【第7章 波乱の幕開け The Checkered Dawn その1】
ハリーとロンはひとまず、タペストリーの裏にある狭い隠し階段で七階に下りることにした。
「さあ、どこから行こうか?」
「スリザリンは寮の近くにエリアを置いてると思うか?」
ハリーの前を下りているロンが振り返って尋ねた。
「ンー、どうだろ? でも寮に近いほうが何かと便利かな」
「よし! それじゃあ、まず地下牢教室から調べてみよう」
二人は七階のタペストリーの裏から廊下を覗いた。左からハッフルパフの生徒が一人で近づいてきていた。胸には黄色のエンブレムが輝いている。ロンが杖を引き抜いた。
「相手は一人、それに見たところ三年生だ。やっちまうか?」
ハリーはロンを制止した。
「廊下はマズいよ。音を聞き付けて生徒が集まってくるかもしれないし、もしかしたら、囮かも」
ロンはちょっと残念そうだった。
「まずは様子を見…」
ドーン!!
床から振動が伝わってきた。さっそく階下で交戦が始まったらしい。さっきの三年生は驚いて逃げて行った。
「まずは地下牢を探るのが先決。いいね」
ハリーはロンと透明マントをかぶって廊下に出た。ロンが左を指差した。
「あっちに階段があるな」
しかし歩き始めてすぐに、ロンが突然立ち止まった。
「ハリー、何か聞こえないか?」
ハリーも立ち止まって聞耳を立てた。角を右に曲がった方向から、何か金属を転がすような音が聞こえる。人の足音のような物は聞こえなかった。音がだんだん近付いてくる。二人はマントを被ったまま壁にへばりついて、やってくるものを見極めようと曲がり角に目を凝らした。
カラーン
右の通路からブロンズのゴブレッドが転がってきた。そして現れたのは…
「なんだ、ニフラーじゃないか」
ロンと同じように、ハリーもほっとした。鼻の長い、黒いフワフワのニフラーが二匹、ゴブレッドを転がして遊んでいた。ニフラーは家の中を掘り返すのでペットには向かないが、特に危険な生き物ではない。ニフラーはゴブレッドに夢中で、ハリーとロンには気付かずに通りすぎていった。
「ふぅ。先を急ごうか」
ハリーがロンを促して、角を曲がろうとしたそのとき――
バーーン!!
ハリーは一瞬、何が起きたのかわからなかった。ジュッという大きな音。もの凄い衝撃。気が付くとハリーは、後ろに十mほど吹き飛ばされていた。
「いきなりなんだ!?」
ロンが隣で頭をさすっていた。ハリーはジュッという音に聞き覚えがあった。そう…
「年齢線だ!」
「フレッドとジョージが越えようとしたアレか?」
ロンは腑に落ちない様子だ。
「けど、さっきのハッフルパフの三年生はあの角を曲がってきたんだぜ?」
確かにそうだ。ハリーもこの目で確認している。ロンが続けた。
「逆に三年生しか通れないってことかな?」
「いや…違う…」
ハリーの頭を、一週間前のダンブルドアのウインクがよぎった。
「マントだ!」
「えっ?」
「マントを着てると越えられないんだ」
ロンは困惑している。
「でも、マントのことを知ってるのって…」
「あぁ、ダンブルドアとムーディー、それにスネイプくらいだ」
「じゃあスネイプの罠だ!」
ロンは憤慨した。
「いや、ダンブルドアだと思う。原理は年齢線と同じなんだろう。きっと僕たちが有利になりすぎるのを防ぐためだ」
この罠が城内のあちこちに仕掛けられているとなると、マントに頼るのはむしろ危険だ。ロンはまだ仰向けのまま顎を撫でて言った。
「髭が生えなかっただけマシだな」
ハリーも苦笑いして起き上がろうとした。
「うわぁぁぁっ!」
いきなりロンが叫んだ。体の上に飛び乗ったニフラーと格闘している。
「ロン、クモじゃないよ? ニフラーだよ」
「違うんだ、ハリー! コイツ、エンブレムを!」
エンブレムがニフラーの大好きな光り物であることに、ハリーも気が付いた。しかし気が付いたときにはすでに、ハリーのエンブレムもニフラーの鋤のような手で剥がされようとしていた。どうやらゴブレッドよりも、それ以上に光輝くエンブレムのほうが気に入ったらしい。
「ハリー! このままじゃ…取られる!」
ロンは両手でエンブレムからニフラーを引き離そうとしていた。杖を手に取る余裕もない。ハリーは左手でニフラーを押さえつけ、杖に手を伸ばした。
そのとき、ハリーはニフラーと目があった。パチクリとした目で抱き締めたくなるほど可愛らしい。それにニフラーには悪気はないのだ。ハリーはとても杖で攻撃する気にはなれなかった。ロンも同じなのだろう。なんといったってロンは、ハグリッドの授業のときに、ニフラーのおかげでハニーデュークス菓子店の大きな板チョコを手に入れたのだ…
ハグリッドの授業のときに…
「そうか! ロン、もうちょっとだけ頑張れ!」
ハリーはポケットの中の目当ての物を手探りでみつけると、上に放り投げた。
チャリーン
ガリオン金貨が辺り一面にばら撒かれた。エンブレムよりさらにピカピカに輝く金貨に、ニフラーが跳びついた。ロンが呆気にとられて言った。
「僕には金貨をばら撒くなんてできないよ」
「レプラコーンの金貨だよ。さっきハグリッドにもらったんだ」
「じゃあ、このニフラーはハグリッドの仕業ってことか」
金貨を大喜びでかき集めるニフラーを眺めながら、ロンが続けた。
「けどそれにしちゃ、可愛すぎやしないか? ハグリッドがこれで終わるとは思えないなぁ。尻尾爆発スクリュートみたいな“魅力的”な怪物を城内で運動させそうじゃないか?」
「まさか! いくらハグリッドでも、僕たちに尻尾爆発スクリュートをけしかけたりはしないよ」
ハリーは立ち上がりながら言った。ロンはローブに着いた埃を払いながら、肩をすくめた。
「どうだかな。ハグリッドならやりかねないだろ」
そのときだ。
「ペトリフィカス トタ…」
ハリーはとっさに振り返って叫んだ。
「プロテゴ! 防げ!」
「…ルス! 石になれ!」
ハリーの「盾の呪文」で撥ね返した「全身金縛りの術」が、廊下の奥の人影に命中した。しかし向こうは四人もの仲間が、一人目に続いて現れた。
「インペディメンタ! 妨害せよ!」
妨害の呪いを人影に向かって放ったロンが、ハリーに叫んだ。
「逃げよう!」
ハリーは透明マントをしっかり掴んでロンに続いた。次に飛んできた赤い光線は曲がり角の壁に阻まれた。ハリーとロンは一気に五階まで駆け下り、大きな鏡の裏に隠れた。
「もう大丈…」
「やあ、こんにちわ」
二人の背後から、突然声が言った。この大きな鏡の裏は、かつてはホグズミード村に続いていたが今は塞がってしまったただの空洞で、知っている生徒はほとんどいないはずだ。ハリーもロンも、咄嗟に杖を引き抜きながら驚いて振り返った。