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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:e8f94502 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/01 05:12


 前方の崖の上から牙門旗が掲げられた。安全を示す合図だった。それを確認し、曹操は艦隊に前進の合図を出した。
「最大の難所だった赤壁を突破……ここを固められたら、苦戦は免れなかったのですが、幸いでした」
 荀彧の言葉に、曹操は笑って答えた。
「そうね。苦戦は必死だった。苦戦するだけ、だけどね」
 つまり、苦戦はするが最終的な勝利は動かない、と言う絶大な自信がその言葉にはこめられていた。もちろん、勝者は呉ではなく、魏である。
 赤壁は確かに難所であり、陸上で言えば洛陽への関門として董卓軍と連合軍が死闘を繰り広げた、汜水・虎牢二関の峡谷に匹敵する存在である。
 しかし、それはあくまでも水軍同士の戦いに限った話である。ここで魏の水軍をとめたとしても、魏は艦隊に乗船している陸兵戦力を揚陸し、長江に沿って東進させれば良い。それを阻む余裕は呉にはない。
 それを止めようと思えば、呉は赤壁の防衛線を解いて本領へ後退しなければならず、ここでの戦いは時間稼ぎにしかならないのだ。魏の持つ大兵力の長所が、地形的要所を抑えることの利点を殺しているのである。それもまた、二関の戦いと同じだった。
「私は、水軍同士の戦いというのは、騎兵の戦いに似ていると思っているわ」
 曹操が言うと、荀彧は首を傾げた。
「騎兵に、ですか?」
「ええ。遮るものが無い、広大な開けた地形での戦いであり、歩兵を凌駕する速度で行われる機動戦という点でね」
 曹操は説明した。荀彧は有能な軍師だが、曹操ほどに水軍に通じているわけではない。
「騎兵を守りに使っても意味が無いように、水軍を守りに使うのもまた無意味。それは水軍の長所を自ら殺すに等しい愚行よ」
 なるほど、と納得する荀彧。そこで早速自らの考えを披露するあたりは、彼女がまた一流の軍師である事の表れだった。
「では、呉はさらに下流で決戦を挑んでくる事を考えているのでしょうね」
 騎兵同士の戦いでは、しばしばより機動性と戦術に優れている少数の側が勝者となる戦例が見られる。魏が長江流域の優秀な船乗りを徴募して水軍を組織したとはいえ、呉水軍の戦術・錬度には勝るべくも無い。呉軍に勝機があるとすれば、水軍の能力を完全に活かせる広大な水域での決戦しかない。それが荀彧の理解だった。
「そうね。だけど、そんな事は私としては百も承知。相手の手にみすみす乗る気はないわ」
 曹操が不敵な笑みを浮かべて軍師に答えた時、艦隊の先鋒方向から、銅鑼と太鼓の音が聞こえてきた。敵襲を告げる合図だった。
「何事か」
 曹操が問うと、すぐに旗奉行が立ち上がり、前方の船に信号を送る。それは信号を受けた船からさらに前方へ逓伝され、やがて答えが返ってきた。
「先鋒旗艦より報告です。前方五里に敵船見ゆ。数は三十ないし五十。呉の警戒部隊と思われます」
 旗奉行の報告に、曹操は満足げに頷く。
「これは使えるわね」
 手旗による信号伝達は、つい最近魏にもたらされた新たな技術だった。それをもたらした相手を可愛がってあげなくては、と曹操は考え、その想像に舌なめずりをする。それは獲物をいたぶる豹のように見えた。夜まで待ちきれない嗜虐への渇望を目の前にぶつけるべく、曹操は命じた。
「先鋒に命じなさい。直ちに前進し、敵を殲滅するように、と」
「承知!」
 主君の命を受けた旗奉行が信号を送ると、やがて先鋒部隊が一斉に船足を上げ、呉の警戒部隊に向けて突撃するのが見えた。その数は五十隻程度。魏水軍の錬度を考えれば、決して対等に戦いうるとは思えない程度の数だ。先鋒部隊は壊滅的な被害を受けるだろう。
 だが、曹操の表情は自信に満ちていた。

 
恋姫無双外史・桃香伝

第二十二話 群雄決戦の地へと進み、桃香は張遼との戦に策を練ること

 
 自信を持っていたのは、呉水軍警戒部隊の将も同じだった。最初こそ巨大な敵水軍の姿に驚愕したものの、先鋒だけが向かってくるのを見て、にやりと笑ってみせる。
「陸者め。その程度の船でわれわれをどうにかできると思ったか」
 自らの水上戦の技量を絶対と恃む呉の将兵にとって、自分と同数ならば、魏の水軍など恐れるものではない。
「奴らを潰してから引き上げるぞ。銅鑼を鳴らせ! 貝を吹け!」
 戦を決意した将の号令に、配下の兵がわっと歓声を上げる。黄蓋の敗北で消沈していた呉兵たちは勝利を渇望しており、それが与えられる絶好の機会に奮い立った。
 だが、次の瞬間警戒隊の将は、驚愕に目を見張った。魏水軍の艦隊はある程度の距離までは詰めて来たものの、そこで船足を落とすと、一枚目の帆を巻き上げた。そこに据えられていたのは……
「霹靂車だと!?」
 霹靂車……後代では一般に「投石器」と呼ばれる、大型の攻城兵器である。梃子の力で一抱えほどもある石を一里にわたって飛ばすもので、大砲の出現以前では最大の威力を誇る遠距離投射兵器であった。実は、この霹靂車を開発したのは魏軍であり、洛陽攻防戦でも少数が用いられているため、呉軍の中にもそれを見知る者はいた。この警戒隊の将もその一人だ。
 しかし、霹靂車は兵士十数人がかりで運用するもので、重量も数万斤に及ぶ。船に乗せるなど考える事すらできない代物だった。だが、それを開発した魏は軍船に乗せるところまで技術を洗練させていたらしい。
「いかん!」
 警戒隊の将は戦慄した。洛陽で霹靂車から放たれた巨石は、頑強な城壁を砕き、家の壁に大穴を空ける威力を持っていた。もしそれが軍船に叩きつけられればどうなるか。
 その答えは、即座に呉軍に見せ付けられる事になる。霹靂車の腕木が唸りをあげて旋回すると、巨石の群れが弧を描いて呉軍艦隊に殺到したのだ。
 放たれた五十の巨石は、九割が外れ弾となり、長江の川面に白い水柱を吹き上げるにとどまった。だが、五発がそれぞれ同数の呉軍艦を捉えていた。
 矢であれば軽く弾き返したであろう分厚い船の外板も、この常識外れの攻撃の前には、濡れた紙も同然の代物だった。鈍い破壊音と共に外板が粉砕され、船内に踊りこんだ巨石は不運な兵士や船員の五体を砕き、甲板をも貫通して、船底に通じる穴を開ける。そこから奔入した川の水が驚倒する兵士たちを飲み込み、船を川底へと引きずりこんでいく。
 外れ弾でも船の至近に落下したものは、船を進退させるための櫓や舵を粉砕し、あるいは激しい衝撃で揺さぶって、その船の動きを封じた。そうして生じた混乱が収まらぬうちに、魏軍から第二弾が放たれる。それは第一弾とは異なり、白い煙の尾を引いて飛来して船体に激突すると、とたんに激しい炎を上げて燃え盛る。
「あ、油だ! 油の壷だ!!」
 その正体を悟って叫んだ将が、次の瞬間至近に落ちた壷が巻き上げた炎の中に巻き込まれ、死の舞を強制されながら川面に落ちた。第一弾で照準を調整したこの第二弾は、十発以上が直撃となり、呉軍艦隊を炎の修羅場へと追い込んでいく。将を失った呉軍は、混乱を収拾する術も無いまま、突撃してきた魏軍衝船の体当たりを受け、舷側に大穴を開けられ、その姿を水面下に没していった。
 一刻が過ぎたとき、辛うじて離脱した少数の小型船を除き、呉軍警戒隊のほとんどの艦が長江の藻屑と消え去っていた。魏軍の損害はほとんど無い。
 無敵呉水軍の神話が、合肥に続いて完全に崩壊した瞬間だった。
  
「お見事な勝利です、華琳様」
 荀彧が言った。その表情には絶頂したかのような恍惚が浮かんでいる。この戦術を構想し実現させた主の才が荀彧を陶酔させていたのだった。
「機動戦で勝てないのなら、相手に苦手な戦……そう、守りの戦を強要すればいい。簡単な事よ」
 曹操は答えた。そう、彼女の発想とは、敵艦、ひいては敵艦隊そのものを城に見立て、これに対して「攻城戦」を仕掛けるというものだった。艦載弩弓や乗艦弓兵に比して射程と威力、そして価格で圧倒する霹靂車を大量に揃えられる魏にしかなし得ない、富者の戦術である。
 しかし、この戦い方であれば、騎兵戦のような複雑な機動戦術を習得する必要は無い。ただひたすら、敵との距離を一定に保ち、巨石と油壺をその頭上から見舞うだけだ。陸兵に水上での振る舞いを教える手間も最小限で済む。
「長江の水面であっても、私の覇道を阻む障壁たりえない。むしろ、私の戦術に長江を従わせる……孫権、それとも周瑜。お前たちにこの覇道を阻む事ができるかしら」
 曹操は満足げな笑みを浮かべたまま、長江の遥か先を見据えていた。
 
 そこから五千里ほど東方に位置する准陰では、桃香と星、それに麗羽が自分たちの軍と合流していた。
「美葉さん、お疲れ様」
 桃香の労いの言葉に、美葉は顔をほころばせて答えた。
「何の。あの張遼と決着を付ける好機にございますれば。気持ちが逸って疲れを覚える暇もありません」
 どうやらかつての同僚と刃を交える事への屈託は無いらしい、と見て桃香は安堵する。
「で、桃香様。あたいたちは魏の連中とどう戦うんだい?」
 麗羽との再会を済ませた猪々子が話に割り込んでくる。こちらも戦いたくてうずうずしているのだろう。
「桃香さんのことですから、策はもう考えていらっしゃるのでしょう?」
 麗羽が信頼をこめた口調で聞いてくる。桃香はうなずくと、星のほうを向いた。
「星さん、あれを」
「承知しました」
 星が服のすそをごそごそと探ると、一巻の巻物を取り出した。それをさっと広げる。
「おや、これは……地図ですな」
 美葉が言うとおり、それは准河下流域を含む、長江流域の詳細な地図だった。これ自体はこの准陰を領有する麗羽も所有しており、目を通した事もある。だから、違和感に気づいたのは彼女が最初だった。
「ですが、私が知っているものとはずいぶんと違いますわね」
 麗羽が持っているこのあたりの地図は、地形の他に道と都市や村落、鉱山の位置、さらにそれらの生産力がざっと記された統治用の地図か、もしくは砦や間道が記載された兵要地誌のどちらかだった。それと比較すると、印象としては星の持っていた地図は軍事地誌に似ている。
 だが、地形が微妙に違う。具体的には水路が非常に細かく記載されているのだ。主要な川の支流、そのさらに支流。あるいは用水路や運河。湖沼や溜池まで網羅していた。
「はい。これは呉の兵要地誌です。わたしたちにとっては水路は障害物ですが、呉にとっては進撃路であり補給路。道路以上に重視すべき情報なんです」
 桃香が説明する。
「なるほど……ですが、こんなものがあると言う事は、呉の間者がわたくしの国を細かく調べている事でもありますね」
 麗羽がちょっと不愉快そうに眉をひそめて言う。それに苦笑したのは猪々子だ。
「いやぁ姫様、それはあたいたちもやってるのでお互い様ですよ」
 実際に間者・偵探を統率して呉の国情を調べているのは斗詩だが、もちろん猪々子も事実としては知っている。
「しかし、これは呉の最重要機密でしょう。良く借りてこられましたな」
 美葉が言うと、桃香と星は顔を見合わせて、苦笑した。その素振りに美葉は事実を悟った。
「まさか……盗んできたのではないでしょうね」
 念のため確認すると、桃香は頷いた。実のところ、孫権はこれを貸し出すのに前向きだったのだが、強硬な反対者がいたのだ。
「まぁ……どうしても周瑜さんが貸してくれないので、こっそりと……」
「だが、割と簡単に手に入ったぞ。呉の警備はなっておらんな」
 犯行を教唆した桃香が申し訳なさそうなのに対し、実行犯である星が胸を張る。美葉はため息をついて肩をすくめた。
「聞かなかったことにしておきましょう……ですが、そこまでしたからには、これが勝利の鍵なのですね?」
 美葉の言葉に桃香は頷く。
「うん。張遼さんと戦うのに、都合のいい戦場があるかどうか、どうしても知りたかったから。おかげで見つかったよ」
 自信に満ちた桃香の言葉に、麗羽、星、美葉、猪々子が地図を覗き込む。桃香の指が押さえた、その一点を見つめた。
「まず……」
 桃香が策の説明を始める。それは、四人に勝利を確信させるに十分なものだった。
 
 准陰から西方に千里、合肥では張遼が幾つかの報告を受け取っていた。今読んでいるのは早馬で届けられたばかりの速報で、曹操の主力部隊があと数日で長江下流域に到達する、というものだった。その過程で呉の警戒艦隊を発見し、その幾つかを壊滅させた事も記されている。
「はぁ、さすがは大将やな。陸の名将が水の上でもそうとは限らんもんやけど、うちの大将はそれに当てはまらんっちゅうことやな」
 張遼はそう一人ごちる。荀彧や夏候姉妹とは異なり、主の曹操に恋慕の情を抱いてはいない彼女だが、その才と覇気にはかつての主である月とはまた違った意味で、純粋な敬意を払っている。
「それ、何気に自分を褒めてますよね」
 横に立っていた副官が言う。そう。少し前にわずか七百の兵で一万五千の大軍を、それも慣れない水上で撃破した張遼も、十分常識を超えた名将と名乗る資格はあるだろう。
「あかんか?」
 微笑む張遼に苦笑する副官。こうした主将の茶目っ気は、部下たちに愛されていた。
「いえ。それとこちらを。我らにとっても重要な報知です」
 副官が差し出したもう一通の報告書を受け取り、目を通した張遼の目が輝いた。
「いよいよ来るか、歓仲連合軍が……それも、華雄のやつが相手かいな」
 かつての旧友の名を張遼は口にした。華雄がそうであるように、張遼も同僚をいずれ思う存分死力を尽くして戦いたい相手だと考えていた。その絶好の機会が、手の届く場所にある。
「報知によれば敵軍は五万。我が軍も五万。まさに天が設えた様な舞台ですな」
 副官が言う。有力な将が張遼一人の魏軍に対し、連合軍は桃香、麗羽を除いても美葉、猪々子の二人の猛将を擁し指揮官の質では優位に立つ。だが、連合軍ゆえに統一された、足並みの揃った戦術を駆使することは難しいだろう。五万を手足のように操れる張遼が、指揮下の部隊の質では優位に立っていた。
 まして、相手に公孫賛と配下の白馬軍が来ていない以上、騎兵戦力では完全に張遼が優位だ。野戦に持ち込めば圧勝する自信すら彼女にはあった。
「問題は、相手がどう出てくるかやな……副官」
「はっ」
 姿勢を正す副官に、張遼は命じた。
「物見、偵探をありったけ出すんや。敵の動きを確実に掴み、騎兵隊が優位に立てる戦場で会敵するで」
「承知いたしました」
 副官がうなずき、命令を出すために退出していく。見送る張遼の目は抑えきれない戦意に滾っているようだった。
 
 そして、西方一万里の彼方でも、一軍が土煙を巻き上げて進撃を続けていた。その陣頭に翻る牙門旗は、丸に十字を描いた北郷軍のものだが、それとは別に真新しいもう一つの牙門旗が誇らしげに掲げられていた。赤地に黒々と記されているのは「天」の一字である。
(個人的には、縁起が悪いと見るべきか。それとも気にしないべきか)
 その牙門旗のもと、白馬を進める一刀の顔には苦笑に近いものが浮かんでいた。そう、これが彼の国号なのだ。つまり「天国」である。
 桃香の「歓」、麗羽の「仲」、曹操の「魏」、孫家の「呉」同様、一刀の国にも国号が必要だと主張したのは、今はまだ呉にとどまっている諸葛亮だった。荊州脱出を果たし、成都に落ち着いてから最初の朝議の際の出来事である。
「ご主人様の志と勢威を世に知らしめるため、私たちの国にも相応しい国号が必要です」
 彼女の言葉に一刀はうなずいた。それは彼も考えていた事だった。いつまでも「北郷軍」では、国ではないただの軍閥のようにしか聞こえない。実質はともかくとして、形を整える事も重要だと、この一年半の領主としての生活で学んだ一刀だった。
「そうだな……俺としては"蜀"が良いと思うんだが」
 一刀が言う。彼が知る正史では、劉備がこの成州の地に築いた国。それ以前の春秋戦国時代でも、四川盆地を拠点とする国が名乗っていた、伝統ある国号である。
「そうですね。私も……」
「いや、私は反対だ」
 賛成です、と言おうとしていた諸葛亮の言葉をさえぎったのは、関羽だった。一同の目が彼女に注がれる。
「なぜ? 私は問題ない案だと思うけど……」
 黄忠が首を傾げる。かつての大国にあやかるのは魏、呉もやっていることだ。しかし、関羽には意識するものがあった。
「普通なら、私も蜀で良いだろうと思う……だが、ご主人様は天の御使い。この世を平穏に導くべく遣わされたお方だ。そのお方の国には、古き国号より、清新なる別の国号が良いと思う」
 関羽は言った。彼女が意識しているのは、言うまでもなくいつか一刀の王道にとって最大の敵となりうるであろう、桃香の存在である。彼女とその盟友麗羽の用いている国号は、それまでなかった新しいものだった。
 ならば、一刀もそれに対抗する、まったく新しい別の国号を当然用いるべき。関羽はそう確信していたのである。
「確かに、それも一理ありますが……愛紗さんは何か案をお持ちなのですか?」
 諸葛亮が問うと、関羽は無論、と頷いた。
「私はご主人様をこの上なく象徴する一字を国号に用いるべきだと思う」
 その時、張飛、黄忠、諸葛亮、呂布、馬超の五人は「種」「珍」などと言う字を思い浮かべたが、もちろん口に出すような真似はしなかった。
「で、いったいそれはなんなのだ? 愛紗」
 張飛が聞くと、愛紗は豊かな胸を張って答えた。
「無論、"天"しかあるまい。ご主人様は天の御使いなのだから」
「え」
 一刀は絶句した。もちろん、彼にとっては天国といえば死後の国だ。善行を為した後に行く世界とは言え、縁起のいい提案とは到底思えない。しかし。
「なるほど……それは良いわね」
「確かに、ご主人様の象徴はその字です」
「鈴々は賛成なのだ」
「かっこいいじゃないか」
「…………」
 仲間たちがさっさと賛成してしまう。彼女たちにはもちろん天国は死後の世界と言う概念はないので仕方がないのだが、到底反対意見を出せる雰囲気ではない。
「そ、そうか……みんながそう言うなら……」
 やや歯切れの悪い口調で言う一刀。こうして彼の国は「天」となったのである。
 
(まぁ、この世の天国と言う言葉もある事だしな……ポジティブに考えるか)
 一刀はそう気持ちを切り替え、横を進む黄忠に声をかける。
「紫苑、敵軍の動きは掴めてるかい?」
 諸葛亮が呉に赴き、その間に魏軍が展開している事もあって帰れない今、一刀は残る仲間たちの間で、もっとも見識があり、冷静かつ客観的な視点を持っている黄忠を軍師格として扱っていた。黄忠自身、かつての南荊州の領主だった事もあって、長江北岸域の事情に通じている。まずまず妥当な人選と言えた。
「どうやら、こちらに対峙している魏の将帥は盲夏候のようですね。赤壁に陣を敷いてこちらを迎撃する態勢のようです」
「あいつか……」
 長阪の戦いで見た夏候惇の姿を思い出し、一刀は唸る。魏武の大剣と称され、天の軍神・関羽とも互角の戦いを見せた相手だ。こちらに綺羅星のごとき名将たちが揃っているとは言え、決して侮れない。それにしても――
「赤壁だって?」
 一刀は聞き覚えのある地名に声を上げる。赤壁の戦いと言えば、彼が知る正史においても三国志の一番の見せ場の一つだろう。当然、魏呉両水軍の決戦場になるべき土地のはずだが、曹操はいないのだろうか? そう疑問に思い、黄忠に尋ねる。
「いえ、曹操はいないようです。既に下流に向かい、呉の支配水域に侵攻しているようですね」
 黄忠の答えに、一刀は首を傾げた。
「赤壁を決戦場にしないつもりなのか? わからんな……」
「私も疑問に思います。赤壁ならば曹操の大艦隊を食い止める絶好の地と思いましたが」
 黄忠も不思議なようだが、この時点ではまだ諸葛亮からの報知は届いていないため、周瑜が赤壁決戦策を放棄した、というより最初から考えに入れていないことは知る由もなかった。
「だけど、朱里はこうした局面も考えに入れて策を置いていったんだろう?」
 一刀が聞くと、黄忠は頷いた。
「ええ。敵は必ず赤壁の地を押さえるはずだから、それを引きずり出して野戦に持ち込む事を推奨していますね」
 黄忠は自らも策を考えるだけでなく、呉へ向かう前に諸葛亮が考えていった数々の策を預かっていた。連合軍が不成立に終わり、天軍単独で交戦する可能性。連合軍成立の場合の策としても、赤壁を含め、数箇所を決戦の候補地と定め、それぞれ天軍が取るべき最良の戦策を細かに記している。それだけの策を僅かな日時で立案した辺りは流石だった。
 その中に、曹操軍が赤壁を突破し、天軍に対する抑えを置いて主力を東進させた場合の策もあった。現状はそれに近い。
「ともかく、もう少し進んで、敵情を完全に掴みましょう。朱里の策を実現するにもそれが必要です」
 それまで主と黄忠の会話を聞いていた関羽が言った。確かに、今はまだ情報が不十分だ。一刀は頷いた。
「そうだな。早く敵を突破して、呉に向かわないと。俺たちが勝っても、桃香――劉備さんや孫権さんが負けたらどうにもならないし、苦戦してたら、俺たちがそれを助ける決め手になるかもしれないしな」
「御意」
 関羽は頷きながら、主の口から桃香の名が出た事に、軽い胸の痛みを覚える。離れて違う国を統治し、いずれ敵になるかもしれない相手なのに、主から信頼を寄せられている事への、抑え切れない嫉妬と共に。
 その痛みが彼女に何をもたらすのか。今それを知るものは誰もいない。
 
 
 夜――僅かに揺れる魏軍旗艦の船尾楼。その一室で、曹操は黄蓋を抱いていた。黄蓋はさっきまで着ていた服を床代わりにして、ぐったりと横たわっている。その衣は、後宮の女たちが着る絹の薄衣だった。曹操が宣言したとおり、黄蓋は軍に席を与えられず、実質的に後宮の一員としてのみ扱われ、こうして毎晩曹操に奉仕させられていた。
「…………」
 黄蓋の顔を照らすように窓からの月明かりが差し込み、その目が快楽の名残で焦点を失っている事を曹操に教えていた。
「ふふ……かわいいわよ、延珠」
 囁きながら、曹操は黄蓋の耳たぶを唇でつまんだ。その度に、脱力しきった身体がぴくぴくと震えるのが、曹操には面白くてたまらない。
「あなた、本当に敏感なのね……」
 曹操は知らない事だが、黄蓋は痛がりで苦痛に耐えられない体質だ。それは、彼女の神経が全てにおいて敏感であることの、一つの表れだった。快楽に対してもそれは例外ではない。ここまで曹操の愛撫に敏感に応える"玩具"は今までいなかっただけに、曹操は黄蓋を後宮に入れたことに大いに満足していた。
「延珠……教えてくれるかしら? 周瑜の真の狙いを?」
 既に相手の理性が飛んでしまっている事を確信し、曹操は甘い声で囁く。素直に答えれば、もっと気持ちよくしてあげる。そう言外に意味を含ませて。
「赤……壁……」
 黄蓋の唇がかすかに動き、その単語を口にする。
「そう……それは聞いたわ。他にはないの?」
 曹操が言いながら、黄蓋の白く滑らかなお腹に指を這わせ、時々へそを刺激する。
「……ありません……」
 黄蓋が答える。このやり取りは、もう十日も行われていた。
「そう。ねぇ、延珠……あなたは、私を裏切らないわよね?」
 曹操はもう一つ確認した。仮に黄蓋が周瑜の策を知らなくとも、獅子身中の虫として動くことはあるかもしれない。だが、黄蓋はやはり首を軽く横に振る。
「わたしは……あなた様を裏切りません。決して……だから……」
「だから?」
 愛撫の手を止めて曹操が聞くと、黄蓋は答えた。
「だから、もっと気持ち良い事してください……! もう我慢できないんです……!!」
 快楽を懇願する彼女の目には、もはや武官としての誇りはなく、完全に心が折れていた。
「いいわよ、素直な子にはご褒美を上げなくてはね」
 曹操の手が、それまでとは全く違う、早い律動を刻み始める。それに応えるように、黄蓋の嬌声が艦尾楼から漏れていった。それを楽しみつつ、曹操の覇王としての頭脳は、違う事を考えていた。
(延珠は赤壁が決戦場だと言う。それが嘘という事はもはやありえない。つまり、周瑜に既に策はない)
 十日もかけて、ようやく曹操はその事を確信していた。ならば、もう彼女を阻む者は何もない。
(呉も……それに歓も仲も。みんな堕としてあげる。私のものにしてあげる。そう、この子のようにね)
 黄蓋が堕ちるたびに、勝利への確信を深めながら、曹操率いる史上最大の艦隊は長江を進んでいった。


―あとがき―
延珠が酷い目に合わされていますが、だいたい華琳のせいです。
次回あたりから長江決戦の話を書いて行きます。



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