【第16章 気まずい道連れ Awkward Companions その2】
ルーナと別れたハリーは、足早にエリアへと向かっていた。
「ウワーッ!!」
ハリーが五階への階段に足をかけたそのとき、近くの教室から叫び声が上がった。
ハリーはその悲鳴に驚いて立ち止まった。まずはエリアに急ぐのが先決だろうか。しかし、声の主がグリフィンドール生だったら?
次の瞬間にはハリーは、鎧がたくさん飾ってある四階の回廊を、声の方向に疾走していた。
「なんで効かないんだ!?」
聞き覚えのある声だ。ハリーは中から声のする教室のドアを勢いよく開けた。 誰かが仰向けに押し倒され、馬乗りになった大きな何かは、腕のようなものを振り上げていた。その先の鋭い爪が、ギラリと怪しい光を放った。
「レラシオ! 放せ!」
ハリーはとっさに呪文を唱えた。 鋭い爪が振り下ろされた。押さえ付けられていた人影はハリーの呪文の効果もあり、間一髪のところで体を反転させて避けた。爪が床をえぐり取った。巨大な何かが、邪魔に入ったハリーに顔を向けた。ハリーは息を呑んだ。
ライオンの体。ワシの頭と翼。グリフィンだ。ハグリッドが連れてきたのか?
いや、違う。グリフィンだと思った体は鈍色を帯びている。
グリフィンの石像だ。
「ありがとう、ハリー。ただの変身術だと思っていたら、呪文が効かなくて」
ハリーは声の主を確かめて、助けるんじゃなかったと一瞬思った。そして直後に自己嫌悪に陥った。
セドリックのローブはよれよれで、胸にはセドリック本人のものであろう黄色の大きなエンブレムと、他の各寮のエンブレムをそれぞれ一つずつ付けていた。
「ハリー! 危ないっ!! ステューピファイ!」
ハリーに目標を移したグリフィンにセドリックが失神呪文を唱えたが、グリフィンは痛くも痒くもないといった様子でハリーに飛びかかってきた。
「アクシオ! 鎧よ来い!」
金属音が教室に響いた。グリフィンの右脚の爪が胸に刺さろうかというすんでのところで、ハリーは廊下の鎧を呼び寄せて盾にした。それでもあまりの衝撃にハリーは廊下の壁に打ちつけられ、その爪は鎧に食い込んだ。とはいえ、これで右脚の爪はそれほど脅威ではなくなった。もちろん鎧で殴られるのも勘弁してほしいが、爪でえぐられるよりはマシだ。
しかし攻撃の第二波がすでに来ていた。左脚が振り上げられている。今度は踏みつぶすつもりだろうか。ハリーの左肩は鎧ごと右脚に押さえつけられており、圧迫されて身動きが取れなかった。グリフィンの全体重をかけた攻撃は、鎧では防ぎきれそうにない。左脚が目の前に迫り、ハリーは目をギュッと閉じて叫んだ。
「インペディメンタ! 妨害せよ!」
「フィニート! 終われ!」
ハリーが叫ぶのとセドリックが叫ぶのが同時だった。ハリーは全身を緊張させていたが、グリフィンの攻撃は来ない。ハリーは恐る恐る目を開けた。
グリフィンの足が鼻先で止まっている。左肩に感じていた重さもなくなっており、ハリーは急いで鎧の下から体を引き抜いた。セドリックが駆け寄ってハリーの体を支えた。
「大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう」
ハリーは立ち上がって、動かなくなったグリフィンを確認した。元の石像に戻っている。
「フィニートで元の石像に戻ってよかったよ。もっとも呪文が効いたのはハリー、君が同時に呪文を唱えてくれたおかげだろうけどね」
セドリックが隣でホッと一息ついた。
「でも、なんで呪文が効きにくかったんだろう?」
「呪い避けワックスだよ」
ハリーとセドリックは同時に振り返った。
白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をした魔女が立っていた。マダム・フーチだ。どうやらハリーたちが気づかなかっただけで、ずっと事の成行きを見守っていたらしい。
「君たちはクィディッチの代表選手だから知っているだろう? 箒に塗ってあるあれだ。二人同時の呪文にはひとたまりもなかったがね。さぁ、エンブレムを取りなさい」
グリフィンの口から虹色に輝くエンブレムがカランと音をたてて落ちた。しかし……
「先生、僕たちはハッフルパフとグリフィンドールです。この得点は二人で分かち合うことができないでしょうか?」
ハリーが思案していたのと同じことをセドリックが訊ねた。しかし、マダム・フーチは首を横に振った。
「残念ですが、それはできません。二人でよく相談しなさい」
セドッリクが口を開くより先に、ハリーの口から言葉が吐いてでていた。
「セドリック、君が取れよ。君がエンブレムの在りかを見つけだしたんだし、フィニートを思いついてくれていなかったら、今頃僕はペシャンコだった」
「それを言うなら、ハリー、君のほうがエンブレムを取るべきだ。初めに君が僕を助けに駆けつけてくれた。そうでなければ僕は今頃―――」
セドリックは言葉を切り、自分の胸に輝くエンブレムを見つめた。そしておもむろに切りだした。
「じゃあ、こうしよう。僕がボーナスエンブレムを取る代わりに、君は僕のノーマルエンブレムとこのグリフィンドールのエンブレムを受け取ってくれ。これで四十点分だ。これでも、失点する心配のないボーナスエンブレムを取る僕のほうが有利なくらいだ」
セドリックは胸のエンブレムを剥がしだした。ハリーはその手を掴んで止めた。
「駄目だ。受け取れないよ。君は自分のエンブレムを失って、どこかに飛ばされてしまうんだぞ」
「それくらい構わないさ」
セドリックも譲らない。しかしハリーは、セドリックに借りを作りたくはなかった。
「僕はそっちの三つでいい。君は自分のエンブレムをちゃんと持ってろよ」
セドリックは手を止め、ハリーの目を見つめながら言った。
「本当にいいのか?」
「あぁ、だから早くボーナスエンブレムを取れよ」
ハリーに促されて、セドリックは決意したようだ。ハリーに向かって頷くと、グリフィンの石像の足元に落ちたエンブレムを拾いあげた。
それまで虹色に輝いていたエンブレムが黄色の淡い光の集合体となって頭上に舞い上がり、二人の周りを粉雪のように舞いおりた。その光は床までは落ちず、ダイヤモンド・ダストのように輝いたかと思うと、暖かい光を放って天井へと昇華していった。
「ハッフルパフに七十点!」
マダム・フーチが、クィディッチの試合開始を思わせるハッキリと通る声で言った。
セドリックがグリフィンドール、レイブンクロー、そしてスリザリンのエンブレムをローブから外して、ハリーに差し出した。グリフィンドールのエンブレムは、ケイティ・ベルの親友のリーアンのものだった。
「三つとも、仲間とはぐれていたスリザリン生から奪ったものだ。医務室に送られていたんだろう」
セドリックはハリーにエンブレムを手渡したが、それでもまだ納得しきれていないのか、声を落として言った。
「三階のマグル学の教室と一階の大広間にも、ボーナスエンブレムがあると思う。僕一人では無理だったが、君と仲間が力を合わせればエンブレムを獲得できるかもしれない」
「マグル学教室と大広間……」
ハリーは反芻した。
「それから……」
セドリックが少し躊躇ってから続けた。
「ハッフルパフの三年生は狙うな」
「なんだって? 一体どういう―――」
ハリーは混乱して訊ねたが、セドリックがすぐに口を挟んだ。
「詳しくは訊かないでくれ。チームのみんなを裏切ることになる。でも―――えーと―――これは君たちのために言ってるんだ……それだけは信じてくれ。それじゃあ」
そう言い残して、セドリックは足早にそこから立ち去った。
途方に暮れたハリーは、マダム・フーチを見遣った。マダム・フーチは何も言わずに軽く笑みをこぼし、バチンッ、バチンッという音とともにポートキーで姿を消した。
とても変な助言だった。独り残されたハリーは、グリフィンの石像を仰ぎ見ながら思った。セドリックはからかっているんだろうか? ハッフルパフの三年生を狙うなだって!? セドリックはただ下級生を守りたいだけなのではないだろうか?
ハリーは胸元の赤、緑、青に光輝くエンブレムを見つめた。一つ確かなことは、ハリーが自分のエンブレム分の得点を挽回したということだった。
【あとがき&裏話】
今回の「気まずい道連れ」とは、パドマ、ルーナ、セドリックの三人ともを指しています。
「道連れ」は英題を見てもわかるように、「同行者」という意味のほうですね。
ハリーに何かを気づかせてくれる存在であり、しかし当のハリーは、気まずさもあってか、完全には理解していないように思います。
それにしても……
ルーナいいですね♪
普段はずれているんですけれど、いざというときに的を射た発言をする彼女が大好きです。
そしてセドリックの意味深な助言。
第二の課題前にも不可解な助言がありましたが、そのときは結果的にハリーを助けることになりました。
果たして今回は!?