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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:2fde07cc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/26 23:01
 成都を発ってから七日。荊州南部の長江沿岸をひたすら東進していた天軍の足が止まったのは、長江の流れにその雄大な山容を写す、赤い山が視界に現れたときだった。
「あれが赤壁山か……」
 一刀はつぶやくように言う。その山麓において、長江の流れは大きく狭まり、激流が川岸を削って断崖を為している。そう、ついに天軍は赤壁に到達したのだった。だが、足を止めたのは一刀の感慨でもなければ、風光明媚なその光景でもない。
「伝令! 敵、魏軍は総数十万。赤壁の隘路入り口に陣を敷いてわが軍を待ち受けております!」
 物見の報告が伝わってきた。関羽がそれに問いを放つ。
「敵将は何者か?」
「は。惇の一字……盲夏候に間違いございません!」
 これまでも、赤壁に夏候惇が待ち構えていると言う情報は幾つかのルートで入っていたが、それが直接裏付けられた。長阪で戦った関羽が気を昂ぶらせる。
「そうか……今度こそ決着を付けるぞ、夏候惇」
 一方、伝令にご苦労様、と言って労った一刀は、冷静な口調で関羽に言った。
「とは言え、これは見た目以上に厄介だな」
 魏軍は赤壁隘路の入り口、辛うじて野戦の可能な幅百里ほどの平地を選んで布陣していた。だが、陣地の前には馬防柵や逆茂木を配置した上に縦横に空堀が掘ってあり、堅固な野戦陣地を形成している。つまり、野戦と言うよりは城攻めに近い覚悟を強いられる状況だ。
 そのうえ、数は二万ほど魏軍が上回っている。守りを固めた野戦陣地への攻勢となれば、味方に数の優位が欲しいところなのに、状況は逆だ。苦戦難戦は必至の情勢だった。
「どうするんだ、ご主人様?」
 馬超の問いに、一刀は視線を黄忠に向ける。彼女はうなずいて、当面の戦策を示した。
「まずは軽く一当たりして、敵陣の備えを確認しましょう。翠ちゃん、お願いね?」
「お、あたしか。よし、頼まれた」
 馬超が頷く。人選に関羽と張飛がやや不満そうな表情を見せるが、一刀はさすが紫苑だ、と黄忠の人選を内心で褒めた。
 敵陣を調べるための軽い攻勢なのだから、張飛のような猪突型の猛将は不向き。本来は関羽が適任なのだろうが、彼女も夏候惇への対抗心から、引き際を誤る可能性がある。呂布は切り札として温存しておきたい。
 となると、消去法で馬超ということになる。彼女も本来は騎兵らしく攻勢を得意とする猛将型だが、故郷を滅ぼされた曹操との戦いや、その後の放浪生活の中で成長したのか、進退双方に長けた柔軟な戦い方ができるようになった。こうした器用さが要求される戦いでは一番信用できる。
「それじゃ、一万ほど連れて行くよ」
 馬超はそう言うと、近くにいた適当な下級武官たちに声をかけ、騎歩弓の均衡をとった臨時の戦闘部隊を編成していく。
「なかなか兵理にかなった編成を取りますね」
 黄忠が感心すると、関羽が進言した。
「我々も前進して、翠が包囲されないように敵を牽制すべきですね」
 一刀は頷くと、黄忠と関羽に命じた。
「そうだな。牽制については二人に頼むよ」
「御意です」
 二人が頷き、それぞれの部隊にとって返していく。やがて、天軍のおよそ半分ほどが敵陣に向けて前進を開始し、その中から馬超の一万が特に進んで、陣の末端にある柵に取り付き始めた。
 
 恋姫無双外史・桃香伝
 
 第二十三話 赤壁三戦・その1 赤壁隘路に天魏相対し、一刀は未来の戦いを呼び寄せる事
 
 
 夕刻。篝火の用意される中、馬超が戻ってきた。右手に下げた銀閃の刃先には血曇が見られず、彼女が十分自重しつつ戦った事をうかがわせた。
「どうだった? 翠ちゃん」
 尋ねる黄忠に、馬超が頭の中でまとめつつ、報告を始める。
「うん……かなり厄介だな。最初の柵がほぼ相手の弓兵の射程距離内なんだ。あれを倒そうとすると、雨のように矢を浴びる羽目になる。突破できないことは無いと思うけど、相当な被害が出そうだ」
 そう言うと、馬超は槍先で地面を引っかいて簡単な図面を書き始める。○++○++○……と言う記号を並べる。
「この○は空堀か。ここは超えられないか?」
 関羽が尋ねる。ちなみに+が柵である。
「腕利きの騎兵なら馬で飛び越えられるかもな。降り立った瞬間に矢を食らってハリネズミになっちまうだろうけど……歩兵は無理だ。並の人間の背丈の倍はありそうな深さだったし」
「埋めるのはダメなのか?」
 馬超の答えに、張飛が尋ねる。馬超はこれにも首を振った。
「埋める作業も矢を食らいながらになるからなぁ……まだ柵を倒すほうが簡単だろうけど、それが狙いだよな」
「敢えて攻めやすそうに見えるところを作っておいて、そこを殺し間にするって事か……」
 一刀が唸る。なんとも攻めにくい陣を作ったものだ。しかも、これは末端に過ぎないのだ。実際の陣は馬超の記号を使えばこう表される。
○++○++○……
++○++○+……
+○++○++……

 空堀と柵が互い違いになるように並べられ、敵の突進力を削ぐ構造なのである。時間をかければ、少しずつこうした構造物を破壊していく事も可能だろうが、今の天軍に無いものは、その時間だった。
「恋、何か意見は無いか?」
 一刀は今まで発言の無い呂布に話を振って見た。体系だった学問としての兵法は修めていない呂布だが、その武人としての研ぎ澄まされた本能から敵陣の弱点を見抜く眼力ならば期待できると思ったのだ。呂布はじっと馬超の図面を見つめ、やがて二箇所に印を付けた。
「ここと……ここ」
 それは、陣の端……山と長江との間の僅かな隙間だった。そこは地形的な問題もあってか、柵も空堀も構築されていない。
「それは流石に難しいわね」
 しかし、黄忠が呂布の指摘を難しいと判断する。確かにそこは陣を破壊する手間は不要だが、その代わり敵の大兵力が待ち構えている。それに、陣を構築できない地形は兵にとって進退しにくい地形でもある。川岸は地盤が軟弱ですばやい動きができないし、山の斜面も然りだ。
「夏候惇は攻めの猛将だと思ってたけど、こういう戦い方もできるんだな。甘く見てたよ」
 一刀が言う。すると、関羽が首を横に振った。
「いえ、奴も我々のように軍師の助言を得ているのでしょう」
 その言葉に、一刀は重要な事を思い出して黄忠の方を見る。
「紫苑、こういう状況を想定した朱里の策はあるのか?」
 その言葉に、全員の視線が黄忠に向けられる。
「ええ……ただ」
 策がある事を肯定しつつも、何故か口ごもる黄忠。一刀は首を傾げつつ聞いた。
「ただ? 何かまずい事でも?」
 黄忠は弓で川面を指差した。
「朱里ちゃんは小船か、筏を使って川から少数精鋭で本陣に奇襲をかける事を想定していました」
「ああ、なるほど……それは難しいな」
 関羽は黄忠の危惧を理解して頷いた。諸葛亮の提案は戦術的には頷けるものだ。だが、ある理由からそれは難しくなっていた。問題は本陣の位置にある。
 魏軍は八万と言う大軍が赤壁隘路を背にして布陣しているため、陣地全体が道に沿うように長く伸び、本陣は今日の主戦場となった柵の位置から十里近く後方にある。その位置では川岸は急斜面となり、また川幅も狭くなっているため流れも速い。奇襲を成立させるには必然的に夜戦が求められるが、夜間にそんな位置へ船を進めるのは自殺行為だろう。
 魏の大軍と戦場の位置が、諸葛亮の策を無力化していたのだ。だが、これは仕方がないとも言える。一刀は三国志演義と言う物語を知っているから、諸葛亮を余人の追随を許さない神算鬼謀の主と言うイメージで見るし、実際この世界の諸葛亮――朱里はそれを裏切らない能力の持ち主である。
 だが、魏の将もそれは同じだ。演義という、蜀の将帥たちに無双をさせるために史実と異なる世界を描いた物語とは違い、彼らはやられ役などではなく、一刀に仕える五人の名将たちに勝るとも劣らぬ、綺羅星の如き人材なのである。今回は、たまたまこの陣を設計したであろう魏の軍師、荀彧の智謀が諸葛亮のそれを上回った。ただそれだけだ。
 それだけの事で、今まさに一刀たちは窮地に立たされているわけだが。
「だけど、奇襲をかけるというアイデアは間違っちゃいないはずだ。ここに今いる俺たちで、アレンジを加えるしかないな」
 一刀が言うと、仲間たちがきょとんとした表情で彼の顔を見ていた。
「ん? どうした、みんな」
 一刀が聞くと、代表して馬超が聞いた。
「いや、その……"あいであ"とか"あれんじ"ってのはどういう意味?」
「あ、そうか……悪い。そうだな。アイデアは発想という意味で、アレンジは……工夫する、かな」
 一刀が答えると、張飛が苦笑いを浮かべた。
「お兄ちゃんは良くこうやって天の国の言葉を会話に混ぜるのだ。意味がわからなくて困るのだ」
 付き合いの長い関羽も頷く。一刀はもう一度謝って、気をつけなきゃな、と考える。いわゆるカタカナ言葉や、日本語にとっての外来単語は、この世界では通用しないのだが、時々その事を忘れてしまう。
(似たような物はあるのに、変な話だよな)
 一刀は思った。例えば、皆の服装がそうだ。一刀の世界の中国っぽい装飾や意匠もあるとは言え、彼女たちの服は日本語でシャツとかブラウス、スカートやスパッツと言えるものばかりで、少なくとも彼の知る古代中国の服装とはかけ離れている。
 しかし、シャツ、スカートと言っても通用しなくて、それはやはり旗抱とか、筒袴と呼ばないとわかってもらえないのである。
 この世界で生きている以上、慣れなくてはならないのだが……と思ったところで、一刀は気づいた。
(いや……元の世界でも、今のこの世界に通用するものはあったじゃないか)
 例えば、彼が太守となってから布いた政策がそうだ。特権的な組合を廃し、市場を自由化する。あるいは、郷挙里選に囚われない柔軟な人材の登用。まだ学生の身で本質的なものを学んだとは言えないにしても、彼が身につけた元の世界の知識にもこの世界に通用し効果を上げたものは確かにあった。
(今も……何かあるんじゃないか? この状況に通じる何かが)
 一刀はそう考えながら、目の前の光景と元の世界で得た知識をすり合わせていく。そして、ある一つの知識が彼の脳裏に浮かび上がってきた。
(いや、あれは史実とは違うんだっけか……でも、今思いつくことはこれくらいだな)
 一刀は一瞬悩んだが、まずは仲間たちにその思い付きについて尋ねてみる。
「……というわけなんだが、やれるか? 翠」
 一刀の問いに、馬超は頭をかきながら答えた。
「そりゃあ難しいなぁ。いや、あたしは問題なくできるけど、あたしについてこれる奴がどれくらいいるか……全軍で百人いるかいないか、ってとこだぞ」
 自信なさげな馬超の答えだったが、一刀の顔が明るくなる。
「でも、できる奴はいるんだよな? よし、十分だ。なら……恋も翠についてやってくれ」
 話を振られた呂布が無言で頷くと、馬超の顔も明るくなった。
「そっか、恋が来てくれるんなら千騎万騎で攻めるのと同じだな。頼りにさせてもらうぜ」
 馬超がいいながら手を差し出すと、呂布はやはり無言でその手をとりながら首を縦に振る。
「では、我々の役割は?」
 関羽の問いに、一刀は力強い表情で答えた。
「作戦が決まるまでは、できるだけ相手の注意をひきつけなきゃいけない。明日は愛紗と鈴々も派手に攻めてくれ。ただ、見た目だけな。相手が混乱したら本気を出すんだ」
「承知しました」
「応なのだ!」
 役目が決まった関羽、張飛が笑顔で拝命する。
「紫苑は、俺のそばにいてくれ。総攻撃をかけるタイミング……じゃない、機会を見切ってほしいんだ」
「御意のままに」
 黄忠が穏やかな笑みと共に頷く。
「よし……早速かかってくれ。決戦は明日だ。明日でこの敵陣を抜く」
 一刀が決意の言葉と共に軍議を締めくくった。突破すると決めた敵陣を見れば、背後の西方から照りつける夕日が山々を赤く染め、地名に相応しい赤壁と呼ぶ他ない光景を作り出している。
(明日は、これが兵士たちの血や炎で赤く染まる事になる……思えば、とんでもない世界に来てしまったな)
 戦争など遠い世界の出来事でしかなかった、平和な元の世界の日常。そこで生まれ育った一刀が、いまや彼我あわせて二十万近い兵士たちの生死を握る存在となりおおせた。彼自身、多くの死を作り出してきた。自らの手で敵兵を斬ったこともある。そして、それを心を平静に保ったまま見つめる事さえできるようになった。
 そんな自分は、数年前の自分から見れば、化け物にも近いのかもしれない。もう元の平凡な学生には戻れないのかもしれない。だが……
(だからこそ……この戦いを終わらせ、この国に平和をもたらさなきゃならないんだ)
 それを一緒に成し遂げる多くの仲間が、今ここにはいる。そして、遠いこの空の向こうにも。
(桃香さん……この戦いが終わったら、また君と話がしたい)
 おそらく自分と同じように苦悩し、それでも前に進んでいるはずの遠い仲間を想いながら、一刀は馬首を返した。
 
 
 そこから少し離れた、魏軍本陣。
「まずは一日無事に済みましたな。この分なら、彼奴らを永遠にでも足止めできるでしょう」
 参謀役の下級武官の言葉に、夏候惇は厳しい表情を浮かべた。
「侮るな。敵も愚か者ではない。何かしらの策は持っているはず。決して油断してはならぬ」
 そう叱責すると、武官は申し訳なさそうに頭を下げた。しかし、その反応は夏候惇の心中に、微かな苛立ちの波を走らせる。
(未だ、華琳様の覇業ならず……それなのに、既にそれが成っていると思う者たちのなんと多いことよ……)
 彼女の主、曹操は確かに今最も天下人に近い立場にあり、その覇業を着々と完成に近づけつつある。そして、それが必ずや成就すると夏候惇は信じている。だが、それは彼女の剣をはじめ、多くの武将たちの弛まぬ努力と戦いによって築かれてきたものだ。気に食わない相手ではあるが、荀彧の智謀もそれに貢献してきたことは、この陣一つをとっても認めざるを得ない。
 そして、何よりも曹操本人の偉大な知性と、万人を従える覇気。そして野望に向かって邁進し続ける鋼鉄の如き意志こそが、ここまでの覇権を打ちたてる原動力だった。にもかかわらず、今やそれを忘れて自分たちが覇者たるは当然、勝利するのも当然、と言う傲慢な意識を持つようになった者たちが増えている。
(こうした者たちが、我らの覇道の綻びにならねば良いのだが……いや、そもそもその綻びを作らぬ事、仮に生じても繕う事。それが私の役目だ……)
 夏侯惇はそう自分に言い聞かせる。最愛の主に天下を捧げるその日まで、自分が休む事はない。それが"魏武の大剣"と称される己に課せられた義務なのだ、と。
 両軍の焚く篝火の明かりは一晩中戦場を照らし続け、赤壁山の山腹までもうっすらと浮かび上がらせるほどだった。そして、運命の日、決戦の日の太陽が魏軍の背後から昇った。天軍がその太陽への道を切り開くか、それとも魏軍が己の背負う正義を太陽のように輝かせるか。この時点では誰もその結末を知る者はなかった。
 
 
「敵、陣全面に進撃してきます!」
 武官の報告に、夏侯惇は馬上でやや腰を浮かせて天軍の方を見た。進撃してくる敵の牙門旗は「羽」「飛」の二つ。天の宿将二人の出陣に、夏侯惇は敵の並々ならぬ意気込みを見て取った。
「関羽、張飛か……全軍、気合を入れてかかれ! 敵は今日を決戦と心得ているぞ!」
 そう叫びながら七星餓狼を抜き放ち、振り下ろすように天軍の戦列を指す。主将の緊張を感じ取り、魏軍の戦列にも戦意が充溢する。この戦意を敵に叩き付けたい。突撃し、敵の戦列を蹂躙したい。そういう猛将らしい衝動が夏侯惇の内心に湧き起こるが、理性を働かせてそれを押さえ込む。
「弓隊、矢を天を覆って降り注がせよ! 槍隊、柵の向こうの敵を突け!」
 彼女の命令に応じ、柵から距離をとった位置に陣取る弓兵がいっせいに矢を打ち上げた。黒い霞にも似た矢の雨が、弧を描いて天軍の上から落ちかかる。
「護兵、盾を掲げよ!」
 すかさず反応したのが関羽だった。柵に近い位置を進撃する天軍の兵士……本来は槍隊のいる位置に配備された兵士たちは、両手に一つずつ持った盾を天に向けて掲げた。この戦いのために、昨日特別に編成した防御最優先の部隊、護兵である。降り注ぐ矢が彼らの掲げた盾に弾かれ、あるいは辛うじて貫通するも、その下にいる兵士たちを傷つけずに止められる。
 その護兵たちの間をかいくぐり、大斧を持った工兵が柵に取り付き、得物をふるってそれを壊し始める。あるいは、土嚢を担いだ兵が空堀にそれを投げ込む。
 もちろん、魏軍はその動きを見逃しはしない。盾の向こう側に駆け寄ってきた槍兵が、工兵めがけて槍を突きこんだ。少なからぬ工兵がそれによって倒されるが、逆に大斧で相手の頭を叩き割る工兵もいた。
(ご主人様にはお叱りを受けるかも知れん。しかし、本気の攻めを見せなくては、夏侯惇は釣れまい。隻眼と言えど、奴が戦場を見渡す目は広いのだから)
 関羽は内心でそう考える。彼女の役目は、あくまでも「決戦部隊」である馬超・呂布の攻撃から魏軍の目を逸らすための陽動。ここまで激しい攻勢を仕掛ける必要は、本来はない。だが、関羽はそれでは駄目だと考えていたのだった。
(私は嫉妬に目がくらみ、ご主人様を、その民を危地に陥れた。その償いをせねばならない。今の私には、自分の感情を最優先させる事は許されない)
 新野城失陥と、それに続く長阪の難戦。それは、小喬への嫉妬で己の目を曇らせ、敵の動きを見誤らせた自分の過ち。そう悟った関羽は、一時的に心を殺し、ひたすら一刀の目標を達成するための部品に徹しようとしていた。それは、一刀の嫌う考え方だろう。それでも、愛すべき主のためならば、敢えてそれを為すことに躊躇はない。
「天の軍神」関羽と、「魏武の大剣」夏侯惇。二人の名将は、期せずして決戦のこの時、己の役割を似たようなものとして意識していたのだ。
 鏡に映したような二人の勝敗を分けるものは、この時夏侯惇が孤独だったのに対し、関羽には仲間がいた事だろう。指揮を執りながらも、関羽は隣の戦域を仕切る張飛に目をむけ、思わず苦笑していた。やはり陽動役の義妹だが、そんな腹芸など苦手な性格のため、結果的に関羽に負けない激しい攻撃を加えている。これなら、十分夏候惇の目をひきつけられるだろう。
 いつしか、太陽が中天に差し掛かり始めたその時、戦いの趨勢は大きく動くことになった。
 
「愛紗と鈴々のやつ、張り切ってんな。あたしらに獲物を残さない気かよ」
 馬超がそう言って苦笑すると、隣で馬を並べる呂布が無表情のままにも同意の頷きを返す。この時、関羽と張飛は独力で第一列の柵と空堀の一部を突破していた。その箇所に魏軍が殺到し、突入してくる天軍を押し返そうと激戦を繰り広げている。夏侯惇の本陣を示す牙門旗も大きく前へ移動し、狙い通りにその意識を陣前面の攻防に集中させていることが理解できた。
「さて、高みの見物もこの辺りにして……行けるか? 恋、お前たち」
 馬超の問いに、やはり無表情で頷く呂布。一方、やや緊張が隠せないのが、馬超が鍛え上げた天軍騎兵の中でも、選りすぐりの精兵七十騎だった。彼らも自分の技量には自信と誇りを持っているが、何しろこれから彼らがやろうとしているのは、前例のない戦いだ。そう、文字通り彼らは高み――赤壁隘路を一望する、赤壁山中腹の急斜面の上にあった。
「なに、ご主人様の来た天の国では、今のあたしたちみたいな事をやって、敵の大軍を打ち破った名将がいると歴史に残ってるんだ。その真似をするだけさ。いくぜ、お前たち!」
 自分に言い聞かせるように叫び、馬超は愛馬を宙に躍らせる。無言で呂布が続き、そして意を決した七十騎がその後に続く。
 一刀が来た世界に伝わる「平家物語」の名シーン、一ノ谷合戦における源義経の「鵯越の逆落とし」。この三国時代から千年以上後代になる戦いで行われるはずの伝説の奇襲作戦が、今ここに先取りされようとしていた。

 一刀もうろ覚えだったように、史実の一ノ谷合戦においては、このような断崖を駆け下りる無謀な奇襲はなかったとされつつある。あくまでも義経は山中の間道から敵の戦列に切り込んだだけだ。もし、本当にここが断崖絶壁なら、いくら一刀でもそんな戦いはさせなかっただろう。
 だが、この赤壁隘路を扼する山の斜面は、大軍が進退できない程度には急ではあったが、完全な断崖絶壁ではなかった。転倒すれば滑落して死ぬか重傷を負うか、と言う程度には急だったが、バランスを保って駆け下りることは不可能ではなかった。そして、その事を馬超、呂布とその配下の精鋭七十騎は証明しつつあった。
 最初にそれに気づいたのは、兵糧置き場を守っていた兵士の一人だった。
「ん?」
 小さな物音に、その兵士は足元を見た。そこには斜面を落ちてきた小石が、道を横切るように転がっていた。
「まさか、落石か?」
 兵士は不安になり斜面を見上げた。もしこんな所で落石に会えば、石に押し潰されるか、跳ね飛ばされて川に落ちるか、いずれにせよ死は免れない。
「……!」
 だが、そこに見えたのは、落石などより遥かに恐るべき死の使いだった。登るのも一苦労な急斜面を、怒涛のように駆け下りてくる一団の騎兵。
「て、敵襲……!」
 警告の叫びを上げようとしたその不運な兵士は、言い終えるより早く突っ込んできた馬に跳ね飛ばされ、悲鳴の尾を引いて川に叩き落された。その衝撃でこちらは逆に制動をかけた騎手……馬超は、呆然としている周囲の魏兵に向けて高らかに宣言する。
「涼州の白銀姫、錦馬超推参! 天道に背く魏の兵ども、あたしの槍を引導代わりにするがいい!」
 言うや否や、手にした銀閃が縦横に閃き、兵糧を守っていた兵たちを瞬時に殲滅した。その時には、後続の呂布と七十騎も、馬超に習うように敵兵に突入し、制動をかけつつ川に叩き落す。それが間に合わずに諸共に川に落ちてしまった不運な兵や、斜面の途中で手綱捌きを誤って滑落死した者もいたが、それでも五十騎以上の騎兵が、前線から離れた陣営最奥部に出現した。
「よし、焼き払え!」
 馬超の命を受け、騎兵のうち手近にいた数人が、懐に忍ばせていた松明に点火すると、兵糧の山に投げ込んだ。気の利いた一人が油壺を見つけ、それを火の中に放り込む。たちまち兵糧置き場は猛火に包まれ始めた。
「よし、恋、ここからは頼りにさせてもらうぜ。敵の後備えを切り崩すぞ!」
「……任せて」
 馬超の言葉に呂布は頷くと、火事に気づいて駆け寄ってこようとした魏兵の中に突入した。その手に握られた方天画戟が一閃するや、魏兵たちは刈り取られる枯れ草のように吹き飛ばされ、川に叩き落され、あるいは山腹の岩場に叩きつけられて動かなくなる。
「相変わらずだなぁ……あのデタラメな強さ。まぁ、味方だと思えば心強いけど……って、あたしの見せ場も残しとけよな、恋!」
 馬超はそう言うと、呂布に続いて敵に突入する。その後に続く五十騎。魏軍の動揺は彼女たちの突撃と、兵糧が燃え落ちる火煙を見た兵士たちから、今まさに激闘の続く前線に向けて、急速に波及していった。

 
 後方に馬超と呂布が現れ、兵糧を焼き払うと共にこちらへ攻め上がっている、と言う報告を夏侯惇が受けたのは、それから間もなくの事だった。
「なんだと……そんな馬鹿な……」
 思わず呆然とする夏侯惇。信じがたい、信じたくない凶報だったが、それが嘘でない事は、陣の後方から上がる猛煙と、切れ切れに聞こえてくる兵たちの悲鳴が告げていた。
「しかし、目の前の敵軍はそれほど減っていない……馬超と呂布に従う兵はそう多くないはずだ。どうやって後ろに回りこんだかはわからないが、抑え切れない……のだろうな。呂布がいるのだからな」
 夏候惇は事態を整理しようとして、その結果この窮地を逃れるのは尋常の手段では無理だと、改めて気づいた。この期に及んでは、手は一つしかない。彼女は参謀に命じた。
「よし……貝を吹け。銅鑼を鳴らせ。総攻めだ!」
「本気で仰っているのですか!?」
 参謀が怯えた声を上げる。同様に、周囲の兵も浮き足立っている。それを引き締めるには、目標を与えるしかない。
「本気だ。既に兵糧は失われた。我らが生きるためには、敵の兵糧を奪うしかない。我らが生存は、前にしかないのだ!」
 そう答えると、夏候惇は剣で天軍を指し、大音声で叫んだ。
「怯むな、魏の勇者たちよ。我らに退却の二文字なし! 敵を打ち破り、この手で己の生を引き寄せるのだ。我に続けえっ!」
 そして、間髪いれず馬腹を蹴る。その声を聞き、姿を見た兵士たちも、ここに至っては彼女に続くのが最も生き延びる可能性が高い道であることを悟っていた。勇気を取り戻した参謀が槍を手に取って叫ぶ。
「何をしている! 夏候将軍に続け! 己の命を救うのは己の腕より他に無いぞ!」
 応! と言う怒涛のような叫びがこだまする。一喝で、夏候惇は崩壊寸前の士気を立て直したのだ。それは間違いなく、彼女が古今どこと比較しても恥じる事のない名将であることの証だった。

 だが、天軍の将たちも、それは同じだった。
「今です、ご主人様。総攻めの合図を」
 黄忠の助言を得て、一刀は手を挙げた。それを合図に、旗奉行が牙門旗を一際高く掲げ、旋回させる。同時に太鼓が力強く連打され、大地を揺るがす響きとなって全軍に伝わった。
「全軍、進めえっ!」
 一刀が叫ぶと同時に手を振り下ろすと、前線の関羽、張飛も朝からの激戦の疲れも忘れ、兵たちに新たな行動を命じた。
「よし、手筈どおりだ。全軍、所定の行動をとるぞ!」
「総員ーっ! 鈴々に続くのだーっ!」
 二人の叫びが、天地を覆うような彼我の鬨の声を貫いて聞こえてくると、黄忠も一刀に一礼した。
「では、後備の指揮を執ってまいります。捷報をお待ちください、ご主人様」
「わかった。任せるよ、紫苑」
 親衛隊に守られた本陣から黄忠が駆け出していく。今の一刀にできることは、勝利を祈ることだけだった。
 
 
 一方、天軍への突撃を開始した夏候惇だったが、すぐに事態の急変に気付いた。
「こ、これは……」
 天軍が、いまだ破壊されていない陣の第二線の馬防柵、逆茂木、空堀を前面に布陣している。
「奴らは、我々の作った陣で、我々を磨り潰す気か……こうなる事を読んでいたと言うのか!」
 自分の作ったものの堅固さは、自分たちが一番良く知っている。それでも、夏候惇には突撃を続けるしかなかった。だが、それは彼女の率いる軍に破局をもたらした。もともと、陣を守ることを前提にしていた魏軍に、「敵陣」を突破する用意などない。攻守所を変えて放たれる矢の豪雨と、柵の向こうから突き出される鉄壁の槍柵の前に、魏軍は屍を積み上げる一方だった。
 やがて、一度は回復した魏軍の士気は、その大殺戮を前についに崩壊する。一人が逃げ出すと、十人、百人がそれに続き、やがてこの時点でも八万近かった魏軍の兵士は、雪崩を打って逃走を始めた。それを見て、天軍は一斉に攻勢に出る。常に魏軍の先鋒として敵を蹂躙してきた「惇」の牙門旗が倒れ、逃げ惑う魏兵と、それを追う天兵に踏み躙られて行った。
 
 夕日が天軍の背後に沈みかける頃、一刀は追撃中止を命じた。夕日に照らされて血のような赤に染まった長江の水面に、逃げる途中隘路から転落した夥しい魏兵の屍が浮き沈みしているのが見える。もしかしたら、その赤は夕日の色ではないのかもしれないと一刀は思った。
「おめでとうございます、ご主人様。我が軍の大勝利です。お見事な策でした」
 将を代表して、黄忠が勝利の祝いを述べる。
「ありがとう。だけど、それを実行したのはみんなの力だよ。翠、恋、良くやってくれた。ありがとう」
 主君からの褒め言葉に、馬超と呂布が微かに顔を赤らめ、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「愛紗、鈴々も見事な戦いだったよ」
 もちろん、一刀は前線で完璧な陽動を演じ、反撃開始後は凄まじい追撃で魏軍を完膚なきまでに叩きのめした二人へのフォローも忘れない。にゃー、と嬉しそうな声をあげる張飛だったが、関羽はやや浮かない顔だった。
「どうした、愛紗」
 一刀が聞くと、関羽は顔を上げた。
「大勝利でしたが、残念ながら夏候惇を討ち取ることは出来ませんでした」
 ここで宿敵と決着を付ける。その決意の元に猛追を見せた関羽だったが、逃げ惑う敵兵の波に飲まれた夏候惇に追いつくことは出来なかったのだ。
「そうか……でも、こうなってはいくらなんでも軍を立て直すのは難しいだろう。夏候惇の脅威は去ったと見ていいさ」
 一刀はそう言って関羽の肩を叩き、明るい声で叫んだ。
「さあ、みんな、勝ち鬨だ!」
 その言葉に関羽も明るさを取り戻し、拳を振り上げて叫んだ。
「はい、ご主人様! 栄、栄、応っ!」
「栄、栄、応!」
 赤壁の峰々に、天軍の勝利の叫びがこだまする。後世「赤壁三戦」の名で呼ばれる連合軍と魏軍の三大決戦の一つが、ここに終わったのだ。
 
 そして、残る二戦が、遠い西方の地でまさにその火蓋を切って落とそうとしていた。


―あとがき―

ついに桃香の出番が完全にない話を作ってしまいました……
でも、次回は桃香主役の回です。彼女にとっての「赤壁」とは何なのか、お楽しみに。


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