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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/06 20:39
 桃香は白蓮から馬を借り、楼桑村に戻ってきていた。白蓮の城に引っ越すため、身の回りの整理をしに帰ってきたのである。貧しい暮らしでそれほど家財があるわけではなかったが、持っていけないものは近所の人々に配り、服や食器などはつづらにまとめて、馬に背負わせる。
 そして、最後に引っ張り出してきたのは、これだけは手放す事無く持っていた、先祖伝来の家宝だった。天井裏に隠しておいた竹筒から、白い絹布の長い包みを取り出して、結び目を解く。その中から出てきたのは、華麗な装飾の施された、一振りの長剣だった。
 靖王伝家。桃香の祖先、中山靖王劉勝から伝わる宝剣である。見た目を重視しているとは言え、その全長は桃香の身長の半分ほどもあり、刀身の幅は掌よりも広い。実戦用としても相当な業物である。
 桃香は靖王伝家をそっと鞘から抜き、軽く二、三度素振りをした。今までも時々手入れのために抜いた事はあったが、その時にはもっとずっしりした重さがあったように思う。今彼女の手にある靖王伝家は、決して軽くはないが、しっかりと手に馴染み、自分の身体の一部になったような気がした。
(乱世に立ち向かう覚悟を考えたら、剣を重いなんて言ってられないものね)
 桃香はそう考えると、靖王伝家を鞘に収め、腰に吊るした。持って行くものはこれで全てだった。最後に村はずれに赴く。そこには彼女の膝丈ほどの、小さな墓石があった。
「お父さん、お母さん……わたし、仕官することになりました。学院で一緒だった白蓮ちゃんが太守様になってて、その下で働ける事になったんです」
 桃香はその下に眠る人々に話しかけた。
「だから、この村を出て行くことになるけど……どんなに忙しくても、年に一度はこうして報告に来ます。二人の娘として……中山靖王家の一員として、恥ずかしくない働きをしますから……どうか見守っていてくださいね」
 そう言って、桃香は目を閉じ、手を合わせた。しばし黙祷を捧げ、立ち上がった桃香は、そっとその場を後にした。
 もはや、後ろを振り返る事はしなかった。
 

恋姫無双外史・桃香伝
 
第三話 桃香、運命の出会いを果たす事
 
 
 桃香が馬に乗って街の門を潜ると、門の見張りが知らせていたのか、町長が出迎えに来てくれた。
「玄徳どの、探しましたぞ」
「え? 何か御用でしたか?」
 町長の言葉に桃香が首を傾げると、町長はまぁこちらへ、と彼女を先導するように歩き出した。桃香は何がなんだかわからないながらも、町長に続いて馬を歩かせた。町長は振り返って桃香に言った。
「聞きましたよ。太守様の所に仕官されるそうですね」
「あ、はい」
 桃香が頷くと、町長は足を止めた。
「実は、そのお祝いと先の戦のお礼を兼ねて、玄徳どのに贈り物がありまして。こちらの店で用意させていただいております」
「贈り物? わたしにですか?」
 桃香はその店を見た。ここも主人が義勇兵として防衛戦に参加していた服飾店である。促されるままに店に入ると、まだ頭に包帯を巻いたままの主人と、市の元締めをはじめとする街の有力者たち、それに何人か始めてみる顔があった。
「やぁ、待ってたよ玄徳ちゃん……おっと、もう仕官するからには、ちゃん付けで呼ぶなんて失礼か」
 元締めの言葉に、桃香は苦笑で答える。
「いいですよ、ちゃんでも。なんだったら皆さんになら真名をあずけても良いくらいです」
 元締めは首を横に振った。
「よしてくれよ、そんな恐れ多い。まぁ、それはともかくとして……玄徳ちゃんのために用意させてもらったものがあるんだ。街のみんなからの気持ち、受け取って欲しい」
 彼はそう言うと、一歩横に引いた。その背後から現れたものを見て、桃香は目を丸くした。
「それは……」
 町長が笑顔で言う。
「街の意匠師と仕立て屋、靴屋、飾り物師が総出で作ったものです。どうか受け取ってください」

 町長の屋敷では、街に残る騎兵と歩兵あわせて二百人ほどの守備隊を残し、部隊の撤収準備が進んでいた。事務の片づけをしていた白蓮は、兵士から桃香が帰ってきたことを聞かされて部屋に来るように伝えたが、実際にやってきた桃香の姿を見て、目を丸くした。
「桃香、どうしたんだ? その格好」
「えへへ……街の人達に貰ったの。似合う?」
 桃香ははにかんだように笑った。擦り切れた街娘のような服装をしていたはずの桃香は、煌びやかな服に身を包んでいた。
 上半身は上等の絹で作られた純白の袖なしの道袍に、金の縁取りが施された緑色の上衣を合わせ、腕には袖口に鳥の羽の模様をあしらった付け袖を通している。下半身は彼女の髪より若干濃い赤色の、短い筒袴。そのままでは足がむき出しになってしまう所だが、淡い桃色の膝上靴下と、同系色の長い乗馬靴を履いているため、扇情的な感じはしない。
 腰に佩いた靖王伝家と合わせ、実に華麗な女性武官の装いであり、桃香の清楚な美貌を引き立てる素晴らしい意匠だった。
「ほう、これは素晴らしい。鄙にも大した職人がいるようですな」
 何時の間に入ってきたのか、星が桃香の姿を上から下まで遠慮なく眺める。
「あの、星さん? あまりそうじろじろ見られると恥ずかしいんだけど……」
 顔を赤く染める桃香に、今度は白蓮が言う。
「いや、本当に良く似合ってるぞ。やっぱり桃香は元がいいからなぁ……そう言う服も似合うよな」
「ふむ。白蓮殿ではこのような服は似合いそうもありませんな」
 星が遠慮なくずけずけとものを言う。たちまち白蓮は不機嫌そうな表情になった。
「お前は少し自重しろ、星」
「いや、はっはっは。決して白蓮殿を貶めるつもりはないのですがな。天下に聞こえし白馬長史、公孫伯珪殿に似合うのは、やはり鎧と旗袍。これぞ武人の装い」
「お? あはは、それほどでも」
 機嫌を直す白蓮。白馬長史と言うのは彼女の異名である。彼女は騎兵の運用・戦術、そして本人の馬術にかけては天下第一級の実力者と認められており、今の幽州太守の地位も、北方の騎馬民族の侵攻を自ら騎兵を率いて迎撃し、見事大破せしめた実績に基づいていたりする。
「ま、今朝までの桃香の服はちょっとボロかったから、任官までに買い替えを薦めておきたかったところだ。ちょうどよかったな」
 上機嫌になった白蓮の言葉に、桃香はうん、と嬉しそうに頷いた。
「よし、そろそろ城へ帰るとしよう。桃香、今朝貸した馬は最初の俸給代わりにお前にやるよ」
「えっ!? いいの?」
 白蓮の太っ腹な言葉に驚く桃香。いくら幽州が良馬の産地とは言え、馬は決して安いものではない。しかし。
「構わないさ。武官に自分の馬は絶対必要だからな。大事に乗ってくれよな」
 白蓮はあっさりと言った。桃香は白蓮に駆け寄り、その頭を抱きしめた。
「ありがとう、白蓮ちゃん!」
「うわっぷ! く、苦しいぞ桃香! お前の胸はそう言う風にされると凶器に……」
 大喜びする桃香と、窒息しそうな白蓮を見ながら、星はフッと笑った。
「桃香様を見ると力を貸したくなる……そんな気にさせられる。ふふっ、今までの放浪の旅で見てきたどんな英傑にも、そう言う雰囲気はなかったな。大したお方だ」
 翌日、桃香は白蓮、星と共に街の住民たちに惜しまれつつ、白蓮の居城へ向けて旅立った。

 幽州中部、遼西郡令支。ここが現在の太守……つまり白蓮の居城である。その一室、居室と執務室を兼ねた部屋の中で、桃香は机に積み上げられた木簡・竹簡の山を相手に苦闘していた。
 一応武官……というか、白蓮からは軍師格と言う形で遇される事になった桃香だが、白蓮率いる幽州軍及び行政府の人材不足は深刻で、桃香も文官としての仕事をしなければならなかったのだ。幸い、白蓮自身と意外なことに星もかなりの事務能力があったので、政務が滞るような事にはなっていないが、そのうち本職の文官を登用する必要があるだろう。
「……うん、こんなものかな」
 桃香は筆を置き、一つ伸びをした。これまでの仕事の結果を纏め終わり、そろそろ白蓮に内容を報告しようかな、と考えたその時、部屋の戸が叩かれた。
「はい、どうぞ」
 桃香が姿勢を正して答えると、兵士が戸を開けて敬礼した。
「玄徳殿、太守様がお呼びです。火急の用件とのことで、すぐに軍議の間にお越しくださいますよう」
「ぱいれ……太守様が? わかりました。すぐに参ります」
 桃香は何かが起きたに違いない、と言う胸騒ぎを覚えつつ、部屋を後にして軍議の間に向かった。
「お、桃香。来てくれたか。まずは座ってくれ」
 軍議の間に入ると、既に白蓮と星、それに何人かの下級武官たちが揃っていた。桃香が最後だったらしい。
「うん、遅れてごめんね」
 ここへ着たばかりの頃、他の面々の手前もあり、桃香は主従としての言葉遣いで白蓮と話そうとしたのだが、当の白蓮に全力で止められてしまい、友として話すようにしていた。正直その方がやりやすくはある。
「火急の用件……って聞いたけど、何が起きたの?」
 着席して開口一番桃香が尋ねると、向かい側に座っていた星がそれに答えた。
「ええ。黄巾党の動きが活発化していることは、桃香様もご存知ですな?」
 桃香は頷いた。もう三ヶ月ほど前になるが、彼女の初陣となった琢県の防衛戦以降、ここ幽州でも黄巾党の動きが活発化していた。もともと黄巾党の旗揚げの地であり、本拠ともいえるのは南隣の冀州であり、幽州にいつ反乱が飛び火してもおかしくなかったのだが、その懸念が現実となってきたのだ。星は報告を続けた。
「幸い、これまでの蜂起は小火のうちに消し止める事に成功してきましたが……どうやらそれが向こうを刺激したようで、黄巾党は本格的に幽州攻略に乗り出したようなのです。地公将軍を称する賊将、張宝が、大部隊を率いて幽州入りを計画している、との情報が入りました」
 その名を聞いて桃香は驚いた。張宝と言えば黄巾党の首魁、天公将軍張角の……
「さよう、弟ですな。黄巾党の軍事における指導者です。さすが桃香様に白蓮殿。きゃつらもその程度の者でなければ、お二人の相手はできぬと判断したようですな」
 星は楽しげに言った。この三ヶ月間、数回起きた黄巾党の蜂起を鎮圧する指揮を執ったのは、桃香なのである。
 彼女は、琢県で捕らえた黄巾兵などから話を聞き、黄巾党に参加している兵士の動機が生活への不満にある事、黄巾党の中でも本当に天下奪取と言う目的に命を賭けているのは、母体である宗教団体、太平道から派遣されている幹部たちだけである事を見切っていた。
 そこで、敵を包囲した上で、兵士たちに指導者、幹部の首を差し出せばお咎めなし、と呼びかけることで、犠牲者を最低限に抑える策を講じ、見事に成功させていた。
「なんで私が桃香の後なんだとか、なんで様じゃなくて殿なんだとか、ツッコミどころは山ほどあるが、それはともかくとして」
 白蓮が言った。
「これは黄巾賊を一気に弱体化させるだけでなく、我々の名を一気に天下に轟かせる絶好の機会だと思う。相手は言わば黄巾の正規軍。それだけ手強い相手だろうが、この幽州太守として、背を向けるわけにはいかん」
「さようですな」
 星が頷いた。
「桃香様、今我が幽州軍はどれだけの兵力を揃えられますか?」
 桃香は星の質問に即答した。
「現状で、騎兵と歩兵が四千ずつ、弓兵が二千の合計一万。募兵をかけてすぐに集まるのは、騎兵が千に、歩兵と弓兵があわせて二千くらいかな。三ヶ月もあれば、どの兵種も今の兵力の倍くらいは揃えられると思うけど……」
 桃香が仕官以降に調べていたのが、幽州の動員可能兵力の見積もりである。州内の各郡県の人口や税収、収穫物の量などから兵士として動員できる戦力を計算するのである。
 さすが良馬の産地だけあって、幽州軍は騎兵の数が多い。これに白蓮の騎兵運用能力が加われば、なかなか面白い戦い方が出来るかもしれない、と桃香は思っていた。
「三ヶ月……は難しいかもしれませんな。黄巾の幽州侵攻軍は既に編成を開始した模様なので、早ければ一ヶ月以内に侵攻があると見て間違いないかと」
 星の言葉に、桃香は気になる点を質した。
「星さん、向こうの兵力については情報はないの?」
 星は首を横に振った。
「それについては何とも。ただ、黄巾党は現在河南地方で官軍との間に大規模な戦闘を展開中で、そちらの兵力を二十万と号しております」
「うーん……そうなると、幽州にはそれほど兵力は割けないかもね。でも、向こうもわたしたちの情報は集めているはずだから……わたしなら、幽州攻めには三万は動員するかな」
 現在の幽州軍が一万。募兵を行っても一万五千だから、最低でもその二倍の兵は必要だろうと、桃香は計算した。
「そうか……よし、各郡県に高札を出して、募兵を行おう。手配してくれ。私は部隊の訓練をする」
 白蓮が下級武官たちにそう指示を出し、さらに星には引き続き黄巾党に対する情報収集の強化を命じた。それを待って、桃香は手を挙げた。
「ちょっと待って。少し気になることがあるの」
「ん? なんだ?」
 白蓮は浮かせかけていた腰を椅子に戻した。桃香は頷いて言葉を続けた。
「黄巾党が本気で幽州侵攻を目指すとすれば、たぶんわたしたちの足を引っ張るために、今まで以上に蜂起に力を入れてくると思うの。兵力は揃えられても、それを活かして戦うのは難しいかもしれないよ」
 仮に幽州軍が侵攻してくる黄巾軍を数で上回っても、向こうはこちらの後方で信者を蜂起させる事で、補給を脅かしたり、無防備な街や村を攻撃したりする事が出来る。それに対処するために兵を割けば、敵本隊との決戦に投入できる兵力が減る。桃香はそう説明した。
「むぅ……確かにな。ではどうするんだ?」
 白蓮が腕を組んで難しい表情になる。
「それはまだ考え中。一応素案は出来てるけど……とりあえず、そう言う可能性は頭に入れておいてね」
 桃香は言った。
「うむ、わかった。桃香は策の練りこみに専念してくれ……頼りにしているぞ? 軍師殿」
 白蓮は信頼を示すように笑顔で頷くと、軍議の解散を命じた。
 
 一週間後、桃香は幽州の地図を前に考え事をしていた。
「候補はこの辺かな……ただ、問題は戦力不足かなぁ」
 桃香は一人ごちる。一週間をかけて、桃香の考えていた張宝軍迎撃のための策は、かなり完成に近づいている。ただ、どうしても足りないものが一つあった。
「戦力が……せめて後五千、手元にあればなぁ」
 今も募兵は続いているが、担当の武官たちの報告によると、予想よりも集まりが悪いらしい。桃香は想像以上に黄巾党の使者たちが州内に潜伏しているのではないか、と考えていた。星にはその辺の情報収集も依頼してある。放浪生活が長かったせいか、彼女は意外なくらい情報には通じていて、単なる武人というだけではない才能を示していた。
 そんな風に星の事を考えていると、まるでそれを読んだように星が桃香の部屋に訪ねてきた。
「桃香様、少しお話が」
「星さん? 開いてるよ。どうぞ」
 桃香の招きに応じて入室した星は、何か良い事があったのか、楽しげな表情を浮かべていた。もっとも、彼女の場合はどんな逆境にあってもそんな表情をしていそうな気もしたが。
「で、お話ってなに?」
 星に茶を出してやりながら桃香が聞くと、星はまずそのお茶を鼻に持って行き、香りを楽しみ、そして飲み干した。
「いやはや、桃香様に茶を淹れていただけるとは、この趙雲子龍、果報者ですな」
 なかなか本題を切り出さないのは、この気まぐれな龍の悪い癖である。が、桃香は怒りもせずに、星への二杯目と自分の分の茶も淹れる。それを見て、星はようやくと真面目な表情になった。
「募兵の集まりが悪い件について情報を収集していたのですが、どうも面白い情報を入手しました」
「面白い情報?」
 湯飲みを置いて桃香が確認すると、星は頷いて先を続けた。
「実は、広陽郡にかなり大きな義勇軍が出来ておりまして、そちらに募兵が吸収されているようなのですよ。何しろ向こうは既に兵力五千にも及んでおりまして」
「……五千?」
 桃香は聞き返した。ちょっと信じられない数だ。義勇兵そのものは珍しくないが、多くて千人、三百~五百人くらいなのが普通で、数十人単位の事も珍しくない。五千と言うのは破格の数字だ。何しろ幽州軍の半分に匹敵するのだから。
「ええ、五千です。私も信じがたいので直接確認してきたのですが……なかなか面白い者たちでした。桃香様より先に出会っていれば、私もあの義勇軍に参加していたかもしれませんな」
 星の答えに、桃香は首を傾げた。
「ん? と言う事は、星さんはその義勇軍の人達に会ってきたの?」
「はい。桃香様、この際彼らにも協力を仰ぐべきかと存じます。将の質も高く、下手な正規軍よりよほど役に立ちますぞ」
 桃香は考え込んだ。足りない五千をぴったり埋めることの出来る兵力……確かに魅力的だ。それに、星の眼力は信頼できる。
「わたしとしては異存はないけど、まずは白蓮ちゃんに許可を取りましょう」
 桃香はそう言ったが、白蓮が許可してくれなければ、許可してもらえるまで説得するつもりだった。
 
 一刻後、義勇軍の扱いについて軍議が開かれ、城にいる主だった武官全員が召集された。白蓮は星の報告を聞くと、ちょっと面白くなさそうな表情で聞いた。
「民が私のところではなく、義勇軍に参加するほうが多いと言うのは、少し納得がいかんが……いったいどんな連中が率いているんだ?」
 それは桃香も興味のあることだった。五千の兵を指揮し、組織として維持していくと言うのは、口で言うほど簡単なことではない。
「は。まずは義勇軍を率いる二将ですが、関雲長、張翼徳と名乗っております。いずれもこの私に劣らぬ武の持ち主にして、将器もかなりのものと見えました」
 桃香は内心へえ、と感心する。星は眼力も確かだが、人の評価が割と辛辣なので、ここまで手放しで相手を褒めるのは珍しい。
「また、軍師としては諸葛孔明なる者がおります。まだ幼いですが、その視野と知識は天下の何処に出しても見劣りしますまい」
 星は説明を続ける。そこで白蓮が口を挟んだ。
「ん、ちょっと待て星。確かに人材豊富な義勇軍のようだが、将の纏まりはどうしているんだ? その三人の上に立つ頭領がいるように思えるが」
 星は頷いた。
「ええ。確かに頭領は別におります。ところで桃香様、白蓮殿。天の御遣いと言う言葉を聞いたことはありませぬか?」
 唐突に星が出した耳慣れない言葉に、桃香は首を横に振った。一方白蓮は知っていたらしい。
「ああ、都にいた頃に噂にはなってたな。この乱世を鎮める為に、天の御遣いがやってくるとか何とか、有名な占い師が予言したって。正直黄巾の連中並みに怪しさ満点だと思うが」
 黄巾党の首領、太平道の教祖張角も、神仙から授かったと言う触れ込みの太平要術と言う書物を持っていることを箔付けに利用している。確かに天の御遣いと言うのもそれに通じる怪しさはある。
 もっとも、勢力拡大と共に腐敗が進み、今ではかつて程民衆の支持を得ていない黄巾党と異なり、天の御使いの噂は今度こそこの世を救ってくれる真の救世主である、と言う期待がされており、都を中心に広範に広まりつつあった。桃香はまだそれを聞いた事はなかったのだが、それはともかくとして星に確認することがあった。
「……あの、星さん。そう言う質問をしてくると言う事は、その義勇軍の頭領って」
 桃香が言うと、星はいかにも、と頷いた。
「その義勇軍を率いているのは、天の御遣いを自称する男で、北郷と名乗っております。何とも器を計りかねる人物ですが、先の三人をしっかりと掌握しており、凡庸の人物ではありません。軍紀もしっかりしており、野盗に成り代わる事もあるまいと思われます」
 星の報告を聞いて、白蓮はしばし考え込んだ。桃香は星に口添えすべく、白蓮に進言した。
「白蓮ちゃん、星さんの見立ては正しいと思うの。とりあえず、その人達に会ってみない?」
 それを聞いた白蓮は腕を組み、うんと頷いた。
「そうだな……桃香と星がそこまで言うなら、ひとまず会って扱いを考えよう。星、使者に立ってくれ。その北郷とやらと配下の将たちをこの城に招きたい」
「御意」
 星は一礼して立ち上がった。すぐにでも広陽郡へ発つつもりらしい。
「いや、今すぐ行けとは行ってないが……って、聞いてないなあいつ」
 白蓮が声をかけたときには、その白衣は扉の向こうに消えかけていた。彼女は苦笑すると桃香に顔を向けた。
「ま、どんな連中かわからんが、使える相手なのを期待しておこう。桃香、歓迎の準備を頼む」
「うん、わかった」
 桃香は頷いて立ち上がった。
 
 星が義勇軍の幹部を連れて戻ってきたのは、一週間後の事だった。義勇軍そのものには城外で駐屯してもらい、幹部四人だけが入城を許される。白蓮と一緒に城門のところで待っていた桃香は、行軍から陣営の組み立てまで、整然として規律が取れ、兵たちの動きもきびきびしている義勇軍の様子に目を見張った。
「白蓮ちゃん、あの人達……」
「ああ。正規軍並みだな」
 白蓮も感心していたらしく、真剣な表情を向けている。その視線の先で、五つの人影がこちらへ向かってくるのが見えた。先頭は見慣れた星の白衣。その後ろに、やはり白い衣装を身に付けた人物が見える。
「あれが、自称天の御遣いか」
 白蓮が言った。その人物の服はここからでもはっきりわかるくらい、鮮やかな光沢を持った不思議な素材で出来ているようだ。なるほど、天の世界の衣服と言われても納得は行く。やがて、星は待っていた二人の前に付くと、すっと膝を折って畏まった。
「太守様、広陽の義勇軍とその幹部の方々を、命によりお連れしました」
 普段は自由人振りを隠さない星も、流石に空気を読んで臣下らしい振る舞いを見せた。白蓮と桃香は頷くと一歩進み出て、義勇軍の幹部……自称天の御遣いと向き合った。
 こうして間近で見ると、偉丈夫と言うにはやや線が細いが、背は高くなかなかの美男子ではある。威厳はあまりないが、穏やかな笑みを浮かべたその表情には、人を惹きつける親しみやすさが湛えられていた。
「良く来てくれた。私は幽州の太守にて、姓は公孫、名は賛。字は伯珪。この動乱の中、義のために勇を振るって立ち上がった志士たちを迎えることができ、真に喜ばしい」
 天の御遣いが頭を下げた。
「俺は北郷一刀。この義勇軍の長をやらせてもらっています。一応……天の御遣い、と言う事になっています」
「ほう?」
 白蓮が面白そうな表情になる。北郷が自分の肩書きを「一応」を付けて呼んだ事に興味を惹かれたらしい。しかし、そのことを問い質す前に、北郷を守るように寄り添っていた長い黒髪の少女が名乗りを上げた。
「私は北郷が第一の矛にして、姓は関、名は羽、字は雲長。以後お見知りおきを」
 続けて、その反対側に立つ小柄な少女が、天真爛漫な笑みを浮かべて名乗った。
「鈴々は張飛なのだ!」
 鈴々と言うのは、たぶん張飛と名乗った少女の真名なのだろう。さらに、三人の影に隠れるように立つ、張飛よりもさらに小柄な少女がおずおずと名乗った。
「こ……こんにちゅわ! わ、私はしょ、諸葛孔明でしゅ」
 噛みまくりだった。北郷が苦笑して彼女の頭を撫でた。
「朱里、落ち着いて」
「へぅ……」
 まるで兄妹のような微笑ましいやり取りに、思わず笑みが漏れる桃香。それを見て取ったのか、関羽が尋ねてきた。
「して、貴殿は? 見たところ太守殿の家臣のようだが」
「あ、失礼しました。わたしの姓は劉、名は備。字は玄徳と申します」
 桃香が名乗った瞬間、北郷の顔色が変わった。
「劉備……玄徳!? 君が!? いたのか……」
 呟くように彼が言うのに、桃香は首を傾げた。
「どこかでお会いしたことがありましたか?」
「え? ああ、いや……そう言う事じゃないんだ。気にしないでくれ」
 そう言う北郷に、関羽が何かを耳打ちし、北郷も耳打ちで答えている。何を話しているのかは聞き取れないが……
(何かを企んでる、と言う雰囲気ではなさそうかな)
 桃香は思う。この義勇軍の面々、どうもお人好しの集団っぽい雰囲気が漂っている。何か悪事を働くようにはとても見えない。やはり、星の見立ては正しかったと言う事だろう。それにしても……
(なんだか、この人達は他人には見えないな)
 自分もお人よしと言われる事があるだけに、桃香は自分と似た雰囲気を持ったこの北郷一行に、親近感を持ち始めていた。
「まぁ、立ち話もなんだから、続きは中でするとしよう」
 白蓮がそう言って締め、一行は城内に入っていった。軍議の間に下級武官たちも含めて参加者が勢ぞろいした所で、北郷が切り出した。
「さて、太守さん。今日俺たちを呼んだという事は、黄巾軍主力の幽州侵攻を迎え撃つために、協力体制を築きたい……という用件で構わないのかな?」
 桃香は驚いた。白蓮も目を丸くして北郷の顔を見ている。
「……知っているのか?」
 白蓮が数秒間息を止めた後で聞くと、北郷は頷いた。
「ああ。俺たちのいる広陽の方が冀州に近いからな。旅人や行商人からの噂として、張宝が攻めてくるという話は聞いてる」
 続けて孔明が言った。
「私たちが独自に情報を収集した所では、張宝軍は六万を号しています」
 六万と言う数字に、下級武官たちが色めき立つ。そこで冷静に桃香は言った。
「じゃあ、実数は三万くらいだね」
 情報戦、あるいは宣伝戦の一環として、自軍の兵数を誇大に見せかけるのは基本である。桃香はそれを指摘したのだ。孔明はにっこり笑って頷いた。
「はい。劉備さんの仰るとおり、実数は三万でしょう。それでも、私たちと幽州軍の皆さんを合わせた兵力の倍です」
「苦しい戦いになるな」
 星がそう言うが、その表情には恐れや不安の色は感じられない。
「だが……負ける恐れはない。ですな? 桃香様」
「うん。二倍なら、策で数の不利をひっくり返せる範囲内だよ。白蓮ちゃん、この前の軍議で素案はできてる、って言った迎撃策、今ここで詰めたいんだけど、良いかな?」
 桃香は白蓮のほうを見た。もちろん白蓮に異存は無い。
「なるほど。桃香も義勇軍は信頼できると判断したわけか。なら私はその判断を信頼するさ。披露してくれ、その策を」
 桃香は白蓮に頭を下げると、下級武官の一人に幽州の地図を持ってこさせ、それを会議卓の上に広げた。
「この×印は?」
 北郷が尋ねる。地図には冀州との州境に沿って、いくつかの×印がつけてあった。それに答えたのは白蓮である。
「砦や、城壁のある街の位置だよ。桃香、これはこの印がつけてあるところを、防衛の拠点にしようと言う事か?」
「上策とは思えんが……」
 関羽が言う。確かに、少数の兵力を州境に沿って薄く広く貼り付けても、あっさり突破されるだけだろう。桃香は首を横に振った。
「もちろん違うよ。これは、わたしの考えた策を実行する候補地。実際に用事があるのは、このどこか一箇所だけだよ」
 そう言うと、孔明が目を輝かせて×印の一つを指差した。
「私が思うに、一番の候補地はここですね」
 それは、彼女たち北郷義勇軍が本拠にしている、広陽郡の南部にある砦だった。桃香はにっこり笑った。この孔明と言う子は、わたしの策を理解している。
「ここに兵を入れて迎え撃つって事か? 使ってる俺たちが言うのもなんだけど、そんなに立派な砦じゃないぞ」
 北郷が言う。すると、孔明が桃香のほうを見て言った。
「違いますよね? 劉備さん。この砦を……」
「うん、そうだよ」
 桃香は頷いた。
「わたしは、この砦を黄巾党にあげちゃうつもりだよ」
(続く)

―あとがき―
 という事で、桃香と北郷君、初めての出会いです。ここから関係がどう変化していくかはお楽しみに。
 それにしても、カタカナ無しで服装の説明するの辛い……北郷君と違って桃香はブラウスとかスカートとか言えませんからねぇ。
 次回は黄巾党との決戦です。


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