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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:9c40f8d3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/24 00:10


 呂布は一万の兵たちの先頭に立ち、新野城から北上していた。間もなく、彼女の率いる部隊は侵攻してくる魏軍の先鋒とぶつかる事になる。
 報告によれば、相手は先鋒だけで北郷軍の総勢よりも巨大な約十万の兵力を有し、呂布の率いる部隊とは十倍もの差がある。しかし、呂布の表情には恐れも昂ぶりも見られない。この現世に降臨した武神の化身にとって、戦場はいかなる場所であれ彼女にとっての日常であり、そこには余計な感情の変化は無いのだった。例え味方が自分ひとりで、相手が百万の軍勢だったとしても、呂布は何も感じないだろう。ただ己の武を振るう。それだけだ。
 しかし、そんな彼女の平静とした様子は、付き従う兵士たちにとっては、何よりも心強いものだった。彼らには武神の心など理解できない。だが、呂布が何の恐れも見せない事が、兵士たちにとっては何よりも勇気付けられる事なのだった。そう。呂布が恐れを見せないのなら、自分たちにも恐れるものは無いと。
 やがて、道の先に敵軍の姿が見えてきた。そこで、呂布は無表情のまま首を傾げた。
(……聞いてたより……少ない?)
 十万の敵と聞いていたが、今彼女の前に姿を現した魏軍は、おおよそ五万ほどに見えた。付け加えれば、牙門旗も違う。敵先鋒の指揮官は魏きっての猛将、夏候惇のはずだが、今掲げられている牙門旗は「許」の一字。曹操の親衛隊長で夏候惇に次ぐ勇猛さを誇る……
「許仲康、推参! 呂布、いざ尋常に勝負だー!!」
 一度虎牢関で戦った事もある、春巻のような頭の少女が鉄球を振り回しているのが見えた。呂布はそれをしばらく見ていたが、やがて興味なさげに横の副官を見た。彼が早速呂布の意を汲み取り、命令を下す。
「槍隊右翼前へ! 槍柵を組め!! 弓隊右翼、それに続いて一斉射撃し、その後暫時後退!! 各隊左翼はその後退を援護せよ! 騎兵隊は将軍の指示を待て!!」
 全軍を二手に分け、一方がもう一方の後退を援護する事を繰り返す、繰り引きと呼ばれる戦法だ。優勢な敵の進撃を阻止し、味方の被害を抑える定石的戦術である。呂布としては別に許緒の誘いに乗ってもいいが、ご主人様の命令は、あくまでも敵の追撃阻止。好機が見えれば勝ちに行くつもりはあるが、任務を放棄する気はない。
「あー! ずっこいぞ呂布! ボクと勝負しろー!!」
 一斉に放たれた弓の攻撃に晒されながら叫ぶ許緒。それを見ながら、呂布は思った。やはり敵の勢力は話の半分だ。味方斥候の見間違いなら良いが、それにしては誤差が大き過ぎる。それならば……敵の半分は、どこへ消えたのか?
 それについて考えるより早く、体勢を立て直した魏軍の突撃が開始された。呂布は方天画戟を構えた。まずはこの場を切り抜け、任務を達成しなくては。
 呂布の対応は半分は正しく、半分は間違っていた。
 なぜなら――


恋姫無双外史・桃香伝

第十八話 桃香出番なく、北郷軍は長坂に勇戦する事


 新野城北方で呂布隊と魏軍先鋒の激突が開始された頃、北郷軍本隊五千も新野城を出て、成都に向けて南下を開始していた。
「必ず……戻ってくるからな」
 一刀は馬上から背後に小さくなっていく新野城を見て、そう誓った。一年以上の間、本拠地として起居し、住民たちとも親しく交わった思い出の地。一学生に過ぎなかった自分が、太守として一から手探りで統治し、それでも来た頃より大きく発展してきた城が、視界の端に消えていく。
「ご主人様、急ぎましょう」
 関羽が馬を寄せてきて言った。名残惜しさが一刀の足を遅くさせている事に気づき、注意を喚起したのだ。古今無双の武人が指揮しているとはいえ、殿軍は敵の十分の一。いつ突破され、敵が押し寄せてきても不思議ではない。
「ああ、そうだな。ここで負けたら、城の皆に申し訳が立たない」
 一刀は関羽に答えて気合を入れ直すと、馬腹を蹴った。馬が足を速め、それに続いて軍は街道を進んでいく。
 ついさっきまで、一刀は城の住民代表たちと会談を持ち、今の自分に曹操の侵攻を食い止める力がない事、まずは成都へ退き、同盟諸国軍と連携して魏に当たるつもりである事を率直に話した。
そして、頭を下げた。
「一年……いや、半年だけ待ってくれ。俺は必ず、ここへ戻ってきます。曹操をここから追い出します。だから……」
 行かせてほしい、そう願う一刀に、住民代表の老人は優しく言った。
「御遣い様、そう畏まらんでください。貴方様は我々を本当に大事にしてくださった。この一年ほどの貴方様の統治は、素晴らしいものでした」
 後を引き取って、職人たちの代表が言う。
「だから、御遣い様が嘘を言う人かどうかは、あっしらはちゃんと分かっていやす。御遣い様が戻ってくる日を楽しみにしてやすよ」
 商人代表はそれらの言葉に頷くと、一刀に五万貫の銭を渡すと言ってくれた。北郷軍が半年は自活できるだけの大金である。驚く一刀に、どうせ曹操が来れば、矢銭(軍資金)として拠出させられる金、一刀に持っていってもらった方が銭が生きる、と商人の代表は言った。
「この五万貫、お貸しするだけですぞ。必ず返しに来てくだされ。できれば、倍にしてくれるとありがたいですな」
 そう言って鷹揚に笑う商人の代表。一刀は有難いと同時に、申し訳ない気持ちで一杯になった。ある意味、自分はこの人たちを見捨てていくのだ。期待を裏切られたと怒られ、石を持って追われても仕方ないと思っていた。
 それなのに、彼らはこうして一刀を信じ、送り出してくれる。まだ彼に期待してくれている。それを裏切る事だけは、絶対にできないと一刀は思った。
 だから、今は前を向いて行こう。そう思い直す。新野への郷愁に囚われ、敵に追いつかれ負けるようなことがあっては、それこそ送り出してくれた人々への裏切りになるだろう。
 そう思って前を向いた一刀だが、すぐにある事を思い出して、馬の歩みを緩めると、別の馬とその騎手に並んだ。
「大丈夫かい、小喬ちゃん?」
「……大丈夫。足手まといになる気はないわよ」
 騎手……小喬は何とか馬を操りながら言う。しかし、決して技量が高い騎手とは言えない一刀から見ても、彼女の馬の乗りこなしはぎこちない。
「今からでも、馬車に乗り換えた方がいいんじゃないか?」
 一刀は小喬の「大丈夫」を信じずに言う。最初、一刀は彼女のために馬車を用意させたのだが、小喬のほうで拒否したのだ。馬に乗っている方が早く進める、という理由で。しかし、現在本隊の隊列は新野から持ち出した兵糧や、例の五万貫を積んだ荷駄に速度を合わせているため、馬車だからといって極端に遅いわけではない。
「だから大丈夫。心配しないでよ。あなたの正妻になるためなら、馬くらい乗れるようにしなきゃね」
 小喬は重ねて一刀の提案を拒否した。
「……そうか。辛くなったらいつでも言ってくれよ。乗り換えられるようにするから」
 一刀はそう言って、小喬の元を離れた。幸い、今のところぎこちないとは言え、進軍から落伍するほどではない。ペースを守れば大丈夫だろう。
 その後も時々全体に眼を配りつつ、一刀たちは道を進んでいった。今のところ、追撃の気配はない。どうやら恋は上手くやってくれているようだ。流石だ、と思ったその時だった。
「……!!」
 一刀の全身を、何か嫌な予感が走りぬける。この世界に来て、幾度か死線を潜るうちに、いつしか身についた力……戦場独特の「機」を感じ取る力が、一刀に危機を知らせたのだ。ここは危ない、ここには何かがあると。
「これは!」
 同じ感覚を関羽も共有していたらしい。彼女が声を上げると同時に――
 山が、動いた。
「――しまった!」
 一刀は叫んだ。山が動いた、というのは錯覚で、実際には前方の斜面に潜んでいた何者かが、偽装を解いて吶喊を開始したのである。待ち伏せていた軍勢の先頭に翻るのは、鮮やかな「惇」の一字を書いた牙門旗。
「夏候惇だと……!? 何故ここに!!」
 関羽が唸る様に言うその声に答えるように、魏軍が喚声を上げた。


「さすが華琳さまと桂花だ。こうも策が当たるとはな」
 黒の大剣、七星餓狼を抜き放ちつつ、夏候惇は言った。出陣前、彼女は主と軍師より、一つの策を授けられていたのである。
「春蘭、貴女は途中で一隊を率い、新野城の南方に回りこみなさい」
 曹操の言葉に、夏候惇は了解しつつも尋ねた。
「それは了解しましたが……どのような意図が?」
 それに答えたのは荀彧だった。
「新野は大軍に抗するにはあまりにも小さい城よ。あのブ男の軍は、もっと有利に戦える成都を目指して逃げるはず。だから、待ち伏せて殲滅してほしいのよ」
 男嫌いの荀彧の言葉には容赦がなく、北郷軍を徹底的に壊滅させる気満々だった。その苛烈さを抑えるように、曹操が言う。
「まぁ、できれば関羽と呂布の二人は、生かして捕らえておいて欲しいけど」
 軽く言うが、どちらか一人を捕らえるだけでも大変なのに、二人とも捕虜にしろとは、縄一本で山を引きずってくるのに等しい無理難題だ。お戯れを、と夏候惇が言うと、曹操はあら本気よ、と答え、そして言った。
「北郷一刀……彼さえ消してしまえば、敵軍は瓦解する。そうなったら、関羽も呂布も矛を収めざるを得ないでしょう。後は私の出番よ。じっくりと心も身体も蕩かして、私の虜にしてあげる」
 天下無双の武人でもあり、また第一級の美少女でもある二人を手中に収める事を夢想してか、曹操の顔が上気し、何とも言えない色香を覗かせる。最愛の主にそんな顔をさせるほど想われている関羽と呂布への嫉妬心は夏候惇にもあったが、それ以上に彼女は曹操の忠臣たることに誇りを持っていた。主が二人を欲するなら、それに応えるのが臣下の道だ。
「よって、貴様は消えろ! 北郷一刀!!」
 敵本隊の中心に翻る、十文字の軍旗。視線だけでそれよ燃えてしまえ、とばかりに熱を込めて睨みながら、夏候惇は七星餓狼を振り下ろす。
 満を持した五万の魏軍が、狼狽する北郷軍本隊五千を、津波のように飲み込もうとしていた。
 しかし、北郷軍もうろたえてばかりいるわけではなかった。
「ご主人様、私が血路を切り開きます。全力で南へ駆けてください!」
 関羽はそう言うと、一刀の返事も待たずに配下の兵たちに叫んだ。
「聞け、者ども! ここが我らが天道の切所ぞ!! 剣を抜け! 雄叫びを上げよ!! 無道の敵に、我ら天軍の威勢を見せつけよ!! ただひたすらに敵勢を刳り貫き、南への道を開くのだ!!」
 関羽の凛とした叫びに、たちまち兵たちが呼応し、応、という力強い叫びが返ってくる。一刀の人徳を慕い、関羽や張飛と言った名将に訓育されてきた北郷軍の兵士は、この絶体絶命の危機においても、逃げたり離反したり、という者はいなかった。抜刀し、槍を構え、弓が引き絞られる。
「よし、良い気合だ!! それを敵にたたきつけるぞ。我に続けぇっ!!」
 関羽は青龍偃月刀を一振りすると、また自らも裂帛の気合を込めて、十倍の敵に向けて突撃した。関羽隊がその後に続く。巨大な津波に小船が、それでも力強く乗り切ろうとするように進み、ついに両者は激突した。

「なんと……!!」
 夏候惇はその光景に賞賛と畏怖の入り混じった声を上げた。奇襲からの立ち直りの早さ、十倍の敵に躊躇なく立ち向かう勇猛と、それを可能とする統率と忠誠。いずれも董卓軍や馬騰軍にはなかったものだ。これだけの軍を鍛え上げた北郷一刀とその部下たち、確かに只者ではない。
(これは、小勢とはいえ侮れぬ……華琳さまが気にかける理由が良く分かった。関羽や呂布への執着だけではない)
 夏候惇が納得するその前方で、魏の兵士たちが十人ほど、まるで豆を岩に叩きつけた時の様に、四方に飛び散るのが見えた。関羽が青龍偃月刀の一薙ぎで吹き飛ばしたものだ。その局地的な傷に、遮二無二北郷軍が突撃し、僅かな傷を拡大していく。関羽の猛威と武威が兵を怯ませるのを見て、夏候惇は命じた。
「伝令! 両翼の部隊に、敵の脇を回りこみ、後方を襲うよう伝えよ! 関羽は私が引き受ける!!」
 復唱も聞かず、夏候惇は七星餓狼を構え、馬を走らせた。人間大の竜巻のように荒れ狂う関羽に向けて叫ぶ。
「そこまでだ、関羽! 貴様の相手はこの夏候惇がしてやろう!!」
 その声が聞こえたか、関羽が青龍偃月刀を振るって返り血を払い、夏候惇のほうに向き直った。
「盲夏候か。生憎だが、お前を相手にしている暇はない!」
 隻眼ながら勇猛なる事を持って、夏候惇を畏怖し賞賛するその名を関羽は呼んだ。彼女としては褒め言葉のつもりだったのだが、流れ矢で目を失ったことを、己の未熟ゆえの事と感じている夏候惇にとって、それは恥辱の呼び名だった。
「ぬぅ、その名で私を呼ぶな!!」
 怒りを込めて、夏候惇は七星餓狼を関羽の首筋に向けて叩きつける。
「ちっ! 相手せねばならんか!!」
 関羽は舌打ちする。強敵相手の一騎打ちともなれば心躍るのは確かだが、ここで時間を取られるのは不本意だ。今は魏軍を貫き、退路を確保せねばならないのだから。ならば。
「来るが良い。即座に片付けて、道を啓かせてもらうぞ!」
 七星餓狼を受け、その反動で刃を送り返す関羽。
「おお、やれるものならやってみろ!!」
 即座に斬り返す夏候惇。両軍の主君にとって最大の側近であり、共に自軍の武威を代表する二人の武将は、その意地と自負に掛けて凄まじい激突を開始した。

 一方、後方に下がって関羽の突破に続こうとした一刀だが、一騎打ちによって流れが停滞したところで、圧倒的多数の魏軍が両翼から包囲しようと迫ってくるのを見た。
「やっぱりそうなるか」
 思わず呟くように言う一刀。しかし、この場を脱出する事をあきらめる気はない。
「殿、お下がりください。ここは我らが食い止めますゆえ!」
 兵士たちの中から選抜された、屈強の親衛隊が一刀と小喬を守るように前へ出る。一人が十騎に相当すると言われる剛の者ぞろいで、その人数は五百。彼らなら暫くは時間を稼げるだろうが、一刀は彼らの命もまた、諦める対象とは見ていなかった。何とかしてこの場を切り抜ける方法はないか、と頭を回転させる。そして、何か使えるものはないか、と思った時に、それの存在を思い出した。
「あれなら……もったいないが、ええい! 命には代えられないか!!」
 一刀は決断すると、腰の剣を抜いて、馬を後方に走らせた。そこにあるのは、荷駄の山だ。その中に一刀の目当てのものがあった。
「皆すまん、ちょっとどいてくれ!」
 荷駄の兵士に声を掛けて道を空けさせると、一刀は剣を振るった。荷車に荷を固定する縄が断ち切られ、その勢いで平衡を崩した荷物がばらばらと地面に落下する。木箱が衝撃で開き、そこからジャラジャラという音が響き渡った。
「見ろ! 銭の山だ!! 取り放題だぞ、早い者勝ちだ!!」
 叫ぶ一刀。それは、さっき商人たちから献納されたばかりの五万貫だった。
 いきなり自分の軍資金を地面にばら撒いた主君の姿に、思わずあっけにとられる北郷軍の兵士たち。だが、別の反応を示した者たちもいた。言わずと知れた魏軍の兵たちである。
 覇王・曹操の下で「庶人からの略奪は斬首」と決められている厳しい軍律によって鍛えられ、一糸乱れぬ統率を誇る魏軍だが、敵軍のものを奪ってはならない、と言う軍法はない。まして、今目の前にあるのは、五万貫という大金である。一貫あれば一月は悠々と暮らせるだけの額だけに、いかに軍律厳しい魏兵と言えど、眼が眩むなといわれても無理な話であった。
「ぜ、銭だ!!」
「俺のものだ!!」
 戦うよりもまず銭の山に殺到しようとする魏兵たち。一刀はその群れを避けて味方に呼びかける。
「今だ! 奴らが金に殺到しているうちに逃げるぞ!!」
 兵士たちも主君の行動の意味を悟り、その言葉に従って脱出を開始する。親衛隊の兵士たちが魏兵の群れを突き抜け、安全地帯を目指していく。一刀もその中に加わった。
「さすがです、御遣い様!」
 兵士の賞賛に、一刀は頭を掻いた。
「そんなたいした策でもないけどな。もったいないけど、まぁ三倍返し位すれば、皆も許してくれるさ」
 笑い声が湧く。その間に一刀は戦場を観察した。前方では関羽の三千が、夏候惇の本隊一万あまりと乱戦を繰り広げている。関羽は上手く相手の数の優位を殺す戦いをしており、さすがの統率振りだった。一方、後方では一刀を狙いに来たはずの敵兵が、銭を奪い合っている。一刀は親衛隊以下二千を率いて、その隙間を抜けて脱出する事にした。しかし。
「殿、前方から新手の敵! 数は七千!!」
 親衛隊の報告に、一刀は自分たちが抜けようとしていた戦場の隙間を塞ぐように、敵兵が出てきたのを見る。これは、夏候惇が予備として残していた部隊だった。不利な戦域への援軍や、最後のとどめの突撃などに温存される精鋭である。容易な相手ではない。しかし。
「みんな、もうひと踏ん張りだ! あれさえ突破できれば脱出できる!!」
 一刀は士気を鼓舞するために叫んだ。本当は関羽のように格調高い演説の一つもしたいところだが、自分の柄ではない。だから、何時も通りの言葉遣いで叫ぶのだが、将兵たちにとっては、一刀のそんなところが良いと思わせるところだった。これも人徳だろう。
「殿の言うとおりだ! 一騎が十騎に相当すると言われる北郷親衛隊の武の誉れ、今こそ魏の連中に見せ付けるぞ!!」
 親衛隊長の叫びに、応と声が上がる。一刀たちは一塊になって、敵予備隊に突撃していった。
 一刀も無我夢中だった。剣を抜き、押し寄せてくる敵兵に向けて振り下ろす。あるいは突き出されてくる槍や剣を、必死に払いのける。
 元の世界で習っていた剣道と、この世界に来てから関羽に習って鍛えた武術の心得が、一刀を討ち死にの運命から守った。気がつくと、一刀は半分ほどに減った味方に守られて、街道を南下していた。
「た、助かったのか……?」
 まだ呆然とした様子で言う一刀に、親衛隊長が答えた。
「はい、何とか包囲網を突破しました。関羽将軍には伝令を送りましたので、いずれ戦闘を打ち切って合流してくるものと」
 答える彼の顔には血がこびりつき、鎧も何度も切りつけられたのかボロボロになっている。一刀も、まだ持っていた剣の刃を見た。刃こぼれだらけで、まるで鋸のようだ。そのボロボロになった鋼の表面に映る自分の顔は、この僅かな時間にこけ落ちて、まるで病人のようになっている。
 それでも……一刀は生きていた。細かい傷や打撲は無数にあったが、致命傷は受けていない。十倍の敵の待ち伏せと、その後の乱戦と言う修羅場を、彼は何とか生き抜いたのだ。
「は……はは……ははは……生きてる。生きてるよ俺。やったなぁ、みんな」
 一刀が震える笑い声で言うと、生き抜いた兵士たちも、それに答えるように笑顔を見せた。その一人一人に笑顔で答えようとして……一刀は気づいた。
「小喬ちゃんは……?」
 その問いを予期していたのか、親衛隊長が答えた。
「申し訳ありませぬ……乱戦の中で見失いました」
 それを聞いた瞬間、一刀は馬首を返そうとした。しかし、周りの将兵たちがすぐに彼の行動の意味を悟り、押さえ付けにかかった。
「いけません、殿! 今戻るなど死ぬも同然です!!」
 必死に呼びかける親衛隊長に、一刀は半ば狂乱した様な表情と声で叫んだ。
「離してくれ! 行かせてくれ!! 守らなきゃ……助けなきゃいけないんだ!!」
 一刀の脳裏に、小喬の顔がよぎる。酷いトラブルメーカーで、自分の胃や愛紗、朱里との仲も痛めつけてくれた小悪魔のような少女。だが、見捨てられない。見捨てるわけにはいかない。呉との同盟の証だとか言う打算的な理由ではない。
 故郷を離れ、遠い異国に来て、たった一人で祖国を背負い、自分の勤めを果たしている彼女を、一刀は大事に想っていた。愛紗や朱里とも互角に渡り合う強かさを持っているのに、時折見せる淋しげな表情も、気にかかっていた。
 だから、守りたい。あの娘には笑っていてほしい。何より、男として女の子を守るのは、当然の事だから。
 しかし、一刀は自らの意思を貫けなかった。兵の一人が「御免!」と叫ぶと、彼の脾腹を拳で打ちぬいたのである。
「うぐ……」
 一刀の眼から光が消え、愛馬の首にもたれるようにして気を失う。その主君を守って、北郷軍本隊は再び街道を南下していく。
 一刀が気絶した拍子に手から滑り落ちたボロボロの剣だけが、それでも地面に突き刺さり、俺はここから退かないぞ、と言う主の意思を示すかのように立っていた。


 その頃、小喬は一刀たちから十里ほど後方の、街道沿いの廃村にいた。黄巾の乱で荒れ果て打ち捨てられたこうした廃村は、この時代珍しくもない光景の一つである。比較的荒れていない家の中に隠れ、壁にもたれて、小喬は抜けた天井の向こうの空を見上げていた。
「……ドジっちゃったな」
 一人ごちる小喬。投げ出された華奢な手足は擦り傷だらけになり、特に右足は捻挫でもしたのか、青く腫れ上がってズキズキとした痛みを伝えてくる。
 一刀隊と魏軍予備隊の戦いが始まったとき、小喬はそっとその場を離れ、一人逃げ出していた。一刀の想いとは裏腹に、彼女の方には一刀やその仲間たちへの義理も想いもない。危地を脱したら、さっさと呉に戻るつもりだった。
 しかし、途中で馬が荒れた道に足をとられて転倒し、小喬は投げ出され全身を強く打った。馬のほうもどうやら足を折ってしまったらしく、もう動けない状況で、彼女はどうにか這うようにしてここまで来たものの、もう動く気力も体力もなかった。
 実際、この家に潜んでいる間に、どうにか夏候惇との死闘を切り上げ、一刀を追って撤退していく関羽隊の姿も見たが、小喬は声を掛けようとはしなかった。
「こんなところで死んじゃうのかな……でも、それでも良いかな」
 どこか投げ遣りに呟く小喬。さっきまでは呉に戻りたいと言う思いもあったが、戻ってどうなるのか、と言う気持ちもあった。それは、北郷軍に来て以来、彼女の中で燻り続けていた思いだった。
(戻っても、私の居場所はないんだ……結局、冥琳さまは私よりも、雪蓮さまとの思い出を取ったんだもの)
 今は亡き孫策の大望……天下統一。周瑜はそれを受け継ぎ、自らの手で完遂させるために、伴侶のはずだった小喬を、北郷軍に送った。歓国へ行った姉の大喬ともども、人質として相手を呉にひきつけると共に、内紛を煽って呉なしでは存在できない国にさせる、と言う密命のために。
 愛する周瑜のために、小喬は好意など一欠片も抱いていない男に媚を売り、武将たちの間に反目を煽った。たぶん、ある程度は上手く行っただろう。荊州を失った北郷軍は、呉に頼る他なくなるはずだ。しかし、そのために今自分は、こうして見知らぬ異国の片隅で、死んでいこうとしている。それを看取ってくれる人間は誰もいない。
 自分はどうして、こんな所にいるのだろう。どうしてこんな事になったのだろう。周瑜との愛は、一体何だったのだろう。小喬には分からなかった。
「好きな人と……ずっと一緒にいられて、ずっと楽しく暮らしていければ、それで良かったのに。天下なんて、私には必要ないのに……さみしいよ、お姉ちゃん……冥琳さま……」
 小喬は眼に涙を溢れさせ、手で顔を覆った。北郷軍ではずっと強がって見せていた少女は、一人になって初めて、もう彼女には戻ってこない幸せな日々のために泣いた。
 その時だった。
「おい、見ろよ。馬だ。しかも結構良い馬だぜ」
「ばぁか。もう足を折って使い物にならねぇよ。もっといいものを探せよ」
「そうだけどよ、これに乗ってた奴は、まだ近くにいるんじゃないか? 馬なしじゃあ、それほど遠くには行ってないはずだ」
 男たちの大声に、小喬ははっとなって顔を上げた。身体を引きずってそっと壁の隙間に近寄り、外を窺う。そこでは、彼女の乗っていた馬を囲んで、十数人の魏兵たちが話していた。どうやら、残敵掃討をしている最中らしい。
「そうだな。お前たちはこのあたりを探せ。俺たちはこの村を探してみる」
 相談がまとまり、魏兵たちが散らばる。五人ほどが村の中に入ってきて、まずは手近な廃屋の戸を蹴り開けるのが見えた。
(か、隠れなきゃ……!)
 小喬は慌てて辺りを見渡した。死んでも良いとまでさっきは思ったが、死に方くらいは選びたい。残敵掃討中の兵士に捕まれば、どんな目に合わされるか。男嫌いの身としては、そこから先は想像したいとさえ思わなかった。
 しかし、この村が滅びた黄巾の乱時に、既にめぼしい家財はほとんど略奪されつくしており、何も身を隠せるものなど見当たらない。必死に家の中を這い回っていた小喬は、ふとした拍子に痛めている足を壁にぶつけてしまう。
「いっ……!」
 激痛で叫びそうになり、必死に口を抑える小喬。だが、足をぶつけたときの音は、外の魏兵にも完全に聞こえていた。
「おい、今の!」
「この家だ!」
 そんな声が聞こえたかと思うと、戸が蹴り開けられ、外からの光が小喬の姿を照らし出した。彼女から見て逆光の中に立つ魏兵たちが、口々に言う。
「見ろよ、娘っこだぜ」
 一人が言う。足の痛みと怯えで動けない小喬を見下ろすように、彼らは周りを囲んだ。
「まだ小娘だが、結構上玉じゃないか」
 一人が好色そうな笑みを浮かべる。すると、別の一人……気の弱そうな男が言った。
「でも、軍律じゃ庶人から略奪したり、娘を襲ったりしたら斬首って……」
 すると、最初に入ってきた男が、その良識を笑い飛ばすように言った。
「馬鹿野郎。こんな廃村で娘が襲われてるなんて、誰が思うんだよ。事が済んだら殺して埋めちまえば、誰にもわかりゃしねえ」
「そうそう。あの軍律のおかげで、美味しい目にも会えないんだ。こういう機会を逃す手はねぇよ」
 別の一人も賛同するように言う。どうやら、この兵士たちは黄巾崩れか山賊上がりか、いずれにせよ曹操軍兵士の中ではタチの悪い連中であるらしかった。
「そ、そうか。兄貴たちの言うとおりだよな」
 気弱そうな男も頷き、意見の一致を見た男たちは、包囲の輪を狭めた。
「い、いや……来ないで! 来ないでよ!!」
 手を振り回し、小喬は必死に抵抗するが、ただでさえ小柄で華奢で、なおかつ怪我をしている彼女に、兵士たちを追い払う力などあるわけがない。たちまち組み伏せられてしまう。
「やだ……やめてよ! ばかぁっ!!」
 それでも必死に抵抗する小喬に、男は黙って頬を張り飛ばす。
「……!」
 それほど強くはなかったが、それでも理不尽な痛みと恐怖に、小喬の抵抗がやむ。
「へへへ、そうそう。そうやっておとなしくしろよ。そうすれば極楽に行けるぜぇ」
 兵士がそう言った時、背後から凛とした女性の声が聞こえた。
「お前たちがな」
「へ?」
 振り向いた男たちが最後に見たものは、縦横に閃く銀の光だった。ただ一瞬。それだけで、彼らはその命を刈り取られていた。首筋を切り裂かれ、あるいは胸を貫かれ血飛沫を吹き上げて倒れ伏す魏兵たちの向こうに、小喬はその技の主を見た。
 馬の尻尾を思わせる髪型に、意志の強そうな太い眉を持つ美少女。十文字の形をした穂先を持つ長槍を掲げた彼女は、小喬に優しい声で言った。
「もう大丈夫だ。無事か? 酷い事されなかったか?」
 小喬はこくこくと頷いた。
「は、はい! 大丈夫です……あの」
 礼を言おうと小喬は恩人の顔を見上げたが、それより早く、恩人は屋外に向けて声を掛けていた。
「おーい、本当に襲われてる子がいたよ。すっげえ良い耳してんだな、貂蝉」
 それに答えるように入ってきたのは、恩人の三倍はありそうな屈強な肉体を持つ男だった。桃色の腰巻一つ、と言う奇態な出で立ちでさえなければ、気品ある顔立ちにすら見えるのだが……あっけに取られる小喬の前で、恩人とその連れは会話を始める。
「当然よぉん。アタシはこの世の良い男と可愛い女の子の味方ですもの。そのピンチは見逃さないし聞き逃さないわぁ」
 貂蝉と呼ばれた男が、くねくねとした身振りを交えながら言う。
「その割には、あたしに戦わせるのな……まぁ良いけど」
 恩人はちょっと呆れた様に言うと、小喬のほうを向いた。
「で、どうしようか? 家があるなら送っていくぜ?」
 ちょっと蓮っ葉な口調で聞いてくる恩人に、小喬は答えていた。
「私、この辺に住んでるわけじゃないから……その、北郷軍とはぐれちゃって」
 そう言ってから、小喬は自分の発言におやと思った。呉に帰りたい、と思っていたはずなのに、行き先に北郷軍を挙げていたからだ。その自分の心境の変化を分析するよりも早く、恩人の顔が明るくなった。
「お前、北郷軍ゆかりの人間だったのか!? そりゃ渡りに船だ。あたしたちも北郷軍に合流するつもりで旅をしてきたんでね。よし、やっぱり一緒に連れて行ってやるよ」
 そう言うと、恩人は小喬の怪我を手当てして、首をひねる。
「こりゃ、歩くのは無理だな……まぁ、馬に乗せていくけど、お前酔ったりしないよな?」
 小喬が大丈夫、と頷くと、恩人はならしっかり掴まってろ、と言って小喬を背負い、立ち上がった。
「じゃあ行くか。あ、そうだ。お前名前は?」
あ、小喬です……」
 恩人の問いに小喬が答えると、恩人は爽やかな笑みを浮かべて自分も名乗った。
「良い名前だな。あたしは馬超。涼州から来たんだ。こいつは貂蝉。見た目は怪しいけど、悪い奴じゃない」
「まぁ、ひどいわぁん」
 再び身をくねらせて抗議する貂蝉を無視し、小喬は言った。
「馬超……涼州の錦馬超? 白銀姫と言われている?」
 数ヶ月前に曹操に滅ぼされた、涼州の覇者馬一族の一人。それくらいの知識は、小喬にもあった。一方、馬超は自分の名声には無頓着だった。
「そう言われていた事もあるけど、今はただの素浪人さ。北郷軍にあたしの席くらいあるといいんだけど……」
 そう言って、家の外に出た馬超と小喬は、そこでばったり魏兵たちと遭遇した。小喬を襲った連中の仲間だろう。見知らぬ、しかし名のありそうな女武者とその背中の美少女に、魏兵が色めき立つ。
「何だお前は、北郷軍の者か!?」
 手柄首と見た魏兵の隊長が言うと、馬超はニヤリと笑って手にした十文字槍、銀閃を構えた。
「違うけど、そうなる予定さ!」
 再び銀光一閃、隊長が一撃で絶命し吹き飛ばされる。騒然となる魏兵たちに、馬超は宣言した。
「我が故郷を奪いし曹操の手下ども、この錦馬超、一切容赦はしないぜ!!」
 同時に再び繰り出される槍が、包囲網を粉砕する。
「ば、馬超だと!?」
 動揺する魏兵たち。半年前の涼州攻略戦で、魏軍は勝利したものの、馬騰軍の抵抗も激しく、とりわけ馬超の武勇は多くの魏兵たちの命を奪っている。一般兵から見れば、呂布のような武神と大して変わらない、冠絶した武勇の持ち主だ。
「おうよ、この名を恐れるなら道を開けやがれ!」
 恐れに硬直する魏兵たちだったが、馬超を討てばどれほどの恩賞があるだろうという欲が、彼らを動かした。だが、背中から馬超を襲おうとした魏兵は、次の瞬間野太い咆哮と共に繰り出された、貂蝉の豪腕の一発をまともに食らった。
「ぶるぁあああああぁぁぁぁぁ!!」
「ほげぇっ!?」
 同僚数名を巻き込み、昼間の星と化す魏兵。しかし、その騒動を聞きつけたのか、近隣の魏兵たちが続々と集まってくる気配があった。
「翠ちゃん、とりあえず北郷軍に追いつくわよぉん!」
「心得た!」
 馬超は小喬を背負ったまま、軽やかに自分の馬に飛び乗ると、馬腹を蹴った。
「しっかり掴まってろよっ!」
「は、はいっ!」
 馬超の声に答える小喬だが、道を埋め尽くすように魏兵たちが迫ってくるのを見て、心の中で悲鳴を上げた。
(本当に突破できるの、これー!?)
 その悲鳴に何よりも雄弁に答えるように、馬超と貂蝉の裂帛の気合がほとばしった。
「くらえ、必殺、白銀乱舞ーっ!!」
「ぶるぁあああああぁぁぁぁぁ!!」
 馬超の必殺の大技と、生身でありながら馬と同速で疾走……いや、爆走する貂蝉の体当たりが、一瞬で百人ほどの魏兵の群れを吹き飛ばす。
「よし、一気に北郷軍に追いつくぞ!」
 馬超が馬を加速させ、貂蝉もそれに続く。長坂に続く魏兵に満ちた街道を、たった二人が切り裂くように駆け抜けていく。

 その頃、さきほどまで北郷軍本隊と夏候惇隊が死闘を繰り広げた山間の道に、翻る「曹」の牙門旗があった。覇王、曹操が新野城の接収を済ませ、南下してきたのである。しかし、今その進軍は一時停止し、本陣で曹操は夏候惇と向かい合っていた。
「それで……結局、関羽も、北郷も逃がしたわけね」
 曹操の言葉にびくりと身体を震わせる夏候惇と許緒。夏候惇が一刀たちに逃げられたように、許緒も呂布を逃がしていた。兵力では五倍だったが、呂布はその場で一歩も引かずに許緒隊の攻撃を跳ね返し続け、曹操が来るまで粘り抜いたのである。
「も、申し訳ございません……!」
 その場にひれ伏す夏候惇。その身体のあちこちに小さな傷があるのは、関羽に付けられたものだ。軍神とまで呼ばれる相手にこの程度の傷だけで済んだのだから、夏候惇の武威も決して劣るものではないが、指令を果たせなかった咎からは逃げられない。荀彧など、汚らわしいものを見る目つきを夏候惇に向けていた。
 だが、曹操は決して不機嫌ではなかった。くすっと笑うと、仮の玉座から立ち上がる。
「まぁいいわ。武神と軍神を捕らえろなんて、無理難題を言った私にも、多少の責めはあるでしょう。だから……」
 曹操は立てかけてあった愛用の大鎌……絶という銘を持つそれを手に取る。
「ここから先は、私が直接、北郷軍の相手をするわ。わが軍が誇る二人の名将の手をすり抜けたその手並み……とくと見せてもらうわよ」
 ついに動いた覇王。長坂ではじまった曹操と反曹操同盟軍の前哨戦は、また新たな局面を迎えようとしていた。
(続く)


―あとがき―
 おおう、今回は桃香が出てこない……無理もないですが。おかげでタイトルが変な事に。
 その代わり、北郷君が本来の主役らしく頑張ってくれています。それと、馬超、貂蝉も本格的に参戦してきたので、ようやく役者が揃ってきた感じですね。
 次回、長坂の戦い決着篇。桃香の視点にも戻りたいところです。



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