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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:9c40f8d3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/26 00:46

 山間の道に戦気が満ちた。「曹」の一字を記した牙門旗を翻し、覇王の軍勢が進む。
「桂花、この先戦場になりそうな地形は?」
 曹操の問いに、常に傍に控える軍師の荀彧が即座に答えた。
「長坂橋以外ありえないと思います。大軍を食い止める絶好の地形ですから」
「そうね。私でもそうするでしょう」
 曹操は頷く。彼女も長坂橋くらい知っていた。天下の兵要地誌に通じる曹操にとって、知識だけの軍師など必要ない。荀彧もそれは知っており、即座に策を出した。
「力技で長坂を抜くのは至難の業……まして、守将はおそらくまだ姿を見せない燕人張飛……となれば、ここは一隊を送って敵を牽制し、本隊は長江沿流に南下するのが至当かと存じます」
 曹操軍の今回の出兵の目的は、実は北郷軍を壊滅させる事ではない。そうできれば良いという程度のものだ。本来の目的は、何をおいても長江沿流に到達する事にある。今後の主敵である孫呉を打倒するための布石だ。
 曹操は自分を倒すために大同盟が結成された事を知っている。だが、その根幹は同盟最大最強の孫呉にある。幹さえ切り倒せば、枝葉に過ぎない歓仲同盟や北郷軍など、たちまち立ち枯れるだけの存在に過ぎない。
「ふ……そうね。北郷たちには真の大戦略と言うものがどういうものか、しかと見せ付ける。それが覇者というものね」
 曹操は荀彧が目先の敵に捉われず、常に曹操の立てた戦略を注視し、その路線を進む事に全力を挙げている事に満足する。時として気まぐれで戦略外の行動に走る曹操だからこそ、荀彧のような軍師が不可欠なのだ。
「では……」
 荀彧が全軍を本隊と長坂攻撃を担当する別働隊に分けようとした時、伝令が走りこんできた。
「伝令! 前方にて異変が発生しました! 残敵の追撃・掃討中の一隊が壊滅しました!!」
「なんですって? どういう事なの!」
 計算外の事が発生し、たちまち苛立った表情を見せる荀彧に、伝令は答えた。
「生存者の報告によれば、敵はかの錦馬超ほか二名。同行者の正体は不明ですが、北郷軍要人と思われ、小喬と名乗っていたとの事です」
「小喬ですって……?」
 声を上げたのは曹操だった。しまった、と思う荀彧。彼女の敬愛する主君は、事のほか美少女に弱い。呉への出兵の目的の一つとして、本気で「江東の二喬」を手中に収める事を上げているほどだ。
 その「二喬」が同盟のため人質として呉を離れた、と言う報告を受けた時、荀彧はそれを迷わず握り潰し、曹操には報告していない。主君の戦略が崩れる事を恐れた、彼女なりの忠誠心の顕れであったが、その主君は蛇が舌なめずりをするような表情で、腹心を見た。
「桂花、何故ここに小喬がいるのかしら?」
「……私には存じかねます」
 荀彧はそう答えたが、おそらく曹操は事の次第を即座に見抜いただろうな、と思う。甘美な予感が背筋を走りぬけた。それは、心酔する主君の底知れぬ才を目の当たりにする喜びと、おそらくは今夜あたり、隠し事への罰として与えられるであろう、お仕置きの数々への渇望だった。
 だが、その荀彧にして、次の主君の宣言には全力で抵抗をせざるを得ないものだった。
「まぁいいわ。その事は後で問うとして……桂花、長坂橋には私自ら行くわ」


恋姫無双外史・桃香伝

第十九話 桃香、孔明の話に手に汗握り、長坂の戦い決着する事


「お、お待ちください! 華琳様! それは危険です!!」
 叫ぶように止めに入る荀彧。長坂橋に行けば、おそらく待ち構えているのは張飛。取り逃がした呂布や関羽、そして突如復活した馬超もいるかもしれない。曹操は武人としても一流の腕を持ってはいるが、今名を上げた四人は一流を超えた超絶の武人ばかり。いくら曹操でも勝てる見込みは無い。
 しかし、曹操も自分の実力は弁えている。それに、その全員を相手にする気はなかった。
「春蘭、季衣。さっきの失態を償わせる機会を与えるわ。馬超を倒し、小喬を私のところへ連れてきなさい」
「はっ!」
「はいっ!」
 夏候惇、許緒が返礼し、命令を確認した。
「馬超を倒せ、と言うことですが……」
「生け捕りにしろ、じゃ無いんですか?」
 曹操は微笑んだ。
「他の者はいざ知らず、馬超が一族の仇である私に靡く事などありえない。才と美貌には惜しむべきものがあるけど、小喬が手に入るのなら捨てても惜しくないわ」
 先の涼州侵攻で、曹操は馬超の父である馬騰をはじめ、馬一族のほとんどを殲滅した。当然、一族最後の一人である馬超は、曹操に骨の髄からの恨みを抱いている事だろう。捕らえたとて、曹操に頭を下げるくらいなら死を選ぶはずだ。
「承知しました」
 夏候惇は頭を垂れた。その表情に笑みが浮かんでいるのは、生け捕りにしろと言う主君の無茶振りのおかげで、不完全燃焼に終わった関羽との一戦、その鬱憤を晴らす機会を得た愉悦だろう。
「桂花、私は五万の兵を連れて行くわ。残りは任せるから、荊州南部の切り取り、存分にやりなさい」
「……はい」
 気乗りしない様子の荀彧。もちろん主君の命に背く気はないが、お仕置きしてもらえる日が遠ざかった事が、彼女を気落ちさせていた。
「それでは小喬の身柄と馬超の首、貰い受けに行く事にしましょう」
 曹操の不敵な宣言とともに、その背後に金剛力士のように……と言うには質感が足りないが、それに劣らぬ力強さで付き従う夏候惇と許緒。しかし、この時彼女たちはある事を忘れていた。


「でいやあああぁぁぁぁっっ!!」
 裂帛の気合を込めて、馬超の槍が魏兵の群れを薙ぎ払う。しかし。
「ちっくしょう、曹操の奴どんだけ兵を連れてきてんだよ。キリがねぇな」
 馬超が言う。既に十以上の敵の隊列を突破しているが、未だに敵が尽きない。ちなみに、彼女はその答えを知らないが、正解は三十万を超えている。
「ん? 翠ちゃん、新手みたいよぉん」
「なんだと?」
 貂蝉に言われ後ろを振り向いた馬超の目に映ったのは、翻る巨大な「曹」の旗。一瞬、頭に血が上った。
「曹操……ッ!」
 故郷を侵略し、父を初めとする一族郎党を滅ぼした非道の敵。思わず我を忘れて突撃したいと言う衝動に駆られる。
「っ……逃げるぞ、貂蝉」
「了解よぉん」
 しかし、馬超は自重した。十万の涼州騎兵の精鋭でも勝てなかった相手に、一人で勝てるはずが無い。それに、背中に感じる重みが、個人的な復習の念より守らねばならないものを伝えてくれる。
「ちょっと急ぐぞ。気分が悪くなったら言えよ」
「は、はい!」
 馬超は背中の小喬に声を掛け、馬腹を蹴った。槍を左右に繰り出し、足止めを図ろうとする魏兵たちを片端から打ち倒す。しかし、そこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「待て、錦馬超!」
「ボクたちが相手だ!!」
 かつて二関の戦いでは共に呂布と戦った許緒と、直接行動は共にしなかったが、魏軍最強の武人として意識はしていた夏候惇。一人でも厄介な相手が二人、まとめて攻めてきた。
「今日はお前たちを相手にしてるヒマはないんだ。帰れ帰れ!」
 馬超は叫んだが、小喬が軽いとはいえ、二人を乗せている彼女の馬と、魏軍の二将の馬では、疲労度も負担も違った。それでもなかなか追いつかせないのは、馬超の騎手としての技量の凄まじさを物語っている。
 しかし、十里も行くうちに、夏候惇と許緒は馬超と併走する形になっていた。夏候惇が挑発するように言う。
「無駄だ、逃げられはせんぞ馬超。おとなしく縛につけ! そうすれば、見苦しくない最期くらいは迎えさせてやるぞ!」
「お断りだ馬鹿野郎!」
 馬超が罵声を返しながら槍を振るい、夏候惇の大剣を弾き返した。しかし、息つく暇も無く、今度は反対側から飛んできた許緒の大鉄球を、身を沈めて回避する。その状態で、再び振り下ろされてくる夏候惇の剣を弾き、またしても空気を唸らせながら飛んできた大鉄球を避ける。
 そんな一連の回避動作を、馬超は五回、十回とこなして見せた。連携攻撃を全て避けられ、夏候惇と許緒の顔に焦りの色が浮かぶ。
(なんて奴だ!? 人馬一体とはこの事か!)
(ボクたちだって馬は下手じゃないのに!)
 そう、馬超がこれを成し得たのは、馬上での戦いだからだった。物心付く頃から馬と共に暮らし、馬上で生きてきた時間の方が長いと言っても良い馬超にとって、その技量を完全に発揮できる環境だ。夏候惇、許緒とて決して平凡な騎手ではないが、馬超の域には遠く及ばない。どうしても攻撃が甘くなり、それは馬超にとっては回避し防御する余裕を持つに十分だった。
 しかし、攻撃には転じられない。そして、長い放浪生活でたまった疲労は、ここに来て徐々に馬超から精彩を奪っていた。遠からず破綻が来るに違いない。このままじゃまずいと馬超が思った時、前方から聞きなれた雄叫びが聞こえてきた。
「ぶるあああぁぁぁぁぁ!!」
 前方の敵兵が弾け飛ぶ。馬超が遅れている事に気付いた貂蝉が、全力で取って返してきたのだ。そう、曹操たちが忘れていた要素とは、貂蝉の存在である。
「翠ちゃん、今助けるわよぉん!」
「悪い! どっちかだけで良いから引き受けてくれ!!」
 強がる余裕も無く、素直に礼を言う馬超。頷いた貂蝉は手近な夏候惇めがけて突撃した。
「ぶるあああぁぁぁぁぁ!!」
「な、何だ貴様は!?」
 奇怪な姿の男が、これまた奇怪な雄叫びと共に突進してくるのを見て、流石の夏候惇も一瞬混乱した。しかし、とりあえずこいつを討ち取って、もう一度馬超を倒すのに専念すれば良い事だと決め、七星餓狼を振り上げた。
「胡乱な奴輩めが、失せろ!!」
 気合を込めて叫ぶや、相手の脳天に剣を叩きつける。確かに相手を唐竹割りにした、と夏候惇が思ったのは一瞬の幻だった。
「なっ!?」
 夏候惇の顔に驚愕の表情が浮かんだ。なんと、貂蝉は右手のひとさし指と中指で彼女の剣を挟みこんで止めていたのである。しかも、それだけの事なのに、万力に挟みこまれたように剣は微動だにしなかった。
「くっ、貴様放せ!」
 必死に剣を引っ張る夏候惇。すると、貂蝉はにこりと笑った……夏候惇にさえ寒気を覚えさせるほど不気味だったが。
「私は女の子と可愛い男の子の味方なの。だから、貴女を傷つけたりはしないわぁ」
「何を意味の分からない事を……」
 言うのか、と言う夏候惇の言葉の続きは、貂蝉の大喝一声にかき消された。
「喝ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 文字通り魂を消し飛ばすかのような凄まじい咆声に、真っ先に反応したのは夏候惇の愛馬だった。軍馬として厳しく鍛え上げられ、例え虎が目前に出現しても、怯えるどころか逆に戦意を燃やすほどの気性の荒さを持つ、馬と言うよりは猛獣のような性格の持ち主なのだが、それがまるで生まれたての子馬のように身を震わせ、その場にへたり込んでしまったのだ。
「なっ……ど、どうしたのだ、お前! 立て! 立たないか!!」
 夏候惇の叱咤にも、首をいやいやするように振って応じない。馬は知ってしまったのだ。目の前の奇怪な男が、自分では絶対に勝てない……虎や狼のような猛獣よりも恐ろしい何かだと言う事に。
「ま、小半刻もすれば、歩けるようになるわよ。それじゃあねぇん」
 貂蝉はこれまた寒気のするような仕草で片目をつぶって見せると、先に行ってしまった馬超と許緒を追って爆走していく。とても人間の足で追いつけるような速度ではない。余りの屈辱に、夏候惇は剣で手近な岩を粉々に撃砕した。
「なんなんだ。ふざけおって、北郷軍は化け物でも飼っているのか! おのれ……この屈辱は必ず返すぞ!!」

 一方、馬超と一騎打ちの形になった許緒だったが、こちらも酷い目に会っていた。
「ボク一人だって!!」
 夏候惇が謎の化け物に襲われ、後方に消えていくのを見て、逆に戦意を燃やした彼女は、鉄球を凄まじい勢いで回転させると、馬超に投げつけた。
「受けられるもんなら受けてみろ!!」
 その一撃は、馬超が避ければ、彼女の乗馬の首を吹っ飛ばすと言う絶妙の軌道を描いていた。かと言って、槍で弾くのも難しい。馬超は力よりは技に重点を置く武技の使い手で、愛用の十文字槍「銀閃」も細身の軽量な槍である。許緒の大鉄球を受ければ一撃で折れるだろう。
 詰め将棋のような見事な攻撃であり、決して許緒が力任せの豪傑と言うだけではない事を示すものだったが、馬超の武術、馬術はそれを凌駕していた。
「黄鵬、頼むぞ」
 馬超が愛馬の首を叩くと、それに応えて一瞬馬が加速したのである。それまで馬超の身体があったところを、許緒の鉄球が唸りを上げて通過する。
「ええっ!?」
 会心の一撃を回避され、驚愕する許緒。だが、次の瞬間彼女は悲鳴のような声を上げた。
「しまった!!」
 回避された鉄球が鎖の長さの限界に達し、一瞬だが鎖が棒のように伸び切った瞬間を狙い、馬超の槍が一閃する。張力の限界に達したところに横合いから強烈な一撃を食らった鎖は耐え切れずに切断され、鉄球が地面を跳ねるようにして転がっていく。
「それじゃ勝負にならないだろ。今日は守るべき人がいるんでね、勝負はまたに預けておくよ!」
 馬超はそう言い残すと、呆然としている許緒を置いて走り去っていく。しばらくして、夏候惇を退けた貂蝉も許緒を追い抜いて走り去り、ようやく彼女は我に返った。転がった鉄球を拾い上げ、地団太を踏む。
「ううー……! くっそー、どうして呂布といい馬超といい、ボクより強い連中がこの世にはごまんといるんだよー!! 悔しい!! もっと強くならなきゃ!!」
 
「やれやれ、ようやく振り切ったか……大丈夫か? 怖くなかったか?」
 馬を走らせながら問いかける馬超に、小喬は頷いた。
「はい……大丈夫です……」
 その顔は上気し、頬が赤く染まっている。馬超は首を傾げた。
「本当に大丈夫か? なんか具合が悪そうだけど」
「い、いいえ! 本当に大丈夫です」
 小喬は一生懸命否定する。しかし、心臓がドキドキして止まらない。
(守るべき人って……)
 その言葉に深い意味が無いのは、小喬にもわかっている。だが、その言葉に何かの運命を感じずにはいられないのだった。
(私、この人となら……)
 そんな想いをかき消すように、後方から爆走してきた貂蝉が話しかけてきた。
「翠ちゃあん、私のことは心配してくれないのぉん?」
「いや全然。呂布とかが相手でもない限り心配要らんだろ」
 素っ気無く、しかし信頼を込めて答える馬超。そのやりとりを、小喬はうらやましく、そしてどこか懐かしく思った。かつて聞いた事のある、孫策と周瑜のやり取りを思い出す。軽口を叩きながらも、二人は心からの信頼で結ばれていた。
(いつから、呉にはああいう雰囲気がなくなっちゃったのかな……)
 
 長坂橋では、撤退に成功した北郷軍の兵士たちが続々と渓谷を渡っていた。まず北郷本隊、ついで関羽隊。最後に、最も危険な殿を勤めた呂布隊が現れた時には、他の隊の兵士からもどよめきが上がった。相当な難戦だったらしく、出撃時に一万を数えた呂布隊は三千にまで激減していたが、相手が五万だった事を考えれば奇跡のような数字だ。
「ごめん、ご主人様。勝てなかった」
 馬を降りて一刀の元にやってきた呂布は、そう言って頭を下げた。
「いや、流石は恋だな。よくやってくれたよ」
 一刀はそう言うと、呂布の頭をなでた。くすぐったそうに、そして頬を赤らめてそれを受ける呂布。
「私とご主人様の隊が残存二千、恋の隊が三千、鈴々の隊が一万……計一万五千か。これなら、長坂橋で十分曹操軍を迎撃できるぞ」
 関羽も自信を持って言う。
「応なのだ。鈴々に任せるのだ!!」
 ここまで出番の無い張飛が、力強く愛用の蛇矛を地面に突き立てて言う。その時、伝令が本陣に駆け込んできた。
「申し上げます! 橋の向こうに身分ありげな武者が現れ、殿との面談を求めております!」
 それを聞いて、一刀が腰を上げた。
「俺に? 曹操の使者か?」
 確認の質問を発すると、伝令は首を横に振った。
「いえ、そうではないようです。馬超と名乗っておりますが……」
 それを聞いて、関羽が声を上げる。
「馬超? 涼州の錦馬超殿ではないのか? ご主人様」
「ああ、会ってみよう」
 一刀は頷くと関羽を連れて本陣を出た。果たして、橋の向こうにいたのは反董卓連合戦で共に戦った事もあるあの馬超だった。
「馬超殿! 一瞥以来ですな!!」
「おお、関羽か! 久しぶりだ。それに北郷も」
 馬超は笑顔を見せると、馬を飛び降りて駆け寄ってきた。
「よく無事で……涼州の話は聞いているよ。お父さんたちの事は残念だったな」
 一刀の言葉に、馬超は一瞬顔を曇らせた。
「ああ……あたし一人、こうしてここまで逃げて来られたけどな。北郷、お願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
 馬超の言葉に首を傾げる一刀。
「お願い? 俺にできる事なら何でもするけど」
 それでも一刀がそう答えると、馬超はその場に跪いて槍を彼に差し出した。
「西涼の馬超孟起、真名は翠。北郷一刀様の一翼に加わりたくまかり越しました。願わくば、我に軍の末席なりと与えてくださるよう、お願い申し上げます」
「ええっ!?」
 一刀は突然の馬超の行動に驚く。配下に加わるばかりか、真名まで預けると言うのだから、その覚悟はただ事ではない。
「仲間になってくれるのは嬉しいけど、でもどうして俺なんだ?」
 一度は共に戦った仲とは言え、それほど親しくした覚えも無い。しかし、馬超の方では北郷軍――と言うより、その一人が示してくれた好意を忘れてはいなかった。
「ご主人様のところの軍師……孔明ちゃんだっけ? あの子があたしたち涼州軍を決戦兵力と評価してくれた、あの嬉しさは忘れられないよ。それに、ご主人様がいい政治をしていると言うのは、涼州でも噂になってたしね」
 早くも北郷軍の流儀で一刀を「ご主人様」と呼ぶことにしたらしい馬超の言葉に、一刀は顔を赤くして照れた。
「そ、そうなんだ……ともかく、そういう事ならうちは君を歓迎するよ。よろしく、馬超……いや、翠」
 一刀がそう言った時、馬超の方から冷たい声が聞こえた。
「何よ、デレっとしちゃって。いやらしいわね」
「え?」
 硬直する一刀。その声には聞き覚えがあった。もう二度と聞けないと覚悟していた声だ。
「あ、そうそう。ここに来る途中で助けたんだけど……ここの関係者だろ?」
 馬超が外套を脱ぐと、その下から現れたのは、もちろん小喬だった。目を吊り上げて一刀を睨んでいる。
「小喬ちゃん……! 良かった。無事だったんだな!?」
 安堵の声を上げる一刀に、小喬は怒りで応じた。
「無事じゃないわよ! 馬から落ちて傷だらけになるし、魏のチンピラみたいな兵士には襲われるし! 馬超さまが助けてくれなかったら、今頃死んでたわよっ!!」
 まくしたてるように言う小喬に目を丸くする関羽と張飛。今まで猫をかぶって一刀に媚びていた小喬しか知らなかったので、彼女の本性を見て唖然としているのだろう。
「そ、そうか。本当に済まなかった。なんと言って詫びたら良いか分からないよ……でも、ともかく良かった。ありがとう、翠。小喬ちゃんを助けてくれて」
「ん? あ、ああ。こんなのお安い御用だよ」
 頷く馬超の手を一刀が握って感謝の意を示そうとしたその瞬間、小喬が動いた。
「馬超さまに触るなー!!」
「げふぁっ!?」
 小喬の飛び蹴りがみぞおちにめり込み、一刀は苦痛の余り身を折った。
「な、何を……」
 息も絶え絶えに抗議する一刀。小喬はそんな彼を冷たく見下ろしつつ、馬超に抱きついた。
「え?」
 戸惑う馬超をよそに、小喬は思い切り舌を出して宣言する。
「馬超さまは私の命の恩人で、大事な人なんだから! 手を出したら殺すわよ!?」
 壮絶な手のひら返しぶりに声も出ない一刀。もちろん思惑あってのこととは言え、一度は正妻だと名乗っていたからには、もう少し労わってほしいと思う。一方、目の前で主君を蹴り倒されたにもかかわらず、関羽は微笑を浮かべて馬超に手を差し出した。
「まぁ、よろしく頼む、馬超どの。改めて名乗るが、我が名は関羽雲長。真名は愛紗。どうかそう呼んでほしい」
「そ、そうか。よろしくな愛紗。あたしのことも翠と呼んでくれ。ところで、ご主人様はいいのか?」
 まだ痛いらしい一刀に張飛が慰めの言葉をかけているのを見ながら馬超が言うが、関羽は平然としていた。
「日ごろの鍛錬が足りぬから、小喬の蹴り程度であの体たらく。もう少し鍛えて差し上げねば」
「ひでぇ……」
 呻く一刀。そう言いながらも、彼には関羽の余裕の理由がわかる気がした。もう小喬は恋敵には成りえないし、馬超もそうだと見たからだろう。
 その時、野太い声が注意を促した。
「じゃれるのもいいけど、お客さんが来たみたいよぉん」
 全員が橋の向こうを注視する。そこに、曹操の大軍勢が迫り来るのが見えた。まだ弓矢が届く距離ではなく、牙門旗の「曹」の字も微かに確認できるだけだが。
「ああ、そうだな……全員、持ち場に着け。迎撃用意だ」
 一刀は立ち上がり、そして馬超に聞いた。
「ところで、これ何」
「これ扱いは酷いわぁん」
 身をくねらせて抗議したのは貂蝉である。さっきからずっといたことはいたのだが、誰もが存在を無視していた……と言うかしたかったのだ。
「まぁ……涼州から脱出したところを救ってもらったんだ。あたしにとっての命の恩人だな。悪い奴じゃないから、存在自体は我慢してやってくれ」
 馬超の言葉に、貂蝉は腰巻から取り出した手巾を噛んでいやいやする。
「翠ちゃんまで酷いわぁん」
「まぁ……詳しい事は後で聞くよ。それより今は曹操だ」
 一刀はできるだけ視界の端に貂蝉を追いやるようにして、曹操軍に意識を向けた。思ったより数が少ないように思える。少なくとも十万はいない。
「五~六万、といった所ですか。もっと多いはずですが」
 彼の内心の疑問を関羽が代弁した。やがて、曹操軍は橋まで一町(約百メートル)の距離を置いて停止した。その先頭から、軍使を示す白い旗を掲げた人物が進み出てくる。それは……
「曹操自ら……」
 馬超が言う。彼女の言うとおり、軍使は曹操その人だった。橋の向こう側の袂まで来た彼女は、その小さな身体から想像もつかない良く通る声で言った。
「北郷一刀、話がしたいわ」
 関羽が言う。
「いけません、ご主人様。誘いに乗っては」
 しかし、一刀は首を横に振る。
「大丈夫。せっかくのご指名だ。話くらい大丈夫だろう。彼女は俺なんかを罠にかける人じゃないよ」
 それに、曹操は丸腰だ。少なくとも、この場で戦う意志はないのだろう。まぁ、向こうが丸腰で自分が完全武装でも、絶対勝てる気はしないんだが、といささか情けない事を考えつつ、一刀は橋の反対側に立った。
「久しぶりだね、曹操さん。洛陽以来かな」
 一刀は言った。憎むべき侵略者であるはずだが、不思議と敵意は抱けない。
「ええ。正直お詫びするわ。あの頃の私は、あなたの力量を見くびっていた。荊州、益州を束ね、私の奇襲からも生き残るなんて、大したものよ」
「それはどうも。だが、俺の手柄じゃないよ。大半は仲間たちの助けあっての事さ」
 曹操の褒め言葉に、頭を掻いて答える一刀に、曹操が笑みを浮かべる。
「謙虚も時には嫌味よ。あなたはそれだけの力量の持ち主を束ねているのだから。まぁ、それはいいわ。本題に入ってもいいかしら?」
「ああ。攻めてきた事を詫びて、退いてくれるという言葉なら嬉しいな」
 一刀が軽口を交えて言うと、曹操はきっぱりと答えた。
「それは無いわ。ただ、それに負けないくらい良い話ではあるつもりよ。北郷一刀。私の配下になりなさい」
 その言葉に、両軍からどよめきの声が漏れる。真っ先に反応したのは、配下になれと言われた一刀本人ではなく、関羽だった。
「曹操よ、ふざけているのか!」
 表情に本気の怒りが貼り付いている。まぁ、攻めて来た挙句に臣下に降る事を要求されれば、それはふざけていると取られても仕方ないだろう。しかし。
「控えなさい関羽。私はあなたの主に話しているのよ」
 曹操が静かな、しかし気迫を込めた声で言う。その覇王の気に、流石の軍神関羽が気圧された。歯噛みして口ごもる関羽をよそに、曹操が問う。
「北郷、答えはいかに?」
 静まり返る両軍。全員の注目を浴びながら、北郷は答えた。
「光栄だね、天下の曹操さんにそこまで見込まれるとは。でも、お断りさせてもらう」
 再びどよめく両軍。北郷軍は主の見せた気概を賞賛し、魏軍は主君の寛大な提案を蹴った身の程知らずに対する怒りのそれだ。
「理由を聞いていいかしら? 私が男の才能を欲するなど、めったに無い光栄なのだけど?」
 曹操は怒りもせず、むしろこうなると分かっていたような笑みを浮かべて質問した。
「簡単な事だよ。俺と曹操さんでは目指す所が違いすぎる」
 一刀もまた、笑みを浮かべて答えた。
「覇者であろうとする曹操さんを、俺は凄いと思う。天下の全てを制しようなんて大それたことは、俺にはとても言えない。そんな俺も含め、覇者の下では生きていけない人もいるのさ。そういう人たちのためにも、俺は君の言う事は聞けない」
 二人の君主はしばし無言でお互いの顔を見つめた。そして、最初にそれを破ったのは曹操だった。
「……ふふっ。良いでしょう。今日のところは、あなたの意地を立ててあげる。でも覚えていて。私は、欲しいものは必ず手に入れる性質なのよ」
「肝に銘じておくよ」
 曹操の言葉に答える一刀。曹操は馬首を返すと、手を天に掲げて命じた。
「撤退! 本隊に合流する!!」
 そこへ、夏候惇が馬を寄せてきた。どうにか馬も立ち直ったらしい。
「華琳様、お戯れが過ぎます。あのような男を欲するなど……」
 曹操は笑った。
「あら、私は本気よ。彼を下せば、関羽や呂布も付いてくるのだから。それに、あの男、なかなかあれで骨があるようね。私の覇気にたじろがなかった」
 曹操は最初一刀をここで叩き潰すつもりだった。だが、気が変わった。孫呉を叩き潰し、自分たちに勝ち目が無いと悟らせた上で、臣下に迎えるのも悪くない。
(北郷一刀……ね。貴方は三人目の英雄になれるかしら)
 まだ橋の上に立ってこちらを見送る彼の姿をちらりと見ながら、曹操は荀彧の本隊に合流すべく長坂橋を去っていった。

「ふぃーっ! 緊張したぁ……」
 一方、曹操の姿が見えなくなったところで、一刀は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか? ご主人様」
 慌てて駆け寄る関羽に手を引いてもらって立ち上がりながら、一刀は言った。
「ああ。でも、本当に凄い人だよ、曹操さんは……改めて、俺たちだけじゃ勝てないと分かったよ。こうなったら、呉との合流と決戦の準備、急がないとな」
 危機はようやく去った。しかし、彼が知る物語と異なり落ちることなく残った長坂橋は、逆に失われた領土への開かずの関門のように、一刀には思えたのだった。
 まだ立ちはだかる曹操が、そこにいるかのように。

「……と言うのが、荊州失陥の顛末です」
 語り終えて、孔明がほっと一息ついて水を飲んだ。
「そう。一刀さんは無事だったのね。良かった……」
 桃香は胸をなでおろした。
 ここは建業城の軍議の間である。桃香が一刀の身に迫り来る脅威――曹操の進撃路を看破した直後、孔明が船によって建業に到着し、彼女の口から桃香は自分の推測の正しさを知る事になったのだった。
 もっとも、もっと早く気付いて警告できれば、一刀が荊集を失う事もなく、曹操の呉侵攻計画を阻止できたかもしれない、と思うと忸怩たるものがある。
「なるほど、曹操は確かに荊州を狙ってきたことになるが……何故わかったのだ? 劉備殿」
 孫権が質問してきた。それに桃香が答えるより早く、先に陸遜が言った。
「狙いは、船乗りの確保ですね~。違いますか、劉備様?」
「いえ、その通りですよ」
 桃香は頷いた。
「張遼将軍が抑えた合肥は、長江に通じる水郷地帯。荊州南部も長江の沿岸です。船や船に通じた人たちが、呉ほどではなくてもたくさんいるでしょう。長江北岸の船乗りさんや船大工さんたちを徴募して、短期間に強力な水軍を整備するのが、曹操さんの狙いだと思います」
 桃香の詳しい説明に、孫権が溜息をつく。
「北郷殿を攻めたのも、我が孫呉を侵すための伏線の余興と言うことか。恐るべき奴だ、曹操は」
 すると、周瑜が呆れたような口調で言った。
「我が君、戦う前から呑まれていては戦いには勝てませんぞ」
「そういうわけではない!」
 孫権が怒りの表情を見せる。桃香は麗羽、孔明と顔を見合わせ、そっと溜息をついた。
「……ですが、曹操もずいぶん安易な事を考えますね。船乗りを集めただけでは、水軍を作るといっても仏像作って魂入れず、のようなもの。水軍の指揮を取れる将がいなければ話になりますまい」
 魯粛が言う。すると、麗羽が意外な事を言った。
「水軍の指揮を取れる将なら、曹操さんのところにも一人はいましてよ」
「え?」
 全員の視線が麗羽に集中した。
「それは誰だ?」
 孫権の質問に、麗羽はもったいぶることなく答えを言った。
「曹操さんその人ですわ」
 曹操は黄巾の乱以前、校尉として各地で治安維持の仕事をしており、黄河流域の賊徒を討伐した経験も豊富だ。黄河は長江には劣るとは言え、大河には違いない。そこで曹操は水上戦の何たるかを学んだという。
「それに、曹操さんは孫子の兵法書を注釈するほどの人。水上戦の基礎程度は諳んじている方でしてよ。侮れば足をすくわれることになりますわ」
 麗羽が語り終えると、周瑜が腕組みをして言った。
「なるほど、それは留意しておきましょう。ですが、黄河での賊退治など畳の上の水練の如きもの。我が孫呉の水軍には及びもつかぬものと、曹操には思い知らせてくれましょうぞ」
 それを聞いて、甘寧のように周瑜とは親しくない将も、その通りだとばかりに頷く。確かに、建業沖で見せたあの水軍の練度を見ても、孫呉水軍の強大さは理解できる。絶対の自信を呉が抱くのも無理は無い。しかし、と桃香は思った。
(その絶対の優位を孫呉が誇る水上戦を、曹操さんはあえて仕掛けようとしている……何か隠された狙いがあるんじゃ?)
 桃香にはどうも嫌な予感がした。そして数日後、その嫌な予感が現実化したような凶報が、建業に届いた。
 合肥において、黄蓋の軍が張遼に完膚なきまでに叩きのめされた、と言う敗報だった。
(続く)


―あとがき―
 遅くなりました。桃香伝第十九話、長坂の戦い完結篇です。あっれぇ、張飛無双を書くはずがどうしてこうなった……まぁ、一刀君のかっこいいところを描写できたのは良かったかなと思います。あと、小喬も新たな伴侶を見つけられた? のかもしれません。
 次回は合肥の戦い。延珠には悪いですが、どう見ても地名からして巨大負けフラグです。



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