたでしょ。それに作り方だけど、正確な作り方が載ってる現存する本は皆無らしいわ。少なくとも、売ってはいない。」
「じゃあ、なんで父さんたちは忍の地図を作れたんだ?」
「さぁ。家の書庫に代々伝わる秘伝の書でもあったとか?」
ロンが深くは考えずに言った。
「とにかくマクゴナガル先生ですら、その魔法薬を作るのに半年の期間を要するということしか知らないらしいわ。私たちが対抗戦のことを知ったのは、つい一週間前よ。それに相手チームがその魔法を使っていたら、いまごろとっくに決着がついてるわ」
ハーマイオニーの言う通りだ。グリフィンドールのエリアの位置が特定された様子はない。
「ハリー、いまはそのことは気にしなくても大丈夫よ。他のことに集中しましょう」
ハリーは少し安心した。しかし、だとしたらスリザリンチームはどのようにハリーを追い詰めたのだろうか。
「ハリー! 大丈夫か!?」
ハリーが振り返ると、フレッドとジョージが帰ってきていた。ジョージが申しわけなさそうに言った。
「いまそこでジニーから聞いた。アイツに凄い剣幕で怒られたよ。ごめんな。君を独りにしてしまって」
「安心して。もうなんともないよ」
「その代わりといっちゃあなんだが、レイブンクローのエンブレムをごっそり頂戴してきたぜ。といってもフラーのエンブレムを奪う前に煙幕が切れちまって、やつのエンブレムだけは奪えなかったが。まぁ、上出来だろ?」
フレッドがローブの前面を引っ張ってみせたが、すぐにエンブレムがないことに気がついた。
「そうだ、向こうの部屋に置いてきたん―――」
「アイタッ!!」
ドスンという音とともに、突然リー・ジョーダンが頭上から降ってきて尻もちをついた。驚いたグリフィンドール生が、すぐにリーの周りに集まってきた。
「あー、イカした登場の仕方とは言えないな。登場のテーマでも鳴らすか?」
「なんなら、俺が鼻唄でも口ずさんでやろうか? とにかく……突然現れられたんじゃ、みんなリアクションに困るぞ」
フレッドとジョージが、リーを抱き起こしながら困惑顔で言った。
「リー、どうしたの?」
ハーマイオニーが心配そうに尋ねた。立ち上がったリーが、ローブの後ろの埃を払いながら口を開いた。
「俺は何も悪いことをしちゃいない。ただ、スリザリン生に呪文を唱えただけだ。それなのに突然『反則!』ってキーキー声が聴こえて、気がついたらここにワープしてた。何が起こったんだ?」
「ポートキーだよ」
ハリーがすぐさま答えた。
「この争奪戦の間、城内をポートキーで移動できるんだ。それにしても、反則ってどういうこと? 何の呪文を唱えたんだ?」
「ただの全身金縛りの術さ。そしたらキーキー声が、『エンブレムなしで相手を攻撃した』とかなんとか言い出して……ちゃんとエンブレムを付けているのに」
リーは胸に輝く黄色のエンブレムを指さした。
「グリフィンドールのエンブレムじゃないの?」
ロンが少し驚いたが、リーは当然だとばかりに言った。
「だってそうだろ? 他の寮のエンブレムを奪われても、グリフィンドール生は誰も飛ばされる心配はない。ルールにちゃんと書かれていたはずだ。だから俺は―――オイッ、どうした、ハーマイオニー!?」
ハーマイオニーが、リーの胸のハッフルパフのエンブレムを剥ぎ取り始めた。
「ちょっと貸して!」
ハリーたちが呆気にとられるなか、ハーマイオニーがエンブレムを床に置き、杖を向けた。リーが叫んだ。
「ハーマイオニー、何する気だ!? エンブレムに呪文は効かないってルールにも―――」
「汝の秘密を顕せ!」
ハッフルパフのエンブレムが宙に浮かんだかと思うと、高速で回転し始めた。衣服にたくさんできたほつれを引っ張るかのように、高速回転するエンブレムから糸状の光が溢れ、その光の筋がまたエンブレムへと戻っていく。
エンブレムの回転が止まり、床に落ちた。
いや、それはエンブレムではなかった。
床に落ちたそれを覗き込んだハリーたちグリフィンドール生は、みな一様に言葉を失ってしまった。
「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジが、ケバケバしい赤い蛍光色に輝いていた。
中継ポイントのハッフルパフのエンブレムを確認してくると言って、アンジェリーナはエリアから飛び出していった。
エリアに残されたグリフィンドール生に重苦しい雰囲気が漂っていた。
「……ねぇ、リー?」
恐る恐る沈黙を破ったのはハーマイオニーだった。
「一緒にいた仲間は大丈夫かしら?」
「あぁ、大丈夫みたいだな」
そう言ってリーは柱時計を指差した。
「アリシアとパトリシアは、異変に気づいてすぐ物陰に隠れたからな」
二人の針は、いまは「散策中」を指していた。
ハリーはセドリックの言葉や偽エンブレムのことで頭がいっぱいで、まだパーバティの無事を確認していないことを思い出した。
「パーバティは!?」
「大丈夫。無事、寮に戻ったみたいだわ。でも―――」
四年生の柱時計を調べていたハーマイオニーが言った。
「寮?」
ロンが訊きなおした。
「誰かと交代したのか?」
「えぇ、ネビルとね。でも変なの……。ネビルの針が『迷子』のところを指してるの……」
ハリーもロンも、驚いて柱時計を覗き込んだ。確かにハーマイオニーの言う通り、ネビル・ロングボトムと刻まれた針が「迷子」を指している。
「おいおい、冗談だろ? 寮からここまで迷いようがないだろ」
「たとえそれが“あの”ネビルでもな。柱時計の調子が悪いんじゃないか?」
フレッドとジョージが柱時計を覗きこんだ。ジニーも納得がいかないとばかりに言った。
「それに交代があったら、ニックからマクゴナガルに連絡が入るはずよ」
「いや、連絡ならニックから直接聞いたよ」
みんなが入り口のほうを振り返った。アンジェリーナが門番の三年生と一緒に戻って来ていた。両手に抱えていた「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジを、アンジェリーナは床にバラ撒いた。
「悪い知らせだ。案の定、ハッフルパフのエンブレムは五つを除いて全て偽物だった」
「本物の五つは、きっと僕が奪ったものだ」
恐らくロンの言う通りだろう。散々偽のエンブレムを掴まされたフレッドが舌打ちをした。ジニーが訝しげに尋ねた。
「ねぇ、フレッド? ハッフルパフの三年生からエンブレムを奪うときに、医務室に行くか素直に渡すか、紳士的に選ばせたって言ってたわよね? だったら素直にエンブレムを渡させたときにそのハッフルパフ生がワープしなかった時点で、エンブレムが偽物だってわかるんじゃない?」
「それなんだけどな……」
ジョージが口を開いた。
「どいつもこいつもいっちょまえに挑発してくるから、全員眠らせてやったのさ。結局、全員医務室行きってわけだ」
「攻撃してこない時点で何か変だって気づかない? だいたい、それじゃ弱い者いじめみたいでかっこわるいわ」
「勝負なんだから仕方がないだろ!?」
「二人とも!! やめろ!!」
アンジェリーナが二人の間に入った。
「とにかく、ハッフルパフの下級生は偽エンブレムを持った囮だから狙うな。みんな、いいな!」
グリフィンドール生はみな頷いた。
「ねぇ、アンジェリーナ。さっきの話、ニックがどうこう言ってたのは?」
ハリーが訊ねた。
「あぁ、中継ポイントの手前でニックと出会ったんだ。パーバティ・パチルとネビル・ロングボトムが交代ってね。みんなに伝えとくよって言ったら、ニックは寮に戻っていったよ」
「でも、ネビルがまだエリアに来てないんだ」
「あぁ、そうみたいだな。中継ポイントから出たときに、右手の廊下をネビルが血相を変えて走り去って行くのを見たよ。呼んだんだけど、気づいてなかったみたいだ。まるで何かに追い掛けられてるみたいだった。でももう振りきったのかネビルの後ろには何も見えなかったから、大丈夫だと思ってひとまずエリアに知らせに来たんだ」
「ネビルは迷子になってるみたいなんだ」
「それはまずいな……ハリー、君たちでネビルを捜しに行ってくれるかい?」
「でも四年生はいま、シェーマスとディーンが―――」
ハーマイオニーが口を開いた。
「あぁ、まだ言ってなかったね」
アンジェリーナがエリアのみんなに向き直った。
「いま、グリフィンドールはわずかに劣勢だ。持ち直すためにも、しばらくは得点を稼いでいる六年生と四年生に攻撃役を任せる。三年生はエンブレムをつけずに、城内の怪しいところを調べつくしてくれ。残った七年生と五年生と私で、みんなの情報を基に他の寮のエリアを割り出す。反対の者はいるか?」
誰も何も言わなかった。ハリーが横を振り向くと、ハーマイオニーが心配そうな顔をしており、そのハーマイオニーをロンが気遣わしげに見ていた。
「大丈夫、ハーマイオニー?」
「えっ!?……えぇ、ありがとう、ロン」
アンジェリーナは満足した様子で言った。
「よし、それじゃあそれぞれの持ち場についてくれ!」
「おい、リー。今度は俺たちと行こうぜ!!」
「あんまりはっちゃけて、俺を置いていくなよ?」
双子とリーが真っ先にエリアから出ていった。
「僕たちも行こうか。ネビルを捜さなきゃ」
ハリーはロンとハーマイオニーに声をかけ、カドガン卿が警鐘を鳴らしていないことを確認して廊下に出た。愛馬のポニーに振り落とされ、息も絶え絶えに追いかけているガドガン郷を尻目に、三人はまず中継ポイントに向かった。エンブレムをつけなければならない。目的の教室に入ると、ロンが囁いた。
「エッグヘッド 知ったか」
物陰から三年生の女の子が二人現れた。二人の話によると、フレッド・ジョージ・リーの三人はレイブンクローのエンブレムをつけて行ったらしい。三人とも、ハッフルパフから奪った本物のエンブレムを一つずつローブにつけ、教室から出た。
階段まで来たところで、三人は物陰に隠れて立ち止まった。
「どこに行こうか? ネビルを捜すっていっても、どこを捜せばいいかサッパリだ」
「まずはセドリックの言っていたマグル学教室を目指しましょう。ノーマルエンブレムのことも本当だったから、きっとボーナスエンブレムもあるわ。その途中でネビルが見つかるかもしれないし」
「それでいいんじゃないかな」
「ハリーがそういうなら……」
ハリーが同意したのを見て、ロンも同意した。もちろん、セドリックのアドバイスに従うのは不安もあった。しかし、他に手掛かりがないいま、可能性の少しでもある場所から回っていくのが一番だった。
一応意見が一致したところで、三人は階段を下り始めた。
「ハーマイオニー!!」
後ろから呼び止める声がして、三人は振り返った。階段の一番上に、ジニーの姿があった。胸にハッフルパフのエンブレムが輝いていることにロンが気づいた。
「ジニー! エンブレムをつけるなって言われてただろ!? エンブレムをつけてたら他の寮生に狙われるから、さっさと外してこいよ。危ないだろ」
しかしジニーは、ハリーたちのところまで階段を下りてきて言った。
「あなたたちを追い掛けて来たの」
ジニーはロンに向き直った。
「ロン、私とロンは一つしか年が変わらないわ! それに、いままでの稼いだ得点も低くないわ。そうでしょ、ハーマイオニー?」
「えっ……うん、そうね。さっきもすごい活躍だったし」
「だからって……」
ハリーもロンも戸惑っていた。
「私、あなたたちがエリアを出ていってから、アンジェリーナにお願いしたの。ハーマイオニーたちについて行っていいかって。そしたら……快く了解してくれたわ。私もみんなの役に立ちたいの!」
「……ねぇ、ロン、ハリー。ここまでついて来ちゃったんだから、一緒に行ったらいいんじゃないかしら?」
「まぁ、アンジェリーナもそう言ってるなら……」
ロンが渋々承諾した。ハリーも頷いた。 アンジェリーナの許可が出ているのならば問題はない。
「じゃあ決まりね。一緒に行きましょう、ジニー」
ハーマイオニーがジニーにウインクした。
「ありがとう、ハーマイオニー」
ジニーが少し後ろめたそうにウインクを返したが、ハリーとロンは気づかなかった。
四人はネビルに出会うこともなく、マグル学教室のある二階まで下りてきた。
「あっ、ダメッ!!」
階段からマグル学教室の廊下を覗きこんだハーマイオニーが、すぐに首を引っ込めた。
「どうしたんだ?」
「スリザリンの集団が廊下にいるの。マグル学教室が目的ってわけじゃなさそうだけど―――」
「私が囮になろうか?」
サラリと言ってのけたジニーに三人は驚いた。
「ダメよ、ジニー。いまは無理することないわ。先に、セドリックがボーナスエンブレムがあると言ったもう一つの場所、大広間に行きましょう」
四人は一階まで下り、大広間の大きな扉の前までやってきた。ハリーは毎日来ているこの場所にボーナスエンブレムが隠してあるなんて、セドリックに聞かされるまで考えもしなかった。ハリーは三人に合図した。
「行くよ」
ハーマイオニーとジニーに先行して、ハリーとロンが大広間の重たい扉をゆっくりと押し開けた。
その隙間から届く耳を劈かんばかりの雷鳴とともに、大広間が四人を迎え入れた。
【あとがき&裏話】
お知らせ。
作者も感想掲示板のコメント解禁しますね。
機会があれば、やはり読者様とコミュニケーションは取りたいと思っています。
今回、コピペの仕方も変えてみました。
この表記が本来の形なんですが、そのままコピペすると前回までのスカスカな形になってしまうんですよね。
スカスカなほうが読みやすいのでしょうか?
ご意見お待ちしています。
さて、ハッフルパフの作戦が明らかに。
伏線はけっこうありましたし、ハッフルパフのノーマルエンブレムの総数の矛盾に気づいている方も多かったのではないでしょうか?
ちなみに第4章の冒頭でコリンがバッジを持っていたのも、伏線ではありませんがちょっとしたヒントのつもりでした。
mixiのコミュのほうには、これから最新章の第26章をアップしてきます。