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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/24 22:26

 桃香の元に、待望の書簡が届いたのは、対曹操大同盟成立から半月後の事だった。それを読み終えた桃香は、安堵の表情でそれを机の上に置いた。
「その様子だと、良い返事だったみたいだな」
 白蓮に聞かれ、桃香は頷いた。
「うん。呉からは、わたしの訪問を歓迎するって」
 先日来た使者の魯粛に、桃香は呉への訪問と孫権との会談を申し込んでいる。その返事が孫権からあり、桃香の提案を歓迎する、との内容だった。
「孫呉からはその内容として、北郷殿の返書はどうだったのですかな?」
 星が聞くと、桃香はやはり笑顔で二つ目の書簡に手を置いた。
「一刀さんも、天下分立の計と、円卓会議の創設には賛成だって」
 これで、仲以外にも賛同する勢力が出来た事になり、現在大陸に存在する五つの勢力……歓、仲、魏、呉、北郷のうち、三つが桃香の考えに同調してくれたことになる。呉も条件付賛同だから、あとは曹操だけだ。
「良かったですね、桃香さん」
 争いを好まないことでは、ある意味桃香以上かもしれない月が笑顔で言った。それを見て、逆に桃香は気を引き締める。
「それでも、まだ皆にこの考えが浸透したわけじゃないから、まだまだこれからだけどね」
 桃香は言う。そう、まだ道は半ば……それよりもなお遠いかもしれない。曹操はそれほどまでに強い。
 それに、大同盟も成立したとは言え、まだ体制が整っているとは言いがたい。歓はそれなりに何時でも動ける体制が整っているが、仲は国の再建を急いでいる最中だし、呉は江東南部制圧戦の後始末がまだ済んでいない。北郷軍は、本拠を益州に移す作業の真っ最中だ。
「そういえば、一刀さんも成都に引越しが済んだら、自分の国を建てるつもりみたい」
 桃香が言うと、詠が顎に手を当てた。
「ふうん……あの辺の古い国名を取るとしたら、蜀とかになるのかしら?」
 かつて、秦の始皇帝による統一よりもさらに古い時代、益州の地にあった国の名前だ。実は魏と呉と言うのも春秋戦国時代の古い国の名前であり、それと区別するために曹魏、孫呉と呼ばれたりする。
「そこまではわからないけど、一刀さんのことだから、また違う名前を考えるかも」
 桃香はそう言いながら、はるか西の空に目をやる。唯一本当に信頼できる盟友だと思えるあの青年が、今何をしているのだろうと考えながら。
 
 
恋姫無双外史・桃香伝
 
第十六話 桃香、呉へ赴き、時代の転機に立ち会う事
 

「はい、あ~んして」
「え? あ、あ~ん?」
 一刀に寄り添う小喬が、彼の口に箸でつまんだ桃饅頭を運ぶ。それを戸惑いつつも食べる一刀に、小喬は満面の笑顔で聞いた。
「美味しい?」
「あ、ああ……美味しい……けど」
 一刀は答えるが、その顔には笑みが無く、むしろ恐怖が張り付いていた。それもそのはず、彼の周囲では北郷軍の誇る名将たちが、思い思いの表情で二人に視線を送っていた。
 鈴々もお兄ちゃんに「あーん」したいなぁ、と思っている張飛……これはまだ良い。
 問題は、頬を膨らませ、半分涙目になっている孔明。
 そして、握り締めた箸が、ギリギリと音を立てて、細かく磨り潰されつつある関羽。これが何より一番怖い。今は箸だから良いが、もしあれが自分の首に伸びてきたら、一瞬で一刀の命は握り潰されてしまうだろう。
「あら、愛紗ちゃん。恋ちゃんがお饅頭食べてるわよ」
 その時、黄忠が関羽に声をかけた。振り向いた関羽の視線の先では、呂布が周囲に漂う微妙な雰囲気などガン無視して、無心に饅頭を頬張っている。その天下無双の猛将とは思えない小動物的愛らしさに、関羽の顔が「ほわわ~ん」と言う擬音を発するかのように緩んだ。
(な、ナイス紫苑)
 一刀は心の中で黄忠に感謝した。彼女も一刀には君主としても男性としても好意を抱いてくれているようだが、やはり大人の女性の余裕と言うものなのか、関羽のように嫉妬をむき出しにしたりはしないし、むしろその辺の反応を和らげるように振舞ってくれる。そこが助かる所だ。
 一刀の内心に気付いたのか、どういたしまして、と言うようにやわらかな笑みを見せる黄忠。しかしその時、彼女の気遣いをぶち壊すように、小喬が一刀の首に抱きつくようにして言った。
「もう、一刀様ったら。正妻の私だけを見てよぉ」
 その言葉を聞いて、部屋に暗い空気が膨れ上がる。呂布を見て和んでいたはずの関羽が燃えるような殺気を向けてきていた。同時に、孔明が半泣きどころか、完全に涙目になって一刀の方を見ていた。箸で目の前の豚の角煮をぐさぐさと突き刺しまくっているのが、地味に怖い。
「正妻って……そ、それはない。ないから!」
 一刀は慌てて言う。内心では、何故小喬がこの二人のプレッシャーに耐えられるのかと激しく疑問に思っていた。
(マジでカンベンしてくれ……俺の胃がストレスでマッハになりそうなんだが)
 心なしか痛み始めた腹を押さえながら、一刀は小喬が来た日の事を思い出していた。
 
 
 黄蓋との会談を終えて、その結果を告げるために軍議の間に顔を出した一刀は、もちろん小喬を連れていた。
「ご主人様、その子は?」
 関羽が聞いてくる。一刀は用意していた答えを言おうとした。
「ああ、彼女は――」
 一刀は小喬の事を、同盟を保証する為の呉からの人質だと思っていた。こんな小さい子が、愛する人々の元を離れ、遠い異郷に過酷な運命を背負ってやって来る。そんな彼女に、少しでも寂しい思いや不自由をさせたくない。だから、一刀は仲間たちに頼もうとしていた。
 仲良くしてやって欲しい、と。
 しかし、一刀の言葉を遮るように、小喬が不敵な笑みを浮かべ、一歩踏み出して言った。
「私は小喬。天の御遣い様の正妻ってとこかな」
「……は?」
 一刀は小喬の爆弾発言に思わず呆けていた。今なんて言った? この娘は。
「どうしたの? あ・な・た♪」
 追い討ちをかけるように言う小喬。そして、ゴゴゴゴゴゴゴ、と言う擬音が聞こえてきそうな勢いで迫り来る関羽と孔明。
「どういう事ですか? ご主人様」
「説明していただけますよね?」
 生命の危険を感じ、一刀はぶんぶんと首を振って言った。
「違う! 俺は何もしていない!! 彼女はその……同盟の見届け人みたいなもんだ!!」
 流石に本人の前で「人質」と言う言葉を使うのは躊躇われた一刀だった。その後、事情を了解してもらえるまで必死に説明し、一刀はこの世界に来て以来最大級の生命の危機を、どうにか乗り切る事が出来たのである。
 
 
……いや、乗り切ってなどいない。その危機は現在進行形で続行中である。今も首にかじりついている小喬の余裕の笑顔と反対に、一刀の顔は蒼白だった。いくら一刀が正妻説を否定しても、小喬がこの調子で何時もくっついてくるので、説得力がまるで無い。
(何とかしないと、そのうち命が危なくなる……俺だけでなく、小喬も。何とかしないと……)
 考え込む一刀。重要なのは彼の生命の事だけではない。関羽と孔明が、小喬の事を気にしすぎてか、二人の事務仕事が滞っている。そのため、新野城から成都に引っ越す計画は、かなりの遅延を見せていた。そろそろ予定では成都に移動しなければならない時期だが、まだ引越しの荷造りさえ完全に終わっていない。
 長江に面していて交通の便が良く、経済の中心地でもある成都への遷都は、今後の北郷軍の戦略方針上、非常に重要な事業だ。これ以上遅れさせるわけには行かない。
(とはいえ、どうすればこの状況を解決できるんだ?)
 そう、一刀にわからないのはそれだった。小喬にベタベタくっつかないでくれ、と言うのが一番手っ取り早いのだが、それではあまりに不人情だろう。彼女を人質としてやってきた可哀想な女の子、と思っている一刀には、それは取れない手段だった。
(紫苑に相談してみるか……?)
 結局、一刀は一番頼れそうな人に相談するのが最善と判断した。この問題で一番冷静に物事を判断できそうなのは、やはり黄忠しかいないだろう。
「あのさ、紫苑……」
 一刀が黄忠を呼びかけたとき、突然慌しい足音が廊下の方から聞こえ、兵士の一人が駆け込んできた。
「とっ、殿、一大事! 一大事にございます!!」
 慌てふためいた様子の兵士に、愛紗が一喝する。
「何事か! 落ち着いて報告せよ!!」
「は、はっ!」
 兵士は何度か深呼吸して気分を落ち着かせると、「一大事」の内容を報告した。それは、その場にいた全員を狼狽と混乱の縁に叩き込むのに十分だった。


 遠い新野城が混乱している頃、桃香は一艘の船で南へ向っていた。同盟国である仲と孫呉が国境を接する徐州南部から楊州北部にかけては、長江流域に属する無数の河川や湖が点在し、陸を行くより船を使うほうが早い。
 水郷ならではの風光明媚な眺めも多く、桃香は生まれてはじめての船旅を楽しんでいた。
「いかがですの? わが家の誇る船の乗り心地は」
 船べりに腰掛けて風景を楽しむ桃香に、声をかけてきた人物がいた。
「あ、麗羽さん。とても快適ですよ。こんなステキな船を貸してくださってありがとうございます」
 桃香が言うと、船の主――麗羽はにっこりと微笑んだ。
「喜んでもらえて、私としても嬉しいですわ」
 桃香が呉を訪問するに当たって領内通行の許可を求める手紙を麗羽に送ったところ、麗羽は二つ返事で了承しただけでなく、船を貸すことまでしてくれたのだ。
 それも、袁家が所有する豪華な遊行用の船「麗龍」である。龍を模した装飾を施した船体の上に、煌びやかな楼閣を載せた大型船で、城にいるのと変わらない居住性を誇る。正直、最初に見たときに桃香は袁家の底力を見た思いがした。
「この『麗龍』は、お父様が生きていた頃、幼い私を連れてあちこちを回った思い出の船ですの。台所が苦しいのは承知ですが、手放す気になれなかったのですわ」
 麗羽はそう言って、桃香と向かい合わせになるように椅子を用意した。楼閣の外周は回廊状になっていて、こうしてゆっくり景色を楽しむための椅子だけでなく、机も用意してある。
 至れり尽くせりの船旅だが、意外だったのは「麗龍」を貸す代わりに、麗羽も呉に同行する、と言う事だった。
「楽しいですけど……今、仲の再建も大変な時期ですよね? 来ちゃって大丈夫なんですか?」
 問いかける桃香に、麗羽は苦笑いを浮かべて答えた。
「問題ないですわ。その辺は、斗詩さんに任せたほうが上手く行きますし」
 軍隊の再編だけでなく、国政の総攬まで麗羽に丸投げされてしまった斗詩が、さぞかし困りきった顔をしているだろうと想像すると、桃香は同情と共におかしさが湧いてくるのを感じていた。これで反乱を起こされたりしないのだから、麗羽の人徳も相当なものだと思う。
「……それに、私も孫権さんには用事がありますから」
 ところが、その麗羽は急に真面目な表情になって言った。よほど大事な用事があるらしい。
「まぁ、そう言うことでしたら……」
 桃香は麗羽の様子に首を傾げつつも答えた。考えてみると、麗羽が来てくれるのはそれなりに心強い。呉に行けば、孫権だけでなく周瑜とも対談をせねばならないだろうから、味方がいるというのはそれだけでだいぶ気分が楽になる。特に理由をしつこく聞く事もないか、と桃香は思った。
「桃香さま、袁紹さま。お茶をお持ちしました」
 そこへ、お茶道具一式とお湯を持った大喬がやってくる。彼女も今回の呉訪問には同行していた。桃香としては、あまり彼女を周瑜に会う可能性の高い旅に連れて来たくは無かったのだが、大喬自身がどうしても着いていくと強く希望したのだ。
「あら、気が利きますわね」
「ありがとう、大喬ちゃん」
 雑談中の二人は礼を言って、大喬が淹れてくれたお茶の香りを楽しむ。それは麗羽も十分満足させるものだったらしく、彼女は大喬に笑いかけた。
「とても良い香りですわ。貴女、お名前は? うちの侍女でも、これほどのお茶を淹れる者はなかなかいませんわよ」
「は、はい。大喬と申します。褒めてくださってありがとうございます」
 頭を下げる大喬。しかし、顔を上げた彼女の視線は、お茶を楽しむ麗羽に向けられている。それに気付いた麗羽は、怪訝そうな視線を大喬に向けた。
「どうかしましたの?」
「い、いえ。何でもありません。失礼しました」
 大喬は慌てて視線を逸らす。しかし、麗羽は少し考えて、大喬の反応の理由に思い当たった。
「私の噂はいろいろ聞いているのでしょう?」
 思わずびくっとする大喬。勢力を接する仮想敵国だけあって、呉では袁家の評判は決して良くない。大喬も麗羽については高慢で嫌な人間だという噂を良く聞かされていた。しかし、麗羽は怒る事無く、優しい声で言った。
「私に悪い噂が流れるのは、当然の事ですわ。少なくとも、今までは。これからは、呉の皆さんにも袁本初は大した人だと、そう言われたいものですわね」
 大喬も笑顔を見せる。どうやら、今の麗羽は好きになれそうな人のようだ。
「桃香様、麗羽殿、長江が見えて参りましたぞ」
 今度は、護衛として付いて来た星がやってきた。揺れる船の上でも、その足捌きは不動の大地を踏みしめているのと変わらない安定振りだ。
「もう長江? すると、建業ももうすぐかな?」
 桃香が立ち上がると、麗羽もそれに続いて船べりから身を乗り出した。いま「麗龍」が進んでいるのは、長江北岸の湖から長江へ続いている、名も無い支流の一つだ。支流といっても幅一里に及ぶかなり大きな川なのだが、遠くに見え始めた広大な水面――長江は、桃香の想像を絶する大河だった。
「うわぁ……あれは海じゃないの?」
 思わず感嘆の声を漏らす桃香。彼女は黄河はよく知っており、長江も似たようなものだと思っていたが、実際には二つの川の様相は全く違っていた。
 川幅が圧倒的に違う。もちろん、黄河も二十里から三十五里ほどの幅はあり、十分大河の名に値するが、ここ長江は下流域ではその川幅が百里を超えるところもある。対岸が霞んで見えないほどだ。
 そして、何より違うのはその広大な水面を行き交う、数多くの船だ。大半は漁船だろうが、商船らしい大型船も多い。黄河にここまで船が多いところは無い。俗に「南船北馬」と言われるが、その言葉を体現するような眺めだった。
「ここで驚いていたら、建業に着いた時にはもっとびっくりしちゃいますよ」
 大喬が言う。孫呉の都、建業はまた水の都でもあり、長江流域では最大の港町だ。そこに訪れる船の数は、一日数百艘にもなるという。数百艘の船なんて、桃香には見当もつかない光景だ。
 そんな会話をしていると、見張り台から報告の声が聞こえてきた。
「前方、十里に孫呉の軍船! 魯の旗を掲げています!!」
 それを聞いて、桃香はすぐに事情を察した。きっと魯粛が迎えに来たに違いない。
「麗羽さん、たぶん呉からのお迎えです」
「ええ、そちらにいらした魯粛という人でしたわね」
 麗羽も頷く。やがて、船上から迎えの軍船が見えるようになってきた。
「うわぁ……」
 桃香はまた感嘆の声をあげた。それは今乗っている袁家の船よりもさらに二回りは巨大な、まさに水上要塞と言うべき巨艦だった。三層の楼閣を持ち、その窓からは対艦戦闘用の大型の弩が辺りを睨み、船体からは片舷あたり五十本の櫂が突き出して、規則正しく水を掻いている。それにより、船はその巨体に見合わぬほどの速度で接近してきた。
 また、その両脇には楼閣を持たない、小型の俊敏そうな軍船が十隻ほど護衛についてきていた。速度も運動性能も全く違う船の組み合わせなのに、その隊列には一糸の乱れも無い。
「あれが、孫呉の誇る水軍……驚いたものですな」
 物には動じない星も、この光景には興味と共に驚きを隠せないようだった。やがて軍船は袁家の船から半里ほどを置いて静止し、小船が水面に降ろされると、ゆっくり近付いてきた。


「お久しぶりでございます、歓王陛下。お迎えに上がりました」
 横付けした小船から上がってきた魯粛は、相変わらず病弱そうな白い顔だった。一緒についてきた護衛の兵士たちが浅黒い容貌をしているので、余計に彼女の白さが目立つ。
「お久しぶりです、魯粛さん。建業までの案内をよろしくお願いしますね」
「お任せを」
 桃香の挨拶に答えた魯粛は、顔を上げて麗羽を見た。
「袁紹殿もおいででしたか。歓王陛下が袁家の船を使う事は聞いていましたが……」
 魯粛の言葉に、桃香は軽く眉をひそめる。麗羽は桃香の国、歓と同盟を結ぶ国、仲の王であり、建前上二人の立場は同格だ。実際には歓が仲を凌駕しているとは言っても、そのことに変わりは無い。従って、本来麗羽に対して魯粛は「仲王陛下」と呼ばねばならないのだ。
 それを、あえて「袁紹殿」と言う事は、呉は仲を対等の国とは看做していない事になり、誇り高い麗羽に対しては強烈な侮辱となる。しかし、麗羽は怒りもせず、笑顔を浮かべて頷いた。
「無理を言って、桃香さんに連れてきていただいたのですわ。歓迎の用意が無くとも怒りはしません」
「……そうですか」
 魯粛は麗羽の反応が予想外だったのか、一瞬戸惑った様子を見せたものの、すぐに調子を取り戻して再び一礼した。
「お二人のご来訪を歓迎します。ここから建業まで、わが水軍が帯同いたします」
 どうやら、彼女が自ら水先案内人の役目を買って出たらしい。魯粛の話によれば、これほどの大河である長江と言えど、途中には浅瀬や暗礁があり、慣れぬ者では水難事故の危険があるという。
「では、操船はお任せしますわ。名高い孫呉水軍の実力、とくと見せていただきます」
 麗羽はそう言って、船長に魯粛の指示に従うよう命じた。やがて、魯粛の指揮で「麗龍」は動き出した。迎えに来た十一隻の呉水軍の艦隊が周囲を取り巻き、一見がっちりと護衛しているように見えるが……
「包囲、ですな。これは」
 星が言う。もし、呉水軍が一斉に火矢でも放てば、戦闘艦ではない「麗龍」は一瞬で猛火に包まれ、長江の藻屑と化すだろう。
「孫権さんの発想ではありませんわね、こういうやり方は」
 麗羽が優雅にお茶を飲みながら言う。
「周瑜さん、でしょうね」
 桃香も頷いた。孫権とは対董卓連合軍で会ったきりだが、彼女はこうした策を弄する人間ではない。まして、水先案内人としてこの船には魯粛も乗っているのだ。仮に自分たちを謀殺するとしても、魯粛を平然と巻き添えにするような策は、孫権は認めないだろう。
 もっとも、周瑜とていきなり桃香たちを暗殺したりはしないだろう。こうやって威圧する事で、桃香たちに「同盟の主導者は最強国たる呉だ」と言っているのだ。
 その桃香の観測を裏付けたのは、建業の沖合いに到着した時の事だった。星がほほう、これはこれは、と笑みを交えて言った。
「船が七割に、川面が三割ですな」
 彼女が言うとおり、建業沖の長江には、呉の水軍主力が無数に遊弋していた。あまりにも船の数が多いため、水面が見えるほうが少ない。しかも、緩やかとは言え長江にも流れはあるだろうに、隊列を崩すことも流される事も無く、川面の一点に留まっている。そこへ「麗龍」が近付くと、艦隊はまるで潮が引くようにスッと左右に別れ、建業港への水路が開かれた。
 迎えの十一隻を遥かに上回る規模の、観艦式と言うべき水上の一大式典。しかし、その行動には歓迎よりも桃香たちに対する無言の圧力が込められていた。
「私たちが戦をする相手は、曹操さんだけではないようですね」
 麗羽の言葉に、桃香は頷いた。
「外交もまた、一つの戦ですよ。戦が外交の一部であるように」
 その時、軽い衝撃と共に「麗龍」は建業の桟橋に横付けされた。渡り板が桟橋からおろされ、銅鑼の音が鳴り響く。
「じゃあ、行こうか、みんな」
 桃香は星、大喬、麗羽の顔を見回すと、先頭に立って渡り板を降り始めた。桟橋には呉の兵士たちが矛を持って左右に立ち並び、その奥に孫権と、見知らぬ長身の女性が立っているのが見えた。眼鏡をかけた理知的な容貌の持ち主だが、眼鏡の奥の切れ長の瞳には、怜悧さと共に酷薄そうな光が浮かんでいる。
(この人が……周瑜)
 桃香は相手の正体を悟った。そして、同時に確信する。
 この人の歩む道は、決してわたしのそれと交わることは無いと。
 しかし、今はその確信を口にする時でも、行動に反映させる時でもない。桃香は笑顔で呉の兵士たちの間を歩み、孫権の前に立った。
「お久しぶりです、孫権さん。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」
 桃香の挨拶に、それまで無表情だった孫権は、僅かに口元をほころばせ、しかしすぐに表情を引き締めた。
「久しぶりだ、劉備殿。この国の未来について、大いに語り合いたいものだ」
 孫権はそう言いながら、桃香の手を握る。その感触が少しおかしいことに桃香は気付いた。孫権が何かを握らせてきたのだ。
(……これは……貝殻?)
 握らされたものの感触を掴み、桃香は首を傾げた。どうやら、孫権は何かを言いたいらしいが、それはこの場では言えないことなのだろう。桃香はそれを素早く誰にも見られないように筒袴の物入れに落とし込んだ。どうやら桃香の行動はそれで正解だったようで、孫権は彼女にだけわかる程度に小さく頷くと、今度は桃香の連れを見た。
 星に対しては、武人としての敬意を払い、星もそれに答え一礼する。大喬に対しては、懐かしそうな表情を浮かべ、声をかけた。
「大喬……苦労をかけるな。劉備殿は良くしてくれているか?」
「はい……大丈夫です。苦労なんてしていません」
 大喬が答えると、それは良かった、と孫権は言い、ちらりと周瑜を見る。その周瑜は一瞬大喬に視線を向けたものの、すぐに逸らした。もう、語ることはない……そう全身で表現してるかのようで、大喬も何も言おうとはしなかった。
 その間に、孫権は最後の一人……麗羽に顔を向ける。
「……お前は何をしに来たんだ、袁紹」
 硬い声。桃香にはほんの僅かながら歓迎の様子を見せた孫権も、良い印象のない麗羽には厳しい態度で臨んでいた。麗羽は頷くと、桃香に代わって孫権の前に立ち……頭を下げた。
「いつぞやの事を謝りたくて来たのですわ。申し訳ありませんでした、孫権さん」
「……え?」
 麗羽がそんな態度に出るとは予測していなかった孫権は、思わず目をしばたたかせた。麗羽は頭を下げたまま、言葉を続ける。
「連合軍の時ですわ。私は盟主の座に慢心して、貴女を軽んじるような態度を取りましたでしょう。その事を謝罪したいと思っていたのです」
 汜水関で、孫権が美葉相手に一戦交え不本意な結果に終わった時、麗羽はその戦いぶりを無様なものと評し、孫権の面子を潰した。確かに孫権にとっては頭に来る思い出ではあるが、まさか謝罪されるとは思っていなかっただけに、孫権は戸惑ったものの、気を取り直して言った。
「……良い。袁紹が謝ってくれるのなら、私にはこの件を蒸し返すつもりはない。水に流そう」
「感謝しますわ」
 麗羽は頭を上げ、孫権に手を差し出した。孫権が手を握ると、周囲の兵士たちの間にどよめきが走った。
「さすが孫権様……度量の大きな方よ」
 そんな声が聞こえてくる。敵とは言わないまでも、かつて自分に恥をかかせた相手に謝罪させ、かつそれを受け入れたことは、兵士や官吏たちには孫権の器量を認めさせる行動ではあったようだ。
(麗羽さんがしたかったのはこの事だったんだ……良かった)
 思わぬ成り行きに驚いていた桃香も、それが無事に終わったことでホッとしたが、ふとある事に気付く。それは周瑜の態度だ。喜ばしい事のはずなのに、周瑜は今の一件を酷薄な表情を変える事無く見つめていたが、僅かながら歯を噛み締めたように見えたのだ。そう、不愉快な事を噛み潰すように。
(……?)
 何故周瑜がそんな表情をするのか、桃香にはわからなかった。わかったのは、会談に先立って控え室に来た後の事である。桃香は卓の上に孫権に渡された貝殻を置いた。黒い、あまり美しくとは言えない物だった。
「桃香さま、どうしたんですか、その貝殻」
 卓の表面に視線が近い大喬が、貝殻に気付いて声をかけてきた。
「実は、さっき孫権さんがそっと渡してきたものなんだけど……なんだろう、これ?」
 桃香が言うと、星と麗羽も近寄ってきた。まず、種類を当てたのは星である。
「これは、カラスガイですな。この辺りの水辺ではよく取れる貝で、煮付けにすると酒のつまみに良いですぞ」
 まぁメンマには及びませんが、と彼女らしく締める星。しかし、貝殻の正体を知るのに役立つ情報ではなかった。すると、麗羽が言った。
「桃香さん、貝殻をひっくり返して御覧なさい」
「え? こう? ……あ」
 桃香は言われた通りに貝殻をひっくり返してみる。すると、真っ黒な表面とは対照的に、裏側には鮮やかな色彩で絵が描かれてあったのだ。
「やはり、貝合わせでしたのね」
 麗羽が言う。貝合わせと言うのは、描かれている絵を頼りに、組になっている二枚の貝殻を探し当てる遊びだ。このカラスガイを含め、二枚貝の貝殻は決して他の貝とは形が組み合わないことから、「決して別れる事はない」と言う願いを込めた、一種の呪具としての意味合いもある玩具である。
「なるほど。なんで、孫権さんはこんなものを渡してきたんだろう……?」
 桃香は訝りながら、二枚の貝を合わせようとした……が、組み合わない。
「あれ? これ、組じゃないやつなのかな……?」
 桃香はもう一度貝殻をひっくり返して、絵柄を較べて見た。そして、確かに二枚は組ではない事に気がついた。片方には桃香の祖先でもある劉邦――漢の高祖の宿敵、項羽の絵があり、もう片方はその軍師だった范増の絵だ。
「まるで判じ物ですね……どう言う事?」
 桃香は考え込んだ。項羽と范増……君主と軍師。組み合わない貝殻……君主と軍師が組み合わない?
 そこで、桃香は項羽と范増の関係について考える。項羽は范増を「亜父(父に次ぐ者)」と呼んだほどで、二人の関係は最初強固なものだった。しかし、次第に二人の関係は冷却し、范増は項羽を「小僧」と呼んで軽んじるようになる。
 その決定的な対立を招いたのが、項羽が劉邦と対面した「鴻門の会」だ。范増は項羽に劉邦暗殺を何度も薦める。項羽と劉邦は絶対に並び立てない、と判断していたからだ。しかし、項羽はその進言に従う決断が出来ず、やがて劉邦のしかけた離間の計により、この時二人の間に生じた亀裂は、もはや埋める事の出来ないものになっていくのである。
 これを今の状況に当てはめるとしたら? 項羽は孫権、劉邦は桃香。そして范増は周瑜だ。桃香と孫権が会談する事が鴻門の会に当てはまるとすれば……周瑜の狙いは一つ。
 桃香の暗殺。
「どうしたんですの?」
 考え込む桃香の様子に気付いたのか、麗羽が聞いてくる。そこで、桃香は今思いついた自分の推論を語った。横で聞いていた大喬が沈んだ様子を見せる。
「冥琳さまは……やっぱり……」
 今は桃香を慕う彼女だが、元はと言えば、彼女自身桃香を篭絡するための間者として、歓に送り込まれた存在だ。周瑜が桃香を排除しようとしていることは、大喬が一番よく知っている。
「これを伝えたということは、孫権殿は桃香様暗殺に反対している、と言う事でしょうか?」
 一方星は冷静に現状を分析する。
「たぶん……項羽と范増の例になぞらえるなら、孫権さんは周瑜さんと対立している、と言う事だもの」
 桃香は答えた。同時に、孫権は最大の側近と対立する危険を冒してまで、自分を助ける事を決断してくれた事になる。この恩は、何時か返さなくてはならないだろう。ただ、問題は何故そこまで孫権と周瑜が対立しているのか、理由がわからない事だ。本来、君主と軍師は二身同心が理想。対立するなど愚の骨頂だが……
「一度、孫権さんと一対一で話をする必要があるかな……」
 呉の内実を知る為にも、その必要がある。桃香は何とかしてその機会を作ろうと決意した。その時、魯粛がやってきた。
「歓王陛下、仲王陛下、会談の用意が整いました。こちらへお越しを」
 麗羽への呼びかけが変化している事に、全員が気付く。どうやら、麗羽の謝罪は孫呉に受け入れられたようだった。
 
 
 会談の場となったのは、建業城の中でも長江に近い一角だった。城内に水が引き込まれ、中庭にちょっとした湖を作り出している。その湖を望むように建てられた楼閣の最上階に卓と椅子が運び込まれ、そこに孫権、周瑜、甘寧の三人が待っていた。
 一方、桃香の側は桃香、麗羽と星の三人。星と甘寧はあくまでも護衛で、実際に会談を行うのは君主、軍師の四人だ。それも、主客は桃香と孫権だけである。麗羽は周瑜はどうするか知らないが、自分は会談の立会人の立場でいようと考えていた。
「良く参られた。楽にされよ」
 孫権が椅子を指す。桃香と麗羽が頷いてその椅子に腰掛けると、孫権が、続いて周瑜も座った。ただそれだけなのに、周瑜の動きには思わず注目せざるを得ない何かがある。
(さすが、孫呉二代に仕える大宰相……悔しいけど、貫禄では勝てそうもないな)
 そう思う桃香。実際、周瑜は君主の三人よりも幾つか年上であり、武将・軍師としての戦歴、政治家としての経験は圧倒的に三人を凌駕している。その覇気と存在感は、曹操にすら匹敵するかもしれないと思える。
(でも、負けるわけには行かない。この会談には、私の信じる未来がかかってるんだから)
 桃香はそう気合を入れなおし、改めて挨拶した。
「洛陽以来ご無沙汰していました。江東を統一されたそうですね……まずは、おめでとうと言わせてください」
 孫権は一月ほど前に反孫家勢力を一掃し、帰ってきたばかりだ。決して精強ではないが、地縁に支えられた彼らの抵抗は粘り強く、決して楽な戦いではなかった。
「ああ、ありがとう。しかし、まだ劉備殿や曹操と同じ点に立っただけの事。そう褒められたものでもないさ」
 答える孫権だが、その言葉にはやや自嘲が滲む。しかし、その後ろ向きな姿勢も一瞬で、孫権はすぐに孫呉の王であり、未来を見据える指導者としての顔を取り戻していた。
「いや、私が今立っている地点を、劉備殿たちは既に通り過ぎたのかもしれないな。だから、聞かせて欲しい。どんな話を持って来たのか。劉備殿は何を目指しているのか。そこから私が学べる事も多いはずだ」
 桃香は頷いた。
「わかりました。私の想いを……私が描く未来を聞いて、もし孫権さんがそれに賛同してくれるなら、これ以上嬉しい事はありません」
 桃香はそう前置きして、自分の構想――天下分立の計について語り始めた。途中、孫権は何度か質問を挟み、それに桃香は真摯に答えた。
 しかし、桃香にとっては、これは孫権だけでなく、周瑜にも語り聞かせる言葉だった。どうやら自分を良く思ってはいない周瑜は、今の話を聞いてやはり桃香を排除しようとするのか、それとも違う事を考えるのか?
 しかし、その答えを知るのは、少し先になりそうだった。何故なら……
「た、大変です、孫権様!!」
 黄蓋が髪を振り乱して会談の場に駆け込んできたのである。
「何事だ、騒々しい」
 会談に水を注されて、やや不機嫌な表情で言う孫権だったが、次の黄蓋の報告は、彼女だけでなくその場にいた全員を驚かせるのに十分だった。
「曹操が動きました! 五万の軍勢が、合肥周辺に進軍。わが呉領へ侵攻する気配を見せています! それだけでなく、各方面において曹操軍の動きがにわかに活発化し、歓仲や北郷領にも大軍が進んでいると……!!」
「なんだと!?」
 孫権が立ち上がる。楼閣から見下ろせる長江の流れ。その向こう岸に、にわかに戦雲が湧き上がる気配が感じられた。
 それは、天下の趨勢を変える一大決戦の序章だった。
(続く)


―あとがき―
 前回からだいぶ間が空いてしまいましたが、桃香伝新章です。いや、新章のさらに序章と言った感じでしょうか?
 レベルアップした麗羽さんが別人みたいですが、「真」では猪々子が「根は良い人なんですよー」と言ってたので、桃香にとってはちょっとお姉さん的に横で見守るポジションにしてみたいと思います。
 次回は桃香たちの出番は少なく、北郷軍の話がメイン。しばらく出ていなかったあの人やこの人も再登場の予定。



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