第12章 “尻尾”と“影”と Tails and Shadows
ハリーとロンは三階まで下りると、近くの教室から順に調べ始めた。耳を澄ませ、慎重に教室の扉を開けたが、三つ目の教室まではすべて空っぽだった。二人は廊下に出て、次の教室の前で再び杖を構えた。ハリーは、口の形でロンに合図した。
(三…二…一…)
ハリーは盾の呪文をいつでも唱えられるよう身構え、扉を静かに押し開けた。
四つ目の教室も空っぽで、二人はホッと一息ついた。普段は使われていない教室のようだ。元々標本であったと思われる巨大な生き物の骸骨が、部屋の真ん中で無惨にも散らばっていた。ピーブズが暴れて壊してしまったのだろう。ほとんどの骨が折れたり砕けたりしていて、元がどんな生き物であったのか全然見当がつかなかった。
ロンは机の上の埃を払い、骨が突き刺さっているところを避けて腰掛けると、近くの骨をぼんやりと手に取りながら口を開いた。
「それにしても、スリザリンがトップだなんて本当なのか?」
「スクリーンのことなら、僕もハグリッドの小屋に立ち寄った帰りに見たから本当だよ。エリアに戻ったら、ディーン詳しく聞いてみよう。グリフィンドールだって得点を重ねてるんだから、スリザリンと僅差のはずだよ」
ロンは少し元気になった。
「もしかしたら、もう逆転してるかも」
ロンは立ち上がって、ローブの埃をはたき落とした。
「なんたって、僕たちが百四十点稼いだんだからな」
二人は廊下に出た。
「フレッドとジョージも大暴れしてるしね。あの二人ほど城内の抜け道を―――」
ハリーは、ハッと口をつぐんだ。
「ハリー、どうし―――!!」
ロンも気が付いたようだ。隣の教室の開いた扉から光が洩れ、廊下にまで伸びた人影が動いている。ハリーもロンも、しっかりと杖を握り締めた。
相手は一人だろうか? それとも複数?
ハリーは、自分たちがどれくらいの大きさの声でしゃべっていたのか、不安になった。声を聞かれただろうか? 影を見ただけでは、相手が自分たちに気が付いているかどうかわからなかった。
ロンが杖を構えて、扉ににじり寄った。
「僕が先手を取る。ハリー、君はフォローしてくれ」
スリザリンを意識してか、はたまた百四十点を獲得して調子づいているからか、ロンはいつもより大胆になっていた。ハリーは少し心配になった。
「敵か味方かもわからないのに、どうするんだ?」
「使う魔法次第ではなんとかなるさ」
ハリーは、ロンの考えが読めたと思った。
「武装解除呪文か」
「当たり! 味方だったら杖を拾ってやればいいし、敵だとしたら出鼻をくじくのが大事さ」
ロンはウインクすると、勢いよく扉の前に飛び出した。
「エクスペリあぁぁぁぁぁ!!」
ロンが真後ろに吹っ飛び、廊下の壁に並んだ鎧の列に突っ込んだ。鎧が崩れるけたたましい金属音がして、ロンの体は鎧に埋もれてほとんど見えなくなった。
「ロン!!」
「『出鼻をくじけ!』御高説をありがとよ、ロン。だが俺たちに杖を向けるとは鼻持ちならねえな」
「庭小人並の、い~い飛びっぷりだぜ。それに……その格好もイカしてる」
ハリーは振り返った。フレッドとジョージが扉によりかかっていた。顔がニヤケている。
「やぁ、ハリー。元気か?」
双子は、頭に落ちてきた鎧で前が見えずにもがくロンを尻目に、朗らかにハリーに挨拶した。
ロンは、冑の面甲を押し上げて叫んだ。
「僕だとわかっていて呪いをかけただろ!!」
「防げるか試してやったんだが。なぁ、ジョージ」
「あぁ。だが、俺たちの予想以上に不甲斐無かったな」
「まさか、ここまでとは……」
フレッドとジョージは、大袈裟に落胆してみせた。
「ロン、マルフォイがおまえのエンブレムを掲げている姿が、ありありと目に浮かぶよ」
ロンが負けずに言い返した。
「今に見てろ! 僕の活躍でスリザリンをやっつけてやる!!」
「そうなってほしいものだ。だが、そんな格好で凄まれてもな」
フレッドはニヤッと笑った。
「ロン、まずはその冑を脱げ」
ハリー、ロン、フレッド、ジョージの四人は、一緒に三階を調べ始めた。ロンはまだご機嫌ナナメだった。
「君たちは何をやってたの?」
監督生の風呂場でのことを双子に話し終えて、ハリーは二人に尋ねた。
「さっき君たちが出てきた教室にあった骨は見たか?」
ジョージに訊かれてハリーは頷いた。
「あれは、俺たちがやった。恐竜の骸骨だったんだが……なーに、粉々呪文で一発さ」
「ボーナスエンブレムをゲットしたんだね?」
しかし、ジョージは首を横に振った。フレッドが肩をすくめた。
「ピーブズだったんだ。あいつが骸骨を俺たちにけしかけただけだった。だから、エンブレムもビーンズもなーんもなし」
「ピーブズは、スリザリンの味方なんじゃないのか? あいつは血みどろ男爵に逆らえないだろ? グリフィンドール生ばっかり狙うように命令されているんだよ」
「十分考えられるな」
「少なくとも、スリザリンは狙わないよう言われてるかもしれない」
フレッドもジョージも、ロンの考えに納得した。
「でも、それって血みどろ男爵がルール違反してることにならないかな? 先生もゴーストも、公平でないといけないはずだ」
「ハリー、寮監や寮のゴーストは自分の寮が勝つように、少しくらいは肩入れしてるものさ」
「俺たちは、マクゴナガルが君たちに『元気が出る呪文』をかけるのを目撃してる」
ハリーは驚いた。だが、クィディッチの試合が近付くとグリフィンドール生への宿題をなくすマクゴナガル先生ならば、やりそうなことかもしれない。
「そんなことをする勇気がないのは、ニックぐらいだろうな」
フレッドのもっともな言葉に、ハリーもロンも声を出して笑った。
それから、四人は他の寮のエリアの場所を推測し始めた。
「俺たちがみたところ、恐らくスリザリンのエリアは下階、レイブンクローのエリアは上階だな」
「わからないのはハッフルパフだ。あいつらは、どの階にもまんべんなく現れる」
「それってどういうことだろう? アイタッ!!」
角を曲がろうとしていたロンが突然一歩飛び下がり、ハリーにぶつかってきた。
「どうしたんだ!?」
ハリーは、ロンの様子が変なことに気づいた。
動揺している?
ロンは小さく縮こまって、曲がり角の先をもう一度覗き込んだ。
「フラーだ」
ロンは、フラーをクリスマスダンスパーティーに誘ってしまって以来、彼女を見かけるとハリーの後ろにコソコソ隠れる習慣がついていた。第二の課題でフラーの妹を助けてフラーに感謝されてからは、コソコソ隠れることこそしなくなったが、ヴィーラの血を引くフラーの魅力に当てられて暴走しないように、気を遣っていた。
「そんなにおどおどするなよ、兄弟」
呆けているロンの頭の上から、フレッドがフラーのいる廊下を覗き込んだ。
「兄貴たちは、フラーの魅力に当てられないのか?」
「ぜーんぜん」
ジョージの返答にハリーは驚いた。ハリーもロンと同じように、クィディッチワールドカップのときにヴィーラの魅力に当てられて、目立ちたい衝動に駆られたことがあった。
「どうして?」
「だって、フラーと一緒にバカ騒ぎなんてできないだろ?」
「えっ!?」
ハリーは予想外の返答に面喰らった。
「つまり、フラーといてもつまらないってこと。俺たちは、もっとユーモアのセンスがあって快活な女の子がタイプなのさ」
「ただし、鼻は顔の真ん中についてるに限るな」
フレッドが真剣な表情でつけ加えた。
「でも、あんな美人、ホグワーツにはいないよ」
ロンが、まだフラーのほうを覗き込みながら呟いた。
「ロニー坊やはまだまだお子ちゃまだな。女を顔だけで選ぶと、あとで痛い目見るぞ」
フレッドが貶したが、ロンはフラーを眺めるので忙しかった。ジョージがハリーにウインクした。
「君も今にわかるよ」
ハリーは、ちょうどチョウのことを考えていた。
「えっ、あぁ」
「どうしたんだ? ぼんやりして。大丈夫か?」
「ウン、大丈夫」
チョウのことを考えていたと、フレッドとジョージに感付かれたくはなかった。二人が知ったら、なんて言うだろう? ロンと同じように、お子様だと言われるだろうか?
チョウはとってもかわいい。でもそれだけじゃなく、クィディッチのレイブンクローチームのシーカーで、素晴らしい箒の乗り手だ。決して顔だけじゃない……。
「フラーの他に、ボーバトン生が二人いるな」
ハリーも角から覗き込んだ。フレッドの言うように、フラーと同じくらいの背丈のボーバトンの女生徒が二人、フラーと一緒に行動している。後ろ姿を確認しただけでもどちらもスタイルが良く、長い艶やかな髪を一人は垂らし、もう一人はポニーテールにしていて美しかった。それでも、フラーが振り撒く魅力の前では、二人とも少し霞んで見えてしまっていた。
「よし! つけるぞ!」
フレッドが声をかけた。
「エリアまで尾行するのか?」
「いや、できればそうしたいところだが、いつまでも尾行するのは難しいだろう。フラーたちがどこかの教室に入ったら、そこで勝負を仕掛ける。フラーのエンブレムは三十点だからな。ここでレイブンクローを突き放しておこう」
ジョージがロンの肩をポンと叩いた。フレッドがハリーのところまでわざわざ下がってきて、耳元で囁いた。
「それに、今度こそロンの華麗な腕前を拝見したいしな」
四人は気付かれないように、フラーたちの後をつけた。前方だけでなく横や背後にも気を配りながら尾行するのは、精神的に辛いものだった。ジョージの言うとおり、レイブンクローのエリアまで持ちそうにない。
とはいえ、フラーたち三人は後ろを振り返ることもなく、尾行は順調にいっていた。三人は教室を調べるわけではなく、かといって、エリアに戻ろうとする雰囲気でもなかった。
ハリーたちが隠れているところまで、声が聞こえてくる。フランス語だったので何を話しているのかはわからないが、どうやらフラーが不満を口にしていて、周りの二人がなだめているようだった。一人が右手の教室を指差し、三人はその教室に入っていった。どこかで落ち着いて話をしたかったのだろうか。
ハリー、ロン、フレッド、ジョージは扉のすぐ側に立った。
「フラーたちはこの中だ。行くぞ!! ロン! ハリー! まずは一発お見舞いしてやれ!」
フレッドとジョージは扉に手をかけると、勢いよく押し開けた。
ハリーとロンは杖を構えて教室に飛び込んだ。
「ペトリフィ……」
呪文を唱え始めたハリーは、すぐに戸惑った。ロンも隣で、同じように戸惑っている。
フラーたちがいない。
そこは、修理が必要な胸像がたくさん置かれている部屋だった。ピーブズがひっきりなしに破壊活動を繰り返すので、修理が追い付いていないようだ。五歩もあるけば胸像にぶつかるというくらい、部屋には胸像が乱立していた。ハリーは、すぐ側にある赤鼻のでっぷりとした魔法使いの胸像の埃を払い落とし、そこに刻まれた名前を読んだ。
フォーテスキュー
名前の下には、ウィゼンガモット最高裁初代主席魔法戦士、ホグワーツ魔法魔術学校校長と書かれている。しかし、右耳が欠け落ち左肩がえぐれたその姿は、彼の偉大さを微塵も感じさせなかった。
「なんだか落ち着かないな」
ロンの言う通りだ。これだけの数の胸像が一部屋に集められると、胸像同士の囁き声が聞こえてきそうで不気味だ。そうはいっても、ハリーもロンも、胸像と人間を見間違えるはずがない。ハリーが部屋に入ったときには、すでにフラーたちの姿はなかった。
「どうしたんだ?」
双子が部屋に入ってきた。
「フラーたちが見当たらないんだ」
ハリーのこの言葉に、さすがのフレッドとジョージも驚きを隠せなかった。
「そんなはずはない! この部屋に入るのを俺たち全員が見てるし、外に出ていないのも俺たち二人が保証する」
「ちゃんと探したのか? この部屋には隠れられるところなんていくらでもあるぞ」
「部屋に飛び込んだ瞬間にはすでに、何かが動く気配すら感じなかったよ。尾行は全く気づかれてなかったはずだから、僕たちを待ち伏せするために隠れたとは考えにくいし」
「幻術じゃないかな?」
ロンが自信なさげに口を開いた。
「実は同じ部屋にいるけど、別の寮の選手は認識できない、みたいな」
「もしそうだとしたら、この部屋の中にいても埒があかないな。一旦廊下に出よう」
ジョージが困惑顔で三人を促した。
ハリーはふと、床の上にうっすらと残っている足跡に気が付いた。そこだけ埃の層が薄くなっている。ハリーたちのものではない三組の足跡。それは部屋の奥の物陰まで、一直線に伸びている。突然、ハリーの頭に恐ろしい考えが浮かんだ。
「しまった!! これは……」
「罠だ」
フレッドがハリーの言葉を引き取った。その目線の先には、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテン、ロジャー・デイビースが、入口の前に立ちはだかっていた。後ろにもう二人、男子生徒をひき連れている。
「やられた!!」
ジョージが舌打ちした。ハリーが振り返ると、足跡が伸びていた物陰からフラーたち三人が現れていた。
「おまえがそこまでチキン野郎だったとはな。二重尾行か」
フレッドがロジャーを挑発しながら、チラリともうひとつの扉までの距離を確認した。
「いや、違うな」
ロジャーは、フレッドの挑発に乗らずに穏やかに言った。もうひとつの扉が勢いよく開いた。
「三重尾行だ」
レイブンクローの女生徒が、さらに三人現れた。ロンがハリーの脇腹を小突いて囁いた。
「おい、ハリー!!」
あぁ、気づいているさ。ハリーは心の中で呟いた。ハリーが一番戦いたくなかった相手だ。
チョウがハリーに杖を向けていた。
【あとがき&裏話】
双子♪
双子♪
ふ・た・ご♪
私の中では双子は最強設定なので、ハリーたちとずっと行動させるわけにはいかないんですよね。
そのかわり、節目節目で大暴れしてくれますよ。
タイトルに関してですが、「tail」にも「shadow」にも「尾行者」という意味があります。
ハンター×ハンターの「命がけの尾行」では、ゴンとキルアが旅団に二重尾行をされていますが、今回は三重尾行です。
ちょっとわかりにくいので解説しておくと、レイブンクローのこの九人は、三人ずつペアを作っています。
そして、あらかじめ決められたコースを一定の間隔(戦闘が始まったら聞きつけられるくらいの間隔)を開けて回り、決められた教室で合流する、というのを繰り返しています。
先の二組は教室に入ったらすぐに物陰に隠れ、三組が合流するのを待ち、尾行者がいた場合は誘い込みます。今回フラーたちが隠れていたのも、ハリーたちの尾行に気づいたからではなく、そういう作戦だったからです。
そして、ターゲットを見失って教室内で呆然とする尾行者を、九人がかりで襲うという戦法です。
こうすることで、他の寮生を罠にかけ、序盤から確実に戦力を奪おうというのです。ボーナスエンブレムやエリアエンブレムは、他の寮生の勢いを削った後半に、ゆっくりと探索するつもりなのかもしれません。
もっとも、先頭としんがりの組が同時に廊下で襲われた場合は、少し脆い戦法ですが、その場合も真ん中の組のところに合流して、九人という数滴優位を作ろうとはするでしょう。
各寮のエリアの場所や戦法には特徴を持たせ、差別化しています。
伏線もいくつかすでに仕込んでいますので、そのあたりを推測するのも楽しいかと思います。