【第14章 狩る者、狩られる者 The Hunters and The Chase】
ジョージが消えた闇を見つめていたハリーは、すぐさま気持ちを切り替えた。
早くグリフィンドール生と合流しなければ―――
一人でいるところを他の寮の選手に襲われてはまずい。ハリーはまずロンと合流するべきか悩んだが、ジョージの言ったようにロンもエリアに向かっているだろう。目的地が同じなのだから、エリアで合流できる。ハリーは杖をしっかり握って歩き始めた。
ホグワーツでの四年目も残り半分を切り、忍の地図のおかげもあって、ハリーは城内を十分に把握していた。それにも関わらず、静まりかえった廊下に自分の心臓の音が響いているようで、その音を頼りに他の寮生が自分を見つけるのではないかとハリーは気が気でなかった。
これまでにも、夜中にこっそりと城内を探索したことは何度もあった。フィルチやスネイプに見つかりそうになったこともあったし、ケルベロスに出くわしたこともあった。しかし、いままでとは少し違った不安や緊張をハリーは感じていた。父親の形見である透明マントはエリアに置いてきて手元にないし、ロンやハーマイオニーも隣にはいない。ハリーは心細さを感じていた。ヴォルデモートから賢者の石を死守したときや日記の中のリドルと対峙したときと違い、闇の魔術に向き合う恐怖や眼前のことをやり遂げなくてはならないという強い決意がないぶん、それだけいっそう心細さを身に沁みて感じるのだった。ハリーはそんな不安を頭から追い出そうとした。
大丈夫。いつもの昼間のホグワーツじゃないか。まずは階段に向かわないと。
角を曲がればすぐに階段だ。この階段で、一気に八階まで上がることができる。はやる気持ちを落ち着かせ、ハリーは角を右に曲がった。
次の光景が目に入った途端、ハリーはいま来た廊下を全速力で逆走していた。
「いたぞ! ポッターだ!」
掛け声が後方から聞こえてきた。ハリーはスリザリンの五人組に出くわしてしまったのだ。ゲーム開始直後に交戦した五人だ。
「プロテゴ! 防げ!」
ハリーは肩越しに杖を構え、スリザリン生の呪いを撥ね返して次の角を左に曲がった。
別の階段に向かわなくては。
しかし廊下の反対側から、また別のスリザリンの軍団が現れた。
「いたぞ! こっちだ!」
背後からも追っ手の足音が迫ってきている。ハリーは前方からの赤い光線を避けると、階段への最短コースから外れて右手に延びる廊下に飛び込んだ。ハリーは後方に威嚇の呪文を繰り返しながら、目まぐるしく頭を回転させた。
ここから一番近い階段はどこだ!?
二年生のときに闇の魔術に対する防衛術の先生だったロックハートの部屋の近くに、石壁が隠し扉になっている場所がある。その扉が隠し階段に繋がっていることを思い出したハリーは、そこへの最短コースを取ることにした。ここからならちょうど曲がり角も多くて、追っ手の視界からも逃れられるはずだ。
右、左、今度は右……。途中、何度もスリザリン生の呪いを撥ね返しながら、ハリーは角を曲がった。もう隠し階段はすぐそこだ。
そのときだ。
「急げ! ポッターはこっちに向かっているはずだ!」
前方の角を曲がった先の廊下から、スリザリン生の声が響いた。先回りされている!? 別のルートを探そうとしたハリーは、背後の廊下からも足音がすぐそこまで迫っていることに気付いた。絶体絶命の危機だ。逃げ道がない。あと数秒で、スリザリン生が角から現れる―――
「ポッターはどこだ!? 挟み撃ちにしたはずだぞ!!」
スリザリン生が怒鳴る声が聞こえてきた。
「アイツの情報が間違いだったんじゃないのか?」
別の一人が腹立たしげに言った。
「間違えるはずがないだろ!! 教室だ! 教室を捜せ!」
最初の一人がそう叫ぶのを聞いて、ハリーはホッと一息をついた。この場所は気付かれていないようだ。ハリーは階段を忍び足で下りた。
本当に危機一髪だった。ハリーは上の階に急ぐことばかり考えていて、タペストリー裏の隠し階段の存在を忘れていたのだ。この階段は途中の二階をとばして一階と三階の直通になっている。エリアからは遠ざかってしまうが、今は追っ手を振りきるのが先決だ。
ハリーは階段を下りると十一番教室の近くのタペストリーから廊下に出た。左手は行き止まりだ。ハリーは行き止まりの壁に掛かっている大きな絵を眺めた。毒々しい赤色の林檎を片手に持った絵の中の老魔女が、薄笑いを浮かべてハリーに言った。
「チェックメイトだよ」
「おやおや、生き残った男の子は孤高でいるのがお好きらしい」
背後から冷ややかな笑い声して、ハリーはすぐさま振り返った。
マルフォイが壁に寄りかかってせせら笑っていた。隣にはパンジーが寄り添い、クラッブとゴイルの腰巾着と、名前は知らないがハリーの見覚えもある四年生もいた。
「いつも一緒にいる、ひょろっとした木偶の坊と穢れた血はどうした? 悲劇の王子さまは家来を振りきって、一人ぼっちの感傷に浸りたいのかい?」
「腰巾着がいないと何もできないお前に言われたくないな!」
ハリーの言葉にマルフォイは唇を噛み締めた。
相手は五人。ハリーはパーバティのエンブレムも預かっている。なんとしても死守しなければ。ハリーは杖を握り締めた。
「ドラコ、五人でかかればすぐに終わる」
「下がってろ、ノット! ポッターは俺一人でやる」
マルフォイが後ろを向いて隙を見せた。いましかない。気は乗らないが、五人相手に卑怯かどうかを気にしてはいられない。
「ステューピファイ! 麻痺せよ!」
マルフォイが驚いて振り返った。だが呪文を防ごうにも、もう間に合わないはずだ。
「プロテゴ! 防げ!」
マルフォイの隣にいたパンジーが、盾の呪文を唱えてハリーの呪いを撥ね返した。それと同時にゴイルがよく聞き取れない声で呪文を唱えた。のろまなゴイルの呪文はハリーから左に大きく外れていたが、パンジーが撥ね返した呪いがちょうどハリーに向かってきていた。呪文を唱える暇もなく、右手に壁が迫っていたハリーは左に飛んだ。
「パンジー、ゴイル、邪魔をするな!」
マルフォイが叫んだ。ハリーの左前方で、ゴイルの呪文が当たった花瓶が爆発した。ハリーはとっさに追い払い呪文で、破片の雨から身を守った。
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」
マルフォイの声に振り返る間もなく、ハリーの体はたちまち金縛りにあった。滑稽な格好で仰向けに床に倒れ、頭を強く打ちつけた。筋肉の一筋も動かせない。ハリーを面白そうに覗き込んでいる絵の中の老魔女の顔が、頭を打った影響でぼやけだした。ニンマリほくそ笑んでいるマルフォイの顔が目の前に現れた。誰かの手が、おそらくはマルフォイだろう、ハリーとパーバティのエンブレムを剥ぎ取った。
「惨めな姿だな、ポッター。せっかくの機会だ。もう少し痛めつけてやろう」
マルフォイが杖を構えたが、ハリーには抵抗する力がもう残っていなかった。
遠のく意識の中でハリーが感じたのは、バーンという大音量、そして風の唸りと色の渦の中に臍の裏側から引っ張り込まれる感覚だけだった。
【あとがき&裏話】
「hunter」は、イギリスではライオンなどの大きな獲物を狙う人を指すらしいです。
ハリーの行く手に先回りするスリザリン生たち。
ドラコの最初の見せ場。
初めてマルフォイに敗北したハリー。
(原作も含めた時間軸上、まともにドラコに敗れるのはこれが初めてのはず)
そこに現れたのは―――
※静山社様にメールで問い合わせたところ問題点を指摘されなかったため、タイトルを元に戻しました。