<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/16 18:24
「地公将軍張宝は、幽州で公孫賛軍によって討ち死に……と。これが黄巾の乱の決定的な転換点でしたね」
 相変わらず真っ暗な部屋の中で、于吉が水晶球を覗き込みながら言う。
「末弟の人公将軍張梁は、華北で曹操軍との戦いに敗れ討ち死に。首領の張角は、冀州に侵攻した袁紹軍によって、死亡が確認されました。病死だったそうですね」
「そんな事は知っている。正史とさして変わらない展開になっただけだろう」
 相変わらずの不機嫌そうな表情と声で左慈が言う。
「そうですね。その、正史と変わらない、と言う点が重要なのですよ」
 于吉は殺気すら含んでいそうな左慈の言葉をあっさり受け流した。
「すこし運命をいじり、あの劉備と言う少女を動かす事で、幽州の戦いは違った展開を見せました。もし我々の介入がなければ、君が招き入れたあの北郷と言う少年が、幽州の戦いを制していたでしょう。そうなれば、彼が太守に推挙される事すら有り得ました」
 そう于吉が言うと、左慈は鼻で笑った。
「あの男が……? 馬鹿馬鹿しい。在り得るか、そんな事」
「ま、信じないのは自由ですが。いずれにせよ、幽州鎮圧の大功は、彼の手から逃れました。乱も終わった今、彼の元に集っていた義勇軍も、解散を余儀なくされるでしょう」
 それを聞いて、左慈は獲物を追い詰めた獣のような笑みを浮かべた。
「ほう……つまり、奴の周りには仲間の三人しかいなくなると言う事か。なら、大き目の盗賊団か、黄巾残党でもけしかけてやれば、簡単に殺せそうだな」
 何しろ、一刀の集めた義勇軍は五千。これほどの規模となると、官軍の正規軍をぶつけなければ、そう簡単には潰せない。しかし、四人だけなら料理のしようはいくらでもあるというものだ。
「ふむ、お前の狙いはこれか。褒めてやる。お前もたまには役に立つのだな」
 左慈が言うと、于吉は何故か視線を逸らし、ぼそりと答えた。
「いえ……それが、いささか計算外の事が起こりましてね」
「なに?」
 訝しむ左慈に、于吉はその「計算外」について話した。左慈は再び……いや、さっき以上に不機嫌になり、于吉を汚物でも見るような目で見た。
「前言撤回。やはり貴様は使えぬ屑だ」
「ふ、そう言われても仕方がありません。もっと罵って下さってかまいませんよ」
「お断りだ」


恋姫無双外史・桃香伝

第五話 桃香官位を得て、新天地へ赴く事


 白蓮の居城、令支の一室では、桃香と白蓮、星がささやかな祝宴をしていた。
「白蓮ちゃん、出世おめでとう」
「二州の太守とは、素晴らしい出世ですな」
 桃香と星の祝福の言葉に、白蓮は照れ笑いを浮かべながら礼を言った。
「ありがとう、二人とも。そしておめでとう。二人とも官位を得られたとは、めでたいじゃないか」
 その白蓮の言葉に、今度は桃香と星が感謝の言葉を返した。
 幽州の黄巾党をほぼ完全に鎮圧し、しかも大幹部の一人である張宝を討ち取ったこの三人に対する朝廷の評価は高く、まず白蓮には、前任者が黄巾の乱で討ち死にして空位になっていた并州太守の地位が、現在の幽州太守との兼任で与えられた。
 そして、白蓮の元で活躍した桃香と星は、正式に武官の官位が与えられた。桃香は校尉、星は都尉で、おおむね前者が州単位、後者が郡単位の軍事を司る職掌になる。
「……とは言え、今となってはそう有難い物でも無いですね。私なら最高級メンマ一年分でも貰っていた方が、有り難かったかもしれません」
 星の容赦無い評価に、桃香が思わず苦笑する。
「星さん……まぁ、確かに現状追認みたいなものだしね」
 彼女の言うとおり、二人とも官位が無い頃から同等以上の仕事を白蓮の下でしていたわけで、俸給も実は国庫ではなく、白蓮の懐から出ていたりする。正式な官位を貰った今も、それは変わらない。
「まったく、王朝の形骸化は酷いもんだ。官位くらいしか褒美が与えられないって言うんだから……」
 白蓮が言う。彼女の貰った并州太守の地位は桃香たちのような形式だけのものではなく、一応ちゃんと効果はある。ただ、ただでさえ人材不足で幽州の統治にも苦労していると言うのに、もう一つ……それも太守が殺されるほどに混乱した土地を任されると言うのは、白蓮にとってはあまり得のある褒美とはいえなかった。
 この祝宴がささやかなのは、無駄遣いができないからというのもあるが、実際あまり祝う事でもないな、とこの三人が自覚していたためでもあった。
「さて、実際の所并州はどうするおつもりで? 太守を任された以上は、実効統治しなければ問題になりますが」
 星が問題提起をする。
「そうだなぁ……官位的には、一応桃香には太守の代行ができるだけのものはある。桃香に行ってもらうしかないな。本当は傍にいてもらって相談に乗ってほしいんだが」
 白蓮が答える。指名された桃香は笑顔で頷いた。
「白蓮ちゃんのお願いとなれば、行くしかないね」
 言われるまでも無く、桃香は自分が代官として并州に行くしかないと考えていた。白蓮は頭を下げた。
「すまん桃香。頼まれてくれるか?」
「もちろんだよ、白蓮ちゃん」
 桃香が改めて答えると、星が手を挙げた。
「では、私はどうしましょうか? 桃香様についていくのが、臣下の務めではありますが」
 桃香が答えるより早く、白蓮が言った。
「ああ、星は桃香を助けてやってくれ。幽州はまだ安定しているから、私だけでもどうにかなる」
 桃香としては、星には白蓮を助けてくれるようにお願いするつもりだったから、白蓮が自分に星をつけてくれたのは、ありがたい反面心配でもあった。
「大丈夫? 白蓮ちゃん」
 そう聞くと、白蓮は苦笑を浮かべた。
「おいおい、そんなに信用無いのか? 私は……構わんから星と一緒に行けよ」
 星は頷いた。
「うむ、白蓮殿も清流女学院の俊英。下級の武官・文官たちもいますゆえ、幽州は安泰でしょう」
 こうまで言われては、桃香としても頷くしかない。星によろしくね、と言った後で、ため息をふうとついた。
「こうなると、本当に人手が足りないなぁ……一刀さんたちが幽州に残ってくれれば、凄く助かったのに」
 その独り言のような桃香の言葉を聞いて、白蓮と星は顔を見合わせ、にんまりと笑った。
「何だ桃香、お前、あの北郷をそう言う風に呼ぶ仲だったのか?」
「これは驚きました。桃香様が北郷殿とそんなに親しくなっていたとは」
 それを聞いて、桃香は真っ赤になって手をぶんぶんと振った。
「え、ええ!? そ、そんなんじゃないよ。確かに一刀さんとは真名を許しあったけど……」
 一刀とは、平和でみんなが笑顔で暮らせる世界を作りたい、と言う志を共有し、お互いに尊敬の念を抱きあっている友人、とは思ってはいるが……すると、白蓮と星の笑みが大きくなった。
「ん? 何でそんなに慌てるんだ? いい友達なんだろう?」
「それとも、友達以上の感情でもおありですかな?」
 ここで、桃香は二人にからかわれた事に気づき、恥ずかしさに加えて怒りで顔を赤くした。
「……もうっ、白蓮ちゃんと星さんの意地悪っ!」
 そう言ってぷいっと顔を横に向ける。その先には窓があり、城の外が見えた。遥か遠くまで続く大平原。その下を、一刀たちは旅をしているのだろうか。
(……失敗したなぁ……こんな事なら、一刀さんの官位を推挙するんじゃなかったかも)
 
 桃香たちが官位を得たように、黄巾の乱以降、朝廷は功労者たちに次々に官位を与えた。その中に一刀もいたのである。
 義勇軍は正規軍に較べると扱いも軽く、せいぜい指導者が最低限の報酬を受け取ったに過ぎないが、北郷義勇軍は数も多く、張宝軍打倒に果たした役割も大きかったため、桃香は一刀に正式な官位が与えられるように運動した。また、義勇軍に参加した人々もそれに賛同した。
 これが実って、一刀にも官位が与えられる事になったのだ。于吉は一刀の功績を下げ、無位無官にするために桃香が出世するよう謀ったのに、その桃香が一刀の官位を推薦したわけで、左慈がキレるのも無理は無い。
 しかし、一刀の官位は桃香の予想外のものだった。
「当陽県の県令……? 荊州の?」
 一刀が官位を得た事を話に来た時、任地を聞いて桃香は驚いた。彼を推挙したのが幽州の人々だけに、幽州のどこかを任地として与えられると思ったのだが、行き先は遥か南の荊州だったのである。
「俺も驚いた。俺が住む事になるのは新野城になるらしいんだが、まさかもう行く事になるとは思わなかったからなぁ」
「え?」
 一刀の良くわからない言葉に、桃香は首を傾げたが、一刀はなんでもない、と手を振った。彼は元いた世界で得た記憶から、劉備が新野城の城主になる事は知っていた。自分が「本来劉備が果たすべき役割」を担っていることは感じていたので、いずれ新野に行く事は想定していたが、それはもっと後になると思っていた。
 もっとも、本物の劉備がいたり、本来新野城で出会うべき諸葛亮に既に出会っているくらいだから、その程度のズレは許容範囲内かもしれない。
「でも、そうなるとこれからが大変かもしれませんね」
 桃香は言った。荊州は大陸の中央部に位置するため、黄巾の乱では州の全域が激戦地となった。土地は荒れ果て、家を失った流民も多く発生しており、黄巾の残党も数多く出没している、と桃香は聞いている。
「ああ。でも、何とかやってみるよ。俺には信頼できる仲間もいるし」
 そう話しても、一刀は笑って答えた。そして、翌日にはこれまで生死を共にした義勇軍を解散し、自分は三人の仲間だけを連れて旅立って行ったのである。
 それでも、彼を慕って行動を共にしようと追いかけて行った義勇兵が二百人ほどいたらしいから、その人望は大したものだと桃香は思う。
(まぁ、一刀さんならきっと、何処に行っても立派にやっていけるよね。幽州に残ってほしいと言うのは、わたしのわがままだし……)
 わがままで、彼の官位を推挙しなければ良かった、と考えた自分を、桃香は恥じた。視線を仲間たちに戻し、口を開く。
「ともかく……数日中には、并州に行こうと思うの。今もっている仕事は、誰に引き継いだらいいかな?」
 桃香が仕事の話に戻ったので、白蓮はそうだな、と手を顎に当ててしばし考え込み、何人かの武官・文官の名を上げた。星も歩兵部隊の訓練内容を白蓮に引継ぎ、三人は実務の話を詰めていった。
 
 その頃、一刀たちは幽州を離れ、冀州に入って南下していた。最初は一刀、愛紗、鈴々、朱里の四人だけだった一行も、後から追いかけてきた義勇兵の合流で、二百人を越える集団になっている。
 最初、一刀は彼らに家に帰るように言ったが、誰も聞き入れなかった。義勇兵たちは貧しい家の次男坊や三男坊、あるいは戦火で家や家族を失い、北郷義勇軍を新たな家族と定めた者たちだった。
「天の御遣い様……俺たちはあんたについていきます!」
 そう言って同行を懇願する義勇兵たちに、一刀は黙って頷くしかなかった。それに、冀州があまりに荒れているため、二百人もの兵士が同行している事は身の安全という面から言っても有難い。何しろ、冀州は少し前までは黄巾党の本拠地だった場所なのだ。
「それにしても酷い有様だな」
 馬を進めながら、愛紗が呆れたように言う。国を相手に戦争をするため、冀州を統治した黄巾党は兵士になれる年代の者たちを尽く強制的に徴募し、作物も兵糧とするために徹底して収奪した。そのうえ、先日袁紹軍が侵攻し、黄巾軍に対しては降伏を許さず殲滅する態度で臨んだため、戦火によって街も村も壊滅的な状態に陥った。
 逃げ散った黄巾党の残党は、あちこちで盗賊団を結成し、暴れまわっていると言う。その中には百人単位のものも少なからずあり、義勇兵たちが同行していなければ一刀たちも襲撃されていただろう。
「袁紹さんは、褒美として冀州と青州の二州を領土として貰うそうですが、ちゃんと再建できるんでしょうか……」
 朱里も行けども行けども続く戦火の跡に、顔をしかめている。
「これから行く荊州も、情勢は似たようなものらしい。それでまず冀州の様子を見て参考にしようと思ったんだが、想像以上に酷いな。みんなも、こういう状況の土地をどう建て直すか、色々考えてくれ」
 一刀が言うと、鈴々が手を挙げた。
「うん、わかったのだお兄ちゃん。とりあえず、悪い奴らを懲らしめるのは鈴々にお任せなのだ」
 難しい事を考えるのは苦手な鈴々だが、彼女なりにこの惨状の光景から思う所は、色々あったらしい。一刀は頼もしい義妹の頭を撫でた。
「うん、頼りにしてるぞ、鈴々」
 にゃー、と喜ぶ鈴々と一刀を見ながら、愛紗は微笑んでいた。
(さすがご主人様。これから行く土地の情勢を掴み、行く途中にも学ぶ姿勢を見せておられる。さすが天の御遣い……)
 一刀の視野の広さに愛紗は感服していた。それに引き換え、と愛紗は今度は厳しい表情で背後――去ってきたばかりの幽州の方角を見る。
(劉備玄徳……私達を追い出して安心しているかもしれないが、そうはさせるものか)
 数日前、一刀が官位を得たと知った時、愛紗たちは素直に喜んだ。しかし、推挙した人物が桃香と知ると、愛紗は一転して「これは何かの罠では?」と警戒を抱いた。
「とう……劉備さんが、俺の官位を推薦してくれたらしいんだ」
 笑顔で語る一刀を見ると、余計にそう思う。幽州から一刀たちを追い出すためにやった事ではないかと疑われてならないのだ。
 念のため、朱里に相談してみると、彼女はこう答えた。
「劉備さんの真意はわかりませんが、私達には本拠地を得て勢力を拡大する好機です。ここは受けておくべきでしょう」
 確かに、一刀が桃香から離れる事自体は悪い事ではない。そう愛紗は考え直したのだが、それでも桃香に対する悪感情は消えなかった。荊州の状況がかなり悪いと知ったからである。
(だが、私は負けない。必ずご主人様を守り立て、どのような土地でも治めてみせる)
 愛紗はそう決意し、行く手に待ち受ける試練に対し、静かに闘志を燃やすのだった。
 
 しかし、一刀たちよりも早く荒廃した土地の再建と言う難問に直面したのは、桃香のほうだった。
 後任者への引き継ぎを終え、并州の州代として幽州を出発した桃香と星は、白蓮から与えられた二千の兵を率いて太原城に入城していたが、城下の荒廃は予想以上だった。
 太守の討ち死にによって無政府状態に陥った并州では、黄巾党とは別に盗賊が跳梁跋扈し、治安が極度に悪化。そのため農作業ができず畑が放置され、今年の税収は絶望的な有様だった。
「まずは、治安対策から手をつけるべきですな……桃香様、私に兵を一千ほど預けていただければ、盗賊どもを狩り尽くしてご覧に入れますが」
 最初の会議で星がそう言うと、桃香は首を横に振った。
「治安対策が大事なのは同感かな。でも、盗賊や黄巾の残党を全部殲滅するつもりは、わたしには無いよ」
「と、申しますと?」
 首を傾げる星に、桃香は答えた。
「あの人達は悪い事をしてるけど、同時に一番働き盛りでもあるから、できるだけ帰順してもらって、元の農家や庶人に戻ってもらうつもり。だから、今なら投降すれば罪を問わないし、開いている農地を与えると呼びかけて欲しいの」
 それを聞いて、星は眉をひそめた。
「言いたい事はわかりますが……しかし、それではあまりにも甘すぎませんか?」
 桃香はそれを聞いて苦笑気味の表情を浮かべた。
「うん……やっぱりそう言われると思った。でも、ここまで荒れ果てた土地を元に戻そうと思ったら、人手はいくらあっても足りないから。だから、お願い」
 星はやはり苦笑した。命令ではなく「お願い」と言うのは、いかにもこのお方らしいと。臣下としてはこれは従わざるを得ない。甘さから来る隙は、自分が補えば良いのだ。星は言った。
「では、お願いされましょう。ですが、一つ条件を付けさせてもらってもよろしいですか?」
「条件?」
 桃香が聞き返す。星は頷いて、一言口にした。
「漢書尹翁帰伝」
 桃香はそれを聞いて、一瞬訳がわからない、と言う表情をしたが、すぐに俯いて考え込んだ。星は桃香がこの言葉の意味を理解しているとわかり、言葉を続けた。
「桃香様の志は尊いもので、私もそれを尊重したいとは思っておりますが、誰も彼も許していては、今度は庶人たちの怒りを買いましょう。ここは……」
 桃香は顔を上げ、頷いた。
「うん……ごめんね、星さん。だから、はっきりと命令します」
 結局、全ての人を満足させる政策など存在しない。とりようもない。だから、桃香はどこかで線引きをしなくてはならない、という星の意見を受け入れた。そして、その責任を自分で取るために命令した。
「情報を集めた上、特に手口の悪質な盗賊団を選び、徹底的に殲滅してください。降伏は認めません。どれを相手にするかは、星さんに一任します」
 星の言った「漢書尹翁帰伝」は三百年近く前に書かれた本で、漢代の名臣だった尹翁帰の言行録である。その中に「以一警百、吏民皆服、恐惧改行自新」と言う一文があり、「一人を殺して百人に警告すれば、皆が恐れて改心し、付き従う」と言う意味である。星は大多数の盗賊を助ける代わりに、どれか一つは滅ぼす事を桃香に求めたのだった。
「承知しました」
 星は敬礼し、そして今度は頭を下げた。
「差し出がましい事を申し上げ、真に不敬の極み。どうかお許しください」
 桃香は首を横に振った。
「ううん。星さんの言うことは正しいよ。これからも、わたしが甘さゆえに間違った事を言ったら、何時でも叱ってね」
「いえ……私こそ、武人の癖ですぐに力による解決ばかりを志向します。私が暴走しそうな時は、何時でも手綱をお引きください」
 星はさらに頭を下げ、この寛容な主君に対する忠誠を新たにしたのだった。一方、桃香も星を見直していた。武人にしては教養のあるほうだと思ってはいたが、すらすらと尹翁帰伝の一節が出てくるとは思わなかったのである。
 
 その後、星は幾つかの村を襲撃し、住民を皆殺しにするか、奴隷として売り飛ばしていた黄巾残党の盗賊団を一千の兵を率いて討伐し、徹底的に殲滅した。盗賊たちは降伏も許されず、全員首を刎ねられて、街道沿いにその首級が晒された。
 この一件で、并州の盗賊たちは震え上がり、その後に桃香が布告した「投降すれば罪一等を減じて死罪を免ずる」と言う触れに従い、次々に降伏した。中には降伏を選ばず徹底抗戦や逃亡を図った者もいたが、星はそうした者たちも決して見逃さず、全て殲滅した。
 桃香は投降してきた盗賊たちの罪状を調べ、悪質な者は百杖の刑や収監に処したが、大半の盗賊たちは約束どおり罪を免じ、働き口を紹介した。この処置が噂となって広がるにつれ、降伏する者はさらに増え、一ヶ月ほどで并州から盗賊の類は一掃されたのである。

 治安が回復してくると、次の課題は復興資金の捻出だった。桃香が領内を見て回っている限りでは、来年からは田畑も復興して税収が見込めそうだが、今年はとても税を取れそうに無い。
「白蓮殿に借りるしかありませんか」
 星が言う。并州は白蓮の領地なので、普通に考えれば白蓮が身銭を切って復興資金を出さねばならない。しかし。
「それは無理だよ。わたし、動員兵数を調べる時に幽州の税収や今の財政状況を全部見たけど、并州の分までお金を出す余裕、とても無かったもの」
 桃香が腕組みをし、鼻と上唇の間に筆を挟んだ、行儀の悪い格好で言う。なかなか妙案が思い浮かばず、自分がそんな格好をしているのにも気付いていないようだった。
「張宝軍迎撃の支度で、ずいぶん物入りでしたからなぁ……やむを得ません。こうなったら、宝物を売って資金を得ましょう」
 星がそんな事を言い出したので、桃香は驚いて彼女の顔を見た。
「星さん、そんな凄い宝物を持ってるの?」
 そう言ってから、桃香は気付いた。星の宝物といえば、彼女の愛用する直刀槍「龍牙」だ。螺旋を描くように絡み合い、先端部は口を開いた龍の顎のように伸びる二本の直刀を穂先とする、天下の名槍である。
「星さん、それはダメだよ! 星さんの魂じゃない!!」
 もし自分が靖王伝家を手放さなければならないとしたら、と思うと、星の覚悟の程がわかる。彼女に自分の分身と言うべき槍を手放すような事をさせてはいけないと、桃香は必死に頭を回転させた。そして。
「……そうだ!」
 桃香は一つだけ、お金を調達できそうな手段を思いついた。がたんと椅子を鳴らして立ち上がる。星が早まった事をする前に、お金をどうにかしなくてはならない。
「星さん、わたしは金策のためにしばらく留守にします。その間、政務お願いします! だから、絶対に宝物を売るなんてしちゃダメだよ!? わたしは、星さんの魂も守りたいんだから……!!」
 そう言って、答えも聞かずに飛び出していく桃香。あまりの事に引き止めることも忘れていた星だったが、しばらくしてその顔に感激の色が浮かんだ。
「桃香様……私の事をそこまで気にかけて下さるとは……もったいないお言葉……! ですが、おかげで秘蔵のメンマを手放さずに済みます」
 そう言って身を震わせる星。しかし、桃香がその言葉を聞いていたら、あまりの事にずっこけたかもしれなかった。
 
 感動に打ち震える星はさておき、飛び出していった桃香が向かった先は、都洛陽だった。并州は洛陽がある司隷(司州)の北にあり、それほど遠くではない。桃香は任官の祝いに白蓮に貰った愛馬、的蘆に乗って街道を南へ向かった。これも、治安が回復されていたおかげである。
 一週間ほど旅を続け、桃香は洛陽に入った。さすがに都だけあって洛陽の町は大いに繁栄していた。国中から物品が集まり、活発な商活動が行われている。
「さすがに都だなぁ……董卓さんは良い政治をしてるみたいね」
 桃香は感心した。
 董卓は現在、この洛陽の支配者とでもいうべき人物である。元は涼州の出らしいが、そこから黄巾党軍を討伐しつつ、洛陽に入城。その後も洛陽を守り続けてきた。それらの功績を持って、現在は相国という最高位の官位を得ている。
 配下に多くの有能な武将を抱え、中でも神算鬼謀の軍師、賈駆文和と飛将とも称される三国無双の武人、呂布奉先の二名が有名だ。特に呂布はその武並ぶもの無く、黄巾討伐では一人で五万の兵を蹴散らした、などという伝説も残っている。
 桃香の目的は、そんな董卓の治世下で発展している洛陽の大商人から、お金を借りることだった。できれば借金はしたくないが、とりあえず一年間凌げれば、来年からはちゃんと税収を得ることができ、五年くらいでお金を返す目処も立っている。そう言う資料も持ってきている。
 そんな思惑を持って、桃香は洛陽の大商人の門を叩いたのだが……なかなか世の中そう甘くは無かった。
「そうは言っても、なかなかそれだけの大金を用立てるのは難しいですなぁ」
「こんな御時世です。いつ、戦で返す当てが無くなるかわかりませんでな」
 大商人たちはそう言って、桃香への融資を断った。十軒ほどに断られたところで、そろそろ日が西に傾いてきた。
「うーん……簡単にはうんって言って貰えないとは思ってたけど、予想以上に厳しいなぁ……」
 桃香は困った顔で洛陽の街中を歩いていた。このままでは并州に帰れない。星に大見得を切って来たからには、なんとしても借金を引き受けてもらって帰らなくてはならないのだが、大商人たちは首を縦に振ってはくれなかった。
(それにしても、気になるな……何時戦になるかわからない、ってあの人達は……もう乱も終わったのに)
 またすぐに戦争があると、商人たちは睨んでいるのだろうか。その辺をもうちょっと調べてみるべきかもしれない、と桃香は考えた。あるいはそれを防ぐ事で、借金を引き受けて貰える道筋がつくかもしれない。
 そんな事を思いつつ、とりあえず今日の宿を探そうと桃香が辺りを見回したときだった。
(……あれ?)
 路地の影で、何やら人影が幾つかうごめいているのが見える。気になってそっと近づいてみると、それは一人の少女を何人かの柄の悪そうな男たちが取り囲んでいる様子だった。
「あっ……あの……」
 少女は怯えた様子で、男たちを見ている。こうして見ると、実に可憐な美少女だ。緩やかに波打つ青銀色の髪の毛が印象的で、年齢は桃香より三つか四つは下だろう。
「いいじゃねぇか。ちょっと付き合ってくれれば、それで良いって言ってるだろ?」
「そうそう。俺たちは優しいんだぜ?」
 それに引き換え、男たちは下卑た感じで、いかにも街のチンピラという風情だ。どう見ても義は少女にある。桃香は声をかけた。
「待ちなさい、貴方たち」
「あ?」
 男たちが一斉に桃香のほうを見る。少女も桃香を見て、助けが来たと悟ったのか、小走りに桃香のほうへ駆け寄ってくると、背後に隠れた。
「大の大人が、こんな小さな子をいじめて、恥ずかしくないの!?」
 少女が桃香の服の裾を掴む、その小さな手が震えているのを感じとり、桃香は怒りを込めて男たちを睨んだ。しかし、彼らはもう一人カモが来たと思ったのか、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「お? なんだなんだ、もう一人可愛い姉ちゃんが来たじゃねぇか」
「姉ちゃんが、その娘の代わりに俺たちに付き合ってくれんのか?」
「俺たちとしては、その娘も一緒なら言う事無いんだがなぁ?」
 あからさまに桃香をナメきった態度である。
「どっちもお断りします。さぁ、行きましょう?」
 桃香はそう言うと、少女を庇うようにして歩き始めた。その、お前たちなんて目にも入ってない、と言うような桃香の態度に、たちまちチンピラたちは沸騰した。
「おい姉ちゃん、話は済んでねぇぞ!」
 一人が桃香に掴みかかろうとするが、彼女は軽く横に避けると、男の足を払った。受身も取れずにそいつは顔面を地面に強打して気絶した。
「ああっ!? 兄貴!?」
「このアマ! ちょっとおっぱいがでかいからって優しくしてりゃ付け上がりやがって!!」
 男たちが激昂して殺到する。しかし、いくら武官としては並みの腕しかない桃香とは言え、チンピラよりは圧倒的に強い。剣も抜かず武術だけで三人をノしてしまうなど、容易い事だった。数分後、ボコボコにされた男たちは、身体を引きずるようにして逃げていった。
「畜生、覚えてろ!!」
 と、小物丸出しの捨て台詞を残すことは忘れなかったが。桃香はやれやれとため息をつくと、少女のほうを向いた。
「もう大丈夫よ」
「は、はい! ありがとうございます!!」
 少女は笑顔を見せ、桃香に何度も頭を下げた。するとその時。
「月! 大丈夫!?」
 別の少女の声がした。桃香がそっちを見ると、眼鏡をかけた、緑の髪を長い三つあみに結った少女が立っていた。彼女は桃香を睨みつけ、びしっと指差して怒鳴った。
「ちょっとあんた! ボクの月に何をしたの!?」
「え?」
 戸惑う桃香。すると、さっき助けた少女が慌てたように声を上げた。
「ち、違うの詠ちゃん! この人はわたしを助けてくれたの!」
「は?」
 三つあみの少女が首を傾げる。どうやら彼女が詠で、桃香が助けた少女が月と言うらしい。月から説明を受けた詠は、怒りを収めて桃香に頭を下げた。
「ごめん、早とちりしちゃったみたいで」
「ううん、気にしてないよ」
 桃香は笑顔で頷いたが、その時には詠は月にお説教を始めていた。
「もう、何度も言ってるでしょ、月。勝手に外に出ちゃダメだって!!」
「ごめんね、詠ちゃん……わたし、どうしても街の様子が見てみたくて……それで……」
 話を聞いてる限りでは、どうやら月はかなりの箱入り娘なのだろう。それで、外に出てみたかったらしい。詠は身分は違うが、良い友達同士というところか。桃香がそんな風に二人の関係を察していると、また別の人物がやってきた。青い髪の、精悍な感じの女性だ。
「どうした? 見つかったのか?」
 女性が詠に声をかけた。詠は頷いて、桃香のほうを見た。
「ええ、見つかったわよ。この人に助けてもらったんだって」
 詠の説明を聞いて、女性は桃香に頭を下げた。
「そうか。本当は私の仕事なのだが……主を救っていただき、真に感謝する。さぞ名のある方とお見受けするが?」
「え? とんでもない! 当然の事をしたまでですよ。わたしはそんなに偉い人じゃありません」
 桃香は女性の大仰な感謝の言葉に、手をぶんぶん振って否定した。一応一州の代表で、最近は幽州の名軍師として名が売れてきている桃香だが、今は一応お忍び旅でしかも借金の申し込みが目的。あまり威張れた目的ではない。
「そうか……それでも感謝する。さ、みんな心配しているようだ。早く帰ろう」
 女性が言い、月と詠も頷いた。
「それじゃ、本当にありがとう」
 詠がそう言って踵を返そうとするが、その前に月は額につけていた小さな宝石飾りを外すと、桃香に差し出した。
「あの……これ、助けていただいたお礼です。もし何か困ったことがあったら、それを見せればこの街では多少の事は通ると思います……本当にありがとうございました!」
「え? ちょっと、こんな高価そうなもの……」
 桃香は押し付けられた宝石飾りを返すように、月に手を差し出したが、その時にはもう彼女は最後に来た女性の操る馬上だった。そのまま、手を振って駆け去っていく。
「……なんだか悪いなぁ……」
 桃香は頭をかいたが、とりあえず宝石飾りを預かっておく事にした。いずれまた会う機会もあるだろう。それに、月が言った事も気になる。
「多少の事は通る……借金でも大丈夫なのかな?」
 桃香は首を傾げた。だが、月の言った事は本当だった。翌日、もう一度最初に会った大商人に宝石飾りを見せると、彼は目を丸くして驚き、ついで愛想のいい顔になった。
「これは……ははは、お客さんも人が悪い。最初にこれを見せてくだされば、いくらでもお金は御用立てしましたものを」
 そう言って、商人は借金を引き受けてくれたのである。それも一番の低利で。桃香はありがたいと思いながら、もう一度宝石飾りを見た。
(あの子……何者なんだろう? よっぽど良い家の娘なのかな?)
 借金の手形を受け取りながら、桃香は束の間邂逅した少女の事を思うのだった。
 
 その謎が解けるのは、それから数ヵ月後。
 再び動乱の始まった時を待たねばならない。
(続く)


―あとがき―
 桃香、出世の巻。ついでに董卓軍のキャラ達も初登場しました。うーむ、連合軍結成まで話が進まなかった……
 次回は今度こそ連合軍結成と言うことで、主要キャラの大半が集まる予定です。華琳とか蓮華とか麗羽とか。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026530027389526