【第5章 作戦会議 The Strategy Meeting その2】
「それでは食べ終わった者から準備にかかってよいぞ」
ハリー、ロン、ハーマイオニーはドビーが教えてくれた場所へと廊下を急いだ。大きな壁掛けタペストリーに「バカのバーナバス」が、愚かにもトロールにバレエを教えようとしている絵が描いてあった。その向かい側の、何の変哲もない石壁がその場所だ。周りには誰もいない。ハリーが小声で言った。
「オーケー。ドビーは、気持ちを必要なことに集中させながら、壁のここの部分を三回往ったり来たりしろって言った」
三人で実行に取りかかった。石壁の前を通りすぎ、窓のところできっちり折り返して逆方向に歩き、反対側にある等身大の花瓶のところでまた折り返した。ロンは集中するのに眉間に皺を寄せ、ハーマイオニーは低い声でブツブツ言い、ハリーはまっすぐ前を見つめて両手の拳を握り締めた。
〔他の寮生に見つからない隠れ家が必要です…どこかエリアエンブレムを守りきれるところをください…〕
「ハリー!」
三回目に石壁を通りすぎて振り返ったとき、ハーマイオニーが鋭い声をあげた。石壁にピカピカに磨き上げられた扉が現れていた。ロンは少し警戒するような目で扉を見つめていた。ハリーは真鍮の取っ手に手を伸ばし、扉を引いて開け、先に中に入った。
広々とした部屋は、地下牢教室のように、揺らめく松明に照らされていた。棚が迷路のように並んでいる。
「見て! この本!」
ハーマイオニーは興奮して、入り口近くの本棚の書物の背表紙に次々と指を走らせた。
「『自己防衛呪文学』…『通常の呪いとその逆呪い概論』…『隠密追跡術の全て』…『変装・隠遁術理論』…ウワーッ…」
ハーマイオニーは顔を輝かせてハリーを見た。何百冊という本があるおかげで、この部屋がドビーの情報だという不安が吹き飛んだらしい。
「こっちもすごいぞ! 『かくれん防止器』、『秘密発見器』、『糞爆弾』・・・あっ! うちの家の柱時計もある!!」
ロンが迷路の奥から叫んだ。ハリーとハーマイオニーは二度行き止まりに出くわしたが、ロンのいる最深部に辿り着いた。そこだけ少し広くなっていた。
部屋の奥の棚には、便利な魔法製品がいろいろ収められていた。ムーディ先生の部屋に掛かっていたのと同じような「敵鏡」もあり、中で煙のような影の姿がうごめいていた。そして「敵鏡」が掛かった壁の向かいの壁には、ウィーズリー家の柱時計と同じようなものが五つもかかっている。どの柱時計も針が六本だ。
「きっと左から順番に三年生、四年生となって、一番右が七年生なんだわ」
ハーマイオニーの読みは当たっているようだった。左から二番目の柱時計を見ると、ハリー、ロン、ハーマイオニーと彫られた金色の針が、数字の代わりに「必要の部屋」を指している。他に「医務室」、「大広間」、「地下牢教室」、「西塔」、「北塔」、「天文学塔」、さらには「迷子」、「ピンチ」、「逃走中」というものまであった。他の生徒の針が、「散策中」から「必要の部屋」まで動いた。
扉を叩く音がした。ハリーが入り口のところまで来ると、アンジェリーナが他の出場選手を連れて入ってきたところだった。
「つけられてないかい?」
ハリーはそれが心配だった。
「大丈夫だよ。それぞれ別ルートで来たし、ニックやマクゴナガルが尾行されてないか確認してくれた」
マクゴナガル先生が最後に部屋に入ってきた。
マクゴナガル先生は、背が高く四角いメガネをかけ、黒い髪を小さなシニョンにしている「変身術」の先生だ。とても厳格だが、クィディッチ優勝杯にはいつもご執心で、宿題を減らすなど規則の範囲内でグリフィンドール生を援助している。今日の争奪戦も勝ちたいことだろう。先生はハリーを見つけると言った。
「ポッター、いい場所を見つけましたね。わたしもこんな部屋があるなんて知りませんでしたよ」
「屋敷しもべ妖精のドビーが教えてくれたんです」
ハリーは隠す必要もなかったので、正直に話した。
「そう。それはいい友達を持ったわね」
先生は笑顔でそう言うと、今度は全員を見渡した。
「あと一時間程で始まります。私はここでエリア内のジャッジをすることになってます。あなたたちは作戦を話し合いなさい」
最深部に着くと、全員がアンジェリーナを見れるように座った。
「作戦を説明するわ。まず、この部屋は八階。談話室の入り口と同じだから、出場選手の交代はスムーズにできると思うわ。問題はエリア内にエンブレムを持ち込めないこと。攻撃陣と守備陣との交代のときに部屋の外でグズグズしてると、他の寮生にエリアを見つけられてしまう可能性があるわ」
「そこで…」
アンジェリーナが続けた。
「まず、『中継ポイント』を置くわ。エリア内に戻る人はここにエンブレムを預けてから入ってくる。外に出る人はここでエンブレムを受けとるの。そうすればエンブレムの受け渡しをスムーズにできるわ。場所はこの階にある、ひょろ長ラックランの像の向かいの教室よ。ここに誰かいてもらわないといけないんだけど、誰かやってくれるかな?」
三年生の女の子が二人、みんなの注目をできるだけ集めないように精一杯小さくなって、恥ずかしげに少しだけ手を挙げた。どうやら戦うのは苦手なようだ。
「ありがとう。二人は教室のどこかに隠れておいて、合言葉が聞こえたら出てくるんだ。次に…」
「合言葉ってなんだ?」
ジョージが口をはさんだ。
「まだ言ってなかったな。合言葉は『エッグヘッド! 知ったか!』だ。これはエリアに入るときも必要だから覚えておいてくれ。石壁をノックしてから合言葉を言うんだ。合言葉を確認したら中から開ける。ゲームの最中に廊下を三往復する余裕はないからな」
「もうひとつ。エリア内の人が外に出るときに他の寮生と鉢合わせるのはまずい。そこでマクゴナガルに、八階の踊り場の絵の中にいるカドガン卿をエリアの外の『バカのバーナバス』の絵に連れてきてもらった。カドガン卿が大声で決闘を挑むだろうから、他の寮生が外にいればわかるはずだ」
ハリーは感心した。これなら密閉性が高すぎるこのエリアの弱点を十分補える。
「次に戦術だけど、攻守のバランスはだいたい半々にするわ。序盤から積極的に行きたいけど、エリアを奪われたら元も子もないからね。かといってエリア内の人数を増やすと、攻撃陣一人あたりのノーマルエンブレム所持数が増えてリスクが大きくなる」
「攻撃陣は、ボーナスエンブレムと相手チームのエリア探しに力を入れてもらう。どちらも確実に加点できるからね。エリアを見つけた場合は無理をせず、一度ここまで戻って応援を呼ぶように。あと、できるだけ単独行動はよせ。二人がかりで狙われると、太刀打ちできなくなるぞ」
「尾行にも気をつけるんだ。エリアの場所がバレないことが先決だからな」
フレッドが近くの棚を調べながら言った。
「一人一個は糞爆弾を持っておいたほうがいいな」
ジョージも付け足した。
「ノーマルエンブレムを持ってないと相手チームを攻撃できないから、そのとき用だな」
「二人の言う通りだ」
アンジェリーナが続けた。
「角を曲がるごとに来た道を確認するのも忘れるなよ。それと攻守交代の時間はそれぞれの学年で決めておいてくれ。他に誰か言うことはあるか?」
みんなアンジェリーナの作戦に納得しているようだ。アンジェリーナはもう一度みんなを見渡して言った。
「よし! それじゃああと四十五分くらいある。呪文の確認など、最終調整を行おう」
それぞれがグループを作ったりしながら、呪文の確認や相手エリアの場所の推測を始めた。ロンはまだ少し呪文が不安な様子だったので、ハーマイオニーが確認に付き合うことになり、ハリーひとりでハグリッドのところへ行くことになった。ハリーはアンジェリーナに声をかけた。
「アンジェリーナ! 僕、ハグリッドに呼ばれてるんだ。ちょっと行ってくるよ」
アンジェリーナは快く承諾してくれた。
「ハリー、始まるまでには戻って来いよ」
「すぐ戻るよ」
そう言うと、ハリーはガドガン卿が静かなのを確認して部屋の外に出た。
「ヤーヤー!」
ハリーを見つけてカドガン卿が叫んだ。ずんぐりした小さい騎士で、鎧兜をガチャつかせ、太った灰色葦毛の仔馬に跨っている。
「わが領地に侵入せし、ふとどきな輩は何者ぞ! 抜け、汝が刄を。下賎な犬め」
「ごめんね、カドガン卿。僕急いでるんだ」
ハリーは先を急いだ。カドガン卿が背後で何やら叫んだが、直後の落馬のガチャンという音でよく聞こえなかった。
【あとがき&裏話】
「必要の部屋とか卑怯だろ」ってコメントがありそうですが・・・私もそう思う(笑)
必要の部屋にも防衛拠点としての欠点がいくつかあるんですけどね。
シリウス、ドビー、チョウ、セドリック、カドガン卿など、お祭りならではといった感じでキャラ数が増えてきました。
そして、相変わらずフラグがいっぱい(笑)
この章のお気に入りは、合言葉です。
第1章のあとがきで、卵にちなんだ表現がいくつかあると書きましたが、これもその一つ。
「egghead」には「インテリぶる人」という意味があり、「知ったか(ぶり)」としたことで語呂も良くなっていると思います♪
朝食に炒り卵があるのも、卵繋がりです。
スクランブルエッグと書くと争奪戦と同じ名前になってしまうので、「炒り卵」と書きました(苦笑)