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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/07/04 18:07
 桃香は夢を見ていた。
 どこかの戦場で、大軍を相手に戦っている夢だった。味方は少なく、敵の数は百万を号する天下の大軍。だが、桃香は不思議と恐れは感じなかった。
 何故なら、傍に頼れる仲間たちがいるから。美しい黒髪をなびかせ、青龍偃月刀を振るう少女。体は小さいが、一丈八尺の蛇矛を自在に振るい、敵を叩き伏せていく少女。
 心から信頼しあうこの二人が傍にいるなら、例え百万の敵が相手でも恐れるものではない。桃香は剣を抜き、大号令を下す……

 
恋姫無双外史・桃香伝

第二話 桃香、朋友と再会し、初めての臣を得る事


「玄徳ちゃん、玄徳ちゃん」
「ん……」
 肩を揺すぶられ、桃香は目を覚ました。軽く頭を振って眠気を飛ばすと、周囲が薄明るくなっているのがわかった。
「朝ですか……黄巾党の様子は?」
 起こしてくれた元締めに聞くと、彼は渋い表情で答えた。
「相変わらず、街の外だ。さっきからかなりの勢いで炊事をしているのが見えるから、今日はたぶん昨日以上に激しく攻めて来るだろうな」
 桃香は頷くと、寝床にしていた家を出て、城壁へ向かった。すれ違う住民たちは、昨日の桃香の指揮ぶりにすっかり彼女を信頼するようになったらしく、笑顔で手を振ってくる。
 それに桃香も笑顔で答え、道に置かれた障害物や防戦の準備を確認しながら、桃香は城壁の上に登った。一里ほど向こうに黄巾兵が陣を敷いていて、かまどの煙が幾筋も立ち上っている。その数を数え、さらにむしろ旗の数から、桃香は敵の残存兵力を千五百と予測した。
 味方の戦闘員は、昨日一日で三十人ほどが討ち死にし、二十人ほどが戦えないほどの手傷を負っていて、一割近く減っている。五百の敵を討ち取った事を考えれば上出来の部類なのだろうが、桃香は油断できないと思った。
 何と言っても、味方は戦いの素人ばかりだ。兵士のように機敏には動けないし、疲労もたまっている。何か変事が一つあれば、ギリギリで保っている戦線が一気に崩壊しかねない。桃香は元締めのほうを向いた。
「今のうちに、皆さんも食事を。あと一刻以内には、敵が攻めてくると思います。門は何時でも開けられるようにしてください」
 昨日と同様、桃香は通りに敵を引き込んで叩くのを基本戦術として続ける事にした。他の戦術を取りたいのは山々だが、街の人々に他の戦術を覚えさせる時間は無い。それに、仕掛けはまだ尽きたわけではない。今日一日くらいは引き出しが残っている。
「わかった。見張りにも交代で飯を食わせよう。玄徳ちゃんも食べるんだぞ」
「はい」
 桃香は頷いたが、今日一日を乗り切れるだろうか、と考えると、緊張で喉を通りそうも無かった。
(それにしても、なんだか妙な夢を見ていたような……?)
 ふと、桃香はそんな事を思い出した。良く覚えていないのだが、二人の信頼できる誰かと、一緒に戦っていたような気がする。もし、そんな二人が今ここにいれば……と考えて、彼女は苦笑した。夢の話を今考えるなんて、意外と自分はまだ余裕があるのかもしれない、と。桃香はそう思い、食事をするために城壁を降りた。
 
 黄巾党の攻撃が再開されたのは、それから一刻になる少し手前、太陽が完全に姿を現した頃の事だった。黄巾兵たちが再び大地を揺るがすような叫喚を上げ、門に突入してくる。
「ふん、性懲りの無い奴らだ。もう少しひきつけろよ、みんな」
 大店の主人が言う。昨夜のうちに通りには仕掛けを追加してあった。
「うわあっ!?」
 突然、先頭切って突進してきた数人の黄巾兵たちの背が低くなった。通りに腰までの高さの落とし穴を、いくつか掘っておいたのだ。大勢を落とすような大きな穴は作れなかったが、それで十分だ。先頭がいきなり止まった事で突進の勢いが殺され、路上で黄巾兵たちが渋滞する。
「今だ、撃て!!」
 誰かが叫び、弓使いたちと投石役が一斉に攻撃を開始した。団子状態になっている先頭付近の黄巾兵たちが、次々に血飛沫を上げて倒れる。そうした仲間の死体を踏み越え、あるいは落とし穴を飛び越えてさらに進もうとする黄巾兵だったが、今度は何かに躓いたように転倒する。落とし穴をたくさん作る余裕が無かったので、代わりに地面に蓋をした壷を埋めておいたのだ。
 蓋を踏み抜いた拍子に足を痛めたらしい黄巾兵が、駆け寄った住民たちに袋叩きにされて葬り去られる。それを阻止しようとする黄巾兵が、屋根から熱湯を浴びせられて転げまわる。防戦はまずます順調に推移していた。
「よし……これなら今日もやれる……!」
 元締めが拳を握り締めて言う。確かに、今日も住民たちは善戦している。戦い慣れして、昨日より手際がよくなっているのだろう。それは桃香も感じ取っていた。しかし。
(……でも、何かおかしい)
 何か嫌な予感が、桃香の脳裏をかすめていた。黄巾兵たちが自分から罠に填まりに来ているような気がするのだ。この門から広場へ抜ける通りが、必殺の罠だらけであることは、昨日の戦いで知っているはずなのに……と。
 もちろん、桃香は敵がそうする……そうせざるを得ないように、この作戦を組み立てている。向こうも、数日中に官軍が攻めてくることは予想しているはずで、街を素早く占領し、略奪して逃げる事を考えているはずだ。だから、時間をかけて門扉を破る用意をするよりは、既に開いている門に危険を冒してでも突入したほうが、街を速く陥とせる可能性が高い。
 事前に斥候を送り込む程度には頭の回る相手なら、絶対にそう考えるだろうと桃香は予測していたのだ。今の所、その考えは図に辺り、黄巾兵たちは通りで次々と討たれるか、負傷して逃げて行っている。
(順調過ぎるくらい順調だけど、喜んでいいの? 何か見落としがあるような気がする……)
 桃香はその嫌な予感の理由を探ろうと、戦場の様子をじっと見つめる。ようやく落とし穴と壷の埋伏地帯を突破した黄巾兵が、昨日倒した荷車の辺りで、住民たちと戦いを始めていた。黄巾兵たちが荷車を打ち壊そうと、地面に散らばった丸太を拾い、数人がかりで荷車に叩きつけている。
「荷車は、守りきれないと思ったら放棄しても構いません。油は用意してますよね?」
 桃香は傍にいた行商人の一人に尋ねた。
「ああ。何時でも火はつけられる」
 荷車を燃やせば、火が収まるまでは通りを侵攻出来ない。路地を通っていくしかなくなるが、そこはほとんど地の利がある住民側で抑えてある。また、広場の手前には馬防柵も用意してあるし、まだ守りきれるはず。
 それでも、桃香の嫌な予感は去ってくれなかった。何か、どうしても見落としをしていると言う感覚が消えてくれない。もう少し近づいて戦場を見ようと思った時、突然城壁上の銅鑼が、猛烈な勢いで打ち鳴らされ始めた。
「どうしたの!?」
 そんな鳴らし方は事前の取り決めには無かった。驚く桃香に、西門のほうからこけつまろびつ、十歳くらいの男の子が走ってきた。しっかりした子なので、伝令として働いてもらっている、どこかの商家の息子だった。
「大変だぁ! 大変だよ、玄徳お姉ちゃん!!」
「何が起きたの!?」
 その子に駆け寄る桃香。子供は息を切らしながらも、大急ぎで親から教えられたことを話した。
「大変だよ! 西の門の方から、こうきんの連中が攻めてきたんだ!!」
「何ですって!?」
 桃香は愕然とし、そしてさっきから脳裏にこびりついていた不安の正体に気がついた。
(むしろ旗の数と、敵の数が合わない!)
 敵の数だ。残り千五百ほどのはずなのに、開けてある南門へ攻め込んできているのは、千二百ほど。むしろ旗は十五本確認できていたので、敵は千五百だと思い込んでしまっていた。微妙な数の少なさを見落としていたのは、桃香の実戦経験の不足としか言いようが無かった。
 おそらく、三百の別働隊は南門への主力を囮にして回り込んでいたのだろう。桃香は急いで周りを見た。
「西門を急いで固めないと! このままじゃ破られるわ!!」
 準備時間の不足もあって、桃香の仕掛けは南門側にしか用意していない。東西と北の門は、僅かな見張りを除いて無防備だ。桃香は何とか周囲の住民たちを五十人ほど集め、西へ走り出した。その時には、敵が恐らく門扉に丸太を叩きつけている轟音が聞こえ始めていた。
(しまった……何かで門を塞いでしまえばよかったんだ。そうすれば……)
 後悔する桃香だったが、どのみちそれを実行する時間も資材も不足していたから、できる事はなかっただろう。それでも後悔せずにはいられなかったのだ。
 その後悔の念は、西の通りを真ん中まで進んだところで、最高潮に達した。本格的な城や砦のそれに較べれば弱体な門の扉が、ひしゃげて内側に崩れ落ち、そこから次々と黄巾兵が突入してきたのである。
「舐めた真似してくれたなぁ! 素人どもが!!」
「皆殺しにしてやるぁ!!」
 蛮声と共に武器を振りかざし、突撃してくる黄巾兵。おびえる住民たち。桃香も恐ろしかったが、ここで恐怖に負けてはならないと、腰に差していた剣を抜き放ち、生まれて初めてと言う大声で叫んだ。
「ひるんではダメ! わたしたちには、退く場所は無いのよ! ここで退いたら、みんなの家族が……奥さんや子供たち、両親が、そして仲間たちが、生まれた家が、みんな失われてしまうの! そんな事を許せるわけが無い!!」
 決して雄々しくは無いが、気迫のこもった桃香の叫びに、住民たちの怯えの色が払拭された。
「進め、みんな! 大事なものを、自分の手で守り抜くの!! 突撃ぃーーーー!!」
 さらにダメを押すように桃香は叫び、剣を構えて黄巾兵に向けて突進した。
「みんな、玄徳ちゃんの言うとおりだ! あの子だけを戦わせるな!! 俺たちの手でこの街を守り抜くんだ!!」
 誰かが叫び、五十人の住民たちは六倍の黄巾兵に向けて突撃する。その先頭に立っていた桃香は、敵が振り下ろしてきた剣を避けると、逆に相手の肩口に力いっぱい斬りつけた。
「ぎゃあ!」
 その一撃を受けた黄巾兵が、悲鳴を上げて倒れ、後続の仲間に踏み潰された。そいつを踏み潰した黄巾兵は、桃香に向けて槍を繰り出すが、桃香はその穂先を剣で弾き返し、相手の体制を崩したところで胴を払う。ずぶり、と言う嫌な感触とともに、そいつも崩れ落ちた。桃香は決して武勇の人ではないが、それでも一般兵に遅れを取るほど弱くは無い。しかし。
(殺した。わたしの手で……!)
 桃香はその事実に慄く。昨夜、彼女は考えた。本当は、こんな戦いはあってはならないと。敵も味方も、死んで良い人なんて一人もいないはずだと。
 しかし、戦いになってしまえば、そんな事を考える余裕は無かった。考えたとしても実行は出来ない。相手を倒さなければ、自分が死んでしまうのだから。
(ごめんなさい……!)
 桃香はそう心の中で念じながら、剣を振るった。その活躍に刺激され、決して武術を学んだわけでもない住民たちが、黄巾兵を押し留める事に成功する。
 
「くそ、こいつらただの雑魚の癖に……!」
 別働隊を率いていたチビが舌打ちする。街にそれなりに策を立てられる相手がいる以上、なんとかその裏を掻こうと頭を捻り、別働隊を街に雪崩れ込ませる事には成功した。これで住民たちを挟み撃ちにすればあっさりケリがつくはずだったのだが、思ったよりも住民たちがしぶとい。その力の源泉は先頭で戦う桃香にあると見切ったチビは、後ろを振り向いて命じた。
「弓兵! あの女を射殺せ!」
 その命令を受けて、十人ほどの弓兵が矢をつがえると、桃香に狙いを定めた。
「あぶない、玄徳ちゃん!!」
 それに気づいたのは、桃香自身ではなく周りの住民たちだった。彼らが咄嗟に弓兵たちの射線に立ちはだかり、次の瞬間、放たれた矢が彼らの身体を貫いていた。
「ぐふっ!」
「があっ!!」
 首筋や胸を貫かれた住民たちが、血を吐いて倒れこむ。
「みんな……! きゃあっ!?」
 桃香が誰かに突き飛ばされ、倒れた所へさらに第二弾が飛来し、やはり桃香を庇った住民たちを次々に射倒した。桃香が起き上がってみると、さっきまで一緒に戦っていた住民たちは、血を流して地面に倒れこみ、苦痛に呻いていた。
「そんな……みんな、どうして!」
 近くに倒れていた、この街で酒屋をしていると言う男性を抱き上げると、彼は苦しそうに息を吐きながら、しかし笑顔で言った。
「みんな……あんたが好きなんだよ、玄徳ちゃん。この街の人間ではないのに、誰よりも一生懸命戦ったあんたが……」
 桃香の目に涙が溢れた。
「でも、だからって……わたしを庇うなんて……」
 ここはこの人達の街だから、この人達が無事に家に帰るべきなのに。わたしの未熟のせいで、みんなを傷つけてしまった……そう悔やむ桃香に、酒屋の男は血の混じった咳をしながら言った。
「いいから、はやく……みんなと合流して……こいつらを……」
 だが、それは無理だった。既に無傷なのは桃香一人だけで、黄巾兵たちが周りを取り囲んでいた。
「やれやれ、手こずらせてくれたなぁ、お嬢ちゃんよ」
 チビは桃香の喉元に剣を突きつけ、にやりと笑った。
「くっ……」
 桃香は息を呑み、それでもチビを睨み付けた。決して屈しない、と言う意思を込めて。
「ほう、まだそんな目が出来るのか。だが、そんな生意気な態度もこれっきりだ。おい、ノッポ」
 チビが言うと、ノッポが出てきた。一昨日、桃香から二十枚のむしろを買ったあの男だ。
「あなたは、あの時の……」
 桃香が言うと、ノッポはニヤリといやらしい顔つきで笑った。
「へへへ、そうさ。あの時からお前さんを狙っていたんだ」
 そう言うと、ノッポは桃香の顎を掴んで、上を向かせた。もう片方の手で、彼女の胸をわしづかみにする。
「やあっ……!?」
 下劣な男に胸を触られる、その嫌悪感と恐怖に、桃香は身を震わせた。これから自分が何をされるのか、正確に理解が出来た。彼女の顔から闘志と気迫が消え、恐怖に怯える歳相応の少女だけが残った。
「そう怖がるなよ。すぐに極楽に連れて行ってやるから」
 そう言うと、ノッポは桃香の口を手で塞ぎ、その場に押し倒した。くぐもった悲鳴が桃香の口から漏れる。
「よし、ここはおめぇに任せた。野郎ども、残ってる街の連中を皆殺しにするぞ!」
 チビが命じ、黄巾兵たちが応と叫ぶ。桃香は恐怖と屈辱、絶望の中で涙を流した。結局、街を守れなかった。自分自身さえも。彼女は必死に思いつく限りの何かに祈った。
 お願い……助けて……! わたしはまだ何も成し遂げられていない。だから、もう一度、機会をください……!
 そんな祈りも空しく、桃香の着物が引き裂かれた。興奮で顔を赤くしたノッポがそのまま彼女にのしかかろうとした時だった。
 また、何かが引き裂かれるような音がした。同時に無数の悲鳴が湧いた。
「ぎゃああああ!!」
「ひいいいっっ!!」
 その悲鳴の中に、チビの声も混じっていた。ノッポは驚いて顔を上げた。
「なんだ、どうした兄貴……ぐえっ!」
 顔を上げたノッポは、そのまま何かに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた時には絶命していた。何時の間に近づいてきたのか、騎馬の武者が馬上から槍の一撃をノッポに見舞ったのだ。
「か弱き乙女を陵辱せんとする人面獣心の輩ども、この常山の昇り龍、趙雲子龍の槍が引導代わり。疾く地獄に落ちるがいい」
 武者はそう言うと、槍を振るって血を払った。
「えっ!?」
 桃香は引き裂かれた服を何とか手でまとめ、身体を隠しながら起き上がった。そこにいたのは、百騎を越える官軍の騎兵部隊だった。彼らが馬上から矢を放ち、あるいは槍を振るって、黄巾兵たちを瞬時に殲滅していたのである。素晴らしく統率の取れた部隊だった。
「大丈夫か?」
 桃香を救った、趙雲と名乗る武者が声をかけてきた。鮮烈な印象の蝶の模様をあしらった意匠の白衣を身に纏い、青みがかった銀髪を持つ、凛々しい美女だった。桃香は頭を下げた。
「あ、あの……おかげで助かりました! 貴女は?」
 名を問うと、武者は笑顔で答えた。
「私は常山の生まれにて、姓は趙、名は雲、字は子龍。貴女は安全な場所に行くと良い。この怪我人たちは、私の部下たちで引き受ける」
 そう名乗りを上げると、趙雲は配下の騎兵たちの方を振り返った。
「行くぞ! 悪逆非道の叛徒どもを討ち果たし、庶人たちの暮らしを守るのだ。これ以上犠牲を出してはならん!!」
 おう、と騎兵たちが叫び、馬腹を蹴って駆け出す。ほどなくして、南の通りの方で激しい戦闘の音が響き始めた。安全な場所に行け、と言われた桃香だが、居ても立ってもいられず、手近な所にあった布を上半身に巻きつけると、南の通りの方へ駆け出した。
 そこは、もはや戦場というより一方的な虐殺の場だった。趙雲の一隊だけでなく、数百騎の騎兵たちが縦横無尽に駆け回り、黄巾兵たちを殲滅している。街の外に逃げ出そうとした黄巾兵たちも、待ち伏せていた官軍騎兵の攻撃を受けて、逃げることも降伏する事も出来ずに倒されていった。
 桃香の、そして黄巾兵たちの予想すら超える速度で来援した官軍騎兵が、街を救ったのだった。急転直下の展開に呆然とする桃香のところへ、町長や元締めたちが近づいてきた。
「皆さん、ご無事で……!」
 ようやく笑顔を見せた桃香に、街の住民たちは笑顔で頷くと、わっと彼女の元へ殺到した。
「そうじゃ、助かったんじゃよ、玄徳どの!」
「あんたのおかげだ! 本当にありがとう!!」
 もみくちゃにされる桃香。そこへ、さっきの趙雲が馬を寄せてきた。既に大勢は決したようだ。
「おや、貴女は……安全な所に隠れているように言ったと思うが」
 桃香が何か答えるより早く、周りの住民たちが抗議の声を上げた。
「なんて事を言うんだ、あんた!」
「玄徳ちゃんは、この街のために誰よりも勇敢に戦ったんだぞ! それを隠れてろなんて、酷い侮辱じゃないか!!」
 住民たちの言葉に、趙雲は桃香の顔を見て貴女が? と首を傾げた。その態度にまた住民たちが抗議しようとした時、別の声が聞こえてきた。
「どうしたんだ、子龍。助けに来た街の者と言い争いか?」
 その声は、桃香にとって聞き覚えのある、懐かしい声だった。彼女は声の主の方を向いた。桃香よりも鮮やかな赤い髪を、馬の尻尾のような形に結った少女。一際目立つ白馬にまたがり、銀の鎧で身を固めたその姿は、紛れも無く、彼女の親友だった。
「白蓮ちゃん! やっぱり白蓮ちゃんだ!!」
 桃香がそう叫んで手を振ると、声の主は驚きに目を丸くした。
「桃香!? どうしてお前がここにいるんだ!?」
 それを聞いて、趙雲は声の主に尋ねた。
「伯珪殿、お知り合いですか?」
 白蓮、あるいは伯珪と呼ばれた少女は笑顔で頷いた。
「ああ、私の学寮時代の親友だ」
 白蓮は地面に降り立つと、人ごみを掻き分けて桃香の手を握った。
「久しぶりだな、桃香。盧植先生のところを卒業して以来だから……」
「うん、三年ぶりだね。元気そうで嬉しいよ、白蓮ちゃん」
 懐かしい旧友との再会に、桃香の目は潤んでいた。
「ほう……太守たる公孫伯珪殿の友人、それも真名を預けあう関係とはな。確かに只者ではなかったようだ」
 趙雲は頷いた。そう、桃香が「白蓮ちゃん」と呼ぶ相手は、この幽州の太守、公孫賛。字は伯珪。そして真名は白蓮。
 桃香とは青春時代、共に清流女学院で大いに学び、武術を競い、天下国家を論じ、そして何より……
 かけがえの無い友情を育みあった仲だった。
 
 本陣に定めた町長の家に場所を移し、桃香と白蓮は積もる話をする事にした。
「それにしても、白蓮ちゃんがこの幽州の太守になってたなんて、ぜんぜん知らなかったなぁ……さすが水鏡門下の秀才だね」
 桃香が白蓮の杯に、戦火を免れた酒蔵から貰ってきた酒を注ぐ。
「ありがとう、桃香。まぁ、太守で終わる気はないけどな。もっともっと上を目指すのが、私の目標さ」
 白蓮が答えながら、桃香の杯に酒を注いだ。二人でそれを軽くあわせ、乾杯する。最初の一杯を飲んだ所で、白蓮は桃香に尋ねた。
「それより桃香、お前はどうしてたんだ? お前なら都尉くらいなら余裕で勤まるだろうに、何で街の義勇兵の指揮官なんか」
 桃香は答えた。
「ありがとう……でも、選挙を受けるお金も余裕もなくなっちゃって」
 名門・清流女学院を出ている桃香だが、名門私塾だけあり、授業料も決して安くは無い。父親の死後、桃香に良い教育を受けさせるために母親はかなり無理をしたらしく、桃香の卒業直後に母親が死んだ時には、遺産はもうほとんど残っていなかった。家屋敷も抵当に入っており、彼女は街を離れて楼桑村に戻るしかなかったのである。
 選挙……地元有力者の推薦による任官制度を受けることが出来れば、仕官の道も開けたかもしれないが、それにしても推薦を依頼するためにはかなりのお金を積まなくてはならない。結局、桃香にはむしろ売りをして糊口を凌ぐ以外の道は無かった。
「そうか。苦労してたんだな」
 白蓮は二杯目を乾すと、桃香の顔を見た。
「なぁ、桃香。私のところに仕官する気はないか?」
「えっ!?」
 桃香は白蓮の提案に驚いて顔を上げた。
「太守になったのは良いけど、今私の下に居る人材だけでは州の統治には不足でな。もし桃香が手伝ってくれるんなら、すごく助かるんだ。何と言っても、お前は盧植先生が将来を嘱望していたほどの逸材。私が天下に名を上げるために、どうしても手を借りたいと思っていた一人なんだよ」
 白蓮も清流女学院では万事をそつなくこなす秀才として知られていたが、桃香は武術、馬術以外ではその白蓮を凌駕する才を示し、学園長である盧植も桃香の才能を大いに評価していた。
「ありがとう、白蓮ちゃん……そこまでわたしの事を気にかけてくれていたなんて、嬉しいよ」
 桃香は涙ぐんだ。三年間便りのなかった親友との間に、今も確かな友情がある事を知り、これほど嬉しい事はなかった。
「じゃあ、来てくれるか!?」
 白蓮が勢い良く身を乗り出すと、桃香は頷いた。
「うん、わたしで良ければ。よろしくね、白蓮ちゃん!」
 義勇兵の指揮をしてみて、桃香が痛感したのは、やはりこの乱世を収めるには、力がどうしても必要と言う事だった。桃香の兵法や知恵で、四倍の敵に二日立ち向かうことは出来たが、結局白蓮の援軍がなければ負けていただろう。
 例え少なくとも、しっかり訓練された兵を動かすことが出来る、あるいは政治にかかわり、そもそも黄巾党のような叛徒を出さないような政策を立てる。そう言うことの出来る立場になることが、今の桃香の目指すべき目標であり、白蓮との再会は、その絶好の機会だった。
「そうか! お前ならそう言ってくれると思ってたよ! よろしくな、桃香!!」
 白蓮は桃香の手を取り、しっかりと握り締めた。そして、杯を掲げた。
「そうと決まれば、今夜は飲み明かそう」
 笑顔で言う白蓮に、しかし桃香は首を横に振った。
「うん……でも、ごめん。白蓮ちゃんといっしょに行く前に、しなきゃいけない事があるの」
「え?」
 白蓮は桃香の顔を見た。さっきまでの笑顔は消え、その表情には深い悲しみと憂いがあった。

 翌日、桃香は志願して黄巾兵と戦ってくれた人々の家を、一軒一軒回って挨拶をした。白蓮に言った「しなきゃいけない事」がこれだった。
 生き残り、大した怪我をせずに乗り切った人のところはそれでも良かったが、一生残る大怪我をしたり、死んだ人々も少なくはない。最終的に五百四十人ほどの義勇兵のうち、百人近くがそういう不幸に見舞われた者たちだった。
「申し訳ありません……わたしの力が不足していたばかりに……本当にごめんなさい……!」
 特に、彼女を庇って矢を受け、結局亡くなった酒屋の主人の家を訪ねたときには、桃香は涙が溢れるのを止められなかった。
「いいんだよ、玄徳ちゃん。うちの宿六は、立派な事をして死んだんだ。誰も玄徳ちゃんを責めたりはしてないさ」
 そんな彼女を、死んだ主人の妻は、優しく慰めたからなおさらだった。涙をぽろぽろと流しながら家を出てきた桃香を、白蓮は肩を叩いて出迎えた。
「桃香……気持ちは分かるけど、お前が自分のせいで兵士が死んだなんて言うのは、お前を信じて戦った人達を侮辱する事になるぞ。お前は、私にも出来ないかもしれない事をしたんだ。堂々と胸を張れよ」
 白蓮は本心から言った。戦いに全くの素人の五百人を率いて、四倍の黄巾兵と戦えなどと言われたら、彼女なら何も思いつかないくらい絶望するだろう。そこから逃げもせずに戦い抜いた桃香は、白蓮から見れば立派にやりぬいたと思っていた。
「ありがとう、白蓮ちゃん……でも、わたしは誰も死なせたくなかった。みんなに、生きて今日を迎えてほしかった……それなのに……!」
 桃香はそう言うと、白蓮の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。白蓮はそっと桃香の頭を抱きしめたが、そこへ趙雲がやってきて、ふっと鼻で笑うようにして言った。
「甘い事を。戦とは、どんなに圧倒的な勝利を収めたとしても、必ず犠牲が出るもの。それを恐れては乱世に立ち向かう事などできんぞ」
「おい、子龍……」
 白蓮が咎めるように言う。しかしその趙雲の言葉は、どんな慰めの言葉よりも桃香の涙を止める力があった。彼女は顔を上げ、趙雲の方を向いた。
「わかっています……自分でも理想論を言っているのは。それでも、わたしは出来れば誰も死なせたくありません。味方も、敵も」
 趙雲は形のいい眉をピクリと上げた。
「……敵も?」
「ええ。黄巾党の人達も……ちょっと前までは普通の生活を送っていたはず。あの人達を乱に駆り立てたのは、政治がよくないから……違いますか?」
 白蓮が思わず息を呑む。桃香の言葉は今の漢王朝に対する批判であり、黄巾のそれとは比較にならないとは言え、下手をすれば十分反逆者と言われてもおかしくない、危険な発言だ。
「……思い切った事を言われる。ならばどうする?」
 白蓮とは対照的に、趙雲は平然とした顔で問いかけを続ける。桃香は時々考えを纏める為につまりながらも、答えを返した。
「具体的にどうするかはまだ見えてないけど……わたしは戦いのない世の中を作りたい。誰も悪い政治や反乱、戦争に怯えなくて済むような……」
「桃香、お前……」
 白蓮は親友の言葉に、それだけを言うのがやっとだった。桃香の言っている事は、突き詰めて考えれば……
「ふっ……ははは……あっははははは! これは傑作だ!!」
 一方、趙雲は爆笑し始めた。しかし、その笑いには桃香を揶揄するような気配は、微塵も含まれていなかった。
「玄徳殿……と言ったかな。貴女は、自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
 たっぷり数分爆笑した後、趙雲は桃香に向かってそう言った。
「え……そ、そんなに変な事言いました?」
 趙雲の笑いっぷりに呆気に取られていた桃香がそう答えると、趙雲はまた吹き出しそうになり、必死に笑いをこらえた後、何とか息を整えて言った。
「やれやれ、甘ちゃんかと思っていたが、天然だったか……いいか玄徳殿。貴女が言ったことは、自分で天下を統一する、と言っているようなものだぞ」
「……あ」
 桃香は自分の言った事の大胆さに気付き、思わず絶句した。趙雲はまたひとしきり笑うと、唐突にその場に跪き、桃香に対して礼を取った。
「え? 趙雲さん?」
 突然の行動に戸惑う桃香に、趙雲は言った。言葉遣いも改まったものになっている。
「星、とお呼びください。それが私の真名でありますゆえ……この趙雲子龍、貴女様に槍をお預けします」
 真名と槍を預ける……つまり、桃香を主として臣下の礼を取るという事。桃香はますます戸惑った。
「そんな……わたしはまだ無位無官の身で……趙雲さんみたいな凄い武人の方に仕えてもらうほどの……」
 その桃香の言葉を遮って、趙雲――星は言った。
「そう自分を卑下されることはありますまい。私欲のためでも、我利のためでもなく、世のため人のために天下をも取ろうと言うその心意気。この趙雲子龍、貴女様のような主を探しておりました。重ねて臣下に加えてくださるようお願いいたします」
 その言葉の真摯さに、桃香はしばし目を閉じて星の言葉を反芻し、そしてその手を取った。
「趙雲さん……いえ、星さん。貴女のような武人に見込まれた事、嬉しく思います。わたしは楼桑村の劉備玄徳。真名は桃香。どうか、よろしくお願いします」
 その握り合う手の上に、じっとやり取りを見守っていた白蓮が歩み寄ってきて手を重ね、桃香と星の顔を交互に見た。
「私を置いてけぼりにするなよ、二人とも」
「あっ……ごめんね、白蓮ちゃん」
 ちょっと拗ねたような白蓮の言葉に、桃香はそう謝り、星はにやりと笑った。
「そう言うつもりではなかったのですがな。ともあれ、伯珪殿が桃香様の主君と言うからには、伯珪殿にも我が真名を許さねばなりますまい。これまでは客将という気楽な立場でありましたが、以後正式にお仕えさせていただきます」
「私は桃香のおまけかよ……付き合いは私のほうが長いんだぞ」
 ますます膨れる白蓮。桃香は首を傾げて尋ねた。
「客将? 星さんは白蓮ちゃんの家臣じゃなかったの?」
「実はそうなんだ。私が半年口説いても首を縦に振ってくれなかったのに……まったく、大した奴だよ、お前は」
 白蓮が頷いて、桃香の肩に手を回す。
「ともかく、これからもよろしく頼むぞ!」
「うん、白蓮ちゃん!」
「お任せを」
 白蓮の言葉に、それぞれに頷く桃香と星。こうして、桃香は平穏ながらも孤独な生活に別れを告げ、乱世と言う大海原に漕ぎ出す事になったのだった。
(続く)


―あとがき―
 と言う事で、白蓮と星が仲間に加わりました。白蓮は好きなキャラの一人なので、世間では色々残念な人扱いを受けていますが、この話では活躍していく予定です。


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