<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/10 18:01
 後に「董卓の乱」と呼ばれる事になる一連の戦乱は、公孫賛軍の洛陽突入成功と、覚悟を決めた董卓の自裁による死で終わった、とされている。ただし、董卓の死体はついに発見される事はなかった。と言うのも……
 
 すっかり焼けてしまった建物の跡で、桃香はまだ漂う焦げ臭さに顔をしかめつつ、小さな人形を拾い上げた。陶器でできた兵士の姿を模したもので、後世の人間が見れば、秦の始皇帝がその陵墓にともに葬らせた兵馬俑を連想するかもしれない。
 ただ、この兵士人形は桃香の手のひらに乗るほど小さく、その表面には鋭い刃物で引っかいたような、細かい傷があった。桃香はそれを星に渡した。
「間違いない? 星さん」
「はい、これは間違いなく私が付けた傷です」
 星は頷いた。星雲神妙撃を放ち、白装束たちを吹き飛ばした時、星は明らかに相手が人間でないような妙な感覚を覚えたが、後で考えてみると、あれは陶器を殴りつけたときの感触だった。
「これが、あの白装束の雑兵たちの正体……桃香様、敵は妖術使いのようですね」
「でしょうね……こんな焼け跡、見たことが無いもの」
 星の言葉に頷く桃香。彼女たちが立っているのは、董卓……月が監禁されていた、洛陽の政庁だった。公孫賛軍が突入した直後、政庁はいきなり凄まじい火柱を上げて炎上したのである。
 いや、それを炎上と言っていいのか……炎は一瞬で消え、周囲への延焼もなかったが、建物は焼け棒杭すら残らないほど、綺麗に燃え尽きていた。ただ、その灰だけの焼け跡の中に、この兵士人形が幾つか残っていた。
「これで、証拠は何も残らなかったか……」
 桃香は言う。白装束の集団は再び手の届かない場所へ消えてしまったのだ。
 しかし、一つだけ良い事もあった。これで、死体がなくても董卓の死を納得させられる。今は本陣で詠と一緒に休んでいる月だが、彼女たちに自由な生活が戻ってくる日も近いだろう。
 そう思った時、白蓮が門を潜ってやってきた。この時間は他の諸侯と会談を持っていたはずだが……
「白蓮ちゃん? どうしたの? 会談は?」
 桃香が聞くと、白蓮はそれには答えずに言った。その顔は妙に沈み、顔色も青い。
「桃香、星。ここにいたか。ちょっと来てくれ」
「本当にどうしたの? 顔色、悪いよ?
 白蓮の様子に不審に思った桃香が聞き返すと、白蓮は宮殿の方を指差した。政庁とは別に、皇帝が暮らしているはずの建物。
「何と言って良いかわからないんだが……ともかく来てくれ」
 桃香は宮殿を見る。一体何が起きたのかはわからないが、白蓮の様子は尋常ではない。この世でもっとも贅を尽くしたはずの建物に、何故か不吉なものが感じられるような気がした。
 
 
恋姫無双外史・桃香伝

第十一話 桃香、世界の謎に触れ、勇将知将を幕下に迎える事


 建物の中はがらんどうだった。
「え……なに、これ?」
 桃香は思わず呟いていた。星も唖然とした様子だ。
「私たちが入った時には、既にこうだったのよ」
 曹操が言う。その横で、ようやく歩けるようになった袁紹も、不気味そうな表情をしていた。彼女たちは董卓を打倒した事を皇帝に伝え、拝謁するために来たのだが、そこは奇妙な空間と化していた。
「これは……どういう事ですの? 誰もいない……何もない」
 袁紹が言うとおり、宮殿の中は無人で、調度の類も一切置かれていなかった。そればかりか、部屋を区切る壁すらないのだ。床もむき出しの土で、桃香たちが来るまで誰もそこを踏んだ様子が無かった。
「まるで、映画のセットだな」
 一刀が辺りを見回して言う。
「それ、どういう意味だ?」
 馬超に聞かれ、一刀は答えた。
「俺の国の言葉で、見せ掛けだけ、っていう意味さ。しかし、本当にどうなってるんだ? 皇帝とか、その家臣とかがいるはずじゃないのか?」
 一刀の言うとおり、宮殿は皇帝の住まいであり、朝廷に仕える多くの高官、官吏たちが働く職場でもある。しかし、ここは全ての建物がこうした張りぼて同然であり、無人の状態だった。
「霞、貴女は何か知らないの?」
 曹操が同伴してきた張遼に尋ねた。彼女は首を横に振った。
「ウチも知らんわ。ウチだけやない。董卓軍の誰も、宮殿には入ったことが無いで。董卓ちゃ……様が相国の地位を貰った時も、宮殿から使いが来て伝えて行っただけやし」
 それを聞いて、袁紹が首を傾げた。
「そう言えば、わたくしも宮殿に入った事はありませんわね。上洛しても、我が袁家の屋敷に寝泊りするだけでしたし……」
「私もだ」
 孫権が言う。その表情は不愉快そうだ。不可解な謎が存在し、それを自分で解く事ができないのが面白くないのだろう。不愉快と言うよりは恐怖に近い感情だったが、桃香もその気持ちは理解できた。そして、孫権は言葉を続けた。
「ただ、何にせよ……これではまるで……」
 そこで、彼女は口を二、三度動かし、そして首を振ってその先を言おうとはしなかった。桃香も、白蓮も、星も、馬超も、袁紹も、その先にどんな言葉が続くのかはわかっていた。だが、恐ろしくてとても言えなかった。
 だから、言ったのは恐れを知らぬ人間だった。
「朝廷など存在しなかった。皇帝などいなかった。そう言う事ね」
 場に重苦しい緊張が立ち込める。恐るべき事実をあっさりと口にした曹操に、他の面々は息をするのも忘れたように立ち尽くしていた。無理もない。
 朝廷と言う機構、皇帝と言う権威があるから、国は成り立つ。それがこの世界に生きる人間の常識だ。
「そんな。わたしたちは、官位を貰った時に朝廷の使いに会っているのに……あれは……あの人たちは何だったというんですか?」
 桃香が青ざめた顔で言うと、曹操はさぁ? と肩をすくめ、続けた。
「あれが何だったのか、私にもわからないわ。ただ、現実を見るのみよ。ないものはない……ただ、それだけの事」
 重ねて、曹操は言った。朝廷と言う、この国を治めてきたものは、もはや存在しないのだと。権威が無い世の中とは、力が全ての下克上、弱肉強食がまかり通る乱世。その事を誰もが知っていた。ただ一人……一刀だけが、何でも無い事の様な表情で立っていた。ただ単に、彼はその恐ろしさをまだ理解していないだけだったのだが。
「……曹操さん、どこへ行くんだ?」
 いち早くその場を立ち去ろうと踵を返した曹操に一刀が質問できたのも、そのためだった。曹操はほう、と初めて一刀の事を少し好意的な視線で見ると、きっぱりと宣言した。
「国許へ帰るわ。董卓を打倒した以上、連合軍と言う枠組みは最早意義を失った。もうここにいる意味はないでしょう?」
 言い残して、曹操は宮殿を出て行った。続いたのは孫権である。
「私も帰るとしよう。曹操の言うとおりだ」
 続いて馬超も回れ右する。
「なんだかわかんないけど、帰ったほうが良いみたいだな」
 元々、彼女は父の名代である。難しい判断は父に任せたいのだろう。
「私たちも帰るか……本初、お前はどうするんだ?」
 白蓮が言うと、袁紹は顔を上げた。
「皆さん……帰ってしまうんですの?」
 どこか空ろな表情で言う袁紹。この宮殿での出来事が、よほどに衝撃的だったのだろうか。
「ああ。正直気味が悪いしな……あまり本拠を開ける訳にも行かない」
 白蓮が答えると、袁紹はしばらく考え込み、そしてやはり疲れたような声で言った。
「わたくしは、しばらくここに……洛陽に残りますわ」
「……大丈夫か?」
 白蓮が気遣うように言う。袁紹軍は虎牢関での大打撃で、一時は戦力が一万を切るほどの損害を受けたが、その後敗残兵を回収し、武器を新たに供与する事で、二万強までは兵力を回復している。しかし、文醜はまだ任務に復帰できないし、洛陽の治安を維持するのはかなり困難な状況のはずだ。
「大丈夫ですわ……わたくしの事は気にしないでくださいまし」
 袁紹はそう言って首を横に振る。白蓮はそうか、と言うと、後は黙って歩き始めた。桃香、星も後に続く。さらに一刀も続いて宮殿を出た。
「袁紹さん、なんだか凄く落ち込んでるように見えたけど……大丈夫かな?」
 桃香が言うと、白蓮がそうだなぁ、と答えた。
「本初の奴は、漢王朝の名家に生まれたことが一番の誇りだったからな……その漢王朝が幻のようなものだったと知って、動転してるんだろう。私だって頭がおかしくなりそうだ」
 それは桃香も同じだ。彼女は血筋としては傍流もいいところではあるが、漢王朝に連なる家の生まれと言うことになっている。もし漢王朝が存在しないのだとしたら、自分は一体何者なのだろうか?
 その時、少し離れて歩いていた一刀が言った。
「そんなに、気にするようなことかな? 漢王朝が幻でも、桃香さんも、公孫賛さんも、趙雲さんも……それに俺の仲間たちも、みんな幻なんかじゃない。確かにこうやって生きているじゃないか」
「北郷殿、それはそうかもしれんが、簡単に割り切れるようなものでもあるまい」
 星が言うと、一刀は苦笑混じりに答えた。
「いや……そうだな。俺にも気持ちは分からないでもないよ。何しろ、俺も自分が生きていた国、自分が生きていた時代から、はるか遠く離れたこの世界に、突然やってきたんだ。今まで自分が生きていた世界と切り離されたような不安感は、俺にも経験がある」
 桃香ははっとした。そう言えば、彼は「天の御遣い」なのだった。今桃香たちが感じている以上の困惑を乗り越えてきた人物なのだ。
「でも、俺はこうして生きている。例え違う世界へやってきても。それは幻なんかじゃない」
 桃香は一刀の言葉を飲み込み、しばらく考え……そして答えた。
「一刀さんの言う事はわかります。でも、一刀さんと同じように、わたし達も考える時間が必要だと思うんです。袁紹さんも」
 現実を受け入れ、この先どうするかを考える。それは簡単なようで、とても難しいことだ。一刀も頷いた。
「そうだね……実の所、俺もまだ完全に割り切っているとは言えない。何故この世界に来たのかもわからない。ただ、今は求められる事を精一杯していくしかないって、そう思ってるだけなんだ」
 一刀の役割……天の御遣いを演じ続けること。そこで、桃香は思った。この洛陽で起きた事件は、一刀を抹殺する事が最終目的だった。それはやはり、一刀の身の上に関係する事なのだろう。もしかしたら、一刀がこの世界に来た理由にも関係のある事かもしれない。
「……その事で、ちょっとお話があります。一刀さん」
「え?」
 真面目な顔つきになった桃香に、一刀は何か重大な話がある事を悟り、こちらも真剣な表情になった。
「実は……」
 桃香は董卓の正体と、彼女がまだ生きている事を除いて、今掴んでいる事実を一刀に話した。謎の白装束の集団の事。董卓はその傀儡でしかなかった事。彼らが妖術を操ること。そして、一刀の命を狙い、様々な謀略を巡らせているらしい事。すると、一刀は眉をひそめ「もしかして……」と言った。
「何か、心当たりでもあるのか?」
 白蓮が聞くと、一刀はああ、と頷いた。
「俺がこの世界へ来た時に、鏡を盗んでいる変な男と揉めたんだよ。もしかしたら、そいつも一味なのかもしれない。くそ、何だってんだ……?」
 桃香は首を横に振った。
「それはわからないんだけど……わたしも狙われたらしい形跡があるし。ともかく、身の安全には注意してくださいね。関羽さんや張飛さんもいるし、あまり心配はないと思うけど」
 一刀は頷いた。
「ああ。桃香さんも気をつけて。話が本当なら、何をするかわからない連中だからね」
「うむ、桃香様は私が守ろう」
 星が言うと、一刀はなら安心だ、と笑い、そして手を挙げた。
「じゃあ、俺はこれで……またいずれ会えるといいな」
 それは、桃香、星、白蓮ともに同じ気持ちだった。一癖も二癖もある諸侯たちの中で、安心して話ができるのは、この一刀くらいだ。
「ええ。気をつけて」
「またな、北郷」
「ご武運を」
 互いに手を振り合い、四人は別れた。一刀の姿が角の向こうへ見えなくなると、桃香は言った。
「じゃあ、私たちも帰ろう。この後世の中を、どう渡って行くか決めるために」
 そう、あまりのんびりはしていられない。既に曹操や孫権は、この世界を……王朝亡く、権威不在の下克上の世界を、どう渡っていくのか決めたようだ。桃香たちも動かねばならない。これから先は、生きて行くこと、生き延びようとする事が全て戦いだ。
 その前に、既に敗者となった者たちの処遇を決める必要がある。桃香たちは本陣へ向かった。
 
 本陣の、月と詠に貸した天幕に桃香たちが入ると、食事をしていた二人は顔を上げ、笑顔で会釈した。
「お疲れ様です、皆さん」
 月が言う。詠と一緒に囲んでいる卓の上に、食欲をそそる良い匂いを発する料理が並べられていた。
「あら、良い匂い……どうしたんですか? その料理」
 桃香が聞くと、月はちょっと照れたような表情で答えた。
「わたしが作ったんです。ちょっと竈をお借りして」
 白蓮がやはり匂いをかいで感心する。
「ほう、たいしたもんだ」
「これは店で出しても通用しそうですな」
 星も応じると、月はますます照れた表情になり、詠が我が事のように胸を張った。
「月の料理の腕は相当なものよ。ボクたちも、良く振舞ってもらったっけ……恋のやつが物凄く食べたりしてさ……」
 その顔が途中から懐かしそうな、あるいは悲しそうなものになったのは、かつて呂布、張遼、華雄も揃っていた頃の食事風景を思い出したからかもしれない。もう二度と帰る事はないだろう風景だ。
「あっ、良かったら皆さんも召し上がりますか? 少し余っちゃいましたから」
 月が雰囲気を変えようと、明るい表情を作って言う。桃香たちは顔を見合わせ、そして笑顔で頷いた。
「うん、喜んで」
「ご相伴に預かろう」
「では、戴こうか」
 少し詰めてもらって席を作り、五人はちょっと遅めの昼食をしながら、話を始めた。
「董卓が亡くなった、と言う話は、他の諸侯たちに納得してもらえた。お前たちが追っ手を受ける可能性は、もうあるまいよ」
 白蓮がチンジャオロースをつまみながら言うと、二人はホッとしたような表情になった。
「董卓殿がいた政庁は燃えてしまったしな。あれでは遺体が見つからないのも当然と言うことで……そういえば、あの貂蝉と言う踊り子は、一体どうなったのだろうな」
 メンマを肴に酒をちびりと飲んだ星が言うと、月も心配そうな表情になった。
「二人を助けてくれた人の事?」
 桃香が聞くと、星は頷き、そして笑顔を作った。
「まぁ、見るからに只者ではありませなんだゆえ、生きているとは思いますが。再開した暁には礼を言いたいものです」
「星が只者ではないと太鼓判を押すとは、相当な強者のようだな」
 白蓮が言うと、星は何故か口ごもった。
「あー……まぁ、そうですな。強者なのは間違いなく……」
 貂蝉の姿を知らない桃香は、何故星が言いにくそうにしているのかわからなかったが、とりあえずそれは本題ではないので置いておいて、月の方を見た。
「それで、董卓さん。貴女はもう誰にも追われる事はない自由の身。これからどうするの? 故郷に帰るなら、旅費ぐらいは出すけど……」
 桃香の言葉に、月は詠と顔を見合わせ、そしてきっぱりと答えた。
「その事なんですが、差し支えなければ、詠ちゃんをこちらの軍で雇っていただけないでしょうか?」

 意外な答えに桃香たちは驚いた。
「え? どういう事だ?」
 白蓮が言うと、月は微笑んで頷いた。
「はい……わたしは何もお役に立てないと思いますけど、詠ちゃんは凄い軍師ですから。わたしなんかが相国になれたのも、ほとんどが詠ちゃんの知恵ですし」
 もともと、涼州の片田舎の小さな勢力だった月は、黄巾の乱で苦しむ人々を救いたいと思い、挙兵を決意した。ただ、軍学も何もわからない彼女は、幼馴染みの詠にそれを相談したのである。以来、詠は智嚢を絞って多くの策を立案し、黄巾党を撃破し、洛陽入城を果たし、月を位人身を極めるところまで導いたのである。確かにその能力は軍師として傑出したものだ。もし仕官してくれるなら、とても魅力的だが……
「それじゃ、月はどうするのよ!?」
 血相を変えたのは詠だった。詰め寄る親友に、月は寂しそうな笑顔で答える。
「わたしは……何もできないもの。庶人になって、身の丈にあった暮らしが出来れば、それで良いよ」
「ダメよ!」
 詠は叫んだ。
「ボクは月以外の人に仕える気はないわよ! 劉備さんたちには月を助けてもらった恩もあるし、良い人だとは思ってるけど、ボクが忠誠を誓って支えるべき人は、月。月しかいないのよ!!」
 その君主冥利に尽きるような、詠の熱い忠義の言葉に、月は諭すように言った。
「それこそダメだよ、詠ちゃん。詠ちゃんの智謀は、わたしなんかには勿体なかったんだよ。だから、その力をわたしのために埋もれさせるなんて、絶対にダメ。劉備さんの下でなら、詠ちゃんは思い切り腕を振るえる」
「そんなの、関係ないって言ってるじゃない!」
 詠はどうしてわかってくれないのか、と言うように叫ぶ。
「ボクは智謀を振るうこと自体を楽しんでるわけじゃないよ……それで月の夢がかなって、月が喜んでくれるから……だからボクはいくらでも知恵を絞れた。月が天下から身を引くなら、ボクもそうする。ボクの望みは、月と一緒にいることなんだから……」
 そのやり取りを聞いていた桃香は、ああ、本当にこの二人は仲良しなんだなぁ、と思った。二人を引き離すなんて、とてもできそうもない。だから、桃香は白蓮に目配せした。白蓮も同じ事を考えていたらしく、咳払いを一つして、二人の注意をひきつけた。
「あー、聞いていて思ったんだが……そう言うことなら、二人揃ってうちに仕官する、と言うことでどうだ?」
「「えっ!?」」
 白蓮の言葉に、月と詠が揃って疑問の声を上げた。
「そうですな、それが一番でしょう」
 星も頷くと、月が顔を赤くして、あたふたとした態度で答えた。
「で、でもっ……わたしなんか、何のお役にも立てないですよ?」
 それには桃香が答えた。
「そんな事ないよ。董卓さんは、自分で街に出て人の暮らしを見て回ろうとしてたよね。それは、人々の事を決して忘れない、って言う意思の表れだよ。そう言う気持ちを忘れずに持ち続ける人には、良い政治をする才能があるんだよ」
 それに続くように白蓮が言う。
「だから、董卓。私は貴女を行政官として迎えたい。これだけの料理の才能があるんだ。食材の管理はお手の物だろうから、平時は兵糧の管理、戦時は補給の統括。そう言う仕事を任せたいと思っている」
 桃香と白蓮の賛辞に、月は真っ赤になっていた。どちらかと言うと自省的で、自分の能力に自信が無い性質の彼女は、こうして褒められることに慣れていないのだろう。
「賈駆さんはどう? 董卓さんが仕官するなら、一緒に仕官することに異存はないかな?」
 桃香は詠にも尋ねた。詠はしばらく考え、首を縦に振る。
「そう言うことなら……ボクとしては文句は無いわよ」
「で、でも」
 月がまだ何か言おうとした時、天幕の外から声が聞こえた。
「願ってもない話ではありませんか」
「えっ? 華雄さん?」
 桃香が声をかけると、入り口から華雄の長身がスッと入ってきた。まだ包帯は取れないようだが、数日前に較べると確実に顔色がよくなっていた。
「洛陽が落ちたと聞いて、董卓様たちがどうなったか、居ても立ってもいられず、こうして参った次第です」
 そう言うと、華雄は身を屈め、董卓と目線の高さを合わせた。そして、年上の女性らしく、優しい声で語りかけた。
 
「董卓様。董卓様は、私を登用されたときの事を、覚えておられますか?」
「華雄さんを?」
 聞き返す月に、華雄は笑顔で頷く。
「はい。あの時董卓様は、世に平穏をもたらしたいと、そう仰られましたね。武にしか能がなく、その武を振るう理由を見出せなかった私にとって、あなたの言葉は天啓のようでした」
 華雄の顔に懐かしさが浮かぶと、月も思い出したのか、微笑を浮かべた。
「そう言えば、そんな事を言いましたね……自分の器も弁えず、恥ずかしい話です」
「そんな事はありませんよ」
 華雄は首を横に振った。
「志を持つことは、恥ずかしい事ではありません。私は呂布と出会い、関羽に敗れ、張飛に采配でも破れ、己の武の矮小さを思い知らされましたが、それでも武を極めたいという志は捨てておりません。むしろ、今まで以上にその志に邁進する所存」
 そう言って、華雄は言葉をさらに続ける。
「董卓様も、敗れたからといって志を捨てる事はありません。志を同じくする相手に助力する、という形でも、それは果たせるのです。そして、劉備様は間違いなく、あなた様と志を同じくされるお方です」
「華雄さん……」
 月は華雄の言葉に目を潤ませ、唇を震わせていたが、やがて笑顔を浮かべた。
「ありがとう、華雄さん。華雄さんのおかげで、わたしは胸の痞えが降りたような気持ちです」
 そう言うと、月は桃香たちのほうを見た。
「わたしは無力でした。知恵は詠ちゃんに、武は華雄さんたちに任せきりで……だから、こうして負けた今、わたしはもう天下に関わる資格は無いんだって思ってました。でも、それは逃げだったんですね」
 月はそう言って笑った。迷いの無い、澄んだ笑顔だった。
「天下に平穏をもたらしたい。そう願った時の気持ちを、わたしは思い出せました。皆さんが同じ目的のために進むのであれば、末席でかまいませんので、わたしも仲間に加えてくださるようお願いします」
 桃香たちは顔を見合わせ、そして笑顔で月に手を差し出した。
「うん。歓迎するよ」
「これから頼むぞ」
「よろしくな」
 三人の手に、月のちいさな手が重ねられる。その上に、詠が手を置く。
「月が行くなら、ボクもお付き合いさせてもらうわ」
 五人の手が重なった所で、月が言った。
「ところで、世間ではわたしは死んだことになっているそうですが」
「あ、そう言えばそうだったね……」
 桃香が言うと、月は笑顔を浮かべた。
「そこで、わたしは名を変えようと思います。新しい自分に……真っ白な自分に生まれ変わったという気持ちを込めて、董白と名乗ろうと思います」
 それを聞いて、桃香は笑顔で頷いた。
「董白……うん、良いんじゃないかな。良く似合う名前だと思うよ」
 月はにこりと笑うと、正式に臣下としての礼を取った。
「という訳で、董白。真名は月と申します。そうお呼びください」
 え、と華雄が妙な声を漏らすが、それに気付いた様子もなく、詠が頭を下げる。
「ボクは賈駆文和。真名は詠。月ともどもよろしくね」
 まず桃香が満面の笑みを浮かべて答えた。
「うん。わたしは劉備玄徳。真名は桃香だよ。そう呼んでね」
「私は趙雲子龍。真名は星だ」
「で、最後に私が公孫賛伯珪。真名は白蓮。一応、この軍の頭首を務めている。よろしく頼むぞ」
 そう自己紹介が済んだところで、華雄が言った。
「……あの、もし良ければ、私も幕下に加えて頂けまいか?」
 何故か困った表情を浮かべる華雄に、白蓮が答える。
「それはもちろん歓迎するが……なんでそんな表情なんだ?」
 聞かれて、華雄は答えた。
「その……皆の真名を聞いてしまった以上、私も名乗らねばならないのだろうか、と」
 星は首を傾げた。
「まぁ、それが道理だろうな。何か不都合でもあるのか?」
 すると、月が言った。
「そういえば、華雄さんの真名は、わたしたちも聞いてないんですよね」
「うん。ボクたちが真名を名乗ろうとしたら、良いって止められたし」
 それは不思議だと思う桃香。主君と家臣の関係を結ぶにあたり、真名を預けあうのは。家臣にとっては主君からの絶対の信頼を、主君にとっては家臣からの絶対の忠誠を、それぞれ意味する名誉ある儀式である。これを拒否するのは、その後の君臣の関係において、あまり良い事とは言えない。
 さっきのやり取りを見ても、月と華雄が互いに信頼と尊敬を持っているのは間違いなく、真名を預けていないのは不自然にさえ思える。桃香は尋ねた。
「何か、事情でもあるんですか? 華雄さん」
 すると、華雄は観念したように首を振り、そして答えた。
「その……私の真名は、実は美葉と申しまして」
 名乗る華雄の顔は、真っ赤になっていた。
「美葉?」
 星が首を傾げると、華雄は赤い顔のまま答えた。
「ああ……やっぱりそう言う微妙な反応だよな……私みたいのが、美葉なんて可愛い真名……」
 すると、桃香が言った。
「ステキな真名じゃないですか」
 え? と顔を上げる華雄に、白蓮や月も口々に言う。
「何か変か?」
「そんな事無いと思いますけど……」
「うむ、悪くない」
「良いんじゃないの?」
 それを聞いて、華雄の目に涙が溢れる。子供の頃から男勝りで背も高かった彼女は、女性らしい真名の事でからかわれた過去があるのだ。だから、真名を名乗らず、自分の有り様に本当に相応しい名前は、華雄の方だと思い、そちらだけを名乗って真名は封印してきた。
 それでも、真名自体を憎んだり嫌ったりしたわけではない。どちらかというと、真名に似合わない成長をしてきた自分への劣等感のようなものが、華雄にはあったのだ。だから、真名が変ではない、と言われたことは、華雄にとっては涙が出るほど嬉しいことだった。
 華雄はその場に跪き、最初に真名を素敵だと言ってくれた桃香に深々と頭を下げていた。
「ありがとうございます……この華雄、劉備様に真名をお預けします。美葉を存分に貴女様の刃としてお使いください」
「うん、よろしくね。美葉さん」
 桃香は笑顔で頷いた。それを聞いて、星が凄みのある笑みを浮かべた。
「ほう。良き競争相手が出来たようだ……しかし、桃香様の一番槍の座は譲らんぞ」
 美葉が顔を上げ、星と視線を交わして笑みを浮かべる。その横で、白蓮は何か考え事をしていた。一方月と詠は美葉を立たせ、手を重ねてまた同じ陣営に属せた事を喜び合っていた。
 
 こうして「董卓の乱」は完全に終結を迎え、連合軍に属していた諸侯は、続々と本拠地へ戻っていった。公孫賛軍にとっては三千を超える死傷者を出す苦しい戦いだったが、洛陽を陥落させた武名と、月、詠、美葉と得がたい人材を三名も迎えられたことは、何よりの収穫だったと言えよう。
 董卓軍では、他に張遼が曹操軍に降り、その配下となった他、呂布が手勢を引き連れて逃亡。行方知れずのままである。月などは心配していたが、半年も経つうちに、呂布の行方など問題にならない事態が進行し始めた。
 対董卓戦の傷を癒した諸侯が、いよいよ活動を開始したのである。
 
 令支城の軍議の間には、緊迫した空気が漂っていた。各地に派遣している間者や偵探が収集してきた情報を、正式に軍師に就任した詠がまとめた結果が、全員に配られている。
「それじゃ、始めてくれ」
 白蓮が言うと、詠が最初の木簡を取り上げた。
「各地の諸侯……具体的には、曹操、孫権、それに北郷の各軍が行動を開始したわ」
「かず……北郷さんも?」
 ちょっと意外の感にとらわれて桃香は聞き返した。軍師の座を詠に譲った後、桃香は全軍を統括する大将軍の地位を与えられ、ここ半年間で再建・強化されてきた公孫賛軍、約五万を統括する立場についていた。
「ええ。と言っても、侵略ではないみたいね。南荊州の長沙郡の太守、黄忠が益州の軍に攻められたのを救援して、そのまま南荊州の大半を統治下においたみたい。これで、北郷軍は荊州のほぼ全域を支配したことになるわ」
 黄忠の名を聞いて、星が反応した。
「ほう、黄忠殿といえば、弓神曲張にも比肩すると言われる弓の達人ですな。長沙におられたのですか」
「去年までは、冀州の楽成城を治めていたんだが、冀州を袁紹が治めることになって、長沙に転封されたんだ。良い人で、私も幽州に来たばかりの頃は、よく相談したもんだよ」
 白蓮が答える。桃香は北郷軍に関する報告で気になったことを尋ねた。
「益州の軍が攻めてきた、と言うことだけど、益州は今どうなっているの?」
「簡単に言うと、内乱状態ね。有力な諸侯がいくて、酷い所では山賊崩れみたいなのが、太守でございと名乗っている所もあるそうよ。遠からず、北郷軍が侵攻・制圧するでしょうね」
 詠は澱みなく答えた。桃香は詠に軍師になってもらってよかったと、心の底から思う。荊州や益州と言った遠方の様子を掌握する情報収集能力は、桃香にはない。
「北郷軍はわかった。他の二軍はどうなんだ?」
 白蓮が聞くと、詠は頷いて曹操軍から報告を始めた。
「今回、一番派手に動いているのは曹操ね。涼州へ侵攻を開始したわ」
「涼州!? そんな……」
 月が表情を曇らせる。彼女も生まれは涼州だ。故郷が戦乱に巻き込まれると聞けば、平静ではいられない。しかし、同じ涼州の出の詠は、感情に流されることなく報告を続けた。
「馬騰は十万と号する大軍を集めて迎え撃つつもりらしいけど……たぶん勝てないわね」
「同感だ。涼州兵は攻めには向くが、守りに弱い」
 涼州兵でもある董卓軍を率いた美葉が、自分の経験に照らして、詠の分析に賛同を示した。異論が無いと見た詠は、孫権軍に関する情報に内容を切り替える。
「孫権軍は、江東全域の支配権を確立すべく、南征を始めたとの情報が入ってるわね。江東南部には、先々代の孫堅の代から、孫家に従わない土豪や江賊が根を張っているけど、それを一掃すれば孫家の権力は安定するでしょ」
 桃香は先の戦乱の事を思い出し、背筋に寒いものが走るのを感じた。連合軍の中でも大きな功績を挙げた有力な軍が、今後勢力を拡大し、ますます強大化していく……漢王朝と言う幻想亡き後の乱世を勝ち抜くため、彼らは休む事無く動き出したのだ。
「他には特に目立った情報は無し。しばらく洛陽に滞在していた袁紹が、本拠に戻った……ってくらいね」
 詠が報告を終えると、桃香は白蓮の方を向いた。
「今後、曹操さん、孫権さん、一刀さんは大きく勢力を拡大すると思う。わたし達としても、何らかの対策を練る必要があると思うよ」
 桃香の言葉を聞いて、白蓮は頷き、目を閉じて腕組みをした。頭首が考えをまとめるのを、一同がじっと見守る。やがて、白蓮は少し緊張した面持ちで目を開いた。口が息を吸い込むように、二、三度パクパクと動き、そして白蓮は話を切り出そうとした。
「そうだな。少し前から考えていたんだが――」
 しかし、白蓮の言葉は戸を激しく叩く音で遮られた。美葉が目を吊り上げて言う。
「何事だ! 軍議の最中だぞ!!」
 重要な会議を邪魔するなど、どれほど叱責されても済まない行為である。しかし、返ってきたのはそれをわかった上での、極めて緊迫した声だった。
「承知しております! 一大事です!!」
「わかった、入れ」
 白蓮が答えると、一人の文官が血相を変えて飛び込んできた。そして、彼は一同に恐るべき事態を告げたのだった。
「袁紹が、皇帝の地位に就いたと宣言! 我々にも臣従を命じてきました!!」
「なん……だと……?」
 友人の暴挙と言うべき行為に、白蓮の顔色が紙のように白くなる。驚いたのは桃香も同じだった。
「こ、皇帝に……って……袁紹さん、何を考えているの……!?」
 半年前、宮殿で別れた時の袁紹を思い出し、一体何が起きたのか、桃香は訳がわからなかった。唯一つわかる事は……
 再びの戦雲が、早くも自分たちも巻き込もうとしている。それだけだった。
(続く)


―あとがき―
 と言うことで、月、詠、美葉(華雄)が仲間に加わりました。華雄の真名はもちろんオリジナル。本来「華雄」と言うのは誤植で、正しくは「葉雄」と言う名前らしいので、「葉」のつく真名にしようと思い、それも出来るだけ可愛らしい、ギャップのあるものを、と考えた結果がこうなりました。
 戸惑うかもしれませんが、美葉とあったら「ああ、華雄の事だな」と脳内変換してお読みください。活躍させられると良いなぁ。
 月の新しい名乗り「董白」は、史実における董卓の孫娘の名前。某カードゲームでは美少女武将として登場するので、ご存知の方も多いはず。なお、この名前変更は特に伏線があるわけではなく、ネタです。文中では今後も「月」と書くので、美葉よりは戸惑いは無いと思います。
 次回より、対袁紹戦開始です。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.039528846740723