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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:9c40f8d3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/01 21:25

 水晶球を覗く于吉の顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。
「いよいよ、時代が動き始めましたね。どうやら、我々にとっての好機が到来したようですよ」
 左慈が組んでいた腕を降ろし、不敵な笑みを浮かべる。
「ようやくか。随分待たせてくれたものだ。で、誰を勝たせ、誰を退場させる?」
 左慈の問いに、于吉は答えた。
「これから起こるのは、正史でも最大の見せ場となる戦いです。敗北する運命にあるのは、覇王となるはずの存在」
 左慈はつまらなそうな表情になった。
「なんだ、まだあの男を仕留める機会じゃないというのか? 俺は早くあの男を仕留めて、この馬鹿げた茶番を終わらせたいんだが」
 于吉は喉の奥でくっくっと笑った。
「彼を殺すのは、次の段階ですよ。前座としての覇王の敗北。それが大きければ大きいほど、彼を倒す可能性が高まるのですから」
 標的の敵が弱体化する事が、なぜ標的を殺す事につながるのか、左慈には理解できない。彼はじっとりした視線で、相棒を睨んだ。
「回りくどい策を使うのは、お前の悪い癖だな。それで今回何度しくじったと思っている。少しは反省したらどうなんだ」
 于吉は笑った。
「そうかもしれませんが、これも策士の意地のようなものです。まぁ、貴方に迷惑をかけるつもりはありませんから」
 左慈は呆れたように肩をすくめて見せた。どのみち、直接行動担当の彼には、相方の策が成就するのを期待するしかない。そして、この世界にかかわる以前の于吉は、決して無能な策士などではなかった。多くの策を成功させ、外史の膨張を阻止してきた実績がある。この外史だけが、どうやら他とは異なる様相を持っているらしい。
「気にくわん世界だ」
 呟くように言う左慈。その横で、于吉は覇王が繰り出す策の様子を、笑みを浮かべて観察していた。
「三つの決戦を平行しますか。良いでしょう。その策が大きければ大きいほど、貴女に贄としての価値が高まります」
 水晶球は、川辺の風景を映し出していた。


恋姫無双外史・桃香伝

第十七話 桃香、呉に留まり、北郷は運命の戦いに挑む事


 官渡という地名は、中華全土に無数に存在する。地名というよりは「官営の渡し舟」を意味する一般名詞なので、当然と言えば当然なのだが、やはり代表的な官渡というのも存在する訳で、歓魏国境では黄河を越える中牟の官渡がそうだった。
 普段は中原と河北を行き交う旅人であふれている中牟官渡だが、今日は一般人は一人もおらず、代わりに無数の軍旗が川面を圧するように翻っていた。
「軍師、敵の陣容が判明しました」
 その本陣で、帰還したばかりの斥候が、詠に報告をしていた。夜陰に乗じて黄河を渡り、魏軍陣地を偵察して来るという、危険な任務を達成してきたのだ。
「ごくろうさま。報告して」
 詠が続きを促すと、斥候は細かく敵情を話し始めた。
「敵軍の総勢は約五万。牙門旗は淵の一字。夏侯淵将軍が主将と見られます。近隣の漁民や商人から船を徴発し、あるいは筏を作って渡河の構えを見せております」
 それを聞いて、詠は首を傾げた。
「夏侯淵? 他には? 曹操は来ていないの?」
 その問いに、斥候は自信をもって頷いた。
「はっ。他には夏侯淵配下と見られる下級の武官ばかりであります。曹操軍の名高い将は見られません」
 詠は顔をしかめ、ボソッと呟くように言った。
「気に入らないわね」
「えっ?」
 斥候が顔を曇らせる。詠に偵察の失敗を告げられたのかと思ったのだ。しかし、もちろん詠はそんな事は思っていない。
「ああ、ごめんね。キミの事を言ってるんじゃないの。ごくろうさま。ゆっくり休んでちょうだい」
 詠はそう言って、斥候に報奨金を渡す。彼が明るい顔で退出して行くと、詠は僚友に振り向いた。
「どう思う?」
「夏侯淵と言えば、守りの将だ。ここまで積極的な攻勢作戦の指揮を執る事自体、不自然だな」
 美葉が答えた。中牟官渡に魏軍出現の報を受けて、桃香の留守を預かる白蓮が直ちに出陣させたのが、この詠と美葉の二人が率いる五万の軍勢だった。さらに。
「夏侯淵一人、ってのもおかしいよな。あたいらをナメてるとしか思えねー」
 仲からの援軍として、一万の軍を率いて猪々子が到着していた。これで同盟軍は都合六万。相手が侵攻前に川を越えるという難行を強いられる以上、まず突破を許さない態勢と言える。
 もっとも、それは同盟軍も同じで、逆にこちらから黄河を越えて、魏軍に強襲を仕掛けるには、兵力が不足していた。一般に水上を越えて敵地に上陸を仕掛ける場合、三倍から五倍の兵力を持たねば安全圏とは言えない、と言われる。
「そうね。あまりにもあからさまだわ。魏軍は、本気でボクたちと事を構える気はない。今のところはね」
 詠は頷いた。同盟でも一、二を争う脳筋と陰では言われる美葉と猪々子にさえ理解できるほど、この策はわかりやすい。目の前にいる夏候淵はあくまでも囮であり、本命――どこか別の場所に侵攻している曹操の直率軍からこちらの目をそらさせると共に、その背後を守る存在でもあるのだろう。
「問題は、ボクたちにその囮を軽く撃滅するだけの力がないことね。悔しいけど」
 詠は顎に手を当てて考え込んだ。魏以外の四勢力は同盟を結んでいるため、曹操がどこへ攻めているにしろ、歓は同盟の義務を履行するために参戦しなくてはならない。どこかで苦境に陥っている同盟国を支援するため、目の前の夏候淵軍を撃滅しなければならないのだが……火の出るような猛攻を得意とする姉の夏候惇と異なり、夏候淵は守りの戦を良くする知将。詠の智謀を持ってしても、夏候淵を即座に倒す方法はなかった。
「それではどうするんだ、詠? このままでは相手に主導権を握られっぱなしだ。そう言う立場の弱さは……」
「ええ、わかってるわ。洛陽で散々味わった立場だもの」
 美葉の問いかけを、詠は遮る。
「今のボクたちにできるのは、待つことだけ。必ず流れは変わるわ」
 かつて、まだ董卓軍という独立勢力だった頃、詠はそう期待して連合軍との熾烈な戦いを戦った。しかし、流れは変わらなかった。董卓軍と連合軍の戦力が圧倒的に違っていたからだ。
 しかし今、詠の立場は逆になった。曹操軍は巨大と言えど、一国の勢力に過ぎない。連合軍を相手に全面戦争を戦えば、確実にどこかで必ず綻びを出す。その時こそ、逆襲の機会だ。
(曹操……今の貴女は手を広げるに足る戦力を有しているかもしれない。けど、どこか無理が出来るものよ)
 詠はどこにいるとも知れない曹操に、心の中でそう呼びかける。一時は天下に最も近いところに手をかけた軍師として、それは忠告にも似た一言だった。

 
 先日、曹操軍来襲の衝撃で中断した歓、仲、呉の首脳会談は、この日軍議を兼ねた形で再開すると決定した。出席者も呉の主だった武将が加わる。
(とは言うものの、主題は対魏軍防衛になるだろうな)
 桃香は軍議の間に移動しながら思った。天下分立の計について、孫権から何かしら言質を引き出しておきたかったところだが、状況が状況なのでやむを得ない。
「あら、あれは何かしら?」
 一緒に軍議に出る麗羽が、部屋の前でなにやら悶着が起きているのを見て取った。軍議の間前で、桃香がはじめて見る少女が、黄蓋と何か言い合っていた。
「もうー! 入れてくれても良いでしょ、延珠! シャオだって孫家の一員なんだから!」
「ダメですよ、小蓮さま。ここは軍関係者以外立ち入り禁止です。小蓮さまだって例外はないんですから」
 言い合いの内容を見るに、小蓮と言う少女も、孫家の姫君らしい。確かに、桃色の髪の毛や猫科の動物を思わせる雰囲気は、孫権との共通点を感じさせた。しかし、孫権が豹だとしたら、この少女は猫。それもいたずら好きな子猫だ。
 入るの入れないのと言い合いをする二人の様子は、主家と家臣と言うよりは、少し年の離れた友人同士といった感じで、ついつい声をかけることもできず成り行きに見入ってしまった桃香と麗羽だったが、そこへ廊下の反対側から孫権がやってきた。
「何をしている、シャオ」
「げっ、お姉ちゃん」
 厳しい声で呼びかける孫権に、小蓮が妙な声をあげる。
「何がげっ、だ。大方、軍議に混ぜろとわがままを言っていたんだろう。お前にはまだ早い。早く部屋に戻れ」
「むー」
 膨れっ面で孫権を睨んだ小蓮だったが、姉を説得する見込みの無さは分かっていたのだろう。孫権に思い切りアカンベーして見せた。
「ふーんだ、お姉ちゃんのケチ」
 そのままきびすを返し、背後から追ってくる孫権の「シャオ!」と言う怒鳴り声から逃げるように、桃香たちの方へ向かって来た小蓮は、当然のことながら桃香たちに気づいた。
「誰? あなたたち」
 それに桃香たちが答えるよりも早く、彼女はその正体に気づいたらしく、ポンと手を打った。
「あっ、わかった! お姉さんたちが、お姉ちゃんが招いたよその国の王様ね?」
 桃香は頷いた。
「うん、わたしは歓の劉備玄徳。こちらが」
「仲の袁紹よ。貴女は孫権の妹さんかしら?」
 麗羽が言うと、小蓮は笑顔で一礼した。
「はじめまして。孫家の末子、孫尚香だよ。シャオって呼んでね」
 尚香は屈託なく、自分の真名に由来する愛称を呼ぶ事を二人に許した。とはいえ、じゃあそれで、と言うには桃香も麗羽も立場のしがらみがあった。
「そういう訳にも行きませんわよ、尚香姫。ところで、何をしてたんですの?」
 麗羽が問うと、尚香はそうだ、と何かを思いついた顔で桃香と麗羽を見上げた。
「劉備さんからも、お姉ちゃんを説得してくれないかなぁ。シャオも軍議に出たいの! こんな大事なときに何もできないなんて、王族の一人として不甲斐ないでしょ!?」
 それに桃香たちが答えるより早く、歩みよって来た孫権が尚香の頭にゲンコツをお見舞いした。
「いったーい! 何するのよ、お姉ちゃん!!」
 涙目で抗議する妹に、孫権は呆れのまじった口調で言った。
「何するのよ、ではない、シャオ。普段は遊びほうけて勉学も習い事も真面目にやらないお前が、王族の義務を思い出したことは嬉しいが、それなら今果たすべきは勉学の時間だろう。それもしないで軍議に出せなど、十年早い」
 そう言うと、孫権は黄蓋に尚香を勉強部屋に引きずって行くよう命じた。仕方なく、主君の妹を子猫のようにつまみ上げる黄蓋に、尚香が必死に抵抗する。
「こらー! 何するのよ延珠!! これが主君の妹に対する態度なの!?」
「いえ、その主君の命令ですし……」
 黄蓋が去って行くと、孫権はため息をついて、桃香と麗羽に一礼した。
「申し訳ない。妹の無礼は私から謝罪しよう」
「いえいえ、かわいい妹さんですね」
 桃香は首を横に振って、謝罪の必要が無いと孫権に示した。一見ケンカしているように見えるが、孫権と尚香の間には心許しあった仲ならではの空気があり、桃香には羨ましく感じられた。彼女は一人っ子で、姉も妹もいない。
「生意気盛りでな。早く大人になりたいと思うのはいいが、背伸びばかりされても困る」
 孫権はそう答えると、遠い目をして、言葉を続けた。
「あいつが大人になる頃には、平和が来て、二度と軍議などというものが開催されない時代であれば良い。そうありたいものだ」
 桃香ははっとして孫権の顔を見た。今の何げないつぶやきは、彼女の本心を表しているように思えたのだ。
「孫権さん、あの」 
 桃香が言いかけたその時、周瑜が歩みよって来た。
「そろそろ軍議を始めましょう、我が君。世間話に興じるには、我々には時間がありません」
 どこか桃香たちを揶揄するような響きの周瑜の声に、孫権は顔を見た怒りに紅潮させ、麗羽も不快そうな表情を浮かべる。桃香も一瞬怒りの感情が湧くのを感じたが、それを押さえて周瑜に頷いて見せた。
「それでは、軍議の間に行きましょうか」
 周瑜は余裕のある顔で返す。
「そういたしましょう、歓王陛下。軍師としても名高い貴女の軍略をお聞かせくだされば幸いです」
 褒めているようで、挑発的な言葉。桃香は自分に言い聞かせた。
 これは、周瑜との剣を交えぬ戦い。負ける訳には行かないと。


 尚香を連れて行った黄蓋が戻ったところで、軍議は始まった。
「合肥に集結した敵の詳細について、偵察の結果が入りました。敵主将は張遼。軍勢は五万に及び、船を徴発するなど、長江に押し出してくる様子を見せている、とのことです」
 周瑜が報告する。
「五万ですか。たいした数ではありませんな」
 甘寧が言う。呉の軍勢は総数五十万を号しているが、もちろんそれは魏に対する宣伝で、実数は二十万ほどだろう。それでも、総戦力が合わせて十五万ほどの歓仲同盟軍よりは格段に多いのだが。ちなみに、北郷軍の全兵力は八万ほどである。
「相手はあの張遼だ。生半可な相手ではない。油断はできんぞ」
 孫権が言う。張遼はかつての二関の戦いで汜水、虎牢の両方を戦い、負けはしたものの夏侯惇相手に名勝負を見せ、その名を天下に轟かした。その後魏将としては涼州遠征において抜群の勲功をあげており、攻防に優れた名将として評価されている。
「その名将張遼が、無謀な渡河戦をやるとは思えませんね」
 軽く咳き込みつつ、魯粛が言う。周瑜は頷いた。
「同感だな。もっとも、張遼ならこちらが隙を見せれば、即座に攻め込んでくるほどの積極性はあろう」
 周瑜は言って、黄蓋を見た。
「え? な、何かな?」
 戸惑う黄蓋に、周瑜は命じた。
「延珠、二万五千の兵を預ける。張遼が合肥に留まるよう牽制しろ。奴の渡河を許すな」
「ええっ、わ、私が?」
 いきなり涙目になる黄蓋。周瑜は冷たく眼鏡を光らせて言った。
「嫌なら、それでも構わんぞ。ただし軍律違反で百杖の刑に処するがな」
「ううっ、それは嫌だぁ……わかったよぉ……行って来ますよぉ」
 完全に泣き顔で、もはやこの世の終わりのような暗い口調で言う黄蓋。そのあまりの武官らしくなさに、麗羽が桃香にボソッと言う。
「大丈夫なんですの? あの方。先代の黄蓋さんと言えば、勇猛果敢を地で行くような人と聞いていましたのに」
 黄家は江東に古くから根を張る土豪で、孫家にも長く仕える武官の名門である。十年ほど前に亡くなった先代の黄蓋は弓の名手として名高く、孫家の先々代で孫権の母に当たる孫堅の片腕として、江東に留まらず広く名を馳せた猛将だった。
 当代の黄蓋はその孫娘にあたり、祖母の血を引いているはずだが、猛将らしさを見せるどころか、あれでは庶人の娘と大差がないようにしか思えない。
「さぁ。わたしは江東の方たちには詳しくないので、なんとも言えないけど……でも、ちょっと心配ですね」
 桃香はそう答えた。できれば一緒に行っていろいろ補佐してやりたくなるような、そんな保護欲をかき立てられる黄蓋の有り様ではあるが、立場上桃香にはそんな事はできない。黄蓋が役目をやり遂げると信じるしかなかった。
「さて、合肥はそれで良いとして、問題は」
 売られて行く子牛のような雰囲気を漂わせて黄蓋が去って行くと、周瑜は軍議を再開した。そこで、序列としてはやや下の方にいた軍師らしき女性が手を上げた。
「曹操さんの本当の狙いですね~」
「そういう事だ、穏」
 周瑜が頷く。桃香はその女性について魯粛に尋ねた。
「あの方は?」
「陸遜。我が軍の副軍師で、周瑜殿の愛弟子です。ああ見えて武術もそこそこできる、なかなかの逸材ですぞ」
 桃香は陸遜を見た。ふくよかな体付きと、そこから滲み出るおおらかそうな雰囲気は、桃香自身と通じるところがあるかもしれない。周瑜の弟子とは言え、師とはまるで異なる個性の持ち主のようだ。
「お前はどう思う?」
 その陸遜は、周瑜からさらに問いかけを受け、そうですね~、と眼鏡を直しながら思考に入った。
「曹操さんの立場からすれば、やはり最も優先して倒すべきは私たち呉、と言う事になるでしょうね~。兵力的にも、魏を脅かせるのは呉ぐらいですから~」
 一見他の同盟国を軽んじる発言に聞こえるが、陸遜の声にはそう言う悪意は感じられない。淡々と事実を挙げているだけのようだった。実際、歓仲だけで曹操と戦えと言われても、まず勝つのは無理だろう。
「穏は、曹操の狙いは呉への進撃だと見ているのか?」
 孫権の質問に頷く陸遜。しかし、そうだとしたら気になる事がある。桃香は思った。すると、桃香の懸念と同じ事を周瑜が聞いた。
「では、合肥の張遼の軍勢は何だと見る?」
「張遼さんの行動には、二つの可能性がありますね~。一つは、先発隊として曹操さんの本隊を迎えるための下地作り。もう一つは、本当に囮だという可能性ですね~」
 陸遜はそれに呼応して答えを続けていく。こうして問答形式で思考をめぐらすのが、この二人のやり方なのかもしれない。桃香はそのやり取りを興味深く見ていた。しかし、陸遜の言うことはいまいち良くわからない。張遼軍が囮? 張遼軍は呉への侵攻を目指しているのだから、それが囮と言うのは陸遜が曹操の狙いが呉だと言う主張と矛盾する。
(……ううん。そうでもないか。張遼さんを囮として、別の方向から本隊が侵攻してくる、と言う可能性も考えられるし。でも、そんな簡単な話じゃないような気がする)
 桃香は、陸遜が予想している曹操の動きは、もっと複雑なものであるように思えた。すると、周瑜が彼女の方を向いた。
「いかがですか、歓王陛下。我が副軍師の考えを、どう思われます?」
 突然話を振られて、桃香は一瞬慌てた。しかし、何とか内心の動揺を抑えて、周瑜を見返す。
「そうですね……」
 桃香は慎重に考えを巡らした。ここで、下手なことを言って周瑜に侮られるような失敗をすれば、彼女は自分を与し易いと思うだろう。自分の名誉が損なわれるくらいの事は別に気にしないが、将来周瑜が「愚かな王が率いている歓など、簡単に攻め潰せる」などと考えては困るのだ。
「わたしはこの地方の地理には詳しくありませんが、合肥はこの建業に比較的近い土地と聞いています……間違いありませんか?」
 桃香が確認すると、周瑜と陸遜は頷いた。
「そうですね。この建業より、西に二百里と言った所でしょうか」
「長江に繋がる巣湖と言う大きな湖がありまして~、その北ですね。船でしたら~、一日もあれば行けますね~」
 桃香は礼を言って、しばし考える。そして、やはり張遼軍は囮だろうな、と判断する。仮に曹操軍が呉に匹敵する水軍を持っているのなら、巣湖は水塞(水軍の根拠地)として格好の土地だろう。しかし、曹操軍に水軍の得手はいない。とすれば、合肥は出撃の拠点としては魅力がない。
 ただ、川で繋がった湖の傍という事は、曹操軍にとっては水上戦に長けた呉軍に対して優位に戦える、数少ない拠点と考える事ができるはずだ。川を封鎖すればいいのだから。湖への呉水軍の侵入と、上陸しての合肥包囲さえ阻止できれば、防衛拠点としてはかなりの好条件である。
「でも……水軍に対して守りやすい拠点ということは、曹操さんにもわかるなら、呉の人達にもわかるはず……囮として呉の目を向けさせるには、合肥は良い土地とは言えませんね」
 桃香は独り言のように言った。もし張遼軍に囮としての役目があるとしても、水上戦闘力のない張遼軍など、呉としては僅かな兵を対処に付けるだけでも封殺できるのだ。これでは囮としての価値はないに等しい。
 では、やはり先発隊であり、曹操本軍は合肥から呉への侵攻を目指しているのか……いや、それも無謀すぎる。合肥から長江へ出たとしても、そこは呉の得意とする、大規模水上戦に適した広大な水面だ。曹操軍は川の藻屑となり、潰え去るだろう。
 ならば、張遼軍には囮でも先発でもない、もう一つの役目があるのではないだろうか? それこそが最大の役目なのでは……合肥で張遼が果たせる役目とは……
 次の瞬間、桃香は目を見開いた。張遼が何らかの役目を負って合肥に来たのではなく――
 合肥を押さえる事自体が役目なのだとしたら?
「西です!!」
 桃香は叫んだ。その大声に、居並ぶ将たちが唖然としたような表情を浮かべる。だが、桃香は構わず言葉を続けた。
「曹操軍は、西から来ます!! 一刀さんが……危ない!!」
 その言葉に、周瑜がはっとしたような表情を浮かべる。そして、陸遜に命令を出した。
「穏、急ぎ西方国境……特に荊州の様子を探れ! 急げ!!」
「は、はい~っ!」
 陸遜が胸を揺らし、慌てて駆け出していく。その時、桃香の心眼は一刀のいるであろう、北西の空を見つめていた。
 
 
 時間はやや遡る。荊州北部、新野城は今や灰神楽が立つような騒ぎの真っ最中にあった。
 朝食の席に飛び込んできた報告、それは……
「曹操軍が国境を突破! 先鋒は夏候惇将軍率いると思われる大軍で、その数は十万! 後方に曹操直卒と思われる本軍が続き、合わせて三十万以上の軍勢です!!」
 その報告に、血相を変えて孔明が立ち上がった。
「そんな! 三十万なんて大軍が動いて、何の予兆も……」
 見せないはずがない、と言おうとして、孔明は口ごもった。気付いてしまったのだ。
 三十万の大軍が動く予兆……それは、見えなかったのではなく、自分が見ようとしていなかったのだと言う事に。最近自分が気にしていた事と言えば……
 大事なご主人様――一刀と、彼にまとわりつく新参者、小喬の事ばかりだった事に。
「わ――私のせいです……!」
 孔明は小さな拳で机を叩いた。頭の中を、後悔がぐるぐると渦巻いている。自分のつまらない嫉妬で、もっと大きな敵の動きを見落とした。大事な人々を……ご主人様を危険に晒してしまった。同盟の戦略を瓦解させてしまった。全部、自分のせいで!!
 そんな後悔に押し潰されそうな彼女の肩を、ポンと優しく叩く人がいた。孔明が顔を上げると、そこには一刀の顔があった。彼は優しく微笑んでいた。この、切羽詰った状況の中で。
「ご主人様……?」
 戸惑う孔明に、一刀は言った。
「自分を責めるなよ、朱里。それより、今は曹操の攻撃に対処するのが先決だ。俺たちはどうしたらいい?」
 その言葉が頭に浸透した瞬間、孔明は自分を責め続ける思考の迷路から抜け出した。そうだ、今は後悔している場合ではない。この状況を打開する手を考えなければ。孔明の脳が、高速で回転を始める。
 現在、新野城には三万の兵力しかいない。北郷軍全体の兵力は約八万。しかし、五万はまだ安定しない益州各地に分駐している状況だ。これに対し、侵攻してくる曹操軍は三十万。先鋒の夏候惇軍だけで十万の大軍だ。まともに迎え撃って勝てる相手ではない。だが、孔明はすぐに勝算を見出した。しかし……
「ご主人様、私たちがこの苦境を脱するには、この城を捨てなくてはなりません」
 孔明が言うと、一刀より早く関羽が怒りの表情で言った。
「どういう事だ、朱里! この城には、我々を慕う多くの領民もいるのだぞ! 以前の砦とは違う!!」
 かつて、黄巾賊との戦いで孔明は桃香と共に、敵を空城に誘い込んで逆包囲し、殲滅すると言う策を立てたことがある。関羽はその事を思い起こしていたのだ。しかし、孔明の考えは二匹目のドジョウを狙うような、そんな簡単なものではなかった。
「いいえ、あの策はここでは使えません。すぐ後ろに、曹操さんの主力が続いていますし……私たちの狙うべきは城を迅速に脱出し、戦いやすい地形を選んで、撤退しつつ夏候惇軍に大打撃を与え、追撃を断つ事です」
 孔明はそう説明すると、卓上に地図を広げた。新野城を中心として荊州一帯の地形が記載されている。孔明は成都に向う道筋を指でなぞった。
「ここ……長坂橋。ここなら、大軍を少数で足止めするのにもってこいです」
 孔明の指が止まった長坂橋は、長江の支流が山中を流れる渓谷に掛かる橋で、それほど大きな橋ではないが交通の要衝だ。橋の下は数十丈の目も眩むような断崖絶壁であり、落ちれば命はない。周囲に別の橋はなく、ここが通行不能となれば、下流方向へ相当な迂回を強いられる。
 孔明の言うとおり少数の兵士でも大軍を足止めできるうってつけの地形であり、最後に橋を落としてしまえば、曹操が迂回するにしろ橋を掛け直すにしろ、一刀たちが成都へ脱出するだけの時間を稼ぐには十分だった。
「なるほど……しかし、城の住民は……」
 孔明の考えは理解したものの、民を見捨てることに抵抗を示す関羽。その時一刀が言った。
「曹操も夏候惇も、一代の英雄で武人だ。民衆に酷い真似はしないだろう。その点は彼女たちを信頼しても良いんじゃないかな」
 一瞬、関羽の目に嫉妬の火が燃えあがった。が、すぐにその色は消え、冷静さが戻ってくる。彼女もまた悟っていたのだ。孔明同様、自分も嫉妬で目が曇っていたことを。
「そうですね。そこだけは信頼しても良いでしょう。しかし、民には私たちの撤退を納得してもらわねば……」
 関羽が進言する。天の御遣いであり、仁慈に優れた名君として名が流布し始めている一刀にとって、民を見捨てて撤退するというのは、いかにも外聞が悪く、彼の名誉を傷つける事実になるだろうと心配したのだ。しかし、一刀は明るい笑顔で笑った。
「そこは、俺が街の代表の人達に直接説明するよ。それより、皆に頼みがある」
 一刀は仲間たち全員の顔を見渡した。
「紫苑は成都へ先行してくれ。益州の軍勢を成都に集めて、曹操と戦う用意をしたい」
「御意です」
 黄忠が立ち上がり、真剣な表情で頷くと、身を翻して下命を果たすべく駆け出していく。一刀はそれを見送って続けた。
「朱里は今すぐ呉へ向かってくれ。益州の軍勢を集めても、曹操の攻勢を完全には食い止められない。同盟に基づいて、呉に援軍を依頼するんだ」
「わ、わかりましゅた!」
 緊張のあまり舌をもつれさせつつ、孔明が黄忠の後を追って部屋を出て行く。一刀は今度は張飛に顔を向ける。
「鈴々には一万の兵を預ける。紫苑と一緒に出かけて、途中で長坂橋についたら、そこで陣地を作っておいてくれ。曹操軍が百万で攻めてきても追い返せるようなやつをね」
「応なのだ!」
 張飛が喜び勇んで飛び出していく。次に一刀は呂布を見た。
「恋にも一万。殿を任せるから、できるだけ夏候惇軍の追撃を遅らせてくれ。恋ならできるだろう?」
 呂布は無表情でこくっと頷き、そして続けた。
「勝ってしまっても……いいの?」
 彼女にしか言えない大胆不敵な言葉に、一刀は苦笑を浮かべる。
「ああ、構わないさ! それくらいの勢いでやってくれ。最後に、愛紗!」
「あ、は、はい!」
 なかなか名前を呼ばれず、やや焦れた様子の彼女に、一刀は声をかけた。驚いたように背筋を伸ばす関羽に、一刀は命令した。
「愛紗は俺と一緒に来てくれ。街の人達の説得を手伝って欲しい。それが終わったら、紫苑たちの後を追いかける」
「は、はいっ! お任せください!!」
 関羽の目に喜びの色が宿り、顔が明るくなる。それを見て、一刀は内心ホッと一息ついた。これからはもう少し愛紗にも気を遣ってやらないとなぁ、と決意しながら。長い間一緒に戦ってきた間柄なのだ。そのきっかけをくれた曹操軍に、多少は感謝すべきなのかもしれない。
 だが、それもこの戦いに生き残ってからだ。とりあえず、覚えている三国志知識を参考に、最適と思える布陣は組んだ。あとは、何とか生き延びるのみ。そして、最後に一刀はある意味今回の危機の元凶ともいえる存在に目を向けた。もっとも、一刀自身はあずかり知らぬことではあるが。
「小喬は、俺と愛紗と一緒に行動してくれ」
「え? え、ええ……わかったわよ」
 一刀の言葉に、青ざめた表情で答える小喬。一刀としては、彼女を目の届く範囲に置いているほうが安心できると言う判断だった。小喬の硬い表情を恐怖の現われと思った一刀は、安心させるように笑う。
「大丈夫だ。俺たちは数は少ないけど、みんな一騎当千、万夫不当の英雄ばかり。君の身くらい守って見せるさ」
「う、うん……期待してる」
 小喬はそれでも硬い表情だった。その時、出陣を知らせる銅鑼の音が城内に響き渡り始めた。
「黄忠、張飛、呂布将軍ご出陣!!」
 迅速に出撃準備を整えた三人が、早くも先発したらしい。一刀は伝令にわかったと答えると、ついでにその伝令に命じた。
「あ、悪いけど、街の代表者たちに城へ来る様伝えて回ってくれ。大事な話があるって」
「了解です!」
 伝令が敬礼して走り去っていくと、一刀は顔をぴしゃりと叩いて気合を入れた。
「さあ、これからが正念場だ」
 三国志最大の決戦、その前哨戦ともいえる「長坂の戦い」の幕が、切って落とされようとしていた。
 
(続く)
 

―あとがき―
 長坂の戦い本編まで行くつもりでしたが、予想以上に前置きが長くなったので、いったんここで止めます。
 次回こそ長坂の戦い本編に入ります。後は小ネタも少し入れられたら入れる予定。



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