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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/27 01:04
 于吉が何時もの部屋に戻ってくると、そこには左慈が待っていた。本来なら于吉にとっては嬉しい状況ではあるが、今日の彼は少し疲れていた。
「左慈、御用ですか? お叱りなら先ほど上の方々にたっぷり頂戴してきた所なので、少し勘弁して欲しい所なのですが」
 現在監視中の外史が正史と大幅にずれてきたことで、于吉は彼の属する組織から査問を受けたのだ。今はまだ大丈夫だろうが、あまり失態が続けば、彼らの存在自体が消される可能性も否定できない。死を恐れるわけではないが、外史の人間に裏をかかれっぱなしで終わる屈辱だけは避けたかった。
 しかし、そんな精神的に疲れている于吉に、左慈は容赦の無い言葉を投げつけてきた。
「上の人間が苛つくのも当然だろうな。もはや正史の原形すら留めていない世界になってしまった。お前の介入策がことごとく裏目に出たせいだ」
「ふぅ、手厳しいですね。言い返せませんが」
 于吉が苦笑交じりに答える。すると、左慈は意外にも于吉を擁護するような発言をした。
「とは言え、根本は俺たちが直接外史に介入できれば問題ないのに、上が妙な行動規制を押し付けてくる事だな。この世界の人間にも考える頭はある。それも、正史では歴史上で十指に入るような天才たちだ。お前が読み負けることがあっても仕方があるまい」
「慰めてもらってるのか、責められてるのか、わかりませんね」
 于吉は苦笑を持って左慈に答えると、何時もの椅子に腰を下ろし、水晶球を通して外史の監視に入る。
「……今回は少し様子を見るとしましょう。勢力の収斂が進み、一時的に安定期が来ています。それが崩れ始めたときが、再度動く機会でしょう」
 しばらく様子を見ていた于吉が言うと、左慈はつまらなそうな表情で答えた。
「そうか。なら、少し身体を休めておくとするか。機会が来たらすぐに呼べよ」
「承知しました」
 歴史の陰で暗躍する者も、休息の時はある。外史の主役たちもまた、しばしの穏やかな時を過ごしていた。
 
 
恋姫無双外史・桃香伝

第十六話 桃香、初めての外交に臨み、対曹操大同盟成立する事


 政庁の謁見室で、桃香はやや緊張した面持ちで相手が来るのを待っていた。
 謁見を行うこと自体は、桃香は初めてではない。白蓮から領土を譲られ、国号を「歓」として王になってからは、毎日行っているし、并州の州代として赴任した時も、謁見に近い陳情の受付などはしていた。
 しかし、今日の相手は今までとはやや格が違う。何しろ、初めて公式に迎える「外国」の使節なのだ。
 
 即位後、桃香は各地の群雄諸侯に、戦闘の即時停止と、紛争を話し合いによって解決するための列国円卓会議の設立と言う提案を、書簡として送っている。現在の所、明確に賛同の態度を示しているのは、友邦である仲一国であり、孫呉、曹魏、北郷軍からは返事が来ていない。
 北郷軍は遠いからまだ使者の往復が済んでいないのだろうとわかるが、孫呉、曹魏の沈黙は不気味だった。それが、数日前に孫呉からこの件も含め、正式に使者を送って返答すると共に、孫呉側からの提案も持ってくる、と言う書簡が届けられたのである。
「孫権さんは、賛同してくれる……と言う事なのかな?」
 書簡について開いた会議の席上、まず桃香がそう切り出すと、君主から身を引いて大将軍の座に着いた白蓮が答えた。
「あまり楽観しないほうがいいと思うがな。曹操に比べればおとなしいとは言え、孫権も覇道を行く者だ」
 続いて詠も自分の考えを述べる。
「向こう側の提案も持ってくる、と言う所が気になるわね。おそらく、孫呉としては桃香さんの提案に乗る気はあまりない。でも、同盟か友好関係は結んでおきたい。そんな所じゃないかしらね」
 白蓮と詠の言葉に、桃香はちょっとしょんぼりした表情になる。
「そっかぁ……やっぱり、そう簡単に話を聞いて貰える事なんて無いよね」
 桃香とて、自分が甘い理想を語っている事はわかっている。それでも、その甘い理想を実現する事を、彼女は心に誓って戦おうと決意したのだ。この程度で挫けているわけには行かない。
「それなら、近いうちに直接孫権さんと話しをする機会を持ちたいな。使者さんにそう頼んでみよう」
 明るさを取り戻し、桃香が言うと詠が頷いた。
「まぁ、相手の国主と直接話をするのは悪くないわね。そこで主張を通せるかどうかは桃香さん次第だけど……どんな結果であれ、ボクたちは全力で桃香さんを補佐するだけよ。やってみなさい」
「応援してますね、桃香さん」
 月も笑顔で言う。
「ありがとう、二人とも……」
 桃香は感動の面持ちで詠と月に礼を言った。主従らしさはあまり感じられないが、君主と家臣というよりは、みんなが一つの目的のために頑張る仲間たちだと思っている、桃香らしい会議ではあった。
 
 そんな数日前の事を思い出し、ともかく使者と一生懸命話してみるだけだ、と桃香が気合を入れ直したとき、呼び出しの声がかかった。
「使者の方がお見えになりました!」
 担当の文官の声に、桃香は姿勢を正して答えた。
「お通ししてください」
 下級文官にも丁寧語を使うところが桃香らしいが、ともかく謁見室の扉が開き、使者がゆったりとした足取りで謁見室に入ってくると、跪いて貴人に対する拝謁の礼を取った。
「呉が使者にて、魯粛と申します。歓王劉玄徳様におかれましては、ご機嫌麗しく。拝謁の栄誉を賜りましたこと感謝いたします」
 そう言ったのは、白に近い長い銀髪を三つ編みにした、桃香よりやや年上かと思われる女性だった。呉の人々は健康的に日焼けした褐色の肌を持つ者が多いが、この魯粛と名乗った使者は、肌の色も髪に負けない白さ……というよりは青さすら感じさせた。
「ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました。歓王劉備です。どうか楽にしてください」
 桃香が答えると、魯粛はではお言葉に甘えまして、と姿勢を正し、少し咳き込んだ。あまり身体が丈夫な人ではないらしい。桃香は衛兵に命じて椅子を運ばせた。
「これは、お心遣いありがとうございます」
 魯粛は口に当てた布をそっと懐にしまいこみ、桃香に礼を言うと、運ばれてきた椅子に腰掛けた。
「こほん……さて、本題を申し上げます。この度、歓王様のご提案に対し、わが主孫権はいたく感銘を受けた様子にございます」
「本当ですか!?」
 桃香が嬉しそうな声を上げると、魯粛は頷いて先を続けた。
「真にございます。されど、我が江東の地におきましても、度重なる我が主の呼びかけにもかかわらず、我利に固執する小人は多く、孫呉の大儀を解せぬ賊が跋扈する有様。また、外に目を向ければ、歓王様のお志を鼻にもかけぬ大賊がございますれば、ご提案を受けるは時期尚早。孫権はそう申しております」
「曹操さんの事を言っているのですか?」
 桃香は聞いた。魯粛は微かに笑みを浮かべる。
「他に誰がございましょう」
 桃香はすぐには答えず、魯粛の言葉の意味を考える。孫呉にとっても、やはり一番警戒すべき相手は、今や五州を領する曹操であるらしい。となれば、孫呉の求めるものは……
「孫権さんは、同盟を求めているのでしょうか? わたしたち歓に」
 桃香が聞くと、魯粛は今度ははっきりとした笑顔を浮かべ、頷いた。
「はい。歓王様のご提案は、曹操の覇道とは相容れぬもの。ならば、曹操を打ち破らねば、それは実現しますまい。しかし、かの奸雄の力は強大です。我等が手を携え、これに当たらねば勝利を拾うことは出来ません」
 再び考え込む桃香。正直な所、曹操からはまだ返事が得られていないわけだから、それを待ちたいとは思う。返事を聞く前から、曹操は受け入れないと決め付けて、彼女を包囲するように同盟を結ぶ事は、逆にそれこそ曹操を桃香の思いから遠ざける事になりはしないだろうか?
「……興味深い申し出です。みんなに相談してお返事したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
 桃香はとりあえず、自分一人で考えて性急に答えを出す事を避けた。もちろん、魯粛には異存はない。
「承知しました。何日でもお待ちいたします」
 頭を下げ、謁見室を退出していく。桃香はため息一つつくと、軍議の間に全幹部を招集するよう命じた。
 
 半刻後、城外で演習をしていた星と美葉も帰還し、全員が軍議の間に揃った所で、桃香は魯粛との会談について話をした。まず意見を述べたのは詠である。
「呉は相当曹操を意識してるわね。まぁ、現時点で最強の諸侯なんだから、当たり前だけど。ボクも曹操の事は最優先で調べさせてるしね」
 今、詠が配下に置いている間者や偵探の半分は、曹操の領土に潜入させている。そこから上がってくる情報を総合する限り、曹操はこちらの親書を受け取っているのに、黙殺している可能性が高い。
「涼州を支配下に置いてまだそれほど経っていないのに、もう曹操は次の軍事行動の準備をしてる様子よ。まだ、どこを標的にしているのかは不明だけどね。ともかく、曹操が桃香さんの構想に乗る気がないのは明らかだと思う」
 それを聞いて、桃香は肩を落とした。それならまだ明確に拒絶されるほうがマシだ。
「それで、呉の提案は、要するに対曹操大同盟を作ろうと言うことなのだろうか?」
 星が聞くと、詠はそうね、と首を振った。
「それも、呉の主導でね。同盟を組むと言いつつ、実際にはボクたちを配下として扱いたいのが本音なんじゃないの?」
「なんと、舐められたものだな」
 美葉が憤りの表情を見せる。しかし、詠はあくまでも冷静だった。
「現実的に見れば、今のボクたち歓よりも、呉の方が国力は勝っているわよ。向こうが優位に立ちたいのは当然ね。仲を計算に入れても、ようやく呉と互角くらいだから」
「麗羽のヤツ、大同盟からこの方無茶苦茶浪費が続いて、内政が火の車だったらしいからな」
 白蓮が溜息をついた。少し前まで曹操と互角の力を持っていたはずの麗羽だが、その実先祖代々の蓄えを派手に使い潰していた、と言うのが実情だったらしい。易京の戦いが終わった後、十万を越えた軍隊を解体し、半分以下の総兵力三万五千に再編していた。
 時々使者としてやってくる猪々子は、斗詩が構ってくれないとむくれていたが、肝心の相手は待ったなしの財政再建に追われている最中。見かねた桃香が文官を派遣して手助けしたくらいだ。
「仲の財政再建が落ち着いて、軍隊を動かせるようになるまで、一年近くかかると思います。ここで呉の皆さんと同盟できるのは、悪い事ではないとは思います」
 実際にその派遣文官団の指揮を任された月が、仲の内情を報告した。こうして全員の報告を聞くと、桃香は同盟を結ぶのもやむなし、と言う方向に流れが動いているのを感じた。
(……と言うより、そう流れを見切って、使者を送ってきたんだろうね。孫権さんはもちろん、評判が正しければ、周瑜さんもそれくらい出来る人だもの)
 かつて同盟軍の軍議で見た孫権と、会った事はないが、当代の政治家、軍師としては超一流の手腕を持つと評判の呉の大宰相の事を、桃香は思った。
 思えば、例え自分の考える天下分立の計……複数の国が並び立つ事による均衡の上での平和と、それを維持するための円卓会議も、自分がそうした有能な人々に隙を見せる事無く、言葉で堂々と渡り合って行けるようにならなければ成立しないのだ。今更難しいと嘆いても始まらない。まずは、呉が曹操のように自分の考えを無視せず、そこに自分たちの思惑があってでも興味を示す姿勢を見せてくれただけでも、ありがたいと思うべきだろう。
「……とりあえず、同盟の話は受ける事にしよう。明日、もう一度魯粛さんを呼んでそう伝えます」
 桃香は決断を下す。自分個人としては、曹操が話を聞いてくれると信じたいが、仲間から国外の有力者まで、全員が曹操を「警戒すべき相手」と看做しているのだ。それも、自分以上の知力を持つ相手ばかり。
 さすがに、この状況で自説に固執できるほど、桃香は自分の分析に自信を持ってはいない。まして、曹操が話を聞いてくれるだろう、と言うのは分析ではなく願望だ。
(この同盟が、少しでも曹操さんに耳を傾けさせる材料になれば良いけど)
 桃香はそう願わずにはいられなかった。
 
 
 翌日、再び謁見室で桃香は魯粛と向かい合っていた。昨日と変わらず、どこか不健康そうな様子の魯粛。だが、昨日と違うのは、彼女が大きなつづらを持参したことだった。その気になれば月や詠のような小柄な少女くらいは入りそうな大きさである。
「魯粛さん……それは何ですか?」
 丁寧に飾り布で封印されたつづらに、桃香が訝しげな視線を向けると、魯粛は頭を垂れて答えた。
「怪しい物がはいっているわけではありません。もし同盟成立となれば、これを我が孫呉よりの、友誼の証として歓王様に献上するように、と我が主より仰せつかっておりますゆえ、お持ちした次第です」
「そうですか……」
 桃香はもう一度つづらに目を向けた。中身が気になることは気になるのだが、そう言うことならすぐに正体は判明するだろう。
「では、友誼の証、頂戴することになりそうですね」
 桃香が言うと、魯粛は笑顔を見せた。
「おお、では……」
 桃香は頷いた。
「はい。孫権殿からのご提案である、我が国歓と貴国呉の同盟。確かに承知しました。共に手を取り合い、天下泰平のために邁進して行きましょう、と、そうお伝えください」
 魯粛はほっとしたような表情で、桃香に頭を下げた。
「助かりました。この同盟が承知してもらえなければ、私は国に帰ってから周瑜殿に鞭打ちでも食らいかねないところでしたからね」
「え?」
 桃香は魯粛の言葉に首を傾げた。冗談かと思ったが、魯粛の表情にそれらしい雰囲気は無い。本気で周瑜に鞭打ちされると思っているのだろうか? 少なくとも、周瑜は本気で魯粛にそう言う脅しをかけたらしい。
(周瑜さん……ずいぶん凄いことを言うんだなぁ……それとも……そのくらい、本気で私たちとの同盟に、今後の方針を賭けている……と言うこと?)
 考え込む桃香。その時、魯粛が立ち上がった。
「では、献上の品をご覧になってください。我が主と周瑜殿の誠意は、これを見れば明らかになるでしょう」
 そう言うと、魯粛はつづらを封印していた飾り布を解いた。次の瞬間、桃香は驚きに目を見張った。
「……え?」
 思わず目を点にし、口を開ける桃香の目の前に現れた、つづらの中の品。それは、一人の少女だった。
(何て綺麗な娘なんだろう……)
 その少女は同姓相手の趣味はない、と思っている桃香でさえ、思わず目を奪われるほどの美少女だった。桃香に似た色合いの赤い髪の毛を両把頭にまとめ、飾り布でくくっている。その髪の毛の下には、どこか子犬を思わせる、黒目がちな大きな目が、やや不安げな色を湛えて桃香を見据えていた。
 年の頃は、月や詠と同じか、やや下と思われ、体付きも「女性」と言うよりは「少女」と言った感じで、あまり発達はしていない。しかし、脚がほとんど隠れないほど裾の短い旗袍をまとったその姿は、桃香にもない色気をほのかに感じさせるものだった。
「あ、あの……その娘は?」
 しばし少女に見とれていた桃香が、ようやく気を取り直して聞くと、魯粛は少女のほうを向いて言った。
「さぁ、ご挨拶なさい」
「は、はい……」
 少女は一歩踏み出すと、礼を取って自らの名を名乗った。
「大喬と申します……歓王さまにおかれましては、末永く……」
「ま、待って。ちょっと待ってください」
 桃香は大喬の言葉を途中で遮り、魯粛を見た。
「魯粛さん、これはどういう事ですか? わたしでも『江東の二喬』の名前は知っていますよ。彼女たちがどういう人かも」
 江東の二喬――江東の有力諸侯の一人、喬公の双子の娘で、姉の大喬、妹の小喬と共にその美しさ、愛らしさは天下第一品であると世に知られた二人の少女である。呉の先代、孫策が望んで大喬を恋人とし、義姉妹の契りを結んでいた周瑜は小喬を恋人としたが……
「孫策さん亡き後、周瑜さんが大喬ちゃんも引き取った、と聞いています。かつての孫呉の主だった方の伴侶を、わたしが引き取るなんて……そんな事は出来ませんよ。だいいち、人質みたいじゃないですか。わたしは人質なんて貰わなくても、孫呉が裏切るなんて思いませんよ」
 桃香はそう強い口調で言った。仮にこのまま大喬の身柄を受け取ってしまえば、歓からも人質を出さなくてはならなくなる。そんな事は桃香はしたくなかった。しかし、魯粛は落ち着いて答えた。
「これは、周瑜殿のたっての願いでもあるのですよ、歓王様。大喬は確かに孫策様の伴侶でした。それが、ほんの僅かな間を共に過ごしただけで、孫策様は逝ってしまわれました。ですから、周瑜殿は機会があれば、孫策様に負けない伴侶を、大喬のために見つけてやりたいと、そう願っておられたのです」
 話としては筋が通っているが、それでも桃香は大喬の身柄を受け取ることには否定的だった。
「そう言われても……わたしは女の子と愛し合うと言う趣味はないですし……それに、大喬ちゃんの意思はどうなんですか?」
 かつての英雄、江東の小覇王孫策。個人的にはもちろん知らないが、さぞかし優れた人物だったのだろうと想像はつく。それだけの人物に見初められた大喬にとって、自分など物足りないだけの存在ではないだろうか? 桃香はそう思ったのだが、大喬はその子犬のような視線で桃香をじっと見ながら言った。
「私は良き話だと……そう思っています。歓王様が女性と睦みあう趣味がないのでしたら、身の回りのお世話やお話し相手でも、何でも務めさせていただきます。こう見えても、お料理は得意なんです……!」
 その真摯な口調と表情に、桃香は思わずぐらりと心が揺らぐのを感じた。その言葉や表情に嘘偽りは感じられない。本気で桃香の傍にいたいと思っているようなのだ。
 なぜ、大喬が今日はじめて会う自分に、そこまで真剣な思いを向けてくれるのか、桃香にはわからなかった。しかし、そこまで真剣な表情の年下の少女を突き放すようなことは、桃香にはできそうもなかった。
「……わかりました。大喬ちゃんはしばらくうちで預かります」
 桃香はそう答えざるを得なかった。人質などいらないが、逆に身柄をつき返すことも、周瑜に対して不審を突きつける事になるかもしれないし、魯粛への鞭打ち宣言同様、大喬にも何か言い含められている事があるのかもしれない。その辺りを見極めたかった。
「そうですか。どうか末永く幸せにしてやってください」
 桃香の返事を聞いて、魯粛はほっとしたような笑顔を浮かべた。そこへ、桃香は今度は歓王としての希望を伝えた。
「それでは魯粛さん、孫権さんと周瑜さんにお伝え願えますか? 近いうちに、わたしは呉に直接参って、お二人とお話をしたいと思っています、と」
「え? 歓王様自ら、我が国に……?」
 魯粛は流石に戸惑ったような表情を見せた。この乱世に、一国の王が友邦とは言えけっして完全に信頼できない他国を訪問するなど、前代未聞の出来事である。そこで、桃香は重ねて言った。
「お二人と話をして、天下の未来について語り合いたい……とかねてから思っていました。ぜひお招きください、とわたしがお願いしていたと、そう伝えてください。お願いします」
「……は、承知しました」
 魯粛は頷いた。どうせ判断するのは自分ではない。それなら要望を伝えるくらいは構わないだろう、と考えたのである。その返事を聞いて、桃香はにっこりと笑った。
「良かった。それでは、魯粛さんを歓迎するために宴席を用意しています。ぜひ、色々とお話を聞かせてください。孫呉のことや、孫呉の皆さんの事を」
 そう言って立ち上がった桃香が、魯粛と大喬を手招きする。魯粛は笑顔で答えながら、どうにか使命は果たしたな、と内心で安堵していた。そして、別の国へ赴いた僚友の事を考えた。
(私は上手く行ったが……延珠、お前はどうだ?)
 魯粛の視線は西の方に向けられていた。
 
 
 その魯粛の視線が向った遥かな先、荊州北部、新野城。長らく北郷軍の本拠だったこの城だが、現在は引越しの準備で城中が大童になっていた。一刀が益州を攻略し、本拠をその中心地である成都に移すことを決定したからである。
 そんな多忙の中、一刀は時間を割いて城を訪れた孫呉の使者と会っていた。
「つまり、呉は俺たちと同盟を結びたい、と言う事なんですね?」
「うん、そう言う事になるね」
 用件を確認する一刀に、使者としてやってきた女性は実に親しげと言うか、隔意が無いと言うか、使者らしからぬ軽い態度で答えた。長い黒髪を、頭の左右に分けて赤い飾り布でくくり、武官の装束も裾をフリフリのひだ飾りで装っている。一刀よりは幾つか年上のようだが、かなりの少女趣味だ。
(しっかし、この人が呉の宿将、黄蓋とは……この世界に来て一番驚いたことかもしれないなぁ)
 話しながらそんな事を考える一刀。そう、彼の元にやってきたのは、呉において甘寧と肩を並べる勇将、黄蓋だった。しかし、武官らしからぬ柔和な美貌と、聞く者を和ませる喋り方と声のおかげで、全くと言っていいほど黄蓋というイメージが浮かばない。
「まぁ、俺としては特に同盟を結ぶことに異存はないけど」
「ないけど……なに?」
 黄蓋が不思議そうに首を傾げる。一刀は慌てて手を振り、答え直した。
「あ、いや。なんでもないんだ。孫呉との同盟、確かに承知したよ。孫権さんによろしく」
「うん、よろしくね、北郷さん」
 黄蓋が満面の笑みと共に頷いた。その可愛らしい笑顔に思わず見とれ、それから慌てて首を振って邪念を追い出す。こんな所を仲間たちに見られたら、何と言って責められるかわからない。黄蓋の事に考えを巡らすのを止めて、一刀は答えた。
 個人的には、一刀に曹操に対する悪意はない。連合軍ではさんざんブ男と呼ばれた嫌な思い出はあるが、その程度で彼女を不倶戴天の敵だと思うほど、彼は心の狭い人間ではなかった。
 ただ、相手が曹操だと言うことで、今後確実に戦うべき相手になるだろう、と一刀は予測していた。曹操と言えば他の君主たちに妥協する事無く、覇道を貫いた人物である。戦いたくはないが、戦わざるを得なくなるだろう。
 演義でも、蜀と呉が手を結んで、ようやく侵攻を食い止めた相手だ。そして今、自分は益州を手にしたことで、蜀の領土をほぼ領有した事になる。曹操が戦いを挑んできたとしても、おかしくない相手だ。
(むしろ、こっちから呉に同盟を申し出るべき局面だった。向こうから言い出してきてくれたのは、助かる反面後が怖いな)
 一刀はそう考える。彼はこの世界で自分が本来劉備が果たすべき役目を背負っていると考えていたから、呉と同盟し曹操に対抗できる道が開けたことは素直に喜ぶべきだろう。
 しかし、最終的には蜀と呉の同盟は決裂している。呉は魏と結んで荊州を奪い、その時関羽が戦死している。呉と言えど無条件には信用できない。
(……やっぱり、最終的には信用できるのは桃香さんだけだろうな。領地が遠くて、間が魏と呉の領土で隔てられているのが辛いな……)
 一刀は思った。桃香からの書簡――天下分立の計は、現代社会を知っている一刀には納得のいくものだったし、朱里も懐中温めていた「天下三分の計」を先取りする構想だとして、高く評価していた。
 目指すゴールがほぼ同じ所なのは、桃香しかいない。改めて桃香に正式に返事を出すと共に、自分たちも国としての体裁を整えなくては、と考えをさらに深める一刀だったが、そんな彼を黄蓋の声が現実に引き戻した。
「ねぇ、ちょっと、聞いてるの? もうカズくんってば」
「へ? か、カズくん?」
 我に返る一刀を、黄蓋が怖いと言うより可愛いとしか言い様がない膨れっ面で睨んでいた。
「人の話はちゃんと聞かないとダメでしょ? いくらお姉さんが優しいと言っても、無視されたら怒っちゃうんだから」
 そう言って、口でぷんぷん、と怒りの擬音を出す黄蓋に内心苦笑しながら、一刀は頭を下げた。
「いや、ごめんなさい。で……」
 カズくんって呼び方は何? と聞こうとした一刀だったが、黄蓋が用意した大きなつづらに、思わず目が行った。
「何、それ?」
 身を乗り出す一刀に、黄蓋はじゃじゃーん、とやっぱり擬音を口にしながら、飾り布の結び目を解いた。
「うん、周瑜さんに、カズくんが同盟を承知したら、渡すようにって言われてきたの。はい、出ておいで~」
 つづらのふたが開く。そこから出てきた人物に、一刀は目を奪われた。つづらの中から出てきたのは、一人の少女……白い旗袍をまとい、赤い髪の毛を両把頭にまとめて飾り布でくくっているその装いは、一刀は知らぬ事だが、桃香の元にやってきた大喬と全く同じものだった。
 ただし、目は猫を思わせる挑戦的な光を湛え、一刀を値踏みするように見つめている。やがて彼女はニヤリと笑って言った。
「へぇ……あなたが天の御遣いさん? 思ったより良い男じゃない」
 一国の主に対して、なかなかに失礼な物言いではあった。
「……君は?」
 一刀は尋ねた。少女は薄い胸を張って答えた。
「あたしは小喬。天下に名高い二喬が一人……そう言えば知ってるかしら? 今日からお世話になるわよ」
 彼女こそ、桃香のところへ来た大喬の双子の妹であり、周瑜の伴侶であるはずの小喬だった。当然の事ながら一刀はぶっ飛びそうになるくらい驚いた。
「小喬……だって!?」
 蜀と呉が同盟を結ぶ際、孔明が呉に行って同盟成立を訴える大論陣を張った際、周瑜を同盟締結に傾ける材料として孔明が利用したのが、この二喬だった。曹操が二喬を手に入れて傍に侍らせたい、と日頃から言っていた事を孔明に教えられた周瑜は、激怒して曹操を討つ事を誓ったと言う、そのエピソードを一刀はもちろん知っていた。
 それだけ周瑜が大事にしていたはずの小喬が、自分の所へ送られてきた……これは一刀には驚愕以外の何者でもなかったのである。
(周瑜はこの同盟にそこまで本気と言う事か……?)
 一刀はそう考えた。真剣な表情になる彼を見て、黄蓋は首を傾げた。
(うーん……冥琳の言う通りになったのかな……? カズくんいい人っぽいから、あんまり苛めて欲しくないんだけどなぁ。それに大喬ちゃんも小喬ちゃんも……)
 彼女が北郷軍への使者を命じられた時、二喬を差し出すと言う周瑜の宣言に、多くの重臣たちが驚愕した。特に大喬は先代の伴侶だったこともあって、反対意見が大半だった。
 結局、周瑜が反対意見を押し切って二喬を歓と本郷軍への人質代わりにする事が決まったのだが、黄蓋は周瑜が何かに焦っているような気がして、嫌な予感がしていた。
(確かに、カズくんは同盟の本気さを受け取ったみたいだけど、冥琳、本当にこれで良いの?)


 こうして、当事者たちもどこか不安を感じつつ、対曹操大同盟は成立した。とは言え、正式に文書を取り交わしたわけではなく、口約束の段階ではあったし、同盟軍が一斉に曹操を攻撃するための具体的な計画も立ってはいない。その辺の大戦略に関しては、各国の軍師である詠、朱里、斗詩、周瑜が書簡で意見を交換しており、桃香は政務に専念していた。
「桃香さま、お茶をお持ちしましたよ」
「ん、ありがとう。大喬ちゃん」
 この日も、午前に住民代表との謁見を終えた桃香が午後から政務をしていると、大喬がお茶を淹れて執務室へ持ってきた。
「……うん、美味しい。お茶淹れるのが上手なんだね、大喬ちゃん」
 一口すすって桃香が褒めると、大喬は嬉しそうな顔をした。
「はい、月ちゃんにコツを教えてもらいました」
 大喬はこんな風に、桃香の身の回りの世話をする専任の侍女としての仕事を任されている。今までは月が行政官の仕事の傍ら、お茶や間食の用意もしていたのだが、大喬がそれを引き継いだ事で、月は仕事に専念できるようになった。歳が近く性格が似ているせいか、この二人はここ数日で急速に友情を深め合っており、大喬自身の人のよさもあって、城内の人々も彼女を受け入れていた。桃香も真名を呼ぶことを許している。
「そうなんだ。良かった……大喬ちゃんに友達が出来て」
 ホッとする桃香。と言うのも、詠や星からは、決して大喬に油断しないように、と釘を刺されていたからである。
「彼女を傍に置く、と言う桃香さんの決定を覆す気はないけど、彼女が呉の間者かもしれない、と言う可能性は頭に入れておいてよね」
 と詠が指摘すれば、星も
「間者ではなく、刺客かもしれませんな。桃香様が呉の敵になるようなら殺せ、と言う命令を受けているとか。まぁ、あまり可能性はないですが、他国人を傍に置くという事は、そう言う注意を常に心がける事ですぞ」
 と、冗談半分、脅し半分のように諫言してきたものだった。
 そのせいで、桃香は他の人たちも同じように考えて、大喬に疑惑の目を向けないか心配だったのだが、幸いそう言う事は無かった。おかげで、大喬も数日で硬さが取れて、年頃の少女らしい快活さを取り戻してきている。
「はい。皆さん、良い人たちばかりで……私、この国に来られて良かったです」
 大喬がはにかんだような笑顔を見せる。同性愛の趣味はない、と思っていた桃香でさえ、この笑顔を見ると頭を撫でたり、抱きしめたくなったりする。亡き孫策が彼女を伴侶として大事にしていた気持ちが、少し分かったような気がした。
「それでは、また後で来ますね」
 お盆を抱いて一礼する大喬に、桃香は言った。
「あ、今日はもうすぐ終わるから、大丈夫だよ。あとは久しぶりにお風呂に入って、今晩はゆっくりするつもり」
 大量の水と薪を使う風呂は、この時代大変な贅沢である。毎日入れるものではなく、君主でさえ三日から四日に一度のお楽しみ、と言うのが実情だった。
「お風呂……ですか?」
「うん、大喬ちゃんも一緒に入る?」
 桃香が何気なく言うと、大喬は顔を赤らめ、もじもじとした仕草を見せた。
「? 恥ずかしがる事ないよ、女の子同士なんだし」
 まるで異性相手のような恥じらいを見せる大喬が可愛いなぁ、と思いつつ、桃香はさらに誘った。すると、大喬はこくんと頷き、蚊の鳴く様な細い声で
「じゃあ、ご一緒します……」
 と答えた。桃香は笑顔で残る茶を飲み干すと、残る竹簡に目を通しながら、大喬に言った。
「じゃ、ちょっと待っててね。急いで仕事片付けちゃうから」
 仕事に集中する桃香を、大喬はじっと見つめていた。その表情には、何かを決意した、思いつめたものが張り付いていた。
 
 
 湯浴み着に着替えた桃香は浴場の戸を開けた。ふわっとした湯気が過酷な仕事で潤いを失っていた肌に湿り気を与え、その感覚に彼女は満足感を覚えた。
「うん、いい湯みたいだね。大喬ちゃんもおいで」
 桃香が振り返って声を掛けると、やはり湯浴み着に着替えた大喬が、まだもじもじとした態度で頷いた。桃香は笑顔でついてくるよう促すと、浴槽に手を入れて温度を確かめ、それから掛け湯をした。濡れた湯浴み着の布地が桃香の同世代の女性としては豊かな肢体に貼り付き、肌が微かに透けて見える。もしここに男性がいたら、その悩殺的な姿は簡単に彼の理性を奪い去っていただろう。
「う……」
 大喬が桃香の姿を見て、そんな妙な声を漏らす。下腹部を押さえるように手を組み、浴場の入り口で立ち尽くす彼女に、桃香は聞いた。
「どうしたの? いいお湯だよ?」
 すると、大喬は俯いて答えた。
「その……桃香さま、胸が大きくて羨ましいなぁって……」
 桃香は微笑んだ。
「心配ないよ。大喬ちゃんはまだまだ成長期だもの。きっと、これからいくらでも胸くらい大きくなるよ。さ、一緒に入ろ?」
 そう言って、桃香は浴槽に身を沈めると、大喬を手招きした。彼女は俯いたままちょこちょことした歩き方で浴槽に近付くと、失礼します、と言って湯に漬かった。しかし、その動きも仕草も妙にぎこちない。ここ数日で随分と打ち解けたと思っていたのに、またそう言う態度に戻ってしまった大喬が、桃香には心配だった。
「大喬ちゃん」
 声を掛けると、大喬はお湯の中でぴくっと震えた。やっぱり何かあるな、と思いながら桃香は言葉を続けた。
「何か心配事か、悩み事でもあるの? わたしで良ければ、話してくれないかな?」
 そう優しく声を掛ける。大喬はなかなか答えようとしないが、桃香は焦る事無く、じっと答えを待っていた。しかし、その答えは、予想外の形でやってきた。
「と……桃香さまっ!」
「え? きゃっ!?」
 いきなり、大喬が桃香に抱きついてきたのである。桃香の豊かな胸にむしゃぶりつくようにして、大喬が顔をこすりつけてくる。
「ちょ……だ、大喬ちゃん? あ、やんっ……」
 最初、桃香は大喬がふざけているのかと思った。しかし、大喬は何かに追われているような、切羽詰った表情をして、的確に桃香の「弱い所」を責めてくる。
「え……あ……やだっ……そんなとこっ……」
 強制的に与えられる快感に身悶えしながらも、桃香はいきなりの大喬の行動にその理由を探そうとして、ある事に気がついた。
 もみ合ううちに、二人ともはだけてしまった湯浴み着。おかげで見えてしまった大喬の股間に、女性の身体には在るはずのない「モノ」がついている。
(え……?)
 桃香は混乱した。今まで実際に見た経験はないが、女学院では男女の違いについてももちろん学んでいる。
(男の人の……え? でも、ええっ!?)
 混乱のために大喬が与えてくる快感を忘れる事ができたのは、桃香にとっては幸いな事だっただろう。しかし、相手の様子の変化に気付いた様子もなく、大喬は必死の表情で言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、桃香さま……! 私、こうするしか……!」
 そう言いながら、大喬は自分の「武器」を桃香の中に押し入らせようと腰を動かす。咄嗟に、桃香は手刀を作ると、それで大喬の首筋を一撃した。
「ごめん、大喬ちゃん!」
「はうっ!?」
 手刀を受けた大喬が、意識を失い昏倒する。乱れた湯浴み着をかき寄せて立ち上がりながら、桃香は浴槽の縁にもたれかかるようにして気を失っている大喬の姿を見た。
「うーん……さて、どうしようかなぁ」
 しばらく考え、桃香は大喬の身体を抱き起こした。
 
 
「……う」
 寝台の上で、身じろぎしながら大喬が目を覚ました。
「……ここは……」
 まだ意識がはっきりしないらしい大喬に、桃香は声を掛けた。
「気がついた? ごめんね。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど」
「桃香さま……あっ!」
 大喬はどうやら意識が完全に覚醒すると共に、自分のしたことを思い出したらしい。顔面蒼白になり、ガクガクと震えながら桃香を見た。
「み、見たんですね? 私の身体……」
「うん。話に聞いたことはあるけど……本当にいたんだね、そう言う身体の人……」
 桃香は答えた。大喬に服を着せる時、彼女の身体に女の子の部分と男の子の部分と、両方が付いていることは確かめていた。いわゆる「ふたなり」と言う存在だ。
「あ、あの……桃香さま……」
 おずおずと口を開く大喬に、桃香は笑顔で言った。
「あ、大丈夫。他の人には何も言ってないよ。大喬ちゃんの身体の事も、お風呂での事も」
 すると、大喬は唖然としたような表情を浮かべ、そして聞いてきた。
「どうして……ですか?」
「理由があるんでしょう?」
 桃香は聞き返した。
「わたしは、大喬ちゃんが意味も理由もなく、あんな事をする子だとは思ってないもの」
 それを聞いて、大喬は項垂れ……しばらくして、絞り出すような声で言った。
「……冥琳さまのご指示なんです……できれば、桃香さまを篭絡してしまえ、って」
「……そうなんだ」
 桃香は頷いた。結局、詠と星は正しかった。大喬はただの人質ではなく、桃香を意のままに操るために送り込まれたのだ。ただ、大喬にはそれが荷が重過ぎる任務だったという事だろう。
(でも、ちょっと危なかったかも……気持ち良かったし。あのままだったら……)
 桃香はそんな事を考えて、ぶるぶると首を振って怖い想像を振り払った。一方、大喬は布団をぎゅっと握り締め、桃香に謝った。
「ごめんなさい……桃香さま……桃香さまも、この国の人達も、みんな良い人なのに……私、裏切ってしまって……軽蔑しますよね、こんな身体の……」
 桃香は大喬の傍に座って、その頭を抱きしめ、自虐的な言葉を断ち切った。
「あっ……」
 戸惑いの声を上げる大喬に、桃香は優しい声で言った。
「わたしは気にしないよ。それは、それだけ大喬ちゃんが周瑜さんや呉の国が好きという事で……わたしが、この歓の国や白蓮ちゃんたち仲間のみんなが好きなように……その気持ちが良くわかるの。だから、自分を責める様なことを言っちゃダメ。大喬ちゃんはたった一人で、自分にできることをしようと頑張ったんだから」
「桃香さま……うっ……ぐすん……うわあああぁぁぁん!!」
 緊張の糸が切れたのか、大声で泣き出す大喬。その頭を優しく撫でながら、しかし桃香は怒りの気持ちが湧くのを抑えられなかった。
(周瑜さん……あなたが呉のために戦う気持ちは分かります。でも、こういうやり方は認められません)
 戦う相手は曹操だけではない。今は味方の周瑜とも、何時か決着をつけなくてはならないと、桃香は誓っていた。
(続く)


―あとがき―
 今回は呉のキャラが一杯出ました。魯粛と黄蓋はオリキャラではなく、「真恋姫」発売以前に刊行された無印恋姫のノベル「紫電一閃! 華蝶仮面」に登場したキャラで、真名は魯粛が「咲夜」、黄蓋が「延珠」。外見は魯粛が弱音ハクそのまんま、黄蓋が初音ミクそのまんまな感じです。真のお姉様黄蓋(祭)も良いですが、延珠もなかなか可愛いキャラで好きです。
 あとは、まさかの桃香×大喬カップリング……になるのかな? 
 今後はもう一回くらい日常の話を書いてから、新たな展開に進んで行こうと思いますが、少し更新ペースは遅くなると思います。


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