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No.9982の一覧
[0] 恋姫無双外史・桃香伝(無印恋姫SS)[航海長](2009/07/01 22:28)
[1] 恋姫無双外史・桃香伝 第一話[航海長](2009/07/04 18:05)
[2] 恋姫無双外史・桃香伝 第二話[航海長](2009/07/04 18:07)
[3] 恋姫無双外史・桃香伝 第三話[航海長](2009/07/06 20:39)
[4] 恋姫無双外史・桃香伝 第四話[航海長](2009/07/09 21:30)
[5] 恋姫無双外史・桃香伝 第五話[航海長](2009/07/16 18:24)
[6] 恋姫無双外史・桃香伝 第六話[航海長](2009/07/21 18:12)
[7] 恋姫無双外史・桃香伝 第七話[航海長](2009/07/24 18:50)
[8] 恋姫無双外史・桃香伝 第八話[航海長](2009/07/29 20:26)
[9] 恋姫無双外史・桃香伝 第九話[航海長](2009/08/02 22:31)
[10] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話[航海長](2009/08/06 16:25)
[11] 恋姫無双外史・桃香伝 第十一話[航海長](2009/08/10 18:01)
[12] 恋姫無双外史・桃香伝 第十二話[航海長](2009/08/18 18:21)
[13] 恋姫無双外史・桃香伝 第十三話[航海長](2009/08/25 23:00)
[14] 恋姫無双外史・桃香伝 第十四話[航海長](2009/09/27 01:05)
[15] 恋姫無双外史・桃香伝 第十五話[航海長](2009/09/27 01:04)
[16] 恋姫無双外史・桃香伝 第十六話[航海長](2009/11/24 22:26)
[17] 恋姫無双外史・桃香伝 第十七話[航海長](2010/01/01 21:25)
[18] 恋姫無双外史・桃香伝 第十八話[航海長](2010/01/24 00:10)
[19] 恋姫無双外史・桃香伝 第十九話[航海長](2010/02/26 00:46)
[20] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十話[航海長](2010/03/03 01:17)
[21] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十一話[航海長](2012/06/02 13:34)
[22] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十二話[航海長](2012/11/01 05:12)
[23] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十三話[航海長](2013/02/26 23:01)
[24] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十四話[航海長](2013/09/23 22:45)
[25] 恋姫無双外史・桃香伝 第二十五話[航海長](2014/01/05 22:49)
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[9982] 恋姫無双外史・桃香伝 第十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/06 16:25
 洛陽への文字通り最後の関門となっていた要衝、虎牢関は陥落した。守将だった張遼は曹操軍に投降。一番の難敵だった呂布には逃亡を許したが、部隊再編中に洛陽方面に放っていた斥候は、意外な報告を持ち帰ってきた。
「え? 呂布さんは洛陽には戻っていないの?」
 桃香の確認に、斥候の隊長は頷いた。
「は。確認しましたが、どうやら洛陽ではなく、西方の函谷関方面に逃亡した模様です」
 それを聞いて星が言う。
「もともと、呂布は董卓の譜代の臣、と言うわけではないそうですからな。負けが見えた戦いに付き合うほどの忠誠は持っていなかった、と言う事かもしれません」
 桃香はなるほど、と頷いて、斥候に休息を命じて下がらせると、白蓮の方を向いた。
「呂布さんがいないなら、洛陽……董卓軍には、もう野戦の指揮が出来る武官はいないはず。今なら洛陽へ行くのはそう難しくないはずだよ」
 董卓軍で名の知られた武将は、華雄、張遼、呂布の三人。既に全員がこの戦からは脱落した事になる。白蓮は頷いた。
「ああ。董卓はどんな人間かは知らないが、野戦における武勲は聞いた事がないからな。篭城を選ぶだろう」
「問題は……」
 星が桃香の顔を見た。
「うん……このまま、攻城戦になってしまったら、洛陽の人たちが受ける被害も大きくなっちゃうと思う。それを防ぐ為にも、もう少し情報がほしいところだけど」
 桃香の懸念はそれだった。董卓が自棄になって徹底抗戦を選んだり、あるいは焦土作戦を行ったりしないか。それが心配だったのだ。戦前に訪れた洛陽の繁栄を見ても、董卓がそのような手段を選ぶ可能性は低いだろうが、追い詰められた人間と言うのは、往々にして何をしでかすかわからない部分がある。
「そうだな。よし、今回は先陣を志願しよう。真っ先に洛陽に着けば、ここからじゃわからない事も見えてくるかもしれない。それで良いな、桃香」
 白蓮の提案に、桃香は首を縦に振った。こうして翌朝、公孫賛軍はそれまでの第二陣から先陣に繰り上がり、洛陽を目指す事になる。
 洛陽解放の切り札となるべき手段を見出したのは、その決断のおかげかもしれなかった。
 
 
恋姫無双外史・桃香伝

第十話 桃香、洛陽へと潜入し、戦の元凶を見出す事


 虎牢関から洛陽までは、約三日の道程である。流石に大消費地であり、一大経済拠点でもある国都の近郊だけに、街道沿いには幾つかの衛星都市(この時代にそう言う言葉は無いが)が点在している。
 洛陽へ進軍する桃香たちが、この日の宿にしたのも、そうした街のひとつだった。もちろん全兵士を収容するほどの建物は無いが、負傷者を屋根の下に泊まらせたり、物資の買い付けにも都合がいい。街の近くに陣を敷いた桃香たちは、町長に挨拶すべく街へ赴いた。
 町長は門の所に出て、桃香たちを待っていた。まず、白蓮が代表して挨拶をする。
「歓迎いたみいる。知っていると思うが、我々は奸臣董卓の暴政から洛陽を解放すべく決起した連合軍の一翼だ。兵士たちの狼藉は許さぬゆえ、水や食料の調達にご協力いただきたい」
 白蓮も「奸臣董卓の暴政」などと言う事は信じていないが、一応宣伝文句としては進軍先で使用している。
「は、さ、さようで……もちろん、協力させていただきます」
 その町長だが、妙に目が泳いでいるのが桃香には気になった。確かに二万を越える完全武装の兵士が街の周りにいるのは、敵対的でなくても緊張するだろうが、この町長はあまりにも緊張しすぎだった。
 星も、そこは不審に思ったらしい。何気なく声をかける。
「して、町長殿。我が軍の負傷兵治療のために、宿をお借りしたいのだが……」
 その言葉に、町長はますます激しく動揺した。
「は、はっ!? そ、それはまず……いえ、薬などは提供させていただきますが、今は空き室が無く……」
 あからさまに怪しい態度だった。桃香は思いついたことがあって聞いてみた。
「町長さん、何か心配事でもありますか? 例えば……誰かを匿っているとか?」
 この質問は、覿面に効果があった。
「か、匿ってなど! あの連中が勝手に居座っ……あ!」
 町長は口を閉じたが、後の祭りだった。桃香は確認するように、ことさらゆっくりと聞いた。
「やっぱり、この街にいるんですね? 董卓軍の兵士たちが」
 すると、町長はその場にがばっと平伏した。
「お、お許しを! 決して我々の本意ではありません!」
 この町長も董卓の領民であり、董卓軍の兵士を庇う事自体は責められる事ではない。しかし、連合軍がこうして洛陽に迫り、董卓軍の命運も旦夕に迫った今、連合軍の心象を損ねるのはあまりにも拙いと判断したのだろう。桃香もそれはわかっていたので、町長を責める気はなかった。
「顔を上げてください。出来れば、その人達に降伏を勧告したいので、詳しい事を教えていただけますか?」
 桃香は柔らかい口調と笑顔で言った。町長は安心したのか、状況を説明し始めた。
 その董卓軍兵士の一団が来たのは、二日前の事だという。みんなボロボロの格好で、いかにも敗残兵と言う感じだったが、比較的統率は取れていて、町の人間に乱暴を振るうと言うこともなかった。
 ただ、その中で本来の指揮官らしい女性はかなりの重傷を負っており、この街に名医がいるという噂を聞いてやって来た所だと言う。実際その医者は診察の結果、命に別状はないが、数週間は安静という診断を下した。
 現在も、宿の一室でその女性は休んでおり、部下の兵士たちもその宿に泊まっている。人数は全部で二十人ほど。そして、今朝連合軍が近づいていると言う噂が流れると、彼らは絶対に自分たちがこの街にいることを明かすな、と町長に釘を刺しに来た。断れば何をされるかわからない、と言う剣呑な雰囲気だったので、仕方なくその要求を聞いた。

 町長の説明は、要約するとそのような内容だった。話を聞き終えると白蓮は言った。
「良くわかったな、桃香、星」
 星はいやいや、と首を横に振った。
「私は、少々不審に思っただけで、桃香様ほどの読みはありませんでした。桃香様こそ、何故董卓軍の残党がいると?」
 桃香も苦笑混じりに答えた。
「わたしも、確信があったわけじゃないけど、宿に入られるのは困る、って感じだったから、誰か見られたくない人がいるのかなって」
 それを聞いて、ちょっとがっくりする町長。ともかく、桃香は白蓮と星にやりたい事を説明した。
「その、怪我人が誰かはわからないけど、聞いた感じでは董卓軍の上級の武官みたいだから、話を聞いてみたいと思うの。上手く行けば、洛陽の情報も手に入るかもしれないし」
 洛陽がどうなっているのか、今の連合軍が一番知りたい情報である。特に兵力は重要だ。二つの関を抜く間に八万の兵力を撃破しているが、残り兵力がどのくらいなのか、未だ確定情報はないのである。
「わかった。五十人ほど兵をつけよう。星、桃香の護衛を頼む」
 白蓮はその武官を降伏させて情報を聞き出す、という桃香の計画を承認した。
「ありがとう、白蓮ちゃん」
「では、早速参りましょうか」
 桃香は礼を言い、星は槍を担いで立ち上がる。しばらくして、本陣に戻った白蓮が兵を派遣してきたので、二人は彼らを指揮して、問題の宿屋に向かった。近付くと、宿の入り口に立っていた男――鎧は着ていないが、明らかに兵士とわかる――が、驚いたように宿の中に駆け込むのが見えた。恐らく見張りだろう。桃香は兵たちに宿を囲ませると、一歩進み出て言った。
「わたしは、連合軍に属する公孫賛軍の参謀、劉備玄徳と申します。名は存じませんが、董卓軍でも名のある方が滞在されているとお見受けします。決して危害を加える気はありません。どうか、話を聞かせてくださるようお願いします」
 包囲している側とは思えない低姿勢で桃香は言った。一方、凄みを利かせる役は星が担った。
「危害を加えないことは、天帝の名に賭けて約束するが、もし抵抗するようなら、容赦なく殲滅させてもらう。賢明な判断を期待する」
 しばらく宿からは何の返事も帰ってこなかったが、しばらくして、先ほどの見張りの男が出てきて言った。
「将軍はお会いになるといっている。ただし劉備殿お一人だそうだ」
 星は警戒の表情を浮かべた。もし桃香が中に入って、人質にでもされたら手の打ちようがなくなる。
「桃香様。私も一緒に」
 星なら、二十人の兵士くらいは軽く蹴散らす自信がある。桃香が見張りの兵士を見ると、彼は一瞬迷ったようだったが、すぐに頷いた。
「わかった。ただし、部屋の中で将軍と会うときには二人きりでお願いする」
 星は部屋の外で待て、という事らしい。それでも桃香を一人で行かせるよりは安心なので、星は了承した。
「では参りましょうか、桃香様」
「うん」
 見張りの案内で、二人は宿の中に入った。緊迫した空気の中を、二階の奥の部屋に向かう。その間、桃香は相手が誰だろうと考えていた。董卓軍の将軍といえば、呂布、張遼、華雄だが、呂布は逃亡、張遼は投降、華雄は討ち取られており、もう将軍と呼ばれる人物はいないはずなのだ。
 それも会えばはっきりするかと思い、桃香は会見に向けて意識を切り替えた。その時ちょうど、見張りはその部屋の前に着いた。
「こちらだ。将軍は決して軽くない傷を負われている。どうか乱暴はしないでほしい」
 見張りの心配そうな言葉に、桃香は笑顔で頷くと、戸を開けた。
「失礼します」
 中に入ると、窓際の寝台の上で、長身の女性が横になっているのが見えた。頭や腹部が包帯で覆われ、見るからに痛々しい姿だ。しかし、その顔を見て、桃香は驚きに目を見開いた。見覚えのある相手だったのだ。
「貴女は……!」
 桃香が言うと、その相手は顔を桃香のほうに向け、弱々しく笑った。
「やはり貴女だったか。声に聞き覚えがあったので、もしやと思ったが……そちらに掛けられよ」
 女性は寝台の横の椅子を指差した。桃香は頷いてそこに座ると、頭を下げた。
「改めまして、ご挨拶させていただきます。劉備玄徳です」
 女性は頷いて、名を名乗った。
「華雄だ」
 桃香を二度目の大きな驚きが襲った。
「貴女が華雄さん……! 驚きました。生きておられたのもそうですが」
「あの時は、お互いに名乗らなかったからな、仕方が無い」
 華雄が微笑む。そう、彼女は八ヶ月前、洛陽で桃香が少女を助けた時に、その少女を迎えに来た武人だったのだ。
「幸い、私は身体が丈夫でな。何とか致命傷は免れたのだ。洛陽に戻って戦いたかったが、ここまで来て身体が動かなくなってしまった……情け無い事だ」
 そう言って、華雄は痛みに顔をしかめた。桃香は華雄をいたわるように、その手を握った。
「無理に話さないでください。こんな酷い傷で……」
 良く見ると、華雄の傷は常人なら即死しているであろう重さだった。あの関羽の一撃を受けたのだから無理もないだろうが。しかし、華雄は首を横に振った。
「今は、無理をしなければならない時だ……劉備殿、貴女なら信じられると……そう見込んでお願いがある。どうか、我が主董卓を……救っていただきたい。この華雄、伏してお願い申し上げる」
「董卓さんを?」
 桃香は首を傾げる。もちろん、彼女は「董卓の暴政」が無いことを知っているし、悪くもないのに政治に翻弄され、袋叩きにあった董卓には同情している。しかし、華雄の「助けてほしい」には、助命嘆願とは違った物を感じた。
「華雄さん、董卓さんに何かあったんですか? 詳しい事情を教えてもらえますか?」
 桃香が聞くと、華雄は事情を語り始めた。それは、桃香を華雄の生存や正体以上に驚かせるものだった。
「あの、月ちゃんが董卓さん!?」
 かつて桃香が助けた洛陽の少女、月。彼女こそ、華雄の主にして洛陽を治める董卓だと言うのだ。あんな儚げな少女が太守と言うのにも驚きだが、人の世の縁の不思議さにも驚かされる。
「それで……華雄さんたちは、董卓さんを守るために戦ったんですね?」
 驚きを宥めつつ、桃香が確認すると、華雄は無言で頷いた。彼女の話した事情と言うのはこうだ。
 二ヶ月ほど前、突然洛陽の政庁は、白装束に白覆面と言う謎の集団に占拠された。何時も誰よりも早く登庁し、政務に励んでいた董卓は、なす術なくその集団によって拘束され、政庁に監禁されている。
 華雄、張遼、呂布、それに董卓の大親友にして軍師である賈駆は、何とか董卓を救出しようとしたが、謎の白装束の集団は董卓の命を盾に脅迫してきた。彼女の命が惜しければ、連合軍に対して徹底抗戦するよう命じてきたのだ。切歯扼腕しつつ、華雄たちは白装束の集団の命令を受け入れざるを得なかった。
「その白装束の集団と言うのは、一体……?」
 桃香の質問に、華雄は首を横に振った。
「わからん……ただ、連中は我々と連合軍を戦わせることで、何らかの目的を果たそうと言う狙いがあるようだった。それが何なのかは、私にもわからん……賈駆だけは、何か聞いていたようだが」
 ちなみに、賈駆が月を庇って桃香を睨んだ、あの詠と言う気丈な少女だと知ったときには、桃香はまたしても驚いたのだが、ともかく華雄の話は想像よりも遥かに重大な情報を含んでいた。彼女の話が本当なら、そもそもこの戦いは最初から何の意味もない、無益なものだったという事になる。その白装束の集団のために、敵味方合わせて十万以上の兵士が傷つき、あるいは戦場に斃れた。
「許せない……なんて酷い人たちなの……!」
 桃香にとって、白装束の集団の正体が何であれ、それは絶対に許せない敵として心に刻まれた。同時に、白装束の集団のために辛い目にあっているであろう、董卓と賈駆をどうしても助けなくてはならない、と心に誓った。
「わかったわ、華雄さん。董卓さんと賈駆さんの事は、わたしに任せてください。だから、貴女はここでゆっくり休んで、傷を癒して」
 桃香の言葉に真摯さを感じ取ったのか、華雄は笑みを浮かべて頷くと、目を閉じた。一瞬不吉な予感を浮かべた桃香だったが、どうやら疲れて眠ってしまっただけらしい。桃香は華雄を起こさないようにそっと立ち上がり、部屋を出た。
「桃香様?」
 待っていた星に、桃香はしっと指を口の前に立て、部屋の中を指さした。星は華雄が眠っているのに気付くと、無言で頷いた。
「華雄さんには、我が軍からも薬を届けさせます。ゆっくり養生するように伝えてください」
 桃香が見張りに言うと、彼は驚きの表情を見せ、続いて深々と頭を下げた。
 
 本陣に戻り、桃香は白蓮に華雄の話について報告した。聞き終えた白蓮は桃香に確認した。
「話はわかったが、華雄が嘘をついているという可能性はないか?」
 桃香は首を横に振った。
「華雄さんの目は、嘘をついていない目だったよ。間違いなく本当だと思う」
 それを聞いて、白蓮は少し目を閉じ、それからおもむろに言った。
「実は、その白装束の集団とやらに、心当たりが無いわけじゃない」
「本当に? 白蓮ちゃん」
 桃香が聞き返すと、白蓮はああ、と頷いて話を続けた。
「黄巾の乱だが、あの時幽州で暴れていた連中の中に、白装束の道士風の男に、決起を教唆されたと言う証言をした捕虜がいたんだ。桃香、お前が守ったあの街を襲った連中がそうだ」
「え、あの時の?」
 桃香が聞き返すと、白蓮はさらに説明を続けた。
「そうだ。私も、それは黄巾党の……太平道の道士だと思って、その時は気にも留めなかったんだが、後で調べてみると、そいつの服装は明らかに太平道とは関係のないものだった」
「その者たちが、何か邪な目的をもって、戦乱を煽っていると言うことですか」
 星が言うと、桃香は真剣な表情で答えた。
「どんな目的かはわからないけど、何であれ戦争を煽るなんて事が許されるわけが無いよ。そんな人達に、これ以上世の中を好き勝手させるわけにはいかないわ」
「同感だな」
 白蓮が応じた。
「そいつらのために、我が軍も三千人近い死傷者を出したんだ……みんな本当は死ななくてもいい何て事がわかって、黙っていられるかよ」
「ふむ。そうですな。我らの武も、そんな怪しげな連中の謀略の上で踊らされているとあっては、寝覚めが悪い」
 星も静かに怒りを込めた口調で言った。
「で、これからどうするんだ? 桃香。董卓を救うと言っても、敵味方に分かれている今は、連絡を取るのも難しいだろう?」
 白蓮の質問に、桃香は既に答えを用意していた。
「とりあえず、それは華雄さんたちに協力してもらうつもり。わたしにも、身の証を立てる方法はあるし」
 桃香は洛陽に行って以来、肌身離さず持ち歩いていた物の感触を、服の上から探った。
 
 
 適当な理由をつけて行軍を遅らせ、桃香たち公孫賛軍は三日後に洛陽を望む位置に布陣した。各諸侯軍も洛陽をぐるりと包囲する位置に続々と布陣を開始するが、全ての用意が整い、攻城戦を開始するまでは、もう少し時間があった。
 布陣した日の夜、桃香と星は陣を出て、そっと洛陽の城壁に近付いて行った。城壁の回りは黄河から引き込んだ運河を兼ねる堀で囲まれ、攻めるのは容易ではない。ただ、既に曹操軍の一部が堀と黄河をつなぐ水路の埋め立てにかかっており、成功すれば数日のうちに堀は干上がるだろう。
 しかし、今はまだ水は満々と湛えられており、それが桃香たちが洛陽に潜入して、董卓たちと連絡をつける好機だった。やがて、月が中天に達し、約束の刻限が来た頃、堀の水を揺らして、一艘の小船が近付いてきた。
「中天の月は」
 小船から小さな声が聞こえてきた。桃香は応じた。
「嘆きを詠ずる」
 取り決めておいた合言葉である。すると、小船はそっと岸辺に着け、桃香が三日前に会った、華雄の副官格だった見張りの男が降りてきた。桃香は彼に董卓、賈駆宛の書簡と、身の証としてあの時董卓から受け取った額飾りを渡し、洛陽に先行してもらっていたのである。
「お待たせしました、劉備殿、趙雲殿。お乗りください」
 桃香たちは招きに応じて小船に乗り込み、見張りの男はそっと船を漕ぎ出した。城壁に開いた、洛陽の市街へ通じる水路の入り口を潜り、市内へ入る。街は夜と言う事を考えてもひっそりと静まり返り、まるで無人の街のようだった。
 その静かな街の中を船は進み、やがて小さな船着場に着いた。そこから歩いてすぐの小さな屋敷の中で、その人物は桃香たちを待っていた。
「お久しぶりね……劉備さん」
 出迎えた眼鏡の少女に、桃香は笑顔で答えた。
「ええ。あの時は名乗らなくてごめんね、賈駆さん」
 賈駆文和。董卓軍の軍師として、名は広く知られているのが、真名を詠と言うこの少女である。見たところ、曹操軍の荀彧よりは若いが、北郷軍の孔明よりはやや年上だろう。眼鏡の奥の吊り気味の目には、深い知性の輝きが宿っていた。
「お初にお目にかかる。劉備様の臣で、趙雲子龍と申す。名軍師として名高い賈文和殿にお会いできて光栄の至り」
 星も挨拶をすると、詠はフッと笑った。
「連合軍相手に連戦連敗のボクが名軍師? 嫌味にしか聞こえないわよ。ま、挨拶はこの程度にして、本題に入りましょう。時間が無いもの」
 そう言うと、詠は桃香と星を奥の部屋に案内した。この館は彼女が家として使っているものらしい。卓に全員が座ったところで、詠が口を開いた。
「書簡は読んだわ。あなた達が本当に月を助けるのに協力してくれるなら、ボクとしても文句は無いわ。でも、本当に良いの? ボクたちを助けても、あなた達に利益があるとは思えないんだけど」
 全諸侯共通の敵とされた董卓とその部下たちを助けるなど、どう考えても「自分たちを攻めてください」という大義名分を敵に与えるようなもので、確かに利益はない。しかし、桃香ははっきりと頷いていた。
「うん、構わない。董卓さんには、あの額飾りのおかげで融資が受けられた恩があるし……それに、白装束の集団こそ、本当の意味で敵だと思うから」
「我が主は、困っている人間を見捨てられぬ奇特なお方なのだ。だから、理だの利だのと言うことは気にせずとも良い。助けたいから助けたい、と言うだけなのさ」
 星が言い添えると、桃香は頬を膨らませた。
「星さん、褒められている気がしないんだけど?」
「それは心外な。これ以上ないほど褒めていますとも」
 その主従の会話を聞いていた詠が、それまで硬かった表情をふっと緩める。彼女も月とは単なる主従を越えた、友としての関係を持っている。それと同じ空気を、彼女は桃香と星に見出したのだった。同時に、この二人なら信用できると確信する。
「わかった、ボクは貴女を信じるわ、劉備さん」
 桃香は笑顔で手を差し出した。
「うん、よろしくね。賈駆さん」
 桃香と詠はしっかり握手し、謎の白装束の集団を排除し、月を助け出す事を誓い合った。
「さて、賈駆殿は彼奴らの目的について、何か知っていることは無いか?」
 握手が済んだ所で星が切り出すと、賈駆は頷いた。
「ええ。連中の目的は、連合軍に属するある人物の抹殺よ」
「ある人物?」
 桃香が聞き返すと、詠は頷いて、その人物の名を口にした。
「北郷一刀……ボクはこの軍に集中攻撃をかけて、その首を獲るよう、白装束の集団に要求されたわ」
「一刀さんを……!?」
 桃香は意外な成り行きに首を傾げる。なぜ、諸侯の中でも最小の勢力である北郷軍を、こんな大仕掛けをしてまで狙う必要があるのだろう。第一、呂布や華雄、張遼といった名将さえ寄せ付けずに、洛陽を占拠して君主を人質に取るほどの実行力がある勢力なら、一刀を自らの手で殺すなど、簡単な事ではないのだろうか?
 桃香がそう疑問を口にすると、詠も頷いた。
「ボクも言ってやったわよ、自分でやりなさいよって……連中の答えはこうよ。それが出来るなら苦労はしない」
「……訳がわからんな。何か、北郷殿に手を出せぬ理由でもあるのか?」
 星も首を捻る。
「さてね。いずれにせよ、不可能な要求だわ。ボクたちと連合軍の戦力差では、北郷軍を集中攻撃している間に、ボクたちのほうが全滅してしまうもの」
 呂布だけは生き残りそうだけど、と詠が付け加えると、桃香と星は顔を見合わせて苦笑いをした。確かに、あの武神が戦場で斃れる姿など想像もつかない。
「それで、今はなんて言われているの? 今となっては、一刀さんを斃すなんてますます難しいと思うけど……」
 桃香が聞くと、詠は難しい顔で頷いた。
「北郷軍をどうにかしろとは、もう言われて無いわ。あと五日、時間を稼げ……それが連中の要求よ。それが出来れば、ボクに月を返してくれて、その後は好きにして良いって」
「五日間? 時間を稼げ? それって……」
 桃香は嫌な予感を覚えた。こうまでして一刀抹殺を謀っている集団の言う事だ。絶対に何か裏があるとしか思えない。
「うん。たぶん、連中はその五日間で、何かを仕掛けるつもりね。例えば……入城した北郷軍を、この街ごと焼き払うとか」
 詠は言った。それは桃香の最悪の予想とも合致していた。
「しかし……この街には何十万と言う庶人たちが……いや、それほどの相手か。何万と言う兵士を死なせる戦乱を起こす事に躊躇せぬ者たちなら、それも有りうる」
 星が少し青い顔で言う。豪胆な彼女でさえ、白装束の集団の非道さには怖れが来るようだった。
「そうなると、相手が素直に董卓さんを返してくれるとは思えないね。いざとなったらあっさり約束を反故にしかねない」
 桃香はそう言って考え込んだ。どうにかして、敵の手から月の身柄を奪還せねばならない。彼女が向こうに握られている限り、詠には自由に行動すると言う選択肢が与えられないのだ。すると、星が言った。
「桃香様、董卓の身柄を取り返すのは、私にお任せ願えませんか?」
「え、星さんが?」
 桃香が聞くと、星は自身ありげな表情で頷いた。
「私なら、その白装束の集団に顔も割れておりませんし、隠行の術も心得ております。敵に見つかる事無く、董卓殿の身柄を奪還してご覧に入れましょう」
「隠行の術って、何でそんなものを」
 詠が言う。確かに武人というよりは隠密や偵探が覚えているべき技だが……
「まぁ、色々修行したのでな」
 星が答える。何と言うか、何でもありな人だなぁ、と桃香は思ったが、もし星が本当に董卓を助けてくれるなら、物凄く助かる。
「……とりあえず信用するわ。それじゃ、劉備さん、手順を決めましょう」
 詠はそう言って、深く追求するのを避けることにしたらしい。
「わたしたちは明日から、第一陣として洛陽攻めをする予定だから……」
 桃香が言うと、詠は撃てば響くように応じた。
「じゃあ、公孫賛軍に対しては、本気で応戦しないように命じておくわ。その間に、趙雲さんが月を助けてくれれば、ボクたちはその場で降伏する」
 すると、桃香は首を横に振った。
「ううん。それじゃダメだよ。戦わないのは良いとしても、できたら門を開けてわたしたちを中に入れてほしいの」
「え? なんで?」
 詠が首を傾げると、桃香は政庁のある方向を見た。
「できれば、白装束の集団を捕まえて、目的とかを聞き出したいと言うのが一つ……それと、董卓さんを死んだ事にするためだよ。踏み込んだ時には自害してたとか、他の諸侯の人達に言い訳が出来るようにしておくの」
 そのために、政庁に他の諸侯軍に先んじて踏み込む事が必要だ。政庁さえ押さえておけば、後はいくらでも言い訳は利くのである。
「ああ、なるほど……わかったわ。死んだ事になれば、もう月は追及されないものね」
 詠は納得した。そして立ち上がる。
「そろそろ夜が明けるわ。劉備さんは陣に送らせる。趙雲さんは、後で政庁の近くまで案内させるわ」
「うん、わかった」
「よろしく頼む」
 三人はしっかり手を握り合い、敵味方の立場を超えた共同作戦を成功させようと誓った。
 
 翌朝、星は詠の部下に案内されて、政庁の近くにある空き家に待機していた。見ると、確かに白装束の怪しげな男たちが門のところで見張りをしていた。
(そこそこの使い手のようだな)
 星は男たちが微動だにせず立っているのを見て、そう思った。彼らがどういう集団なのかは未だに知りようもないが、その様子一つとっても、己の意思を殺して目的のために手段を選ばない、と言う集団の体質が見て取れる。連合軍の中では、曹操軍が比較的近い雰囲気を持っていると言えるかもしれなかった。
 見ていると、城門のほうからわあっという叫びと、戦いの音が響いてきた。どうやら、予定通り公孫賛軍が先陣を切って城門攻撃を開始したらしい。
 公孫賛軍に対しては、詠は攻撃を手控えると言っていたし、桃香も本気では攻めないだろうから、今のうちにさっさと目的を果たし、これ以上の犠牲者が出るのを防ぐべきだろう。しかし、困った事に敵の見張りはそんな大騒ぎが起きているにも拘らず、全くそちらへ意識を逸らした様子が見えなかった。
「まるでからくり人形のような連中だな……さて、そうすると正面突破は避けるか」
 最初は相手の気が逸れた所で、一気に接近して倒し、中に入るつもりだったのだが、星は作戦を変更することにした。空き家の屋根に上ると、周囲の家の屋根を伝って走り、門から少し離れた所へ移動する。そこからそっと政庁の方を見ると、政庁の庭部分が見えた。幸い、その辺りは見張りがいる気配はない。
「……よし」
 星は息を吸い込み、気を溜めると、一気に屋根を蹴って跳躍した。街並みと政庁の間にある道を飛び越え、政庁の塀に着地すると、そこからさらに跳躍。庭の木に飛び移り、枝のたわみを利用して、最後の跳躍を行った。飛び移った先は、政庁の屋根の部分だ。着地と同時に伏せて地上から見えないようにすると、辺りの気配を探る。
(……よし、気づかれていないようだな。中に潜入するとしよう)
 星は屋根板を剥がし、天井裏にもぐりこんだ。懐から詠に書いてもらった政庁の見取り図を取り出し、現在位置を確認する。詠の推測によれば、恐らく董卓が監禁されているのは、執務室かその隣の休憩室。もしそこにもいなければ地下牢だが、白装束の集団の詠と交渉した相手は、丁重な扱いだけは約束してくれていたと言う。
(……まずは執務室に行くとしよう)
 見取り図を頭に叩き込み、星は薄暗い天井裏を気配を殺して進んだ。じりじりと進むことしばし。ようやく執務室の上と思われる場所にたどり着いた星は、天井の羽目板をそっとずらし、隙間から下を覗き込んだ。執務室の机に、淡い紫色の髪の少女がひじを突いて、じっと考え事をしている。憂いを浮かべたその顔には生気がなく、監禁されて以来の心労をうかがわせた。
(あれか。なるほど、桃香様には聞いていたが随分と可憐な少女だな。あんな娘が地位の上では天下人に一番近い董卓とは、信じられん)
 星は董卓の印象をそうまとめつつ、室内を確認した。誰も他にはいない。気配を探るが、それも他には感じられない。恐らく見張りは室外なのだろう。星は羽目板の隙間から、ある物を床に落とした。ぱさり、と言う音に董卓が顔を上げ、それに気付く。
「……これは……詠ちゃんの……?」
 董卓がそれを拾い上げる。星が賈駆から預かってきた、彼女の服の飾り布の部分だった。董卓は辺りを見回し、上を見上げて、驚きの表情を浮かべた。そこに羽目板の隙間から顔をのぞかせている星がいたからだ。星はひらりと室内に飛び降りると、悲鳴を上げかけた董卓の口を押さえ、そっと囁いた。
「お静かに。私は味方です。賈駆殿から依頼を受け、お助けに参上しました……董仲穎殿ですね?」
 董卓が頷いたのを見て、星は手を離すと、跪いて貴人への礼を取った。
「ご無礼をいたしました。私は公孫賛軍の将にて、趙雲子龍と申します。我が主の命と賈駆殿の願いに従い、こうして参上いたしました」
 董卓は外見に相応しく、か細い声で答えた。
「公孫賛軍……? 連合軍の方なのですか? それがどうして詠ちゃんと……?」
「詳しくは後で話しますが、我が主はこの戦の事情を知り、貴女様をお助けすることをお決めになりました。既に賈駆殿とも交渉は済んでおり、貴女様を助けることが出来れば、戦を終える手筈になっております」
 星はそう言うと、董卓の手を取った。
「しっかり掴まっていてください。これよりここを脱出します」
「……はい」
 董卓が頷いたその時、突然部屋の戸が開いた。そこから白装束の男たちが部屋の中になだれ込んでくる。その数、十人ほど。
「な、馬鹿な! 私に何の気配も感じさせなかったと言うのか!?」
 驚く星に、白装束の集団を掻き分けて、やや装束の意匠が違うものを着た男が進み出てきた。どうやら、これが一団の首領格らしい。
「ネズミめ、どこから入り込んできた?」
 首領の言葉に、星は獰猛な笑みを浮かべて見せた。
「ネズミ? 見る目の無い奴だ。私はこう見えても竜を名乗っているのだがな」
「減らず口を。取り押さえろ! 殺しても構わん!!」
 首領が命じるや、白装束たちが一斉に星と董卓を取り押さえようと殺到する。しかし。
「甘い!」
 星は龍牙を取り出した。思わず突っ込む首領。
「どこに隠してた、そんなモン!?」
「ふ、龍牙は我が身と一体!! 食らえ! 星雲神妙撃!!」
 答えになっていない答えを返しつつ、星は必殺の一撃を放った。白装束集団が全員吹き飛ばされ、床に転がり、あるいは壁に叩きつけられる。だが、星は何とも言えない違和感を覚えていた。
(なんだ、今の感覚は……人間を撃った時の感触じゃなかった)
 槍から伝わってきた奇妙な感触に星がそう思ったとき、彼女をさらに驚かせる事が起きた。並みの人間なら容易く戦闘不能になるであろう星雲神妙撃を受けた白装束たちが、まるで何の痛痒も感じていないように、次々と立ち上がったのだ。
「は、そやつらはお前ごときにどうにかできる存在ではないわ。かかれぃ!!」
 首領の命に、白装束たちが再び星に向かってくる。どういう事かはわからないが、確かに戦って事態を打開できる状況ではないようだ。星は咄嗟に董卓の小さな身体を抱え込んだ。
「きゃっ!」
 驚く董卓に、星は目を閉じているよう言うと、答えも聞かずに吶喊した。ただし、白装束たちではなく、その反対……部屋の窓のほうに。
「ぬっ!?」
 驚く首領を後目に、星は窓の格子を突き破ると、庭に飛び出した。方向を確認し、門のある方向へ向けて走る。逃がさないとばかりに白装束たちが追ってくるが、その人数がたちまち増えていく。詠は五十人ほどと言っていたが、百人はいそうだ。
「情報と言うのも当てにならんな」
 星は言いながら走り続け、門の見えるところに迫った。しかし。
「……ぬうっ!?」
 そこには、百人を越える白装束たちが待ち受けていた。振り向けば、やはり百人の白装束。しかも、前方の連中は弓を持っている。流石にこれは予想外と言う段階を遥かに超えていた。
「もう逃げられんぞ、曲者め」
 さっきの首領が迫ってくる。星はどっちが曲者だ、と内心毒づきつつ、辺りを見回すが、逃げ場はありそうも無い。
「ふっ……これはドジったかな。申し訳ない、董卓殿。何とか貴女だけでも助けたいが……」
 星が言うと、董卓はふるふると首を横に振った。
「そんな……あなたこそ、わたしを置いて行ってください。足手纏いがいなくなれば、逃げられるでしょう?」
 心底から星の身を案じている様子の董卓に、星は笑顔で答えた。
「良い方ですな、董卓殿は。そんな事は出来ませんよ。我が主と賈駆殿に、貴女を助けると約束したのですから」
 星は絶対に董卓を守る、という決意を込めて龍牙を構えなおす。こうなったら、身を捨てでも血路を啓く……そう思ったとき、野太い声が聞こえた。
「あらぁん、諦めるには早いわよぉん?」
「な……」
 何者だ、と星が言おうとした時、突然横の壁がまるでこちら側に凹んだように、大きく膨れ上がり……次の瞬間弾けるように破砕した。降り注ぐ瓦礫とあたりを覆う土煙の向こうから、巨大な影がぬっと現れる。
「お前は!?」
 星が言うと、その巨大な影はにやりと笑って答えた。
「私の名はぁ、旅の踊り子貂蝉。良い男と健気な女の子の味方よぉん」
「……踊り子?」
 星は疑問形で言った。貂蝉と名乗ったのは、全身鋼鉄を練り上げて作ったような鍛えられた筋肉で覆われ、身に付けているものといえば桃色の腰巻一枚、という奇怪な姿の大男だったからだ。
「そうよぉん。さぁ、早く行きなさぁい。ここは私が引き受けるわぁ」
「む……そうか。わかった、恩に着るぞ!」
 星は頷くと、董卓の手を取った。貂蝉の正体はわからないが、少なくとも嘘をついている目には見えなかったからだ。塀に開いた穴を潜って外に出ると、背後から貂蝉の雄叫びが聞こえた。
「ぶるあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 続けて、大爆発のような轟音。何が起きたのか見てみたい気もしたが、今は董卓を連れて行くのが先決。星は董卓を背負い、洛陽の大通りを疾走した。そして、城門に近付くと大声で叫んだ。
「賈駆殿! 約束は守りましたぞ!!」

 その時、桃香はやや焦っていた。攻撃開始から半日。賈駆との間で八百長が成立していたため、事故で怪我をした以外には負傷者は出ていなかったが、攻めあぐねていると見た他の軍から、交代しろとせっつかれていたのである。
「星さん……上手く行ってるの?」
 星の事を全面的に信じてはいたが、こう遅いと不安がこみ上げてくる。しかしその時、城壁の上に詠が立つのが見えた。彼女はぐるぐると腕を廻し、大声で叫ぶ。
「城門を強化するのよ!」
 それは、成功時の合図だった。ぱっと明るい顔になった桃香は、控えていた攻城兵器隊に叫んだ。
「衝車用意! みんな、道を開けて!! 門が開いたら、政庁を抑えるの!!」
 彼女の号令に従って、衝車が前に出る。そして、一気に門に向けて突進すると、激突前に門が中から開かれた。遠目には城門の突破に成功したように見えるだろう。
「突撃ー!」
 靖王伝家を振りかざし、桃香は叫ぶ。雄叫びを上げて洛陽になだれ込む兵士たち。何時の間にか、その流れに董卓軍も合流していた。桃香がその後に続くと、董卓を連れた星が現れた。
「お疲れ様、星さん! 本当にありがとう!!」
 満面の笑顔で言う桃香に、星はなんのなんの、といいながら頭を下げる。そして、城門から駆け下りてきた詠が、董卓に抱きついた。
「月! 大丈夫!? あいつらに酷い事されてない!?」
 半泣きで言う詠に、董卓はようやくの笑顔で答えた。
「うん……わたしは大丈夫。心配かけてごめんね、詠ちゃん」
 その声が途中から涙交じりになり、二人の少女は抱き合ったまま泣き始めた。それを見て、桃香は少しもらい泣きした。
「でも、良かった。本当に……これで、この戦争も終わるわ」
 まだ戦後処理など、面倒な事は残っているだろうが、とにかく人が死ぬ事は一旦終わった。桃香はようやく、この戦いが始まって以来、初めて本当に笑える気持ちになったのだった。
(続く)


―あとがき―
 という事で、反董卓連合軍戦編、戦いの方は終わりました。戦後処理とか、各登場人物の変化を入れたもう一話を挟んで、新しい話に突入して行こうと思います。
 貂蝉初登場の他、再登場した人も何人かいます。特に「良かった、生きていた!」という人もいますが、彼女たちがどうなるかは次回で。まぁ、たぶん皆さんの予想通りだと思います。


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