【第10章 人魚の唄 The Mermaid's Song その3】
「二行目はこれと言って思いつかないな。『人魚』っていうのが、この絵の中の人魚だってことぐらいだ」
「次は『磨き立てずとも美しい私』ね。それにしてもこの人魚、自惚れすぎよね」
ラベンダーが、絵の中の人魚に悪態を吐いた。
「待って!」
空中に描いた詩を杖でなぞっていたハーマイオニーが、手を止めて言った
「『珠』が宝石を指し示しているというのが間違ってないなら、『磨き立て』ないのは人魚の美しさではなくて、宝石のことじゃないかしら?」
パーバティが反論した。
「でも宝石って、ただの石ころみたいな原石をカットして研磨することで、あんなに美しくなるのよ?」
お湯はついに浴槽から溢れ出し、水溜まりがどんどん広がっていた。ぼんやりと絵を眺めていたハリーの頭の中では、ヒントになりそうな言葉が渦のようにグルグルと回っていた。
【月、美しい人魚、磨かない宝石、月、美しい人魚、磨かない宝石―――】
水面に浮かぶ泡がパチンと弾けるように、ハリーは閃いた。磨かなくても美しい宝石があるじゃないか! しかもこの絵にピッタリだ! まだ確信するまでには至らなかったが、宝石の名前がハリーの口を突いて出ていた。
「真珠だよ! 磨かなくても美しい宝石だ!」
「でも、詞の他の部分はどう説明するんだ?」
ロンが訝しがる隣で、パーバティが手を叩いた。
「真珠は、『月の雫』や『人魚の涙』って形容されるわ!」
「それに真珠(pearl)には『美しい人』という意味もあったはずよ!」
ラベンダーも興奮して目を輝かせた。
「ウゥゥゥ、やるじゃない」
マートルの分厚いメガネがキラキラした。
「よし! 真珠が嵌めこまれた取っ手の蛇口を、早いとこ手分けして見つけよう!」
シェーマスの呼び掛けに応じてみんなが散った。お湯は踝の辺りまで溜り、靴下がぐしょぐしょになっていた。
「あった!」
ハリーの右手にいたロンが、絵のすぐ側の蛇口に屈みこんで叫んだ。ハリーはすぐに駆け寄った。取っ手には、薄くピンクがかった銀白色の真珠が嵌めこまれていた。防水呪文がかかっているのか、ロンの指から滴り落ちた水滴が、その表面で弾かれた。
「ハリー! エンブレムを受けとめて」
蛇口の先がすでにお湯の中に浸かっていたので、ハリーは泡が浮かんだお湯の中に両手を突っ込んだ。全員が見守る中、ロンが蛇口を開いた。ハリーは両手にエンブレムの重みを感じ、彩色されたイースターエッグのように虹色に輝くそれを掲げた。
途中までは、地下牢教室のときと同じだった。卵の殻のような硬さのあるエンブレムの表面が溶けるように消え、瞬きのうちに赤い光の塊となった。
「ワァー、素敵!」
その塊は粒となって水面に広がり、まるで初夏の湖畔のように、眩しい真紅の光を散乱させた。
「オォォォゥ! グリフィンドールに七十点!」
ロンとシェーマスはガッツポーズを交わし、ラベンダーとパーバティは抱き合って喜んでいた。ハリーとハーマイオニーも、互いの推理を讃えあった。セドリックが解けなかった謎掛けを、ハリーたちは解いたのだ。
「いつかまた、わたしのトイレに来てくれる?」
ハリーが呪文でローブの袖を乾かし、出発の準備ができると、「嘆きのマートル」が悲しげに言った。
「ああ……できたらね」
内心ハリーは、今度マートルのトイレに行くときは、城の中のほかのトイレが全部詰まったときだろうなと考えてた。
【あとがき&裏話】
まず、タイトル変更しました。
子世代を中心に、オールスター感謝祭みたいなノリでストーリーが進むこの作品ですが、実は裏テーマがあります。
それがずばり、「それぞれの願い」(主題のほうも、同じような意味です)。
「それぞれ」というのは、少なくとも5人ほどを意識しています。
最後まで読むと、作品の印象がガラリと変わると思いますよ。
さて、「人魚の唄」ですが、原作の監督生の風呂場の描写をまるまる活用した謎かけを作ることができました。
「磨き立てる」には「美々しく装う」という意味もあるのですが、宝石に直結した方も多かったのでしょうか。
詞のほうは、英語でも日本語でも問題がないよう、また、各行を「d」で終えられるよう、必死で英語の辞書を引いたのを覚えています。
あ、英語間違っていたらすみません(汗
宝石にまつわる謎かけということで、ラベンダーやパーバティを活躍させることができたのも良かったです。
ちなみにこちらへ投稿前には、ハーマイオニーが誕生石の由来を饒舌に語るシーンがあったのですが、さすがに違和感があったのでカットしました(苦笑)
mixiのほうではまだ残しているので、興味のある方は覗いてみてください。