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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/09 21:30
 包囲された砦には、一万ほどの黄巾兵たちが立てこもっている。彼らが掲げる牙門旗には、「蒼天已死 黄天當立」の二行に加えて「地」の文字を書いたものもある。黄巾党の最高幹部の一人、地公将軍張宝の旗印だ。
 しかし、この戦いでそれらの牙門旗はボロボロに傷つき、もはや風をはらむ力もなく垂れ下がっている。砦の中に篭っている黄巾兵たちは、もはや生きながらにして死の世界に足を踏み入れたも同然の有様となっており、濃厚な死の匂いが立ち込めていた。
 黄巾党の武門における最高指揮官であり、ここ数年、並み居る官軍を薙ぎ払って中原から河北にかけてを荒らしまわってきた男も、今やその最期の刻を迎えようとしていた。
「桃香様、どうか号令を」
 星が最期の総攻撃を前に、桃香に言った。
「え? そう言うのは星さんが向いてるんじゃ? わたし、そんなに勇ましい事は言えないよ?」
 言葉を持って兵士を鼓舞し、その士気を高揚させる事も将の勤め。しかし、言葉遣いが優しく、また個人的な武勇もさほどではない桃香は、そう言う力強い言葉を発するのは苦手だ。
「構いませぬよ。桃香様の思いの丈を皆に披露すればいいのです。それで結構兵士たちは盛り上がるものですよ」
 星は笑みを浮かべて言った。
「……うん、じゃあやってみる」
 桃香は少し逡巡したものの、覚悟を決めたのか靖王伝家を抜き、天に掲げた。兵士たちをじっと見渡し、声にありたっけの気迫を込めて叫ぶ。
「幽州の兵たちよ! 国を蝕み、故郷を侵した賊徒たちを滅するため……その怒りを剣に込めて、今こそ振り下ろせ!」
 おおう! と言う怒涛のような雄叫びが巻き起こった。続いて星が叫ぶ。
「進め、兵たちよ! 全軍突撃ぃーっ!!」
 桃香の指揮下にある八千の兵士が、大地を踏み鳴らして砦に突入していく。その反対方向からも鬨の声が響き渡る。北郷義勇軍も砦攻めを開始したのだろう。もはや弱りきった張宝軍には、抗う術も逃げる術もありはしない。
「なかなかの気迫でしたぞ、桃香様」
 星の言葉に、桃香ははぁ~、と気の抜けるようなため息を漏らしながら剣を引いた。
「緊張したよぉ。あんなのでよかったの? 星さん」
 もちろん、と星は頷いた。
「見ての通り、兵たちは皆発奮しております。もはや勝利は動きますまい。では、私も功名の一つなり稼いでくるとしましょう。桃香様は吉報をお待ちください」
 そう言い残し、星は槍を引っさげて疾風の如く駆け去っていった。そうだね、と桃香は内心で思う。策は完璧にはまり、もはや黄巾党は袋のネズミ。何時か感じたような、何かを見落としていると言う嫌な予感もない。
 今の桃香にできることは、勝利の確定した戦いで、できるだけ多くの兵たちが無事に生還することを祈るのみだった。
 
 
恋姫無双外史・桃香伝

第四話 桃香、策を持って黄巾賊を討ち滅ぼし、幽州の青竜刀は疑念を抱く事


 遡る事三週間前、軍議の席で桃香が言った一言に、場は騒然となった。
「砦を黄巾にくれてやるですと? 何をお考えか、貴殿は!! 朱里、お前もだ!!」
 血の気が多いらしい関羽が激昂して立ち上がり、机をガンと叩く。自分たちの砦を明け渡せ、と言われては穏やかではいられないのだろう。下級武官たちも発言の意図がわからず、桃香に批判的な視線を向けていた。落ち着いて言ったのは白蓮だった。
「桃香、先を続けてくれ」
 桃香もまだ策の全てを明かしたわけではない。白蓮の言葉に頷いて、桃香は口を開いた。
「落ち着いて、関羽さん。話はこれからだよ」
「ああ。まずは話を聞こう、愛紗」
 北郷も関羽に座るよう言う。関羽はまだ赤い顔をしていたが、とりあえず座ることには同意した。
「いいでしょう。だが、下らん事を言ったら、我々は席を蹴らせてもらう」
 そう言って、むすっとした顔で腕組みをする関羽。桃香は話の続きを始めた。
「遠征軍にとって、まず確保したいのは安定した拠点だよ。もし、打ち捨てられた砦や城があれば、どうする?」
「そりゃ、拾いに行くでしょうな」
 桃香の言葉に星が応じる。
「うん。わたしでもそうする。だけど、この砦こそが、相手の動きを封じる罠なの。黄巾党に渡す砦には、一粒の食料も残さない。井戸や水源も、全部埋めて使い物にならなくします。そうすれば……」
 桃香は言いながら、孔明の顔をちらりと見た。
「黄巾軍は、後方から食料と水を運ばせようとしますね」
 孔明は言った。桃香はその動きを示すように、砦に向けて矢印を一本書き、さらに×印をつける。
「義勇軍の皆さんには、まずこの輜重部隊の襲撃をお願いします」
 そうか、と白蓮は手を打った。
「相手を干殺し、飢え殺しにしようというわけか」
 水も食料もなくなれば、どれほど屈強の兵であっても、戦うどころか生きていく事さえできない。たとえ二倍の数でもたやすく駆逐できるだろう。
「もちろんそれも狙いだけど、たぶん相手はどうしようもなくなる前に、周辺の街や村を襲って、食料や水の略奪を考えるはず。その襲撃部隊を……」
 桃香は砦から幾つかの線を引き、それとは別に令支から出た別の線を交差させていく。
「騎兵を使って阻止、撃破する、か。なるほど、それは私の仕事だな」
 白蓮はニヤリと笑った。そこへ、不機嫌そうな表情のままの関羽が発言した。
「で、貴殿は何をするのだ?」
 桃香は砦の周りに丸を描いた。
「わたしは、歩兵と弓兵を率いて、頃合を見計らって砦を包囲します。その時には、皆さんも包囲網に加わってもらうつもりだよ」
 輜重が届かず、襲撃部隊も帰ってこなければ、砦の敵兵は数日で戦闘能力を失うだろう。そこを襲撃し、とどめを刺す。これが桃香の立てた策の全貌だった。
「これなら、二倍の敵が相手でも、こちらの犠牲を最低限に勝ちを収めることができると思います。もう少し細部を詰める必要はあると思いますが」
 孔明が言って、具体的に砦から近隣の町・集落までの進撃路と、騎兵による奇襲に向いた地点を挙げる。この少女の頭には、幽州の地形が全て入っているようだ。
「ふむ……これならやれるかと。白蓮殿、北郷殿、問題はありますか?」
 星が尋ねると、太守と義勇軍の長はそれぞれに首を縦に振った。
「私としては問題ない。そちらは?」
「俺も構わないと思う。まぁ、その二人が考えた策なら心配いらんだろ」
 会議の間中、半ば眠っていたらしい張飛が目を開いた。
「んー? 終わったの?」
 北郷が苦笑しながら張飛の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「少しは頑張って起きてろよ、鈴々」
 その小言よりも、頭を撫でられる心地よさが勝るのか、子猫のようなうにゃー、と言う声を上げる張飛。それを見て白蓮が笑いながら言った。
「軍議の最中に寝てしまうとは、なかなか豪胆な事をする。まぁ、軍議のほうも終わりだ。義勇軍の諸君を歓迎する宴を用意させてある。ぜひ招待を受けてほしい」
「宴!? 食べ物があるの!?」
 さっきまでの眠気を吹き飛ばし、張飛が跳ね起きる。桃香はそんな彼女ににっこり笑って見せた。
「もちろん。好きなだけ食べて行ってね」
 やったー! と喜びの舞いをする張飛。
「玄徳おねえちゃんはいい人なのだ!!」
「……主催は私なんだがな」
 白蓮がボソッと言う。一方、北郷は心配そうな表情で言った。
「大丈夫ですか? そんな事を言ったら、こいつ蔵ごと食べ尽くしますよ」
「あはは、そんなまさか」
 桃香は笑ったが、宴が始まってみると、それが誇張ではなかった事を思い知らされる。
 
「……あの子、食べている量のほうが身体の大きさよりも絶対に多いと思うんだが」
 白蓮がそう言って呆れながら、厨房に料理の追加を命じている。桃香も張飛の食べっぷりを呆れたような、感心したような表情で見ていると、横に立った人物がいた。北郷だった。
「あ、北郷さん……楽しんでますか?」
 桃香が聞くと、北郷はぽりぽりと頭を掻いた。
「あ、ああ。まぁね……意地汚い所を見せて申し訳ない」
 その謝罪の声を掻き消すように、張飛が「おかわり!」と叫びながら、どんぶりを給仕に差し出す。それを見て二人で苦笑したところで、北郷が言った。
「ところで、劉備さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんですか?」
 桃香は北郷の顔を見上げた。その表情には真剣なものが張り付いていて、桃香は思わず見とれてしまった。そんな彼女の様子に気付いた風もなく、北郷は言った。
「劉備さんは、この世の中をどう思っている? 黄巾の乱が起きたり、南のほうでは日照りや飢饉で、たくさんの人が苦しんでいるのに、都では役人や高官たちが賄賂を取って贅沢な暮らしをしていて、苦しんでいる人々の事を気にも留めない。そう聞いている」
 北郷の問いかけは、率直で真剣なものだった。だから、桃香も真摯に答えた。
「確かに、この国には悪い人達もいます。でも、現状をどうにかしようって頑張っている人達も、大勢います。白蓮ちゃんに星さん。それに、北郷さんもそうでしょう?」
「え? 俺も?」
 自分を指差す北郷に、桃香は笑顔で頷いた。
「ええ。だから、わたしはこの世に絶望したり、黄巾の人達みたいに、何もかも壊して一からやり直そうとか、自棄っぱちな事を言いたくはありません。精一杯、自分のできることをがんばってやって、世の中を立て直したい。そうすれば、きっとみんなが幸せに生きていける世の中が来ると思っています」
「そうか……」
 北郷は桃香の答えを聞いて少し考え込み、口を開いた。
「劉備さん、俺は天の御遣いなんて言われてるけど、本当は平凡な一学生に過ぎないんだ。今は愛紗や鈴々、朱里に助けられているから良いけど、あの凄い子達を従えるほど、たいそうな人間じゃない。本当なら、みんなを率いるのにふさわしいのは……」
 そこまで北郷が言った所で、桃香は人差し指でその口を塞いだ。
「!?」
 驚く北郷に、桃香は言った。
「わたしも、自分に自信がない人間だから、時々弱気になるんです。その気持ちは分かります。でも、上に立つ人が自分を卑下することは、信じて着いて来てくれる下の人達を侮辱することになるんだって、白蓮ちゃんは教えてくれました」
 そして、北郷ににっこりと笑いかける。
「北郷さんも、仲間の人達を凄いと思うんだったら、その凄い仲間たちに支えられている自分も凄いんだって、自信を持ちましょう」
 北郷は何を言えば良いかわからないように口をパクパクさせていたが、ふうっと一息ついて、持っていた杯を飲み干した。
「……ありがとう、劉備さん」
 北郷は酔いだけではない赤い顔で言った。
「きっと……俺たちは同じ目標に向かって歩いてると思う……だから、お互いに頑張ろう」
「はい、北郷さん」
 桃香が言うと、北郷は首を横に振った。
「一刀……みんなにはそう呼ばれてるんで、そう呼んでもらった方が俺としてはありがたいかな」
「一刀さん……ですか?」
 桃香はそこで勘違いをした。一刀は現代日本人なので、真名という習慣は無い。しかし、桃香は一刀というのが真名だと思ってしまったのだ。だから彼女は当然の事として、自分の真名を告げた。
「じゃあ、わたしの事も桃香、って呼んで下さい」
「え……? それは君の真名じゃないのか?」
 一刀は戸惑った表情をした。一方、桃香は平然としたものだった。
「ええ。でも一刀さんだったら、わたしが真名を預けるに相応しいお方だと思いますから」
 桃香はそう言って、自分も杯を干した。
「そっか……ありがとう、桃香さん。これからもよろしくな」
「ええ、頑張って次の戦いを勝ちましょうね、一刀さん」
 二人は新たな酒で杯を満たし、乾杯する。その間には和やかな空気が漂っていた。
 
 一方、そんな空気とは無縁の人間もいた。関羽――愛紗である。彼女は広間の隅で皿をつついていた孔明――朱里を呼び止めた。
「朱里、ちょっと話がある。付き合ってもらえるか?」
「? いいですよ」
 朱里は宴の席とは思えない、緊迫感を漂わせる愛紗の様子に首を傾げつつ、広間を出て回廊の一角までついていった。
「お話って何ですか? 愛紗さん」
 朱里が言うと、愛紗は険しい顔で言った。
「これはご主人様には言えない事だが……私はあの官軍の軍師が信用できない」
 関羽が劉備に不信を表明する――一刀が知ったら腰を抜かしそうな驚天動地の出来事だったが、朱里はそこまでは驚かない。ただ、同じ軍師であり、一つの策を共に練り上げた間柄だけに、朱里は桃香に好意を抱いていた。だから尋ねた。
「何故ですか? 劉備さんは良い人だと思いますが」
「……そう見えるだけかも知れん。あの軍師が練った策は、確かに良くできている。しかし、そのために我々は本拠地を失うことになるのだぞ。戦の後、砦が使い物になると思うか?」
 朱里は目を細めた。
「劉備さんが、私たちを弱体化させることも狙って、あの策を立てたかもしれない。そう仰るんですか?」
 その指摘に愛紗は頷いた。
「それだけじゃない。私たちに与えられた任務は、輜重の攻撃だ。重要性がわからないわけじゃないが、功績としてはそう高く評価されるものではない。砦の陥落と黄巾主力の殲滅といった大功は、官軍の手に落ちることになる」
 愛紗は拳を握り締めた。
「官軍は、私たちに功績を立てさせないように、つまらない任務を割り振っている……そう思えないか? 我々は官軍の半分にも匹敵する勢力だ。目障りに思われているんじゃないのか?」
 それは悪意に捉え過ぎではないだろうか、と朱里は思った。自分たちが本拠としている砦を、最好適地として勧めたのは朱里なのだ。それに、作戦の原案を立てている段階では、桃香は北郷義勇軍の存在を知らなかったようだし、策をめぐらして陥れるような真似をする理由があるとは思えない。
 そもそも、所属は違っても義勇軍の兵士たちは幽州の民。見たところ、太守の公孫賛にしても桃香にしても、意味も無く自分たちが導くべき民を傷つける事を良しとするような人間には見えなかった。
「確かに、そう見えなくもありませんが……確証はありますか?」
 朱里が言うと、一瞬愛紗は言葉に詰まった。実の所自覚はないが、愛紗が桃香を警戒しているのは、一刀が彼女の名を聞いた時の反応故だった。その時、彼女は一刀に尋ねた。
「ご主人様、知っている名前ですか?」
「ああ……俺の国に伝わっている話では、後にこの国を三分する大国の主になっている人物だよ」
 それが一刀の答えだった。王となるほどの人物なら、只者ではないはずだ。愛紗はそう思っている。あの朗らかな笑顔も、王の才能を隠す仮面かもしれない、とも。だが、愛紗が桃香を信じられない理由は、それだけではない。
「……もちろん、証拠はない。ただ、ご主人様はあの性格で、人を信じやすいからな。私たちの方で、最悪の事態に備えておきたいんだ。だから、それとなくあの劉備と言う軍師の動向には気をつけてくれ」
「……わかりました。そう言うことなら」
 最終的に、愛紗が必ずしも確証が無いと言ったことで、朱里は納得した。確かに最悪の事態に備えるのは、軍師の自分の仕事ではある。
「頼んだぞ。じゃあ、少しは宴を楽しむか」
 愛紗も言いたい事を言って少し気が軽くなったのかそう言ったので、二人は広間に戻ろうとした。しかし。
「……!」
「あ……」
 愛紗と朱里は足を止め、その光景に見入った。敬愛する主君である一刀が、桃香と並んでにこやかに語り合っているところを。桃香が華やかな美少女であるだけに、その二人はまるで似合いの恋人同士のように見えた。
「ご主人様……」
 胸が苦しくなる朱里。桃香は胸も大きいし、男の人が惹かれるのもわかるけど……と思った所で、ぎりり、と言う音がして彼女はその音の方向を見た。愛紗が歯を噛み鳴らし、殺気に満ちた目で桃香を睨んでいた。
「認めない……認めるものか……!」
 その口からは、朱里には意味の分からない、しかし強烈な憎悪と怒りに満ちた言葉が漏れていた。
(愛紗さん……?)
 朱里は呆然とした様子で、隣に立つ少女の顔を見つめていた。

 宴も終わり、一刀たちは城内に部屋を用意すると言う白蓮の言葉を固辞し、陣地へ戻る事にした。一刀と歩調を合わせながら、愛紗は言った。
「ご主人様」
「ん? なんだ、愛紗?」
 一刀は愛紗のほうを向いた。
「……私は、二君に仕えるつつもりはありません。私の主君はご主人様、ただお一人です」
 愛紗はじっと一刀の顔を見て、きっぱりとそう言った。一刀は頭を掻いた。
「その事か……わかってる。昼間の事は、一時の気の迷いさ……俺は愛紗、鈴々、朱里の気持ちを裏切ったりはしない。みんなが俺に期待してくれている限り、みんなと一緒に居続けるよ」
 昼間、桃香と初めて顔を合わせた一刀は、愛紗に桃香の事を聞かれた後、こう続けたのだ。
「俺の国に伝わっている話では、後にこの国を三分する大国の主になっている人物だよ……そして、関羽、張飛、諸葛孔明の三人の主君でもあった」
 それは、あくまでも一刀が知る歴史の物語であり、今この世界を生きる愛紗たちには関係のない話である。だが、自分と同じ名の人物が、一刀ではなく違う人物に仕えていた、と言う話は、実直な武人である愛紗にとって、聞き過ごすことのできない話題だった。
 まして、主君は続けてこう言ったのだ。
「何もできない俺より、もう仕官していて地位も確かな劉備さんに仕えるほうが、良いのかもしれない」
 その時にはあまりの衝撃に言葉も出なかった。そして、主君にそんな事を言わせた劉備を許せないと思った。
 だが、やはり主君は……一刀は、愛紗たちの気持ちをわかってくれた。一緒に戦い続けるといってくれた。愛紗は笑顔を浮かべ、一刀の手を取った。
「私が……私たちがご主人様の事を疑うなど、有り得ません。ですから……もう二度とあんなことは言わないでくださいね」
「ああ。約束するよ」
 一刀は言った。そう、こんな自分をまっすぐに信じてくれるこの少女……大事な仲間たちと別れる事など、絶対に考えられない。そんな事はしてはいけないと、あの人が教えてくれたのだから。
 愛紗は一刀が自分たちと居続ける、と言う選択をしたのが、桃香の影響だとは知らない。自分と主人の間に入り込む邪魔な存在だとしか思っていなかった。そんな一方的な敵意が、今は味方である桃香と一刀たちの間にどんな運命をもたらすのか、この時点で知る者は誰もいなかった。
 
 翌日から、幽州軍・北郷義勇軍の同盟は、張宝軍に対する情報収集を強化しつつ、迎撃の準備を整えた。そして一週間後、張宝軍は州境を越えて幽州への侵攻を開始した。その数は、予測通り三万。
 これに対し、同盟軍は予定に基づいて行動した。北郷義勇軍は砦を放棄し、進撃してくる張宝軍の後方に回り込んだ。予め「放棄されているが、まだ十分に使える砦がある」と言う桃香が流した噂を聞いていた張宝軍は、そのまま砦に入った。
「幸先がいいわ。よし、幽州に既に潜入している道士たちに指示を出せ。我らに呼応して決起するように、とな」
 張宝はにやりと笑った。長年中原から河北にかけてを転戦し、官軍を打ち倒してきただけあって、その言動には自信がみなぎっていた。直ちに伝令が各地へ派遣されたが、しかしこのほとんどは幽州軍の探索の網にかかっていた。
「一人逃さず捕らえてください。できれば、潜入している道士を聞き出して捕まえます」
 桃香は配下の騎兵にそう命じていた。伝令狩りを命じられた騎兵たちはこの期待に良く応え、伝令のほとんどを捉えるか、殺す事に成功する。彼らの持っていた手紙から、道士たちの潜伏場所と名前が突き止められると、白蓮は直ちに兵を派遣して、黄巾党の隠れ拠点を急襲、制圧した。これにより、後方で蜂起が起きて兵力を拘束される、と言う心配はほぼ払拭された。
 一方、砦に入った張宝軍は、深刻な物資不足に悩まされ始めていた。砦の井戸は巧妙に壊されていて、何処に水脈があるかもわからない状態にされていたため、張宝は輜重に大量の水を運ぶよう命じていた。
 しかし、輜重部隊は北郷義勇軍によって片端から捕捉、殲滅され、砦には一粒の麦も、一滴の水も届かない。張宝は命じた。
「輜重の到着と、決起した同胞たちとの合流を待ってはおれん。近隣の町に兵を派遣する。食料と水を徴収してくるのだ」
 張宝は伝令が戻ってこないのを不審に思ってはいたが、官軍が現れないのは、決起した同胞たちとの戦いに忙殺されているからだろうと考え、今の所幽州攻撃は順調に推移していると思っていた。さっそく周辺の町や村に対し、千~二千前後の略奪部隊が派遣されたが、これらは全て白蓮直率の騎兵四千に補足される事となった。
「公孫の勇士たちよ、今こそ賊徒どもを殲滅し、帝の御心と民の暮らしを安んじるのだ!!」
 白蓮はそう叫ぶと、先頭切って突撃。機動力、数、どちらも勝る白蓮隊は略奪部隊を徹底的に叩きのめし、幽州の大地は黄巾兵の屍で埋まった。
 桃香は砦の近くで待機しつつ、略奪部隊の残党が砦に入ろうとするのや、砦から後方へ使者が出るのを全て捕殺し、砦に残る部隊から目も耳も奪った。
 こうして、侵攻から二週間も経つ頃には、砦に残った黄巾兵たちは、極度の飢餓と乾きに苦しめられ、その戦闘力を失いつつあった。馬を殺して肉や血をすする事でそれをいくらか癒そうとした者もいたが、それを取り合って仲間内で殺し合いが起きる事態となり、まさに砦内部は餓鬼道地獄と化した。
「……なかなか惨たらしい有様になっているようですな」
 遠見に偵察した星の報告に、桃香は顔をゆがめた。貧しい暮らしをしてきた彼女は、飢えがどんなに苦しいものか知っている。それでも、この策は続けられねばならなかった。
「酷いことをしてるのはわかってるよ……でも、ここまでやらないと、狂信と言う毒に溺れた人達は、そこから這い上がろうとはしないものなの」
 桃香はそう答えた。これまで黄巾党の蜂起に対処してきた経験から言っても、追い詰めても追い詰めても狂信から逃れられない者たちは、かなりの割合で存在したのだ。星は主君の気持ちを慮り、黙って頷いた。
(敵であっても苦しめたくない、と言うお方がこういう戦いをするのは辛いでしょうな……)
 砦の中から馬すらなくなった所で、桃香はついに兵を動かした。北郷義勇軍にも連絡を取り、幽州軍の歩兵、弓兵が合わせて八千。北郷義勇軍が五千。計一万三千の兵が砦の四周を包囲するように布陣する。
(これで降伏してくれれば、無駄な死人を出さなくて済むのだけど……)
 桃香はそう思ったが、黄巾軍は討って出る事を選んだ。狂信と生きながら餓鬼道に落とされた恨みを力として、砦内の二万の兵が突撃してきた。
 同盟軍はこれを迎撃し、容赦なく矢を浴びせ、槍で突き倒したが、やせ衰えた兵たちが、もはや生ける亡者と化しているのか、傷の痛みすら感じていないかのように突撃してくる様は、少なからぬ兵たちを動揺させた。
「……何と言う惨い……こんな結果を、本当に貴女は理解していたのか! 劉玄徳!!」
 関羽は到底戦いとは呼べない、ほとんど一方的殺戮に近い凄惨な有様に、桃香への反感をますます強くしたが、もちろん桃香はこんな展開を望んでいたわけではない。敵を砦内に押し戻した後、張宝の首と引き換えに降った者を助命する、と言う降伏勧告文を結びつけた矢を打ち込ませた。
 しかし、一日待っても返答は無かった。
「桃香様、もはや言葉を尽くす段階は終わったものと存じます」
 星はそう言って決断を促し、ついに桃香の総攻撃の号令が下されることとなったのであった。
 
 砦内部は既に炎に包まれつつあった。追い詰められたものの、流石に黄巾党の大幹部の一人、張宝の直属兵だけあって、彼らは降伏も逃亡も選ばなかった。完全に太平道の狂信者となった兵たちは、死兵となって幽州軍や義勇軍の将兵たちに少なからぬ被害を与えつつあった。しかし、所詮弱りきった彼らに、敗北を覆すほどの力はなかった。
「張宝を探せ! 幹部たちを探し出し、討ち果たすのだ!」
 関羽の叫びが聞こえてくる。それに応えるように、義勇軍の兵士たちは砦の本丸部分へ殺到していく。死兵たちがその怒涛のような攻撃に飲み込まれるのを見て、星の傍にいた下級武官の一人が唸った。
「義勇兵とは思えない、凄まじい戦いぶりですな」
「うむ。それだけ、将たちの薫陶が行き届いているのであろう。惜しいな……官軍に入れば、百万の大軍をも采配できる器だろうが」
 星は答えた。しかし、関羽や張飛は官軍に受け入れられることはあるまい、とも思う。むしろ、彼女たちが官軍を受け入れないと言うべきか。
(今の官軍は、もはや形骸だ。上に阿諛追従し、賄賂を贈って出世を願う輩ばかりが重用され、真の武人が出世できる環境にない)
 星は思う。この幽州軍も、官軍とは言いながら実質的には白蓮の私兵。中原や江東で黄巾討伐に大功を上げている曹操や孫権といった勢力の軍も、形の上では官軍だが、彼らが独自に育成し、練成してきた私兵だ。おそらく、今後はそうした有力な兵を持つことができた地方軍閥による勢力争いが激化することになるだろう、と星は読んでいた。
(この戦いが終われば、黄巾の乱はほぼ終息するだろう……桃香様の夢を実現させるには、ここで大きな功績を挙げ、幽州軍に名軍師劉備玄徳あり、と喧伝せねばならん。済まんが、手柄は譲らんぞ。義勇軍の者たちよ)
 星はそう考えて駆け出す。義勇軍が突入している砦の本丸、その反対側に向けてだ。愛紗の懸念はある意味正しかった。桃香自身は、あまりあくどい事を考える性格ではない。しかし、配下の星は主君のため、武人としての情を超えた判断で行動できる人物だった。
 果たして、そこには彼女の狙い通りの光景があった。火に包まれる本丸、その裏口から数名の黄巾党が脱出してくる。そのうちの一人は一際華麗な軍装に身を固め、いかにも上級武官という姿をしていた。飢えと乾きに苛まれていたはずの砦内で、その男だけは血色も良く衰弱した様子がなかった。おそらく、優先的に食事も飲み物も得ていたのだろう。星の目に怒りの炎が燃え上がった。
「そこにいるのは、地公将軍張宝殿とお見受けする!」
 星が呼びかけると、男ははっとした様に彼女のほうを向いた。
「我は幽州の将、趙雲子龍! 貴公も武人なれば、いざ尋常に勝負いたせ!!」
 男は辺りを見回したが、星を倒さねばこの場を逃れられないと判断したか、持っていた槍を構えた。
「いかにも、我こそは地公将軍張宝。下郎、貴様ごときに太平の道を妨げさせはせんぞ!」
 ほう、と星は微笑む。張宝の構えには隙がなく、かなりの使い手らしい風格を漂わせている。ただ後ろでふんぞり返っているだけの人物ではないらしい。彼女も槍を構え直し、穂先をぴたりと張宝の喉元に向ける。互いの部下たちも武器を構え、命令あれば何時でも戦える姿勢をとった。
 緊迫した空気が場に張り詰め、それが敗れたのは、砦の上に掲げてあった旗竿に火が回った直後だった。両者の中間に、「蒼天已死 黄天當立」の旗が燃えながら落ちてきて、互いの視線を遮ったその瞬間、星と張宝は地を蹴った。両者が繰り出した槍が旗の布地を貫いて伸び、しかし捉えたのは相手の影のみ。四散する旗を蹴散らすように、星と張宝は第二撃を放つ。槍と槍が激突し、飛び散った閃光が炎より明るく周囲を照らした。
 さらに、互いの部下たちも激しく切り結び、将と将の一騎打ちに介入する者が無いよう防ぐ。その中で星と張宝はさらに数合、巧みな技量を駆使して打ち合い、一旦間合いを取って離れた。その時、星は笑みを浮かべて言った。
「ふっ……張宝、敗れたり!」
「なに!?」
 星の言葉に、張宝が怒りの表情を見せる。
「戯言を抜かすか、下郎!」
 張宝が怒りに任せて旋回させた槍を、星は紙一重で見切ってかわし、その答えを裂帛の気合に載せて、槍とともに繰り出した。
「ならば、何故己の旗印を砕いた? 己が矜持も守れずして、将たり得ると思うか!!」
 その槍は張宝の鎧を砕くように貫き、心臓を引き裂いて背中に抜けた。
「が……ふぅっ……!!」
 張宝は口から血を吐くと、崩れ落ちるようにその場に倒れこんでいく。その時には、下級武官たちも一人も欠ける事無く、張宝の側近たちを全て討ち取っていた。星は槍を天に掲げ、勝利を宣言した。
「黄巾三兄弟が一人、地公将軍張宝殿、この常山の昇り龍、趙雲子龍が討ち取った!!」
 戦いを見守っていた幽州兵たちが怒涛のような勝どきを上げる。それは、幽州における黄巾の乱が終わったことを告げる合図だった。
(続く)

―あとがき―
 黄巾の乱編、これにて終了。次回から対董卓連合軍編に入っていきます。
 何人かの読者様から指摘がありましたが、この話の桃香は原作に較べるとチートにならない程度にスペックアップが施されています。原点である三国志演義をイメージとして劉備らしさを出してみました。というか、原作桃香がアホの子過ぎるので……一刀君に勉強を教わっているようではダメでしょう。まぁ、アレはアレでかわいいんですけどね。
 


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